ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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軋んだ想いを吐き出したいのは
存在の証明が他にないから

掴んだはずの僕の未来は


「尊厳」と「自由」で矛盾してるよ


歪んだ残像を消し去りたいのは
自分の限界をそこに見るから

自意識過剰な僕の窓には
去年のカレンダー 日付けがないよ


消して リライトして

くだらない超幻想
忘られぬ存在感を


起死回生 リライトして

意味のない想像も君を成す原動力
全身全霊をくれよ






ASIAN KUNG-FU GENERATION -「リライト」-



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CHAPTER #44 「リライト」

 

 

 先程までのピークが嘘みたいに、フロアの空気は少しだけ落ち着いている。

 そこから数秒後。ステージでは、さっきまでとは違う知らないバンドの新曲が始まる。歪んだギターとドラムが、暗いフロアに泡みたいに広がっていく。

 それでも、スピーカーからの音は胸の奥をくすぐってくる。

 ドリンクカウンターの内側から、その景色をぼんやり見つめていた。同じように真っ直ぐに立って接客をしつつ、フロアを眺めている春樹くんの隣で。

 

「………」

 

「………」

 

 STARRYの景色は、昨日と何も変わらないはずなのに。

 隣にいるはずの彼の体温が、やっぱり少しだけ遠く感じた。

 正直なことを言うと、凄く気まずい。多分、春樹くんとお付き合いをすることになってから、一番の気まずさだった。空気が重くて、何から話したらいいか分からない。彼も同じことを思っているのかな。

 ちらりと一瞬だけ横を見た時、彼もどこか何とも言えない表情で唇をきつく結んでいた。

 私から、話さないと。

 私から。でも、どうしたらいいか分からない。こういう時、本当に自分の陰キャっぷりが本当に嫌になる。

 逃げる訳にはいかない。逃げないって、決めた。ちゃんと春樹くんに、謝らなきゃ。伝えなきゃ、いけないって思うから。

 

 それは分かってる。頭では、ちゃんと。

 

 だけど。

 いざ話してみようとすると、やっぱりどうしようもなく怖い。

 だって────これが本当に、最後になるかもしれないと思うと、恐くて堪らなくなる。

 両袖を強く握り込む。手汗が止まらない。強く目蓋を瞑る。震えが止まらない。

 これじゃ、ダメなのに。

 

 その時だった。

 

 その沈黙を破るみたいに、春樹くんがふっと息を吸う。

 

「………」

 

「!」

 

 気配だけで、なにか言おうとしているのがわかる。妙な緊張が、背中を撫でていく。まっすぐステージの方を向きながら、私は慌てて俯いていた視線を上げる。

 

「……ここさ」

 

「!」

 

「楽しいよな、やっぱ」

 

「え……」

 

 ぽつりと落とされた声に、条件反射で肩が跳ねる。

 どこか、困った様な顔。眉毛を八の字にした春樹くんが、私の方へ視線を下ろしてそう呟く。背丈が私より多分二十センチは高いから、私が必然的に彼を見上げる形になる。

 両手をぎゅっと胸元に添え、慌てて彼の言葉を拾う。汗を垂らしているのが見える。

 そうだ。きっと、春樹くんだって気まずい空気を感じてるのは多分一緒なんだ。

 だったら、私ばっかり緊張しててどうするの。私ばっかり、また自分のことで一杯になってちゃダメなんだ。「………っ」

 慌てて、私は声を上げる。さながら、ボールを拾いにいくように、喜多ちゃんや虹夏ちゃんのモノマネをしようとする。

 

「……あっ……そ、そうですね。本当に、楽しいところですよね、ここ。わ、私も初めて来た時は驚きました。こんな場所で働けるなんて、思ってなかったです」

 

 自分でもわかるくらい、取り繕ったみたいな声。

 でも、それでもなにか言っていたくて、言葉を重ねる。

 

「…………そうだな。俺も、楽しいよ。ひとりも?」

 

「えっ……わ、私、ですか?」

 

 視線はステージへ向け直す春樹くん。

 そんな彼を見つめたままどこか落ち着かない気持ちで、私は同じように視線と体の向きを同じ方へ戻す。反射的に聞き返してしまって、自分でも情けなくなる。

 でも、嘘はつきたくなくて、指先でもぞもぞカウンターの端をいじりながら続けた。

 

「さ、最初こそは正直、怖かったですし……全然仕事も覚えられなくて。あのっ、ドリンクメニューとか、ギターを使って覚えたりしてましたし……」

 

 両方の人差し指を、そっとつつき合わせる。

 思い出すだけで、変な汗が滲んでくる黒歴史だ。

 

「ギターを使って仕事を覚え……た……?」

 

 横からの声が、露骨に引いていた。白目が見える気配がする。それはそう。

 

「で、でも……それでも」

 

 自分でも可笑しくなって、不思議と、少しだけ笑ってしまう。自分で言っておいて恥ずかしくなって、視線をフロアに戻す。それでも、あの頃のことを思い出すと、胸の奥が少しだけあたたかくなる。

 

「ひとつずつ、私が仕事を覚えるまで、店長さんも、虹夏ちゃん達も付き合ってくれて。みんな、優しくて……さ、最近は、少しずつ、楽しく過ごせてると、思います」

 

 言葉にしてみたら、胸のあたりがほんのり温かくなった。

 あの日、初めてここに連れて来てもらった時の自分からは、想像もできなかった今。バイトができるようになってるなんて、一ミリたりともイメージも出来なかったあの日の私。

 

「……そっか」

 

 横から、ふっと空気の緊張がほどける気配がした。それはやさしくて、落ち着く陽射しのような温かさ。

 小さく目線を横へ向けると、春樹くんがどこか嬉しそうに笑ってくれていた。そしてまた、二人でフロアを見つめる時間が戻ってくる。

 

「………………」

 

 別のバンドが、新しい曲に入った。

 歓声と、スネアの音と、鳴り響くギターとベースの旋律。

 

(……このまま、何事もなく終わってくれたら)

 

 そんな逃げ腰な願いが頭をかすめた、そのときだった。

 

「なぁ、ひとりはさ」

 

「えっ……は、はいっ!? な、なな、なんでしょうかっ」

 

 心臓が、どくっと大きく跳ね飛ぶ。

 声がまたも変な風に裏返って、自分でも情けなくなる。

 

「……………」

 

 春樹くんは、ステージの方を眺めたままだった。

 でも、その横顔からは、さっきまであった柔らかさがすっと引いていくのが直感で理解出来た。照明が、青からオレンジに変わる。

 色が変わる度に、その横顔から違う表情が透けて見えるみたいで、少し怖い。

 

「……さっきの話、ひとりは、どう思った?」

 

 さっきの、話。

 

「えっ……さ、さっきの話って……ど、どれのこと……ですか……?」

 

 不安が、喉の奥で小さく震える。

 訊き返す声までもが、どうしようもなく頼りなかった。

 

「……俺の、父親の話」

 

「っ」

 

 胸の奥が、ぎゅっと掴まれたみたいになった。

 さっき、店長さんに話していたこと。

 “吉沢 正樹” という名前が出た途端、STARRYの空気の色が変わった気がしたあの時間。

 あのとき、前髪が隠れた春樹くんの横顔は、信じられないほど遠かった。胸が痛くて、苦しくて、想像しただけでどうにかなってしまうほどの、彼の過去の話。

 

「……私が、あの話を聞いて、どう……思ったかって、こと、ですよね」

 

「…………うん」

 

「ひとりはどう、思ったのかなって。俺、父親の話は……君にしてなかったろ。だから、それも込みで」

 

「込みで」という言い方。それはほんの少しだけ、迷子みたいな響きが混ざる。

 喉が詰まったように、上手く言葉が出てこない。

 私は視線を落として、ぎゅっと指先を握る。この場で変に明るく取り繕うのは、違う気がした。そんなこと、そんな器用な事が私なんかに出来るはずもない。

 

「……あっ、私は、そのお話を聞いたとき……」

 

 そう一言呟いて、一度、目を閉じる。

 深呼吸をひとつ。肺の奥まで空気を入れて、ゆっくり吐き出す。

 

「……すごく、辛かっただろうな、って。聞いてて、苦しかった、です」

 

「…………え?」

 

