ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #02 「本当の自分」

 

 

「………………………」

 

 ひとつ、深く息を漏らす。

 

 ────おぅ、落ち着け俺。待て。まぁまず落ち着くんだ吉沢春樹。まだだ、まだ終わらんよ。

 

 そもそも冷静になって考えてみる。彼女のあの言葉。

 何に対しての、謝罪なのだろう。胸にズキン、と疼痛(とうつう)が走る。それを、考えたくない。

 これだけは、聞いてもいいだろうか。

 そんな迷いや不安が一瞬身をもたぐ。

 だがその是非すらも、もはや迷ってはいられない。このままで終わるのは、嫌だった。小さく、呟く。

 

「……えっと、ひとつ、聞いていいかな。それは、告白に対しての、お断りの「ごめんなさい」なの?」

 

 それを聞いた瞬間「ッ!」とビクッと後藤さんは恐がるように肩を震わせた。

 

「……」

 

 およそ、怒られるとか感情的になられるのかと思って、怯えているのだろう。そんな姿を見てしまっては、こちらとしても焦る姿すら見せるのも恥だと感じる。何も、言えなくなる。

 するとそこで 「……っ」と顔を上げて、こちらをまっすぐ見つめ、彼女はこくりと頷いてみせた。

 

「…………そっ………か」

 

 その刹那、目の前が真っ白になる。やっぱり終わりか。短かったな、俺の恋。─────覚悟はしてたけど、無理、だったか。

 いや、待て。まだだ。ショックを受けるのは、まだ早い。最後に、これだけは、聞きたい。そう思い、あのさ、と静かに聞き返す。

 

「…………理由、聞いてもいい?」

 

「…………」

 

 彼女は前髪の隙間から覗かせる瞳を見開き、こちらを見つめる真剣な面持ちのまま、重々しく口を開く。

 

「あっ、あの……吉沢、くん……その、気持ちは嬉しいです。でも、私はその……恋人とか、いままで、その、いたこと、なくて」

 

 その言葉は途切れ途切れに紡がれる。

 不安が、言葉尻からヒシヒシと伝わってきては留まることを知らない。

 

「……でも、私なんかじゃ、吉沢くんみたいなやさしい人には、あまりにも、その……釣り合わな、い、というか」

 

「……えっ?」

 

 やさしい? そんな風に、思われてたのか。

 それは、思ってもみない回答だった。彼女は今にも泣き出しそうな声色のまま、そう呟く。なんというか、振った人間に伝える言葉にしては、誠実過ぎないだろうか。

 正直な感想を言うと、逆に俺はそんな彼女とは対照的に少し拍子抜けしていた。肩の力を少しだけ抜き、物柔らかな口調で聞いてみる。つまり、と問い掛ける。

 

「釣り合わないと、思い込んでるから……断るの?」

 

 すると彼女は再び小さく痙攣しつつも、また俯かせていた顔をこちらへ向けてきた。そして、静かにそう頷く。

 

「……あ、あぁ、ぁの、そ、その、私、なんかじゃ………吉沢、くんみたいな、こう、その、陽の光で溢れる人には……その……」

 

(………陽の光? 陽キャとかの事だろうか……)

 

 彼女の独特な表現には、頭上に疑問符を浮かべてしまう時がある。だが徐々にそれにも慣れつつあった。そうか。そういうことか。理解した。

 俺は彼女の言葉の要点を掴み、要約して伝え直す。

 

「……つまりまとめると、君からは俺が陽キャに見えてるから、自分にはあまりにも不釣り合いすぎて、申し訳なくて付き合えない。こういうこと?」

 

「あっそ、そう、です。つっつ、つまるところ、そういう、ことに、なり……ます。ごめんなさい」

 

「……………」

 

 なる、ほど。へぇ、そういうことも、あるんだ。

 そこでひとつの事実を確信する。

 その回答は、少なくとも嫌われてる訳ではないことは確定させてくれた。ひとつ、小さな息をつく。

 加えて、宙を仰ぐ。

 さてこれ、どう返したものか。

 まずは思うこと。できることなら小一時間、温泉にでも浸かって「思うこと……」等と呟きながら思考をしたいところだが生憎そんな状況ではない。とりあえずそれを受けて、俺が考えることを整理しよう。

 

