ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #47 「或るツチノコは挑戦を必要としている」

 

 

 そう。あたしは本当は、ずっと思ってる。

 だって、誘う時だって殆ど半強制だったようなものだし、今思えば。最初の喜多ちゃんバックレ事件の時だって、ぼっちちゃんが黙ってるのを肯定と勘違いして引っ張ってきちゃったし。

 ぼっちちゃんが良い子だったから何も文句言わずに着いてきてくれただけだろうし。

 

「…………」

 

 リョウは黙ったまま、床に転がっているぼっちちゃんへ横目で視線を向ける。あたしも彼女へ目線を下ろしつつ、続ける。

 

「………ぼっちちゃんはさ、優しいし、断れない子なんだよね。半年、付き合ってみて思う事なんだけどさ」

 

「嫌って絶対言わないんだよ。なんならあたし達の夢を叶える為に、結束バンドを最高のバンドにしたい、なんて言ってくれてたの」

 

「………そう、だったんですか」

 

「……」

 

 喜多ちゃんは瞳を僅かに震わせるように真摯にあたしの言葉を聞き、リョウは肘を着いた左手を顎へ添えながら思うところがあるように話を聴いている。

 今でも、鮮明に覚えている。

 あの言葉を聞いたとき、本当にあたし、嬉しかった。

 ぼっちちゃんは、あたしにとってそういう意味でも “ヒーロー” だって、本気で今でも思う。

 でも同時に。─────その分だけ、あたしが、あたしのこの想いが、ぼっちちゃんには重くなってるんじゃないかって、不安にもなる。考えないように、見ないようにしてるだけで。

 

 人は他人とは違う。

 

 それは、考えてみれば当たり前のこと。

 だけど、一緒に居る時間が長ければ長いほど、ともすれば相手も『きっと同じことを思ってる』だなんて勘違いしてしまいがちだとあたしは思う。相手との通じ合えるその幸せな『瞬間』は、当たり前のものとして享受してしまうのが人間なんだろうなって。

 そんなのは、ただの偶然でしかなくて。

 奇跡でしかなくて。────────いつだって、大切な人は、呆気なく消えてしまう。その命も、繋がりも。

 

 あたしは胸元の赤いリボンへ手を添えながら、つよく強くそう思う。

 

『今は、可愛い娘二人に囲まれて毎日幸せだけどね!』

 

 そう言ってあたしへ微笑む、陽だまりのような残響。今でも消えない、やさしい声色。あたしの頬を撫でて笑いかけてくれた、大好きな人の笑顔。

 そう。そうだ、とあたしは気付く。

 

 あたし、怖いんだ。

 

 ぼっちちゃんが、あたしに、あたし達に見切りをつけて離れてっちゃったら、って。春樹くんと一緒にどこかに行っちゃったら、どうしようって。

 

 身勝手だと、そんなことを思う。だけど、怖い。

 

 そう。あたしは、本当のところ─────ぼっちちゃんにとって、大切な友達程度には思われていて欲しい、だなんて願ってしまっているんだと思う。

 だって、一緒にバンドをする時間は楽しいから。それに何よりも、お母さんへ約束したこと。お姉ちゃんへ伝えた約束のこと。それらに、一歩ずつ近付けてるって、本気でそう思ってるからだ。

 あたしはほんの僅かな間にそんなことを思いながら、呟く。

 

「だからこそ……心配になっちゃうの。あたし達の夢のせいで、ぼっちちゃん自身の人生を犠牲にしていないかって……」

 

 ずっと、喉につかえていた棘みたいな気持ちを、ようやく言葉にできたような、そんな気になる。

 

「……それに……」

 

 そうしてあたしは、静かにもう一度視線をツチノコに落とす。

 ちゃんとしたデートが初めてだっていうなら、と思う。

 あたしはただひたすらに、どうかこの子には笑っていて欲しいって、思わずにいられない。だからこそ、不安になってしまう。

 寝る時に、ずっとこれを考えていたんだ。

 

「……そもそもの話、ぼっちちゃんにとっては、本当はこんなデートのことで話し合おうなんてこと、ありがた迷惑の、余計なお世話だったら……どうしようって」

 

 ありがた迷惑。余計なお世話。お節介。

 あたしが思って起こす行動が全部、実際の所もしそれでしかなかったら。

 そう考えると、いてもたってもいられなくなる。

 

