ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #30 「一番星」(終章) - Spica -

 

 

 草むらの中は、思ったよりずっと静かだった。

 さっきまで耳の奥を打っていた、ひとりと喜多さんの声が、ふっと遠くなる。

 代わりに、虫の声と、川面を撫でる風の音だけが残った。

 

 俺たちは三人並んで、土の上に腰を下ろしていた。

 

 虹夏は膝を抱えて、リョウは木にもたれて、俺は膝を立ててその上に肘を乗せて───何とも締まらない姿勢のまま、夜空をぼんやりと見上げる。

 

「………………………終わったみたいだね」

 

 先に口を開いたのは、リョウだった。

 いつも通りの無表情なのに、その口元だけが、ほんの少し柔らかく緩んでいる。

 

 林の隙間から、ひとりと喜多さんの背中が見える。

 さっきまであんなに泣きじゃくっていた二人が、今は肩を寄せ合うようにして立っていた。

 距離はあるのに、ちゃんと繋がってる。そんなふうに見えた。

 

「……あたし達も、かえろっか。お姉ちゃん達にも話さないとね」

 

 虹夏がそう言って、ぱん、とスカートの裾とお尻についた土埃を払って立ち上がる。

 その声には、寂しさと安堵が半分ずつ混ざっていた。

 

 俺はといえば、膝に肘を乗せたまま、うまく顔を上げられないでいた。

 

 喉の奥に、さっきから引っかかっているものがある。

 喜多さんの「好きなの」という声と、ひとりの震えた返事と、それでもちゃんと向き合った二人の姿。

 あれを見届けたはずなのに、胸の奥の重さだけがまだ抜けてくれない。

 

 自分の膝の上、握りしめた拳を見つめながら、ぽつりとこぼす。

 

「……………俺は、正しかったのかな」

 

 誰に聞かせるでもない、独り言みたいな声だった。

 それでも、その問いに最初に応えたのはリョウだ。

 

「……それを判断するのは、きっと……私達じゃないんだよ」

 

 柔らかく、けれど少しだけ哀しそうな声。

 視線を向けると、リョウはいつもの半眼のまま、林の向こうの二人をただ静かに眺めていた。

 

「……郁代が逃げた時はどうなる事かと思ったけど、……ちゃんと、二人は互いの本音も言えた。……これで、良かったと思う」

 

「………………でも俺は、あんなにも真剣にひとりのことを好きでいた喜多さんのことから……ひとりを……奪うような事したんだぞ……」

 

 言葉にした瞬間、自分で言ってて嫌になる。

「奪う」なんて、そんな大層なもんじゃないくせに。

 でも、あの涙と告白を聞いたあとじゃ、綺麗事だけで済ませるのも違う気がして、そう口に出していた。

 リョウは、ふっと短く息を吐く。

 

「───それはもう、仕方がなかったんだよ。春樹も分かっているでしょ。幸せの裏には、誰かの不幸せが必ず在る」

 

 そこまで言ってから、彼女は横目で俺を見て、問いかけてくる。

 

「逆に聞くけど、春樹はもし仮にぼっちが郁代を選んでたら?」

 

「……………………」

 

 頭ではとっくに考えたことのある「if」だ。喉に言葉が詰まる。

 それでも、こうして言葉にされると、まともに答えられなくなる。

 

 もし、ひとりが喜多さんを選んでたら。

 

 「それでもいい」って言えるほど、俺は人間が出来ていないらしい。申し訳ないけど、俺はそんなに聖人にはなれない。それどころか────あの時、ひとりを公園で抱きしめた温度を思い出した瞬間、喉がきゅっと締め付けられた。

 答えられない沈黙が、そのまま答えになっていると分かって、余計に情けなくなる。唇を結んだまま、何も言えない。

 だけどそんな俺の肩を、ぽん、と小さく叩く手があった。リョウだ。

 

「……多分、郁代も、ぼっちに対しての想いを自覚したのは、皮肉にも春樹との事がきっかけだったんだと思うよ」

 

