ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

57 / 79
CHAPTER #49 「おめかし」

 

 

 昨日、STARRYで久方振りに行ったライブは相変わらず常連の(ファン一号さんや二号さん達みたいな)お客さんがメインの観客だったけど、それなりに成功に終わったと思う。

 

 喜多ちゃんはひと月前の文化祭の時以上に音程変化(チョーキング)両手奏法(タッピング)が更に上達していた。

 それを見た私は、相当な努力をより重ねてるんだろうなって、演奏をしながらふと思っていた。

 ひとりちゃんが練習に付き合ってくれたおかげよ、なんて笑いかけてもらいはした。でも、実際十月になってからは春樹くんとお付き合いをさせて頂いている都合上、どうしても練習回数は明確に減っているはず。

 にも関わらず聴いて分かるほどの技術の向上っぷりを見せてもらって、私はやっぱり喜多ちゃんを物凄く尊敬した。

 ここまで上手くなるまでに、どれだけ頑張ったんだろうなって、そう感じて。教えさせてもらってる身としては、すごく純粋に嬉しかった。

 

 そして、そんな事があった翌日の後藤家の洗面所。

 十月三十日の翌朝。日曜日。

 

 帰ってきてから更にもう一時間半練習を追加で入れたあと、ご飯も食べずに泥のように寝こけてしまった。ここ最近、練習のリズムが崩れがちなのもあって、特に力を入れたと思う。

 そのあと目が覚めた私は、お母さんがラップしておいてくれた食事を朝食代わりに頂いたあと、こうして歯ブラシをくわえたまま現実から逃げていた。

 

「………………」

 

 そう。今日は十月三十日。

 ハロウィン前日。───ではなく、それよりも遥かに重要度の高いイベントがある。それが本日。

 

(……今日が、春樹くんとのデート、だよなぁ)

 

 そう、春樹くんとのデートの日だ。

 

 鏡の中で、いつもの自分が呑気に口をもごもごさせている。

 ピンクジャージ。寝癖でぴょこんと跳ねた髪。

 どう見ても「これからデートに行きます!」ってビジュアルじゃない。いやホントは死ぬ程焦らなきゃいけない。

 ────だけど、余りにも現実味が無さすぎて、半ば思考停止に私は陥っていた。キャパオーバー、というやつかもしれない。

 

 デート。

 逢瀬(おうせ)逢引(あいびき)

 

 いつだったかの古典の授業でその単語が右から左に通り過ぎたのを今更になって思い出す。陰キャには一生無縁とか思ってたヤツをこんな形で経験するだなんて思うはずもなく。

 脳内でその単語を再生した瞬間、心臓がキュッと縮こまる。思わず、言葉の意味をもう一度何となく確認したくなって、スマホで検索していく。

 

「……」

 

__

 

 

デート(date)

 

[名](スル)

1 日付。

2 恋い慕う相手と日時を定めて会うこと。「遊園地でデートする」

3 時計の文字盤に付属するカレンダーで、日付だけを表示するもの。→デーデート

 

出典:デジタル大辞泉 より

 

__

 

 などと記載されているのを見た瞬間、脳内の水分が一気に恥ずかしさで沸騰して目玉が吹き飛びそうになった。

 しかも厳密に調べると逢瀬とか逢引は大体『()()()()()()()()()()()()()会う』などという意味合いが本来正しいらしい。正確にはもっと違う意味があるらしいけどそんなもの今の私の脳で処理なんぞ出来るわけもない。

 というかこの場合、虹夏ちゃん達にモロバレしてるしもはやその単語も通るのかどうかも怪しい。頭を抱えていく。

 胸の奥がむずむずして、むずむずし過ぎて今すぐ「やっぱ無理でしたぁ」って押し入れに逆戻りしたくなった。

 

「………………ハッ!!」

 

 というかそもそも、待ち合わせ時間もまだ決めてなくないか。

 何してるの私。鏡の中の自分と目が合った瞬間、呆然としつつ目が見開く。

 

(いやいやいやいやいや!! なに平然とジャージ着て歯磨いているんだ私はァァッ!? これから “デート” なのに!? “デート”なのにッッ?!)

