君に言えたらよかったコトバ
「ありがとう、沢山の日を」
僕はまた
こうして 少しずつ 忘れてしまうのかな
楽になるためでなく
いい人ぶるつもりもなく
僕の好きな笑顔を
もう 絶やさないで
僕へと触れつづけた
その手は やさしかった
何気なく そして 強く
僕は いつも 守られてた
- Every Little Thing 『きみの て』-
127-1424-1
※
──十月三十日、日曜日。
目が覚めた瞬間から、胸の奥がそわそわしていた。
(……今日だよな、ひとりとのアー写撮影デート)
いつもより、明らかに早く目が覚めた。ベッドの前には、昨夜のうちに引っ張り出しておいた服が並んでいる。
いつものパーカーとジーンズじゃ、さすがになぁ、と思って、ちょっとマシそうなシャツとカーディガンとパンツを何通りか。
「うーん……」
鏡の前で、シャツを当てたり外したり。
オシャレ雑誌なんて読まねーから「正解」が分からない。
(派手すぎても似合わねーし、かといっていつものままだと “気合入れてません” 感あるし……)
悩んだ末。白に近い薄いグレーのシャツと、落ち着いたネイビーの長袖のジャケット。シンプルな黒のスキニーを選ぶ。無難ってヤツ。少なくとも、ひとりの隣に立つからにはちゃんとした格好しねーとな。
(……まあ、このくらいなら変じゃないだろ)
髪も一応、寝癖をちゃんと直してワックスをちょっとだけ。
鏡の前で、なんとなく横顔も確認してしまう自分が、我ながらチョロい。
スマホを見ると、虹夏から朝方届いていたメッセージが一つ。
『今日はよろしくね〜。ぼっちちゃんのこと頼んだぞ!! マネージャーくん』
「……おう、任されたよ」
小さく呟いて、返信を打つ。
『任されとけ。ちゃんと連れ回してスポット探してくる』
送信を押したところで、背後から声が飛んできた。
「……ん、どうした。おめかししてるじゃないか」
「うおっぁ!?」
振り向くと、居間のドアにもたれ掛かる誰かの気配。クシャクシャだけど、割といつも通りトップが抑えられた男前なパーマヘア。
─────親父。
吉沢正樹。普段は割かし仏頂面のくせに、相変わらず丸メガネの奥の目だけはどこか鋭い。
「な、なんでもねーよ。普通だろ、これくらい」
「そうか? ふふっ。いつものお前にしては、だいぶ “きちんと”してるように見えるけどな」
「ッ!?」
親父が、くっと口角を上げる。
その「分かってる感」が腹立つやら恥ずかしいやら。
「うっ、うっせえ!! 今日は少し出掛けるからな! 昼飯は適当に済ませてくれたら……晩飯は、俺作るから」
「ほう。それはありがたい。頼むな」
親父は片手に持っていた新聞をテーブルに置きながら、何でもないみたいに言う。
「……女の子か?」
「べっ別に!!」
反射で声が上擦った。
自分でびっくりするレベルで分かりやすいリアクションだ。
「そうかそうか。……なら、行ってこい」
からかうみたいな調子じゃない、柔らかい声。別に深追いするでもなく、彼は小さく微笑む。久しぶりに聞くトーンに、肩の力が少し抜けた。
玄関でスニーカーの紐を結びながら、なんとなく背中に視線を感じる。小さく振り向くと、親父はどっか変に嬉しそうな顔で口元を緩ませながら呟く。
「行ってらっしゃい」
「!」
そこで、俺は靴を履き終えて立ち上がり、今度ははっきりと振り返る。正直小っ恥ずかしかった。でも、頭を掻きつつ、呟く。
「…………」
「いってきます」
「気をつけてな」
「……………おう」
僅かに微笑み返し、そうして勢いよくドアを開けて、パタリと静かに閉める。やがて、ゆっくりと外の空気を吸う。秋の冷たい風が、少しだけ気持ちをシャキッとさせた。
さぁ。デートの始まりだ。締まっていこう。
※
「…………」
下北沢駅・東口。
洗濯物がよく乾きそうな、穏やかで、でもしゃきっとした様な日差しが駅の入口に差し込む。
