ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #27 「取られたくない」

 

 

「あっ……み、皆さん……!?」

 

 ひとりの声が少しだけ震える。俺も思わず息を呑む。

 表情をみて、その三人の状況の「異質さ」にすぐに気付いたからだ。

 

(──────なんだ、一体どういうんだ?)

 

 虹夏は、いつもの笑顔なんだけど、その笑顔はさっき夕方に見た時のそれとは違う。無理やり明るくしてる感じが混じっている。

 リョウは変わらない無表情。けど、その色はさっきよりさらに静かで、底に何か決めてるものがあるのが(うかが)えた。そして喜多さんの方へも、目を向ける。その瞬間、胸に何かがちくり、と刺さった。

 

(………何で、何だ、あの、顔)

 

 目が腫れてる。

 それは笑っていない。肩に力が入って、呼吸が浅い。

 明らかに、普段の喜多さんの姿のそれじゃない。

 立ってるだけなのにぐらつきそうに見える。踏ん張ってるのが、見てくれだけでも一瞬で理解できた。

 

 ああ、この子、さっきまで泣いてたんだって事だけは、すぐに分かった。なのに、来たんだ。逃げずにここに。

 

 一体何があったのかは、さっぱり想像はつかない。だけど、彼女の表情が明瞭に事態の深刻さを訴えている事だけは、最低限理解できた。

 

「言った通り、来たな。ひとり」

 

「えっ……」

 

 結束バンドの彼女達がここに来るかもしれない予想を当てた俺はひとりの方を見て、呟く。ひとりも「あっ、はっはい、そうですね」って少したじろぎつつも微笑む。

 刹那の間に目が合うけどすぐに逸らされては声が裏返って、彼女の視線は再び泳いだ。

 その時、喜多さんがほんの一瞬だけこっちを見た。

 

「………!」

 

 その瞳が揺れて、彼女からも目を逸らされた。その一瞬に、見えた悲痛な顔。

 ズキン、と胸が勝手に鳴る。これは、痛いやつだ。これは相当痛いやつだって事だけは、何となくわかった。わかってしまった。

 多分だけどこの異質な空気は、俺が「何か」関係している。そんな予感がする。

 

「PAさん、お疲れ様ですっ、すみません急にバックれて! あっ、それにぼっちちゃんも! ココに居たんだ……!」

 

 虹夏がそう言ってPAさんへ駆け寄って、あははーと笑いながら頭を下げる。

 けど、その笑い方が「場を柔らかくしたい」っていう必死さにじんわり滲んでいて、見てるこっちが苦しくなった。

 

「いえいえ〜。大丈夫ですよ。今日は暇な日でしたし。ちなみに、店長ならさっきからトイレですよ、そろそろ戻るかもしれません。虹夏さん、店長に一言謝った方がいいかもですよぉ」

 

「げっ、やば〜………そ、そうですよねぇ、うわーもう、お姉ちゃんに謝らなきゃ……」

 

 ふわふわしたような喋り方をするPAさんに対し、虹夏はそれを聞いて、一瞬で顔を引き()らせる。

 俺はそれが聞こえてきたタイミングで、頭上に疑問符が浮かぶ。ん? お姉ちゃん?

 やがてPAさんはくすくすと苦笑しつつ掃除に戻っていく。

 のほほんとしてるのに、この人の話し振りはちゃんと全体の空気も見てる。やっぱこの人、現場の大人なんだなって思う。

 と、そのタイミングを狙ったみたいに、トイレ奥のドアが開いた。

 

「……? なにやってんの、ぼっちちゃん」

 

 タイミング悪く、何やらトイレの方へいつの間にか逃げようとしてたひとりが、そのまま金髪のお姉さんの胸にぶつかった。

 

「ひょぇっっっあ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!! ててててててて店長さんッッッごめんなさいごめんなさい逃げ出そうとしてぇええええ!!」

 