 

 脳内のどこかにいる日本陰キャ協会の職員さんが、「ピンクジャージで初デートは重罪です」と赤いスタンプを連打してくる。警報音が脳に響く。停止方法が分からない。

 

(そもそも……デートって、何着て行けばいいの……? 人生経験値ゼロすぎて分母がない……)

 

 とりあえず歯だけは磨き終わろう、と現実逃避する。

 うん、後で一旦考えよう。同じところをずっとごしごしし続けていたその瞬間。洗面所に、不穏な大音量の着信音が鳴り響いた。

 

「ひぇぁぁあああぁっっっっっ!!」

 

 全身がビクンッと跳ねて、歯ブラシを落としかける。スマホが洗面台の上でブルブル震えながら光っている。

 

「えっ、えっ……に、虹夏ちゃん……?」

 

 画面に表示された名前を見て、喉が変な音を奏でていく。何気に虹夏ちゃんと電話をするのはこれが初めてなこともあり、目を疑う。

 でも、虹夏ちゃんを待たせる訳にもいかない。あぁ、ああああどうしよう。

 そんなことも言ってられない。怖い。でもなんとか震える指で、通話ボタンをタップした。

 

『ぼっちちゃん!? おはよぉー!!』

 

「ヒェアッッ!! あっはっハイ!! オハヨウゴザイマス!!」

 

 元気過ぎる声が鼓膜を直撃する。思わずカタコトで返事を返してしまう。

 さっきまでの眠気が、音速で逃げていく。

 

『一応、一応確認なんだけど今日春樹くんとのデートってこと、忘れてないよね!?』

 

「え、えええぇぇっ!? わ、忘れてないです!!」

 

 思わず絶叫してしまう。

 恥ずかしさと緊張と嬉しさがごちゃ混ぜになって、頭を振る速度だけ光速に到達する。

 

『良かった……で、もう一つ確認ね? まさかとは思うけど』

 

「エッ」

 

 虹夏ちゃんの声色が、じわり、と低くなる。

 嫌な予感が、背中に冷や汗を走らせた。

 

『いつものピンクジャージのまま、春樹くんとのデート、行くつもりじゃないよね?』

 

 ビシッ、と全身が石になる。肩がギクゥッと跳ね飛ぶ。

 心臓が、物理的に一回停止した気がした。

 

「────────…………………」

 

「え、えええええっっっっと、そ、それはぁ………………」

 

 口だけは否定しようとしてるのに、視線はしっかり自分のピンクジャージに向かっていた。

 

『…………行こうとしてたね??』

 

 にっこり笑ってる顔が、電話越しに目に浮かぶ。

 こっちの全部をお見通しの、優しいけど容赦ない下北沢の大天使。

 

「い、いっ、いえ、いえ!! そんなことは!! あっその、絶対に…………」

 

 全力で首を振る。

 が、すぐに限界が来る。萎んでいく声。嘘をつくのは本当に苦手。いや、廣井お姉さんの時みたいに上手いことその場しのぎの誤魔化しは出来る時もあるけど。何故かこういう時に限ってもはやそんなしょーもないウソすら思いつかない。

 

「ただ、今はちょっとまだ……服を、その、決めかねてて……」

 

 無意識に、言い訳が口から滑り出てしまった。

 

『ぼっちちゃん。本当は?』

 

 さっきよりも柔らかくて、でも逃げ道を塞ぐみたいな声。更にニッコニコな笑顔になってそうな下北沢の天使のドスの効いた優しい声。

 あっ無理。

 コワイ。ムリデス。

 

「アッハイ…………すみませんでした、いつもの通りで行こうとしてました……」

 