 その声音には、誰かを責める響きがひとつもない。

 

「誰が悪いわけでもない。だから、気に病まなくていい」

 

 それは救いだった。優しさなんだと思う。それはハッキリわかる。

 でも、そう言われて簡単に頷けるほど、俺は図太くなんかない。

 

「……………悪ぃ。俺のせいで、結束バンド内に厄介事、みたいなの増やしてたら」

 

 自嘲気味にこぼした声に、すぐ隣からぴしゃりとした声が飛んでくる。

 

「ううん。春樹くんのせいじゃないよ。誰のせいでもない。だから、自分を責めちゃダメだよ」

 

 虹夏だ。

 さっきまでのふわっとした雰囲気を引っ込めて、真っ直ぐな目で俺を見る。

 

「……ぼっちちゃんは、春樹くんを選んだ。それ自体は、ぼっちちゃんが決めたことなんだから」

 

 そこで一呼吸置いてから、虹夏は言葉を強くする。

 

「その選択を、後悔するようなことは言っちゃダメだよ」

 

「……!!」

 

 胸のど真ん中を、正面から殴られたみたいだった。

「後悔」って言葉には、一言も触れてないのに。

 でも、きっと俺の顔が、思いっきりそれを語ってたんだろう。

 そうだ。俺は、何を言ってる。

 

 ひとりは選んでくれた。

 あの子は、自分の意思で俺の手を取ってくれた。

 

 それを誰より分かってるのは俺なのに──────その重さに怖じ気づいていたのも、俺自身だったんだ。

 言葉が出てこない。

 虹夏のまっすぐな視線を受け止めきれなくて、一瞬だけ目を逸らす。眉をひそめて、何も言えないまま俯く。

 そんな俺を見て、今度はリョウがぽつりと呟いた。

 

「……私さ、思ったんだよ。正直、これで良かったんじゃないかって」

 

「どういう意味? リョウ」

 

 俺も思わず顔を上げた。虹夏が首を傾げている。

 

「これで良かった、って……まさか喜多さんが振られた事が、か?」

 

 口にしてから、しまったと思う。んなわけねぇだろうに。

 でも、やっぱりリョウは首を横に振る。

 

「……そうじゃない。ぼっちが郁代の気持ちに応えられなかったことじゃなくてさ」

 

 視線を少し遠くへ投げて、そのまま彼女は川の方を見やる。

 

「この出来事自体が……結果論にはなるけど、いずれ遠からず起きるであろうこのこと自体が必要だった、ってことだよ」

 

「………!」

 

 虹夏が小さく息を呑んだのが分かった。

 俺は黙ったまま、リョウの横顔を見つめる。 

 

「今までぼっちは、誰かに好かれるということが無かった。いや、正確には気づいていなかっただけかも知れないけど」

 

 ぽつ、ぽつ、と言葉が夜気に落ちていく。

 

「自分を想ってくれる存在に出会えて、初めて、あの子は自分が大切な存在だって気づけた」

 

 ひとりの顔が浮かぶ。

 俺に抱きしめられたあの日も、星空を見上げていたさっきも─────

 誰かに向けられる「好き」に、まだ不器用に戸惑っていた最初の告白の時の、あの瞳を思い出す。

 

「それに、さ。これは個人的意見だけど」

 

「………何だよ?」

 

 ようやく声が出た俺に、リョウは少しだけ肩をすくめながらも、無表情のまま続ける。

 

「………『星座になれたら』の歌詞からは、私は、ぼっちから郁代への憧れを抱いている感じを受けてもいた。……それ故に、思ってたんだよね」

 

 憧れ。それは、全くもって他人事じゃなかった。

 事実、その言葉に、思わず自分の胸がちくりとする自分が居た。

 ひとりを見て「かっこいい」と思った気持ちを、喜多さんも同じように抱いていたんだと知ったばかりだからだ。

 虹夏が樹木にもたれたまま、リョウに問いかける。

 

「どんなことを?」

 