 そうしてSTARRY全体に悲鳴が伝わる。どっから出てるの、毎回思うけど、君のその声。あっ。この人がさっき公園で話した時に聞いた、例の「店長」か。

 

「あっ春樹くんにはまだちゃんと紹介してなかったよね。あたしのお姉ちゃん! 伊地知星歌っていうの!」

 

「ん? あぁ、おー……えっ、誰? この子」

 

「あっど、どうも。初めまして……」

 

 虹夏から肩を置かれて紹介をされた彼女は、困惑したような怪訝(けげん)な表情で俺を見つめてくる。そりゃそうだろうな。思わずぺこり、と俺は小さく頭を下げる。

 俺はその人へ目を向け、再び目を見張る。

 うわ、これまた美人。

 

(…………あーなるほど、この人が)

 

 この人が、虹夏のお姉ちゃん、なのか。箱の店長もやってるってすごいな。

 なるほど言われてみれば、確かに面影は似ている。

 虹夏と似たアホ毛が頭上で揺れ動く。妹の彼女とは違ってストレートに下ろされた腰まである長髪はとてもきめ細かかった。

 

(なんていうか……)

 

 めっちゃ年が離れてそうな姉妹だ、と二人を見比べて思う。

 ラフなロング黒Tシャツに、赤いショルダーラインが肩から垣間見える。すらっとした細い脚には、白のレギンスパンツに黒のストライプ線が入っていた。

 目つきはきつめ。どこか厳しそうな人。だけど妹と似た雰囲気はある。

 虹夏よりなんというか、気が強そうな強い姉、って感覚だ。

 

「ててててててて店長さんッッッごめんなさいごめんなさい逃げ出そうとしてぇえ………」

 

 ひとりは地面にしゃがみこんで頭を抱える。それを聞いた店長さんは「は? いや、何の話よぼっちちゃん」と眉をひそめる。だけど次の瞬間には虹夏へと勢いよく矛先を向けた。

 

「あっ!? ていうか虹夏! お前ら! 急にシフト投げ出しやがって!! 罰として一時間タダ働きな!!」

 

 その時、虹夏が慌ててその星歌さんへ駆け寄って両手を合わせた。申し訳なさそうに、声を潜める。

 

「……あ〜……えっと、あの、ね。お姉ちゃん、ごめん。ほんとにごめん……でも、そのぅ……今日のシフトの事は謝るからさ……今は特に喜多ちゃんには、ちょっと優しくしてあげて」

 

 虹夏が小声で言う。

 真剣な目で。「は? どういうことよ」と怪訝な顔を浮かべる星歌さん。その時、リョウが喜多さんへさり気なく横目で視線を向けるのが見える。すると、彼女は星歌さんの方へ静かに歩いてきては、頭を下げた。

 

「……店長、今日に関してだけは私の方から全員分給料引いてくれていいからさ。本当にごめんなさい」

 

「は!? 山田どうしたお前!? 雪でも降るんじゃねぇのか!?」

 

 ゾッとした様な顔つきを浮かべては、そうして星歌さんはリョウへ視線を返す。そして、虹夏の方へまたアイコンタクトをする。虹夏は何も言わず、ただ申し訳なさそうに俯く。

 

「…………」

 

 そうして星歌さんは一瞬ぽかんとした顔をして、それから結束バンドをぐるっと見まわした。

 特に、喜多さんの顔を見た瞬間、何かに彼女は気付いた様子を見せる。やがて、小さく溜め息をつく。

 

「ったく。まぁ今回だけは大目に見てやる。次やったら宣言通りリョウから全引きか、全員仲良く給料差し引きのどっちかだ、覚えとけよ」

 

 星歌さんはそうして、静かにカウンターに肘をつく。

 そのあいだも、俺の背中ではひとりが「逃げ出そうとした罪、ギターで切腹して(あがな)いますので」とか言い出していて、「しなくていいから、そんなロックな切腹、またやらなくていいから!!」と虹夏に止められていた。

 

「……」

 