 観念して、肩がしゅんと落ちる。

 すすすすすみません、陰キャなくせに、こんな私風情に心配してくれてる天使みたいな虹夏ちゃんに嘘をつこうだなんてして本当に誠に申し訳ありません。

 情けなさと恥ずかしさで、目の端に勝手にポロポロと涙が滲む。

 

「………ごっごめんなさい……」

 

 歯ブラシを握ったまま、小学生みたいに謝っていた。

 だけど虹夏ちゃんは全く怒る様子を見せることもなく、ふう、と一息だけ漏らす。

 

『だと思った。全然いーよ。怒ってるわけじゃないから。でも良かった、それならまだ家を出てないんだね?』

 

「え? ……あっ、はい……まだ、です……」

 

 首をかしげつつ答えると、虹夏ちゃんは今度はふーっと小さく息を吐く。ならよかったあ、ともう一度安堵するような小声が耳に届く。

 

『今どこ? 洗面所とか?』

 

「あっ今、洗面所にいます。どうしたらいいかわからなくて……」

 

『ん〜、そっか。……大丈夫! それならあたしに任せて!』

 

 任せて、の一言に、心がちょっとだけ浮上する。えっ、ほんとうですか。

 

『ならいつもの通り、今から準備だけしてSTARRYに来てもらってもいい? 喜多ちゃんと待っとくから! あっギターは持ってこなくていいからね!』

 

「えっ、あっ……STARRYに、ですか?」

 

 思わず素で聞き返してしまう。「ふんぐぐ……」

 慌てて脱いでいたジャージの上をもう一度羽織り直して、豊満な現実を押し込めるようにジッパーを引き上げた。このジャージ最近胸が収めにくい。気に入ってるのに。

 

『そ!! というか、まず春樹くんとは何時からデートするかはちゃんと決めてる? 多分そろそろ連絡来てる頃だよね?』

 

「あっ、そ、そういえば……まだ見てないです……!」

 

 慌ててスマホを耳から離し、LOINEを開く。

 春樹くんとのトークに、新しい通知が一件。

 

『おはよ! 今日のデート、忘れてないか?w どこで待ち合わせなら行きやすい?』

 

 やわらかい顔文字付きのそんなメッセージに、呑気さながらにさっきまでピンクジャージのまんま現実逃避して歯磨きしてた自分を殴りたくなった。

 

『春樹くんからはなんて??』

 

「えっと……えっと……」

 

「ど、どこで待ち合わせなら行きやすい、って気を遣ってくれてます」

 

『さすが春樹くん。そうだねぇ……』

 

 私も返信を考えながら虹夏ちゃんの声を聞く。

 

『とりあえず下北沢駅が無難じゃない? STARRY行くなら、どう考えても一回下北だし』

 

「あっ、はっはい………? そ、そうですね、確かにSTARRY行くなら下北沢駅の方がスムーズだと思いますけど……」

 

 言われた通りに、震える指で文章を打つ。

 

『おはようございます、春樹くん。えっと、下北沢駅とかはどうですか』

 

 送信ボタンを押して、心臓も一緒に送信されていった気がした。ベルトコンベアに載ったまま、あさっての方向へ。

 

「……じ、時間、どうしたらいいと思いますか?」

 

『そうだね、今からぼっちちゃん準備して出て、一旦STARRYに来るんでしょ? 余裕持った方が良いだろうから、お昼とかにしてもらうなんてどうかな??』

 

「あっ……なるほど……」

 

 その案にすがりつこうとした瞬間。

 

『………って、あたしが決めてちゃ意味ないよぼっちちゃん!』

 

「え゛っ!?」

 

 スマホと全身がまたもビクッと手の中で震えた気がした。思わず目が白目になる。

 

「あ、あの……わ、私よくわからないので……虹夏ちゃんにお任せしたくて……」

 

 縋るように言った自覚があって、自分でも情けないと思う。

 顔のパーツが一つずつ床に落ちていくような感覚。

 

『春樹くんとぼっちちゃん二人のデートのことでしょ〜〜〜! 最終的には、ぼっちちゃん自身が決めた方がいいよ?』

 

