◇
結局、あたしたちも同じステーキハウスに入ることにした。
いやついて行くんかい、とはセルフツッコミしつつも、でも気になって仕方ないんだからしょうがない。
そんな、相反した気持ちを抱えたまま、店員のお姉さんに案内されていく。
店内は、外のネオンよりちょっとだけ落ち着いたオレンジ色。
天井の柔らかいスポットライト。そしてオシャレな大きなガラス窓から射し込む黄昏の光が、テーブル上の鉄板、ソースの入った小さなポットに反射する。
キッチンの方からは、ジュウ〜〜ッていう激しい炙り音と、時々メラッと上がるフランベの炎。
フォークとナイフが触れ合うカチャカチャって音や子供の笑い声、店員さんの「お待たせしました〜」も、あたしの耳にずっとBGMみたいに流れていく。
そうしてあたしたちは、ぼっちちゃん達にバレないよう、少し離れた壁際の四人掛けテーブルに通してもらう。
そのまま、人数の割に一席分広い席で三人ギュッと詰まって座っていた。
ガラス窓の向こう側、斜めの位置にはぼっちちゃんと春樹くん。
二人とも窓際の席で、シェア用の大きいハンバーグを前に、ものすごく幸せそうに笑っていた。
そして数分経った後のテーブルの真ん中には、あたし達も同じくシェア用の大きいハンバーグが置かれる。
席に着いて早々「あの窓際に座ってる二人と同じメニューを。あと、山盛りポテトを追加で」とリョウのアホが謎のドヤ顔で注文して届いたヤツだ。コイツ。
サイドには、一緒に着いてきた山盛りポテト。
茶色と黄色の暴力。炭水化物オン炭水化物。コレが女子高生の選ぶメニューか、コレが。あたしは頬が思わず引き攣る。
と思いきや、喜多ちゃんもちゃっかり追加注文で彩りの豊かなプリンアラモードをどさくさに紛れて注文してるし。ハメ外しすぎでしょ……。
「きゃぁぁあああぁぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜♡♡♡♡」
「ひとりちゃん、可愛ぃぃぃいいい………………♡♡」
んで現在。
その喜多ちゃんは、カメラでパシャパシャパシャ、と遠くの席のぼっちちゃん達を撮影しまくっており、小声で黄色い悲鳴をあげる。思いっきり隠し撮り。
「………何してんの喜多ちゃん」
「だってぇ! ほら伊地知先輩も見てくださいよっ!」
「ひとりちゃん、とっても美味しそうにハンバーグ食べてるじゃないですか! あんな可愛い姿を見れる春樹くんが羨ましくって……! きゃあーっっ、もっと撮らないと〜〜っ!♡」
「…………」
……もはや完全に “尊みを摂取するオタク” と化していた。ステーキとかパフェの代わりに尊さ
ハートのエフェクトとか視界に出てないのがいっそ不思議なくらいかもしれない。
あたしも頬の筋肉が
「……………………」
なにあれ。青春映画?
