ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #04 「生まれて初めての、温もり」

 

 

「えっ?」

 

「──────えっ……?」

 

 数秒間、抱き締めてしまう。後藤さんは二度、動揺の声を上げた。

 時間が止まったようにすら感じるほどの、そんな空白。彼女はまるでショートしてしまった様に停止する。身体を硬直させたまま、吃る。

 やがて「えっ? えっ、え、あっ、ひゃあぁぁあああああああああっ!??」と後藤さんは悲鳴をあげた。その甲高い声に、ようやく理性が舞い戻る。

 

「…………」

 

 は? そうして思わず、俺もバッと咄嗟に腕を離す。

 硬直する。いや、おい。

 いや。

 いやいやいやいや。

 

 ヤバいって。いやいやいやいやいやいやいやいや!

 

 ヤバすぎる。

 いや、俺何やってんだ。キモすぎるだろ!! 余りにもデリカシーが無さすぎる。いくら何でも今日まともに喋ったばかりの子に何してんだ。

 

 ついさっき────彼女のペースに合わせる、って言ったくせに、失態にも程があるだろう。

 

 理性が飛んだのか。

 一瞬、コンマ数秒の間に俺は自分の脳内へ原因を追求する。多分思い当たる節は、この場合ひとつしかない。

 

 きっと、それは不安だったからだ。

 告白されたことは少なからず、無いわけじゃない。でも、自分からこんな形で告白をしたのは初めてだった。

 何度スマホで告白攻略法を調べ、友人に体験談を聞き、オーチューブの女性心理的なことについて語ってる動画をリピートしたかなんて数えちゃいない。

 でも確かだったのは、そんなのどれだけ自分の中でシミュレーションしてもしてもし足りなかった、ということ。

 

 どこまで行っても上手くいくビジョンなんか思い浮かぶはずも無かった。

 

 ましてや、後藤さんとは喋りたくてもほとんど喋れなかったし。同じクラスなのに。

 その中で、まさか「言葉を信じたい」とか俺の事を「もっと教えて欲しい」とか、あろうことか「大切な存在になれるように頑張りますから」だなんて言ってもらえるとか。

 

 そんなこと、予想も出来るわけなかった。

 言われるだなんて思わない。そんなこと。

 

 普通に、振られて良しだと思っていたからだ。

 

 普通に考えりゃ怖いに決まってる。ほとんど話したことない男子からこんなこと言われたらそりゃそうだ。実際後藤さんもきっと怖かったはずだろうに。

 別に振られたかったわけじゃない。振られにいく前提ってわけでもなかった。

 それでも、振られる可能性の方がずっと高いって、そう思ってたから。

 なのに。

 それなのに、まさか。

 あんなことを返してもらえるだなんて思えなくて─────とんでもなく、勝手に独りで舞い上がってしまった。

 きっとそれがどうしようもなく暴走した結果、なのかもしれない。多分。

 

 以上、コンマ約五秒程の思考回路。

 秒で脳を駆け抜けた自己分析の後、弾かれたように俺は慌てて彼女から距離を取った。

 

「……うわ、ううわうわうわうわ、ごめん!!」

 

「………ま、まじで、ごめんっ!! その、嬉しくて!!」

 

「………っ!! あっ、わわわわっ、あ、あひゃ、ふひゃあ………」

 

 彼女はとんでもない事にそのまま身体の形がぐにゃり、と歪み、胞子を放出させて体を震わせていた。

 妙な声を出して痙攣する後藤さんのその姿に小さく笑ってしまう。その瞬間、またパタリと目が合う。

 

「………」

 

「………」

 

「あの、その、ほんとごめん………」

 

「………あっい、い、いえ…………」

 

 そう言って、互いに目を逸らす。多分、お互いに顔は赤かった、と思う。

 俺も人のこと言えない。とんでもなく心臓が跳ね回っている。耳まで溶けそうなほどの熱を感じた。

 やがてゆっくりと視線を交わし合う。その中で、俺は苦笑いを返す。

 そんな中で思わず、心の声が飛び出てしまった。

 

「よかった、その、ほんとに……ちゃんと、聞いてもらえて」

 

