ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #37 「STARRYの裏方ヒーロー」(前篇)

 

 

 ちゅんちゅん、と雀の声に起こされて、私は珍しくスマホのアラームを使わずに目が覚めた。ボヤけた視界の中で、身体を起こす。そのまま、思いっきり背筋を伸ばして欠伸(あくび)をする。

 

「………んんぅ、ふぁぁああ………はっふ……」

 

 我ながら間抜けな欠伸。そのままぼーっと、カーテンから漏れ出す窓へ目を向ける。朝。あれ、昨日、私なにしてたっけ。

 

「んぐぐ……」

 

 身体が重い。プルプル震えながら立ち上がり、私はカーテンを開く。朝靄(あさもや)の輝きが、やっと脳を活性化させていく。その時、ピコン、とスマートフォンの通知音が枕元から響いた。んっ、誰だろう。虹夏ちゃんかな。

 私は四つん這いになってスマホを手に取り、画面を眺める。

 そこには「吉沢 春樹」の文字。『おはよ! 朝会えたらいいな。今日はごめん、先約があって昼飯一緒に食べれないけど、夕方一緒にまた帰ろうな』とメッセージの通知が届いていた。

 

「…………」

 

 それを見た次の瞬間。昨日のことが一気に頭の中に再生される。

 一呼吸の間に記憶も鮮明に蘇り、私は意識が覚醒して弾け飛んだ。

 

「ふぁああ゛あああああああああ゛ああああぁ゛ぁぁ?!!」

 

 悲鳴。ていうかもう奇声。すみませんすみませんご近所の皆様。朝っぱらから。

 春樹くん。はるきくん、ハルキクン。

 昨日の告白の出来事から、「大好きです」と伝えた寝る前の通話の一言。

 そこに至るまでの全部が、脳のシナプス回路を通して爪の先端にまで秒速で駆け抜ける。そうして私は堪らなく顔が熱くなり、耐えられなくて枕へ顔を突っ込んで発狂した。

 

「んぎゃあぁぁぁぁぁぁばばばばばば………………ぁば、ぁばばば………」

 

 多分、今の私、完全にこの世で最も人に見せられない種類の痴態だと思う。

 恥ずかしすぎて、余りにも現実味が無さすぎて、どうしようもない。枕に顔を押し付けてお友達になる。

 無理。このまま一体化したい。何も考えず二度寝したい。おふとぅんの温かさに溺れて逃げたい。

 だけどそんな事も言ってられない。

 ぴたりと立ち止まってから、スマホの時間をふと眺める。時刻は五時五十三分。多分、窓の景色からして夜が明けて間もない感じ。

 でも、六時半には金沢八景駅の電車に乗らないと。あまりモタモタもしてられない。お母さんとお父さんはそろそろ下で朝ごはん作ったり、ふたりを起こしたりしてる頃合のはず。

 

(にしても春樹くんもこの時間に起きてるのかな。すごいなぁ、春樹くん)

 

 スマホを胸の上にぎゅっと抱きしめる。真っ暗な画面にはもう何も映っていないのに、耳の奥にはまだ、かすかな声の余韻が残っている気がした。

 

『……俺もだよ』

 

「………ッッッ!!」

 

 思い出した瞬間、全身に電気が走ったみたいに心臓が跳ねる。

 

「………ん゛ん゛ん゛ん゛んぅううぅううう………」

 

「………………し、死ぬ……」

 

 布団を頭まで被って、敷布団の上でごろんごろん転がる。

 誰も見ていないはずなのに、顔から火が出そうだ。枕の端っこをがぶっと噛む。

 春樹くんが、STARRYでバイトをする。

 

 今日から、私の職場に、私の好きなひとがいるんだ。

 

 その事実だけで、胃がきゅうっとなって、でも同時に胸の奥がふわふわと浮いているみたいに軽かった。嬉しい。怖い。楽しみ。緊張。色んな感情がごちゃごちゃに混ざって、頭の中でぐるぐる回る。

 

「……ちゃんと、出来るかな……」

 

 半年前の五月から、虹夏ちゃん達と一緒にSTARRYでバイトを始めて、洗い物もレジ打ちも、ドリンクやチケット販売もなんとか一通りは出来るようにはなったけれど。

 でも、今日はいつもと違う。

 春樹くんが、私の「先輩の顔」と「バイトしてる顔」を同時に見る日だ。

 変なところ見せたらどうしよう。ていうか逆に、出来るところ見せようとして空回りしたらどうしよう。そんなことを考えだしたら、また布団の中で丸くなってしまう。まずい。これ一生布団から出れない。寒いし。はぁ、と一息着く。