 正直に言えば、その事実には心寂しさを感じずにはいられない。

 

 だってそれは、つまるところそれは「俺自身」を見て回答されている訳ではないように見えるからだ。

 だからつい、思わず、少しだけ意地悪く呟いてしまう。

 

「……ごめん、これはさ。俺の、正直、わがままなんだけどね」

 

 そんなものは結局、誰かが勝手に決めただけのレッテルでしかないじゃない。陰キャとか陽キャとか、そういうのははっきり言ってどうでも良い。

 見て欲しかった。

 君にだけは、俺自身のことを、ちゃんと。

 いや、重い。重すぎる。そんなことはわかってる。でも、君にだけは陽キャとか、そういうので判断されて中身を見て貰えないのは、嫌だ。堪らなく、嫌だ。だから俺は、そのまま続ける。

 

「……俺さ、そういうので、告白の返事は、して欲しくない、かな」

 

「釣り合うとか、釣り合わないとか、そういうのじゃなくて」

 

「……君自身の気持ちで返事して貰えたら、嬉しい」

 

 そう俺は、ゆっくりと言葉を選ぶようにしてそう呟く。

 ─────いや。待てよ?

 そこまで、小さく本音を話した所で待て、と思った。

 やばい。しまった、と焦る。

 これ、まるでこの言い方じゃ責めてるみたいにならないかこれ。光より早く慌てて彼女の方へ視線を向け直す。

 

「ご、ごめんなさい…………」

 

「……!!」

 

 まずい。言わんこっちゃない。

 彼女は深く頭を下げたまま、微かに肩を震わせて項垂(うなだ)れた顔から水滴を落としている。

 そこで、案の定後藤さんが泣いている事実に気が付く。小刻みに震えながら、そうして謝ってきた。

 

「っ、あっ………!! っな、泣かないで…? 別に怒ってないから!」

 

 や、ヤバい。やらかした。

 まさか泣き出してしまうとまでは思わなかった。俺は自分の声すらも動揺して震えている事に気が付く。

 たぶん、(はた)から見ても今の俺は相当動揺しているのかもしれない。いや、ていうか動揺するに決まっているだろう。

 目の前で、好きな女の子が自分のせいで泣き出してしまったら、きっと誰だってそうなるはずだ。

 

「ごめ、ん……なさ……ぃ……。ご、めん……なさっ……い」

 

 そう言って途切れ途切れに嗚咽(おえつ)交じりに、彼女は小さく肩を震わせて謝罪を繰り返す。

 どうしよう。なんて返せば。きっと自分を責めてるんだろうか。ちがう。君は悪くない。

 何とか、彼女を落ち着かせたくて必死に頭を回し、瞳を閉じる。そうして一つ、小さく息をつく。

 

「あっ、あのね、きっ聞いて、後藤さん」

 

「! は、いっ……… ?」

 

 我ながら、びっくりするほど声が震えている。

 情けない。それでも。

 君を傷つけたくない。そんなのは嫌だ、と内心叫びながら、俺は全力で脳をぶん回す。

 

「………俺、さ。君の気持ちが知りたいだけなんだ」

 

「せ、責めてるわけじゃないんだよ。俺が言いたいのはつまり、えーーと、その……周りがどうとか、気にしないで欲しい」

 

「君自身がどう思ってるのかを知りたいってこと」

 

「君が嫌なら、嫌でいいからさ」

 

「え……っ」

 

「……その、ね。別に、ギターに集中したいから、とか、そんなんでもいいんだ。嫌いなら、嫌いって……言って欲しい。振ってもいいから、断ってもいいから、さ」

 

「ただ、それだけなんだ。だから、自分を責めないで。お願い」

 

「…………!!」

 

 そうハッキリと俺は伝える。もうこれ以上の言葉なんて思いつかん。

 すると、驚いた様に、彼女はそれを聞いて目を見開く。

 そう。振られるならハッキリ振られた方がいい。その方が、ずっといい。そこに関しては、気にしないで欲しい。

 

 でも、だからこそ思う。ただどうしても、と思う。

 

 どうしても、これだけは言わないと少し、辛い。

 

「…………ただ、ね」

 

「自分の気持ちを言わずに、告白を(ないがし)ろにするのは、やめて欲しい、かな」

 

「……!」

 