 横で、小さく驚いたような息の音がした。

 私はそうして開いた目蓋のもと、勇気を持って彼の方へ顔を向ける。

 春樹くんは悲痛そうな表情のまま、目を見開ききって私を見つめ返していた。

 

「は、春樹くんが、あんな風に寂しそうな表情を見せたの、初めて、だったと、思うんです」

 

 一度そうして合った目線。それを誤魔化すように、咄嗟に視線を伏せたまま、言葉を探す。あのときの横顔を思い出すだけで、胸の奥がじんわり痛くなるから。

 

「お父さんのこと、きっとすごく大切なんだろうなって。それが……伝わってきて」

 

「だから、上手く言えないんですけど……すごく、哀しくなって」

 

 “可哀想” 。その言葉は、それだけは、どうしても使いたくなかった。そんな安っぽい同情みたいな雑な一言が、どれだけ失礼で残酷か。

 その事だけは、私にだって分かる。

 あの顔は、ただ「不幸な人」のそれじゃない。痛みと一緒に、ちゃんと「好き」が残っている人の顔だったからだ。

 お父さんのことが、吉沢 正樹さんの事が、春樹くんはきっと────どうしようもないくらい好きなんだなって、分かってしまったから。

 

「………」

 

 私たちは、そうして僅かに沈黙する。ライブの演奏音が反響する中、彼は小さく呟く。

 

「俺、正直、言うの……怖かったんだ」

 

「え……?」

 

 私は思ってもいなかったその言葉に、顔を上げて、そっと春樹くんの横顔を盗み見る。「そう、なんですか」

 長い前髪に隠れて、目元が見えない。そんな中で、口元だけが動く。一言、彼は呟く。

 

「────────同情されたら、どうしようって」

 

「……ッ!!」

 

 思わず、強くつよく、私も眼を見開く。

 短く落とされた言葉が、予想よりずっと重くて、その重石がまるで私の中の全てを蹴飛ばしてくるみたいだったから。

 

「父親がそんなことになってて、母親もいなくて。同情なんてされたりしたら、きっと、耐えられなかったから」

 

「……………」

 

「だから凄く、それが嫌だったんだ」

 

 ライブハウスの喧騒は、そのまま続いているのに、どこかそれが遠く感じる。私たちの周りだけ、音の密度が変わったみたいに感じてしまう。

 

「俺は、それが可哀想な事だなんて、思ってない。親父とは、最近こそ口数は少ねぇけど……本当に、感謝してるんだ」

 

「片親で、色々やるのは大変なはずなのに、文句ひとつ言わねぇで、不器用なのにたまに飯だって作ってくれて男手ひとつで……こんな俺を、養ってくれてる」

 

「春樹、くん……」

 

 胸の真ん中が、きゅっと縮んで、声が萎む。

「可哀想」なんて一言が、こんなにも大事にしている気持ちを踏みにじってしまうことが、急に怖くなる。

 

「………可哀想なんかじゃ、ない。俺にとって、親父は誇りなんだ」

 

「………………」

 

「だから。同情されたりなんて、したら、耐えられなくなりそうで……だから、怖くて、言えなかった」

 

 最後の一言だけ、少しだけ力が抜けていて、すごく寂しそうだった。

 それが、どうしようもなく、痛くて。苦しくて。

 私にも直に痛みが伝わってくるみたいで仕方がない。

 彼は、ほんの僅かな間の後、静かに呟く。

 

「………黙ってて、ゴメンな」

 

「…………っ」

 

 その謝罪の言葉に胸がぎゅうっと締め付けられて、喉の奥が熱くなる。ただひたすらに首だけを横に振る。

 なんて言えばいいのか、全く見つからない。

 だって、言えるはずもない。

 私には、舐められてはいるけど妹のふたりも居て。

 帰りが遅い私なんかの為に、毎晩毎晩ちゃんと晩御飯を用意してくれるお母さんが居て。いつも心配して様子を聞いてきてくれて、ギターだって貸してくれたお父さんも居て。温かくて、安心できる居場所が、帰れる場所がちゃんとあって。

 

 ─────────そんな、“幸せ者” な私なんかが。

 どうして欠けたものを抱えてる人に、声を掛ける資格なんてあるんだろう。

 

(……こんなに、痛がっているのに)

 

 痛くて、辛くて、苦しくて。

 死んでしまいたくなるくらい、きっと彼は悲しいはずだと思う。

 自分のことみたいに、春樹くんのその痛みが伝わってくる。

 だけど、それなのに。私は、全部『持っている側』の人間だ。どうしようもなく、どこまで行っても、その事実だけは変わらない。そんな私に、何を言う資格なんてあるって言うんだろう。

 父親のこと。音楽のこと。

 その間に挟まれて、ずっと擦り減ってきたんだろうなってこと。

 なのに、私は─────

 

「……………………」

 

 気づけば、私の手も小さく震えていた。

 握った指先に、うっすら爪の痛みが走る。

 

 

「……………………俺にとって」

 

「!」

 

 そうして、何も言えずにいた私へ、彼は続ける。私はもう一度顔を上げて春樹くんの横顔を見つめ直す。彼の視線は、やっぱりステージのライトの向こう側のままだ。その瞳は、どうしようもなく虚無に満ちていて、酷く遠い。やがて彼は、ゆっくりと呟く。

 

「音楽は、好きなものでもあるけど」

 

「─────……嫌いなものでもあるんだ」

 

「……!!」

 

 その言葉に、心臓がひゅっと冷える。

 堪らなくゾッとして、全身に鳥肌が立つ。胸元を抑えつけて、身を縮めながら、ただ彼の言葉を聞く。

 

「良くも悪くも……俺の家族は、俺の人生は、音楽のせいで……多分、本来の形を変えちまった」

 

 観客の歓声が、遠くで揺れる。

 その音を背景にして語られる「音楽」が、こんなにも重く響くなんて。

 

「羨ましがられたくも、無かったんだよ」

 

「……」

 

「親父はすげー人間で……それこそ、一世を風靡する様な、幻のロックバンドをやってた、本物のバンドマンでさ」

 

 その「本物」という言い方が、どこか自分を遠ざけている響きを持って聞こえてならない。照明の光が彼の横顔を照らしては、影を落としていくのが、視界の淵に入る。

 春樹くんのコントラストは、言葉よりも雄弁に彼の自己評価を物語っている気がした。

 

「……俺は、その息子の癖に……親父みたいには、なれてない」

 

「これでも小さい頃は、何度も思ったんだ。親父みたいになりたくて、親父の背中を追いかけて、中学の頃まで、音楽教室にも通ったこともあった。……何度も何度も、親父に教えを乞いた。それこそ寝る時間削って、ずっと、ずっとずっと練習し続けた」

 

 そこまで言ったところで、やがて彼は一度だけ息を吸い直す。

 

「でも、──────なれなかった」

 

「っ……」

 

 ぽつり、と落ちたその言葉は、さっきのどの音よりも重く響く。

 胸の奥が、きしむように痛い。なにか言いたいのに、うまく言葉にならない。

 

「…………………一度だけ、仲良いと思ってたダチに、話したことがある」

 

「…………」

 

「仮に俺がそうだったら、って。『もし俺が天才の息子だったら』って、冗談半分で言ったらさ」

 

 短い沈黙。

 

「親の七光りでも、そんなもんなんだな、って」

 

「っ………」

 

 身体が強張る。

 信じられない。

 なんて、ひどいことを言うんだろう。

 私は「っそん、な……」と喉の奥から、掠れた言葉が自然と捻り出た。その瞬間の、かつての彼の気持ちを想像するだけで、胸がヒリヒリする。そんなの、私がもしも春樹くんの立場で言われたら。

 それを思うだけで、彼が一体どれほど辛くて苦しくて仕方がなかったのか、容易に想像なんて容易い。胸が張り裂けるほど痛む。春樹くんは虚ろな眼差しのまま続ける。

 

「そいつとは、縁を切った。……断片的に、その前とかも他の奴らにも、そういや言われたな。羨ましいけどな、なんて」

 

「………正直思ったよ。人の気も知らないで、って」

 

 肩が、かすかに震えている。歪んだ眉。苦痛そうな表情が垣間見える。

 だけど、彼の言葉を止められなくて、止めたくなくて。私はただひたすらに聞く。

 

「………それから、正直、周りのヤツに殆ど本音を言わなくなってたと思う」

 

