ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #-0.75 「僕らについて」(2)

 

 

#-0.75(2)

 

 

※

 

 夜の匂い。

 部屋の窓を開けているからか、微かに水気の伴った匂いを感じた。それは、真夜中の空気にしてはやたらと湿っている。私が住む一軒家のすぐ近くに立つ電灯。その黄色い光が私の居る部屋へ霧のように淡く揺れる。

 シャーペンをノートの上に落とす。そうして、軽く伸びをしながらリフレッシュ。

 

「……ん……んんぅ……」

 

 目が疲れてきた。目の前のデスクライトのスイッチに触れ、灯りを落とす。

 部屋の照明は敢えて落とし、卓上の電灯だけで課題をこなす方が集中できると気付いたのは、半年前の受験勉強の時からだった気がする。

 冷ややかな薄闇と混じる黄色みがかった灯りが、私の机の周りを浸す。暗がりにいる方が、なんだか気を落ち着かせてくれる気がした。

 

「…………さて。次は、と」

 

「うげー……数学Aかぁ……まだあるじゃない。もう……」

 

 数学の課題は論理的思考をしなきゃいけないから嫌い。めんどくさい。というか数学が嫌い。

 国語の方がスっと頭に入ってくる気がする。

 ましてや数学Aなんて数学Ⅰに比べて図形だの確率だのが出てくる。そんなもの、見てるだけで頭が痛くなる。人間なんてそんなもん無くても生きてけるわよ。

 げんなりしながら化学のノートを閉じ、数学Aの教科書を渋々開く。

 最近新調してもらったばかりの机の上には数学の課題、消しゴム、新しいスマートフォン、電子辞書。小さなラジオから、深夜番組のDJの声が流れていた。

 課題を四分の一くらい終えたタイミングで、もう一度ペンを回しながらふとラジオに目を向ける。

 

 ラジオを聴くこと自体は、中学の頃からの私の日課みたいなものだった。

 

 お父さんが使ってた十年くらい前のモデルの小型ラジオ。最初は正直要らないとか思ってた。ぶっちゃけ興味もなかったから。

 だけど今になって思うと、元々そんなに趣味がある訳でもない私には、ある意味ちょうど良かったかもしれない。

 ラジオは良い。

 課題しながらとか、浴槽に浸かりながらとか、化粧しながらでも、ながら聴きをするだけで情報を楽しめるからだ。

 それに何よりも─────

 

「────続いては、先月リリースされたインディーズバンド、インストームスの新曲です」

 

(……! あれ。このバンド……)

 

「次の曲は次のアルバムにも入る新曲なんですよね?」

 

「そうですね。その予定です。実はこの曲、学生の頃のことを思い出しながら自分が作詞したヤツで」

 

「ほおー! そうなんですね! それなら、せっかくですし……この曲に関わるエピソードみたいの、どーせなら曲が始まる前とかに聞いてみたいです〜っ!」

 

 そう。こんなふうにラジオパーソナリティの会話の振り方がとっても上手。

 こういうのって、ある程度定められた台本があるってのを聞いた事がある。でもその割には、実際に聞いていると、たまにゲストやスタッフのアドリブっぽいやり取りとかを聞くこともあるわけで。

 長く聞いてると分かるけど、ラジオは予定調和の無い偶発的な会話やノリみたいのを聞くのも、面白さの魅力なんだろうなって、最近思うようになった。

 そして、インストームス。

 バンドメンバーの細かい名前はまだ知らない。でも、割とイケボなお兄さんが曲の背景を軽く説明し、もう一人の人が、そこで雑談も混じえて語り終える。「じゃあ、本番お願いします」

 そういえば、このバンドの曲とかラジオでは凄いって聞きはしたけど、実際にちゃんと聞いた事ってなかった気がする。

 

「…………」

 

 私は何となく、ラジオの音を一つだけ大きくする。

 そうしているうちに、ドラムスティックの「タッ、タッ、タッ」というリズムが響き、演奏が始まった。

 その次の瞬間。

 ドラムが一度だけ大きく息を吸うように鳴り、ボーカルが入り始めた。

 最初は細いギターの激しい演奏が流れ、次にそれよりも低めな音響が下地のように曲のスタートを飾る。確かこれ、ギターとは違う楽器の音────確か、ベースって楽器────が私の耳に届く。その刹那、私は思わず。

 

「──────────────………………え」

 

 小さく、息を漏らす。

 あ、れ。

 

「………………………………」

 

「……何、これ………」

 

 シャープペンを置く。

 のめり込む。そのまま、二分ほどじっと聞き入っていた。

 課題とかどうでも良くなって。

 ラジオへ気が付けば前のめりになっていて。

 ────────目蓋が勝手に見開ききったまま、身体が動かない。

 激しいドラムの連打。それと絶妙に噛み合うボーカル、ギター、ベースの四つの情報。

 ただただ、それだけが空っぽの私の身体へ注がれるように、尋常でない速度で流れ込む。

 曲が二番へ入る。最初にはなかったもう一本のギターが、歌の背後へ薄く重なる。無意識にラジオへ身体を寄せていたことに、そのタイミングでやっと気づく。

 すごい。

 なんか、すごい。

 引き寄せ、られる。

 

「ぁ………今、増えた」

 

 ふと、そんな独り言を呟いていた。

 サビを終え、演奏の終盤か。そのタイミングでドラムがほんの一瞬だけ前へ出る。やがて直後────全員が同じ場所へ着地した。

 言葉の意味を追うより先に、胸の中心を掴まれている。曲名とバンド名を聞き逃さないよう、問題集の余白へ慌てて書く。字が崩れる。

 曲が終わる。DJの声が戻ってきても、私はしばらく動けなかった。やがてスマートフォンを慌てて引っ掴む。

 秒の速さでフリック入力して、書き留めた名前を検索する。

 小さな公式サイト。

 ライブ写真。

 短い試聴音源。

 ファンが書いた感想。

 