「……さっきも言った通り、あくまでも個人的意見ね。ハッキリと言うけど。……私個人は正直、『憧れ』の感情には良い側面ばかりが在るとは思ってない」

 

「じゃあ、悪い側面ってのは? どうして、そう思うんだよ」

 

 思わず俺も口を挟む。言ってから気付く。

 自分だって、ひとりへの感情の出発点は“憧れ”だったくせに。

 

「……『憧れは 理解から最も遠い感情だから』だよ」

 

「ッ……!」

 

 胸の奥の本質を鷲掴みにされたようで、勝手に目が剥く。そしてそのまま、また俺は何も言えなくなる。……でも、なんかそのセリフ聞き覚えあるな。なんかで聞いたなそのセリフ。確か漫画のセリフ。なんだったかな。

 

「……あー、昨日貸した漫画のあれか」

 

 俺が心の中でツッコむより先に、虹夏がジト目で呟いていた。

 

「リョウ、それ、貸した漫画のセリフだよね? もしかして言ってみたかっただけじゃないよね」

 

「……バレたか」

 

 リョウは、ちょっと悪い笑みを浮かべる。何だこの台無し感は。

 ちょっと感慨深い気持ちになったのに。まあ、いいんだけども。

 でもすぐに表情を戻したところで、リョウは続ける。

 

「まあ………これ自体は引用だけど、でも、これ真面目な話、私の本心だよ。思ってて、危惧してたことだから」

 

「憧れ過ぎると、その対象の悪い部分が見えなくなる可能性がある。人間は完璧じゃないから。 ……それこそ、今回の件がまさにそうでしょ」

 

「………いわゆる、恋は盲目、とかと同じか?」

 

 苦笑しつつもそう言うと、二人ともほんの少しだけ口元を緩めた。

 少しだけ、張りつめていた空気が和らぐ。

 

「つまるところそういうこと。……私は、今回の一件で、ぼっちも郁代も、お互いに良い部分も悪い部分も含めて受け入れられるようになったんじゃないかって思う」

 

 リョウの声には、確信めいた静けさがあった。

 

「郁代も、辛いとは思うけど、でも、あの二人なら……きっと大丈夫だよ」

 

「………」

 

 林の隙間から見える空を、何となく俺は仰ぐ。

 ひとりがさっき見上げていた一番星が、ちょうど枝と枝の間に挟まるように、くっきりと白く瞬いていた。

 あの子にとっての「一番星」は、きっと俺なんかじゃない。

 それでも、その光の一筋に、ほんの少し自分も混ざっていたら────そんな虫のいいことを思ってしまう。もし仮にそうなら。だって、少なくとも俺は、と思う。

 

「……今回の件で、ぼっちは自分にとって大切なものを、明確に言語化が出来るようになった。………この事が起きる前よりも、確実にぼっちは強くなれるチャンスを得たんだよ。郁代が、ぼっちの世界を広げてくれたから」

 

 リョウの言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。

 

「─────────憧れだけじゃ、ダメなんだよ。相手の本質を見れなくなったら、良い事なんてない」

 

「………………そうだね」

 

 虹夏が、そっと瞳を伏せた。

 さっきまでの明るい声じゃない。

 それでも、その横顔はどこか誇らしげにも見えた。

 俺も、心の中でその言葉をそっくりそのまま受け入れていた。その通りだな、と自然と思えていた。

 憧れだけじゃ、人間は自分の都合の良い風にしか人を見れなくなる。そういうものだ。

 

 俺はちゃんと彼女を一人の人間として見れていただろうか。

 

 自分の都合の良い幻想をあの子に押し付けていないか。虚像を押し付けてないだろうか。それを自問自答して、少なくとも、今はそんなことにはなっていない、はず。そう思えた。

 どうか、ひとりにとってもそうであってくれたら良いな、と思う。ひとりが俺を受け入れて、抱き締め返してくれた事実から、それを俺は静かに胸の中で願う。

 リョウは虹夏の言葉を聞いて俯きつつ、静かに呟く。

 