日曜の昼前、人の流れは多いけど、まだごった返すほどじゃない。東京駅や新宿のあのむせ返るような人の多さに比べれば、およそマシのはずだ。
頭上を電車が通るたび、影が一瞬だけ薄くなって、また戻る。ぬるい人混みの空気と共に、冷たい十一月間際の酸素が肺の奥へ通っていく。ひとつ、小さな深呼吸をする。
改札近くの壁にもたれて、俺はスマホを片手に時間を確認する。同時に、ひとりからのLOINEを確認する為にアプリも開いた。
『十二時半くらいに、下北沢駅でもいいですか?』
そんな、若干震えてそうな文面が届いている。
それは、文字からでも伝わる絵文字も顔文字もない、相変わらずの緊張具合。でもそのシンプルさの向こうに、何回も打ち直したんだろうなっていう跡が、なんとなく透けて見えた。少しだけ、頬が自然と緩む。
(とりあえず、ひとりから一時間半くらい前に十二時半って聞いたけど……)
時計はまだ十二時二十五分前。
正直なこと言うと、念の為ってことを考慮して実は集合時間の三十分以上前には着いてしまった。完全に緊張してるやつだ。自覚はある。仕方なかろう。実質、初めてのひとりとのロングデートなんだから。
そうして、キョロキョロと人混みの中を見回す。だけど行き交う人の中に、ピンク色の小さな頭は見当たらない。
「…………ここで合ってんのかな……?」
誰にともなく小さく呟いて、改めてメッセージ履歴を見返す。
文章を読むたび、胸の奥がじわじわ熱くなる。
「デート」って、単語。デート、か。
頭に浮かぶたびに、心臓のリズムがずれる。遠くのレールを走る電車の音。自分の心臓の音。どっちがうるさいのか分からなくなる。
嬉しい。死ぬほど嬉しい。
駅のコンクリートと柱で遮られた天井から青空へ視線を向け、宙を仰ぐ。
そりゃそうだ。何せ、今までの帰り道のちょっとしたデートとは違う、明確な二人きりでの時間。
別に、人生の中で異性とのデートが全くの未経験って訳じゃない。
─────だけど。未だかつてこんなにも楽しみで、胸が踊るような感覚は、間違いなく生まれて初めてだと思う。
正直、ちゃんと楽しい時間に出来るのかって不安もないとはいえない。
写真撮影っていう “目的” はある。一応虹夏のおかげで、体裁というか、結束バンドの活動の一環を俺達が担っているっていう名目は確かに在る。でも、実際のところはどんなに言葉を言い換えようとも、結局の根っこは「初めて二人で遊びに行く日」であることに違いはない。
変に気負いたくないけど、どうしたって俺だって男だ。
やっぱり気合いは勝手に入る。入らざるを得ないだろう。
そうこう一分ほど空を見上げているうちに、改札の向こうから人の波が途切れ途切れに溢れてきた。恐らく、十二時二十二分着の京王 井の頭線からの人波か。何気なく視線だけそっちへ向けた、その瞬間。
「っ、はぁ、っぁ、はぁ、は、はるき、く……!」
聞き慣れた、けどいつもより少し高めに上擦った声。
それが、微かな響きとして耳の鼓膜へ人混みの間から飛び込んでくる。
「!?」
咄嗟に条件反射で身体ごと振り向く。
方角としてはSTARRYの方。反対方向だ。えっ、先に下北沢に来てたのか? やがて小さな影が、こっちへ一直線に走ってくる。肩で大きく息をしながら、カツ、カツ、とヒールのような音を鳴らして。
「お、………お待たせしましたぁぁぁ!!」
ぎりぎりでブレーキをかけて、俺の数歩手前で止まる。
前屈みになって膝に手をつきながら、ひとりは「っ、はぁ、はぁ」と必死に酸素をかき集めていた。
思わず、喉の奥で「無事に来れ……」って言いかけて──そこで、言葉が止まった。
「─────……え?」
いや、違う。
止まったんじゃない。奪われたんだ。視界を持っていかれて、脳みそごとフリーズした。
それは、いつものピンクジャージじゃない。それどころか、意識して注目をしないとまるで別人を思わせる姿だった。
────淡いピンク色のショートジャケット。