 また? やはり、この光景は日常茶飯事なのか。

 背中から聞こえてくるそんな虹夏の声になんか、目眩がしてきた。

 正直、カオスだった。俺は、必死に場のノリに遅れないようにしようとして、でもついていけてない自覚もあって、頭がフル回転している。

 その時、店長の鋭い目が俺の方を向く。

 

「……で、さっきいきなり挨拶されたけど……何か見ねぇ顔が居るじゃん。どちら様?」

 

「!! あっ、えっと……」

 

 急に照明を浴びた感じがして、俺は反射的に背筋を伸ばす。

 

「お、俺はひとりの、クラスメイトの、よっ、吉沢 春樹です。さっきも挨拶したっすけど……どうも……」

 

 とりあえず、名乗る。ビビりつつもそこそこちゃんと声出た。

 俺えらい。……とか思った次の瞬間、星歌さんの眉がぴくっと跳ねる。

 

「は? ひと、………り? は? えっ、ぼっちちゃんのこと名前呼………えっ?」

 

 星歌さんの表情が明らかに「?????」でいっぱいになっているかのように、何度も瞬きを示す。同時に、箱の空気がまた妙な方向へねじ曲がっていくのが分かる。

 

「……えっ、ちょっ、と、待って。ねぇ、あのさ、ぼっちちゃん。この子、誰? ぼ、ぼっちちゃんの……なんなの?」

 

 震えながら俺を見つめたあと、ギギギ、と壊れたロボットのように星歌さんがひとりを見る。

 ひとりは、どこから持ってきたのかダンボール(完熟マンゴーって書いてあるやつ)をかぶって、もぞもぞしている。声をかけられたけど、恥ずかしすぎてなのか、まともな説明は出てこない様子だった。

 

「あっえっと、その人は…………その……」

 

 ガクブル。いつもの。

 震度五、いや六くらいの揺れかな。やっぱり、言葉の続きはぜんぜん出てこない。もはやこれテンプレか。その時。

 そこに、後ろからトン、と俺の肩が叩かれた。一瞬驚く。慌てて右肩の方を見つめた。

 リョウだ。

 彼女は星歌さんの方へ相変わらず無表情のまま、でもよく通る声で言った。

 

「……彼氏。ぼっちの彼氏だよ。春樹はね」

 

「………は?」

 

 この状況でおま、それ言う?

 時限爆弾が床に置かれて、すぐその場で爆発したみたいな沈黙が落ちた。

 

「…………」

 

「ぴゃあぁあぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁッッッ!?」

 

 ひとりが、悲鳴なのか鳴き声なのかよく分からない大絶叫をあげ、ダンボールごと前につんのめった。そのまま足だけ飛び出ては、完熟マンゴーを被った珍獣はやかてぴくりとも動かなくなった。

 いやちょ、何、あの、何、あの生物。ホラーかな。

 一方の星歌さんは完全にフリーズして、そのまま白目になっていた。

 

「…………………」

 

「……お姉ちゃん? おーい、お姉ちゃーん」

 

 虹夏が「あーダメだこれ、お姉ちゃんの脳内破壊されてるね……」って遠い目をしつつ彼女を揺らす。

 なんか、カランコロン、とこれまた奇怪な音が星歌さんの脳から聞こえてくる。えっ何、怖ぁ……何その音……。

 PAさんも苦笑いしながら「ツッコミ不在って困りましたね……」ってボソッと漏らす。

 頬の引き()りが止まらない。俺は横目で隣に立つ虹夏へ問いかける。

 

「……なぁ、虹夏、これ大丈夫か? なかなかカオスな状況だけど」

 

 彼女は口を開けたままハニワのようになった星歌さんを支えるのを諦め、手を離す。コテッ、とカウンターへ顔を乗せてそのハニワは動かなくなった。恐怖。

 

「いつもこんなんだよ」

 

 そう言って虹夏は、真顔で遠い目をしたまま微笑む。

 

「えぇ……………STARRY、怖ぁ………」

 