「……………」

 

「…………嫌になった。羨ましがられるのも、可哀想な目で見られるのも、嫌になった。心底、本当に。……嫌に、なったんだ」

 

 客席の歓声が一段と大きくなっても、私の耳にはほとんど入ってこない。

 代わりに、自分の心臓の音だけが、やたらと大きく響いている。

 

(……それでも、この人は今、私に話してくれている)

 

 羨ましがられたくなくて。

 可哀想だと思われたくなくて。

 それでも、今こうして言葉を紡いでくれているのは───きっと、私なんかに話したいと思ってくれているからだ。だから応じなければ。そう思って、言葉を捻り出そうとする。

 

「………………わ、私に、とって……」

 

 でも、唇が震えて、声がうまく出ない。ここで黙っていていいはずなんかない。その一言を聞いた春樹くんが、わずかに目を剥いてこちらを見た。

 

「………………………え?」

 

 それを見て、私は勇気を出して想いを紡ぐ。

 

「わ、私には、春樹くんの気持ちがわかるだなんて、そんな、いい加減で、む、無責任な事は、絶対、言えないです……!!」

 

 言い始めた途端、涙がこみ上げてくる。

 だけど、どんなに上擦っても、伝えなきゃいけないと思った。今伝えなければ、きっと、きっと───── 一生後悔する。

 言いながら、自分でも驚くくらい、声が大きくなっている。でも、そんなことすらどうでもいい。気になんてしてられなくて、ステージの音に負けないくらいに、私は叫ぶ。

 

「で、でも……!!」

 

「春樹くんが、どんな思いで今まで生きてきたのかを、本当の意味では、私にはわからないですけど……!!」

 

 父親のことも。

 音楽のことも。

 “吉沢 正樹の息子” として、勝手に周りから期待をされたり、沢山の人から無神経な言葉を浴せられ続けてきた春樹くんの本当の “痛み” も。

 どれも、本当の意味では、私にはわからない。同じ境遇にならなければ、同じ痛みを味わなければ、決して、そんな壮絶な苦しみなんて理解出来る筈もない。

 でも。それでも。

 それでも、と、止まりたくなかった。

 それでも───────私はもう、逃げたくなんかない。だって、だってずっと彼はこんな私と向き合い続けてくれた。こんなどうしようもないダメな私を、ギターしか取り柄が無い何も無かったこんな私を、ずっと春樹くんは捨てないでいてくれた。見捨てないでいてくれた。こんな私を、選ぼうとしてくれた。

 どうして。

 どうして、そんな人から逃げるなんてことができるの。出来るわけない。

 だから私は、胸の奥から、ぐちゃぐちゃのまま飛び出してくる言葉を、必死に掴まえて形にしていく。

 

「でも、絶対に、そんな酷い事を言われるべきじゃないはずで……!!」

 

「 “七光り” とか、“羨ましい” だとか……そんな言葉で、春樹くんがずっと積み重ねてきたものとか、優しさとかまで、雑にまとめられて欲しくないです!!」

 

「……………ひとり……」

 

 横顔が、少しだけこちらへ向いたまま見つめている。

 視線がぶつかるのが怖い。私はフロアの方を見たまま話し続ける。

 

「た、確かに、お父さんの存在は大きいかもしれないです……でも、それだけじゃないです」

 

「それでも!!」

 

「春樹くんが今ここにいるのは、全部、春樹くんの、力だと、思うんです……!!」

 

 肺が苦しい。涙が止まらない。

 でも、まだ言いたいことがある。言わなければならないことがある。目が合うのが怖い。

 

「…………ッッ!」

 

 だけど、ちゃんと、これは、目を合わせて言わなきゃ。

 私は彼の方へ身体を向け直す。そしてみっともなく震えながら、顔を上げて、伝える。

 

「はっ、春樹くんは、凄いんです!! 私なんかより、ずっと、ずっと優しくて、あったかくて、太陽みたいに、笑顔が素敵な人で……!!」

 

「…………………っ」

 

 春樹くんの喉仏が小さく上下した。見開かれた瞳。その目尻に、初めて────彼の涙が見えた。私はそれを見た瞬間、私自身の涙腺も限界を迎える。だけど、まだ叫ぶ。

 

「その人達が知ってるのは、ほんの一部でしかなくって……それ以外の、見えない部分で、春樹くんが、どれだけ頑張ってるか、私は知ってます!!」

 

 昨日までの彼の姿が、次々に頭に浮かぶ。

 学校終わりで疲れているはずなのに、真剣にメモを取りながら仕事を覚えようとして、決してそれを驕ったりなんかしない。

 私がテンパると、さりげなくフォローしてくれて。いつもいつも守ってくれて、助けてくれて。

 結束バンドのみんなの事も、いつも一番に考えてくれて。私の大事な人達を、大切にしてくれて。

 計算をする時も、自分へすごく痛い鞭を打つように、自身を詰りながら、それでもミスしないようにしていたこと。

 

 いつだって、どんな時だって、誰かのために。

 人のために、やさしく在ろうとしてくれていたあなたのことを。

 

 私はちゃんと知っているんです。

 

 言葉を吐き切った瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなる。

 だけどその時。代わりに、別の痛みがじわりと顔を出す。

 ──────ここまでは、多分、ずっと言いたかったこと。

 でも、本当に言わなきゃいけないのは、この先だ。自分で自分の胸をぎゅっと掴む。

 

「……だけど、私、それでも」

 

「はっ、春樹くんに、言わなきゃいけないこと、あるんです」

 

「……私、昨日のことも、ずっと後悔してます」

 

「え……」

 

 春樹くんが、少しだけ眉を寄せる。

 

「電話で、私…… “春樹くんの演奏も、きっと、たくさんの人に届くと思います” って……STARRYでも、春樹くんは、なんでも出来るんですね、なんて……」

 

「ッ……!」

 

 あの時の、自分の声が生々しくよみがえる。春樹くんは僅かに肩を震わせて反応する。布団の中でスマホを握りしめながら、震えながら、それでも言った言葉。

 

「私はただ、尊敬を込めて、言ったつもりでした。でも、でもあんなの、春樹くんの気持ちなんか何も考えてない、それどころか……今思えば、あんなの、何も知らないままの、すごく無責任な言葉で……それに、知りもしないくせに、なんでもできるだなんて、私……!!」

 

「だからそれは、ひとりは、悪くないって……!!」

 

 かぶせるように、慌てた様子で春樹くんは言う。だけど勢いで首を振る。視界が大きく揺れる。

 

「悪くないなんて、言えないです……!!」

 

「だって、私……!!」

 

「春樹くんは、“音楽は好きなものでもあるけど、嫌いなものでもある”って言ったじゃないですか!! 私、それを、ちゃんと考えられてなくて……!」

 

「それに、それとは別で謝らなきゃいけないことも、あるんですっ、わたし、私は………!!」

 

「ッッ………待って!」

 

 喉の奥が熱くなって、声が掠れる。その時、彼は待ってくれ、ともう一度小さく呟いた。

 

「え……」

 

「────────……ごめん。俺も、言わなきゃいけない。君に。先に、聞いてくれるか?」

 

「っ、あっ、はい……」

 

 彼は、苦しそうに、俯いて、仰ぐ。そして息をつく。

 そして、覚悟を決めたように。

 

「……中学の頃さ」

 

 春樹くんは、ぽつりと続けた。

 

「俺、オーチューブで弾き語りのチャンネル、やってたんだ」

 

「………!!」

 

 心臓が、ドクンと跳ねる。

 その話は、すでに知っている。骨身に染みるほど、理解をしている。

 でも、春樹くんの口から、あらためて聞くと、胸の奥がざわざわして、逃げだしたくなる。怖い。恐い。こわい。

 だけど。

 それでも、逃げちゃ、ダメ。逃げる資格なんて、私には。

 そう思って、拳を握りしめる。

 

「二年くらい。勉強と部活と、親父のことしながら、月に二本出せたらいい方でさ。登録者は五百ちょっと。……たった、五百十人」

 

 その数字を見た画面が、頭の中にくっきり浮かぶ。

 

「でも、それでも嬉しかったんだよ。コメント一つ来るだけでさ、“見てくれてる誰か”がいるって思えて」

 

「………………」

 

「同じ時期に、“ギターヒーロー” ……その存在が出てきてさ」

 

