#06、最終回となります。
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風薫る真夏の藍染め 溶かすように涙を数滴
タイダイに成り代わって 滲んだ僕らさ
入道雲 空に挨拶 見上げれば涙が数滴
マイマイに成り代わって 殻から這い出だそう
淡い夢 喪失の地平
広い世界
置いてきぼりさ いつでも
大袈裟なニュースもいつか消えてしまうだろう
そうさ 公転の合間に散り散りになる
現在 此処に在る僕らを
そうだ 未だ見ぬ明日を
どんな悲しい最期が待ち受けていようとも
それを「希望」と呼ぼう
西日差す部屋の隅っこに
クシャクシャに丸めたダイアリー
橙色に染まって 寂しくなったら
真っ白なページの最後を
破いて作った飛行機を
再会を誓い合って 大空へ飛ばそう
淡い夢 喪失の地平
広い世界
置いてきぼりさ いつでも
大袈裟なニュースもいつか消えてしまうだろう
そうさ 公転の合間に散り散りになる
現在 此処に在る僕らを
そうだ 未だ見ぬ明日を
どんな悲しい最期が待ち受けていようとも
それを「希望」と呼ぼう
-ASIAN KUNG-FU GENERATION 『未だ見ぬ明日に』-
※
小さい頃、それはまだ幼稚園に通っていた頃のこと。
六月の雨の日。友達が居ないこともあって相変わらずの独りぼっちのまま、私は小さな校門付近の草むらをよく見に行くことがあった。
そこでノコノコと、
その子たちは、殻の中で静かに息を潜めていた。
螺旋状の殻は、紫陽花の藍色や薄紫、桃色のような色が
それはどこか、自分に似ていたからなのかもしれないと、今になって思う。
その子らの生きる速度は、どこかとてもゆっくりで、どこまでもマイペースで。
なにかに急かされることも無い。
雨粒がその身に降ってきても、その身に
彼らが、羨ましかったのかもしれない、なんて。
そんなことを考えずにはいられない。
私にも殻があってくれたら。どんなに寂しくても────苦しくないんじゃないかなんて、そう思っていたから。思い込んで、いたから。
いや、違うか。
私には殻は無かったけど、私自身の心はずっと彼らと変わらなかったかもしれない。
─────これまで十六年生きてきた私の人生は、言うなればたぶんずっと、あの子達と同じように、殻の中で息を潜めていた。
それはまるで、
マイマイそのものみたいに。
ひっそりと生きて、ひっそり分相応に生きてさえいけたら。
そんな風に、考えていたのかもしれない。見つからないように。嫌われないように。後ろ指を差されなくて済むように。
そうすれば、苦しまなくて済むから。悲しい想いを味わうことだってしなくて済むからだ。
でも、今なら思う。
それなら、あの日、あの時。お父さんのギターを弾くことを選んだのは。
ギターヒーローの活動を始めたのは、そもそもどうしてだったのだろうと。
元は人様の前に出ても恥ずかしくないように。
ギターを弾きさえすれば誰かに見てもらえて、チヤホヤされて、承認欲求が満たされるとかつての私は思い込んでた。結束バンドの皆と出会って、春樹くんと出会うまでの私は、ずっと、ずっとそうだった。
だけどいつからか、虹夏ちゃんに話してもらえた “夢” の話と、リョウ先輩のやりたいバンドの “理想” と、私なんかを好きになってくれた喜多ちゃんの “憧れ” の話を知って。
私の承認欲求の奥に眠ってた、本当の想いに気付かせてくれた春樹くんとの出逢いを経て──────私にとっての結束バンドの存在は、生まれて初めて本気で恋をした大好きな人との日々は、私自身のその在り方すらも変えてくれたように思えてならなかった。
ふと彼の話を、思い出す。
脳裏に巡る、黄昏時の光景。今にも泣きそうなほど、切なげな視線の春樹くんの姿。そんな彼が教えてくれた “ソラニン” の話が、あれから何度も私の頭をもたぐ。
彼の言う通りだ。痛みを味わいたい人間なんて、きっとこの世にそうは居ない。
でも、それでも。
──────痛みがなければ、前に進めないのだとしたら。
私は、それを考えずにはいられない。
ぬるくて狭い場所、暗い場所は落ち着く。