「………っっ!」

 

「この曲、だけじゃないんだ……!!」

 

 高揚。興奮。冷静さを失い、時間を忘れるほどに、心が踊る感覚。それを、私は初めてこの時味わっていた。

 ずっとスマホで視聴音源を聴き漁っていて、ふとスマホの時刻に気付く。

 

「……えっ、ぁ、やば!」

 

 とっくに日付を超えていて、寝る時間を過ぎていた。やばい。まだ課題全部終わってないのに。私は慌ててスマホの画面を閉じて、残りの数学の宿題へ取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

※

 

 翌日。眠い目を擦りつつ、私は学校帰りにレンタルCD店を訪れていた。

 初めて来る場所。そんな中で、棚を何度も往復し、ようやく目当ての一枚を見つける。

 

「あっ、あった! あるじゃない……!」

 

 思わずそんな小さな独り言が漏れるくらい、感極まっている自分に気付く。CDケースのプラスチックの質感を指先で撫でて、我ながらそんな自分に小さく苦笑してしまう。

 さらに一枚。関連作品を二枚、三枚、と夢中になって腕に抱えた。

 

 好きになった理由なんて、説明できなかった。

 理由なんて、多分、この時の私にはなかったかもしれない。

 

 ただ、胸の中から止めどめなく溢れていたのは、もっと聴きたいという感情だけ。

 ひたすらに心臓の奥が湧き上がるような、あの感興(かんきょう)を、ただもう一度味わいたいという感覚だった。

 

「いらっしゃいませ〜、こちらのCDは何泊お借りになりますか」

 

「えっと、いちばん長いのを、お願いします」

 

「かしこまりました。七泊八日のレンタルですね」

 

 眼鏡をかけた二十代くらいの若い男性から、少し物珍しそうな目で見られてるのを感じた。お財布の中の小銭やお札を出すのが、何だか恥ずかしかった。

 多分、そのレンタルショップではCDを借りる人が割と少ない店だったのかもしれない。殆どがDVDや漫画のレンタルに来ていそうなお客さんばかりだったから。

 だけど、インストームスのCDアルバムが入ったレンタル袋を受け取った瞬間、そんな羞恥心とか周りとかは、正直どうでも良くなった。

 

 ただ、聴きたかった。ただ、もう一度、聴いてみたかった。

 

 あの抑揚のあるドラムの音を。

 低音が全体の流れを作る、ベースの音を。

 それに合わせる形で、メリハリのある高音を響かせるボーカルギターの音を。

 

 どうしようもなく、聴きたくて仕方がなかったんだと思う。

 

 そうして帰ってきてから、高校生になってから買って貰えたノートパソコンへCDを取り込む。中学の頃から使っていた古いiPodへケーブルを繋いで、曲のデータを移す。曲のアーティストや曲名、歌詞をキーボードで打ち込むだけで、ただひたすらに楽しかった。ワクワクしていたと思う。

 

 そこからはもう、毎日音楽漬けだった。

 進路? 部活? 正直何も考えなかった。少なくとも一週間位の間は。

 

 通学中。

 休み時間。

 入浴後。

 布団の中。

 同じ曲を何度も、何度もひたすらに聴く。

 

 一周目は歌を。二周目はギターを。三周目は高音の裏に隠れた低音を。四周目は、誰も気付かなさそうな音の “隙間” を見つけたくて、歌詞の意味を自分なりに考えた。

 

 同じ曲なのに、聴くたび、違う人が見えたと思う。

 誰かが前へ出れば、誰かが少し退く。

 誰かが揺れれば、別の誰かが戻す。

 それは言うなれば、四分とか五分にも満たない時間の中で、知らない人たちがまるでその都度違う会話をしているみたいだった。

 

 ラジオとは違う。ラジオも面白かったけど、それとは違う感覚だった。

 

 夜になってから、イヤホンを耳につけてお気に入りのプレイリストを漁っていたら、ママが私の部屋に入ってきた。

 

「愛子〜、ごはん買ってくるけど何にするー?」

 

「んー……なんでもいー」

 

「なんでもいいはいちばん困るのよ、何にするの。あなた地味に好みあるでしょ」

 

「んじゃカレーでいーよ」

 

「また? 昨日もカレーじゃない」

 

 あれ。そうだっけ。

 一瞬宙を見上げながら考え込む。でも思い出せない。正直それどころじゃないし。

 ママが「ちょっと、ちゃんと聞いてるの〜?」と呆れ気味に溜息を漏らすのが後ろから聞こえた。

 ほんの少し、それが鬱陶しく感じた。細目になり、iPodに目を向けたまま、椅子下の通学鞄を持ち上げる。

 

「きーてるきーてるってば。もー、課題するから、ほっといて〜!」

 

「愛子ったら、最近上の空なんだから……そんなんで学校着いてけてるの? 心配よ、もう。……カレーでいーのね!」

 

「んー!! だいじょーぶ! よろしく! ありがと、ママ」

 

「はいはい、帰ってきてから文句言わないでよ」

 

「言ーわーなーい!」

 

 もう、とママはそうして、どこか不満げにまた息をついてから扉を閉めた。

 こっちのセリフよ、「もう」は。私もう高校生なのに。上の空って、別に普通だし。学校だって着いてけてるし。昔から相変わらず過保護なんだから。

 私まで溜め息を漏らし、イヤホンをしたまま課題をしようと鞄をまた漁る。そのタイミングで、取り出した化学の教科書と一緒に出てきた進路希望調査の紙に気付く。

 