その下には、胸元で小さく黒のリボンの結び目を作った白いブラウス。フリルが、ひとりの喉もとと鎖骨あたりをふわっと包む。
腰には、グレージュ系のチェック柄タイトスカート。膝上でぴたりと止まるラインが細い脚を強調して、その下から伸びる華奢な太腿と膝頭は、冬の入り口の光に照らされてやたらと眩しい。
足元は、黒寄りな茶色のショートブーツ。ヒールはそんなに高くないけど、いつもより少しだけ大人っぽいシルエットに見せてくれている。
なにより─────。
髪だ。自然と、目線が顔と前髪、横髪、そして後ろ髪へと向く。黄色と青のブロック状の髪留めはいつも通り。
だけど驚いたのは、それはいつものストレートじゃなくて、毛先がほんの少しだけゆるく波打っているということ。
昼時の多重露光を受けて、ピンクの髪が一本一本、細い糸みたいにきらきらして煌めく。白、薄紅、薄桃色の色がグラデーションさながら、光の角度によってその髪色を変えているようにも見える。
「………………………」
何なら前髪も、微妙にいつもと違う。
普段ならひとりは割とストレートな前髪。殆ど目が見えるか見えないかくらいなのに対し、それはほんの少しだけ内巻き気味に整えられて、目元が柔らかく窺えた。
左側の耳のあたりで、黒の大きめのリボンバレッタが髪を留めていて、それがまた、ひとりの顔立ちの幼さと大人っぽさを同時に持ち上げていた。
頬には、普段よりちょっとだけ乗った自然なピンクの色。
まつげは、知らないうちにちゃんと長くなっているみたいにも見える。ひとりが化粧をしてるところは見たことがない。まさか、がんばってこの日の為に練習したのか。いやあるいは、喜多さんと虹夏が何かしたのか。
唇には、これまた見慣れない、ツヤのある薄いピンクベージュも目立つ。
全体としては、背伸びし過ぎてないのに、俺の知ってる「後藤ひとり」より、半歩どころか一歩も二歩も、前に進んでしまっている印象といってもいい。
ここまで、ほんのコンマ数秒。
そのひとりの姿は、俺の脳内で完全に処理できる情報量を超えていた。
「……あ…………」
喉が、勝手に鳴る。どうしようもなく、見蕩れてしまう。
何か言わなきゃ、とは思うのに、口が全く動かない。
俺の胸の中で、心拍数だけが勝手に急上昇していく。
「……はぁ、っ、はぁ、す、すみません、待たせてしまってたら…………」
ひとりが、まだ息を整えながら、顔を上げる。
そのタイミングで、目が合った。
ぱち、と。
いつもと同じ、青い瞳。
でも、その青の縁のところに、ほんのりと光が乗っていた。たぶんアイシャドウのラメだろう。それが、妙に綺麗で、反則みたいに感じた。
「………………」
言葉が全部、どこかへ消えていく。堪らず、手の甲で口元を覆う。そのまま、目線を明後日の方向へ逸らす。とてもじゃないけど、無理だ。
やばい。これ以上、直視できない。一生見てしまう。
可愛いなんて言葉で、これを言い表しきれない。
「……? は、春樹くん……?」
慌てて、横目で僅かに彼女を垣間見る。俺の反応がないことに、ひとりが不安そうに首を傾げていた。
彼女は不安そうに眉尻がすこしだけ下がって、唇をきゅっと結ぶ。
「え、えぇ、と………やっぱり、変です、よね!?」
震えた声で、ひとりが絞り出す。
途端に両手でスカートの裾を掴み、視線を下へ落とした。
「い、イイイキッてごめんなさい……こ、こ、こんな変な格好見せて……すすすすすみません………ッッッッ!」
耳まで真っ赤にしながら、ひとりは更に畳みかける。
もう、完全に自分からマイナス評価を付けに行ってる顔だ。違う。そんなわけ。そうじゃない。全然そうじゃないのに。
「い、いや、…………そ、そうじゃなくて!!」
慌てて、声が裏返った。
違う。これも違う。もっとちゃんと、最初の一言を言わなきゃいけないのに。
視界の端で、ひとりの襟元の黒いリボンが小さく揺れ動く。
「……あの、その」
「……………すんげぇ、可愛、くて」