そこにいれば、少なくとも自分から世界へ触れなくて済むから。縮こまってさえいれば、やり過ごせると思っていた。傷つかずに済むと思い込んでいた。
そのなかで、柔らかいところだけ守っていれば、きっと大丈夫なんだと思っていた。
だけどこれまでの私の考えじゃ、ダメなように思えた。
殻の中にいるままじゃ、守れないものがもう出来てしまっていたから。
殻から出るということは、外へ行けるようになることだけじゃなくて。
這い出さなければ届かない場所があるのだとしたら────いちばん柔らかいところを、何にも守られないまま世界へ差し出すことでもあるかもしれない。
怖くても、自分の足で出ていくしかないのかもしれないのだと。
ふと私は思う。
あれは、何だったかな。
かつて中学生の時。
作詞を出来るようになりたくて、独りきりで本を読み漁っていた時、好きだった一節があったんだ。
そう。あれは、ヘルマン・ゲッセの本─────『デミアン』の一節。
※
下北沢の街の夜は、思っていたよりずっと静かに感じる。
私と春樹くんは、いつもよりほんの少し遠回りをするように、下北沢駅周辺の住宅街の道を一緒に歩いていた。彼が「少し、一緒に歩きたい」と言ってくれたからだ。
断る理由は無かった。
何より私自身も、春樹くんの隣を歩きながら、パンクしそうだった脳を冷たい夜風で冷やしたかったから。
「…………………」
夜の街灯は朧気な灯火のよう。その灯りは、星が見える暗闇の歩道をぼんやりと照らす。
そのなかで、彼と私の乾いた革靴の足音だけがアスファルトの上でひたすらリズム良く響く。春樹くんの歩む音と私の音が、微妙にその高さが違っていて、まるでそれは小さなアンサンブルを奏でるみたいに思えた。
さっきまで、あんなに色んな音が溢れていたのに。
怒鳴り声とか、泣き声とか、言い返せなかった言葉とか。
そういう類のもの全部がまだ耳の奥に引っかかったまま。だけど、一度外へ出てしまうと、まるで世界は知らないふりをしているみたいみたいにいつも通りの光景だった。
街灯の白い光。
遠くを走る車の音。
誰かの家の窓から漏れる、橙色のやわらかい灯り。
その全部が、何事もなかったみたいにそこにある。
でも、私の中だけが、まだ全然そこに追いつけていない。
春樹くんの隣を歩き続ける。今日だけは、珍しく手は繋いでいない。繋ぎたかった。でも、手を繋ぎたいと言える状況と勇気が今の私には無かった。
だけどそれでも、歩幅だけはちゃんと合わせてくれているのがわかる。
(………春樹、くん)
私は何度も、隣を歩くその横顔を見上げた。
心の中で、何度も彼を呼ぶ。でも、実際に声に出して彼を呼ぶ勇気は出せなかった。
彼は酷く俯きがちのままだ。
いつものやわらかい笑い方なんて、そこにはもちろん無くて、ただ、唇だけがかたく結ばれていた。
さっきのことを、きっと春樹くんはまだずっと引きずっている。そのことが、鈍感な私でも理解できた。
やがて、駅前へ続く大通りが見えてくる。住宅街の影が少しずつ薄くなって、街灯の数が増えていく。その光の中へ入ったところで、ようやく春樹くんが、ぽつりと口を開いた。
「…………ごめん。ひとり。さっきは、本当に」
「え………?」
思わず足が少し止まりそうになる。
春樹くんは私の方を見ないまま、苦々しそうに前髪の下で目を伏せた。
「…………あんな風に、感情的になるべきじゃなかった。一歩間違えたら、警察沙汰だ」
「………俺のせいで、STARRYを台無しにしてたかもしれなかった、からさ……」
その声は低くて、重かった。自分を責める時の声だ、とわかる。
春樹くんは、いつもそう。出逢った時から、この人はいつもそうだった。他人を責めるより先に自分を責める人だから。胸が、痛くなる。
「ち、違います!」
気づいたら、思ったより大きな声が出ていた。春樹くんがはっとしたようにこっちを見つめ返す。
「わっ、悪いのは、私です。あっあんな風に、言われても言い返せなかった」
「…………今回のことは、そもそも私が事前にギターヒーローである事を……バンドが成功するまで黙っていようとしたことが全ての発端なんです」
言いながら、自分でも、また喉の奥がひりつく。