(あーー………やば。期限、もうすぐなのよね。これ。……出さないと絶対担任うるさいだろうなぁ……)

 

 あのラジオを聴いた日から、そこは相変わらず空欄のまま。

 すっかり忘れていた。そろそろ書かなきゃいけない。でも、まだ何も書けない。何を書けばいいか、音楽に夢中になるばかりで何も思いつかなかった。

 どうしたもんかなぁ。

 前髪をがしがしとかきあげながら、そうして私は思い悩む。

 

(………真帆と梨乃にでも相談しよっかな)

 

 ふと、あの二人の顔が浮かんだ。正直なところ、最悪でっち上げちゃってもいいんだけど、担任から質問攻めされたら面倒くさいどころの話じゃない。相談してそれっぽいことでも書いちゃえばいいか。

 そういえばここ最近、音楽に夢中になってばかりで真帆達と遊べてない。放課後とか、スタバとかまた行きたいし。

 それよりも、そう。

 あの二人にも、進路のことといっしょに─────話してみよっかな。

 曲を聴いて気づいたこと、私が最近ずっとハマってること。

 

 あの二人、どんな反応してくれるんだろう。

 

 よし。今日は課題早く終わらせて、インストームスのこと、ノートにでも書いちゃお。それが出来たら明日か明後日にでも真帆達に自慢してやろ。

 そしたら────もしかしたら、案外好きになってくれるかもしれない。

 もしもそうなれたら、と私は思う。

 それを考えるだけで、シャーペンを走らせる音が楽しく感じた。

 

「……よーし! 頑張るわよ!」

 

 進路希望の紙のことを一旦思考の海から放り投げて、後ろ髪を括る。

 独り言を呟き、またバンドのことだけを考えながら、そうして私は化学の教科書を開いた。

 

 

 

 

 

 

※

 

「えっ!! うそ!?」

 

 そして、翌朝。ちゅんちゅんとスズメの心地良さそうな挨拶が、青いペンキで塗り広げられたみたいな空から聞こえてくる。そんな中で、私は素っ頓狂な声を思わず漏らした。

 電車に乗って通学しようと思っていた時、たまたま駅前で通り掛かった、昨日も向かったCDショップ。というか、通り道なこともあって割とここ一週間、結構な頻度で寄ってる。

 今日は多少早く起きれたとはいえ、通学時間にさほど余裕がある訳でもない。

 そんな中でも思わず目を止めて、二度見したもの。

 それは──── 『インストームス 新譜発売記念 入荷!』という新しい手描きのポップだった。ガラス張りの窓に沢山のポップやポスターと共に目についたそれをみて、私は思わず叫んでしまった。

 

「……」

 

 スマホをポケットから取り出す。時間は、まだある。あと十五分。

 私は来た道をUターンして、早歩きでお店の中に入る。「らっしゃーせー」とどこか腑抜けた声が聞こえてくる。レジを見ると、またあの眼鏡のお兄さんが居た。うわ嘘でしょ、昨日も居たよあの人。朝っぱらのシフトにも入ってるのかしら。

 昨日も来てたな、とか思われそうな気がして耳が熱くなった。だけど時間も無い都合上、そんなことも言ってられない。とっとと目的のものを探す。

 それ自体は、すぐに見つかった。

 

「あ……!」

 

 目立つ形でバンドメンバーを大きくデフォルメしたみたいな可愛いイラストと共に、借りたこともあるいくつかのシングルやアルバムCDが、丁寧に飾られている。販促コーナーがわざわざ作られているなんて思わなくて、思わず目を見張ってしまう。

 その中でも、一際目立ったもの。

 それは、メンバーの顔とかのバッジやアクリルキーホルダーと一緒に並ぶ、小さな星型のキーホルダーだった。

 

 その輝きは、キーホルダーにしては随分こだわった煌めきを放っていた。

 

 入口から漏れる朝の日差しを、彫り込まれた星が反射していて、角度によってその色味が違うのだ。とっても綺麗。可愛い。

 ─────そうだ、これ。

 確か、前に聞いたラジオで新しく作ってもらったってメンバーのひとりが言ってたキーホルダーだ。中央には、雲を引き裂くようなバンドロゴが入っている。

 

「っ……!」

 

 気付けば私はそれをひとつ、引っ掴んでいた。そのまま近くのレジへ置く。

「お預かりしまーす………」といいつつ、案の定私の顔をちらりと見てくる店員さん。

 恥ずかしい。目を逸らしつつ、そうして会計を済ませる。お金を払い終えて、早足でそこから逃げ出した。

 頬が熱くなるのを感じながら、包装を取り外す。何となく、紐部分を指で摘んだまま、朝日へかざしてみる。

 

「……………わぁあ……すごい………綺麗」

 

 朝日が透けて星が揺れ動く。それは、見れば見るほど、作り込まれていた。

 視線をずらすたび、裏表の色彩が波のように揺らめき、溶け合う輝き。黄色の輝きが青、赤、ピンクへと偏光する。

 色模様が変わる度に、目を見張った。割と長く見蕩れていたのか。

 ふと、隣を走って行った自転車のベルが耳に届く。そこで我に返る。

 

「あ! やばっ!」

 

 スマホを見ると、電車が来るまで残り五分。私は慌ててその星型キーホルダーを通学鞄に取り付けた。

 

「……えへへ」

 

 店員さんに見られたりとか、色々した。

 でも何より。

 

 それを買えたことの方が、ずっとずっと、嬉しく感じたと思う。

 

 

 

 

 

 

※

 

 

「あいーこー、今日こそ部活見学一緒に行こーよー! ここ一週間付き合い悪いぞ〜」

 

