ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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 最近文字数多すぎ案件。原点回帰して見やすさ重視で分けていきます。












CHAPTER #59「覚悟」(後篇)

 

 

 皆が皆、お互いに気恥ずかしそうに俯いていた。だけどどこか名残惜しいような、そんな沈黙がSTARRYに落ちる。その空気を最初に破ったのは、春樹くんだった。

 

「……………よし。本題、移ろうぜ」

 

「あっうん、そっ、そだね!」

 

 彼はそう呟くと、虹夏ちゃんも少し恥ずかしそうに苦笑する。それを合図に皆近くにあった席に着いた。やがて春樹くんが自分のバッグから同じフライヤーと、何枚かの紙を取り出して、テーブルの上に置いていく。

 待っていましたと言わんばかりの手際だった。─────やっぱり、春樹くんもちゃんと調べていたんだ。

 

「確認をするぞ」

 

 春樹くんの声は、さっきまでより少しだけ低かった。

 それは、恋人としての声じゃない。私を甘やかす時の声でもない。

 結束バンドのマネージャーとして、みんなの前に立つ声。

 

「未確認ライオットは、大きく分けて四段階だ。まずデモ審査。次にウェブ審査。そこを抜けたらライブ審査。そして最後が、最終審査フェスになる」

 

 春樹くんは更に鞄から取り出したタブレットをペンで操作して、過去の未確認ライオットの映像を開く。

 画面の中で、知らないバンドの人たちが大きなステージに立っていた。

 照明。歓声。たくさんの人。広い会場。

 それを見た瞬間、私の内臓が一斉に縮こまる。さながら、文化祭前にどこぞの学校のライブ動画を見た時のように。

 

 あっ、無理。

 これ無理なやつでした。

 

 タブレットのスピーカーから響くその音と情報量が、またしても私をこれでもかと殴ってくる。

 規模感が普通に高校の文化祭の百倍くらいある。いや百倍どころじゃない。

 これ、私が立ったらたぶんマイクの前で干からびて化石になる。来世はアンモナイトあたりからやり直したい。

 そんなことを思っている間にも、春樹くんは説明を続ける。

 

「最終審査はフェス形式。─────会場は、Zepp DiverCity Tokyo。開催日は二〇二三年八月七日だ」

 

「ダイバーシティ東京……あれだっけ、お台場?」

 

「そう。でっかくて白いヤツが立ってたり、テレビ局とかレインボーブリッジが近くにあるとこ」

 

「あぁ、あそこかぁ!」

 

 虹夏ちゃんが、小さく呟く。リョウさんが頷きながら補足する。

 その声に混じった緊張が、私の胸にも伝染した。

 

「デモ音源の締切は四月。だから、それまでに必ず曲が必要になる。加えて、ウェブ審査は投票形式だ。ファンの数も、知名度も、かなり重要になる」

 

「ってことは……昨日はたまたま二週間ぶりにライブできたけど、月一のSTARRYライブだけじゃ足りないよね」

 

 虹夏ちゃんが腕を組む。いつものリーダーの顔だ。

 

「路上ライブも積極的にしていかないと。タダでできるし!」

 

「これから半年、すっごく忙しくなりますね……」

 

 喜多ちゃんが両手を胸の前で握る。

 その目はきらきらしていて、怖がっているというより、すでに半分走り出しているみたいだ。虹夏ちゃんも頷き返す。

 

「バンド活動中心の生活だろうね」

 

「そういえば最近バイトばっかしてたけど、路上ライブって手があったか」

 

 リョウさんはそれを聞いてぽつりと呟く。

 そして、そのままカウンター前の椅子でノートPCの作業をいつも通りやっている店長さんへ視線を向けた。

 

「店長。ライブの数、増やさせてくれたりしないの?」

 

「無理に決まってんだろ」

 

 即答だった。振り向くことすらないままの返答。

 やがて店長さんはジト目でゆっくりと振り返ってはこちらを見つめ、ため息をつく。

 

「うちはお前ら以外にもバンドを抱えてるんだよ。身内だからって好き勝手に枠を増やせるわけねーの。シフトもあるし、他の出演者の都合もある。店はボランティアじゃないんだぞ」