言えなかった。
言いたくても、言えなかった。
それは臆病だったからだ。みんなを信じきれなかったからだ。
殻に閉じこもったまま、出ようする勇気を持てなかったから。
だからこんな形で皆を巻き込んだ。その結果、皆の居場所があわや壊れるところだった。私だって、責任がある。そういう言い方だって、きっと出来る。
でも春樹くんは、ゆっくりと首を振った。
「……………ひとりは、皆を失いたくなかっただけだろ。ひとりは悪くない。他人の守ろうとしてるモノに土足で踏み込む人間が絶対に悪い」
「………あのクソライターは私利私欲の為にひとりを、結束バンドを踏み台にした挙句、………それどころか、最低のバンドだとか、ひとりを無神経に他のバンドに紹介するとか、言いやがったんだぞ。そんなの、許せるわけない」
「……春樹……くん」
強い声だった。思わず私は言葉を詰まらせる。
声色だけで、何となく分かった。それは、怒っているだけじゃないんだと。なによりも、傷ついている声なんだと。
私のために。
私たちのために。
そのことが、苦しいくらいにわかってしまう。
「でも、殴りかけたのはやり過ぎだった。言ってしまえば、結束バンドを『最低のバンド』呼ばわりさせる遠因になったのは、俺のその行動だ」
「リョウの言う通りだ。マネージャー失格もいいとこだろ………やっぱり俺なんかに、マネージャーなんか───」
「まっ、待ってください春樹くん!!」
私は激しく首を横に振る。
違う。違う。それだけは、どうしても違う。
「え………?」
「………違います! それだけは………絶対に違うんです!」
自分でもびっくりするくらい、強い声が出た。
胸元でぎゅっと手を握る。
言わなきゃ、と思った。
今ここで、ちゃんと言わないと、春樹くんはきっとまた、自分だけを悪者にしてしまう。嫌。そんな春樹くんを、私は見たくない。
「………ひとり………」
春樹くんが、少しだけ目を見開いてこっちを見つめる。
「わっ私達、バンドメンバーはみんな、春樹くんのことが大好きなんです」
「………!!」
「みんな、春樹くんがどうして怒ったかちゃんとわかってますし……嬉しかったんです。にっ、虹夏ちゃんだって、同じ事を言ってたじゃないですか」
喉が震える。でも、止めない。だって、本当のことだから。
「いつだって春樹くんは、私達のメジャーデビューすらしてない音楽を、私達を信じてくれて、守ってくれようとしてくれてます!! っ、は、春樹くんは、いつだって私達を支えてくれて!!」
「っ、────何よりも、ずっと!!」
「こっ、こんな私の味方でいてくれてるじゃないですか!!」
言い切った瞬間、心臓がどくどくした。自然と、出てきた言葉。以前の私なら、きっとこんなふうに言えたとは思えない。
だけど、彼ならちゃんと聞いてくれると思った。ちゃんと、届いただろうか。
伝わっただろうか。また私、調子に乗ってないかな。
春樹くんは、しばらく何も言わなかった。
ただ、眉を少し寄せて、悲しそうで、でもどこかやわらかい顔で私を見ていた。それから、そっと私の髪に触れる。
「─────ありがとう。ひとり」
「っ………あっいえ……お礼なんて……」
その手のひらの温度に、少しだけ肩の力が抜ける。優しく触れてくる感触に、私は耳が熱くなる。同時に、安堵する。
届いてよかった、と胸の奥が静かにほどけていく。
だけど、春樹くんはすぐにまた、駅の明かりの方へ目を向けた。
「…………悔しいよな。あんなふうに、言われてさ」
「………………はい」
私も同じ方向を見る。
夜の中で、駅前のライトアップだけがやけに明るい。
その光が、今はどこか遠く感じた。
悔しい。
ほんとうに、悔しい。
その言葉に引っ張られるみたいに、頭の中で色んな記憶がばらばらに浮かび始める。
結束バンドに入ってからのこと。
完熟マンゴー仮面になったこと。
下北沢のツチノコになったこと。
喜多ちゃんの前でヒューマンビートボックスを披露してしまったこと。
家にみんなを招待して、気まずい空気を生んだこと。
文化祭でダイブして、誰にも受け止めてもらえなかったこと。
「………………………」
だめだ─────!