「ッッ────────」

 

 そこで、一瞬だけ、世界から音が消えた気がした。

 それはまるで、私自身の名前を、他人事みたいに聞く感覚。

 

「最初は、ただ “すげぇ奴いるな” って思って見てた。でも、気づいたら、そいつの登録者は桁が一個ずつ増えてくのに、俺のとこは全然増えなくて」

 

「おすすめ開くたびにそいつのサムネが並んでて、コメントも高評価も、そいつにはばんばん付いてくのに、俺の方はぜんっぜん増えなくて」

 

 私は、息をするタイミングを忘れる。冷や汗が止まらない。瞼をギュッと閉じる。過ちに対しての、断罪。判決を受けるみたいな、そんな、感覚。

 

「それでも、『俺がもっと頑張れば』って思ってた。けど……ある日、ふと、思っちまったんだ」

 

「ッッ………」

 

 春樹くんは、ステージを見つめ直す。表情が、前髪に隠れて見えなくなる。

 ぎゅっとカウンターの縁を掴んだ。歯軋りを重ねて。その姿に、堪らず私は強く目を見開く。

 

「ふざけんなよ、って」

 

「…………!!」

 

 思わず、肩が強く揺れ動く。

 

「ギターヒーローのことも、世界のことも、数字も、全部まとめて。何も悪いことしてないはずの誰かに、どうしようもなく嫉妬して。 “なんで俺じゃねぇんだよ” って、心の中でだけ叫んだ」

 

「叫んじまったんだ────思っちまったんだ」

 

 私は、手のひらに爪が食い込むくらい強く握りしめる。

 これが私の、業。私の、罪。

 私が、ずっとチヤホヤされたいなんて、ネットだけが居場所なんて呑気に言っていた裏で、苦しめていた人の、怨嗟の声。聞かなければ。そうでなきゃ、許されるはずがない。

 痛みで、かろうじてここに繋ぎ止められている気がする。

 俺は、と歯を強く軋ませながら、俯いたまま彼は訴える。

 

「その瞬間の自分が、心底嫌だった。大嫌いだった。死ねばいいって思った、こんな自分なんか………っ、人を羨ましがる資格も、憎む資格もねぇくせにさ」

 

「───────────…………」

 

「………え?」

 

 少しの間。停止した思考。

 私はそれを聞いた瞬間、耳を疑った。それは、私を責める声じゃなくて、自身を責める言葉に聞こえた。

 自分の聴覚が苦し紛れに変な誤変換を起こしたのかとすら錯覚する。彼の方へ顔を向け直す。でも、春樹くんはそのまま続ける。

 

「っ……俺は “ギターヒーロー” を一瞬でも憎んだ俺なんかが、ギター続ける資格ないって、勝手に決めつけた。自分が、死ぬほど憎くて、堪らなかった」

 

「……………………」

 

 憎ん、だ? 私じゃなくて、自分を?

 これだけ傷ついて、苦しんだのに、このひとは、人じゃなくて、自分を殴ったの? ずっと?

 

「だから、やめた。ギターも、動画も。“数字の前に折れるような半端者が、音楽なんか語んな” って、自分で自分に言い聞かせて」

 

「親父みたいにだなんて、こんな人間が、そう思う資格なんて無かったんだ」

 

「そんなことを、何度も泣きながら考えて、ギターをへし折りそうになりながら、無理矢理、仕舞い込んだ」

 

 ────資格。

 昨日から、今朝まで。私が必死に否定していた言葉が、今度は自分の胸に突き刺さる。ただただ私はその言葉を聞き続ける。

 

「……ひとりには、言うのが怖かった。言えなかった。言えるはずもなかった。弱いよな。最低だよな。でも怖かったんだ」

 

「父親のことも、昔のチャンネルのことも、全部伝えるのが、怖かった」

 

「甘えてたんだ。ひとりが、こんな俺を好きでいようとしてくれてることに」

 

 春樹くんの喉仏が、上下する。

 

「台風の日も、文化祭の時も、告白した夜も……ひとりがギターヒーローだってこと、俺はもう本当はあの時点で分かってた」

 

「告白の時も言った通り、本当は……分かってたんだ。言わなきゃいけなかった。だけど、嫌われたくなくて」

 

「──────もっといえば、あの時点で仮に君と、付き合う形になったとして。“あの瞬間の俺” を知ってるひとりに、“吉沢 春樹の彼氏” なんて名乗っていいのかって考えたら……余計に、ますます言えなくなった」

 

 ─────そう、だったんだ、と見開いた瞳のまま私は思う。その時、静かな、言葉が落ちていく感覚を味わう。

 それは言うなれば、胸の奥のどこかで、とうの昔に気づいていた答えに、静かに印を押されるような、感覚。

 

「“ギターヒーローを一瞬でも憎んだ俺なんかが、ひとりの隣にいていいのか”って。君のこと、世界で一番大事なのにさ。……そんなこと、一瞬でも思った自分を、どうしても許せなくて」

 

「………………」

 

 私は、ふと気付いた。

 ああ、この人は本当に、と思う。

 

 この人は、どうしようもないくらい不器用で、優しいんだ。

 

 この人は、こんな人だったんだ。

 陽キャで、皆の人気者で、どんな時も、なんでもやれる人なんかじゃない。

 春樹くんの()()は、ずっと、ずっと、苦しい中で、もがいて、もがいて、足掻いてる人で。

 そこで、あぁ、そっか、と理解する。私が今まで触れていたものは、全部、表面的なものでしかなかったんだ、って。

 私があの時、オーチューブで好きになった、彼の『音』の意味。彼の奏でるギターから感じていたものの “正体” は()()だったんだと。

 

「だから、逃げた。“ごめん、今日はここまでにしてもいい?” って言って、昨日な電話切った。……最低だよな、こんな、こんな俺………」

 

 自嘲気味に笑う気配がする。

 彼の、私に伝えてくれた弱さが、それが、全部が胸に降りていく。

 私は全く笑えなかった。唇を強く結ぶ。そして。

 

「そんなこと、そんなことないです!!」

 

「最低なんかじゃ、ないです!」

 

 気づいたら、声が出ていた。何度も首を振って、私はそれを否定する。そんなはずがない、と。

 

「……あっ、うっ、わ、私の方こそ、です!」

 

「ひとり……?」

 

「私だって、昨日、何も知らないまま、“きっと届きます” なんて軽々しく言ってしまいました。春樹くんが、そんな風に、“数字” とか、“ギターヒーロー” とか……ずっと傷ついてきたこと、何も知らないで……!!」

 

 喉が焼けるように熱い。

 それでも、止まりたくなかった。

 

「それに……」

 

 胸の奥で、もうひとつの告白が暴れている。言わなければ。伝えなければ。

 

「………さっきの、話です。私の、言わなきゃいけないことは、それに関わってます」

 

「え?」

 

 目を瞑り、強く拳を握り締める。

 俯いて、呟く。

 

「……春樹くんの、チャンネル。……見つけました。私、知ってるんです」

 

「私も、知って、たんです」

 

「《BIND》。春樹くんの、チャンネル名………ですよね」

 

「……………!!」

 

 彼はまた、強く目を見開く。酷い動揺のまま、私を見つめ返す。

 

「動画も、コメントも、全部。最初から最後まで、見ました。というか、見ていたんです。私……私が、ギターヒーローを始めるきっかけになったのは………春樹くんの演奏なんです」

 

「………は!?」

 

 彼は目を剥いたまま、こちらを向く。私は、その視線に向き合うように、俯けていた視線を上げる。見つめ合う。

 

「気付いたんです」

 

「…………っ、最後の動画の投稿日と、再生数が止まってる日付と……」

 

 唇を噛む。ここから先は、言いたくない。

 でも、言わなかったら、一生後悔する。

 

「……私の、“ギターヒーロー”のチャンネルが、急に伸び始めた時期が……ほとんど、一緒で」

 

「…………っ」

 

「私は……… “ネットの中だけが、私の居場所だ” なんて、ずっと言ってました。ずっと、チヤホヤされたいとか、売れて学校中退したいとか、そんなふざけたことを言ってて!!」

 

「分かってなかったんです!! っ、その裏で、その居場所の裏で……春樹くんみたいに、一生懸命頑張ってた人の居場所を、奪ってたのかもしれないって、自分のことばっかりで、目を向けようとすらしなかった!!」

 

 堰が切れたみたいに、涙が溢れる。

 最低。最低だ。私は、この期に及んでまだ自分が可愛いのかな。こんなにも人を傷つけて。何を乞うんだろう。

 赦しを?

