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─────で。現在。
「と、言うわけで……ぼっちちゃんの人生初のデート、これまたとてつもなくあたし達には重要案件なわけで」
「……正直、これは緊急ミーティングした方がいい内容だと思ったからさ。こうして練習前に集まってもらったって訳だね」
あたしは人差し指をくるくる回しながら、汗を垂らして締めくくる。
「ァッ………ァッ………アノ、ご迷惑お掛けして、すすす、すみません………」
ガラガラのホールに、冷蔵庫のモーター音と、喜多ちゃんの大声と、椅子からずり落ちかけてるぼっちちゃんの「オェ……」だけが反響していく。お客さんがいないこんな時でも、STARRYはいつも通りロックしてるなぁ、などと気が遠くなるのを感じる。
ぼっちちゃんはもう、顔面真っ赤のまま俯いてプルプル。
こっちはこっちで、別の意味で限界ギリギリだ。まあ通常運転と言われればそれはそうなんだけども。あぁ。お労しや。
「この貸しは今度ご飯奢ってもらえればいいよ」
リョウが無表情のまま口元だけニヤッとして、グッドラックサインをひょいと出す。
「隙あらばたかるな山田ァ!!」
あたしは反射的にその頭をベシッと叩いた。
「グフッッッッ………」
白目をむきながら、リョウは机へ顔面がずるずる崩れ落ちていく。
「あはは………」
喜多ちゃんは困ったように笑いながら、その横でそっとぼっちちゃんの両手を握った。
「大丈夫よ、ひとりちゃん。私たちがしっかりサポートするから!」
にこっと笑うその顔が、ちょっと眩しくて、横からそれをながめるあたしも思わず見蕩れちゃう。そうして、あたしも本心から同意するように頷く。
「そーだよ!! ぼっちちゃんの事はあたし達にとっても一大事な事だからね、気にしなくていーよ」
そうして、あたしは今度はリョウを羽交い締めにして、ギュギュッと首を絞める。
「NO WAY HELP ME」
「There is no way to save you♡」
泡吹きながら、リョウがカスカスの英語を絞り出す。それに対して意訳:おめーに救いはねぇゾ♡ と伝え、キュッ、と絞め落とす。カクッ、と力尽きていく。
「ア、アァ……ハイィ……」
ぼっちちゃんは完全に処理落ちしながらも、なんとか返事だけはしてくれる。その姿がまた、守ってあげたくなる感じで、胸がきゅっとなった。とりあえずそれを食い物にしようとしてるこのドクズベーシストは一回締めておかないと。
「ほっほんとに……すみません、私のせいで……」
「私の問題なのに、皆さんを巻き込んでしまって、もっ申し訳ありません……」
ぺこぺこ頭を下げるぼっちちゃんを見ていると、こっちの方こそ申し訳なくなってくる。そんなに気にしなくていいのに。苦笑しつつ、あたしは質問を返す。
「気にしなくてだいじょーぶだって! それより、春樹くんとはその辺の話はしてるの?」
あたしはリョウを解放して、話題を少しずらす。
ドシャァァァアアア……と、派手な音を立ててリョウが床に沈んでいく。
……生きてるよね? たぶん。まあ、リョウだし大丈夫か……などと横目で見つめつつぼっちちゃんへ視線を戻す。喜多ちゃんはツッコミが追いつかず、ドン引きした様子で椅子から降りて、リョウの目の前で両手を合わせて屈む。
「リョウ先輩……名無……」
喜多ちゃん、拝んでる……。やっぱこの子たまに鬼畜だよね。あっ。あたしもか。
「……春樹らしいね。確かに、ぼっちの場合、一般的な概念の『デート』とか無理そうだし」
すると、案の定むくりと起き上がっては、首をコキコキ鳴らしながら、リョウが何事もなかったように立ち上がる。生きとったか。蘇生早いな。もう少し締めとくべきだったかな。
「……虹夏、もう少し手加減して」
「リョウが悪いから無理」
「まさかの即答…………」
当たり前体操。そうして笑顔で即答したあと、あたしはぼっちちゃんの方へ向き、会話を戻す。
「………まあでもそーなんだよね。ぼっちちゃんって、人の多いとこでのお出かけとか、まず無理だよね?」
「……」
そこで何故かあたしとぼっちちゃんは目が合う。
数秒間見つめ合う。
「あっ………………」
ぼっちちゃんの脳内に、「一般的なデートスポット」の絵が浮かんでいるのか。死んだ魚のお目目みたいな瞳が、震えながら防音材の在る天井へ上向きに動く。