 うれしい、と。

 そこであっ、と小さな声を漏らす。それは無意識の本音で、勝手に口から零れたものだった。多分、俺のその声は情けないくらい震えていたと思う。

 

「………」

 

 それがどうしようもなく恥ずかしくなり、目を逸らして後頭部を掻く。後藤さんが引いていたらどうしよう。ていうか、普通引くよな。どうしよう。やりすぎた。何してんだよ俺。

 

「……あっ、その、ごめん、ていうか、その、ま、マジキモかったよな、今のも……その、つい、嬉しくて」

 

「た、頼むから忘れて。すまん」

 

「本当にごめん」

 

 申し訳なさでいっぱいになりつつ、俯いたまま謝罪する。

 何やってんだよ本当に俺は。こんな距離感がバグったこと、普段はしないハズの自分に、自分自身でも引いていた。

 もっと冷静でこういう時は居られるはずなのに、どうして。

 

「…………」

 

 返事が返ってこない。

 どうしよう。気持ち悪すぎて引かれたか。

 これ、やっぱりさっきの取り消してくださいとか言われるんじゃ。言われたら死ねる。いやでもそうなっても仕方ないよな。最低過ぎる。本当にごめん、後藤さん。

 無言のままのその状況に、咄嗟に不安になってもう一度彼女へ目を向けた。

 

(………あれ?)

 

 ─────彼女は何故か、動揺が落ち着いたかのように静かに硬直し、見開いた瞳でこちらをじっと見ていた。

 

「………ごとう、さん?」

 

 静かに、名前を呼ぶ。その視線の意味を知りたくて。

 それはなんというか、負の感情をあまりこちらからは感じさせないような、不思議なものを見る目、だ。

 彼女はそんなキョトンとしたような、見開いたままの瞳をこちらへ向けて、一言、呟く。

 

「………………吉沢くんも、不安、だったんですか?」

 

「えっ?」

 

 その言葉には、透き通る程の綺麗さを感じた。

 それが何かは分からない。その質問の意図も、今ひとつ掴めない。それでも、ここまでの会話の中でも一番、彼女が何かを汲み取ろうとしている事だけは感じた。

 そりゃ不安でないわけがない。何せ人生で初の、自分からの告白なのだから。そう思って、慌てて頷く。

 

「……」

 

 彼女は俺のその仕草を見て、見開いていた瞳を柔らかく細める。

 やがて静かに───────微笑み返してくれた。ドクン、と心臓が鳴る音がする。

 

「あっ……そう、だったんですね。……大丈夫、です」

 

「………え」

 

「てっ、てっきり、私、からかわれていたり、罰ゲームか何かなのかなって、思ったんです」

 

「でも」

 

「いま、確信しました。吉沢くんのその緊張してる姿は、きっきっと、本当じゃないかな、って」

 

「だから、もし、不安なら、つっ、伝えたいんです」

 

 そういって、彼女はこの数分間の中で、一番落ち着き払ったかのような様子で、俺に伝えてくれた。後藤さんはそのまま静かに、胸元に右手を添えて、呟く。

 

「ちゃんと、聞いてます。届いてます」

 

「私のこと、想ってくれて……ほんとうに、ほんとうに、嬉しいです」

 

「………」

 

 は─────な、なんだよ、それ。嘘だろ。

 彼女は、そうして静かに、また柔く口元を弛ませる。

 

 いきなりそんな顔、やめてくれ。ずるい。

 

 また、心臓が静かに弾け飛ぶ。全身が熱くなり、その声に、表情に、堪らなく気がおかしくなりそうだった。

 どうしようも出来ないほどの愛おしさに、俺は一つ、邪な気持ちが生じてしまう。もしかしたら、こんなふうに言ってくれるなら、許してくれるだろうか、などと。期待してしまう。

 

「……あっ、あのさ。後藤さん」

 

「あっ、はっ、はいっ」

 

 吃りつつも彼女は先程よりもずっと真剣そうな様子で、こちらを見つめ返す。ひとつだけ。たったひとつ、頼みたかった。

 迷惑なら、嫌なら、断ってくれていいから。でも、もしかしたら。

 

 そんな淡い期待を込めて、勇気を限界までまた振り絞って呟く。

 