「え、ええっ!? そそそそんな……私なんかじゃ絶対失敗するに決まってますっ!」

 

 泣きそうな声で訴える。

 だって、今まで私が決めたものって大体失敗してきたし……。脳内で黒歴史がダイジェスト再生され始めた頃。

 

『ふふっ、大丈夫だよ。春樹くんとはあたし達だって繋がってるんだから、いざとなったらフォローしてあげられるし』

 

「!」

 

 その一言で、ギリギリ地面に足が戻ってくる。

 そうだ。今回はちゃんと私ひとりじゃない。みんな、応援してくれてるんだ。ふらつく胸元。思わずキュッと右手を握ってその胸辺りを抑え込む。

 

『とりあえず、間違ってもその格好のまま春樹くんのデートに直で行かない!! あたしと喜多ちゃんで先にSTARRYで待っとくから、絶対来るんだよ!? いいねぼっちちゃん!』

 

「う、うぅぅ……ごめんなさいぃ……わ、分かりましたぁ……」

 

 謝りながら、恥ずかしさと、痛む胸から来た嬉しさで目がじんわり熱い。

 

『そんなに固くならなくてだいじょーぶ♫ ……二人なら大丈夫だよ!』

 

「……二人……」

 

 その言い方が、胸の奥にじんと沁みる。

 あぁ。いつもそうだ。虹夏ちゃんは、こういうとき、本当に人を励ますのが上手だよなぁ、なんて私は思う。左手のスマホをギュッと握って、鏡の中のドッペルゲンガーと向き合う。

 

『とりあえず、最低限待ち合わせ場所と時間だけは決めとけば何とかなる! 間違っても二度寝とかしちゃダメだからね!?』

 

「………!」

 

 さっきまで何度でも寝直せそうだった目蓋が、一気に覚醒する。

 

「……はい……!」

 

 ちゃんと声を出して、返事をした。

 

「が、頑張りますっ!!」

 

『うん! じゃあ準備出来次第、出来る限り早くSTARRYにおいでね! じゃーねぇ!』

 

 ぷつん、と通話が切れる。

 私はスマホを見つめたまま、深呼吸をひとつ。

 

「よ、よーし……頑張るぞ……!」

 

 小声で自分に気合を入れ直す。よし。が、頑張ろう!

 と、その時。

 洗面所の入口から、ひょっこりはんみたくじーっとした視線を感じた。

 

「………お姉ちゃん、今からどこ行くの??」

 

「ひぇっアアアアアアアア!? ふたり!?」

 

 壁の陰から、ふたりとジミヘンがニヤニヤと顔を出していた。やぁ、と手を振る。だからやぁ、じゃない。

 心臓が物理的に飛び出しかける。妹相手にすら、毎回初対面みたいなリアクションをしてしまう。こんなんだから一家の中における私のヒエラルキーもお父さんとそんなに変わらないくらいショボいんだろうな。

 慌てて私は櫛を手に取って、鏡の中のふたりから目を逸らす。

 

「ど、どこって……ちょ、ちょっと用事があってね、お姉ちゃん今から出かけるから!」

 

 いそいそと、右横のくせ毛を撫で付けながら誤魔化す。完全に挙動不審。

 

「……ふぅーん? さっき虹夏ちゃんと話してた内容聞こえてたけど、どんな用事で出かけるの??」

 

「う゛っ……!!」

 

 さすが、血は争えない。幼女の格好した悪魔め。

 

「ひ、秘密ッ!!」

 

 ほっぺたを熱くしながら、精一杯強がってみせる。

 

「じゃ、じゃあお姉ちゃん、出かけるから!! 行ってきます!!」

 

 ほぼ逃走に近い早足で、ふたりとジミヘンの横をすり抜ける。

 いつものトートバッグだけを引っ掴んで玄関へ。

 

「………お姉ちゃん、もしかして、好きな人出来たりしたの〜〜?」

 