頭を抱えたくなる。
いや、実際に抱えた。
ぼんやりとした失敗の記憶が、急に全部こっちへ押し寄せてくる。
私はやっぱり駄目で。
私はやっぱり変で。
私はやっぱり、みんなの足を引っ張る側なんじゃないかって。
「!?」
隣で春樹くんがびくっと震える気配がする。でも、今はそっちに気を配る余裕がない。
苦い記憶ばかりが、頭の中でばらばらとフラッシュバックしては止まらない。
─────思い出そうとしなくても、失敗した記憶は勝手に浮かんでしまうのだ。
噛み合わなかった会話。
すべった空気。
置いていかれた気分。
うまく出来なかった情けない自分。
でも、もう、それだけじゃなかった。
そのまま、別のものも浮かんだ。
虹夏ちゃんとリョウさんに初めて出会った日のこと。
三人で初めてインストバンドをした日のこと。
喜多ちゃんを勇気を出して引き留めて、結束バンドが四人になった日のこと。
リョウさんが、歌詞ノートを読んで『誰かに深く刺さるんじゃないかな』と微笑んでくれたこと。
虹夏ちゃんが、『だからこれからもたくさん見せてね。ぼっちちゃんのロック、ぼっち・ざ・ろっくを!』って言ってくれたこと。
喜多ちゃんが、『これからももっとギター上手くなるから教えてね、……ひとりちゃん……!!』って笑ってくれたこと。
江ノ島で撮ったアーティスト写真。
夏の終わりの海。
みんなの笑顔。
独りぼっちで、屈んだまま俯いてギターだけを弾くことしか出来なかったこんな私に、みんなが手を伸ばしてくれたこと。
受け入れてくれたこと。それを分かって、理解したある夜。
どうしようもなく、涙が勝手に溢れてしまったこと。
そして。
私の存在を、音楽を、全部肯定してくれた春樹くんの笑顔。
恋人同士として過ごした日々。
この人の隣で笑えた時間。
たった一ヶ月くらいの短い時間なのに、一生分の幸せを得られたような、幸せな瞬間。
そして、道中も同じくらい勝手に浮かんでくるたくさんの人の笑顔があった。
私なんかを見捨てないでいてくれた人たちの顔もあった。私は、そこで気付く。たぶん残像になっていたのは、痛いことだけじゃなかった。その全部が、同じくらい鮮やかに蘇っていく。
『っていうか、ガチじゃないですよね』
その言葉だけが、それら全部を塗り潰すみたいに上から落ちてくる。
長い前髪の影の下で、私は静かに俯く。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
怖かった。でも、それと同じくらい、悔しかった。
あの人に言われたことが。
結束バンドを、私の居場所を、そんなふうに言われたことが。
春樹くんや、みんなが傷ついたことが。そして、何よりも。
───────私が、なにも出来なかったことが。
嫌だ。
このままじゃ、嫌だ。こんなの、そんなの、嫌だ。
このまま終わるなんて───────そんなの。
私は、絶対に、納得なんかできない。納得なんか、してやらない。
「────────………………」
「…………ひとり?」
春樹くんの心配そうな声。
私は、ゆっくりと顔を上げる。
夜の光が滲んでいる。息を吸う。冷たいはずの空気が、胸の奥では妙に熱い。
まるで、熱湯を肺の奥へ注がれたように、身体の芯から全身が “熱” を持ち始めていく。
怖いままだった。そんなの変わらない。
怖くなくなったわけじゃ、全然ない。私は弱い。
でも、怖いことと、進まないことは、もう同じ意味じゃないって今の私は知っている。
それを教えてくれたのは、この人だ。みんなのおかげだ。
だから、だからこそ。
それでも、私は。
「──────…………春樹くん。お願いがあります」
「!!」
「……………うん」
春樹くんが息を呑む。目を強く見開いて、私を見つめ返す。
たぶん、自分でもわかる。
さっきまでの私とは、少し違う顔をしてるからかもしれない。
言葉にする前に、もう自分の中では決まっていた。たぶん、決めたというより、ここまで来てしまった、の方が近い。
もう、戻れない。
戻りたくない。このまま黙ったまま終わる方が、もっと嫌だから。
だから、問いかける。静かに、長い前髪が風に揺れる中、私は真っ直ぐに春樹くんへ問う。
「─────結束バンドを、メジャーデビューさせるために一番確実性があり、一番明確に、実力を示せる舞台を教えてください」