 

「……のんびりしてる場合じゃない……」

 

 ようやく自分に言い聞かせて、私は勢いよく布団を跳ね上げた。

 だけどその時。

 

「……」

 

「……」

 

 何故か。

 私の部屋の入り口に、五歳児が立っていた。既に幼稚園のスモックを羽織り、身だしなみもちゃんと整った生き物がそこにはいる。

 ついでにジミヘンもおすわりをしてブンブン尻尾を振っていた。彼は私の顔をじっと凝視したあとにアンッ、と鳴く。まるで「おはよう姉貴」と言わんばかりに。

 

「……………………………」

 

 エッ? ドウイウコト? ウソデショ。

 脳が、理解を拒む。思考停止する。

 

「ナニシテルノ、フタリ」

 

 イツカラソコニ居タンデスカ。

 イツカラ私ノ醜態ヲ見テオイデダッタンデスカ。

 思わず片言になりつつ、私は仁王立ちをしているふたりへ問い掛ける。声が自分でも素っ頓狂に思うほど震えきっていた。

 

「え? さっきだいぜっきょうして」

 

『「ふぁああ゛あああああああああ゛ああああぁ゛ぁぁ?!!」』

 

「とかさけんでたあたりから!!」

 

 そう言って、きゃははは、とふたりは満面の笑みで笑う。

 なんか無駄に顔芸に拘った私のモノマネを披露しては、さらににへらっ、と愛嬌に満ちた笑顔を向けてくる。

 

 余りにも、無垢。

 余りにも、鬼畜。

 

 ふと思う。この世で最も恐い生き物は、多分今のこの幼女かもしれないとか。

 私はその時、昔中学の図書室で読んだ「メデューサ」の話を思い出していた。確かその魔女は、魔眼で人を石化させちゃうんだっけ。

 ちょうどそんな具合にビシッと、まさかの実の妹に石にでもされたみたいに私の身体は動かなくなった。ついでに何だろう。すごく、死にたい。

 

「ねぇねぇお姉ちゃん、もういっかいやって!! さっきのだいぜっきょう!!」

 

「あっあとね、みてみて!! わたしね、まえにおとうさんにビデオカメラでとってもらってたお姉ちゃんのモノマネのやつ、ともだちにみせたらおもしろがってどんびきしてたんだよぅ!」

 

「バイブスあげてこぉぉおぅ!! おねえさんてきぃらついかぁー! イッキ!! イッキ!! イッキィ!!」

 

「アンッ、ワンッワゥッ、ワンワンッ、ワンワンワンワンッ!!」

 

「……………………………………………」

 

 そうして我が妹はまた私の黒歴史を掘り起こすかのごとく、目の前でジミヘンと共に踊り始める。ジミヘンも無駄にテンションを上げてふたりと一緒になって踊り狂う。

 そのまま私は顔から崩れ落ち、サラサラと砂となって崩れていく。

 

 お願いします。誰か私を処してください。

 

 頼むから忘れてください妹。ていうかなんでよりにもよってその痴態を同級生に「お姉ちゃんのダンスだよ♡」とか言って披露してんの。公開処刑じゃんか。

 数ヶ月前の私を、地中に埋めて永遠に亡き者にしたいです。

 あるいはお母さんのお腹の中から全てを無にしてやり直したいです。

 

 あ()、無常。存在ごとこの世からログアウトしたい。

 

 私は朝からやはり人の痛みが分からない妹に煽られながら、そうして布団へ顔面ごと突っ伏す羽目になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして学校終わり。夕方。

 STARRYの前に着くと、看板のネオンがカラフルに灯り始めていた。シャッターは半分開いていて、かすかに中から機材を動かす音が漏れてくる。

 深呼吸をひとつ。

 緊張と、別の意味でのドキドキをまとめて喉の奥に押し込んで、私は扉をそっと開けた。

 洗剤と、ライブハウス特有の少し湿った木と音響機器、電灯に被った埃っぽい匂い。それらが私の鼻腔を刺激して、昨日ぶりの現実と繋がる。

 

