栄光は塵積もって   作:hotice

1 / 15
お久しぶりです。
ちょろっと書き溜めしてはそのまま放置する日々を送っておりました。
完走できる気はしませんが、応援してくれたら嬉しいです。


1.栄光の始まり

 

気温も上がり始めそろそろ梅雨の気配を漂わせ始めた5月の終わり頃、東京レース場は人で溢れかえっていた。

そう、クラシック戦線の第2戦日本ダービーがこれから行われるのである。ウマ娘ファンにとって最も注目される試合の一つだけに、立ち見すら出る程の盛況ぶりである。

 

特に去年、ミスターシービーが伝説となるクラシック三冠を数十年ぶりに打ち立てたこともあり、例年以上に会場は熱気を放っていた。期待と興奮が混ざり合ってガヤガヤと響く声は、ウマ娘である彼女の耳には少々耳障りではあったが、しかしそれもまた自身の緊張と興奮へとつながっていくのを彼女は自覚していた。

このレースに出ている先輩の事は、勿論全力で応援している。

けれどきっと誰もが期待しているのだ、今年もまた三冠ウマ娘が現れるのではないかと。その伝説の一つを目撃する事が出来るのではないかと。

 

 

そして、会場がいきなりわっと沸いた。期待のウマ娘がコースに出てきたのだ。

耳が痛くなりそうな声援に咄嗟に耳を伏せつつ、コースに出て来た緑色の勝負服を着たウマ娘へと目をやる。

遠目からでも分かる、存在感の違い。ただ歩いているだけなのに威厳すら感じる、生まれついての王者の姿。

三日月のような白髪が、僅かに揺れた。

 

 

 

 

 

「こりゃまた相変わらず恐ろしい位の仕上がりっぷりだな・・・」

 

隣に座った彼女のトレーナーがぽつりと呟いた。ちらりと視線を向ければ、50を超える大ベテランである彼が身を乗り出す様にしてコースを眺めていた。

それこそ今までどんな試合ですら、どんと構えて見守っていたというのに。

その事に驚きつつも、もう一度コース上の彼女へと目を戻す。

 

「確かに・・・。すごいですよね、足の筋肉」

 

まだ本格化の始まっていない彼女自身の足なんかとは比べ物にもならない程に重厚感を感じる足であった。

 

「それだけじゃねえぞ。見てて感動すら覚えそうなほどのバランスのトモしてやがる。あれでウマ娘受け持って2人目のトレーナーってのが未だに信じられん・・・。

世間じゃ強いウマ娘を運よく担当出来ただけのラッキーボーイとか言われてるらしいが、ただの新人にあんな仕事が出来るかってんだ、まったく・・・・。

 

チッ、正直言って今年はちょっとどうしようもねえかもな、これは・・・」

 

トレーナーが髭を擦りながら唸った。そのままトレーナーは何かを吐き出すようにため息をついて、ゆったりと椅子に寄り掛かる。

その姿を見て、先輩の事を思ってつい両手を重ねてしまう。

 

少々古臭くはあるが、彼は自身の教え子にきちんと向き合う熱血なトレーナーなのだ。決して、決して簡単に勝負を見捨てるような人ではない。

今も彼の拳はこれ以上ないほど強く握りしめられているし、瞳は鋭く前を睨みつけていた。

けど、その眼からは既に応援の熱というものが失われつつあるのが彼女には分かってしまった。

 

「そんなに・・・、ですか?」

 

「そんなに、だ。お前さんも感じてるだろうが、正直格がちげぇ。ありゃそのまんまシニアのG1に放り込まれても普通に難なく勝ちうるぞ。

全員で息を合わせた包囲が出来て、そこからまあ漸く可能性が生まれてくるってとこだろうな。

 

その上で・・・・。

そう、その上であいつは隙がねぇ。そうならない様にレースを支配出来る。

去年のミスターシービーも強かったが、勝ち目はあった。シービーはただ強いだけのウマ娘だった。

あんな皐月賞の時みたいな掌の上で全部転がすような恐ろしいレースはシービーには出来なかった。

正直俺は万全の状態のあれに勝ち方が思い浮かばん・・・・・」

 

それだけ言って彼は口を噤んだ。

コースにはまだ諦めていない先輩の姿があった。威圧感に少し怯えながらも、それでも闘志に燃えた姿が。

だからただ無心で祈るしかなかった。()()が負ける姿などもう脳内には浮かばないというのに。

 

 

 

そして、結果だけ言うならば余りにも簡単に試合は終わった。

最終コーナーで包囲の崩れたところからスルッと抜け出して、先頭に立ったら流すような気楽さで1バ身差をキープしてゴール。

皐月賞と同じ様に全て彼女に支配された完璧な試合だった。

トレーナーが苦々しく「あいつわざと包囲されて自分に都合の良いタイミングで崩しやがった」と呟いたのが耳に残る。

 

ただの素人目にすら分かった。彼女はまだまだ当然のように余力を残している。

ダービーという大舞台ですら、彼女には全くの役不足だった。

誰もが声を失った。ざわめきに揺れる観客席へと彼女は足を進める。

 