「…………………」
その言葉の意味を、春樹くんはすぐに理解してくれたみたいだった。目の奥の色が、少しだけ変わる。
「バンドがデビューする上で必要なものは、今の時代ならたくさん方法がある。でも」
春樹くんは静かにこちらを振り向く。彼の声が、夜の中で静かに響く。その先の言葉を聞いた瞬間。私の中で、ばらばらだったものが、やっとひとつに繋がった気がした。
「『一番確実に』『一番明確に』…………実力を示せる可能性が高い舞台があるとするなら─────────」
※
「─────『未確認ライオット』?」
リョウが机の上のポスターを見てそう呟く。
「────そう」
春樹くんが机の上に置いたポスターを、あたしはまっすぐ見つめながら、呟く。
昨日のことが、まるで夢だったみたいに朝は来た。夢であってくれたらどんなにかいいのに。そんなことをあたしは思う。
でも、アレは夢じゃない。
喉の奥に残る重さと、胸の奥に刺さったままの悔しさが、それをちゃんと教えてくる。
昨夜ぶりに『明日』を迎えたSTARRYは、昨日と同じ場所のはずなのに、少しだけ空気が違って見えた。
机も、椅子も、貼りっぱなしのフライヤーもいつも通りだ。
別に変わってない。
いつものクソデカ時計と赤いアーチも、スタジオやカウンターの備品や設備も、何も変わってはいない。
なのに、ここに集まってるあたしたちだけが、昨日の夜を知ってしまったぶんだけ、前とは別の顔をしている。
みんな、壊れたままの何かを抱えて、それでもちゃんとここに来てくれた顔だった。
静かに俯く郁代ちゃんも、リョウも、春樹くんも。同じものを胸の中に抱えたまま集まってきてるのがあたしにはわかった。
正直、皆が来ないのも覚悟してた。
「また明日」なんて、半分は祈りみたいなものだった。
ほんとに全員が同じ場所へ来られるかなんて、あの夜のあたしには分からなかったから。
でも、こうしてちゃんと集まってくれてる。当たり前のように。それだけで、少しだけ救われる。少しだけ、次の話が出来る気がした。
「………この場に集まってもらった理由は────皆に、このオーディションの話をしたかったから」
「大事な話だし、多分、これはどう頑張っても、あたし達のこれからを考えたら避けられない。逃げちゃいけないことだと思ったから」
「………ごめんね。昨日の今日でさ。みんな、色々思うとこはあると思うけど」
昨日の夜、結束バンドの背中を見送りながら、あたしはずっと考えてた。
悔しかった。腹が立った。
でも、それだけじゃ駄目なんだってことも、ちゃんとわかってた。そのまま、あたしは続ける。
「………別に良いよ」
「大丈夫。気にしてないぞ、虹夏」
「わっ、私も大丈夫ですよ。虹夏先輩」
リョウは頬杖をついたまま、相変わらず目を逸らしながらでも返事を返してくれる。春樹くんと郁代ちゃんは、苦笑いを浮かべつつ、そっと頷いてくれた。
あたしは申し訳なさそうに頬を弛めながら、話を続ける。
「昨日ね。……春樹くんからもまさか同じ提案をされるだなんて思ってなかったけど……でも、話を聞いてみた感じ、殆どあたしと同じこと思ってたんだよね」
言いながら、昨日の夜を思い出す。
星を見上げたこと。
負けたくないって、はっきり思ったこと。そしてその後、春樹くんからのLOINEで話した事を。
「……そうなんだ。で。その考えっていうのは?」
リョウが相変わらず頬をついたまま訊く。目線が静かにこちらに向く。代わりに、春樹くんが答える。
「言うまでもない」
「……俺達は、どうすればもっと前に進めるのか」
「どうすれば、あの女の言いなりな末路にならずに済むのか。ひとりがあんな風に泣いちまったのだって、俺の不甲斐なさのせいだ」
「俺はもう、ひとりのあんな顔を見たくない。だから」
「……だからこそ、証明しなくちゃならない」
「俺たちは、自分の力であいつの言葉通りになんか絶対にならない、って」
その彼の声を聞きながら、あたしも静かに頷く。
そうだ。
昨日のあれを、ただ「悔しかった」で終わらせたくなかった。あたしだって、ぼっちちゃんがあんなふうに泣く姿なんて、見ていたくない。
「……その為に、メジャーデビューを目指す方向性で、これまで以上に頑張る必要がある。だから、このオーディションを見つけた、ってことですよね」