 そう俺は、思わず俯きながら呟く。

 それは、紛れもない俺の本音。それだけは分かって欲しい。

 

 嫌なんだ。

 

 それだけは嫌だ。そうじゃないと、納得できない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから。

 かつての幼い自分が──────背後からそう呟く。

 俺はそれを無視する。

 

 うるさい。黙れ。黙っててくれ。今はそんなことどうでもいい。

 

 だけど、その時。

 彼女はそれを聞いてから、首を慌てて横に振った。何度も首をブンブン振り回す。

 

「まっ、待ってください! ちが……違うん、ですっ……!!」

 

「……え?」

 

 彼女は必死に言葉を紡ごうと、涙が滲む声を震わせる。呆気にとられて、俺は彼女を見つめ返す。

 

 そうしてもう一度、嘘ではないと言わんばかりにまた呟く。「………きっ、嫌い、なわけじゃないん、です」

 

「吉沢くんの、こと、嫌な、ワケじゃ、…………ない、です」

 

「……えっ」

 

 とくん、と小さく自分の鼓動が鼓膜に響いたような、そんな気になる。嫌われたわけじゃない? 嫌なわけじゃない? 本当に?

 

「っ、むしろ、その逆なんです。……今の、このやり取りだけでも、すごく、その……うっ、上手く言えないんですけど。吉沢くんは、きっと良い人だって思ってます」

 

「………! 良い、人? なんで?」

 

「あっ……だって吉沢くんは、ずっとこんな私に、ペースを合わせてくれようと話してくれてるじゃないですか」

 

「そんなの、当たり前だろ」

 

「あっい、いえ、私からしたら、それだけでも嬉しいんです。こんなミジンコド陰キャに、ちゃんと目を合わせて話をしようとしてくれてるだけで、凄く、嬉しいから」

 

 なんだよミジンコって。どういう例え。だけど思わずその言葉を聞いて、心がふわりと浮き上がる様な感覚を覚える。

 そんな事を、思ってくれてたのか。

 別にそんな、大した事を言えた訳でも無いはずなのに。

 そして確信したのが、この子の自己肯定感の低さだった。

 

 これは異質だ。そうか。そういうこと。

 

 やっぱり間違いない。相当劣等感が強い子なんだ、この子。

 

「そっそんな人が、私なんかを好きに……なんて、なってくれてるのが、信じられなくて」

 

 彼女は酷く気まずそうにしている。

 それでいて罪悪感か何かに囚われたような、そんな表情のまま、強く目を瞑って続ける。

 

「………うん」

 

 そんな様子に口出せる訳もなく、俺はただ黙って彼女の言葉を聴く。

 この子の言葉を、ひとつひとつをしっかりと受け止めたいが故に。

 

「あっこ、これだけは本当なんです。本当に、吉沢くんのことは、凄い人だと思ったんです。私なんかと、こんな風に話してくれて。でも、付き合うってことは、とてもじゃないんですけど、想像できなくて……」

 

「わっ私……彼氏なんて、いたこと、ないので………余計に、分からなくて」

 

「…………うん」

 

「…………いま、私、どうか、しちゃいそうなんです……」

 

 やがて、彼女は声を震わせたまま瞳を伏せる。よく見ると、その顔は微かに赤い。えっ、何その顔。えっ、可愛い。

 両手を胸の前で組み、ぎゅっと身を縮こませながら呟く。「だって」

 

「よっ吉沢くんは、私の欲しかった言葉、全部、言ってくれてるから………っ」

 

「………え」

 

「言って欲しかった、言葉?」

 

 小さく、後藤さんは顔を上げる。

 ピンクの前髪の隙間から僅かに不安げな瞳が揺れ動く。

 

 俺の心は、思わずそれに引き寄せられざるを得ない。

 

 そんな自覚はなかった。当たり前だけど。

 俺はつまり、君が欲しがる言葉をなにか言えてた、ってことなのか。だから聞き返す。

 

「それは、何? なんの、こと?」

 

 すると、やがて僅かに間が開く。

 そうして、俺の予想に応えるかのように「…………『()()()()』って、言葉です」と、意を決したかのような素振りで彼女は続けた。

 