 そうしてお昼の時間。

 またも重い目蓋を擦りながら、鞄からママのお弁当を取り出そうとする。

 すると、いつもと同じように梨乃がトコトコと寄ってきた。どこか拗ねたような口調。今日の彼女はサイドテールではなく、後ろで括るお団子スタイルだった。

 

「ん、そーね、ごめん……」

 

 そこで抑えきれず、気付けば大きな欠伸(あくび)を漏らす。

 

「ふぁぁあ………ぁっ」

 

 慌てて片手で口元を隠したけど、もう遅い。

 目の前でオレンジジュースを飲んでいた梨乃がストローを咥えたまま、にやりと片方の眉を上げていた。しかもそのタイミングで、後ろから真帆も歩いてきた。

 にやにやしながら、私をからかうような目線を向ける梨乃。

 

「愛子ぉ。眠そーねぇ」

 

「……べ、別に」

 

「別に、って顔じゃないでしょ。目ぇ半分しか開いてないよ?」

 

「開いてるわよ。失礼ね」

 

「いや、開いてない開いてない」

 

 梨乃に便乗するように、隣で弁当箱を広げていた真帆まで笑う。

 

「何、愛子。昨日……夜更かしでもしたの?」

 

「ま、まあ……ちょっとだけ」

 

「何してたの?」

 

「えっ」

 

 問い返されて、私は言葉に詰まった。正直、昨日どころじゃない。ここのところ数日間のことを聞かれた気がしたから。

 その瞬間、ここ一週間のことが一気に頭の中へ蘇る。

 初めて聴いた曲。

 慌てて問題集の余白へ書き留めた名前。

 それから見つけた何曲もの試聴音源。耳の奥にまだ残っているドラムと、ギターと、その下で絶えず動いていた低い音。もう聴きすぎて歌詞すら覚えたiPodのプレイリストの曲一覧。

 

「……お、音楽、聴いてた」

 

「音楽?」

 

「う、うん。ちょっとね」

 

「へぇ〜。愛子が寝不足になるまで?」

 

「何よ。私だって音楽くらい聴くわよ」

 

「まーそれはそうなんだけど、そうじゃなくて。愛子って、夜更かししてまで何かにハマること、あんまないじゃん」

 

「……そうだっけ」

 

「そうだよ〜! あーしに自分でも言ってたくせに。ていうか最近、放課後もすぐ帰ってるよね?」

 

 梨乃がサンドイッチの袋を丸めながら、私の顔を覗き込んでくる。

 

「部活見学も全然来ないし。だいじょぶ? 何、まさか。もう高校生活諦めた?」

 

「入学して三週間で諦めるわけないでしょ!」

 

「じゃあ男?」

 

「なんでそうなるのよッ!?」

 

「だって、放課後すぐ帰って、夜は寝不足になるまで何かしてるんでしょ?」

 

「梨乃、その言い方だと完全に怪しいから」

 

 真帆が呆れたように笑う。

 

「違うって言ってるでしょ! もう……」

 

「にゃっはっはっ♪ 冗談冗談」

 

 私はむっとしながら、ヨーグルッペのストローへ口をつける。

 

 すると真帆が、何かを思い出したように箸を止めた。

 

「あ。そういえば愛子、進路希望調査出した?」

 

「んぐっ」

 

 お箸で唐揚げをつまもうとした指がピタッ、と止まる。い、痛いところを。考えないようにしてたのに。

 

「その反応、まだなんだ」

 

「だ、だって、あんなの何書けばいいか分かんないのよ。まだ高校一年なのに、将来の仕事なんて聞かれたって困るじゃない」

 

「わたしも職業のところは適当に書いたよ。興味ある分野だけ」

 

「そーゆう真帆は、何て書いたの?」

 

「美容とか、ファッションとか? まだ決めたわけじゃないけど」

 

「ほら、もうあるじゃない。そういうの」

 

「まあ、あくまでも暫定だからね。イメージってだけだよ。で、愛子は何かないの?」

 

「……だからぁ、それを考えてるんじゃない」

 

「真面目ねぇ愛子は! あむっ。……もっふぉさ、あーしみたいにもっと気楽にしなよ!」

 

 サンドイッチを小さな口で頬張りつつ、楽しそうに目を細める梨乃。

 

「……梨乃はどーしたの」

 

「ふぇ? むぐむぐ……んくっ、………あーしはお嫁さん、とか書いてやったよ☆」

 

「適当ッッッ!!」

 

 まるで参考になんない。ドヤ顔をかます梨乃に思わず箸を握り締めて私は叫んだ。梨乃に真面目に聞いた私がバカだった。一方の真帆も苦笑はしつつ、私の方へ改めて視線を向けてくる。

 

「でもさ、真面目な話、今週の金曜までじゃなかったっけ、提出。だいじょーぶ?」

 

「分かってるわよぉ……」

 

 思わず机へ突っ伏しかける。

 進路。

 部活。

 将来。

 そう。別に、考えなきゃいけないことは、何も減っていない。一週間前から進んだところといえば、意外と真面目に課題の数々を私にしてはきちんと終わらせてるくらい。あとは────

 

「…………」

 

 通学鞄の持ち手。机の左下へ引っ掛けているそこに、小さな星が、何となく目に映った。

 

「あれ?」

 

「ん?」

 

 私が何やら視線を下に向けてることに気付いたのか、梨乃が机の横から身を乗り出す。

 

「どしたの愛子、それ。新しいやつ?」

 

「えっ」

 

「その星。キーホルダー」

 

「あ……え……う、うん!」

 

 気づいてもらえた。私は少し強く頷く。

 それだけで、胸の奥が少し弾む。

 私は通学鞄を持ち上げ、二人から見えるように机の上へ置いた。

 