「へぁっッッッッ!?」

 

 背中から投げられた言葉に、顔のパーツが四方八方へ吹き飛んだ気がした。五歳児の勘、侮れない。

 

「そ、そそそそんな訳無いでしょ!!」

 

 全力で否定するも、声が見事に上擦る。

 説得力ゼロ。

 

「もぅ、お母さん達には練習で出かけてくるって伝えといて!!」

 

 そう捨て台詞を残して、私は玄関の扉を開けて飛び出す。

 

「えっ、ちょ、お姉ちゃん!」

 

「ワンワンオ!!」

 

 ふたりとジミヘンの声が後ろから聞こえるも全力でフルシカトする。

 

「………あれ? お姉ちゃん……ギター、持ってなかったよね?」

 

 呼吸を整えつつ、扉を閉めた背中越しに、くぐもったふたりの不思議そうな声だけが聞こえてきた。ジミヘンの「わん?」もセットで。

 ギターを持たずに家を出る日曜日なんて、たぶん、初めてだ。

 今更になってギターを取りに行くなんてこともできないし、しかも虹夏ちゃんにも念を打たれてる。挙句の果てに今日は仮にもデートなのに、あんな大きな相棒を手に持つなんて春樹くんを困らせてしまう。

 

 結局、私はコンマ数秒ほど悩んだ後、全力ダッシュで駅の方へ逃亡した。

 

 

 

 

 

 

 

 それから約二時間と少し後。午前十時半。

 私は、STARRYの階段をぜぇぜぇ言いながら降りていた。

 

「ぜぇ、っ、はぁ、ぁ、はぁ、お、おそく、なりましたぁ………すみま゛ぜん゛………」

 

 最後の段を踏み外しかけながら、ホールに転がり出る。

 

「あっぼっちちゃん、ちゃんと来た! えらい!」

 

 カウンター前のテーブルにいた虹夏ちゃんが、顔をぱあっと明るくする。

 

「ひとりちゃん、お疲れさま! おはよ!」

 

「あっお、おは、オハヨウゴザイマス……ハーッ、はぁ、ハァ、げほごほっごほごほっおぇぇ゛」

 

「だからぼっちちゃんまず息をしようッ!?」

 

 隣で喜多ちゃんも、笑顔で手を振ってくれた。過呼吸気味に息を無理矢理整え、死にそうになる中、虹夏ちゃんが背中をさすってくれる。

 二人とも可愛らしい私服を着ていた。虹夏ちゃんは文化祭の時に着ていた茶色のパーカーと薄茶の緩めのロングスカートに加えて、手首にはいつも巻いている大きな赤の水玉リボン。

 喜多ちゃんは一体どれほどの種類の衣服を持ってるのか検討もつかない。これまた見た事もないオシャレなファッション。赤いセーターに藍色のチェック柄の膝付近までのスカートを履いていて、めちゃくちゃ可愛い。どうなってるの、この人のファッションセンス。

 女子力が高過ぎる。一生及べる気がしない。

 

「ぜぇ、はぁ……あっは、はい……ありがとうございます……」

 

 肩で息をしながら、ふらふらと近くの椅子に座り込む。

 およそ心臓はマラソン大会、脚は豆腐。

 

「あっ、えっ……あっあの、リョウ先輩は……?」

 

 ふーっ、と息が整ってきたタイミングで周りを見回すけど、青い髪色が見当たらない。

 

「あ〜、リョウなら……」

 

 虹夏ちゃんが、ちょっと引きつった笑顔でスマホを見せてくる。

 

『おじいちゃんが峠を迎えちゃったから遅れる』

 

「………って書いてあるけど、まぁどーせ楽器ショップに行く為の口実で遅れてくるから気にしなくて大丈夫」

 

「………その口実、ひと月前にも聞いた気がします」

 

 喜多ちゃんが苦笑する。確かに聞き覚えしかない。

 

「え、えぇ……?」

 