春樹くんの言葉に同意するように、郁代ちゃんはそう呟く。
「……うん」
彼女に頷いて、あたしは深く息を吸う。机の上のポスターを見ながら、言葉を続ける。
“未確認ライオット”。来年の夏に行われる、国内でも屈指のロックフェス。
「………………あたしもあれからすごく調べたの。……このロックフェスは、国内でも最大規模に近い。だからこそ、物凄い激戦になる。実際、ここからメジャーデビューする人やグループは、かなりの数いる」
怖くないわけじゃない。
むしろ、怖い。でも、だからこそ、あたしは続ける。そうして、春樹くんが、あえてあたしを見つめた。
「……………。虹夏。一応聞いておく」
「そのフェスに出る理由はそもそもメジャーデビューを目指すからってのは大前提としても」
「これに出るにあたってまた別に求められる、俺たちにとって必要な本質があるはずだ」
「……………うん」
「その本質を叶える為の目的は何か、この場で示して欲しい。それは、リーダーである君の役目だ」
「……そうだね」
あたしは、みんなを見回した。
その視線と言葉の意味は、ちゃんとわかった。
これはリーダーの役目だってこと。あたし──── “伊地知 虹夏” 自身が皆に示すべき道筋なんだってことを。
リョウ。
郁代ちゃん。
春樹くん。
そして、まだここにいないぼっちちゃん。
昨日の全部を胸の中で握り締める。
「……勿論、春樹くんの言うとおり、あたしはあの人の言いなりになってここで終わるつもりなんてない。でも、その為には現実的にやらなきゃいけないこと、目指すべきことがあると思うの」
言いながら、少しだけ手が震えた。
でも、その震えごと前に出す。
「───それは」
「あたしたち結束バンドが、最高のバンドなんだってことを証明すること!!」
「勝ち残ってメジャーデビューを狙うこと。そして、審査員の目に止まる演奏をすること!! それ以外考えられないでしょ!!」
自分でも、少しびっくりするくらい、声が通る。でも構わない。小さく息をついて、意気揚々とはっきりと宣言する。
部屋の空気が、ぴんと張っていく。
でも、それは昨日の冷たい張り詰め方とは違う。明確に、前を向くための緊張だった。
「……………昨日は結束バンドを否定されて悔しかったけど。今のままじゃ……お遊びバンドなんて言われても……仕方がないのかも……」
そこまで俯きながら言うと、やっぱり胸が痛む。
悔しい。でも、その悔しさを飲み込まずに言葉にする。きっとそれこそが、今必要なことのはず。そこからは、逃げない。逃げたくないから言うんだ。今、ここで。
「…………だから。これに出て、皆の力を証明してみせる!! あたし達、結束バンド全員なら、沢山の人の胸に音楽を届けられるんだってことを!!」
僅かに、その言葉を発したあとに間が入る。
静かな沈黙のあと、郁代ちゃんが少し恥ずかしそうにスマホを取り出す。目を細めて少し気まずげに苦笑する。
「………あっあの」
「………じっ、実は私もその話を今日しようと思ってた所だったんです……昨日見つけました……空気読んで黙ってはいたんですけど……」
「…………ッッ! 喜多ちゃん……!!」
思わずあたしは目を見開く。多分傍から見てもわかるくらい自分の顔は華やいでいるのだろう。
でも、嬉しい。当たり前の話。同じこと考えてたんだ、ってだけで、胸の奥の火が強くなるから。
「……………皆が出たいならいいよ」
リョウが頬杖をついたまま言う。
「もおーリョウは空気ほんっと読めないんだからさぁ………」
そう言いつつも、ちょっと笑ってしまう。でも、すぐにリョウは真顔で続けた。
「………でも、春樹、虹夏。そもそもの話、ぼっちがまだ来てないし、ぼっちがこの手の話に乗れるとは思わないんだけど。そこは大丈夫なの?」
「………ひとりちゃんはこういうの嫌がりそうですよね」
郁代ちゃんの声が、少し曇る。
そこで、部屋の中は一度しんと静まった。─────その静けさの中で。
コッ、コッ、コッ。
その沈黙を破ったのは、声じゃなかった。
足音だった。
STARRYの正面玄関の奥の階段を降りてくる、静かに、でも確かに響く音。それは、大きくもない。速くもない。でも、不思議と耳が勝手にそっちを向いてしまう。