「こ、これ、今日の朝、見つけたの。インストームスの新しいアルバムの販促グッズみたいで。数量限定だったから、まだ売ってると思わなくて」

 

「へ〜、かわいーじゃん!」

 

「ん、なになに?」

 

 楽しそうにはしゃぐ梨乃がキーホルダーを指先で摘まむ。真帆も弁当を置き、前のめりになって体を乗り出す。梨乃の華奢な指で、星がくるりと回った。

 

「えーー可愛いー! すご、角度で色変わるよ! オシャレ〜☆ 普通にこういうの好き。あーしも欲しいかも」

 

「え、ほんと?」

 

「うん♪ 鞄につけても可愛いし」

 

「……これさ、バンドのロゴなの」

 

「バンド?」

 

「さ、最近、その……あるバンドにハマって。ラジオで、たまたま聞いたんだけど」

 

「あー! なるほど! それが夜更かしの原因!」

 

「もぅ! 原因って言い方やめなさいよ!」

 

 ぽん、と左掌に右手を乗せて納得する梨乃。それに思わず言い返しながらも、私は鞄からiPodを取り出す。

 昨日の夜から用意していたプレイリストは、もう開いてある。ノートも、無事に出来上がった。

 

「あ、あのね、この人達、インストームスっていうインディーズバンドなの。前にラジオでたまたま流れてて、その、それなすごく良くて」

 

「へえ。どんな感じ?」

 

「えっと……ロック。多分」

 

「多分なんだ」

 

「だって、私もまだ詳しくないもの。でも、ただ激しいだけじゃなくて……その、曲の途中で音が変わるのよ」

 

「音が?」

 

「うん。二番に入ってから、後ろでもう一本ギターが増えるの。最初はボーカルの人が弾いてる一本だけなんだけど、それとは違う音が重なってきて。なのに、どっちも邪魔になってなくて。それがほんとに、かっこいいの! 音に、段階があるって言うか、階段がある、みたいな。とにかく、凄く奥が深く、て………」

 

 そこまで話したところで、「?」と梨乃と真帆が少しきょとんとしていることに気づく。

 

「あ……」

 

 し、しまった。夢中になって喋りすぎたかもしれない。

 でも、まだ話したいことがある。

 昨日ノートへ書いておいたことも、聴いているうちに気づいたことも、二人に聞いてみたいことも。

 

「き、聴いてみる?」

 

「え、うん。いいの?」

 

「うん。この曲。最初にラジオで聴いたやつ」

 

 私は右のイヤホンを外し、真帆へ差し出した。左は梨乃に渡す。二人とも、目は丸くしつつも受け取って耳に嵌めてくれた。

 

「どこから?」

 

「ちょっと待って。えっと……ここから」

 

 再生位置を少し戻す。音と時間はもう、耳が完璧に覚えてる。

 違う。もう少し前。

 もう一度巻き戻してから、再生ボタンに触れる。

 

「最初は普通に聴いて。もうすぐ二番に入るから」

 

「うん」

 

 真帆も梨乃もイヤホンを耳に入れたまま、黙って曲を聴いている。

 私はその横顔を見つめていた。

 聞こえてくるはずのない音が、頭の中では同じタイミングで鳴っている。

 もうすぐ。

 あと少し。

 

「……ここ!」

 

「え? あ、うん!」と梨乃。

 

「?」と不思議そうにする真帆。

 

 梨乃が口を微かに窄め、「おお、お……ん?」と不思議そうにする。真帆はやっぱり首を傾げつつ、でも聴いてくれる。

 

「今。ギター増えたの、分かった?」

 

「あー……うん。たぶん? なんとなく?」

 

 疑問符を浮かべつつ、眉を寄せて梨乃はそう呟く。

 

「なんか、変わった気がする、かも」

 

 真帆は真剣に聴きながら、頬へ手を添えた。私はその様子を見て続ける。

 

「そのあとドラムも少し変わるの。最初より細かく叩いてて、それに合わせてベースも──」

 

「ベース? なんだっけ? あーしも詳しくないしなぁ」

 

「わたしも……」

 

「えっと、低い音のやつ。ほら、今も後ろで鳴ってるでしょ?」

 

 それを聞いて、梨乃と真帆が顔を見合わせる。二人とも────ほんの少し、気まずそうな表情を浮かべている。

 

「……あーー………ごめん。どれか分かんないかも」

 

「………え……」

 

 苦笑いを浮かべて、気を遣うような顔をする梨乃。真帆も真帆で、申し訳なさそうに笑う。私は、思わず硬直する。

 その後の言葉が、続かなくなる。

 まるで、喉に詰まってしまったみたいに。

 

「……あ、でも、ほら、なんかすごい激しいね。ライブとか盛り上がりそうに、わたしには見えるかな。ね、梨乃!」

 

「んむ、あーしにはよく分からんけど! それは思う!」

 

 うんうん、と興味深そうに頷いてはくれる梨乃。

 

「……うん。激しい、けど」

 

 違う、と呟きそうになって、俯く。

 激しいだけじゃない。

 ちがう、ちがうの。そういう、話がしたいんじゃなくて、私は。

 

 ────────そう言いかけて、口を閉じた。気付いたからだ。

 

 真帆も、梨乃も、別に何も間違ったことは言っていない。

 それどころか気を遣ってくれている。

 音楽に何も詳しくなかったら。初めて聴いたなら、そういう感想になるのも普通だと思う。私だって、数日前までただ聴くくらいの事しかしてこなかった人間なんだから。

 それなのに、どうしてか。

 胸の奥へ小さな何かが引っかかった。微かに、ずきん、と痛んだ。

 