「……は、ハグ、しても、いい、かな。もう一度」

 

「さっきはその、つい、嬉しくてやっちゃったけど、やっぱり……もっかい。もし、嫌じゃなかったらで、全然いいからさ」

 

「えっ……ぇぇああぇぁえぁあああああああ??!」

 

「むむむむむむむりですそんな、そんなぁ!!」

 

「えっ、あっまあ、そうか、そうだよねごめん!! 調子乗りました!!」

 

 彼女もまた、俺と同じ様に耳まで顔を赤くしている。

 そのまま、またも顔面崩壊して首をありえない速度で振りまくり、絶叫する。咄嗟に俺も謝ってしまう。や、やっぱり無理か。そりゃ無理だろ、と自分で自分に突っ込む。もうダメだ俺。

 多分どうかしている。動転しすぎて頭が回っちゃいない。

 

「……だっ、だって、そんな、で、でも、こんな、こんな私なんかと……」

 

「………え?」

 

 そこで気付く。こんな私、と彼女は言った。

 後藤さんは、もしかして自分と俺がそんな事をするのは問題がある、とでも思っているのではないか。そう考えて、俺は慌てて訴える。

 

「なっ、何度も言うけど無理強いなんてしないから! 嫌なら嫌で、いいからさ」

 

 慌てて、フォローにもなってないようなフォローの言葉を掛ける。無理強いはしない。したくない。

 俺はただ、彼女の本心を知りたい。

 多分、今までのやり取りからして、きっと彼女は嫌がったりはしない。ただ、どうしようもなく自分に自信も肯定感も無い。何度だって伝えたいだけ。

 俺は、本当にこんなにも好きなのに。

 

「あっ……うぅ、ううっ………よっ、吉沢、くん。私……わたし……」

 

 彼女は俯いたまま、また手をこまねく。迷うように。

 駄目だ。可愛すぎる。

 そんな仕草すらも愛おしい。我ながらマジで頭がバグっていると本気で思う。

 もっとハグしたい。触れてみたい。許されるならば、もっと彼女のことを知りたくて仕方ない。

 ヤバい。ブレーキがまるで効いてる気がしない。さっきからありえないほどにアクセルしか踏んでない。

 もちろん、彼女にもペースがある。分かってる。理性では理解している。

 それを踏み越えて無理をさせるのも嫌なんだ。

 だからここまできたら、俺のアクセルを否定して欲しい。じゃないと止まれる気がしない。

 ジレンマだ。だからいっそ、断られるなら断られるでも──────

 

「………」

 

 すると、彼女は顔面崩壊した表情から再び一転して、恥ずかしそうにまた俯く。そこで、小さな声を発する。「………こ、これも、はじめて、なんです」

 

「え?」

 

「………はっはじめて、なので、その、さっ、さっきみたいな突然は、少し、その、驚い、ちゃうので……ゆっくり、してくれませんか」

 

「……………」

 

 えっ? いいの? 本当に? 逆に言えばゆっくりならいいの?

 唖然とする。この感じ、断られても無理も無いと思っていた。いや、さっきいきなり抱きついといて何を言っているのか、と自分でも思うけど。

 本当に?

 

「……いっ、良いの? 本当に、嫌じゃ、ない? おっ俺、多分、めちゃくちゃえらい距離の詰め方してるかも。怖いよな、大丈夫? 嫌なら、嫌って……」

 

 言ってて自分でも情けなくなる。こんなの普通の女子ならドン引きもいいとこだ。ていうか変人確定だ。だけど、どうしても賭けてしまう。賭けたくなる。さっきの「嫌じゃない」って言葉を、聞いてしまったら、もしかして、って。すると彼女は俯いていた顔を、再び上げる。

 

「………が、が、がんばりましゅ、から………」

 

「─────────────」

 

 そう言って、彼女は両手をゆっくりと、怯えつつもそっと伸ばしてきた。そんなことある?