 あたしは、春樹くんとぼっちちゃんにちゃんと笑っていて欲しい。

 

 正直見ててお腹いっぱいになる時もあるけど─────ずっと独りで、どこか寂しそうな顔をしてる時があったあの子が笑ってくれるだけで。ただそれだけで、あたしは嬉しくなってしまうから。

 

 やっとぼっちちゃんにちゃんと訪れた『本当の青春』を、楽しんでいて欲しいって、願ってしまうから。

 

 それ故に、怖くなる。

 

 ぼっちちゃんのことを想ってやってるつもりのことが、実はただの自己満足だったら。あたしの、あたし達の「楽しい」が、ぼっちちゃんを追い詰めてたら。そんな、勘違いをしていたら、って。

 

「……あたし、たぶん、ずっとぼっちちゃんの意思に何だかんだ沿わないことばかりさせてきたと、思うからさ」

 

「……………」

 

 言い終えた瞬間、胸の中の何かが、ずしんと沈む。

 一瞬、あたし達三人の空気が重くなる。冷蔵庫から聞こえてくる電気音、あたしの声が小さく反響する空気の感覚。

 この店は、夢みたいな音でいっぱいにする場所のはず。

 だけど、今あたしの胸の中で鳴ってるのは「本当にこれで良かったの?」っていう、小さいタムの残響ばかりが轟いて止まらない。

 もしも、もし、あたしのやってる事が間違ってたら、どうしよう、って。

 

「……確かに、もしかしたらそうなのかもしれない。本当は、虹夏の言う通り……ぼっちに無理をさせてたのかもね」

 

 それを聞いて、リョウが静かに言う。

 肯定されたいような、否定してほしいような。それを聞いて、あたしはそのどちらでもないような気持ちになる。喜多ちゃんは、目を伏せて黙り込む。

 

「でも、それは本人しか分からないことだよね」

 

 リョウが、淡々と続ける。

 

「それは、うん……そうなんだけど、さ」

 

 分かっては、いる。自分でも喋っててつい口篭ってしまう。

 でも怖いから、聞けなかった。聞けるはずもない。

 それでぼっちちゃんから今も怖いです、ほんとは無理してます、なんて言われたらあたしなんて言ってぼっちちゃんと話せばいいんだろう、って思うからだ。

 それが、たまらなく怖い。

 そう思った、その時だった。

 

「…………私、先輩方にはまだ、話していなかったんですけど」

 

 ふと、喜多ちゃんが静かに顔を上げる。

 その表情は、いつものキラキラした笑顔とは違って、どこか影を落としていた。それは、三週間前の別人の様な暗い表情。

 

「ん? ど、どうしたの、喜多ちゃん」

 

「……文化祭前、覚えてますか? ひとりちゃんが文化祭の出し物で……ライブを申請しようとしてて……」

 

「でもその用紙、ゴミ箱に捨てちゃってたもの、間違って捨てたと思い込んで申請に出しちゃったって話、私しましたよね」

 

「そういえばそれでぼっちが死にかけてたね」

 

「『私人殺しになっちゃいます……』ってあの時は喜多ちゃん、半泣きだったよね」

 

 リョウがぽつりと言う。文化祭の申請用紙のこと。あたしも思わず、苦笑いする。あの話はその場で聞いていたけど、どうしたんだろう。にしても、なんで今のタイミングでその話?

 

「…………それ、嘘なんです」

 

「えっ?」

 

「えっ」

 

 あたしとリョウの声が、同時に重なる。

 

「……本当は、私、分かってたんです。きっとひとりちゃんがそれを……間違って、捨てた訳じゃないんだろうな、って」

 

 喜多ちゃんは唇を噛んで、視線を落とす。言葉を選ぶように、ひとつずつ。

 

「でも、私…………」

 

 そうして、顔を上げて切実な表情を浮かべる。

 

「どうしても、ひとりちゃんに………ライブに、出て欲しかったんです」

 

「…………」

 

 あたしは、思わずリョウと顔を見合わせる。

 彼女は無表情なままだけど、別段それを責めたりなんてまったくする気も無さそうな。「そうなんだ」程度の薄いリアクション。あたしもあたしで、少しだけ虚をつかれたぐらいな感覚だった。

 

「……そっか。それで嘘をついちゃったんだ、喜多ちゃん」

 

「はい……あのっ、嘘、着いてしまってて、本当にごめんなさい」

 