「んね、愛子っ、歌ってる人、どんな人なの?」

 

 梨乃が尋ねる。

 

「あ、え………こ、公式サイトに写真あったわよ。えっと……」

 

 私はスマートフォンを取り出し、昨日見つけたページを開く。

 ブックマークから即座に開いて、バンドメンバーが並んで写っているライブ写真を、二人へ見せた。

 

「この人。ボーカルとギター」

 

「えっ、けっこーカッコイイじゃん!」

 

「なかなかイケメン。わたしはこの右の人好きかも」

 

「あーしは左の彼! いいね良いねぇ、いい趣味してんね愛子」

 

「そ……そこ?」

 

「そこ大事でしょ!」

 

「お、音楽の話してるのよ、私」

 

「え、だってさ、愛子が珍しく男の写真見せてくるから。あーし、愛子にてっきり推しでもできたのかと思った!」

 

「え、いや、その、そういうわけじゃ……」

 

「じゃあさ、愛子は誰が好きなの?」

 

「誰って……メンバーの?」

 

「うん」

 

「まだ名前もちゃんと覚えてないもの。そういうんじゃなくて、曲が……」

 

「あ、でもドラムの人も結構イケメンじゃない?」

 

 梨乃が画面を指で拡大する。

 

「ほんとだ。わたし、この人も好きかも」

 

「だから、顔の話じゃなくてぇ……!」

 

 思わず声が大きくなる。

 二人が楽しそうに笑った。

 別に、馬鹿にされているわけではない。それくらいは分かる。むしろ二人なりに、私の話へ乗ろうとしてくれているのかもしれない。

 

 でも、───────────違う。

 

 そうじゃない。

 私が昨日から話したかったのは、そんなことではなかった。鞄の奥からノートを取り出そうとする。でも、私のスマホのそのページを見て盛り上がっている今の真帆と梨乃に、それを見せるの?

 そう思った瞬間、取り出す左手の動きを止めてしまった。

 その時だった。

 

「真帆ー!」

 

「!」

 

 教室の後ろから声が飛んできた。

 振り返ると、ダンス部へ入る予定の女子が、スマートフォンを片手にこちらへ駆け寄ってくる。顔は見た事ある子だ。ミディアムヘアの結構可愛い子。

 

「昨日の先輩の動画、グループに送ったよ! しかもさ、朗報!! 先輩に声かけたら、見せてあげるって!! 今から下でやるらしいよ!」

 

「あ、ほのか! それマジ!?」

 

「そうそう!! 文化祭の時の動き、見せてくれるって!!」

 

「うそ、見たい見たい! 行かなきゃじゃん!!」

 

 真帆の顔が、ぱっと明るくなる。物凄く露骨にテンションが高くなっていて、華やいだ表情。

 

「───────────────………」

 

 それを見た瞬間、思わず私の目蓋が強く開いた。それは、さっきイヤホンを渡した時には見せない顔だったことに、気付いたから。

 梨乃も梨乃で「なになに、なんの話?」と乗っかる。

 

「朝話したでしょ、昨日の部活見学で、私が中三の時に見れた文化祭のセンターやってた先輩と話せたって! その人がわざわざ実演してくれるらしいの! 行かなきゃでしょ!」

 

「えぇ、マジ! しかもイケメンなんでしょその人!! あーしも行く♡」

 

「不純!! まあいいけど! 梨乃も来るなら来なさいよ」

 

 すると、真帆は私の方へ視線を戻す。

 

「あ……! ごめん、愛子。イヤホン返すね。曲、ありがと。また聞かせてよ。私、ちょっと下行ってこなきゃ!」

 

「………………う、ううん」

 

 そっと差し出されたイヤホンを受け取る。真帆が弁当箱の蓋を閉める。梨乃もサンドイッチを慌ててもぐもぐと食べ終えた。

 

「愛子も行く?」

 

「え……あ、わ、私は良いや。トイレとか行くし」

 

「そ? じゃあまた後でね、愛子。梨乃、行くよ!」

 

「あいあいさー☆」

 

「んじゃ後でね、愛子ー! あとで、またあーしにも聴かせて!」

 

「───────………うん」

 

 自分でも驚くくらい、自然に笑えた。手を振りつつ、二人を見送る。真帆は廊下でほのかという女の子と、他の女子達と一緒にスマートフォンを囲む。梨乃もすぐ隣へ身を乗り出す。

 楽しそうな声が聞こえてくる。

 

「うわっ、先輩めっちゃカッコイイじゃん!」

 

「でしょ!? ここの振り付けすごいんだよ!」

 

「ちょ、もう一回戻して!」

 

「この衣装、文化祭で自分たちで作ったんだって」

 

「え、ほんと? すご!」

 

「めっちゃ同じ動き、ちょーーー揃ってるぅ!」

 

 遠目で私はその様子を眺める。

 

「……………………」

 

 梨乃がその中に混ざる形で、真帆も楽しそうに、どこが格好良いのかを話していた。

 私は、ついさっき自分が話していたことを思い出した。

 二番で増えるギター。

 少し前へ出るドラム。

 その下に隠れている、低い音。

 

「ほら梨乃、ここ! すごくない?」

 

「やばい!」

 

 楽しそうに、ダンス部の子達とはしゃぐ二人。

 

 その笑顔を見て、胸が少し痛くなった。

 

 真帆は悪くない。

 梨乃も悪くない。

 二人は私の話を聞いてくれた。

 曲も聴いてくれた。

 キーホルダーも可愛いと言ってくれた。

 それなのに。

 なんで。

 どうして。

 

「…………」

 