 嘘だろおい。なんなん。

 可愛すぎないか、この生き物。良いのか、本当にいいのかこれ。いやさっき抱きついたけども、あれは勢いというか。

 

 まだ、俺付き合った訳でもないのに。いいんですかそれ。いいのかこれ。

 

 とはいえこのままじゃ、きっと死ぬ程頑張って振り絞ってくれたはずであろう彼女の勇気も、台無しにしてしまいそうに思えた。

 だから、また俺は覚悟を決める。生唾を飲み込む。そっと、近付く。

 

「…………」

 

 そうして、お互いにゆっくりと、またハグを交わした。

 今度はちゃんと、了承を得て。

 一応言っておく。何度でも言う。

 俺達は、まともに喋ったのは今日が初めてだ。我ながら何をやってるんだ俺、と内心絶叫する。

 

 付き合ってもいねぇのにこんなのやるのおかしいだろ。

 

 んなことをさっきから一万回くらい脳内で叫んでいる。でも、そんな思考よりも何よりも、後藤さんとの抱擁の感触がモロに全身に伝わってきた。

 とんでもなく、彼女の身体は柔らかい。

 柔らかくて、小さい。思ってたよりも、ずっと。

 多分、俺より二十センチ近くは小さい。

 背丈のせいもあるだろうけど、まるで小動物を抱き締めてるような、そんな気分になる。

 

「はぁああぁあ……………………ぁわあわあわあわ…………」

 

 なんか、変な声が胸元から響く。

 ものすごい痙攣をしている。緊張とか、そういうもののレベルじゃない。もはや地震である。多分、震度五とかそんくらい。およそ、結構な揺れ具合だ。

 

「……あの、えっと、大丈夫?」

 

「あっは、ははははははは、はいぃぃいいい」

 

「………………」

 

 うーん。大丈夫じゃなさそうだ。

 だけど、俺は確信した。

 抱き寄せたときの彼女の言葉─────「私のこと、想ってくれて……ほんとうに、ほんとうに、嬉しいです」というあの言葉。それが、そっと胸に落ちてくる。

 その感覚を噛み締めるように静かに閉じた。

 腕の中で震える彼女の鼓動が伝わってくる。やっぱり、どれ程までにこの子が優しい子なのか。それを、改めて実感して、言葉にしたくなる。

 

「……やっぱり、君は、ほんとうに、優しい子だよ。後藤さん」

 

「ッ……!?」

 

「そ、そんなこと……私は、大した、ことなんて……っ」

 

 彼女は必死に否定しようとする。頬を赤く染めながら。でも俺には分かっていた。

 後藤さんの声がか細く震えるたびに、胸の奥に響く音はまるでどんどん強くなる様な気がする。

 優しさって、本人は気づかないまま周囲を照らす。暗闇の中で何度も迷った俺には、それがどれほど眩しいか痛いほど分かる。

 

「………ど、うして、そう、思うんですか?」

 

「……………あの、初ライブの時も。伝わった。君が、結束バンドの皆を勇気づけるために、頑張ってたのだって」

 

 言葉は自然に出た。あの日から胸のどこかに残り続けた“光”の残像を、ただ指でなぞるみたいに。そして、彼女のことを気になり始めた、もうひとつのきっかけも続けて話す。

 

「あのさ、それにね。俺、見掛けたことあるんだよ」

 

「────後藤さんさ。クラスメイトの奴のために、探し物、なにかしてなかった?」

 

「えっ……?」

 

 固まって、理解が追いついたかのようにパチリと目を丸くしていく後藤さん。そのまま、彼女はこれまたとんでもない勢いで耳まで赤くなる。

 さっきからずっと赤くなりっぱなしの後藤さんは、また視線が泳ぐ。

 そしてはた、と今度は俺が気付いた。

 うん、これ、表現間違えるとストーカーだ。落ち着け。そう。九月の最初の週だっけ。えーとね、と続ける。

 

「俺さ、ごめん。見ちゃったんだ。たまたまだったんだけどね……部活の忘れ物をして教室に取りに来ようとしたら開いてた窓から……君がクラスで何か探し物をしてるのを、教室に入ろうとしてる時に、見掛けてさ」

 

「……独り言のように、“探してあげなきゃ” ……って、ずっと呟きながら、一生懸命教室のあっちこっちを、独りで探しててなかった?」

 