 なんか、目がシパシパしてきた。眉間の奥の目眩を無理やり抑え込む。

 もうダメだ。脳の理解が追いつかん。とりあえず、と汗を垂らしつつ息をつく。

 そのまま、うずくまってるひとりらしき何かへ、慌てて俺はしゃがみ込む。そして静かに背中を支えた。

 すぽん、とダンボールからピンクの髪の生命体を引き抜く。介護かな。

 ひとりは「んぐぐ、んんぅ……」とか小動物みたいに震えていて、顔は真っ赤で、耳まで真っ赤で、もう見てるだけでこっちが寿命縮む。あぁお(いたわ)しや我が彼女。

 

「ひとり、な、ひとりってば!」

 

「ふぁっ!? あああああのっっ、すすすみませ………!!」

 

「ッ!? あっ、やっ、ふひゃぁっ!?」

 

 ひとりは体勢を崩したはずみに、勢いで俺に抱きつくみたいな形になった。

 

「うわっ!?」

 

 俺は反射的に腕を回して、倒れないように受け止める。

 結果、むちゃくちゃ密着した。

 

「………な、っ、………ぁ………」

 

「は、はわわわわわわわわわわ、ぁ、ぁ、ああぁぁぁ………!!?」

 

 反射的に、俺は耳と頬がめちゃくちゃ熱くなっていく。見ると、彼女も似たような顔立ちになっている。

 

「ごごごごごごめんなさ、ごめんなさ……!!」

 

「だ、大丈夫、大丈夫だから、ほらっ、な。落ち着いて」

 

 お互いの呼吸が、胸のとこで当たる距離で止まった。やばい。やばい、やばい。死ぬほど近い。

 

「いやもういいよ、な、ほら、落ち着けよ……」

 

 だけど俺はそれを表に出しちゃダメだ。ひとつ、小さく息をつく。

 とにかく、俺は苦笑しつつもひとりの髪をゆっくり撫でた。少しでも、落ち着かせてあげたくて。

 

「んぅ……」

 

 ふにゃぁ、と彼女は硬かった動きが柔くなる。そしてリラックスしたような声をあげた。

 まるでその仕草は、我ながらイッヌを撫で回す時のそれだ。これじゃ恋人同士というより、愛玩(あいがん)動物を可愛がる飼い主の撫で方な気がする。

 ドキドキもするけど、どちらかというと何かそんな例えの方がしっくり来た。

 でもこうすると落ち着くって、今日だけでもう何度も学んでいる。ひとりは肩で息しながら、それでも少しずつ震えを弱めていく。

 

「ね、ほら、大丈夫だから」

 

「……っ、あっ、はぃ………ご、ごめんなさい、春樹くん……」

 

 やがて、ひとりは俺を見上げる。やっと落ち着いたみたいだ。

 半分涙目で、頬は赤くて、潤んだ目がこっちに縋っている。そこで気付く。だめだ。やっぱりこの子は可愛すぎる。

 正直言って、守りたすぎて心臓が焼ける感じが止まらない。

 さっきまでPAさんに脳内を一瞬でも占められたのがまるで嘘みたいだった。そこでまた、俺はこの子が好きなんだな、とまた自覚する。

 

「……………………っ」

 

 その時、変な呼吸の音が耳に入る。俺の視界の端で、喜多さんが小さく肩を揺らすのが映った。

 思わず、小さく目を向けた。喜多さんは、目を見開いている。

 

「…………」

 

 声は出してない。悲鳴も出してない。だけど喜多さんのその瞳は、前髪と共に隠れてしまった。

 俺は胸の奥を握られてるみたいな感覚がする。少し見つめた後にぎゅっと視線を逸らす。何だ、今の。

 

 ちょっと、待てよ。まさか。

 

 その顔を見たとき、俺は本能的に何かを察した。

 だけどいや、そんなはずないよな、と俯く。まさか、そんなわけない。

 流石に、考えにくい。その一瞬脳裏に浮かんだ可能性を振り払う様に小さく目蓋(まぶた)を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、営業がまだ途中だったSTARRYの中で、虹夏達は穴埋めの為に仕事に戻ることになった。とはいっても、殆ど営業時間は終わりがけだったらしく、精々やることは掃除だけらしかった。なので俺はその間、カウンターに座って待つことになった。