 私はその様子を見つめたまま、机の下で、返されたイヤホンをゆっくりと巻いた。

 白いコードが、指へ絡む。やがて、静かに視線を逸らす。机へ目線を落とす。

 

「──────────………………………」

 

(……そっか)

 

(興味、ないんだ)

 

 ほんの少しだけ、一緒に好きになってくれるかもしれないと思っていた。

 私が感じたものを、そのまま二人も感じてくれるかもしれないと。

 そんなはず、ないのに。

 

(そう、よね)

 

(皆が皆、バンドとか好きなんて……そんなこと……)

 

 やがて、また廊下へ目を向け直すと、もうそこには梨乃や真帆たちは居なかった。多分、下に行ったんだと思う。

 私はそのまま、しばらく動けなかった。椅子に座ったまま。

 ふと、星のキーホルダーへ、再び目を向ける。視線を伏せたまま、私はそのキーホルダーを鞄から取り外す。

 代わりにケースをつけたiPod、色々可愛いキーホルダーの中へ、それを括り付けた。

 

「……………」

 

 私はそのまま、そのiPodを両手で強く握り締める。

 静かに、机に突っ伏す。

 昼休み、騒がしい教室の中。胸の中に溜まっていた言葉だけが、誰にも聞かれないまま、静かに行き先を失った気がした。

 

 

 

 

 

 

※

 

 その次の日も、昼休みはいつもと同じだった。

 私は今日はパンを齧りながら、梨乃もいつも通りの菓子パン、真帆は手作りの弁当。

 

「ねぇ、駅前に新しいクレープ屋できたらしいよ☆ 真帆もいくっしょ?」

 

「マジ? そんなん絶対行くっしょ。愛子も行く?」

 

「んー……今日は課題あるからいい」

 

「またぁ? んもぅー最近付き合い悪くない? あーし寂しいってば」

 

「別に、そんなんじゃないわよ梨乃……今度行く」

 

「ほんとに? わたしも愛子と食べたいんだから、忘れないでよ?」

 

「ごめんて、分かった、真帆」

 

「ふふ。まぁ、ならいーけどさ」

 

「あ、そえばね、真帆ちん、最近トゥイッターでこんなのも流行ってるらしいよ〜?」

 

「ん、見せて梨乃」

 

 卵焼きを一口頬張った真帆が、梨乃へ身を乗り出す。

 昨日のことは、結局誰にも話さなかった。

 見せようと思ってたノートも、持ってきてはいたけど。

 ─────見せる宛てが、今の私には居なかった。

 

 どうしてだろう、とふと思う。

 

 今日はあんまり、パンの味がしなかった。砂利みたいな、そんな感触。食べてる気がしなかった。パンを口に含めようとして、何となく、静止した。

 

「愛子?」

 

「え?」

 

「どうしたの? またぼーっとして」

 

「……」

 

「何でも、ない」

 

 私は笑った。そしてまた、そのタイミングで小さく欠伸が出た。

 

「あれ、また眠いの? もう、大丈夫ー? 愛子」

 

「ん……眠いだけ。昨日、また夜更かししたから」

 

「あはは、昨日言ってたバンド、また聴きまくったの? だから早く寝なって言ってんのにー」

 

 真帆がくすくすと笑う。梨乃はまたにやにやしつつ、スマホを私の方へ向けてくれる。

 

「寝不足はお肌に大敵だよ、あーしを見習え愛子!」

 

「うっさい梨乃、言われなくても、今日は寝るわよ」

 

「それなら良し! んじゃ、もう一回見るよ! 今度は最初から、ほら、愛子も見よ☆」

 

「ん。見せて」

 

 そうして梨乃が再生ボタンを押す。再び流れ始めた動画へ顔を寄せる。

 楽しそうに笑う。梨乃の冗談にも、いつも通り言い返す。

 だから多分、二人には何も分からなかった。

 

 この後の話でも、真帆はダンス部の見学について話して、梨乃はバイト先に来た変なお客さんの話をした。

 

 私は、二人の話に笑った。

 

 それでいいと思った。

 二人が楽しそうなら、私も楽しい。今までだって、ずっとそうだった。

 

 わざわざ同じものを好きにならなくても、友達ではいられる。

 

 ───────────そんなこと、考えれば当たり前なのに。

 

(……なんで)

 

 胸の奥へ、まだ小さな棘が残っている。

 誰にも拒絶されていない。

 嫌われてもいない。

 昨日だって、二人はちゃんと私の話を聞いてくれた。

 なのに、どうして。

 

 

 どうして、こんなにも寂しいんだろう。

 

 

 もう一度話してみればいいのかもしれない。

 別の曲なら、好きになってくれるかもしれない。

 でも、また同じ顔をされたら。

 気まずい反応や、気を遣うような顔をされたら。

 また言葉が余ってしまったら。

 そう思っただけで、口に出す気にはなれなかった。

 

 

 何より。もう、あんな顔を見たくなかった。

 

 

 

 

 

※

 

 その日の放課後。

 部活見学。最近行ってない。今日は流石に真帆や梨乃に付き合いたい。鞄へ教科書やらなんやらを詰め込む。今日のお昼のことを、また考えながら。

 

(……好きなものなんて、一人で好きでも困らないし)

 

(聴きたくなったら、自分で聴けばいいだけじゃない)

 

 そう思いながら、私は鞄からiPodを取り出す。

 

「…………あれ?」

 

 イヤホンのコードを指へ掛ける。

 何かが違う。

 

 軽い。

 

「……え」

 

 iPodの角についていたはずの金具。所在なさげに揺れている。

 そこに付けたはずの、小さな星がない。

 

「嘘……」

 

 私は鞄の中を覗き込んだ。

 教科書を持ち上げる。筆箱を出す。小さなポケットへ手を入れる。

 ない。

 背筋が、急に寒くなった。

 

