ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #34 「変わりゆく、色のない世界」

 

 

 ───────春樹くん。

 

 改札へ向かう途中、ほんの数分前まで隣にいたはずの人の名前を、私は心の中で何度も呼んでいた。もう一度会える約束だってちゃんとあるのに、胸の真ん中を掴まれたみたいに苦しくて、さっきまで繋いでいた左手が、ひどく心細くて、寒い。

 ファーーン、と警笛が鳴って、渋谷行きの電車がホームへ滑り込んでくる。巻き上がった風が制服のスカートを鳴らして、前髪を後ろになでつけた。

 

「っ……う……」

 

 思わず目をぎゅっと閉じる。

 扉が開くと、一日の終わりに押し寄せるビジネスマンたちの波が、どっとホームに溢れ出す。私はその流れに呑まれないよう、ギターケースを抱き締めるみたいに持ち直して、人混みの隙間を縫うようにして電車へ乗り込んだ。

 ドアの横の取っ手を掴んで、閉まりゆく窓の外をぼんやり見つめる。さっきまで、あそこに春樹くんが立っていた。

 ホームの向こう側、改札へ続く階段。あの背中はもうどこにも見当たらないのに、視線だけがそこから離れない。

 

「………………」

 

 胸の奥がきゅっと痛んで、私は小さく唇を噛む。

 こんなふうに誰かと別れるのが寂しいなんて、今までの私には、あまりよく分からなかった。

 

 ──あ。そうだ。

 

(春樹くんに、お礼のメッセージ……打たないと)

 

 肩掛けカバンのポケットを漁ってスマホを取り出す。画面に灯った時間は、いつの間にか夜の九時をとっくに回っていた。

 さっきまで隣で笑っていた人の名前をタップすると、さっきまでのやり取りが、嘘みたいに鮮やかに蘇ってくる。

 

 私は胸の奥のもやもやを誤魔化すみたいに、指先をフリック入力のキーボードへ滑らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 駅前のロータリーから伸びる大通りの歩道を、とぼとぼと家の方角へ歩いている。

 さっきまで握っていたひとりの手の感触が、まだ右手のひらに焼き付いているのを感じていた。冷たい夜風が頬を撫でていくたび、そこだけぽかぽかと熱いままで、妙に不思議に感じている。

 

「………………」

 

「……今日は、ほんと色々あったな……」

 

 ぼそっと独り言が漏れた。

 結束バンドに拉致られたかと思えばマネージャーとして加入することになり、喜多さんがひとりに告白し、そして……ひとりと本格的に付き合い始めた、その日の終わり。改めて考えてみても濃密にも限度ってもんがあるだろう。

 ひとりに俺が体育倉庫裏で告白したアレからまだ三日しか経っちゃいないのに、どうなってるんだ。

 そんなことを考えながら、ふと夜空を仰いで一息つく。コツ、コツ、とローファーの音が響き、夜の藍色に染まるように黒い電線の影が視界にチラつく。

 

(飯、どうすっかな。……親父は……)

 

 家のことを考え始めたその時。

 ポコン、と通知音が鳴り響く。そっとポケットからスマホを取り出して、ロック画面に表示されたLOINEの名前を見つめる。

 

「あっ、ひとりだ……!」

 

 胸の奥がふわっと軽くなるのを感じた。自然と口元が緩んで、歩みを少しだけ止めて、アプリを開く。だけど。

 次の瞬間、肩がビクッと跳ね飛んだ。ゾッとした。

 

「………………─────」

 

 思わず、思考がフリーズする。

 

「…………?????!?!?」

 

 画面いっぱいに並んだ文字列を、俺はしばらく理解できなかった。

 

__

 

おーい、無事に着きましたか春樹くん

今日はほんとに楽しかったです!!

 

すごくすごく嬉しくて、楽しかった

またデートしたいな、なんて…あ、なんかこれ怪しいかな!?怪しくないよ!!