 どうやって?

 こんなに傷ついた人に、こんなことを言う資格が、どこに?

 だけど、言わなきゃ。こんな事を言えもしない存在が、この人の隣になんて居ちゃいけない。

 だから、泣きながら、張り裂けそうな胸を抑え込みながら訴える。

 

「春樹くんの夢を、私が、踏みにじってしまったんじゃないかって……! “ギターヒーロー” としての私の成功は、誰かにとっての “破壊” だったのかもしれないって……!」

 

「待ってくれ、違っ───!!」

 

 彼は再びそれを遮ろうと身体を向けて、慌てて叫ぶ。

 

「違わないです!!」

 

 だけど。私の方も、声を重ねるみたいに遮ってしまう。

 本当は、遮りたくなんてないのに。

 

「だって……!!」

 

「っ、はっ、春樹くんは、ずっと分かってたんですよね……!?」

 

「だって、春樹くんが “一瞬だけ憎んだ” って言ってた相手は、“ふざけんなよ”って思ったその相手は、私じゃないですか……っ!!」

 

「はっ、春樹くんは、そのことを知ったうえで、私に告白してくれて! それなのに、私は……そんなこと、何も知らない顔して、“ギターヒーローとしての私”を、春樹くんに誇ってて……!! 褒められて、調子に乗って!!」

 

「わっ、私に対して、酷いことだって言えたはずだった!! 憎いって、許せないって……! 言えたはずだったじゃないですか!! なのに……!!」

 

「春樹くんは、ずっと、ずっとこんな私なんかを好きでいてくれて、ギターヒーローに救われたなんて、言わせて……!!」

 

 私は春樹くんの方に向けてそう叫び、その後の言葉が枯れるように地面に落ちる。涙が止まらない。目尻の熱が、顎先からどんどんと落ちていって、床に落ちるのが俯いた視線の先で分かる。

 そして、私は強く、つよく謝る。

 何度も、何度も。

 

「ごめん、なさい、ごめんなさい。ごめんなさい……!!」

 

「私は、……っ、私なんかには……」

 

「私にこそ、そんな資格なんてなかったんですッッ!!」

 

 春樹くんは、それを聞いて数秒間言葉を失ったように立ち尽くす。私は、俯いたまま、震え続ける。

 

「ひとり………」

 

 喉が痛い。胸も痛い。また、喜多ちゃんのことで苦しんで叫んだあのときみたいに、みっともなく、自分の全てをさらけ出した。

 もう、これで終わりだ。

 終わりだ。私なんか、春樹くんの隣に、いていい資格なんか。

 

 これで、私は、もう、春樹くんと、お別れしなきゃ──────

 

 そう思った、時だった。

 

「………………」

 

 ほんの少しの間を置いて、春樹くんが、静かに息を吐く。

 

「……そっか」

 

 その一言には、怒りも責める色もなくて。

 ただ、「そこまで考えてたんだな」って受け止めるニュアンスだけがそこには乗っていて。私は目を見開ききったまま、俯く。そうして、たまらなく静かに問い掛ける。

 

「………」

 

「どうして。……どうして、怒らないんですか………」

 

 私は、怖くて、彼の顔が見れないまま、そう呟く。

 だけど。次の瞬間返ってきた言葉は、私の予想とは全然違うものだった。

 

「……違う」

 

「え……?」

 

「違う。謝らなきゃいけないのは、俺の方なんだ。俺だってそうだ。怒れる訳ない。そんなの、許されない。だって」

 

 私は、顔を見上げてもう一度彼を見つめ返す。

 こちらを向いていた春樹くんの目は、ステージの光を反射して、やっぱり少し濡れていた。

 

「………そうだ。そうだよ。君の言う通りだ。俺、ギターヒーローを憎んだ。憎かったんだ。ずっと、ずっと!」

 

「だけど!! ギターヒーローが、ひとりだって知ったあとも、言えないままでいた……そんな俺が、“ギター好きです、音楽語れます” みたいな顔して、図々しくひとりの隣に立ってたのだって、俺だ! ズルいじゃねえか、そんなこと言ったら!! 俺だって……ッ!」

 

「…………っ!!」

 

「ひとり。俺さ………ッッ!」

 

 名前を呼ばれただけで、胸がぎゅっとなる。見つめあったまま、私は瞬きすら、呼吸すらできなくなる。

 

「俺、あの頃の動画、全部消さなかったんだ。消せなかったんだ!」

 

「……!!」

 

「本当に全部嫌いになってたら、とっくにアカウントごと消してる。消すことだってできたはずだったんだ。でも、消せなかった。消したくなかった。それがどんなに歪んでいて、軋んだ夢そのものだとしても、それでも………!」

 

「ッッ………ギターヒーローの動画だって、再生履歴から、プレイリストからは消せなかった。……見られなくなるのが、怖かったから」

 

 泣き笑いみたいな表情で、春樹くんは続ける。

 

「羨ましかったし、嫉妬もした。本当に嫉妬して、吐きそうになるくらい、いや実際吐くくらい苦しかった……!! でも、それでも!!」

 

「─────結局あの音に救われてたのも、本当なんだ。それも、本当のことなんだ!!」

 

「 “ああ、ここまで本気で鳴らしてる奴がいるんだ” って。そう思うだけで、ギターを握る理由になってたのだって、ちゃんと全部本当だったんだよ!!」

 

「ッ、俺は………ッ!!」

 

 

 

 

「君の音が、大嫌いで」

 

「何よりも、大好きだったんだ…………!!」

 

 

 

 

「………………!!」

 

「だからっ………だから、謝らないでくれ。俺だって、君に、これをちゃんと言わなきゃいけなかった。それを正直に言えもせず、表面だけの憧れにヘラヘラしてたんだ、逃げてたんだ!!」

 

「……だからこそひとりが、自分のせいだって全部抱え込むのは、違うんだ。俺も、俺自身も………ちゃんと、こんな汚くて、歪んでいて、醜くて、最低な俺を、見せなきゃいけなかったんだ」

 

「ごめん、ごめんな……。ひとりの、せいなんかじゃないんだ。君は、本当に何も悪くなんか、ないんだ。悪いのは俺なんだ」

 

「ごめん……ひとり」

 

 そう言って、悲痛な顔のまま視線を落として、涙を彼は零す。

 だけど春樹くんはそっと顔を上げて、手の甲で何度もそれを拭う。今度は、ちゃんと、真っ直ぐこっちを見て呟く。

 

「俺の夢を勝手に諦めたのは、俺だ」

 

「君は、何にも悪くない」

 

「数字に負けて、比較に負けて、自分を勝手に折ったのも、全部俺。だからこそ、ひとりが “そこにいてくれたこと” まで、罪みたいに扱いたくない」

 

「で、でも……」

 

「ごめん。……正直、本音言うとさ。最低かもだけど、“奪ってしまったかもしれない” って苦しんでくれるのは……ちょっと、嬉しくも、あるんだ」

 

「え……? そう、なんですか?」

 

「誤解しないで。悪い意味じゃない。…………だって、それって─────」

 

 春樹くんは泣きながら、小さく肩をすくめる。

 やがて、どこか悲しげに────切なげに微笑む。

 

「ひとりにとっての、はじまりに、俺の音なんかがなれてるって、ことだろ」

 

「!!」

 

「それに、もっと言えば……ひとりは、自分のせいじゃないことまで抱え込む子だから」

 

「それってつまり、俺のことをひとりなりに考えてくれてて、それでも俺の隣にいようとしてくれてんだな、なんて」

 

「そう気付いたら────少し、嬉しいだなんて……思っちまったんだ。……ごめん」

 

「……春樹、くん……」

 

 そう言いながら、彼は私に涙声のまま、そっと手を伸ばしてくる。

 躊躇いがちな指先が、私の指先にかすかに触れる。思わず、ぴくっ、と身体が動く。その体温を、求めていたように。

 

「……それに。ひとりにとって、ギターヒーローは “居場所” だったんだろ? 前に、教えてくれたじゃないか」

 