「あっ、あの。私、それ……すごく、すごく、嬉しくて。虹夏ちゃんに、その言葉を言われた時も………凄く勇気を、貰えて。幸せで、嬉しくて」

 

「……私は、全然そんな、ヒーローなんて存在じゃないんです。そんな、大したものになんて、実際はまるでなれてないんです」

 

「すっ、少なくとも、自分ではそうとしか思えなくて。でも、それなのに………」

 

「まさかそれを、殆ど見ず知らずの吉沢くんが言ってくれるなんて、思って……なかったから」

 

「虹夏ちゃん」。その名前は、文化祭の時に何か聞き覚えがあった。

 

 確か、そう。同じ結束バンドのメンバーの一人。

 ドラムをやっていたサイドテールの女子の名前だったっけ。

 そうか。そういう事だったのか。

 でも、彼女の言うその言葉───『ヒーロー』という単語。それは、俺にとっては紛れもない本心だった。

 嘘偽りようのない本音。

 だってそれは、誰に何を言われようと、変わることのない、俺の中の彼女の在り様そのものなのだから。

 俺は彼女の言葉を聞いて、小さく何度も頷く。

 

「………そっか、そう、なんだ」

 

「そ、そうです。でっでも、そんな事を私なんかに言ってくれる様な優しい吉沢くんには、私よりも……もっとふさわしい人がいるんじゃないかって………おっ、思ったんです」

 

「私なんかじゃなくて、もっと素敵な人と幸せになれるんじゃないかって」

 

「…………」

 

 それを聞いて、ふと思う。

 初めて。

 何度も言うけど、これが彼女との実質初めての会話だった。

 だけど、それでも。─────この子がどんな子なのか、その断片を知るには、今の言葉は余りにも十二分過ぎた。

 

「………じゃあさ、俺からも言わせて欲しいんだけど」

 

「え? は、はい……?」

 

「俺には、明確に君を好きになった理由があるんだ」

 

「………え」

 

 後藤さんはビクッと肩を上下に震わせ、オドオドしながらこちらを見つめる。聞いて、後藤さん。どうかそんなに、恐がらないで。

 

「あのね、後藤さん」

 

「俺ね、君のギターに、勇気を貰ってたんだよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼女は口を僅かに開く。何やら驚いた表情で僅かに垣間見える目を丸くしていた。

 

「えっ……?」

 

「ど、どういう、意味ですか……?」

 

 どこか戸惑ったように見えるが、静かに首を傾げる仕草もしている。

 その姿に少し可愛らしさを感じ、思わず俺は頬が緩む。脳の奥、海馬(かいば)の中に眠る彼女のあの日の姿。

 そこへ思いを馳せようと、俺は瞳を伏せる。

 

「…………」

 

「……俺さ、結構前、だっけな。部活の試合で、割とひどい負け方しちまって。その時、それはもう落ち込んでてさ」

 

「はっはい」

 

「そんな時、後藤さんが最近、違うクラスの喜多さんと一緒にギター持って帰ってるとこ見かけたって聞いて」

 

 彼女は声を上擦らせながら、緊張した様子だ。

 それでも、真剣に聞き入るように目線は、こちらへ向けている。

 

「……後藤さん、結構前さ、下北の、STARRY……だったよね。あそこでライブ、してたでしょ? 土砂降りだったよね」

 

「えっ、あっは、はい」

 

「確か、後から聞いた話だけど、アレ……初ライブ、だったんだっけ? あの時、たまたま知り合いからチケットもらってさ。しかも、後藤さんと喜多さんがいるバンドがそこで演奏するって聞いて」

 

「……気分転換に『あの後藤さんがライブ? どんな演奏するんだろ』って思ったから。だから、半分暇潰し程度に見に行ったんだ」

 

「え? 来て、くれてたんですか……? あんな雨の日に?」

 

「うん、まあね。大変だったけど」

 

「えっ、ええ……!?」

 

 そう。あの日はちょうど最悪のタイミングで台風が来ていて、行くのにえらく苦労した事をよく覚えている。

 靴の隙間から雨水が入り込み、グチョグチョになった靴下の感触が、落ち込んでいた心をよりやさぐれさせたものだ。

 すると突然、彼女はそれを聞いては、慌ててペコペコと頭を下げ始める、

 