あ、やっぱりちょっと怪しいカモ…❓

ナンチャッテ (^з^)-⭐️チュッ❤ 

 

__

 

 

 …………。

 

「……………………………」

 

 俺は真顔のまま、LOINEのトーク画面を凝視した。夜の冷たい凪がヒュォォォ、と変な擬音を奏でている。

 

「…………あれ。おかしいな。俺知らない人のLOINE登録してたかな」

 

 思わず白目になりつつ、目をゴシゴシ擦ってから、会話相手の名前を確認する。表示されているのは、まぎれもなく「後藤ひとり」。

 

「…………」

 

 いや嘘でしょ。バグかこれ?

 

「………おじさん構文………?」

 

 どこからどう見ても、世に名高い“おじさん構文”だった。この世の終わりみてぇな文章。百発百中、九十九%の人間が間違いなく見た瞬間にドン引きするやつ。ドン引きで済めばいいけど、下手すりゃ警察案件、良くて即ブロックな内容。

 さっきまで「は、はい」とか「す、すみません」とか言ってたあの後藤ひとりが、よりにもよってコレを……? なんだこれ、LOINEの不具合?

 本気でそう思った俺はアプリストアの修正内容が書かれたアップデート内容とかを確認し直す。どうやら違うらしい。

 違うのかよ。

 全力で今すぐ画面を閉じたい。というか、これ本当にひとりが打ったのか。もしそうなら別人過ぎるだろお前!!

 さすがに放置は色々とまずい気がした。ツッコミどころが多すぎて脳がフリーズするのを感じつつ、流石に本人だと信じながら、俺は震える指でメッセージを打ち込む。

 

『……………………あの、え、誰?()』

 

 送信して数秒もしないうちに、相手側のアイコンに「既読」が点く。

 続けざまに、返事が飛び込んできた。

 

『えっ、あっ、えっ、えっとこうしたらその、気持ち伝わるかなって思って、変でしたか!?!?!?』

 

 ……その文面を読んだ瞬間。

 

「………………ぶっ、ぶっ──あっはっはっはっはっはっははは!!!」

 

 夜道に、腹の底からの俺の爆笑が盛大に盛れた。

 思わず近くの電柱にもたれかかる。腹筋が攣りそうで、スマホを落としそうになる。

 

『wwwwwwwwwwww 怖すぎんだろそのおじさん構文wwwwww 面白すぎるよひとりwwwwww』

 

 泣き笑いしながら、腹を押さえつつ震える指でそう打ち込んだ。

 良かった、ちゃんと本人だった。それが分かった瞬間、笑いが止まらない。

 

 

 

 

 

 

「…………ッッッッッ!?」

 

 電車の揺れの中でスマホを見つめていた私は、一瞬で顔が真っ白になった。

 さっき送ったメッセージに「え、誰?」と返されて、LOINE上で、いやたぶんリアルでも大爆笑されてしまった。頭の中の私も、一緒に真っ白に燃え尽きていく。

 

「ァァァアアアアアアアアア〜〜〜〜〜……し、し、しまっ…………たぁぁぁぁああぁ………………」

 

 声にならない小さな小さな悲鳴を、私は喉の奥で潰す。

 座席の上でちぢこまりながら頭を抱えて、宙を仰ぐ。荷棚を絶望的な気分で見上げつつ、スマホと膝の間でガクガク震えた。

 周りの視線が痛いくらい突き刺さる。いや死にたい。すごく、死にたいです。恥ずかしい。でも。

 分かってる、分かってるけど今はそれどころじゃない。

 

(な、なんであんな文章を……!! 私のバカ……!!)