 

「お姉ちゃんケチ……。こういう時は、いくらでもここでライブさせてやるって言う展開じゃないんだ……」

 

「アホか」

 

 店長さんが呆れ顔で肩を竦める。

 虹夏ちゃんがガーン、という顔をしている。頭のドリトスまで心なしかしょんぼりして見えた。あれ、そういう感情表現できるんだ……。

 

「そもそもの話、お前らがうちのシフト増やして、ノルマ分の金払って沢山ライブすりゃいい話でしょ」

 

「一回三万もするのに無理だよ! あたしらにそんなお金あると思う!?」

 

「ちっ……まあ、それなら仕方ないな」

 

 店長さんはわざとらしく舌打ちすると、少しだけ口元を吊り上げた。

 

「特別措置として、路上ライブで集客してSTARRYに客寄せしてくれたら、ノルマは多少減らしてやるよ。あるいは、優勝賞金の分け前で手を打ってもいい」

 

「えっ、喜多ちゃん! 優勝賞金っていくらだっけ!?」

 

 店長さんからそれを聞いた虹夏ちゃんが、慌てて喜多ちゃんを見る。

 喜多ちゃんも僅かに狼狽えつつフライヤーに目を落とし、次の瞬間、きらきらした瞳で顔を上げた。

 

「えっと……えっっっっ!? ひゃ、ひゃ……百万円です!」

 

「百万円ッッ!?」

 

「なら分け前五十万円で手を打とう」

 

 度肝を抜かれた様に驚く虹夏ちゃん。それに対し、店長さんががめつくガッツポーズをする。

 

「遠慮します」

 

 虹夏ちゃんは目を細めて真顔で断った。

 

「あはは……」

 

 春樹くんが苦笑する。

 私も少しだけ笑いそうになった。こんな時なのに、いつものSTARRYみたいで、少しだけ肩の力が抜ける。

 でも、その瞬間。

 私は自分のトートバッグの中に手を伸ばしていた。

 

「……ん?」

 

 春樹くんが、私の動きに気づく。

 

「ひとり、何してんだ?」

 

「…………」

 

 答えられなかった。うまく説明できるかが、分からないから。

 代わりに、私はバッグの中を探る。財布。スマホ。ハンカチ。昨日から何度も確認したせいで場所は分かっているのに、指先が少しだけ震えて、うまく掴めない。

 それでも、取り出す。

 

 キャッシュカードと、通帳。

 

 それを両手で持って、私は席から立つ。そうして、それを店長さんの前に差し出す。

 

「…………あっ、店長さん。これなら、どうですか」

 

「…………!?」

 

 一瞬。

 本当に一瞬だけ、全員の時間が。

 空気が、止まった。

 

「……えっ」

 

 後ろからの春樹くんの声が、掠れる。

 

「お、おい、ちょっと待てひとり。お前、それまさか……」

 

 やがて席を同じように立つ皆。虹夏ちゃんや喜多ちゃんも、リョウさん、店長さんも、みんなが私の手元を見ていた。皆から分かるように、迷いなく私は通帳を開く。

 そこに並ぶ数字が、蛍光灯の白い光を受けて、やけにくっきり見えた。

 それは、自分でも、昨日の夜に何度も見た数字。およそ七桁にも及ぶ、お金。

 ギターヒーローとして活動してきた私の、広告収入のお金。お父さんが私のために作っておいてくれたもうひとつの口座だ。

 

「ぼぼぼぼぼぼっちちゃん!? どしたお前!? 何だこの通帳!?」

 

「えっちょ、何してんのぼっちちゃん、またお母さんが貯めてくれてるっていう結婚貯金持ってきたの!? あぁでも、貯金箱じゃない………!?」

 

 店長さんと虹夏ちゃんは目を見開き、慌てて私にそう訴えてくる。普段の私なら、多分動揺してたと思うけど、不思議と今は冷静に返すことが出来た。小さく首を横に振る。

 

「──………違います」

 

 震えそうになる声を、なんとか抑えて、その通帳を示す。

 

「これは……ギターヒーローとして活動してきた私の、広告収入のお金です。お父さんが作っておいてくれた、もうひとつの口座のものを持ってきました」

 