「……もちろん、郁代自身も、きっと変われる。自分の想いに向き合えるようになったから。……互いに本音を言えて、本当の姿を知ることができた」

 

 そのまま、遠くの二人の歩き去っていった方角を見ながら、彼女は俺へ視線を向けてくる。

 

「振らり振られてで終わる程、あの二人はしょうもない繋がりじゃないよ。…………私は、そう思う」

 

 その言葉を聞いて、少しだけ呼吸が楽になった気がした。

 それでも、ひとつだけ、どうしても喉に刺さっている問いがある。気づけば、それも口から零れていた。

 

「……………………もし、もしもさ。…………俺が、居なかったら? 俺じゃなくて、ひとりが、喜多さんを選んだら?」

 

 星を見上げながら問うと、リョウも同じ様に同じ星空を見上げながら返す。

 

「……私の推測だけどさ。もし、ぼっちが郁代の気持ちに応えて付き合ってたら、おそらくは、郁代の望む理想像しかぼっちは見せられなかったんじゃないかな」

 

「理想像……?」

 

「そもそも、ぼっちはあんなふうに自分の意思を伝えられてないと思う。春樹、自覚ある? ぼっち、前より明らかに変化しているんだよ」

 

「…………そう、なのか?」

 

 自分では、よく分からない。

 でも、あのひとりがさっきあそこまで泣きながらも、自分の言葉で喜多さんに想いを伝えていた姿を思い出すと────確かに、俺が初めて会った頃の彼女とは、どこか違っていた。

 

「春樹は、私達と出会ったばかりのぼっちの姿、直接見てないからあまり実感ないと思うけど」

 

「あの子は元々、自分の意思を明確に伝えられるような子じゃなかった。少なくとも、結束バンドに入ってから文化祭に出るまでは。基本的に、断れない子だったと思う」

 

 リョウが虹夏と目を合わせる。

 虹夏も小さく頷いた。

 

「……変わってきてるよね。ぼっちちゃん。明らかに、春樹くんと出会ってから、さ」

 

「……………」

 

 真正面からそう言われると、どうしていいか分からなくなる。

 嬉しいような、くすぐったいような、でも同時に責任みたいなものも、胸にのしかかった。

 

「……逆にこうも言えるんだよ。今回のことは、ある意味春樹と出会ってぼっちの中で何かが明確に変わった」

 

「その結果として、郁代に流されてお互いに付き合う訳じゃなく……きちんと自分の意思でその告白を断れたってことだよ」

 

 あの子が、喜多さんの告白を受け止めて、自分の言葉でお断りした。

 泣きながら、何度も「ごめんなさい」って言いながら、それでも、逃げずに。

 それが、どれだけ彼女が成長してるのか、ということか。

 

「そうじゃなかったら、結局あの二人は無理をした状態のまま、背伸びした状態が続くことになる。そうなったら、ぼっちがどうなるかなんて、二人ならわかるでしょ」

 

「………」

 

「…………」

 

 言われるまでもない。

 俺も、多分虹夏も、その光景を簡単に想像できてしまったからこそ、リョウのその言葉には何も言えなくなった。

 ひとりが、自分を削って「理想の誰か」で居続けようとしたら────あの子はどこかで折れてしまう。ましてや喜多さんも、もしかしたら下手をすれば今までより逆に辛くなってたかもしれない。

 あの子の抱えていた “痛み” は、あの子が自分で気づかないとどうしようもならないものなんだと、さっきのひとりとの会話を聞いていて感じたからだ。

 

 喜多さんが、笑顔の裏に貼りつけていたものは、人からでは気付けないし本人もきっと気付かれたくなかったものなんだと思う。

 

 アレはもう、人からどうにかしてもらうようではどうしようも無い。多分、本質的な解決は出来ない。そもそも周りの他人はそんなことに気付きもしないし、きっと────気付いたとしても助けようとなんてする人間は居ないのだろうと、直感していた。

 

 だってきっと、社会においては間違いなく彼女みたいな存在が居てくれたほうが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