 

 顔から火が出そうなほど真っ赤になっているのが、自分でも分かった。そんな私のところへ、再びLOINEの通知が飛んでくる。

 

『やばい笑いすぎてお腹痛いwww』

 

「!」

 

 嫌われたかもしれない、引かれたかもしれない──そんな恐怖で、一瞬の間だけど、私は半端なく胃がキリキリしていた。だけど、その一文を見た瞬間、胸の奥が少しだけふわっと軽くなる。

 

(─────ぁ……)

 

(……わ、笑ってくれてる、だけ……なんだ……)

 

 安心と恥ずかしさと自己嫌悪でぐちゃぐちゃになりながら、私は必死で指を動かす。

 

『あ、あの、春樹くん……さっきのやつ、忘れてくださいっ!! お願いしますっ!!』

 

 すぐに返信が来る。

 

『ひとりのもうひとつのあだ名はこれから「おっぢ」だなwwww』

 

『えっ!??? そ、それはやめてくださいいいいいい!!!』

 

 思わず声が裏返りそうになるのを口と左手で抑え込む。私はまた座席の上で悶絶する。向かいの親子連れが、じーっとこっちを見ていた。

 

「ままー、あのひとずっとひとりでなにしてるのー」

 

「しっ、みちゃいけません!」

 

 お母さんの一言がグサッと胸に刺さる。

 ……ごめんなさい。ただの怪しい人です。ド陰キャです。不審者です。ああ待って。待ってください通報しないで。まだ何もしてないですやめてください。耐えられなくなって両手で顔を隠す。

 それでも、スマホは手放せない。

 震える指で更にメッセージを打ち込んでいると、また通知が届いた。

 

『冗談だってwww ひとりのおっぢさん構文楽しみにしとくけど、他の人には送るなよ、ドン引きされるぞw』

 

 画面の向こうで、春樹くんがひーひー言いながら笑っている姿が目に浮かぶ。その想像だけで、さっきまで胃のあたりを掴んでいた冷たい手が、少しだけ緩む。

 

 

 

 

 

 

 

 ひとしきり笑い終えて、何とか改めて深呼吸。はーっ笑った笑った。全く勘弁してくれ、不意打ちはダメだよひとり。

 そんなふうに考えながら、苦笑し、やがてひとりへのメッセージを送り終えた。家までの道のりは、もうあと数分。

 すっかり冷えきった夜の空気の中で、ふと顔を上げると、街の向こうに、さっきリョウたちと見上げた一番星が瞬いていた。

 

(…… “一番星” か)

 

 思わず、ライブハウスでスポットライトを浴びていた、あの日の台風ライブのひとりの横顔を思い出す。そのタイミングで、またスマホが震えた。

 

『う、うぅ〜……はい、わかりました…… 今度から気をつけます……す、すみません、どう送ろうか悩んで……』

 

 クスッと笑いが零れる。

 あぁ、やっぱり“おじさん構文”も、あの子がやるとあの子なりの全力なんだなって、変なところで納得してしまう。多分、あの子なりの冗談なのか、あるいは方向性を間違えた頑張り方のどちらかなんだろうな。

 そんな風に、俺はなんとなく想像が着く。だからなおさら笑えてきて仕方がない。そしてやっぱり、そんなひとりが可愛くて仕方がないんだ、と心から思う。

 俺はそのまま、親指を動かした。

 

『良いんだよ。今まで通りで。君のありのままでいい』

 

『おっぢさん構文はまぁ他の人だとドン引きするだろからな、ひとりのいつものやつだと思えば何ともないけど、他の人から見たら怖いから気をつけろよw 別人かと思ったぞ()』

 

 送信ボタンを押した瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 “ありのままでいい”なんて、簡単に言える言葉じゃない。

 でも、その言葉を一番言ってやりたい相手が、今スマホの向こうにいる。ふと思う。

 

 

 

 ─────何よりも、その言葉を言って欲しかったのは、と。

 

 

 

 

 

 

 

 電車の窓に映る自分の顔は、まだ真っ赤なままだ。

 そこへ、またメッセージの通知音が鳴る。

 

『良いんだよ。今まで通りで。君のありのままでいい』

 

『おっぢさん構文はまぁ他の人だとドン引きするだろからな、ひとりのいつものやつだと思えば何ともないけど、他の人から見たら怖いから気をつけろよw 別人かと思ったぞ()』

 

「……!」

 