「あっぼっちちゃん、おはよ〜! 今日もよろしくね〜!!」

 

「お、おはようございます……!」

 

 玄関扉を開けて階段を下りると、上着を脱いで制服姿の虹夏ちゃんが掃除道具を片手に腕をぶんぶん振りながら事務室から出てきた。モップを机に立て掛けては、いつものサイドテールを結び直したかと思うと、特徴的な大きな胸元のリボンも整え直す。

 

「あっひとりちゃん! なんか今日、顔色……っていうか、顔の血色だけやけに良いわね!」

 

 店長さんに挨拶をしに行っていたのか、後ろからひょこっと顔を出した喜多ちゃんが、じーっと私の顔を覗き込んでくる。すると、にぱーっ、といつもの眩しい笑みを向けてくる。クラスにいないと思ったら、今日は先に来てたみたいで私は少し驚く。

 

「あっお疲れ様です喜多ちゃん。先来てたんですねっ……あ、そっそんなに私の顔変でしょうか……」

 

「ううん! 変なんかじゃないわよ、なんかツヤツヤしてるの!」

 

「つ、ツヤツヤ……?」

 

 その例えがいまいちよく分からず困惑してるとすかさず、リョウさんもその後ろからぬっと現れる。先輩は無言でじっとこちらを見つめてきては、ニヤリと怪しげに口元だけ微笑む。

 

「春樹と何かあったでしょ」

 

「なッッッ、え゛ッッッななななななななななんにも……なんにも無いですよ? あの、その……」

 

 喉奥から奇声が漏れる。

 視線が泳ぐ。変な風にまた声が裏返るせいで誤魔化せない。

 ほんと嘘が下手くそだと自分でも思う。案の定、昨日の夜の「大好きです」が、喉元までせり上がってくる。即座に思い出してしまって、自分で自分の首を絞めたくなった。

 

「え〜? ホントかなぁ? なんにも無い顔には見えないけどな〜」

 

 虹夏ちゃんはニヤニヤしながら肘で私の脇腹を小突いてくる。それに便乗するように喜多ちゃんも虹夏ちゃんと同じ顔で怪しく笑う。

 

「あのあと、二人で帰ってたんでしょ〜? ねぇねぇひとりちゃんほらほら、教えてよぅ〜っ、吉沢くんにも色々聞かないとよね♪」

 

「はわわわわわわぁぁばばば、そ、そそそそれはぁあ………」

 

「あれ? そういえば、その吉沢くんは?」

 

 私が恐慌状態になってガクブル震え始めると喜多ちゃんは目を丸くしてキョロキョロと春樹くんを探す。

 

「あっえっ、少し飲み物を買うから先に入っててって、STARRYの近くの自動販売機に居ます」

 

「あ、そーなのね! 私は今日伊地知先輩から事前に買い出しのお手伝い頼まれたから先に来てたけど……ということは、ひとりちゃんは案の定吉沢くんとここまで来たのかしら?」

 

「えっあ゛っぇッそそそそれはッッッ」

 

「……彼氏、今日からここでバイトだもんね。二人でイチャコラしないと」

 

「ぁぎゃあああああああぁあああああああ!!」

 

 たちまち図星過ぎて狼狽えてしまう私に、更なるリョウさんの淡々とした追撃。私は一瞬固まって、絶叫する。身体のパーツがあっちゃこっちゃに飛散して消し飛ぶ。

 もうやめてくださいリョウ先輩、わざわざ「彼氏」連呼しないでください。頬が熱くなって堪らず両手で顔を覆う。

「あははっ、ぼっちちゃん照れてる照れてるぅー! かわいい〜♡」「ひとりちゃんこっち向いて〜!♡」などとスマホのカメラを向けられつつ、二人の私へはしゃぐ声が横から届く。

 もうやめて、辞めてください二人とも。恥ずかしすぎて存在丸々消し飛びそうなんです。

 控え室の隅っこにめり込みたい気持ちをぐっと堪え、両手で顔を抑えて悶える。

 あっそういえば、とふと喜多ちゃんの楽しげな横顔を見て気付く。ここ数日、喜多ちゃんとのギター練習出来てない。それを思い出して、身体のパーツを融合させながら彼女の方へ振り向く。

 

「あっあの、喜多ちゃん」

 

「ん? どうしたの、ひとりちゃん」

 

「あっその、明日以降でも、その、また一緒に帰ったり、練習しましょうね?」

 