情けないくらい途切れ途切れに、ようやく出てきた言葉がそれだった。
いやでも、だって。
それ以外の言葉が、本当に出てこない。出てこないんだ。それしか出てきやしない。語彙力が完全に消し飛んでいる。
「─────え……か、かわ、いい……? 本当ですか……?」
逸らしたままの目を、勇気を持って彼女へ向け直す。ゆっくりと顔を上げて、ひとりもひとりで、ゆっくりと俺を見つめる。大きな瞳は、ぱちぱちと瞬いて、強く見開く。
その動きに合わせて、ゆるく巻かれた髪がふわっと揺れた。
耳たぶまで真っ赤になっていくのが分かる。
「ッッ………ぁ………ぅ」
「へ、変じゃ、な、なな、ない、ですか………?」
疑うような、でも信じたいような声色で、ひとりがもう一度問う。ブルブルと震えた声色が、あまりにも頼りなくて、あまりにも愛おしくて仕方がない。
思わずそんな不安げな声に、苦笑してしまいそうになる。笑わないけど。笑える訳ない。
「っ、へ、変なわけあるかよ……」
今度は、なるべくはっきりと。胸の真ん中あたりから声を出す。
「………………」
ひとりが、小さく息を呑むのが分かった。
俺は一度深呼吸して、視線を彼女から逸らさないように気を付けながら、続ける。
「………………俺が、今まで見てきた、どんな女子より、本気で、可愛いよ」
言ってから、自分で言った言葉の直球さに、ちょっとだけ後悔する。
でも同時に、「いやこれ以上薄めようがないだろ」って気持ちもある。いやホントにそうとしか言えないんだから、仕方がない。
「………………〜〜〜〜ッ!?」
案の定、予想はしていた。ひとりの顔が、一気に熟れた林檎みたいな色になる。口をぱくぱくさせたまま、一瞬固まって、それからぐにゃっと柔く表情が崩れた。ふにゃふにゃと柔らかく崩れるその有り様は、半端でなく、可愛い。
「……………っ」
「……っ、ぁ、あぅ、あの、そ、その……っ」
視線をあちこちに泳がせて、何か言おうとしては飲み込み、を繰り返す。その仕草ひとつひとつが、さっきまでの駅前の景色を全部背景に追いやっていく。
「……あっ………ありが、とぅ、ござい、ます…………」
か細い声で、それでもはっきりとした感謝の言葉がこぼれる。
ひとりは少しだけ頭を下げながら言って、両手で自分の頬を覆い隠す。
「……………ううん、本心、だし」
照れ隠しみたいに俺も俺で頬をかきながら、俺は答える。
本当に、誇張抜きの本音だ。誰かに聞かれたら死ぬほど恥ずかしいけど。
「…………どうしたの、それ? 自分で、買ったの? 普段、ジャージだし……驚いたんだよな」
改めて、全身をもう一度見てしまう。
ピンクのジャケットも、チェックのスカートも、黒のリボンも。全部ひとりのイメージに合ってるのに、間違いなく見たことのない “初めて” ばかりだ。
「あっ……いえ、これは、その……虹夏ちゃんと喜多ちゃんが選んでくれて」
ひとりが、ちょっとだけ申し訳なさそうに言う。
「私一人じゃとても、こんな服着られないし、実の所余り、好きじゃないし、似合わないので………」
そう言って俯く顔。前髪の隙間から見える頬にはちゃんとチークが乗ってて可愛いの、ほんとズルい。なんなら、小さく唇を尖らせて、スカートの裾までつまんでいる。その仕草さえ、いちいち反則だ。
「……でも……今日は特別、だから……」
最後の方は、少しだけ声が小さくなる。
視線を横に逸らしながら、無意識なのか分からないけど、ほんの少しだけ上目遣いになる。
「………とく、べつ?」
思わず、その単語を反芻してしまう。
強く、心臓がまた脈打つ。
特別。今日が。俺との、この時間が。
「……………あっ………!?」
自分で言った言葉に気付いた瞬間、ひとりの顔がまた真っ赤に染まり直す。
「っ、ぁ、す、すすすすみません、調子に乗りました、わ、忘れて下さい…………」
慌てて首を振る。両手をぶんぶん振り回しながら、「無し!」って言い訳するみたいに。