 しかもあの感じは、本人がそれを無自覚だったはずだ。

 

 故にだれも救いようがなかった。そもそも見向きもされない。それが何よりも本当に目も当てられない。

 本人もきっとそれでいいと思っていたから周りも気付くはずもないし、気付いたところでそれを(いびつ)とは恐らく誰も思わない。

 

 彼女が、仮面を被って苦しんでいるだなんて、だれも考えもしなかったんだと思う。

 

 だからこそ─────と、俺は思う。

 

 ひとりは、あの子は本当に、真の意味でヒーローだと切に思う。

 ひとりは、普段はあれだけ自分に全く自信も持てなくて、自己否定してばかりで、すぐにバグった挙動もしてしまう子だけど。

 だけど、きっとあの子はこういう大事な時に、絶対に選択肢を間違えない子なんだと、今回の二人のやり取りを見て思った。

 

 あの子はそもそも、絶対に人を否定しない。否定から入らない。

 

 きっと意識せずに、喜多さんの求めてた救いを渡していた。

 最初の俺の距離感のやらかしだって、引かないで受け止めてくれた。

 あの子は、人の痛みを受け止めて、ボロボロになって自分なんか要らないって言ってる人に、「そんなことないよ」って寄り添える。

 

 そしてその理由は、なによりもきっと、彼女自身が痛みを知っている子だから。

 

 後藤ひとりは────あの子はまだ無自覚だけど、きっと無意識に彼女が思う以上に沢山の人を今まで救ってきたし、これからもそうやってまた人を救える。

 そういう子なんだと、俺は今回の一件で確信を得た。

 

 世界を救えなくったって、何か特別なことができなくったって、それでも関係なんかない。

 

 そんな特別な力なんかなくたって関係ない。

 

 限られた瞬間に、限られた人に、間違いなく明確に、無意識にでも光を届けることができる。

 それだけで、十二分に後藤ひとりは、そういう意味ではやっぱり、間違いなくヒーローなんだと。

 

 俺はハッキリとそう思う。

 だからこそ今回の話は、確かにリョウの言う通りだ。

 これは喜多さんがひとりの言葉をきっかけに自分で気付いて、自分で向き合わなければならないものだったんだ。

 それは、遅かれ早かれ。

 でなければ、仮にひとりと喜多さんが付き合ったとしても、いずれその代償を払わされる部類のものだと。

 きっとリョウはそう言おうとしているんだと理解した。

 

「─────…………」

 

 自分の頭の中で、いくつもの確信と考えがせめぎ合う中、喜多さんの涙を思い浮かべる。僅か数秒の間にその長い思考を終え、リョウへ僅かに目線を向ける。目が合う。

 リョウは俺を見つめつつ、ほんの微かに小さく頷く。俺も頷き返す。

 彼女はそのまますぐに瞳を伏せて、続ける。

 

「……だからこそ、今回の出来事は必要だった。郁代の、そしてぼっち自身の為にも」

 

 そこからぽん、とまた肩を叩く音と感触が伝わる。

 

「……………春樹ももう気にしなくていいと思う」

 

 彼女はそう言って、無表情のまま、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 それが、彼女なりの「大丈夫」のサインなんだと、ここまで話して、少しだけ分かるようになってきたと思う。

 

「……ぼっちはもう、自分で気づけた。だったら、私たちはこれからどうすべきか、春樹なら分かるはずだよ」

 

「……………………………」

 

 それはきっと、信頼なんだろう。大した信頼だ、と思う。

 素直に、ありがたく受け取るべきだと考える。そして何となくもう一度、ひとりが話していた「一番星」を見上げる。

 あの光は、手を伸ばしても掴めない。

 それでも。そこへ向かおうとする誰かの背中を、下から照らすことくらいはできるのかもしれない。

 ゆっくりと目を閉じて、そっと深呼吸をした。

 肺の奥に溜まっていた何かを吐き出して、目を開ける。吐き出した代わりに、俺の胸の中で芽生えたものは多分だけど、一つの決意だ。

 