「…………!!」
あたしは後ろを振り向く。
郁代ちゃんも、リョウも、同じようにドアの方を見る。
スローモーションのようにあたしの心臓とリンクしていくその音は、来ると決めた人間の足音のように感じた。静かなのに、後戻りする気配がない。
それだけで、胸の奥が、強くドクンッ、とその身を鳴り
その時、春樹くんだけは動かなかった。代わりに、少しだけ微笑んだのが見えた。
まるで、それを最初から信じてたみたいに。分かっていたかのように。
やがて、ドアノブが回る。
ゆっくり扉が開く。そうして、玄関扉の奥から聞こえた足音と同じ様に、静かに、確実に一段一段こちらへ内階段を降りて、“彼女” は近付いてくる。
やがて、その人物はあたし達の前に静かに足を止めた。
「───────…………………」
そこに立っていたのは、ぼっちちゃんだった。
あたしは、どうして分からないけどそれを一瞬別人みたいに思った。
いつもの陰キャオーラな面影が、まるで感じられなかったからだ。
俯いている。長い前髪の奥の表情は窺えない。なにかが決定的に違った。姿勢が、全く揺らいでない。─────堂々と立っていたからだと、あたしは少し遅れて気付く。
「あっ、ぼっちちゃん………! 今皆で…………」
そこまで言いかけて、あたしは気づく。
ぼっちちゃんが握りしめている、くしゃくしゃの紙に。
彼女はそれを静かに広げる。
少し皺になったその紙を、まっすぐみんなの前に示した。
その瞬間。
「……ッ!!」
思わず、あたしは息が止まった。目を強くつよく剥いたまま、その別人の様な彼女を見つめ返す。
『未確認ライオット2023』。
そう記載された、あたしたちと、同じフライヤーを彼女は持っていた。皺だらけなのに、そこに書かれた未来だけは、やけにはっきり見える。
「…………!!」
郁代ちゃんと顔を見合わせる。
その瞬間、あたし達は一気に互いの目が輝いたのがわかった。
リョウも薄く笑う。
そして、春樹くんは。
この場で誰よりも動揺せず、ただ信じる様に、その姿を見つめていた。
「─────誰より信じてた。きみが来ること。ひとり」
彼の言葉に、彼女は静かに頷く。
それから、顔を上げた。しっかりと全員を見渡した。
その時見えた彼女の表情は────やっぱり、別人みたいに、思えてしまった。
何せ、あたしはその時、昨日の夜に壊れたものが、別の形で繋がり直す音を聞いた気がしたからだ。
何事もない日々には、もう戻れない。
でもそれでも。
あたし達は、ここから先を自分たちで選び直せるかもしれない。
それを体現してくれる自分の中で決めた人間だけが纏う、静かな光みたいなものがそこにはあったからだ。
たぶん、ヒーローってこういう時に現れるんだと思った。
派手にじゃない。
逃げないと決めた、その立ち方ひとつで、それは彼女が証明をしてくれていた。
全く
「皆さん。………お願いがあるんです」
「皆さんの力を、貸してください」
「───────私を信じて、着いてきて、くれますか」
「ッッ………!! ぼっちちゃん!!」
胸が熱くなる。冷たく凍りついた心を、確かな “熱” で溶かすように。
そのヒーローの姿は、昨日までのぼっちちゃんじゃない。
昨日までの全部を抱えたまま、それでも前に立とうとしてる彼女そのものだった。
「──────誰よりも俺は、君を信じる。そう言ったろ。……言うまでもなく、信じるよ」
「必ず!!」
春樹くんが立ち上がる。その言葉に、ぼっちちゃんはほんの少しだけ微笑んだ。
そして。
未だかつて無いほど、勇気の宿った目で、はっきりと言い放つ。
「結束バンドで……」
「グランプリ──────獲りましょう!」
その瞬間。
昨日までの夜の残響ごと、全部ひっくり返してしまうみたいに。
あたしの目の前には。
確かに未だ見ぬ明日へと手を強く伸ばす、後藤ひとりが立っていた。
【僕らは、卵から生まれた少年と言う名の鳥なんだよ。】
【鳥は、卵の中から出ようと戦う。】
【────────卵は、“世界” だ。】
【生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。】
著: ヘルマン・ゲッセ
訳: 高橋健二(新潮文庫)
『デミアン』より
ぼっち・ざ・ろっく!