 胸が、きゅうっと締め付けられて、次の瞬間ふわっとほどける。

 流れていく夜の景色。窓ガラスに額を預けながら、私はスマホの画面をぎゅっと抱きしめるみたいに見つめる。

 硝子に映り込む私自身の顔をもう一度見つめ直す。そうしてまたこつん、と小さく額をゆっくりとぶつけて、囁く。

 

「………………すきです。春樹くん」

 

 誰にも聞こえないくらいの小さな声で、私はそう呟いた。

 もし声に色がつくなら、きっと今の私は、夜空の一番星みたいに真っ赤になってる。

 やがてそっと、画面へもう一度顔を戻すと、指先が自然と動き出した。

 

『ありがとうございます』

 

『春樹くんは、もう着きましたか?』

 

 すぐに返事が返ってくる。

 

『あぁ、もう着く。ひとりはもうすぐ渋谷?』

 

『あっはい! あと一駅で着きます!』

 

『もう、夜も遅いですし、春樹くんも休んでください』

 

『あぁ、ありがとう。着いたら連絡してな。待ってる』

 

「待ってる」という一言に、胸がまた大きく跳ね飛ぶ。

 あぁ、私は、とふと考える。

 一体今日だけで、どれくらい心臓がなくなっちゃったら気が済むんだろう。終電間際の京王井の頭線の車内アナウンスが流れ始める。

 

「間もなくー渋谷、渋谷───渋谷……終点です」

 

「JR線、東急線、地下鉄線は、お乗り換えです。出口は、右側です。京王をご利用くださいまして、ありがとうございました────」

 

 ギターケースのストラップを肩に掛け直しながら、私はもう一度スマホを見つめる。

 その時、ぽこん、と一行だけ、新しいメッセージが届いた。

 

『なぁひとり?』

 

『はい? なんでしょうか?』

 

 ホームへ近づくブレーキ音の中、私はきょとんと首を傾げながらフリック入力をする。

 

『結束バンドってひとりと喜多さんがギター、虹夏がドラム、リョウがベースだよな』

 

『……初めてのライブと文化祭ライブ見た時って、確か喜多さんがボーカルやってたけど……ひとりは歌わないのか?』

 

「………!!」

 

 そのメッセージを見た瞬間、私は思わず全身の筋肉がピン、と張り詰めたのを感じた。

 

『え、私がボーカル……ですか? いや、でも、私は……』

 

 無意識に打ち込んで、送信ボタンを押す。

 そのタイミングで、間もなく電車がゆっくりと滑走し終え、停止しようとしていた。慌てて勢いよく続きを打つ。

 

『あっごめんなさい! 電車降りますね、後でまた話しましょう!』

 

 そう付け足して、私はギターを背負い直してホームへ降り立つ。

 そのまま道行く人の邪魔にならないように自動販売機間際まで退避してからメッセージを見つめる。『あ、おぅ、突然ごめんな。またあとで』と返信がすぐに届いていた。

 東急東横線へ続く連絡通路を歩きながら、私はもう一度スマホを開く。通路の端っこにもたれながら、返信を打ち込む。

 

『いえいえ! 大丈夫です!』

 

『また落ち着いたら返します!』

 

 この時間帯は、沢山の人がいて怖い。視界の端を次々と色んな人が流れていって、目まぐるしくて仕方がない。現実の足音と、画面の向こうのやり取りが、変なふうにシンクロするのが分かる。だけどひとつ思うのは、今日に限ってはそれが然程(さほど)苦しくないということだった。