「…………………………嫌だ」
気付いたら、俺はそう言っていた。
そしてそのまま、殆ど無意識に、そっとひとりの左手を掴む。
「えっ……」
細くて、冷たくて、少しだけ震えてる手。
だけどその瞬間、それでいてその指先はしっかり俺の手を掴み返してくれた。
「俺、今、最高に嬉しいから。幸せだからさ!! 今の言葉、忘れてやらない!!」
「…………ひとりも、楽しみに、してくれてたんだな。今日、こうやって初めてデートするの」
言葉にしながら、自分の胸の内側がじんと熱くなるのが分かる。
ひとりにとっても、今日が「特別」なんだって。ちゃんと、その言葉で教えてもらえた気がして。
「ぁえ、え、えっ、あ、あの、その……!?」
ひとりが、また顔面崩壊しかける。
けど、さっきよりもほんの少しだけ、表情の芯が柔らかくなってる気がした。
「は、春樹くん、手、てっ、……手、離して下さい……!!」
口ではそうは言うくせして────ひとりの指先は、さっきよりもしっかりと俺の手を握りしめている。
「……じゃあ、なんで握りしめてるの?」
つい、からかいたくなってしまう。
にやっと笑って見せると、ひとりの目が点になる。
「え………!?」
どうやら自分でも気付いてなかったらしく、狼狽がそのまま顔に出る。
「…………っ、〜〜〜〜〜〜っ!? あ、あ、あああああ、ご、ごごめんなさ、こんなことしちゃうなんて思ってなくて!! ち、ちがうんですっ………」
わたわたと手を離そうとするけど、その前に俺がもう一度握り返す。離さない。きみのてを、優しく握り返す。
「………あははっ! ……………可愛いよ、ひとり」
耐えきれず、笑ってしまう。そうして、そっと囁く様に、もう一度本音を伝える。
駅前のざわざわした雑踏なんて、今はもう耳に入ってこない。周りからどう見られようと、バカップルと思われようと知ったことか。
「〜〜〜〜〜っっっっっっっ!!」
ひとりの顔が、さっきより更に真っ赤になる。
頭から煙が出ててもおかしくないレベルだ。
「……………もぅ、やめ、やめてください……」
「だめ、です………だめだから、……そんなに、褒めないで………わたしっ、嬉しく、なっちゃうから………」
空いてる方の細い指で、必死に自分の顔を隠しながら、ぽそっと本音が漏れる。
その言葉が、また心臓の変なところを撃ち抜いてきた。
「…………ひとりのそういう、褒められ慣れてないところが可愛くて仕方ないから無理だな」
正直にそう返す。
これ以上好きになれる余地がまだあるのかってくらい、また一つ好きなところが増えて困る。
「さ、行こうよ。虹夏達から頼まれてたアー写スポット、探すんだろ?」
話を少しだけ切り替えて、指を絡めたまま一歩前に出る。
「……っ……そ、そう、ですね。い、行きましょうか。春樹くん」
ひとりが、小さく頷いて、ぎゅっとまた手を握り返してくる。
「あぁ!」
俺はそのまま、ひとりの手を引いて歩き出した。
改札前の喧騒の中で、二人だけ、別の速度で進んでいくみたいな感覚を抱きながら。
「わっ! ………………」
少しよろけて、それから俺の歩幅に合わせてくる、軽い足取り。
繋いだ手の先で、体温が少しずつ上がっていくのが伝わってくる。
「………うへ、うへへ」
隣を歩くひとりの横顔を盗み見て、それから前を向く。
ひとりもまた、俺の背中を見つめた後で、幸せそうに口元をゆるめていた。
その笑い声が、やけに胸に沁みた。
この手を、離したくないなって。
まだ始まったばかりの今日が、ずっと続いてくれたらいいのにって、ほんの一瞬だけ、そんなことを思った。
(……ま、写真撮るんだから、まずはちゃんと良いスポット探さねーとな)
そうやってわざと現実的なことで頭を埋めて、ひとりの手をしっかり握り締めたまま駅前の通りへと歩き出す。
ふと、願う。
互いのこの指が震えなくなるまで。
何度でもこのてを握りしめていたい、と、ただひたすら、そう俺は思わずにはいられなかった。