「え、なんで……?」

 

 昨日までは、確かに付いていた。

 

 今朝、家を出た時もあったはず。駅のホームで曲を選んだ時、指先に星の感触が触れた気がする。なんなら、三時限目の休憩時間の時も見たのに。

 机の下。

 椅子の周り。

 鞄の底。

 

 何度見ても、見つからない。

 

 嘘、待って、うそでしょ。もうアレ、今日の朝には売り切れてた。再販の予定も無いらしい。もう、手に入らないのに。

 その時、鞄を肩に背負った真帆と梨乃が私の方に来た。

 

「ん、愛子。何探してるの?」

 

「……な、何でもない」

 

「でも──」

 

「いいって。先行ってて!」

 

 思ったより強い声が出た。

 ──────ぁ、や、やば。強く言いすぎた。

 慌てて、見上げる。

 真帆が、少し驚いた顔をしていた。梨乃も、微かに困惑した様子で心配そうにこちらを見ていた。真帆とまた顔を見合わせる。

 

「……分かった。見つかったら連絡して。先行ってるからさ」

 

「……見つかんないなら、後で言ってね、愛子。あーしも手伝いに来るからさ」

 

「……………………うん。ごめん、真帆、梨乃」

 

「いーよ。気にしないで。わたし、梨乃と先行ってる。また後でね。愛子」

 

「………うん……」

 

 二人が教室から出ていく。

 私、何やって。

 これじゃ、八つ当たりじゃない。最低。最低だ。

 私はその背中を見送って、胸がまた強く痛むのを感じた。

 

「…………っ」

 

 でも、今はそれどころじゃなかった。私はもう一度、鞄の中身を全部机へ出した。

 見つからない。やっぱり影も形もない。

 

 たった二千円くらいのキーホルダーだ。

 

 買ったばかりだし、店へ行けば、店員さんに聞けば、もしかしたらまだ残っているかもしれない。同じ物を、もう一度買えばいい。

 それだけなのに。

 でも無かったら? 可能性はある。もう入荷しないって情報もネットで見た。

 もう、手に入らなかったら。

 そんな予感が、止まらない。

 

「……ない」

 

 喉の奥が、痛くなる。

 やだ。

 昨日から、何も上手くいかない。

 やだよ。

 やっと好きなものを見つけたのに。

 

 ───────話したいこともできたのに。

 

 なんで、なんでこうなの。

 二人にあんな感じ悪い対応して。

 こんな、こんなのってないよ。

 その気持ちは誰にも届かなくて、今度は、嬉しくて買ったものまでなくなった。

 

「どこ……」

 

 机の下へ屈み込む。

 視界が滲む。

 

「どこいったのよ……もう……なんでぇ………うっ」

 

「ううっ………」

 

 泣くほどのことじゃない。

 こんなことで泣いたら、馬鹿みたいなのに。

 そう思えば思うほど、目の奥が熱くなる。

 廊下を歩いた時に落としたのかもしれない。

 

 私はiPodを握ったまま教室を飛び出す。

 

 昨日通った廊下を戻る。

 階段の踊り場。

 昇降口。

 教室の前。

 

 目を凝らして床を見る。でも、どこにもあの星は見つからない。

 

「…………っ」

 

「もう、やだ……………」

 

 鼻の奥がつんと痛む。手の甲で鼻付近を抑える。震えが止まらない。

 堪らなく辛くて。苦しくて。

 

 

 もう無理かもしれない。

 

 

 誰かに拾われて、そのまま捨てられたのかもしれない。

 諦めなきゃいけないのかもしれない。

 そう思いかけた、その時だった。

 

 

 

「あ、あの」

 

 

 

 後ろから、男子の声がした。

 

「……?」

 

 振り返る。

 そこに立っていたのは、同じクラスの男の子だった。

 放課後になると、いつも誰より早く教室から姿を消す。

 

 このあいだ、ギターケースを背負ったまま、廊下を走り抜けていった人。

 

 確か、名前は────

 

「ねぇ、佐藤さん……だよね」

 

 彼は、少し息を切らしていた。

 何かを傷つけないようにするみたいに、右手の指先で、小さな金具を摘まんでいる。

 その先で。

 

「ッッ………!!」

 

 息が止まる。

 見覚えのある星が、夕日の光を受けて揺れた。

 

「これ、もしかして……君の?」

 

「────────」

 

 そう。彼の、名前は久保 奏音(かなと)。

 涙の溜まった目を見開いたまま。

 

 そうして、私は彼を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 





 遅くなり、申し訳ない。ここ最近、仕事とイラストがあまりにも忙しく、全然書けなかったです。
 やっと更新できた……。
 あと、ごめんなさい。ここでの報告になりますが、前回お伝えしていた9/22の結サク19th なのですが、申請していた休みが勤め先のアクシデントで取れなくなってしまい、出れなくなってしまいました。

 ……。

 いや参加費返せ!!!! ちくしょう(´;ω;`)
 という訳でイベント参加は延期になります……。楽しみにしてくださっていた方、申しわけありません。また詳細はお伝えするので、お待ち頂けると幸いです。

 感想をくださってる方々、いつも読んでくださってる皆様、ありがとうございます。
 12月年末のC109冬コミには参加予定として申請してますので、それに向けて更新は相変わらず安定しませんが、どうか続きをお待ちいただけると嬉しいです。

 愛子、可愛いね。
 ほんとに可愛いよ。最近さらに沼ってる。ぽいずん♡やみ、叡智。

 ちなみに9/19でぼっち・ざ・ろっく!FBは1周年ですね。早いなぁ……。

 ではまた次回、お会いできる時まで。

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