 今日が終わるの、もったいないな、なんて。

 そんな、普段なら絶対に浮かばない感想が、自然と胸に浮かぶ。

 道行く人、一人一人。

 その人たちにも、私にとっての春樹くんや、家族や、友達、色んな人がいるんだって思うと、どうしてか胸の奥をやさしく撫でられてるような気分になる。

 一週間前。文化祭が終わってすぐの私と、今の私。あれから、たった七日くらいしか経ってないはず。

 だけど、どこかすごい遠くの別の世界に来たんじゃないかって自分でも勘違いしてしまうくらい、今この瞬間の景色の見え方は違って見える。

 だからこそ、なんていうか、これはすごく不思議な感覚なんだろうな、と自分でも思う。

 それを、一体どうしてそう感じるのかは、私の中で確信もってコレだ、って言える答えは今ひとつ無かった。だけど、変化が生じる様になったそのきっかけだけは、間違いなく言えるものは分かる。

 きっとそれは、春樹くんの存在。

 春樹くんが、私のこの世界の見え方を変えてくれてたんだと思う。

 恐くて、不安で、澱んで見えた、色の無い世界。

 だけど今は、こんなにも多彩な色に溢れているように見える。

 

「………………」

 

 私は、いつもより気持ちまっすぐ、顔を上げてそのまま歩き始めていく。春樹くんへどう返信しようか、ほんの少し考えて歩む。そんな、なんでもない事が、こんなにも嬉しい。

 早く、家に帰ろう。

 ギターの練習、今日はいつもよりほんの少しだけ早く終わらせて、春樹くんと、また少しだけ話せたらいいな。明日から、また頑張ろう。結束バンドの皆と、春樹くんと、新しい時間を。

 そんな、喉の奥からふわふわとした心地良さを感じながら私は────次の横浜駅への乗り換えを目指して、東急東横線のホームへ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 ひとりからの「またあとで」というメッセージを見届けてから、俺はスマホをポケットにしまい、玄関のオートロックドアを開く。引戸の取っ手を掴んで、暗がりの玄関の中で革靴を脱ぎ、家の前の階段を上がる。

 

「……………………ただいま」

 

 すると、洗面所の方から水の音が聞こえた。

 

「おぅ、帰ったか」

 

 歯ブラシを咥えた親父が、洗面所の鏡越しにちらりと顔を出す。

 ラフな黒のシャツに黒の半パン姿。相変わらずの寝癖頭だった。

 

「あぁ、ただいま」

 

 少しぶっきらぼうな声で返事をしながら、俺は靴を脱いで階段へ向かう。

 

「飯は食ったか?」

 

 一階の洗面所から、階段越しに親父の声が飛んでくる。

 

「……食ってない」

 

「作ってあるヤツある、食え」

 

 そこで足が止まった。一瞬だけ無言になり、俯く。

 うるさいくらいに胸が鳴っているのに、口から出てくる言葉は、どうしても素直にはなれない。

 

「……………」

 

 伏せていた視線を一度だけ上げてから、小さく息をつく。もう一段、階段を登る。

 

「………あぁ。わかった。ありがとう」

 

 そう答えた声は、やっぱり少しだけ無愛想で。

 それでも「ありがとう」という単語を口にした瞬間、親父が洗面所の向こうで、ほんの少しだけ息をつく様な気配を感じた。

 二階の廊下へ出ると、薄く開いた親父の自室のドアが見える。

 その隙間を横目で覗く。

 そこには────とんでもない量で散らばった紙の束が、彼の部屋の床を埋め尽くしていた。

 

 楽譜、歌詞、メロディの断片。没になったのであろう、丸められた大量の紙。

 

 ボールペンの走り書きで溢れたメモたち。

 壁には、ギターとベースがいくつも立てかけられていて、その横には色褪せた賞状がいくつも並ぶ。

 

「…………………」

 

「また歌詞作りしてたのか、親父」

 

 廊下にまではみ出て落ちていた一枚のメモを拾い上げる。

 びっしりと書き連ねられた言葉の断片を、蛍光灯の明かりに透かして見ながら、ぽつりと呟く。

 

「──────────……………」

 

「血、なのかな。これも」

 

 自分でもよく分からない虚しさが、胸の奥に薄く広がっていく。

 さっきまであんなに軽かった心が、親父の部屋の前では、少しだけ重くなる。

 メモをそっと掴んだまま、俺は自分の部屋のドアノブに手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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