動物園、水族館、観覧車、ドライブ……そういうキラキラした景色ってところか。で、それを妄想したのであろう次の瞬間。
「…………………」
ぼっちちゃんの顔が、だんだん崩れていく。あっ……(察し)。
頬がひくひくして、目が泳いで、ああ、これは────
「オェ………………」
青春コンプレックス発症タイム、入りました。
そして。
バタッ。
「あっ、倒れた」
リョウが淡々と実況する。
「やっぱりぼっちちゃんにはちょっと繊細過ぎたか………」
知ってた……。
あたしはなんとも言えない気持ちで床に転がるピンク色の生命体を見下ろす。
身体の輪郭が崩れて、どろりと人在らざる何かになっている。相変わらず思うんだけど、ぼっちちゃんの身体ってほんとにエイリアンか何かで出来てるよね、これ絶対。
「きゃあぁあーーーー!! ひとりちゃんんんんんんんん!!」
喜多ちゃんが半泣きになりながら、ぼっちちゃんらしき物体の肩を揺さぶる。
「アッ……アッ………私ガ下北沢ノツチノコその二デス……」
半眼のまま、ぼっちちゃんらしき何かが意味不明なことをつぶやく。その声はカスッカスでさっきのリョウ以上にこれまた酷い掠れ声だった。
下北沢限定ツチノコ、その二号。天然記念物かな。
文化庁あたり呼んできて保護してもらった方がいいのかなこれ。そう思ったところで、いや、こんな絶滅危惧種みたいなギタリストいないでしょ、と内心セルフツッコミを終わらせた。
椅子から降りたリョウが無言で、そのツチノコを木の棒でつつき始める。
ツン、ツン。
「ァッ……ア、ッ………ァッ」
びくん、と何度か呻いて痙攣してから、また力が抜ける。スン、と力尽きた。
「………………ぼっちちゃんまた死んじゃった……」
あたしは思わず、遥か彼方を見つめる程の遠い目になった。
何度目だろう、この「ぼっちちゃん死亡確認」シーン。えーと、時刻確認、と。
「また新しいギタリスト探さなきゃですかね……って違う、もぉ! ひとりちゃん起きてぇえ!!」
喜多ちゃんが半泣きで叫びながら、ぼっちちゃんを揺さぶり続ける。
「アッ……」
虚空を見つめていた目に、少しずつ光が戻り始める。だけど、相変わらず起きる気配は無い。こりゃダメそう。しばらく起きないかも。
その時、リョウはピンクのツチノコをつつく手を止めて、膝を抱えた姿勢でじっと彼女を見つめる。
「……でも真面目な話、春樹とぼっちがデートするなら……どんなデートが理想なんだろうね」
その一言で、空気がすっと落ち着く。
「………うーん」
あたしと喜多ちゃんも同じように静かに椅子から降りては揃って膝を抱え、床に倒れ伏せたぼっちちゃんを見つめた。
「………ぼっちちゃんにも、春樹くんにとっても、楽しめるデートでは、あってほしいよね。だって……初めてのデートなわけじゃん? この二人って」
自然と、あたしも真面目な声になっていた。
そう。そういえば何気にまだ春樹くんからもぼっちちゃんからも、正式に『デートをした』という旨の報告は聞いてない。いやまぁ二人のプライベートだし、普通なら聞くのは野暮って事くらいはあたしとて分かってはいるつもり。
でも、一応あたし達のマネージャーに加わってもらう時に春樹くんには「ぼっちちゃんとのことはほうこくしてね☆」とお願いしてるし。
だからこそ。
ほんとにちゃんとしたデートが初めてだっていうなら、とあたしは両腕の中に顔半分を埋めて思う。
「そうですね、…………私だったら、映えスポットがあるところや、見ててこう……胸がきゅーーーん、ってくる場所なら嬉しいんですけどね!」
そうして喜多ちゃんが両手を胸の前でぎゅっと握りながら、キラキラした夢を語る。
なんていうかこう、ふわっふわだね。まあ気持ちは分かるけどね。苦笑しつつあたしはそれを聞きながら思う。
「ひ、ひとりちゃんの場合は……」
喜多ちゃんはそのキターン、な顔から一転するように汗を垂らしつつ、視線を下へ向く。横には、人前に出るだけでツチノコになるギタリストが転がっている。あたし達は目眩をする様な目に揃ってなりつつ、お互いに困惑した形で顔を向け合う。
「………喜多ちゃんの行きたそうな所って、一般的な女子高生なら一通り喜ぶような場所だもんね」
汗を一筋垂らしつつ、あたしは呟く。
「……あと、イソスタ映えが狙えるところでしょうか!」
すると、喜多ちゃんは補足をするように人差し指を立てつつ真顔で言ってきた。
「いやっぼっちちゃんがそんなとこに行こうものならたちまち胞子化するか、身体崩壊するかのどっちかだよ!!」