「別に謝る必要無いよ、郁代。もう過去の話だし」

 

「そーだよ喜多ちゃん、あたしら別に出てくれたのは嬉しかったし! まあ良くも悪くも結果オーライだったじゃん? だからあたし達は全然大丈夫だよ」

 

「それより、ぼっちちゃんには話したの? そのこと」

 

 あたしはリョウと一緒に揃ってそれを水に流す。

 まぁ、ぼっちちゃんからしたら気の毒に、って感じだけどね。でも、本人も反省してるみたいだし。何よりリョウの言う通り、それを今言っても仕方ない。

 でもあたしは実際のところ、責める気持ちよりも先に「あ、やっぱりな」って感覚の方が強かった。この子なら、そうするだろうなって。正直なところ。

 だって、喜多ちゃんも────たぶん、あたしと似てるとこあるから。

 この前の、喜多ちゃんがぼっちちゃんに告白した時の、あの大き過ぎる感情の流れを知っていたから、何ならまあそうだよね、ってむしろ納得しかなかった。

 そうして喜多ちゃんは続ける。

 

「………はい。話しました。言い訳っぽくなってしまうんですけど……ひとりちゃんに、その事、本当に謝りたくて。あの日、文化祭の打ち合わせをする為にファミレスに行きましたよね」

 

「SICK HACKのライブを見終えて、皆さんで。……そのあとに、帰り道で話したんです、ひとりちゃんと」

 

 喜多ちゃんは、一つひとつ思い出すみたいに、ゆっくりと言葉を紡いでいく。リョウは小さく頷きつつも質問を返す。

 

「大方返事の予想は着くけどね。その後、結果的にライブ出てるわけだし」

 

「……はい。そう、ですね」

 

「あの後、ぼっちはなんて言ってたの?」

 

「……ひとりちゃん、言ってくれたんです」

 

 ほんの少しだけの間を置いて、喜多ちゃんはリョウの顔を見つめ返して小さく訴える。

 

「『ありがとうございます。最初はどうしようって思ったけど、感謝してます』……って。微笑んで許してくれて……」

 

「………」

 

 あたしはそれを聞いて、思わず目元と口元が勝手に緩む。自然と笑みが出てきた。

 何でだろうな。あの子なら、そういうと思った。

 そっか。やっぱり、ぼっちちゃんは優しい子で。

 

 あの子はほんとに、人を否定しない子なんだな、って。

 

 いつだって、誰かを責めたりなんかしない。いつだって、人に悪意なんか向けない子なんだな、って。そのままあたしは納得を重ねながら、そっと頷いて反応する。

 

「……そっか、そんなことあったんだ。………ぼっちちゃんなら、確かに、そう言うだろうね」

 

 あたしはふっと表情を緩めたまま、またツチノコぼっちを見つめる。

 

「……やっぱり優しすぎて、心配だよね。ぼっちは」

 

 リョウも、揃って一緒にこの子を見つめながら、口元だけで笑う。

 

「………うん」

 

 あたしの胸の中の不安は、まだ完全には晴れないまま、重く沈んでいた。そんな空気を感じ取ったのか、リョウが顔を上げる。あたしはリョウへ目線を向ける。

 

「……私も、今の郁代の話を聞いて思うんだけどさ」

 

「……?」

 

「確かに、私達……相当ぼっちには負担をかけてたとは思うよ、正直。でもさ」

 

「……ぼっちがもし仮に本当に嫌なら、何で今もバイトや練習に来てくれるんだろうね」

 

「……それは……」

 

 言葉が詰まる。

 

「ほ、ほら、ぼっちちゃん、断れない子じゃん? だから……無理してるとかなんじゃないかなーって」

 

 それは自分でも、言い訳っぽいって分かっていた。

 でも、そう思わないと怖かった。

 

「……本当にそうかな」

 

「え?」

 

「……!」

 

 静かに呟くリョウ。表情は相変わらず殆ど動かないけど、言葉を続ける。

 あたしとリョウの話を聞いていた喜多ちゃんも、隣ではっとして顔を上げた。

 

「ならさ」

 

「虹夏に対して……私たちのバンドを最高のバンドにしたい、なんて、ぼっちが何の考えもなしに言うと思う?」

 

「!」

 

「ましてや、それは二人きりの時にそうやってぼっちが言ってたんでしょ。嘘をつく必要性がないし、ぼっちはそういう時にしょうもない嘘はつかない」

 