ここステーキハウスという名の映画館かなにかでしょうか。さっきからやっぱり胸焼けが凄いよ、色んな意味で。
だけどその時、ふとあたしは気付く。
ぼっちちゃん達への視線を向けたまま、何となく二人へ問い掛ける。ついでにポテトを一本ぽりぽり齧りながら。あっ、おいし。
「……………ねぇ、気付いた? 二人とも」
「何? 虹夏」
リョウはリョウでマイペースにポテトを口へ運びながら、さほど興味なさそうな感じで目だけ動かすのが視界の端に映り込む。そうしてジンジャエールのストローをちゅうっと吸う。
一番大きいポテトを当たり前みたいな顔して食べてんじゃない。
こっち見ろ、こっちを。
「どうしたんですか? 伊地知先輩」
一方の喜多ちゃんも、スマホを構えかけていた手を止めて、こっちを向く。ぼっちちゃん達にはバレないように、あたしたちは少し身を低くした。
「………ぼっちちゃんさ、デート中、全く
普段だったら、人混み+知らない店+イチャイチャコンボで、ぼっちちゃんは最低一回は床と同化してもおかしくない。というか、実際普段のぼっちちゃんなら毎回の如くそうなってるし。
なのに、今のあの子は───ちゃんと、そこに “立ってる” 。
あのぼっちちゃんが、子どもみたいなキラキラした顔でちゃんと座って。ちゃんと、目を合わせて。ちゃんと、笑ってる。
自分の椅子に座って、自分のフォークで、好きな人の前で普通に自分の「好き」を食べてるのだ。
それってあの子にとって、ほんっっっとにすごいことなんじゃないかな、ってあたしは思わずにはいられない。
「ああ……確かに。そうかもね」
リョウが、ようやくあの子達の方へ横目を向ける。その横顔は無表情なんだけど、目だけはちゃんと観察モードになってた。
シェアハンバーグをナイフで切り分けながら、表情はいつも通り薄いけど、眉だけがほんの少しだけ動く。
「……ほんっと。うちのマネージャーには
あたしは、そんなことを呟く。
そうして苦笑しながらコップの水を一口飲む。胸の奥が、ちょっとだけ、チクリとする。
「……うん」
リョウは短くそう返して、器用にハンバーグを三等分────しようとしていく。ん? ちょっと待って。
「あっリョウ先輩、私切りますよ?」
「いや、いいよ」
さらっと自分で切り続ける。
「……」
「ねぇ山田、なんかデカくない? その自分用に切ったやつ」
「ぎくっ」
ピタッ、と一瞬その動きが止まる。今ぎくっつったよコイツ。
さりげなく自分のハンバーグをちょっとだけデカめにしている。あたしはそれを見逃さない。ジトッと眺める。
「……き、気のせい気のせい。いただきます」
完全に目を泳がせながら、しれっと大きい方を自分のお皿に移す。
そうしてリョウはしれっとその一番大きいブロックをあむっ、と口に運ぶ。山田さぁ……。
「……あっうまっ」
表情は薄いけど、眉はちゃんと “おいしい” の形を表現する。
「……」
「あはは……」
あたしは遠い目でそれを眺め、喜多ちゃんはその様子を見て苦笑いする。彼女はちゃんとナプキンを胸元に広げ、綺麗に、そして上品にハンバーグを切っていく。こういうところ、ホントにこの子は女子力高いよなぁ。ていうか育ちがいいって言うのか。しっかり切るの上手だし。
……この二人、なんていうか、テーブルマナーの方向性バラバラすぎるのでは。というより対照的過ぎるのでは。
「……はぁ。まったくもぅ………」
やれやれ、と諦めて一息着きつつ、あたしもナプキンを膝の上に広げる。その瞬間。
ふっと、さっき聞こえていた春樹くんの声が頭の中でリフレインしていく。
『……もう君は、独りなんかじゃない。だから、不安に苛まれなくてもいいんだ』
『妄想なんかじゃない、皆君が頑張ってきたのをちゃんと知ってる』
『これから沢山君は多くの人に見てもらえる。絶対にそんな存在になれるって、俺は信じてる』
そこまで思い浮かべて。
思わず、ちょっとだけ困ったみたいな笑いが口元に勝手に浮かぶ。そしてそのまま、視界をぼっちちゃん達の方へ向ける。
「────────………」
(ほんっと……なんであんなカッコイイこと普通に言えちゃうんだか、全く)