フラッシュバッカー
#06『それでは、
《了》
The Next.
「ぼぼぼぼぼぼっちちゃん!? どしたお前!? 何だこの通帳!?」
「? せ、先輩、大丈夫ですか?」
「………………ん。まぁ、がんばるわ」
「ぼっちちゃん、またお母さんが貯めてくれてるっていう結婚貯金持ってきたの!? あぁでも、貯金箱じゃない………?」
「これだけは譲らないわ。あの子は……ギターヒーローさんにはちゃんと輝くべき場所に行くべきだってことは!!」
「違います。ギターヒーローとして活動してきた私の、広告収入のお金です」
「ぼっちちゃん、リョウ、二人には………その次のデモ審査へ向けて最高の一曲を作って欲しい。頼める?」
「……お前さ、なんでそんなに……才能とかに固執すんの? やけに……引っかかる物言いするじゃん」
「春樹の買いかぶりではなさそうだね。やっぱり君は」
「─────でも」
「………………飛べない鳥もいるのよ」
「この世界には、いつだって」
「ひとりちゃん。…………君の、君達の全てを、俺達に見せてくれないか? 奇しくも似た名前を持つ────結束バンドの君達の演奏を」
「はい……! 私達の全力、見せてみせます……!!」
「けっ、結束バンドの、私達の結束力、観てください!!」
次回
#07『君の街まで、月並みに輝け』(前篇)
虹夏「見てくださいっ!」
ひとり「おっ、お楽しみに……!」
〜あとがき〜
ここまでご覧頂き、ありがとうございます。
見てくれる人、果たしているのか。
連載開始から早半年と少し。ようやくこの物語も中盤を越え、未確認ライオット篇へ本格的に次回より向かっていきますね。
この#06は、正直なところかなり構成に悩んだエピソードのひとつであり、原作2巻を下敷きにはしていますが、春樹という存在がいることでめちゃくちゃ物語に分岐と変化が生じているので…めっちゃ悩ましいストーリーでした。
読者の皆様がどんなふうに感じ、何を思ったか、客観的に聞かせて頂きたく心から思います。ここまで連載できてるのも読んでくださる皆様のおかげです。ありがとうございます。
そしてそうこう言ってるうちにストックしていた脚本がいよいよ底を着きそうになっており、次回#07以降は恐らく今までのペースでの執筆が出来なくなる可能性があります。
なので、おそらくこの#07のエピソードまでをちょうど区切りの良い『第一部』構成という形で扱わせていただく所存です。
以降に関しては、夏コミでの刊行も兼ねており、イラストや一次創作に向けても活動を行う予定となるため、投稿ペースはやっぱり減ると思います。
事実上の一旦完結扱いかな? 多分相当キリもよく終われる予定です。
そのため、第一部完結後、第二部のストーリーは、ひと月ごとに掲載をしていく予定です。ご了承くださいませ。
いつも読んでくださる皆様、心から感謝を。
そらやまれいくでした。
感想や高評価がマジな方で割と支えです! 良ければぜひお願いします。
ありがとうございました。
追記: そいや喜多ちゃん今日誕生日やんけ!!(4/21) おめでとう!!!
あと、まえがきのアジカン『未だ見ぬ明日に』ですが
ぼっちが「グランプリ取りましょう!」言ってる辺りのタイミングで聴いてみてね。飛ぶぞ。