それは皇帝の凱旋であった。十数万人がたった一人に飲み込まれていた。

ゆったりと2本、指が掲げられる。歓声と畏怖の声が爆発した。

きっとそれは新しい神話の幕開けだったのだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

日本ダービーが終わってから少しして、シンボリルドルフは実家へと戻っていた。

やはりウマ娘の名家にとってダービーは大きい。ルドルフが家に着いた時には大広間には一族の者の大半が集まっていて、盛大な歓迎を受けた。

 

「しかしルドルフ、よかったのですか?せっかく無敗でダービーまで取れたのに、パーティーはトレーナーも招かず身内だけでよいなど・・・」

 

ある程度皆からの祝辞の声が止むと当主である祖母からルドルフは尋ねられた。

今回彼女は実家に連絡して大規模な祝宴はしなくても良いと伝えていたのだ。名家にとって格式高いG1を勝って開くパーティはこれ以上ない華である。

日本ダービーもそれだけの格を揃えたレースである事は間違いなかった。

 

「まあ前に御婆様に伝えました様に()()()()()()()()()。3つ取った後に盛大に祝ってくだされば」

 

そう言って久しぶりに昔の様に笑う。トレセン学園に行ってからはあまりしなくなったのだが、少しばかり笑みに力が入る。

その笑みを見て御婆様の顔が少しばかり顰められた。

 

「まさかあなたに限ってないとは思いますが油断ではないでしょうね、ルドルフ」

 

「ええ、勿論。これは自信です。私たちならば負けません。

御婆様もそう思われたから乗ってくださったのでしょう?」

 

そう言い返せば御婆様は少しだけ目を細めてこちらを見返した後にため息をついた。

何度も盛大に祝われるのが気乗りしなかったというのも事実ではあるが、これはつまり言外での他の家に対するアピールである。我々シンボリは菊花賞を必ず取るという絶対の自信の。

 

「全く、あなたが皐月賞、ダービーとレース後に指を立てたからそれに合わせてるにすぎませんよ。正直今のあなたが負けるとは思っていませんが、わざわざ危ない橋を渡る理由もないでしょうに・・・。

そういう昔の一面を見せる様になったのも、あのトレーナーの影響ですか?」

 

「ええ、彼と組んですぐに少し怒られましてね。

それからレースというものに、もっと我がままに、もっと楽しんで向き合おうと思いまして」

 

「はぁ・・・・。最近は丸くなって手がかからなくなったというのに余計なことを・・・」

 

そういって彼女は手に頭を添えたが、ルドルフにはこの皮肉気な所のある祖母がその言動程気にしている訳ではない事を理解していた。

自身の抱いた在り方を否定された事は無かったし、シリウスとの衝突の際にはある程度容認の構えを見せてくれていたが、それは肯定してくれていた訳ではなく恐らく否定した所で自分が止まらないと分かっていたからなのだろう。

やれやれと彼女は頭を振って、こちらを見据える。

 

「それでルドルフ、そのトレーナーと1年過ごしてみて、どう見ました?」

 

「そうですね・・・・。単刀直入に言うなら期待以上です。

間違いなく世界的に名を遺すレベルの本物です」

 

「・・・・・・!!

あなたがそう言い切る程ですか」

 

ルドルフは強く祖母に言い切った。

ルドルフのトレーナーは一人目の担当であるマルゼンスキーと海外のレースを荒らしまわった期待の新人であった。

あのマルゼンスキーという傑物と組んだとはいえ、海外G1を無敗で8勝もしたのだからそれはもう界隈の注目を一身に集めていたのである。

勿論マルゼンスキーが強かっただけという意見も世間では根強いが、プロのトレーナーから見ても十分すぎる程の仕上がりで世界中どこのレースに行っても出せるのだから海外志向の強いシンボリは真っ先にコンタクトを取った。

その時に試しに組んだのがルドルフであり、彼女は1か月のお試し期間を経て正式に組むことにした。

 

正式に組む時にも一応実家には報告してあった。

運ではなく、きちんと海外で活躍できるだけの実力のあるトレーナーである事は間違いないと。

そしてそれをシンボリ家もある程度は理解していた。

ルドルフはこれまで完璧ともいえる仕上がりで全てのレースに臨んでいる。その具合は幼少のころから面倒を見ていたシンボリ家のトレーナーをして、自分では手を加える所がないと断言したのだから、現時点でも十分に一流。彼がこれから成長すれば世界でもトップクラスのトレーナーになるだろうと確信していた。

 

そして、ルドルフはそれ以上と判断したのだ。

ルドルフが判断を大きく見誤るとは、祖母である彼女も思っていない。

 

「・・・・・これを」

 

ルドルフはポケットから紙を取り出して祖母に渡す。

受け取ったそれを開いてみると、それは今回のダービーに参加したウマ娘の予想データであった。それを見た彼女は「ほう」と感嘆した。

データが非常に細かい。紙には小さな文字でびっしりとデータが書き連ねられている。

ここまでのデータ量は中々に見ない。一応シンボリ家のトレーナーからもダービー参加者の簡単な予想データは貰っていたが、その軽く10倍以上はあるだろうか。

 