「寂しさを無くすために、ただずっと弾き続けてたんだって」

 

「……はい」

 

「なら、そんなの、恨めるわけない。そんなの聴いて、そんなこと、言えないよ」

 

「俺にとっても、ギターヒーローは憎い対象である以上に、同じくらい “救い” だった。だから、その両方が同時に成り立ってた時間を、“間違いだった” だなんて片付けたくない……!!」

 

「矛盾してるよな。本当に、最高に、最悪に。でも、これが俺なんだ。俺という、クソみてえに情けない人間なんだ」

 

「…………………」

 

「その上で、さ」

 

 ぎゅっと、指を強く絡めてくる。

 

「俺は、“ギターヒーロー”としてのひとりも、“吉沢 春樹の彼女”としてのひとりも、ずっと、ずっとこれから先も。どんなことがあったって、両方、好きでいたいって、思っちゃってるんだ」

 

 胸の奥が破裂しそうなくらい熱くなった。

 

「……正直、そんな資格がないんじゃないかって思ってる」

 

「ひとりの音に救われてきたくせに、一瞬でも嫉妬して、そんな、大好きな君を憎んで。そんな俺が、“世界で一番ひとりを好きだ” なんて言っていいのかって」

 

「でもそんなこと、赦されていいのかなって」

 

「だから、俺は………俺だって、君の、隣になんて────いる、資格なんか……!!」

 

「………………ッッ!!」

 

 その瞬間。気づいた。

 それは、既視感のある言葉。既視感のある状況。

 喜多ちゃんの時と同じ。─────この人も、私と、同じ。同じだったんだ。

 私達も、本当は似たもの同士だったんだ。

 同じだったんだ。同じ様に、お互いに、()()なんかないって思ってたんだ。

 それに気づいて、私は思う。

 その先は、言わせたくなかった。今度は、私の番だと思ったから。

 待ってください、と呟く。

 私は、涙でぐちゃぐちゃになりながらも、彼の手を握り返す。

 

「え………?」

 

「……さっきも言いましたけど、春樹くんの気持ちがわかるだなんて、そんな、いい加減で無責任なことは、絶対、言えないです」

 

「ひとり……」

 

「でも……! 言わせてください! これだけは言いたいんです!!」

 

 息を吸う。

 胸の奥に溜め込んできたものを、全部吐き出すみたいに、もう一度伝える。

 

「わっ、私には!! 春樹くんが “ギターヒーロー” に嫉妬した時の気持ちも、数字に折られた痛みも、全部はわからないかもしれない!」

 

「 “資格がない” って、自分で自分に言い聞かせたその夜のことも、私は、本当の意味では想像しきれないかもしれない!」

 

「……………」

 

「でも、それでも!! 春樹くんが絶対に、そんな風に自分を罰し続けなきゃいけない人じゃないってことだけは、私にだってわかります!!」

 

「 “七光り” とか、“二番煎じ” とか、“半端者” とか、そっ、そんな最低で安っぽい言葉で、春樹くんの全部を決めつけられたり、片付けられたりなんてしていいはずが無いって事くらいは!!」

 

 胸の奥が、焼けるみたいに熱い。

 

「だって、私……知ってるから!!」

 

「っ……何を────」

 

「春樹くんが、どれだけ優しくて、どれだけ頑張り屋さんか!」

 

「それだけ、本当は怖いはずなのに、それでも人の前に立とうとしてくれてるか!」

 

「誰よりも、“自分の黒いところ” を嫌ってる人だって、私は、ちゃんと全部知ってます!!」

 

 涙が止まらない。気づけば、視界がぐちゃぐちゃになっていた。

 それでも、言葉は不思議と止まらなかった。ここから先の言葉は、もう迷わない。

 

「お父さんが有名かなんて、関係ないです………ッッ!!」

 

「“ギターヒーロー” がどれだけバズってたかなんて、関係ないです! 数字が何桁違ったかなんて、もっとどうでもいいんですそんなことっ!!」

 

「優しくて、自分にすごく厳しくしながらも、それでも、それでもって前に進もうとしてるところを……ずっと、見てきました!!」

 

「こ、こんな、私のことを、誰よりもまっすぐ見てくれているのは…… “正樹さんの息子” だからじゃ、ないはずです!!」

 

 ここまで来たら、もう誤魔化したくなかった。

 

「春樹くん自身の、思いや優しさが、私を、いつも救ってくれてるんです……!」

 

 喉の奥が痛い。

 でも─────

 

 

 ──────それは、私の全て。あなたに伝えたい。

 本当の、私の想い。

 

 

(……ずっと、言いたかった)

 

 

 この言葉、この想いを、貴方に。

 

 

 

 

「私、わたしはっ!!」

 

「 “吉沢 正樹さんの息子” だからじゃなくて」

 

「 “ギターヒーローに憧れてた誰か” だからじゃなくて」

 

「ここにいる春樹くん自身が、そういう人だから、私は救われてるんです!!」

 

 

 

「私は、春樹くんに出会えてよかったって、思ってるんです……!」

 

 

 

「私も、私自身も、思ってるんです!! 誰かに言われたからじゃなくて、私が春樹くんをそれでも好きなんです!!」

 

「私にとって、春樹くんは、春樹くんです……」

 

 視界の中で、彼の顔が霞んでいく。

 

 

 

 

「私が大好きなのは、春樹くん自身なんですっ!!」

 

「だから、私……私は、これからも、ずっと……絶対に、春樹くんの味方です!!」

 

 

 

 

 言い切った瞬間、ステージの方から歓声が上がった。スポットライトのオレンジと、ピンクの光が私達の互いの横顔に差し込まれていく。

 その光が照らす春樹くんの頬を、大粒の涙が伝っていくのが見えた。

 時が止まったような、そんな錯覚。数秒間、互いに見つめあったまま、光源が私たちの横顔を包む。

 

「……………」

 

「ギターヒーローとしての私のことも、昔の春樹くんのことも、全部ひっくるめて……私は、絶対に、裏切らないし、逃げたりもしません」

 

「だから、だから……もっと、自信を持ってほしいです……! 自分のことを、大切に、して欲しいんです……ッッ!!」

 

 最後の方は、自分でも何を言っているのか、うまく聞き取れない。

 それでも、全部吐き出した。

 

「お願い、です……っ……うっ……」

 

 涙と一緒に、息までもこぼれ落ちていく。

 

「……………………」

 

 春樹くんは、ずっと静かに私を見つめていた。

 私も、涙で崩れきった情けない顔で、目を逸らさないように見つめ返す。自分でも信じられないくらい、真剣な視線で。彼の眼差しに応えたくて、必死に。

 すると────彼はふと、そっと私の手を引いてきた。

 

「えっ……」

 

 カウンターの影。ステージからは死角になる柱の陰へ、ほんの半歩だけ、距離が近づく。

 

「……っ、ひゃぅ」

 

 そのまま、ぎこちなく、でも確かに、私を抱きしめてきた。

 

「え、あ、あの……っ」

 

 驚きで声が裏返る。頬が堪らなく熱くなる。

 けれど、逃げようとは思わなかった。押し付け合う胸元から、ゆっくりと響く彼の心臓の音が聞こえてくる。そしてそれは、また、震えていた。

 それは、あの時と同じ。初めて、告白をしてきた───あの日のように。鼓動が私のものと繋がって、温もりが溶けるように落ちていく。

 

「…………っ、…………うん」

 

 耳元で、小さく笑う気配がした。

 

「ごめん。嬉しくて」

 

「う、嬉しくて、ですか……?」

 

「うん。……ひとりに、全部話せてよかった。聴いてくれて………受け止めてくれて」

 

「ありがとう」

 

「ッッ………!」

 

「……………っ、うっ、………はいっ、はい………」

 

 彼の肩越しに、ステージの光がちらちら揺れ動く。

 春樹くんは私の耳元へ触れていた頬をそっと離して、涙を流す細い目と共に、私を見つめ返してくる。

 

「ひとり……泣いてるぞ」

 

「えっ……あっ、はっ、春樹くんの方が、先に泣いちゃったじゃないですか………っ」

 

 自分でもびっくりするくらい、素直に笑えてしまう。私達は、どうしようもなくぐちゃぐちゃの顔になっていて、それがたまらなく愛おしく思えて仕方なかった。

 春樹くんは僅かに俯いて、呟く。

 