 スマホの画面と虹夏ちゃんの顔を交互に見て、私も口元が引きつるのを感じた。乾いた笑いしか出てこない。

 

「あ、あはは……リョウさんらしい、ですね……」

 

「あっあの、えっと……ところで、春樹くんとデートする前にここに呼んだ理由って……?」

 

 改めて、つい首を傾げつつ二人を見る。

 

「ふふ〜ん、それは、ね? ね、喜多ちゃん♫」

 

「はいっ! 伊地知先輩!」

 

 喜多ちゃんがぱっと立ち上がって、何故かロッカーの方へスタスタ歩いていく。ひとりちゃん、こっちこっち、と喜多ちゃんに手を引かれる。

 

「えっ……? な、何をしてるんですか?」

 

 その手に引っ張られるがまま、ついていく。嫌な予感と好奇心が、胸の中で喧嘩する。

 頬に汗が伝うのを感じつつ、私は椅子から立ち上がりながら、二人の背中を交互に見つめる。そこは、私のところから少し離れた別のロッカーだ。

 

「んふふふ、実はねぇ、ひとりちゃんに()()を用意したのよね♡ ねっ、先輩♪」

 

「そうそう♪ じゃ行くよ! せーのっ♪」

 

 何やらご機嫌な虹夏ちゃんと喜多ちゃんが、同時にロッカーの扉を開ける。

 

「え……………………」

 

 コレ? な、なんの、話? 嫌な予感が更に濃くなる。

 そして二人は次の瞬間、ガチャ、と私の目の前のロッカーを開く。

 一瞬、呼吸が止まった。

 次の瞬間。

 

「な、なな、…………ぇぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇえええええ゛ぇぇぇえッッッッ!?」

 

 この世のものとは思えない悲鳴が、STARRYに響き渡った。それが私の喉元から飛び出たと気付くのに遅れた。

 ハンガーにかけられたワンピース。リボン。スカート。ロッカーの中には、明らかに見慣れない、でもやけに可愛らしい色とりどりの布達がぎっちり。まるで「デート」の三文字を、そのまま布にしたみたいな服たちが、ずらりと並ぶ。

 可愛い、を凝縮したみたいな白や黒や、柔らかい布の揺れ。

 

(む、むりむりむりむりむりむり!! こんなの、私が着たら世界の景観条例に違反する!! なななななななななななにこれぇええ!?)

 

 頭の中で意味不明な抗議文が提出される。

 けれど、二人の顔は全く引く気配がなかった。むしろ、より笑みが深くなる。それは可愛いかもしれないけど、今の私には恐怖そのもの。

 脳内のどこかで景観警察がサイレンを鳴らし始める。

 

「ぼっちちゃん」

 

「ひとりちゃん」

 

「ヒッ!?」

 

 左右から、同時に名前を呼ばれた。

 振り向くと、虹夏ちゃんと喜多ちゃんが、きらっきらの目でこちらを見ていた。

 

「「大人しくしてるのよ〜〜〜♡♡」」

 

「ひ………ぇっ」

 

 喜多ちゃんは「キターン」とでも効果音が付きそうな、いつもの陽キャ光線を放つ満面の笑み。陰キャには余りにも猛毒なキラキラとした煌めきの瞳。両手にメイクポーチとヘアアイロンを抱えている。

 虹夏ちゃんは虹夏ちゃんでハンガーにかかった “なにか” を肩に担ぎながら、にやにやと楽しそうにじりじり距離を詰めてきた。

 

「さ、まずはお顔から整えよっか〜〜〜?」

 

「ひ、ひぃ……お、オペの前の患者さんってこんな気持ちなんでしょうか……!? なななななななななにをするつもりなんですかァアアア!!」

 

「大丈夫大丈夫、痛くないよ〜ていうかむしろ可愛くなるだけだよぼっちちゃん♡♡」

 

「ひとりちゃん、私はね……楽しみにしてたの、こういうの……ふふっ♡♡」

 