あたしだったら、あんなカッコイイセリフ絶対噛んじゃう気しかないんけど。
「なんか、ほんと悔しいなぁ」
「?」
そう思ったその時、自然と口元から言葉が零れ落ちていく。喜多ちゃんは不思議そうに大きな瞳をこちらに向ける。
「……あたし達でも、ぼっちちゃんと、やっと一緒に写真撮れるようになるまで割とかかってるのに」
あの子が誰かと一緒にフレームに納まってくれるまで、どんだけ時間かかったことか。というかそもそも会話が成り立つようになるまでどれだけ大変だったか。
最初のアー写撮影の時とか、なかなかの苦労な思い出しか無いし。
でも、お姉ちゃんから出されたオーディションが受かった時、その記念撮影を撮った日のぼっちちゃんの引きつった笑顔も頭をよぎる。
ピースの形もぎこちなくて、笑顔もカクカクで、それを “可愛い” って言い張ってきた半年。お世辞のつもりではもちろん無くて、紛れもなく本心。
でも、そうとでも伝えてあげないと、あの子は基本的に写真なんか一切撮ろうとなんてするタイプじゃなかった訳で。だから、思う。
悔しいな、って。
なんで、あたしじゃ────あたしたちじゃ、ダメなのかな、なんて。
「………良いんじゃないの。別に………ても」
その時。まるで、あたしがそう一瞬でも思ったのを見抜いてたかのようなタイミングで。
リョウは大盛りハンバーグをもぐもぐ咀嚼しながら、さらっと何かを呟く。
「え?」
あたしは、言葉の最後ら辺を聞き漏らして、思わず顔を上げる。
その時のテーブルの上では、喜多ちゃんが「映え」を意識して、ハンバーグとドリンクの角度を微調整しながらこれまた永遠とパシャパシャ写真を撮っていた。
……冷めるよ喜多ちゃん。この子はこの子で、胃袋のかわりに無限にいいねを摂取したがる。
「きゃっ♡ 伊地知先輩、ちょっとすみません……」
「あいあい」
コップを退かすように頼まれて、あたしはやれやれと目を細めつつ、グラスを横にずらす。喜多ちゃんの撮る写真はイソスタでよく流れてくるけど、いつもやたらオシャレ。というか撮るのに夢中で料理が冷める所まで割とテンプレ。……正直間違い探しのレベルで似たような写真ばかり見かける気がするけど。
一方のあたしの胃袋はハンバーグで埋まりそうだけど、あっちはタイムラインを埋める気満々だ。そうして何となく、リョウがさっき言おうとしてたことが気になって目を向ける。
「ねえ、さっきなんか言った? リョウ」
「ん……」
対面のリョウが噛んでいた挽肉を飲み込んだのか、ごくりと喉を小さく鳴らす。やがてこちらへ相変わらずの無表情のまま目線を向けてくる。
「別に、比べなくてもいいんじゃないの、って」
あたしはその言葉を聞いて思わず身体が固まる。
そのまま、目を小さく見開く。
「……リョウ」
ふと、リョウは静かで僅かに俯く。
「────だってさ」
「ぼっちはぼっち、春樹も春樹……私達は私達でしょ」
そうして伏せたままのリョウの瞳はちょっとだけ真剣で、でもそんなことを呟く口調はいつも通り淡々としていた。
だけど長い付き合いのあたしには分かる。表情はまるで乏しいけど、こういうことを言う時の彼女はいつもより、ほんの少しだけ真面目だ。
「─────……そうかもね……」
あたしは苦笑いしながら、俯きながらフォークでハンバーグをつつく。
せっかくいいこと言ってる中、再度顔を上げたあたしの視界にリョウの顔が映り込む。
「……………」
口元にソースをべったりつけたまま、めちゃくちゃ良いことを言ってる山田リョウの謎のドヤ顔がそこには在る。リョウの口元に、デミグラスソースが立派な口ひげみたいについている。台無しだよ、色々。
「……ソース口元にべっとりくっつけてなかったら、今のちょっと締まってたのになぁ……」
「……………」
あたしのその呟きにリョウは、それに気づいたのか気づいてないのか。ていうか気付かないフリをしたいのか。
無言でナプキンで口元を拭いてから、また無表情でハンバーグを運んだ。ちらっとだけ、こっちを見る。
「……うるさい、虹夏」