「な……なんでそんな大事なお金を!?」

 

 春樹くんが、珍しく声を荒げた。

 その顔を見て、私は少しだけ胸が痛む。

 

 怒らせてしまった、と思った。

 

 でも、それでも言わないといけなかった。

 

「…………だ、大事だからこそ、今使うべきじゃないかって思ったんです……!」

 

 自分でも、少し変なことを言っている気はした。それは、何となくわかっていた。

 大事なら、普通はしまっておくものなのかもしれない。

 失くさないように。減らさないように。いつかのために。

 

 でもじゃあ、その “いつか” って、いつなんだろう。

 

 お金は手段だよ、とお父さんがいつかに言っていた気がする。お金が無ければ今の世の中を生きていくことはできない。でも、お金を稼いだり、貯めたりする事だけが全てじゃないって。

 それを聞いたのは中学生の時のこと。その時の私は、当然働いたことも無いわけだから、その言葉の意味を何となくでしか分からなくて聞き流していた。

 だけど、今ならハッキリとわかる。

 お金は、“こういう時” の為の “手段” なんだ、って。

 

 私にとっては、今がそうなんじゃないかと思った。

 

 このお金は、本当なら私が持っていていいものなんだと思う。

 本来なら、新しい機材を買うとか。壊れたギターを直すとか。将来のために取っておくとか。たぶん、そういうふうに使うべきものなんだと思う。

 でも。ギターヒーローだけの私では、もうどこにも行きたくなかった。

 私は、結束バンドで行きたい。

 虹夏ちゃんと。リョウさんと。喜多ちゃんと。春樹くんと。

 この人たちと一緒に、行きたい。

 だったら、今使うべきなんじゃないかと思った。

 

 使える時に、使うべき場所で、今この瞬間に、皆のために。

 

「バンドの皆の為になるなら、使ってください。これだけあれば、ライブも……行えます、よね?」

 

「っ、ば、バカか! 仕舞いなそんなもん!」

 

 焦ったような様子の店長さんの声が、STARRYに響く。

 私はびくっと肩を震わせる。

 

「そんな大事なお金を、私の冗談なんかのために使えるわけないだろ! 冗談だよ冗談!!」

 

「あっ……冗談、なんですか?」

 

 ぱっと胸の奥が軽くなる。それなら、もしかして。思わず視界が輝く。

 

「じゃ、じゃあお金無くてもライブを特別にしてもらえたり……」

 

「いや、それはいくらぼっちちゃんの頼みとはいえ無理だけど」

 

「えっ……あっ、そ、そうですか……」

 

 真顔で断られ、一瞬で肩が落ちる。世の中は厳しい。

 やはり現実はRTA走者に対してとても冷たい。フラグ管理が難しすぎる。もう少し初心者にも優しいチュートリアルが欲しい。

 

「ま、まぁでもさ」

 

 虹夏ちゃんが慌てたように私の近くへ来る。

 

「そんな広告収入のお金だって、結婚資金ほどじゃないにせよ大事なお金じゃん? とりあえずほら、キャッシュカードと通帳、しまいなよ」

 

 彼女の声は、すごく優しかった。

 でもその優しさの中に、少しだけ困ったような色がある。

 私はその顔を見て、初めて少しだけ不安になる。

 もしかして、私はまた変なことをしてしまったんだろうか。

 

「ぼっち様」

 

「!?」

 

 その時だった。

 リョウさんが、いつの間にか私の真横にいた。

 目に¥マークが浮かんでいる。いや、浮かんでいる気がするだけじゃない。たぶん本当に浮かんでいる。これはもう、そういう演出を自前で出せる人だ。あれ、これ昨日も見たような。

 

「どうかそのお金の管理を私めに」

 

「山田はちょっと黙ってて。話が進まない」

 

 虹夏ちゃんがピシャリと言い切り、次の瞬間にはリョウさんの身体にコブラツイストが決まっていた。

 

「ゴフ……ちょ待っ……ギブギブギブギブギブギブギブギ」

 