「それに、それ、多分見つけたんだよね? 次の日に見つかったー、良かったーーって、騒いでたヤツいたもん。なのに、後藤さんはその時、何事も無かった振り、してたでしょ」

 

「……!!」

 

 それを聞いた後藤さんは、何やら視線を逸らして、小さく縮こまる。

 

「そのぅ、そ、それ、は……っ…………」

 

「……わ、私、ひとりのとき、ちょくちょく独り言つぶやく癖があって……気持ち、悪かったですよね……その、ごめん、なさい……」

 

「…………いや、そんな。ううん。そんなことない。別に、そんなのおかしくないよ。ていうか、勝手に見てたの、俺だし」

 

 そんな訳ない。そんなこと、思うはずも無いだろうに。

 ここで嘘はひとつもいらない。

 

「正直言うとね。優しいな、って、思った」

 

「……誰かの為に、ひっそり何かをできる子なのに、そういうの、ひけらかさないんだな、って。すげーーなぁって」

 

「あっ、この子、こういう子だったんだ、って」

 

 ほんとうに。あの時に感じたそのままを、呟く。

 ありのままを、ただ伝える。

 

「最初はな? そりゃ……正直、四月くらいの時はちょっと君のこと怖いって思ってたよ」

 

 苦笑いが出る。最初の印象は、本音を言えば混乱した気持ちしか無かったっけ。

 

「なんか、クラスで一人だけ制服じゃなくて学校指定ですらないジャージ着てるし、ジャラジャラギター以外にも色々付けてるし、……時々奇声もあげるし。めちゃくちゃ変人だな、って。ごめんね、その時の話な」

 

「っ、う、うぅ………」

 

 彼女は両手で顔を覆って小さく震える。その仕草すら不器用で、少し可笑しい。でもそれが可愛い。

 

「そ、それは、そのぅ、今も、あまり、変わってない、かもですけど………ううっ………」

 

「……あはは。でもさ。そんな、変な君が……優しいところがあって」

 

「そんなの、気にならなくなってったんだ。気づいたら」

 

「もしかして、本当は、他人のために。誰かのために頑張れる人なのかなって、その捜し物の時から知って」

 

「そしたら………いつの間にか、目で追うようになって」

 

 そう。

 気づけば、視界のどこかに彼女を探してる自分がいた。駅の帰りも。登下校の時も。何度も、何度でも。

 会えたらいいな、話してみたいな、だなんて。どんな子なんだろうって。

 クラスで周りの男子と話してる時も、移動教室の時も、顔を腕の下に埋めて誰とも関わろうとしない彼女へ、いつも無意識に視線を向けていたのだ。いやまあ、見すぎかもしれないけど。

 あぁ、あと。これも言わないと。そう、何よりも。

 

「……これは、その、ちょっとアレだけど。顔も、タイプ、だったし」

 

「ッ、〜〜~っ!?!」

 

 反射みたいに彼女は顔を上げ、慌てる。

 耳まで真紅。最早茹でたこ。今日だけで多分この子相当な数、顔を真っ赤にしているだろうに。これはいいたこ焼きができそうだ。

 ちょっと正直すぎたかもしれない。でも、嘘じゃないから仕方ない。

 

「や、やめてくださっ……そんな、もう、褒めないでください……おねがいですから……違いますっ、私は、ただ………」

 

「お、落とし物のそれ、は、たまたま耳に入って、もしかしたら、力になれるかもとか思っただけで、そんなその、大したことなんてしてませんし!!」

 

「あっ、私はただ単に……ただ単に、みんなとバンドがしたくて、ただっ、それだけで……!!」

 

「……そこがいいんじゃん」

 

「………へ………」

 

 彼女の目が揺れ、言葉が探り当てた何かに触れて止まる。

 

「……っ、そんな、その、本当に本気で、全部含めて、褒めて、くれてるんですか?」

 

「当たり前だろ。嘘なんて、何も言ってない」

 

「みんなを助ける、ギターヒーロー……最高に、かっこいいしさ?」

 

「っっ!?」

 

 相変わらずまた、顔が弾けるみたいに赤くなって、後藤さんは息が上擦る。

 

「も、もう、だだだだ、だめですっっ、そんな!」

 