「そうそう!! あたしも前のぼっちちゃんちに遊びに行って、私服姿見た時からずっとこうしてあげたかったんだよねえええ☆」

 

「楽しみに……して……? あ、ひっ、ヒェッぇ………!!」

 

 喜多ちゃんと虹夏ちゃんの瞳が、ハート形になっている錯覚さえ覚える。もはや狂気ッッッッ。まずい。終わった。完全に逃げ道が塞がれている。

 

「さっ! ひとりちゃん、今日のモデルさんよ♡」

 

「ぁ、あ、あああああ……」

 

 私はカタカタ震える子犬みたいにその場で固まる。声が震える。追い詰められた。逃げられない。じわじわと後退しようとするけど、背中にはもう壁。

 

「大丈夫☆ 逃げ場はないよ、ぼっちちゃん♡」

 

「ヒッッッ!!」

 

 虹夏ちゃんが、にこーっと悪戯っぽく笑う。

 

「「安心して、あたし(私)達、ぼっちちゃん(ひとりちゃん)を世界一可愛くするプロだから!」」

 

 虹夏ちゃんと喜多ちゃんの無駄にハモる声。可愛い笑顔なのに、こわい。こわい、コワイ!! 誰か!! タスケテ!!

 

「そ、そんな資格いつ取ったんですかぁぁぁ!?」

 

「今取った」

 

「っずるい!!」

 

 抗議する間にも、喜多ちゃんの器用な指が前髪を整え始める。あっひぇっ、前髪はヤメテェェェ。

 まつげの際に、ふわりと筆の感触。

 頬にぽんぽんと乗せられるなにかあったかい色。ビクビクっ、と勝手に肩が痙攣する。

 

「ひゃう!」

 

「ひとりちゃん、動かないでねぇ、可愛い……可愛すぎるわ……ふふっ」

 

「や、やめてください喜多ちゃん!! そういう実況がいちばん恥ずかしいです!! ァ゛ッッッッ、待ッテッ、ヤメテクダサッ!!」

 

 もはや言葉すら紡げない。

 誰かに「可愛くしよう」とされている自分が、変な話、ちょっと嬉しいとすら思ってしまうのと同時に、余りにも危機的なこの状況に喜多ちゃん達に何かまた別の意味での恐怖を感じる。

 

「はいじゃ、次お着替えターイム!!」

 

「エッ、待っ、待ってくださ、この上に何を……!!」

 

「なにって、服だよ服」

 

 虹夏ちゃんが、ハンガーにかかった “なにか” を、わざと見えそうで見えない角度で揺らす。

 

「ちょ、ちょっ……それは、その……せめて心の準備を……!」

 

「準備してる間に時間なくなっちゃうから、考えないうちに着ちゃおっか!」

 

「考えないうちって何ですか!? せめて三日は悩ませてください!!」

 

「三日悩んだら結局ジャージ着るでしょ」

 

「ぐっ……!! 何も言えないッッ!!」

 

 完全に図星で、何も言い返せない。そうこうしてるうちにデートなんて終わってしまうのは間違いない。

 

「ひとりちゃん、楽しみね♡♡ 春樹くん、きっとびっくりするわよ……ふふっ、フフフフフフフフフ♡♡」

 

「ヒェッ、コワイ!!」

 

「コワクナイヨ〜♡」

 

「コワクナイヨ〜☆」

 

「や、やだやだやだやだやだやだむりむりむりむりむりむりむりむり!!」

 

「ひとりちゃん、捕まえたわ! 伊地知先輩っ、今です!!」

 

「ぼっちちゃん、覚悟〜〜〜!!」

 

 半泣きでじたばたしたところを、二人の手とハンガーとふわふわの布に包囲される。

 

「あ………ひっっっっっ!!」

 

「あ、あぁッ、ぁぎゃぁあああああぁあああああぁあああぁああああああああああああああああああああああぁぁぁああああ!!」

 

 そうしてまた、私の悲鳴が、STARRYのバックヤードに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。