「そ、それは……そう、だけど」

 

「……今の郁代の話の時、ぼっちは郁代を責めるどころか、それに結果的には感謝までしてる」

 

 リョウの声は、いつだってそう。事実を確実に伝えてくる。

 淡々としてるのに、不思議とまっすぐ刺さってくる。そこには、ほんのりと優しさが乗っかっている。

 

「多分、ぼっちは虹夏からのその気持ちを、余計なお世話だなんて言わない。少なくとも半年間一緒にバンドを組んでてぼっちはそんなこと言う性格だとは思えないんだよ」

 

「………リョウ」

 

 思わず目を強く見開く。

 そうして、確信する。あたしはそんなリョウの言葉が大好きなんだろうな、って、なんとなく。

 

「………虹夏も、薄々わかってるんでしょ」

 

 そう言われて、何も返せなくなる。それ、は。

 

「…………」

 

 あたしだって、本当は気付いていた。

 ぼっちちゃんが、ただ流されてここにいるわけじゃないってことくらい。

 

「……ぼっちは多分、虹夏のその言葉も、夢も絶対否定なんかしない。それは郁代のこの間の話の時だって、たぶん春樹に対してだってそうだよ」

 

「きっと、ぼっちにとって結束バンドの存在は……せめて『居場所』のひとつにくらいはなれてる。きっと。だから自分にとってキツいことがあっても、何だかんだ頑張れてるんじゃないかな」

 

「……………」

 

 それを言われて、思わず目尻がほんの少しだけ熱くなってしまう。

 胸の奥で、同時に何かがじんわりあったかくなる感覚が毛布の様に伝わる。

 それでもまだ自分を責めたい気持ちとが、ぐちゃぐちゃに混ざっていく。

 

「春樹との話が出る時だったかな。前に二人でぼっちと話した時が私にもあった。………その時に、私はそう感じる要素を、幾つも感じてる。説得力はあるんじゃない、それなりに」

 

 その言葉を聞いてあたしにとっても大事なあの夜のことが、頭に浮かぶ。

 台風ライブの日。

 あの日、本当なら怖かったはずなのに。

 あたし達のために、あの子がどれだけ頑張ってくれたか。どれだけ勇気を振り絞ってくれたのか。

 その全部をちゃんと見てきたのは、あたし達じゃないか。

 

「じゃないと、ぼっちがここまで割とキツイ思いをしてまで、私達に着いてきてる理由も説明はつかない」

 

「………………」

 

 自信を持って「そうだ」って言い切れない自分が、少し悔しい。

 

「……これも、あくまでも私一個人の意見だけどさ。ぼっちに必要なのは、配慮も勿論有るとは思う」

 

 そこで一度区切って、リョウはツチノコから目を離し、あたし達を順番に見た。

 

「でも──────多分、それだけじゃダメなんじゃないかな」

 

「………! じゃあ、一体何が……」

 

「……もしかして……」

 

 喜多ちゃんが小さくつぶやく。

 あたしにはまだ、その先が見えていなかった。

 

「……郁代は気付いたみたいだね」

 

 リョウが小さく笑う。目元も、心做しか温い。

 

「多分だけど、ぼっちには『挑戦』が必要なんじゃないかなって、………思う」

 

 挑戦? それってどういう意味なんだろう。

 ほんの僅かに、あたしは首を傾げる。

 

「……え?」

 

「……私も、それは感じてました。ひとりちゃんは……多分、変わりたがってるんじゃないかな、って」

 

 喜多ちゃんが、はっきりと頷く。彼女の中には、明確に答えといえる何かがあるんだろうなって、容易に想像が着いた。赤い横髪を耳裏に掛けつつ、彼女は真剣な表情で続ける。

 

「私、分かるんです。見てて……ひとりちゃんは自分を変えられる場所を求めているような……そんな気がするんです。私も、そうなので」

 

「………喜多ちゃん」

 

「……虹夏、考えてもみて。ぼっちが変わったと思った瞬間って、幾つか共通点がない?」

 

「………………」

 

 そうリョウに真剣な顔で言われて、あたしは目を伏せて記憶を辿る。考えてみれば、心当たりはいくつもあった。

 文化祭。

 江ノ島。

 台風のライブ。

 オーディション。

 初バイト。

 インストライブ。

 