想像しただけでゾッとして、思わず叫んでしまう。江ノ島に行った時ですら、モノホンのパリピさん達に遭遇して爆散してたし。そんな子がそんな所へ行こうものなら人の形が何回失われるか分かったもんじゃない。
一方のリョウはどっから持ってきたのかよく分からん木の棒で痙攣し続けるツチノコをつつきながら、ぽつりと言う。
「………春樹とぼっち、二人のデートだしね。春樹がぼっちに配慮しないわけないだろうけど、それはそれとして二人が楽しめるデートってなったら、正直難しいと思う」
あたし達は全員揃って地面に倒れている生命体をしゃがんで囲んだまま、ふと静かになる。
「…………」
その言葉に、あたしと喜多ちゃんはもう一度、屈んだままの姿勢で顔を見合わせる。
「……ひとりちゃんはそもそも、人前でそういう所へ行ったりするのも……そこで見かけるような人たちを見るだけでもこの通りになっちゃいますもんね」
喜多ちゃんはツチノコを見つめながら、心配そうに眉を八の字にしてそう呟く。
「……」
ふと、思う。
それは、昨夜、パチリと目が覚めてしまってからしばらく考え込んだ内容のこと。
今までの、この半年間を振り返ってぼっちちゃんに思ってきたこと。そして春樹くんと出会って明らかに急激に変化し始めている最近のこの子を見て思うこと。
「………あたしさ、思うんだけどね?」
だからこそ、自然と口から言葉が出る。
「?? どうしたんですか、伊知地先輩」
喜多ちゃんが首をかしげる。
隣に屈むリョウも、ツチノコからあたしへ視線を移す。
「文化祭の……ううん、もっと前からかな。思ってたんだよ、出会ったばかりの頃から」
あたしは静かに立ち上がる。パイプ椅子にもう一度座り、両手で座枠を掴む。
ギシッとそのまま背もたれに体重を預けて、天井を仰ぐ。今までの事を想起するように。それに倣うように、喜多ちゃんやリョウも揃って椅子へ腰掛ける。
そしてそれを合図にぽつり、と続ける。
「半年前のあの時さ」
「喜多ちゃんがバックれちゃって、ホントに余裕無い中で半ば半強制的にぼっちちゃんを連れてきたよね」
「ホントにあの時はすみませんでしたあ!!」
と、次の瞬間、喜多ちゃんが机に突っ伏しながら、勢いよく謝る。あっ、ちょ。違うよ喜多ちゃん。責めたいんじゃないよ全然。慌ててあたしは両手をブンブンして焦る。
「いや違う違う! 責めてるわけじゃなくてね………!」
少し困りつつも、勝手に口元が小さく緩むのをあたしは感じる。そのまま視線を伏せ、五月のあの日の事を思い出すように目蓋を閉じた。
「……ずっと、思ってたの。あたし、ぼっちちゃんに無理させてないかな、って」
言いながら、自分の胸の奥がぎゅっと痛むのを感じた。「え……」と喜多ちゃんは驚いたように少し切なげな表情を浮かべて、それが薄開きのあたしの視界に映り込む。
リョウは相変わらずの無表情のまま、だけどちゃんと視線はこっちに向けたまま話を聞いている。
「これね、実は二人には話してなかったけど、あたしぼっちちゃんとオーディションライブの直前に話したことがあったの」
「その時に聞いたんだ」
「ぼっちちゃんはどうして、何のためにあたしらと一緒にバンドしてくれてるの、って」
「そんなこと、あったんですか?」
「確かに、それは初耳」
喜多ちゃんとリョウは揃って呟く。あたしは頷き返しつつ、続ける。
「だってさ、ぼっちちゃんって基本的に人と関わりたくなかったはずなんだよ。だからあたし、ぶっちゃけて聞いたの」
「ぼっちちゃんがバンドに入ってくれたのって、その場の成り行きだったでしょ? ってさ。春樹くんが凄すぎるだけで、最初なんてあたしと目も合わなかったんだからさ」
それでも、あの日からずっと、あの子はここに来てくれている。
「……そ、そうですね。私の時も、殆ど目は合いませんでしたし」
「私は合ってた」
「……」
空気を読まないヤツめ……。謎にドヤ顔をかますリョウへジト目を向け、喜多ちゃんは少しバツが悪そうに苦笑する。
「……そう。それでね、その時も、謝ったの。もしあたしに付き合わせちゃってたら、ごめんね、って」
「ぼっちちゃんが、ここまでついてきてくれたのって……きっと、本人にとって相当無理をさせてたんじゃないかって、思って……さ?」
言いながら、あたしは自然と肩を落とす。
それはきっと、あたしにとっての本音。
あたしはそれを紡ぐように、喜多ちゃんとリョウへ口を開いた。