「え……」

 

 喜多ちゃんは私の一言にびっくりしたみたいに、大きな瞳を見開いてこちらを見つめ返す。昨日の今日だし、驚いてるのかな。

 

「ッ……えぇ! もちろん!!」

 

 だけど彼女は僅かに目を細めては、一切の屈託の無い笑みを返してくれた。私はそれを見て、堪らなく嬉しくなっては勝手に頬が緩む。互いに笑い合う。その時。事務室の扉が開いた。

 

「おはよ、ぼっちちゃん。喜多や山田、虹夏も来てんな。吉沢は?」

 

「あっぉぉおおおおはようございます………あっその、春樹くんなら、今飲み物を買いにすぐそこの自販機行ってます……」

 

 私がそう店長さんへ返すと「そ、じゃあまあとりあえずオペレーションは先に組んじゃうか」と呟いては、彼女は仕事モードのいつもの格好で長い金髪の後ろ髪を片手で揺らめかせた。手には伝票の束を持っていた。

 

「今日はちょっとライブするバンドも多めだからさ。人来るよ。虹夏はチケット。山田は客誘導と清掃。喜多はその手伝いね。で、ぼっちちゃん」

 

「は、はいっ」

 

「今日のドリンクは主にぼっちちゃんにやってもらうから」

 

「あっ、えっあっ、はい!!」

 

 店長さんが、悪戯っぽく目を細める。

 虹夏ちゃんと喜多ちゃん、リョウさんの視線が、一斉に私に突き刺さった。

 

「………ひゃぅう」

 

 思わず声が蚊みたいに小さくなってしまう。

 店長さんはそんな私にふっと笑って、私の肩をぽんと軽く叩く。咄嗟に肩がビクッとなる。

 

「……彼氏の前だから緊張してんのかもだけど、仕事中は普通に『後輩スタッフ』だから。変に気負わなくていいよ。ぼっちちゃん、もう半年ここの戦力なんだから、ちゃんと先輩風吹かせてあげな」

 

「せ、先輩風……」

 

「そうそう。教えられることは教えてあげて。分からないことは、私や虹夏に振ればいいからさ」

 

「うん、そうそう! なんかあったらあたしもいつも通りカバーするしっ!」

 

「………!!」

 

 虹夏ちゃんはそう言って私の背中をぽんぽんしてくれる。店長さんもさっぱりとした口調で気を遣ってくれるのが分かって、何だか胸の奥の緊張が少しだけほどけた。あっあれ、店長こんなに優しかったかな。普段もっと怖いイメージあったような。

 先輩、先輩かぁ。先輩風、吹かせていいんだ、私。

 うへ、えへへ、うへへへへへへ。なんか顔が勝手にニヤけてくる。半年前は喜多ちゃんにアイデンティティ奪われかけてたけど、ここでは私が「先輩」になれるのかな。

 そうだ。私はここで、ちゃんと働けてる。

 虹夏ちゃんや喜多ちゃんやリョウさんと、何だかんだ半年も一緒に働けてるんだから。そうだよ、ここでは私が先輩なんだよ。

 春樹くんは、私のことを助けてくれてばかりなんだもの。

 

(そうだ。だから、今日は、今日こそは私が頑張るんだ)

 

 そう考えると、胸が踊る。歓喜と期待の気持ちが、胸中に湧き上がってくる。春樹くん、喜んでくれるかな。笑ってくれるかなぁ。

 

「へへっ、うへ、うへへっ、うへへへへへへへへへへへへ」

 

「えっ何っ恐っ……」

 

「ぼっちちゃん、また顔やばいって。春樹くん来てからこの顔あんま見せてなかったのに……」

 

「あ、あはは……もうなんか、見慣れましたね。ひとりちゃんのこの顔」

 

「大丈夫、いつもこうじゃん。デフォルトですぐ調子乗っちゃうし」

 

 店長さんはドン引きしたかのように引き気味に、虹夏ちゃんや喜多ちゃんは苦笑気味に、リョウ先輩は変わらない表情のままそう呟いてきた。えっ、私そんな顔してる?