「・・・・なるほど。これは素晴らしいですね。

信頼性は?」

 

「非常に高いです。少なくともそれを前提にレースを完璧に組み立てられる程度には」

 

ルドルフの答えに、彼女は大きく頷く。

皐月賞、ダービーとルドルフは完全にレースを支配しきっていたが、要因はこれかと得心する。そういう方面に長けていた子ではあったが、直前の2レースはレースの道に生きてきた彼女をして、自身の孫に寒気を覚えさせられるほどに完璧だった。

100回やって100回勝てるとそう間違いなく確信できるほどの圧倒的なレースは、このデータの価値を飛躍的に高めていた。

 

「ですが本題はそこではありません」

 

そう切り出したルドルフの言葉を聞いて、彼女は紙の上を滑らせていた目線を前へと上げた。

彼女とルドルフの視線が交わる。その言葉の意味を目線で問うた。

 

「彼は・・・・、信じがたい事ですがウマ娘を一目見るだけでそこにあるデータの半分くらいを書き上げてしまえます。

もっと言えばレースを一つ現場で観戦すれば、それだけでその試合に参加した全てのウマ娘のデータをそのレベルで書き上げられるのです」

 

「・・・・・は?」

 

思わず口から声が漏れた。

彼女はもう一度視線を紙へと落とした。思わず読むのすら億劫になるほどの文字列を眺める。

老眼のきつくなった今では、一枚読むだけでもそれなりの体力を使うはずだ。

それこそこのデータ量ともなると全てのレースを録画して、コマ送りで確認したとかそういうレベルの量である。

 

「勿論信じがたいのは分かりますが、紛れもない事実です。彼は非常に目が良いんだと言ってました。ぱっと見るだけで骨や筋肉、血管がどうなっているかまるでレントゲンの様に大体分かるのだと。

実際に彼は学園を歩いているウマ娘に何度か声を掛けていたことがあります。そのどれも精密に検査してもらった所、彼の言う通り足に大きな問題を抱えていたのです」

 

「・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・。

御婆様、6枚目の○○○○の紙を見ていただいても宜しいですか?」

 

頭を締め付けられる感覚を覚えつつ、彼女はルドルフの言うとおりに紙を捲る。

今回のダービーで9着になった子である。人気的にはこれでも少し上の順位である。

ただ彼女の所感的にはもう少し上を狙えなくもないが、いまいち結果が結びついてこないそういう子であった。

そこで彼女はその紙の最初の方に書かれたそれを見つけた。

 

「この子が要注意ウマ娘・・・・?」

 

「もし彼女が逃げ戦法を展開した場合は注意しろと。逃げられた時に一番厄介になるのが彼女だそうですよ」

 

「確か彼女は差しウマだったはずでは・・・・?1度か2度先行もしていた様ですが逃げはした事もないはず」

 

「ええ。ですが彼が言うには逃げが最も適性が高いそうですよ」

 

思わず眩暈がして、彼女は背もたれに体を預ける。

何を言っているのかこの孫は分かっているのだろうか。適性なんてそう簡単に分からないからこそ、我々はこんなにも苦労しているというのに。

今まで一番目に力を込めて、ルドルフを見やる。

 

「・・・・・・・・もう一度聞きますが、信頼できるデータなのですね?」

 

「勿論です。この1年、彼の見立てが外れたことは一度もありません」

 

「・・・ならば、我々はとんでもない当たりくじを引き当てたという事ですか。

ルドルフ、あなたのトレーナーを夏に一度連れてきなさい。それに合わせてこちらも各地のシンボリ家のウマ娘を集めておきます」

 

「承知いたしました、御婆様」

 

すぐに彼女は気を取り直して、シンボリ家の当主として孫に命じる。

その言にルドルフは仰々しく礼をして承った。

孫の言う事が全て事実であれば、彼はこの先間違いなく台風の目になる。

それまでになんとしてもシンボリ家とのつながりを作っておきたい。

 

上手く行けば、我々シンボリ家はどれほどの名誉を得られるのだろうか。

彼女は、目を中庭へと向けた。さんさんとした日差しが青々とした木々の隙間を縫って、向こう側の館の窓から反射して彼女の目に突き刺さった。

 

既にルドルフが積み上げた栄光は十分に輝かしい物である。

ダービーの名誉は一国の首相になる事と比べられる程なのだから。

 

けれどもこのまま無敗の3冠に輝けたのならば、その栄光は?

その後も勝ち続けられれば、その栄光は?

もしシンボリが彼を手に入れられれば、その栄光は?

 

脳裏に溢れた、輝かしくも愚かしい妄想を切り捨てて彼女は目を閉じた。

 

「眩しいですね・・・・」

 

 




ちなみに今作では直接主人公を描写する気はあんまりないです。
あくまで脳を焼かれる側がメインなのと、顔を見せないアプリトレーナーっぽさを出したいので。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。