 リョウさんが血反吐を吐きそうな声で無表情のまま悲鳴を上げた。

 喜多ちゃんが青ざめた顔でそれを見つめていた。

 

「虹夏先輩、やっぱり店長の血を引いてるわ……ひとりちゃん見て」

 

「あっ……は、はい、そうですね……」

 

 私はドン引きしながら頷いた。

 暴力。やはり暴力はすべてを解決するのかもしれない。いや、してはいけないと思います。たぶん。

 そのやり取りで少しだけ空気が緩んだ。

 でも、私はまだ諦めきれなかった。ゆっくりと通帳とカードをバッグに戻してから、改めて店長さんを見る。

 

「あっ、あの、店長さん」

 

「何、ぼっちちゃん」

 

 店長さんはりんごジュースのストローをちぅーっと吸いながら、いつもの目つきの悪さでこちらを見ていた。

 う゛っ、やっぱり店長さんのこの視線、こわい。

 でも、逃げたくない。

 

「……どっ、どうしても、ライブは増やしては貰えないでしょうか?」

 

「…………」

 

 店長さんの目が、少しだけ細くなる。

 

「悪いけど、それはいくらぼっちちゃんに何度頼まれても無理」

 

「身内で依怙贔屓(えこひいき)みたいなことをするのにも限度ってもんがあるの。うちでライブしたいバンドは、お前らだけじゃない。ぼっちちゃんも、それは知ってるでしょ?」

 

「…………!!」

 

 その言葉に、胸がずきりと痛んだ。言われてみれば、当たり前だった。

 STARRYは、私たちだけの場所じゃない。

 私にとって大切な場所だからといって、他の人にとって大切じゃないわけじゃない。

 ここでライブをしたい人たちがいる。

 お金を払って、時間を作って、練習をして、ステージに立ちたい人たちがいる。

 それは、当たり前のことなんだ。

 そんな人たちの枠を、私たちだけが多く貰う。

 

 それは、たぶん、違う。

 

「あっ……そ、そうですよね」

 

 私は視線を落とす。

 

「他のここにいる人達も、STARRYでバンドしたいのは、変わらない……ですよね。お金払えばいいって問題だけじゃないですよね……」

 

 喉の奥が小さく詰まる。

 

「イ、イキってすみません……」

 

「ぼっちちゃん……」

 

 虹夏ちゃんの声が、近くで揺れた。

 その時だった。

 

「………ひとり……お前……」

 

 春樹くんが、小さく呟く。

 振り向くと、春樹くんは私を見ていた。その瞳は大きく見開かれている。

 いつもならすぐに何か言ってくれるその人が、少しの間、言葉を探すみたいに黙っていた。額に、薄く汗が浮かんでいるのが分かる。

 

「……え?」

 

 春樹くんはそこまで言って、言葉を止めた。

 それから、私ではなく、どこかもっと遠いものを見るみたいに目を細める。

 

「……いや。そうだよな。君は、いつだって……」

 

「はっ、春樹くん?」

 

「────………いや、ごめん。なんでもない」

 

「?」

 

 その先は、声にならなかった。

 どういう意味なのか、私にはよく分からない。

 けれど、その目が怒っているわけではないことだけは分かった。

 春樹くんは、少しだけ苦しそうで、それでも、どこか眩しそうに私を見ていた。

 

「…………」

 

 私はまた、店長さんの方へ向き直る。

 怖かった。

 でも、やっぱり目を逸らしたくなかった。ここで逸らしたら、また昨日までの私に戻ってしまう気がしたから。もう、そんな訳にはいかないから。

 

「て、店長さん」

 

「……何だよ、ぼっちちゃん」

 

「やっ、やっぱり……だめ、でしょうか」

 

「……………………………………」

 

 店長さんは、バツが悪そうに私を見つめ返した。

 しばらく、何も言わなかった。

 りんごジュースの紙パックをカウンターに置いて、眉間を指で揉む。それから、深く長い溜息をついた。

 

「…………はぁ。ったく。もう……負けたよ」

 

「……えっ」

 

「分かった。ぼっちちゃんのその覚悟と熱意に免じて、一回分、月に多くバンド枠を用意してやる」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 思わず声が跳ねた。