 

「うへ、へへっ、……えっ、はわぁ!?」

 

 思わず身体を仰け反らせてつい見つめ返す。すみません、イキってすすすすみません。だけど、そう思った矢先、STARRYの扉のベルがちりんと小さく鳴った。

 

「お疲れ様です!! って、あっやべ! すみません遅れましたか!?」

 

「あ゛ッッッはひゃぁっ!? はははははは春樹くんっ!!」

 

「おぉ、ひとり、ごめん遅くなった。ちょっと自販機の前で悩んじゃったわ。虹夏たちもおつかれ!」

 

 虹夏ちゃんは階段を駆け下りる春樹くんを見つめて手を振り、店長さんはそんな彼を横目で見つめる。

 

「おつかれ春樹くん、こっちこっち!」

 

「遅れてねーからはやくこい」

 

「あっ、ういっすっ!」

 

 春樹くんがペットボトルのお茶を手に現れたそのタイミングで、ものの見事にまた奇人みたいな声を上げてしまう情けない私。

 なんかもう、いつも通り過ぎて、開幕から心がへし折れそうになるのだった。

 

 

 

 

 

 

「あっえっと、改めて吉沢です。よろしくです、店長」

 

「おー、よろしく。ちゃんと遅刻せず来て宜しい。飲み物は先に買っとけよな」

 

「す、すみません」

 

 改めて、春樹くんは私たちと店長さんの前でぺこりと頭を下げる。

 ブレザーの上着を脱いで、端っこの荷物へ置いてきた彼は、見慣れたVネックセーターの制服姿になっていた。

 

「頑張りましょうね! 吉沢くんっ!」

 

「緊張しなくて大丈夫だよ、あたしたち皆カバーするからさ!」

 

「あ、あぁ。ありがとう」

 

 喜多ちゃんや虹夏ちゃんは揃って春樹くんを励ますように声を掛けている。彼はうなじ辺りを掻きつつ「みんなも、改めてよろしくな」と彼女たちへ微笑み返す。

 彼のその笑顔を見ると、昨日の告白やら春樹くんの仕草やらを全部思い出して、頬がまた熱を持つ。

 無理無理無理、恥ずかしくなる。

 それをまた無理やり振り払うように、私は首をブンブン振り回した。

 

「どうしたの、ぼっち」

 

「あっい、いえっ……」

 

「?」

 

 リョウ先輩は無表情のまま横目で聞いてくるけど、私はそれを咄嗟に誤魔化す。

 すると店長さんは春樹くんへ「じゃあそうだな、基本的に吉沢はドリンクをメインに仕事覚えてってもらおうかな」と言いつつ、カウンターへ手招きする。その時、店長さんの目線も一緒に私へ向く。「ぼっちちゃんもついてきて」

 

「えっあっはい!」

 

「今日はいきなり全部覚えなくていいからさ。とりあえずぼっちちゃんは吉沢の補助ね。吉沢も、様子見つつ、出来るところから慣れてって」

 

「りょ、了解っす」

 

「ていうか、仕事に来てんだからイチャつくなよお前ら二人」

 

「いやしませんよ!!」

 

「えっあっ、はっ、はいぃぃ!!!」

 

 春樹くんと私は多分揃って同じタイミングで顔を赤くし、店長さんへ全力で声を合わせた。何となく、彼の横顔を見つめ直すと、春樹くんも同じ様に私を見ていて、視線が合う。

 彼は少し困ったような笑みを浮かべ返してきて、私は何だかたまらなく恥ずかしくなった。

 

「ったく……それじゃ私は事務仕事戻るから。なんか困ったら相談してきなね。とりあえず虹夏、まずはざっくり役割説明してあげて」

 

「あっ了解です、店長」

 

 春樹くんは慌てて頷く。

 

「はーい! 任されたっ!」

 

 そこで店長さんから役割を振られた虹夏ちゃんは、そうして元気よく手を挙げる。頭上のドリトス状の触角がブンブン揺れていた。

 なっ何かやたらと今日の虹夏ちゃん、テンション高い。張り切ってるのかな。

 彼女はそうして春樹くんへ楽しげな笑みを向ける。

 

「じゃあ春樹くんっ、改めてよろしくね?」

 

「おう、よろしくな。虹夏」

 

「うん! んじゃあ、基本的には、ぼっちちゃんに教えた時みたいな感じに、まずはあたしから大体を説明させてもらうけど────」

 