 その間、ひとりと俺はまた星歌さんに呼び出され、どういう事なのか簡易的に説明を求められる。

 そこでは、なんとか彼女へちゃんと「今日から付き合ってます」って伝えるくだりはやりきった。

 ─────星歌さんはまた白目を剥いた。そして、ハニワ化した彼女はまたカウンターへそのまま力尽きた。その理由は知らない。処理オーバーだ。

 もはや俺は、もうそこで考えるのをやめた。

 掃除をしつつ話を聞いていたPAさんと虹夏は半分呆れ顔で笑う。受付が暇だったのか、いつの間にか近くに来ていたリョウも「わぁお。春樹、大胆」なんて無表情のままサムズアップしてきた。いやお前が火薬投げ入れたんだろ、と心の中でツッコむ。

 

 でも、そこから先の空気はもう、笑いだけじゃなくなっていた。

 

 STARRYの営業を星歌さんが終わらせ、フラフラとゾンビの如く事務室に戻っていく。それを苦笑して見守る俺たち。

 こんな空気の中で、虹夏の視線は何度も喜多さんに向いていた。

 リョウも、喜多さんを横目で見てる。その喜多さんは、誰とも目を合わせない。ずっと──────この数十分間の間に一ミリたりとも会話には入ってこなかった。

 

 夕方に見掛けた時から明らかに様子が悪化しているのは、あの虚ろな表情を見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

 

 顔はまだ少し濡れてるみたいで、目のふちは、相変わらず赤いまま。ずっとその視線を伏せている。唇もかすかに噛んでいる。その感情にはまるで生気が感じられなかった。

 

 俺は、あの顔に()()()()()()()。アレは、そうだ。

 

 痛いのを、隠してる顔。間違いなく、そういう顔だった。

 

 そんなとき。

 リョウがいつの間にかスッ、と静かに俺の隣へ立った。そうしてまた、肩に手が置いてくる。あたたかい指先。でもそこに、はっきりとした意思があった。

 

「……春樹。悪いけど」

 

「一度郁代とぼっちで、二人にしてあげて欲しい」

 

「……え」

 

「………たぶんこれ、いま()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。協力して」

 

 低い声だった。俺は、一瞬その言葉に戸惑う。

 だけど少なくともさっきからずっと垣間見えていた喜多さんの違和感を解消させるには、きっとそれは『必要なこと』なんだと、直感的にそれだけは理解できた。

 そして、この場には────たぶん、俺は居てはならない存在なんだということも。あぁ。そういうことか、って思った。

 虹夏も、すぐ隣に並んで、俺を見つめてくる。

 さっきまでの柔らかい笑顔じゃない。それはどこか真剣で切実な、でもどこか祈るみたいな目。星歌さんへも向けていた、あの顔だ。

 

「あたしからも……お願い。春樹くん」

 

 俺は息を呑む。

 喜多さんと、ひとりの二人きり。

 

 俺がそばにいたら、多分、起こること。

 それは、どっちかが本音を飲み込むかもしれない、ということか。それは容易に想像着いた。

 多分だけど、特に、喜多さんが。

 あの子、ここに来るまでにどれだけ泣いたか分かる顔してる。それでも立ってる。今、逃げたら、多分あとからもっと壊れるんじゃないかって、ほとんど関わりがない俺でも予想ができた。

 

 俺はそっと、ひとりを見る。

 

 困惑しきったように。状況をまるで呑み込めていないかのようにキョロキョロと虹夏達や俺、そして喜多さんの方へ何度も視線を向けている。

 ひとりは、まだ完全には落ち着ききってない。

 俺の袖を指先でつまんだまま、不安そうに喜多さんの方を見上げてる。

 あの顔は「なんとかしたい」って顔。

 