 胸の奥に、ぱぁっと光が差す。

 やった。

 やった。

 今、少しだけ、前に進めた。

 

「それ以上は流石に……」

 

「…………な、なら」

 

「ん?」

 

 店長さんの言葉を無意識に遮った私は、勢いのまま口を開いていた。

 

「もうあと、可能ならもう少しだけライブできる数を増やして欲しいです……結束バンドの、皆さんの為にも。わっ、私のお金、使っていいので!」

 

「なっ……」

 

 店長さんが、本気で困った顔をした。

 その表情を見ても、どうしても私は止まれなかった。両手を前に揃える。

 それから、深く頭を下げた。

 

「おっ、お願いします……!!」

 

「ちょっ……ぼっちちゃん」

 

 店長さんの声が、明らかに慌てる。

 そこから、僅かな沈黙が私と店長さん、結束バンドの皆との間に浮かぶ。

 

「─────…………頭、上げな」

 

「…………っ」

 

 おずおずと、頭をあげる。店長さんは、困ったように眉間を揉んだまま、私を見つめ返す。

 

「……ぼっちちゃんの覚悟はよく分かった。そこは、ちゃんと分かった。伝わったよ」

 

 その声は、さっきまでより少しだけ柔らかかった。店長さんは真剣に私を見つめたまま呟く。

 

「ただな。さっきも言ったよね。私は店長の立場として、他のバンドの奴らの枠も、ちゃんと公平に振り分けてやんなきゃいけない。だから、そこは金を積めばいいって話じゃないんだ」

 

「…………!」

 

「ここで鳴らしたいのは、お前らだけじゃないんだよ、ぼっちちゃん。────何より、お前の本気を、金額で測るようなことを、私はしたくない」

 

「…………っ!!」

 

 胸の奥が、少し痛くなる。

 でも、それはさっきみたいな、否定された痛みじゃなかった。

 ちゃんと止めてもらえた痛み。だからこそ、もういよいよ何も言えなくなった。私は小さく頷くことしかできない。

 その時、私は改めて思う。

 覚悟って、たぶん、何でも差し出すことじゃない。

 何でも自分だけで背負うことでも、ない。大事なものを大事だと分かったまま、どう使うのかを考えること。

 誰かの大事なものも、同じように大事だと分かることなんだろうか。きっと、そういうものも含まれている。そんなことを、ほんの少しだけ思う。

 当たり前の事実だけど、人から言われないと上手く自覚は持てないものなのかもしれない。私は俯いたまま、頭を下げ直し、謝る。

 

「……………あっ、うっ、………す、すみません」

 

「いいよ。謝らないで。気持ちは受け取ったから。やる気があるのはいい事だし。……ただ、限度ってもんはどうしてもあるって話」

 

「────やりたいんでしょ。それだけ本気で」

 

 店長さんはじっと顔を私の方へ向ける。まるで、何かを試すように。私は身を固くしつつ、それでもハッキリと頷く。

 

「あっはい」

 

「……………変わったね、ぼっちちゃん」

 

「え?」

 

 何かを小声で呟いた店長さんは、少しだけ目を逸らす。私は上手くその言葉が聞き取れなくて聞き返す。だけど「ううん、なんでも」とだけ彼女は苦笑いを浮かべた。

 

「わかったよ。……だからこそ、その上で、一回だ。それが限界。あとは路上でも何でもして、客を連れといで。STARRYに出たいなら、ちゃんとSTARRYに客を呼んできて」

 

「……っ、はい!」

 

 私は強く頷いた。

 少しだけ、手が震えていた。でも今度の震えは、怖さだけじゃなかった。

 

「……あと」

 

 そこで、リョウさんの声が横から差し込まれた。何故か復活している。さっきまでコブラツイストで瀕死だったのに、もう普通に復活している。

 すごい。生命力がゾンビ並みに高い。私は白目になって思わず見つめ返す。

 

「ぼっちの隠し撮りありますが」

 

「ゑ?」

 

 またもや放たれる私の隠し撮り。思わず声が裏返る。

 

「幾らだ?」

 

 店長さんが即答した。

 

「ゑ? テンチョウサン? チョッマッ」

 