 ─────どの瞬間も、ぼっちちゃんは確かに、何かに「挑戦」してた。

 

 文化祭ライブで、あの子は震えながらもステージに立った。

 江ノ島で、夕日を見ながら一緒に歩いてくれた。

 台風の日に、人の限りなく少ないライブハウスでギターヒーローとしての真価をほんの一瞬でも見せてくれて、道を照らしてくれた。

 オーディション会場で、緊張しながらも成長の有り様を一緒に示してくれた。

 そうだ。あの子は、いつだって誰かのために、そうやって音を鳴らしてくれていた。

 

「…………ほんとだ」

 

「いつも、ぼっちちゃんが変わったと思った瞬間って……動機はバラバラであれ、……いつも、いつだって挑戦してくれてた。頑張って、くれてた」

 

「ね。いつも、何だかんだやってみたら、ぼっちは頑張れてた。勿論、全部が上手くいった訳では無いかもしれない。……それでも、そのひとつひとつが、今のぼっちを創ってる」

 

 リョウの視線の先で、

 ツチノコ状態のぼっちちゃんが、かすかに胸を上下させている。

 

 

「…………多分、ぼっちには結果的に言えば、配慮だけじゃなくて、いつも『挑戦』が必要だったんだよ。────そうじゃないと、見えない『世界』があるはずだから」

 

 

「…………」

 

 あたしも、ぼっちちゃんを見て苦笑する。

 あぁ。あたしって、本当に、と思う。

 

「……あたし、ホントに馬鹿だ。ぼっちちゃんのこと、ずっと分かったつもりでいたんだね」

 

 思わず笑ってしまう。

 笑ってしまうくらい、自分のことを情けないって感じていた。

 

「……そう、だよね。きっとぼっちちゃんは、変わりたいからこそ、あたしたちの無茶振りを受けてきてくれてたんだよね」

 

「……多分ね。つまり虹夏は考え過ぎ。本当にそう思うなら、聞いてみればいいんだよ。本人、今目の前にいるんだからさ。……聞こえてないだろうけど」

 

 そう言って、静かにリョウがツチノコをそっと顎で示す。

 

「……」

 

 喜多ちゃんは再び椅子から降りて、そっとぼっちちゃんの近くにしゃがみ込んだ。優しい笑顔。まるで、赤子に寄り添う母親の様な、そんな慈悲に満ちた表情で。

 

「……ひとりちゃん、いつもありがとう。無理させて、ごめんね。ね、ほら、そろそろ起きて? ひとりちゃん」

 

 優しく頬をツンツンする。

 

「…………………………ハッ」

 

 ぼっちちゃんの目に、ぱっと光が戻る。

 

「あっ戻った」

 

 リョウが小さく笑った。あたしも目を見開く。

 

「……ほら、虹夏」

 

 視線で「今だよ」と促される。

 

「す、すすす、すみません、ちょっと青春コンプレックスこじらせて意識飛んでました………」

 

 ぼっちちゃんは気まずそうに笑いながら、ふらふらっと立ち上がる。

 

「……? あっ……す、すみません、なんの話、してたんですか……??」

 

 いつもの丸っこくてきょとんとした瞳であたし達を見回す。その無垢な表情が、少しだけ怖かった。ここで何を言うかで、この子の心をまたわざわざ痛めてしまうかもしれない。

 そう思うと、思わず喉がキュッと締まる。

 

「あ、えっと……」

 

 迷いながらも、あたしは口を開いた。質問をする。

 

「……ねえ、ぼっちちゃん?」

 

「へ? あっは、はい、なんですか……??」

 

「……あたし達さ、今、話してたんだ。……今まで、ぼっちちゃんには、実は、結構無理させてたんじゃないか、って。ぼっちちゃんが断らないのをいいことに、……ぼっちちゃんに、甘えてなかったかな、って」

 

 そこまで言って、また思わず、視線を落とす。

 

「─────だから、ぼっちちゃんの為に、こうやって、春樹くんとのデートを考えるのも………実は、余計なお世話だったり、しないかなって、思って」

 

 胸の奥の、いちばん触れてほしくなかった場所を、自分で差し出すみたいな感覚だった。

 

「!!」

 

 ぼっちちゃんの目が、ぱちっと見開かれる。

 

「……待っ、待ってください虹夏ちゃん、そ、そんな事ないです……!!」

 