「…………っ」

 

 それはたぶん、理由も言葉も分かってない。でも放っておけないって顔で喜多さんへ向けられている。

 

「─────……」

 

 なら、俺の役目はひとつだ。

 やるべき事。できること。ひとりの為に、俺なんかでもできること。

 俺は一度息を整えてから、ひとりへ向き直った。

 

「……なぁ、ひとり。俺、リョウたちと外で待ってるよ。終わったら、話そ」

 

「……えっ」

 

 できるだけ落ち着いた声で言う。俺が慌てたら、この子はもっと慌てるから。

 ひとりはこちらへ視線を返す。僅かに、見つめ合う。

 戸惑いと、不安がそこには垣間見えた気がした。瞳が揺れ動く。そこでもう一度喜多さんを一目見て、それから小さく何かを決意したようにこちらへこくこく頷いた。

 

「わ、わかりました。………きっ、喜多ちゃんと、二人きりで話させてもらいます」

 

 そう言って、ひとりはゆっくりと歩き出す。まだ少し膝が震えてるのに、ちゃんと足を出す。

 喜多さんの方へ。そっと、その手を取るみたいに。

 

「あっ………あの、行きましょうか、喜多ちゃん」

 

 喜多さんは、しばらく俯いたままだった。

 呼吸は浅い。肩が固い。それでも、ギターケースのショルダーベルトを強く握り込みながら、やがて彼女は顔を上げた。目は赤いまま、でもそれは確かに、逃げないと決めたような顔だった。

 

「……………えぇ」

 

 静かに、頷く。

 二人はやがて練習用の音響スタジオ、その空室の方へ向かって歩いていく。小さな個室に消える直前、ひとりが一度だけ振り返った。

 

「………っ」

 

 俺を見る。そのまま、小さく頷く。大丈夫だって顔を作る。

 

「………」

 

 ひとりは、ほんの一瞬だけ安心したように目を細めた。

 やがて、音を立ててドアが閉まる。

 その音が、フロアにやけにはっきり響いた気がした。

 

「……あたし、何かあった時のために一応お姉ちゃんに伝えてくるね。二人とも先に、STARRY出たとこの自動販売機横の塀に座って待ってて?」

 

「ん」

 

 扉が閉まるのを見届けた虹夏はリョウと俺にそう言って離れていく。

 俺は、そのまま小さく息を吐いた。胸の奥に、変な重さと、妙なあたたかさが同時に残る。

 

 これが、バンドなんだなって思った。

 

 この場所は、ただ音を鳴らす場所じゃない。誰かが誰かに本音を言わなきゃいけない時、それをちゃんとやらせる場所でもある。

 逃げ道をふさぐやつがいて、背中をさするやつがいて、泣きながらでも立ってるやつがいて。それでも「明日も一緒にやる」って言えるための場所なのかもしれない。

 

 その輪の中に、俺はいま片足を突っ込んでいる。

 

 だったら今、自分にできることをちゃんとやらなきゃいけないんだろうなって─────そう、思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 







 大変遅くなり、申し訳ありません。お待たせしました。

 今回のタイトルはひとりと郁代、両方の目線の意味のサブタイトルです。めちゃくちゃ好きなサブタイトルなのでAとBで分けていましたが考えた結果、シンプルに長い&別視点の誤解を受けそうなので再投稿&分離しました。分かりにくくてすみません。

 次回の更新は10/31(金)19時以降を予定しています。

 高評価、お気に入り登録、本当に励みになっています。いつもありがとうございます。

 個人的にPAさんの描写、ぼ春を際立たせる為にめっちゃ書き込みすぎました。PAさん、えっちすぎるのに良い人すぎるとかいうバグり具合。あの人ビジュアル強過ぎないかな。よろしければご感想頂けると心から励みになります。お待ちしております。

 いよいよ『星座になれたら』終盤となります。

 これからも、よろしくお願い致します。それでは、そらやまれいくでした。また次回。
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