「一枚二千円で」

 

「全部寄越せ」

 

「山田ァァァァァァァァァァァ!!」

 

 次の瞬間、虹夏ちゃんの叫び声がSTARRYに響き渡った。

 またも脱兎のごとく逃げ出すリョウさんを、虹夏ちゃんがギターとベースを掴んで追いかける。白目のまま私は硬直する。

 何故ギターとベースを武器にしたのかは分からない。

 やめてください虹夏ちゃん。楽器は人を殴るための道具じゃありません。いや、でもたしかにロックは時に暴力性を持つとか何とか、そういう文脈もあるにはあるのかもしれない。違う。たぶん違う。

 

「私のぼっちちゃんコレクションに追加しとこ……」

 

「……」

 

 店長さんが小声でそんなことを囁くのが聞こえて、どさくさに紛れてリョウさんの手から離れた写真をポーチにしまった気がした。

 私は見なかったことにした。見たら死ぬ気がしたから。

 結局ひとしきり騒ぎが落ち着くまで、STARRYはいつものように騒がしい。

 でも、その騒がしさを見つめて思わず苦笑する私の胸の中にはまだ、さっきの店長さんの言葉が残っていた。

 

(………私、わがまま、言っちゃったかな)

 

(………周りの人のこと、ちゃ、ちゃんと考えれて、なかった、かも。ごめんなさい、店長さん……)

 

 金を積めばいいって話じゃない。

 お前の本気を、金額で測るようなことを、私はしたくない。

 

 ギュッと唇を(つぐ)む。その言葉が、どこかでずっと響いている。

 私は通帳を入れたトートバッグを、そっと膝の上で抱きしめた。

 大事なものを差し出すことだけが、“覚悟” じゃない。だとするなら、と私は顔を上げる。それは、たぶん、大事なものを、大事なまま持っていて、その上で何ができるか考えることも。─────きっと、覚悟の証明なのかもしれないと、ふと思う。

 

「……あの」

 

 私はスマホを取り出す。

 

「未確認ライオットのことは、昨日、色々と調べたんです」

 

 騒いでいた皆の視線が、こちらへ向いた。

 私は手汗で滑りそうになるスマホを握り直し、オーチューブの画面を開く。

 昨日の夜、何度も見たプレイリスト。

 同世代のバンド。参加表明。過去の動画。演奏。SNS。ブログ。いくつも開いて、いくつも怖くなって、それでも閉じられなかったもの。

 

「どっ、同世代でも、これだけ出場を表明してるバンドがいるみたいです。い、一度見てみてください」

 

「どれどれ?」

 

 ボロボロになったリョウ先輩の首根っこを掴む虹夏ちゃん、それを見て相変わらずドン引きしている春樹くんと喜多ちゃんが私のスマホの近くに集まってきた。

 みんなが見やすいように、おずおずとスマホを差し出す。

 春樹くんが気を遣ってくれるようにそれを受け取って支えてくれて、皆で画面を覗き込む。

 

「ここ最近オーチューブでかなりトレンドになっている “なんばガールズ” 。 再生数ヤバいな、十万回以上の動画も結構ある。見た事あるけど、完成度が桁違いだ……曲中にパロディを盛り込むのが上手い、若者向けのコミックバンドってやつか」

 

「……あと都内を中心に活動するエレクトロロックバンド、“ケモノリア”。メンバー同士での演奏の合わせの技術がとんでもない。エレクトロ系では、影響力がぶっちぎり」

 

「そして……多分、こいつらが一番ヤバい。新宿FOLTで活動する “SIDEROS” ──────メタル系バンドか。これ、俺も名前は知ってて、ここ最近一番ずば抜けてやがる」

 

 春樹くんの眉間が少しだけ寄る。

 

「かなり有名なバンドだよ。結成一年未満でワンマンできるバケモン……大槻ヨヨコってやつが、ギターボーカル兼リーダーをやってるって話だったな」

 

 ひぇ。喉が思わず細くなる。

 ワンマン。

 結成一年未満。

 バケモン。

 単語が強い。強すぎる。できれば人生で関わりたくない単語ランキング上位三つが並んでいる。大槻ヨヨコさん。名前からして強そう。絶対に目を合わせたら石化するタイプの人だと思う。