耳たぶが、ほんの少しだけ赤い気がする。照れてんな。可愛いかよ。すかさず喜多ちゃんが、その瞬間を逃さずスマホのシャッターを切る。
「きゃっ♡ そんな先輩も素敵です♡♡」
「いぇーい」
それに対して無表情&棒読みのまま、ちょっとだけリョウはピースを決めた。何だこの二人。なんかもう放っておいてもいい気がしてきた。
「………」
あたしはそんなしょうもない二人のやり取りを横目に見ながら、もう一度ぼっちちゃん達のテーブルに目をやる。
相変わらずハンバーグを分け合ったり、あーんしてたり、何か話しては笑い合ってたり。
さっきまでは “何かあったら守ってあげなきゃ” って対象に見えてたぼっちちゃんが、今はちゃんと “自分の意思から好きな人の隣に並んで歩いてる子” に見えた。それはもう、完全に傍から見たらどこにでもいる普通のカップルにしか伺えないだろう。
「…………」
その時。
胸の奥で、少しだけ何かがずきん、と鳴り響く。また、だ。
(───今、の)
何だろう。どうしてだろうと、あたしは思う。
どうして────こんなにも、確かに嬉しいはずなのに。
どうして、こんなにもあの二人が “遠く” 見えてしまうのかな、なんて。
そこまで考えて、あたしはまた、あの二人を見つめ直す。
「? 先輩? 冷めちゃいますよ!」
その時、不思議そうにお目目を大きく開く喜多ちゃんに声を掛けられた。
「えっ? あっ、うん!」
思わずハッとして、慌てて笑顔を作ってはフォークを持ち直す。何をボーッとしてるのか。あたし達の受注したミッションはまだ終わってないんだ。
ミッション名「尾行を続けろ」。
デートの邪魔はしない、でも見失いもしない。とにかく見守り、何かあったらすぐにフォローに入る。
それが今日の、結束バンドサイドの仕事なんだから。
「…………さ。あたし達も食べちゃお! 二人より早くお店出ないと!」
「お支払い少し割増でお願いします虹夏、お金あんまりない」
「………」
そうして気合を入れた矢先、思わずあたしのこめかみに、無言の怒りマークが浮かぶ。
「……まあ冗談だけど」
リョウはポケットから、ちょっとヨレた財布を出して、さらっと万札を数枚取り出す。
「め、珍しい!! リョウ先輩がちゃんとお金持ってる!」
「その感心なんか嬉しくないな」
この二人、漫才師か何かか。
「んじゃ今日はリョウの奢りね。さーーー食べよ食べよ郁代ちゃん♡」
あたしは怒りをにっこにこの笑顔に変換してそう宣言し、「いただきます!」と手を合わせてから、ガツガツと半おこのまま思いっきりハンバーグを口に運ぶ。いっつも奢ってるんだからたまには奢れ! 全く。
「………まあいいけど。普段奢ってもらってるし」
そしてリョウも、さっきより少しだけ穏やかな顔で、自分のハンバーグを再び切り分ける。その時、その視線はほんの僅かにぼっちちゃんと春樹くんの方へと滑る。そうして、でも、とリョウは呟く。
「……ぼっち達ほど美味しそうには食べれないね」
どこか少し羨ましげに、横目でひとり達のテーブルを見ながらそうボソリと言葉を落とす。
「……そうですね」
ふと、その言葉に僅かに動きを止めた喜多ちゃん。リョウをほんの少し静かに見つめた彼女も、やがて右の髪を耳に掛けながら、小さい一口サイズにハンバーグを切っていく。
そのまま上品にぱくりと食べてから、同じ方向を見る。
やっぱり、その横顔はどこか切なさが隠しきれてはいなかった。
ジュウジュウ鳴る鉄板と、ちょっと甘いソースの匂い。あたしはリョウと喜多ちゃんを見つめて、もう一度静かに俯く。
「………」
ナイフの先で肉を押さえながら、あたしも一口、ハンバーグを頬張る。
うん。ちゃんと、ちゃんとおいしい。
でもやっぱり思うこと。
それは、嬉しいのと、寂しいのと、誇らしいのと。なんかもう、そんな全てを、全部まとめてハンバーグソースに溶かして飲み込みたいなってこと。
でもそれでもどうしたって、その味は向こうのテーブルの味には、きっとどこか敵わないんだろうな、ってことだ。
笑い声のボリュームを聞きながら、なんとなくそんなことを考えることしか、今のあたしにはできそうになかった。