 反射的に、ものすごい勢いで首を横に振る。真剣な顔になって。直前まで、あんなに顔面崩壊してたのに。凛々しくて、ハッキリとした意志を伴った、そんな表情で。

 

「よ、余計なお世話だなんて、そんなこと……全然ないです!!」

 

「……ぼっち、ちゃん」

 

 あたしの中の何かが、ぎゅっと熱くなった。強く目を剥きながら見つめ返す。

 

「そ、それどころか……!!」

 

 ぼっちちゃんは、掴みかけた言葉を必死に探すみたいに、口を震わせる。

 

「わ、私は皆さんといる時間が、楽しくて……!! むしろ、こんな私を………みっ見捨てないで、当たり前のようにいつだって、皆接してくれてるじゃないですか!」

 

 ───────その言葉は、まっすぐすぎて、眩しすぎて。

 

「……ぼっち。今まで私達、結構ぼっちにはキツいこと、沢山してきたと思う。もちろん、配慮はしてきたつもりだけど……普段独りなら絶対しないような事も、させてきたと思う」

 

 リョウが、フォローをしてくれるかのように、改めて確認するみたいに続ける。

 

「…………実際どう? 迷惑だった?」

 

「ッ……そっ、そんなことありません!! 全然キツくなんかなかったです!!」

 

 ぼっちちゃんは、即答した。

 迷いなんて、どこにもなかった。

 

「……むしろ、そのおかげで……わっ私の中でも、こう、上手くは言えない……ですけど………でも、確かに少しでも変わったって言える部分が、たくさんあって……!!」

 

 言いながら、彼女は震えながら自分の胸に片手を当てる。

 

「………今では、むしろ色んなことに “挑戦” してみてよかったなんて、結果的には思えてるんです。皆さんの、おかげなんです……!」

 

「…………!!」

 

 さっきリョウが言った言葉──『挑戦』。

 それを、ぼっちちゃん自身の口から聞いた瞬間、背筋がぞくっとした。嘘。そんなことって。

 

「…………言った通りでしょ、二人とも」

 

 リョウと、目が合う。得意げな様子。

 そうして彼女はちょっとだけドヤ顔で目を伏せる。

 

「あっでも、そもそも……どうしてそんな話に……?? 私が拗らせている間に、何か深刻な話でもしたんですか?」

 

 ぼっちちゃんが首を傾げる。

 

「……ううん。今、解決したと思うわ。ね、そうですよね、伊知地先輩」

 

 喜多ちゃんが、優しくあたしを見て微笑む。

 

「……………────────」

 

 そっか。

 そう、なんだ。あたしは、半分泣きそうになっていたのを抑え込むように、俯いて、安堵する。心の底から。

 

「…………うん。良かった……ぼっちちゃんがそう思ってくれてて……安心した」

 

 ようやく、胸いっぱいに溜まってた霧みたいなものが、大きく晴れた気がした。

 

「?? え、ええっと……? あっ、その、話がよく分からないんですが……」

 

 ぼっちちゃんは、相変わらず不思議そうに首を傾げている。

 

「……まあ本題に戻すなら、ぼっち、春樹とのデートの事で悩んでたよね」

 

「あっはい」

 

「……虹夏達にはさっき言ったんだけど、………ぼっちにはたぶん、配慮だけじゃなくて」

 

 リョウが、改めて話題を戻す。

 

「 “挑戦” も、してみた方がいいと思うよ。………人前とか、陽のオーラが溢れる場所が苦手なのは分かるけどね」

 

「ちょ、挑戦、ですか……??」

 

 ぼっちちゃんが、不安そうに目を見開く。

 

「うん、そう。……そりゃあ喜多ちゃんみたいに映えスポットとか、キラッキラしたデートスポットいきなり行くとかじゃなくてもいいからさ」

 

 あたしは、同じように椅子に座ってきたぼっちちゃんの両手を、あたしの両手でそっと握って、そう呟いて微笑む。

 

「あたし、思うよ。春樹くんだったら、きっと、どんなぼっちちゃんでも受け入れてくれるし、支えてくれると思う。無理はさせないと思うし」

 

「……そうですね。……だから、思いきって、普段なら行けない場所に、春樹くんの力を借りて────デートの為に頑張ってみるのも、アリなんじゃないかしら。ね、ひとりちゃん」

 