「───────STARRYに、帰ろう。アイツらが先に行っちまう」

 

 言葉にしてみたら、思っていたよりもそれはずっと簡単だった。決意なんて、格好つけた言い方かもしれない。でも今はきっと、それがただ一番自然な選択なんだと、俺は胸を張って言える。

 

「……そう来なくっちゃね」

 

 リョウが少し得意げに微笑む。

 虹夏もぱっと顔を明るくして頷いた。

 

「……虹夏も行こ。STARRYに」

 

「────うん。戻ろっか。そろそろ、ぼっちちゃんも、電車に乗せてあげないと夜遅くなっちゃうもんね」

 

 虹夏はもたれていた樹木から身体を離して微笑み、階段の方へ軽やかに歩き出す。

 

「ていうか、今日はいつにも増してよく喋るね、リョウさ」

 

「うるさい」

 

 そんな他愛のないやり取りを交わしながら、虹夏とリョウは並んで歩いていく。その背中を見ていると、言葉以上の絆みたいなものが、はっきりと見える気がした。

 俺はその後ろ姿をじっと見つめ返す。そして、やっとそこで気付いた。

 ────────ああ、そっか、と。

 

(…………なんで、『結束バンド』なんだろうって、思ってた)

 

(バンド名にしちゃ、なんか意味深だな、って)

 

(でも、やっとわかった気がする)

 

 ルンルンと弾むような足取りで階段を上がっていく虹夏。

 その後ろで、欠伸を噛み殺しながらついていくリョウ。

 

(………皆……)

 

(─────バラバラなんだ)

 

 俺は、理解する。

 家庭も、性格も、抱えてるものも、得意なことも、苦手なことも。

 本当に、めちゃくちゃバラバラで、ちぐはぐで、それぞれが違う方向を向いていたはずなのに。

 

(でも、バラバラだからこそ、そのバラバラな個性が、お互いの想いが、文字通り『結束バンド』の様に固くかたく……絆で結ばれたものなんだ)

 

 だから、このバンドは「結束バンド」なんだ。

 誰か一人のものじゃなくて、誰かが誰かを犠牲にして成り立つものでもなくて。

 違う星同士が、それでも同じ夜空に線を引き合って────それがさながら「星座」になるみたいに。このバンドの名前の本当の意味。それは、そういう意味だったんだ、と。

 

「…………………」

 

 自然と頬が緩むのを、自分で自覚する。

 そのタイミングで、前を歩いていた二人が振り返る。

 

「行くよ。春樹」

 

 相変わらずな無表情。でも、どこか穏やかで信頼を感じさせる柔らかな瞳と口元をこちらへ向けたまま、俺の名前を呼ぶリョウ。

 

「ぼっちちゃん、待ってるよ!」

 

 虹夏も、語尾に音符が着いたような声色でこちらへ笑いかける。

 その「待ってるよ」に、ひとりだけじゃなく、結束バンド全員の顔が重なった。

 

「…………あぁ。行こう!」

 

 そう答えて、俺は階段を登り出す。

 彼女たちに追いついて、追い越して、その先でまた三人並んで歩けるように。大丈夫、と伝えるように俺は再び小さく振り向いてから微笑み返す。

 こちらを見つめ返して、同じ様に微笑んでくれるリョウと虹夏の視線は、責めるでも見張るでもなくて────ただ、迷いごと受け止めてくれるような、そんな温度を感じる。

 俺が歩き出したのを見届けるようにして、二人も、ゆっくりと歩む。

 

 やがて最後にもう一度、俺は夜空を見上げた。

 

 一番星が、さっきよりも少しだけ明るくその身を覗かせている。

 

 そんな俺達の影を、川沿いの街灯と頭上の星々が──────静かに照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼっち・ざ・ろっく!

フラッシュバッカー

 

 

 

#03「星座になれたら」

 

《了》

 

 

 

 

 

 

 

 











The Next.