「そんな、そんな風に言われると……そんなに褒められちゃうとダメなんです!! 私、私、調子に乗っちゃうかもしれないですからっ!! 生まれてしまいますから、私の中の承認欲求モンスターがっっ!!」

 

「……」

 

 承認欲求モンスターとは。これにはその承認欲求とかいう概念を作り出した心理学者のマズローもあの世でびっくりだろうな。

 随分面白い造語だけど、つまるところ、調子に乗る事がつまり怖い、ということだろうか。

 それなら、と俺は思う。

 それなら、乗ればいい。そんな君も含めて、俺は肯定したいから。

 

「……乗ればいいよ。そんな君も、好きだよ」

 

「えぁっっ!? あっあっ、あっ、そ、そんなぁ……」

 

 そうしてまた、努めて微笑みかける。

 ああ、でも。

 

 正直これは、まずいな、と思った。

 

 口説き過ぎというか、ストレート過ぎて自分でも言っててもはや鳥肌だ。言ってから、これは逃げ道のない言葉だと自分でも思う。

 でも、本気だ。

 だって、直感で分かる。ここまで言わないとこの子には伝わらない気がする。それくらいに、自己肯定感がこの子は低い。だからこれくらい言ってあげたい。伝えたくなってしまう。

 自分でも馬鹿だと思う程には、そんな彼女に惚れ込んでしまっているのだから。

 もう、どうしようもないくらいに自分の全てをこの子に賭けてしまっているから。だから、もう一度抱きしめる。

 

「ひっっ!? ふ、ふ、ふにゃぁ!?」

 

 星をもう一段、近づけるみたいに。

 まるで慌てた猫みたいな声をあげる彼女を、そのまま強く抱き締め直す。一度抱き締めることを許容して貰えたこともあって、嬉しくてつい抱きしめずにはいられない。

 

「っ〜〜〜〜〜〜〜!! あ、あっあっあっ、あぁぁあ………あっ?!」

 

 押し殺した声で彼女が呻いているのが、抱きしめた右耳から聞こえる。

 世界が少しスローモーションになって、音だけがやけに鮮明だ。可愛い。かわいい。愛しい。

 

「……ぁ、はぅ、ぁあ………ッ、ぁあ……!! よよよよよしざわくん、わたし、わたし、もう………」

 

「えっ、へっ、あっああ、ごめん!!」

 

 ふにゃぁ、とへたれかける彼女を俺はただそっと支える。あ、やべ。

 しまった、やりすぎた。

 ていうか、だからまだ付き合ってるわけじゃねぇよ俺!! やりすぎた、どころじゃないだろ!!

 内心ツッコミを自分に入れたそのタイミングで、ふと冷静になる。腕をほどき、慌てて顔を離す。彼女は乱れた前髪と横髪を頬に張りつけ、目を見開く。俺は慌ててスマホを取り出す。ちょっと待て。今何時だ?

 

「………あ、ていうか、ごめん! この後もバンドの練習あるんだよな?!」

 

「え゛っ……?? あっ」

 

「っ、えっあの、あ、あああ、あります……けど……」

 

 彼女はなんとも言えない表情のまま俯く。えっ、何その顔。名残惜しさが表情に滲んでいるように見える。

 ああ、やっぱり、この子、嫌がったりはしないでいてくれるんだ。そう確信を抱く。俺も同じだ。だけど、ここで焦らないと決めた。

 

「……あっ、あのさ、また、話してくれる? 俺と」

 

「えっ? い、いいんですか?」

 

「当たり前だろ! でも、ほら、もう練習行かなきゃだろ?」

 

「あっそれは、そう、なんですけど………」

 

 彼女は何やら慌てたように目を見開いて叫ぶ。

 

「………っ!! あ、あのっ……!! ま、まってください……!」

 

「えっ!?」

 

 今度は袖を掴まれた。震える指先の力は小さいけれど、意思はまっすぐだった。少し呆気にとられたまま、俺はそんな彼女を見つめ返す。

 

「ッ、ど、どうしたの後藤さん」

 

「…………っ、え、えっと、えと、えぇっと……」

 

 何かを言おうとして飛んでしまったのか。言葉が出てこないでいる彼女の目に、葛藤が行き来する。分かる。分かりすぎる。

 