 

「新宿FOLTって確か……廣井さんが活動してるところでもあるんじゃなかった?」

 

 虹夏ちゃんが思い出したように言う。

 

「そう」

 

 リョウさんが、いつもの調子で頷いた。

 さっきまで追い回されていたのに、また普通に復活している。しかもボロボロだった身なりも整っている。この人ギャグ世界の住人だろうか。無表情のまま、彼女は続ける。

 

「FOLTは元々、かなりの実力派バンドが多いことで有名。その中でも、これだけ動画や曲の再生数があるSIDEROSは相当上澄みだろうね。……まあ、他のメンバーと合わなくてか、クビにしまくってるらしいし、現メンバーでは一年目らしいけど」

 

 ぜ、絶対関わりたくない……。暴君かな……。

 思わず震え上がる。隣で動画を眺める春樹くんも、私と同じことを思っているのか。彼もまた引いたような様子で口元が痙攣していた。

 

「リョウ、ちなみにそれ何情報?」

 

「一部私の知見とネットのまとめサイト」

 

「知見はともかく、ネットのまとめサイトかい。この現代っ子め……」

 

「持つべきものはスマホ様々だね」

 

 リョウさんが真顔でスマホを眺める中、虹夏ちゃんが苦笑する。そんな中、そのまま私と喜多ちゃんは、春樹くんと一緒に、無言で動画を見つめる。

 

「…………」

 

「すっ、すごいわね、ひとりちゃん」

 

「そ、そうですね」

 

《なんばガールズ》や《ケモノリア》も凄いけど、私本人としてはやっぱり《SIDEROS》が個人的にずっと目を離せなかった。確かに、春樹くんの言う通り、その演奏の技術は動画からでも分かる程の上手さ。

 画面の中の彼女たちは、私たちと同じくらいの年齢に見えるのに、音の圧がまるで違っていた。

 強い。相当な実力を持っている人達だ。しかも、場馴れしている感じが凄い。

 それは、ステージで弾くことに関してはど素人の私でも分かった。

 これは、私がギターヒーローとして一人で弾いてきた音とは違う。

 さながら彼女たちの奏でるものは、バンドとして、前に出る音。

 なのに洗練されていて、無駄が無い。それに加えて、迫力のようなものが動画越しにすら伝わる。それは、言うなれば見る人の心をちゃんと殴りに来る音そのものだ。

 

「……にしても」

 

 春樹くんが、低く呟く。

 

「同世代に、これだけ活躍してるバンドがいるとはな。多分、いや……間違いなく、こいつらは未確認ライオットにも出場してくると思った方がいい」

 

「ケモノリアはトゥイッターで既に参加表明してるし。バンドとしての影響を伸ばすなら、この実力者達が未確認ライオットを素通りするとは到底思えない」

 

 彼はやがて少しだけ言葉を詰まらせてから、それから、はっきりと言う。

 

「…………当面は、こいつらが俺たちの越えるべき目標、壁になるだろうな」

 

「────………そうなりそうだね。うーん……この子たちの実力と比べたら、あたしたちなんてまだまだだもんねぇ……」

 

 虹夏ちゃんが、珍しく弱気な声を出す。腕を組んだまま複雑そうに俯く。

 

「集客力も知名度も、他にも色々圧倒的に足りてない……」

 

 その言葉に、思わず私はスマホを握る指に力を込める。画面の中の音を聴けば聴くほど、不安も風船の様に膨れ上がる。

 私たちは、本当にこんな人たちに勝てるんだろうか。この人達が、私たちの戦う相手なんだとしたら、勝機は果たしてどれくらいあるんだろうか。

 グランプリを獲りましょう、なんて言った私は、やっぱりとんでもなく調子に乗っていたんじゃないだろうか。陰キャが突然ステージに上がって世界征服を宣言するくらい身の程知らずだったのでは。

 そんな考えが足首に絡みつこうとして、また私はギュッと身を縮める。

 

「……でも」

 

 その時、春樹くんの声が、それを切った。

 