「………………ごめん」

 

「ほんとに、ごめんね─────わかったようなことばっか言って」

 

「っ、いいえっ、うっ、嬉しいです。あっ私の方こそ、ごめん、なさい………ごめん、なさい………!!」

 

 もう、耐えられない。堪えきれない。

 限界だった。私は、何度も首を振って、その度に涙が散るのを感じながらもう一度眼差しを向けていく。

 しばらく、そのまま、お互いに泣きながら、誰にも見つからないようにずっと、静かに抱き合っていた。

 やがて、彼がそっと腕をほどいて、私の頭をそっと撫でる。

 

「俺……」

 

 彼は小さく、そして深く息を吸い込む。

 そのまま、これ以上ないくらい優しい笑顔を、私へまた向けて囁く。

 

 

 

 

「ひとりを、好きになってよかった」

 

「君に出会えて、良かった。ありがとう」

 

「大好きだよ」

 

「っ……………!」

 

 

 

 

 言葉の意味が胸の奥まで落ちていくのに、少し時間がかかった。

 でも、理解した瞬間、また涙が溢れてくる。

 私は、心から思う。

 私は、このひとを好きになってよかった、って。

 こんなにも。

 こんなにも誰かを好きになれるって────

 

 しあわせな、ことなんだ、って。

 

 

 

「……………っ、はい……!」

 

「私も、大好きです……っ、大好き、だいすきです……!!」

 

 

 

 泣き笑いみたいな顔で頷く。そして、またお互いに見つめ合う。春樹くんの目尻は真っ赤。多分、私も同じ。彼も、同じ様に泣いていて。

 それは私と、何も変わらない。

 私達は、こういう所まで案外似てるのかもしれない。そんなことを、ふと思う。同じような顔と、声で笑い合う。

 

 涙が光る。キラキラと、揺らめく露光は、心までもそっと照らす。

 こんなにも、泣いていて恥ずかしくないと思ったのは、人生で生まれて初めてだった。

 ステージからの音が、少しだけ違って聞こえてくる。

 ふと、あの曲のフレーズを思い出す。カルテットバインドの曲。そして、彼のカバーした曲。お父さんへの、きっと彼なりの想いの歌としてわざわざカバーした曲─────『リライト』を。

 

 でも、あの曲を聴いた私自身にとっても、それは当てはまるものだと思った。

 

 だって私は、ずっと自分の事ばかりで、自分がチヤホヤされることばかりを考えていたから。

 誰かを “踏み躙っていたかもしれない” ということにすら、そんな単純な事にすらずっと気づけなかった。

 

 それがただひたすらに許せなかった。苦しかった。辛かった。

 

 そんな自分が、どうしようもなく憎くなった。

 だけど────彼は、そんな私も含めて、好きでいてくれる。受け止めてくれる。

 

 そのことが、幸せで、嬉しかった。

 

 でも。だから私は。だからこそ、それに甘えてちゃいけない。

 私の方こそ、それを、誤った全てを書き換えなきゃいけないと思う。

 私を受け止めてくれた彼を、受け止め返せるような、そんな存在になる為に。

 そんな、誰かの居場所や夢を踏み荒らしたのならば────その分、その痛みを、背負えるようにならなきゃいけない、って。

 

 ほんの少しでも、誰かのために。

 

 その痛みを、音にして返していかなきゃいけないって、そう私は────強く思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そこからの時間は、夕方まであっという間に過ぎていった。

 

 ドリンクのレシピ、レジ操作、簡単な仕込み。この三日間の間に彼はことごとく私よりもずっと早く仕事をマスターしていた。私が最初の頃にやらかしてきた数々の失敗を、ことごとく最短ルートで回避していった。

 

(……最初から、私より出来てるの、ほんとうにすごいなぁ)

 

 悔しいような、でも誇らしいような。

 そんな気持ちをごまかすみたいに、私は最後の三日目の時も、「ここはこうするんですよ」と得意げに説明し続けた。春樹くんには、多分しょうもない見栄はバレてたかもしれない。でも、それでいいと思った。

 だって彼は、今ならきっと、そんな私のことも好きって言ってくれる気がした。それに、自身もそんな彼が大好きだから。

 

 好きでいたいって、心から思ったから。

 

 虹夏ちゃんはノリと勢いで教えて。

 リョウさんは、なぜか一番細かいところ(音響機器の音量バランスとか)ばかり教えて。

 喜多ちゃんはいつもの弾ける笑顔で接客のコツを彼女なりにレクチャーしていて。

 その真ん中で、相変わらず春樹くんはメモ帳を真っ黒にしながら、ひとつひとつ、それらを吸い込むみたいに覚えていく。

 

 そして夕方になった。

 STARRYの事務室。だいぶお客さんの数が減ったこともあって、PAさんが代わりに対応をする中、店長さんの前に私たちは整列していた。中心に、春樹くんが立つ形で。

 

「……………」

 

 春樹くんが、ごくりと喉を鳴らすのが隣に居る私にも聞こえた。

 さっきまでバリバリ動き回っていたのに、この瞬間だけは急に新入生みたいな顔になっていて、ちょっと可笑しい。少しだけ頬が勝手に緩む。

 

「お疲れ、吉沢。……じゃあ、これ給料ね」

 

 星歌さんが、封筒をひょいと差し出す。

 

「あっ、は、はい。確認失礼しま……はっ!?」

 

 封筒の中身を覗き込んだ瞬間、春樹くんの目がまん丸になった。

 

「えっ、どしたの春樹くん、いくら貰えた?」

 

 虹夏ちゃんと喜多ちゃんが興味津々でひょこっと覗き込む。

 

「いくらいくら」

 

 リョウさんも、某忍○まみたいな、目に¥マークを浮かべて近づく。

 

「……に、二万……!」

 

「っ、だ、だいぶ高いですね……」

 

 隣で明細を覗き込んだ私は、素直に目を見開く。

 自分の初給料のときの封筒より、明らかに厚い。

 

「えっ店長、なんか、高くないっすか!?」

 

 春樹くんが、半ばパニックみたいな顔で星歌さんを見る。

 

「んなこたねーよ、うちの時給は1100円をフルタイムで2日、今日に関しては4時間入ってるんだから、そんなもんだよ。あとはまあ、多少のボーナスはある、かな。私の無茶振りにも応えてくれたしな」

 

「い、いやでも、交通費とか以上にいろいろ込みで計算してくれてません……!?」

 

「あたり前だろーが。交通費は出すに決まってるでしょ。うちはそんなにブラックじゃないから」

 

 さらっと言い切ってから、店長さんは、ふっと真面目な顔に戻る。

 

「……で、肝心の研修の結果だけど」

 

「はっ、はい……!」

 

 春樹くんが、びくっと背筋を伸ばす。

 私も、つられて姿勢を正した。

 運命の瞬間。

 私達、結束バンドと、そして春樹くんの。

 虹夏ちゃんも、喜多ちゃんも、リョウさんも、なぜか一緒に緊張している。

 

「…………初日からあんなに出来る新人がいるかよって感じだったな。よく頑張ったよ、おつかれさん」

 

 その一言に、空気がふわっと緩む。どこか既視感の感じる空気。そう、これは、あの日。初オーディションで店長さんから合格と言われた、あの時と同じ空気だ。

 

 

「────合格だ」

 

 

 降参、って言うみたいに苦笑しながら、星歌さんは告げた。

 

「ッ…………!!」

 

 春樹くんが、私たちの方を振り向く。

 視線が、一気に喜びへ変わっていくのがわかった。

 

 

「っっっしゃぁっああぁああああ!!!」

 

 

 抑えてたテンションが弾けたみたいに、叫び声を上げる。

 

「やったじゃんっ! 春樹くんおめでと!」

 

 虹夏ちゃんが、満面の笑みでハイタッチを求める。

 

「やったぁ〜〜〜っ! おめでとうございます、春樹くん!」

 

 喜多ちゃんも、キラッキラの笑顔で続く。

 

「おぅ! サンキュッ!!」

 

 次々に繰り出される手のひらに、春樹くんも気持ちよさそうに応じていく。

 

「これでノルマも確定五分割、やったね」

 

 リョウさんは、相変わらず素直じゃない言い方をしながら手を出した。なんだかんだ言いつつ、ちゃんとハイタッチを返している。

 