「……大丈夫。また話そ? あの、良かったら、ほら」

 

 スマホを開く。メッセージアプリのLOINEのQRコードを出して、差し出した。

 

「…………!!!」

 

「い、い、いいん、ですか!?」

 

「………当たり前だろ? 彼女に、なって欲しいって頼んでんだし、そら教えるよ。むっ、むしろ迷惑じゃない? ていうか、さっきからありえないくらい距離近いしな俺」

 

 そうして僅かに彼女から半歩距離をとる。今更遅い。

 やりすぎだ。さっきから俺、自分でも頭がおかしいと思うくらい近過ぎる。恋って怖い。何やってんだろ俺。本当にキモいかも。

 

「……いや、俺、後藤さんが嫌がらないからって無理させてるかも、ほんっとごめん!!」

 

 そのまま焦って慌てて頭を下げた。

 そう。多分、この子は断らないし断れない子な気がした。それに甘え過ぎた気がする。節操がねぇよいくら何でも。

 

「びょ゛ェェ゛ッ……!! そ、そんな!! あっ謝らないでください!! 迷惑なんかじゃ全くないです!!」

 

「えっ、そ、そう?」

 

 すると彼女は縦に数回痙攣したあと、顔面が一度崩壊してから元に戻る。最早その一連の流れがもう彼女の“呼吸”みたいに自然で、思わず笑ってしまいそうになった。

 それを聞いて素直に安心はする。普通の女子なら引っぱたかれて良しに決まってる。普通にキモいだろうに。

 だけど彼女は、少しだけ気を落ち着かせると、そっと微笑む。

 

「………ッ、…………っぅ、大丈夫、です。私は」

 

「あの、びっ、びっくりはしましたけど……」

 

「………そっその、吉沢くんさえよければ、こっ交換、しましょう?」

 

 そう言って彼女はQRを読み取って、顔を上げる。

 それを見て、心の底から安堵の息が漏れた。

 

「……よかった。ありがとう」

 

「あっい、いっいえ、わっ私こそ」

 

「ふふっ、うん。にしても後藤さんって、ほんとおもしろいね」

 

 メッセージを開き、すぐにスタンプを返した後に呟く。自然と、満面の笑みがこぼれる。

 

「ッ……ほ、ほっほんとですか、ふ、ふへへ、うへへへ……」

 

 すると、それを聞いた彼女も不器用そうに怪しい笑い方をする。凄い癖の強い笑い方だ。随分と有頂天になるのが早い。案外、意外と調子に乗りやすい性格なのかもしれない。

 だけどもう分かる。それは、紛れもない本物の彼女の感情だと。そうしてその笑いは、俺にも連鎖する。救いだ、とそんなことを思う。

 

「……あっまた、ろっ、ロインでも、話して……くれるん、ですね」

 

「……うん! 約束! つうか、俺も話したいし」

 

「またLOINEでも、電話でも……暇な時、タイミングが合う時とかでも、ここで話そ? ね?」

 

「はっ……はいっ!! あっあの、きょ、今日はありがとぅごじゃいました………っ」

 

「そっ、その!! ぜったいに、約束まもりますから!!」

 

 大きく頷き、何度も吃ったり噛んだりしつつそう叫ぶ彼女の表情には、どこか高揚感を感じているように見えた。

 やがて、走り出す後藤さん。そんな彼女へ、スマホを握りながら手を振る。その姿は、風に揺れる前髪ごと印象に焼き付く。

 

「………またな! 後藤さん!」

 

「………っ、はっ、はいっ! 吉沢、くんっ。また明日!」

 

 ギターケースを背負って、校門のほうへ駆けていく。何度も振り向いて、何度も手を振ってくる。そんなに、手を振る必要は無いのに。

 だけどその姿は、果てしなく愛おしくて仕方なかった。胸の中で小さな灯りが増えていくのを感じる。

 最後の声は、ちゃんと届いた。

 それでは、また明日。

 そう、明日があるんだ。そう確信して、空気が少し甘くなる。

 そうして彼女の背中が角を曲がって見えなくなるまで、俺は手を振り続けた。

 

 

 

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