「という訳で!!! 新メンバー、吉沢 春樹くんでーーーす!! ぱちぱちぱちぃー!」


「ていうか、冷静に考えてガールズバンドに男はおまえダメだろ!!! 絶対に!!」


「お前!! どうやってぼっちちゃんを落としたァ!? あぁん!? ほら言ってみろオラァ!!」

「あーもう……お姉ちゃん落ち着いてってば……!!」


「虹夏……あの、さ。もしかしてお前のねーちゃん、やべー人……?」


「……今更気づいたか……」



「……手でも繋ぐ? ひとり」

「え……へ、へ、へひゃ、ひゃぁぁぁぁぁっ……!!」



「俺は、…………俺は、天才なんかじゃない。加えて、見てきたんです」

「音楽の神様に愛されていたはずの存在が、どんどんたくさんのものを喪う姿を」


「わ、私にとって、春樹くんは、春樹くんです………っ!!」

「私が好きなのは───春樹くん、自身なんですっ!!」





「吉沢。選べ。お前が本気でうちのバンドのマネージャーをやるってんなら私の提案を呑んでもらう。選択権を与える」

「このまま私の提案を呑むか、それとも断るか。どっちがいい? あんたの好きなように選びなよ」


「………………やります。やらせてください。俺は、ひとりを支えるために」







「……結束バンドの彼女達の応援をする為に、ここに居るんです」








次回

#04「リライト」


春樹「見てくれよな!」

ひとり「みっ、見てくださいっ……!」

























〜あとがき〜

 ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。今回は節目ということもあり、あとがき、失礼致します。

「ぼっち・ざ・ろっく!フラッシュバッカー」序章は、これをもって一区切りを迎えました。ここまで書き記すことができたのも、ひとえに読者の皆様の応援のおかげです。本当にいつもありがとうございます。

 そしてお知らせとなります。
 次回#04「リライト」からは12月の冬コミ新刊執筆に向け、大変恐れ入りますが更新日は週二(基本月曜日&金曜日 19:00)の更新とさせていただきます。恐れ入りますが、ご了承くださいませ。

 感想やお気に入り、皆様の言葉が何より励みです。よろしければお気軽にお願い致します。



 ぼ喜多 最高 ぼ喜多! 最高! ぼ喜多! 最高!

 ぼ喜多 最高 ぼ喜多 最高 イェイイェイ!!

 オマエもぼ喜多最高と叫びなさい!!

 ……おっと思わず本音が。

 

 今作において、特にこの#03「星座になれたら」は個人的にも相当力を入れたエピソードであり、喜多ちゃんやひとりが死ぬほど曇らされて、読んでいただいた方も辛かったと思います。

 だからこそ、このCHAPTER#30はそんな頑張ったふたりがどうか救われて、痛みと一緒に、本当の意味での大切な繋がりを自分の意思で結んだ上で歩いて行ってほしい。

 そんな切実な願いと、愛を込めて描きました。

 そして、この物語の主人公であり、多分この作品で下手をしたら一番の読者の方々のネックになりかねない「春樹」の存在について。

 読んでいて、どんな感想を持っていただいたか分かりませんが、自分としては、このぼ喜多は『彼が居ないと成り立たない』『彼が居なければ彼女達は、本当の意味での深くて痛い自分の “コンプレックス”と向き合うことはできない』────そういう前提で描いたものだと考えてます。

 つまり彼は、彼女達の真価を引き出す為に必要な存在として自分は常に描いています。

 要約すると春樹とひとりの物語無しでこの熱量のぼ喜多(これがむしろ描きたかったまである)が書けなかった、という事ですかね。
 
 正直、喜多ちゃんの壊れ具合は自分でも書いてて本当に辛かった。
 割と自分の自己投影もあるので……。

 読んでいただいた方もしんどかったと思います。でも、だからこそこの節目でこれだけは伝えさせてください。
 ここまで、読んでくれてありがとうございました。まだまだこれからも続く長い物語ですが、これからもご愛読よろしくお願い致します。
 
 それではまた次回お会いしましょう。

 そらやまれいくでした。
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