 そこから、STARRYでの今日の仕事の流れが虹夏ちゃんから一通り説明されていく。

 店長さんから役割を振られていたように、彼女はチケット販売がメインで、全体のお客さん対応。

 今日の場合は、私が主にドリンクカウンターの中で、ドリンクの提供販売や氷、洗い物の補助。春樹くんは今回まずはドリンクを私から教わり、余裕があればそれ以外の仕事へ順を追って教わっていくとのこと。

 リョウ先輩と喜多ちゃんは、さっきの店長さんの指示通りお客さん誘導に加えて清掃、あとは一緒にフロア全般のフォローや機器運搬を行う。それから、同じく余裕があれば物販のお手伝いも行うとのことだった。

 

「……って感じ! とりあえず、全体の説明をざっとするとこんなところかな!」

 

「でもまずは、ぼっちちゃんと今日はとりあえずドリンクだけ集中してくれれば十分だけどね。どう、大丈夫そう? 何か質問あったら受け付けるよ!」

 

 虹夏ちゃんが彼へ首をかしげる。

 相変わらず、結構な情報量。初見だった頃の私は余りの虹夏ちゃんからの説明量と速度にオーバーヒートしたこともあったっけ。

 だけど彼は私の隣でメモ帳を握りしめたまま、こくこくと何度か頷くと、いつも通り落ち着いた様子を見せていた。

 

「おう、大丈夫。まあ、とりあえず最善は尽くすよ」

 

「えっ」

 

 私は思わず彼の方へ向く。なんていうか、全然動揺してない。なんで。春樹くんは「ん?」とこっちへ目を向けつつも、虹夏ちゃんへ続ける。

 

「なんていうか、お客さんの動きは、他のライブハウスとそんなに変わらなさそうだな」

 

「え、他にもやったことあるの?」

 

 虹夏ちゃんが目を丸くする。

 春樹くんは、ほんの僅かに肩をすくめて、口元を弛ませて呟く。

 

「ん、ああまあ、ちょっとだけ。……知り合いの手伝いでな」

 

 何でもないみたいに苦笑するその口調が、妙に板についている。え、えぇぇぇぇええええ。待って、な、何その落ち着き具合。私初めての時ギターで仕事覚えようとかしてたくらいなのに。

 春樹くんのその自然さに、私はこっそりと圧倒されていた。虹夏ちゃんも感嘆したような様子でおおぉ、と小さく口を開く。

 

「そうなんだ……やっぱりなんていうか、只者じゃないよね、春樹くん」

 

「あ、いやまぁ、所詮(しょせん)ただの手伝いだし、本格的に働くのは全然初めてだよ。そんな大したことないって。まあ、頑張るね。……ひとりも、ほら。色々教えてな」

 

 彼はそうしてどこか控えめな様子で苦笑しつつ、私へ笑いかけてきた。その笑顔を見て思わずドキッとしてしまう。

 

「ふぇぁあっ!? あっ、はっはいいい………よっよろひく、おねがひひましゅ……」

 

「ふふっ。そんなビビんなくていいよ。ほら、多分店長からも言われてそうだけど、ひとりは先輩なんだからさ。色々教えてくれよな」

 

「えっ」

 

 その「先輩」というワードが私の鼓膜に到達した瞬間、ピクッと全身が強ばる。

 そうだ。そうだよ、私今日春樹くんの「先輩」なんだもの。うへ、うへへ、春樹くんに良いとこ見せるチャンスだ。ちょっと彼に圧倒されかけてたけど、忘れてた。

 喜多ちゃんの時にはボロボロだったんだから、今日こそは名誉挽回しなければ。

 というか、そうでないと、そうでないと────その日入った新人より使えないレッテルをまた自分に貼ることになってしまう───!!

 

「うへ、へへへへっ、まっ、任せてくださいよ春樹くぅううん。遠慮なく頼ってくれても良いんですからね。うへへ、うへっへへ、うへへへへ」

 

「えっ何、なんか、ひとりの様子がおかしいんだけど……」

 

「さっきからずっとこんなんだよ。多分先輩風吹きたくて仕方ないんだろね。すぐぼっちちゃん調子乗っちゃうから、上手いことフォローしたげてね春樹くん」

 

「えっ……あっ、お、おぅ………」

 

「えへへッッッ、えへ、うへへへへへへへへへへ」

 

 よ、よぉし、今日は頑張るぞ。

 春樹くんに、春樹くんにいい所見せるんだァあぁああああああああああああぁぁぁ。

 

 

 

 

 

 

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