「おめーは他にもうちょっとねーのかよ、ったく、さんきゅ」

 

「────……………」

 

 思わず、そんな風に笑い合う彼を、私はじっと見つめる。

 どうして、だろう。私のことじゃないのに。

 どうして、こんなにも嬉しいんだろう。

 その様子を見ているだけで、胸の奥がじんわり温かくなった。無意識に、頬が緩んでしまう。

 

「み、みんな本当に嬉しそう……よかった……です」

 

 自分のことみたいに、こっそり目頭が熱くなってきて、仕方ない。

 

「……あっ、おめでとう、ございます、春樹くん……!」

 

 うへへ、と。いつも以上に自覚できるくらいだらしない笑みになりながら、私はぱちぱちと拍手を送った。

 

「!」

 

「……うん。みんなの、ひとりのおかげだよ。ありがとう」

 

 春樹くんが、僅かに目を見開いて、まっすぐな笑顔でそう言ってくれる。満面の笑み。その視線がくすぐったくて、思わず顔が熱くなる。

 

「そ、そんなことないです! 春樹くんの頑張りがあったからこそですよ……!」

 

 言いながら、内心では(もっと言ってください)って札を掲げている。すみませんスミマセン、正直もっと褒めて欲しいデス。

 

「あっうへ、うへへへへ、わ、私はぁ、大したことなんて、し、してませんしぃ……」

 

「ひとりちゃんほんとにすぐ調子乗っちゃうのね」

 

「あははっ! まあ、ぼっちちゃんはいつもあんなんだし」

 

 喜多ちゃんが、例に漏れずいつもみたいに呆れ半分、楽しそう半分で笑う。虹夏ちゃんも、ケラケラ笑いながら肩をすくめる。リョウさんもニヤニヤしながら何故か得意げな顔をして腕組みをしている。

 

「おぉぉい、隙あらばイチャついてんじゃねぇよったく……」

 

 店長さんが困ったように顔を引き攣らせていて、ツッコミが飛んできた。すっかりそれに気付いていなかった私は反射的に飛び跳ねた。

 

「ひゃわっ!? す、すすすすすみませんっ!」

 

 慌てて頭を下げる。顔が熱い。

 たぶん今、相当赤い。

 

「可愛いんだよなぁ……はぁ……」

 

「お姉ちゃんやばい本音出てる」

 

 えっ、な、なにか視線が湿り気ある。こわいです店長さん。

 虹夏ちゃんのジト目が刺さる中、店長さんは咳払いをひとつして表情を戻す。

 

「……それはそれとしてだ。覚悟は決まったな? 吉沢」

 

 さっきより少し、真剣な声。空気が、少しだけ真面目になる。

 

「これからウチのハコ……もっと言えば、結束バンドのマネージャーとして、希望通り……ビシバシ働いて貰うからな?」

 

「────はい、覚悟の上です!」

 

 それはもう、一切迷いのない声だった。

 その言い方が、なんだか頼もしくて嬉しい。そんな彼の姿が、どうしようもなくかっこいい、だなんて考えてしまう。つくづく恥ずかしくなる。

 春樹くんが、ふっと私の方を見る。

 目が合った瞬間、胸がドキッとする。顔と全身がいつもみたく情けなく崩れそうになるのを必死に堪える。そんな中、彼は、私達全員へ。

 

「………これから、頑張ります。色々、教えてください。よろしくお願いします!」

 

 そして、店長さん────星歌さんへ、虹夏ちゃん達と私へ向けて、深々と頭を下げた。

 

「期待してるよ」

 

「えへへっ、一緒に、頑張ろうね!! 春樹くんっ!!」

 

 星歌さんが、いつものからかい混じりじゃない、優しい笑みを浮かべて。

 虹夏ちゃんの満面の笑顔と、華やぐ声も場の空気に咲く。

 

「────はい!」

 

 顔を上げて、みんなと視線を交わす春樹くんの横顔は、いつもより少しだけ大人びて見えた。でも、同じくらい────どこか、幸せそうに見えた。

 私も、自然とまた頬が緩む。

 良かった。ほんとうに、よかった。

 そうして、ひとつの覚悟を自分に示す。

 

(……私も、頑張らなきゃ)

 

 春樹くんと、結束バンドのみんなと。

 そして、“ギターヒーロー”としての私自身とも。

 もう、逃げない。私なんかを信じてくれた、みんなと。

 

 そして、春樹くんのために。

 

 私自身の痛みから、背負うべきものから、もう私は逃げたりなんかしない。

 自分にできることを、ひとつずつ、一歩ずつ、頑張ろう。

 

 いつか。

 いつの日か、彼の抱えてるその痛みも、一緒に背負えるようになりたいから。

 

(みんなのために、精一杯……!)

 

 そう思った瞬間、俯いていた視線を静かに上げる。

 そうして私は、自然と春樹くんの隣へ一歩、歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼっち・ざ・ろっく!

フラッシュバッカー

 

 

 

 

 

 

#04『リライト』

《了》

 

 

 

 

 

 












The Next.


「えっっっっっっ!? ひとりちゃんが……」


「で、で、でで、デートですかぁあああああぁあああああ!?」


「お、お前ら……っっ、人の色恋沙汰になんつー乱入の仕方してんだオイ!!」


「いやぁだって三人寄れば文殊の知恵って言うじゃん?? それにぃ、春樹くんがウチのギターを変なデートに連れていく可能性も減るしねぇ?」


「はぁあああああぁあああああ!? お、お前ら俺の事なんだと思ってんだ!?」


「え? 春樹くん、何を妄想したの?? えっちぃ〜〜〜〜〜♡」


「や、やっぱり春樹くんも男の子なんですね………ひとりちゃんのこと、そういう目で……きゃ〜〜♡」


「だれが見るかぁああああああああああぁああぁ!!」



「ずっと、思ってたの。あたし、ぼっちちゃんに無理させてないかな、って」



「もぅ、やめ、やめてください……春樹くん……だめだから、……そんなに、褒めないで………嬉しく、なっちゃうから………」




「人は、ゆるい幸せだけじゃ生きていけない。そんなに、世界は優しくない」


「残酷な現実がなければ、人は、生きていけないんだよ」




「家に、居たくなかったんだ。昔」

「そういう時……ここで、この里山の上、あのベンチに座って」








「こうして、夕陽を幾度も見たんだ」










次回

#05『ソラニン』



郁代「見てくださいねっ!」

虹夏「お楽しみに〜っ!」

リョウ「……のしみに〜」

虹夏「もうちょい声出せ山田ァ!」





















〜あとがき〜

 ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
 これにて、吉沢春樹くんの過去を主軸としたひとりと春樹の「リライト」篇は完結となります。長っ!!! これ脚本版のときは5.5万字だったって話します? なんでまた#03『星座になれたら』並に長くなってんのこれ。このエピソードだけで累計17万文字……? 意味が分からない、理解できない……。どうやら地の文に書き起こすととんでもなく長くなる癖があるようです(白目)。

 とはいえ、ここまで書き記すことができたのも、ひとえに読者の皆様の応援のおかげです。本当にいつもありがとうございます定期!!

 今回の章は言わずもがな、鋼の錬金術師(2003)のオープニング4の曲でもあり、ASIAN KUNG-FU GENERATIONを一躍有名にした楽曲『リライト』が元ネタです。

 サブタイトルで気づいてくれた方いたかな?
 出来ることなら、結束バンドがカバーする『リライト』を聴いてみたい。聴けるものなら我が一生に悔いなし。
 
 今回の章、ありえないくらい力が入ってしまって、とんでもないことになりましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか。

 宜しければ是非とも、ご感想(長くてもいいよ!むしろ歓迎!)やご意見、お待ちしております。お気軽にお聞かせくださいませ。

 お知らせとして、次回#05は次回予告でお察し頂けた方もいるかもですが、ぼっちと春樹のデート回となります。砂糖食らうが良い。
 ただ、脚本版の総チェックと地の文起こしに思った以上に手間取りそうなのでまた少し、1〜2週間ほど次の連載まで間が空く可能性があります。

 大変申し訳ありませんが、高品質な作品作りのため、恐れ入りますがご了承くださいませ。

 それではここまでこんなクソ長あとがきを閲覧頂き、ありがとうございました。
 いつもありがとうございます。そらやまれいくでした。

 それでは!

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