 喜多ちゃんも、優しく背中を押すように、あたしの隣でぼっちちゃんへ満面の笑みを向ける。

 

「……」

 

 ぼっちちゃんはそれを聞いて、あたしと喜多ちゃんを交互に見てから、モジモジと俯く。

 

「…………春樹くんと、なら…………行け、ますかね。普段、一人じゃ、行けない場所でも」

 

 ぼっちちゃんの声が、少しだけ震えながら、でも確かに前を向いていた。

 

「あたしはそう思うよ! 少なくとも、春樹くんは絶対にぼっちちゃんを守ってくれるって、確信してるもん! だから、無理はしない程度にさ」

 

「今回だけは、頑張ってみよ? ね。ぼっちちゃん」

 

 手に少しだけ力を込める。

 その温度が、あたし自身をも勇気づけてくれている気がした。

 

 大丈夫だよ、ぼっちちゃん。

 

 どんなことがあったって、何があったって。

 あたしは、あたし達はみんなぼっちちゃんの味方だよ。

 だから、あたし達を、あたしを、信じて。

 

 そう強く願う。

 

 そして、ぼっちちゃんは瞳孔を揺らしては、その目を強く見開く。勇気が出てきたのか、ちいさくはにかむ。

 

「…………! あっありがとうございます……やってみます。春樹くんのためにも、自分のため、にも……!! できる、かぎり……!!」

 

「よく言った、ぼっち。褒めて遣わす」

 

 リョウが立ち上がって、隣でぼっちちゃんの顎をくすぐる。

 

「うへっ、うへへ、あひゃぅ、うへぇっ……やっ辞めてくださいよぅリョウ先輩ぃ………」

 

 ぼっちちゃんがふにゃふにゃの顔になる。至極嬉しそうだ。なんか妙に気が合うよね、ほんとこの二人。喜多ちゃんが慌てて立ち上がってリョウへ駆け寄る。

 

「あ〜っもう! また仲良さそうにしてるぅ!! リョウ先輩、私にもしてください!!」

 

「郁代は香水の匂いがキツすぎるから辞めとく」

 

「そんなぁぁあ!! リョウ先輩のいけずー!!」

 

「冗談だよ、ほら」

 

「ああーんっ、もっとよしよしくださいっ、リョウせんぱぃい〜っっ♡」

 

「よしよし。よしよし。最近郁代頑張ってるから。ヨシヨシ」

 

「きゃ〜っ♡!」

 

 そうして目をハートにしてリョウへおねだりをする喜多ちゃんは、同じように首元をさわさわ&撫で撫でをされて幸せそうにそれに甘えていた。

 無表情のままワンコを可愛がるみたいに棒読みで撫で続けるリョウの姿はとにかくシュール。

 

 そんな、小さなじゃれ合いを眺めながら、ふっと息をつく。

 

「……」

 

 ああ、やっぱり。

 あたしはそんなしょうもなくも、大好きなこの時間を見つめながら、ふと思わずにはいられない。

 

 

(……やっぱり、あたし。このバンド、好きだなぁ)

 

 

 そんなことを考えていた、その時。

 

「あっあの、でも、具体的にどんなところに……行けば、いいんでしょう……」

 

 リョウと戯れていたぼっちちゃんが、改めて不安そうに横目であたしに問いかけてくる。

 

「んーーーそこなんだよねぇ、どうしたもんかなぁ〜………」

 

 それに対して返事をするようにあたしも椅子にもたれたところで─────

 

「お疲れ様でーーーす!!」

 

 STARRYのドアが、勢いよく開く。

 スクールバッグを男らしく片側の肩に掛けて、茶髪気味の黒髪を揺らしてうちのマネージャーが出勤してきた音だった。

 

「あっひっ!!」

 

 その瞬間、ぼっちちゃんがビクッと跳ねる。

 

「あっ、は、春樹くん………!!」

 

 頬を真っ赤に染めて、慌てた様子でその名前を甘く呼ぶ。それは、もうどっからどう聞いても「彼氏」に向けるそれで。

 本当に、ぼっちちゃんが春樹くんにベタ惚れしちゃってるのがよく分かる声色で。その横顔と、声を聴いて、ひとつ息をつく。

 

「……」

 

(…………やれやれ)

 

 こりゃ彼には、適いっこないなぁ、だなんて。

 そんなことを、ただひたすらにあたしは思うのだった。

 

 

 

 

 

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