「ッ……そんな、まさか来てくれてたなんて思わなくてっ! ごごごご、ごめんなさい、そもそも私、全然吉沢くんに気が付かなくて………っ!!」

 

「いやいいって! そりゃ気づくわけないって。結構後ろの方にいたし、そもそも互いに……殆ど面識も無いわけじゃん? 俺も、その時なんて後藤さんとほぼ話したこと無かったんだしさ」

 

「正直たまたま、だったし。その時行けたのだって」

 

「あっ……そ、そう、だったんですね……」

 

 そう俺が返すと後藤さんはホッと安堵しつつ、複雑そうな表情で視線を落とす。

 なんというか。

 実際に話してみると、考えてる事が意外と分かりやすい子なんだな、この子。そのまま俺は会話を続ける。

 

「………当然聴いたよ。その時の君の演奏、最初から、最後まで」

 

「え……?」

 

「きっ聴いてて、くれてた、んですか……? あのとき、の、全部」

 

「聴いてたし、見てたよ、全部。特に……さ。二曲目の『あのバンド』って曲、凄かった」

 

 彼女は顔を上げて、俺の言葉に反応する。

 あの日、あの時の事。

 思い出すだけで、胸の中に溶岩を流し込まれた様な強烈な熱が広がる。

 その熱は目に見える世界をも弾ませ、浮き足立つような衝動を湧き立たせた。現実と夢の境目が曖昧になったその瞬間を、忘れられるはずもない。

 

「引き寄せられた。あの時、君が無我夢中になって周りが見えなくなるほど、体を揺らして弾く有り様に」

 

 その時、思ったんだ。それはまるで。

 ズレにズレまくっていた「世界」と認識が、まるで正しい形を思い出していくようだったのを、今でも覚えている。

 雨上がりの日の灰色の空に、光り輝く()()()を見つけたかのような、心の高揚。

 自らが掬い上げられたように思えた、あの瞬間。それを言葉にするのは、どうしようもなく難しい。

 

「周り全てを引き込んで、小さな世界を創っちゃうみたいな。そんな君の演奏に引き寄せられたんだ」

 

 あっやばい、とそこで気付く。思わず夢中になって色々と語ってしまっていた。そこで慌てて俺は彼女の顔を垣間見る。

 

「あ、あの曲を……」

 

 だけど後藤さんは、特に引いてもいない様な様子で、長い前髪の下の瞳を丸くしていた。

 

「い、いえ、あれは……まだそんな……全然……下手な演奏で……」

 

 そう言って照れくさそうに俯きながら彼女は呟く。

 

「あっわたし……も、皆に合わせてもらってましたし。………ただ、必死で」

 

「……でも、そんなに、真剣に聴き入ってくれてた……んですか?」

 

 おずおずと両手をギュッと胸元付近で握りながら不安げに後藤さんは聞いてくる。そんなの、言うまでもない。

 

「そうだよ。ていうか……下手なんて、そんな訳ない。ちゃんと見てたらわかる。下手なわけが無いんだよ。ましてやあの瞬間……文化祭の時の、ボトルネックでのあの演奏は……!!」

 

 そう。あの瞬間。

 彼女は俺にとって──────

 

「何度でも言う。あの時、君は俺にとっては間違いなく、ヒーローだったんだから!!」

 

「ッ……!?」

 

 その瞬間、彼女はビクッと肩を上下に揺らした後、俯いていた顔を上げる。

 

 瞳は大きく見開かれ、こちらへ真っ直ぐに視線を向けてくる。

 

「……俺は、さっきも言ったろ。台風ライブの時の君の、あの演奏に惚れた」

 

「俺には分かる」

 

 ライブステージの下、汗で張り付く髪の毛先一つ一つまでもが、ライブ照明の鮮やかな光に揺れていた。

 あの時、彼女のギターピックには何の迷いもなかった。

 だからこそ、断言できる。確信出来る。

 

「むしろ、君に合わせてたのは……あの日は喜多さんたちだよね。君が、むしろそんな彼女たちの努力を台無しにしないために、自分の実力を隠してた」

 

 俺は君のその『()』の正体を、知っている。

 あの動きは、間違いなく「あの演奏主」以外に他ならない。

 

「あの瞬間、みんなの為に、君は……本当の実力を見せたんだろ」

 

「………そうだよね─────()()()()()()()

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

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