「それだけ課題がはっきり見えてるなら、案外、逆に十分かもしれないぞ」

 

「え? どういう意味?」

 

 虹夏ちゃんが目を見開いて顔を上げる。

 

「正直、マネージャーとして俺が言うことがあるとするなら、ファン数を増やすには、ライブだけじゃウェブ投票の上位入賞は現段階では相当厳しいと思う」

 

 春樹くんは、タブレットにいくつかメモを開く。

 

「まとめるぞ」

 

「俺達に出来ることを、とりあえずざっくりここに記す」

 

「とりあえず、最優先としては大至急、音源の準備。それから、ミニアルバム。MVの撮影。オーチューブへの動画投稿。ネット広告。SNSの運用」

 

「………やれることは多い。逆に言えば、それを今から準備できれば、まだ戦える余地はある。何せ、まだあと半年以上はあるしな」

 

「……!!」

 

 その声は落ち着いていた。私は思わず目を見開く。

 聞いているだけで、さっきまで遠くに見えていた未確認ライオットが、少しだけ現実の道に見えてくる。

 怖いものに、名前がついていく。

 たったそれだけで、道が開けたように心の重荷が軽くなっていくのがわかった。分からないものが、やるべきことに変わっていくだけで、こんなに変わるものなんだ。

 春樹くんは、皆のそういう不安を抑え込むことができる。そういうことができる人なんだと思う。

 私は思わず、彼をじっと見つめ返す。本当に、凄いなぁって。

 

「……そう、だよね」

 

 それを聞いて虹夏ちゃんがゆっくり頷く。

 

「あたしも同意見。まず、デモ審査に通らなきゃ何も始まらない。だから……」

 

 虹夏ちゃんは、こちらを見た。

 私と、それからリョウさんを。

 

「ぼっちちゃん。リョウ」

 

 その声に、思わず私は背筋が伸びる。

 

「二人にはそのデモ審査へ向けて、最高の一曲を作って欲しい。頼める?」

 

「ッ……」

 

 最高の一曲。

 その言葉が、私の胸の上にどすんと乗った。

 

(────………ちょっとプレッシャー……)

 

 重い。

 ものすごく重い。咄嗟に、小さく俯く。

 さっき春樹くんのおかげで軽くなった心に、またとんでもなくズンと重石が載った気がした。

 それは言うなれば、いきなり人生のラスボス戦に木の棒で放り込まれたような感覚。いや、ギターは木でできているので、ある意味間違ってはいないのかもしれない。違う。そういう問題じゃない。

 でも、両膝の上のトートバッグごと両手を握り締め、私は顔を上げ直す。そうして、小さく頷く。そこで首を横に振る選択肢なんか元より無い。

 

「………あっ、頑張ります」

 

 声は少しだけ裏返った。

 けれど、逃げるつもりはなかった。

 私が言い出したことだ。

 皆に、着いてきてほしいと言ったのは私だ。だったら、私も書かなきゃいけない。そう思って強く頷いて、ゆっくりと隣を見る。リョウさんは、何も言わなかった。

 

「………………」

 

 いつものリョウさんなら、すぐに何か言う気がした。

「任せて」とか。

「報酬はマネーで」とか。

「ぼっちの印税も私が管理する」とか。

 そういう、よく分からないけど少しだけ安心する変なことをつぶやくのが、私の知ってるリョウ先輩だった。

 でも、リョウさんは黙っていた。ただ両手を頬に添えたまま、何もない弦を探すみたいに、ほんの少し俯いていた。

 

「……あっ、り、リョウ先輩?」

 

 呼びかけようとして、私は途中で止まる。

 リョウさんの横顔は、いつもとほとんど変わらない。

 無表情で、眠そうで、何を考えているのか分からない顔。

 なのに。

 

「………………うん」

 

 少し遅れて、私や虹夏ちゃんの声掛けに気付いたように、リョウさんが頷く。

 

「─────…………」

 

 それは、いつも通りの声だった。

 そう思いたかった。

 でも、なぜだろう。

 

 その返事だけは、どこかまだ音になる前の低い低いノイズみたいに、私の耳の奥に残った気がした。

 

 

 

 

 

 

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