ああ、眩しいなぁ・・・・。
ナイスネイチャは目を細めて、一番にゴールを通過した背中を眺めた。長くて白い、芦毛の髪が揺れて。
オグリキャップ。誰もが認める世界最強。
あの自身が憧れたトウカイテイオーすら脇役にして、今日の主役は勝利を飾った。
天皇賞秋、距離は2000m。彼女が得意とする距離での勝負は中々に厳しくて。
あのメジロマックイーンですら、適性の薄い長距離の天皇賞春でアタマ差が限界だったのだ。それでも世界で最も彼女を追い詰めたウマ娘として、賞賛されている程なのに。
彼女はまるで住んでいる世界が違った。
この世界で今一番の主人公はどこまでもキラキラしていて。
彼女を取り巻く、何もかもが出来過ぎだった。その栄光は嫌になる程に、輝かしかった。
ああ、でも。けれども、あれ程にトウカイテイオーには胸中がぐちゃぐちゃになったのに。それ以上に眩しいはずの彼女を見ても、心に波は立たなかった。
憧れは遠すぎて・・・。
分かっている。あれは超一流の、その先なのだと。
あのトウカイテイオーでようやく入場許可証が手に入る領域の、その先。
去年のクラシック三冠、十分に超一流と言える彼女ですら憧れの目線を向けて。その視線の中に彼女に似合わないどこか薄暗い感情を感じたのを覚えている。
あれだけルドルフに憧れて、三冠を目指していた彼女にとって、オグリキャップに思う所は確実にあるのだろう。
だがそれより数歩手前の自分には憧れしか抱けなかった。
嫉妬できるのなら、それが超一流の証だった。
分かっている。あまりにも彼女は眩しすぎるから。
直に見てしまえば、太陽の様に目を焼かれてしまう。憧れて手を伸ばせば、その先はイカロスの様になるだけ。
もしも嫉妬なんてしてしまえば、何もかも足りない自分は、きっとその炎で灰すら残らない。
どうすれば届くというのだ?
限界を超えたトレーニングをして、運よく壊れなかったとして、それで辿り着ける領域なのか?
どこまでも練りに練った作戦で、完璧にレースを支配できたとして、はたして埋まる差なのか?
あそこまでの道筋が、分からない。
あのトレーナーには私の様な脇役にもその道筋は見えるのだろうか。あの才能を全て見通せる眼には可能性はあったのだろうか。
・・・・ああ、分かっているのに。私はあんな主人公になれないなんて。
「うっへええ!!負けた~~~、超絶ぴえん!!
でもさっすがオグッチ!めちゃヤバじゃん!
なんだっけ?キン、キンなんちゃら越えとかなんっしょ?」
俯いて芝を眺めていたネイチャの耳に、楽しそうな声が届いた。
ネイチャの友人でもあるダイタクヘリオスが、あのオグリキャップに絡みに行っていた。
いや確かに彼女は先代の様に怖くはないがすごいなあんたと、久しぶりにネイチャは友人に尊敬の念を抱いた。
「いぇーい!ピース!超ピース!
なんかすげーヤベーらしいからとりまテンションアゲてけー!」
「ピース、こうか?」
「オグッチ完璧じゃん~!!」
さらに始まる、ポーズ大会。いや確かに彼女はこの試合で55戦55勝の大記録を打ち立てたから、今も大量のカメラを向けられている。
だからといって、そのポーズは絶対に間違っていると背中に冷や汗が流れる。それはあんたを可愛く撮るためのカメラじゃないんだぞ。
ほら、あのパーマーすら止めるべきか悩んでいるじゃん。
「うぇ~い!パマちんもアゲてけ~!?」
「アゲテケー?」
止めようかと近寄りながら悩んでいたのが、メジロパーマーの運の尽きであった。
哀れにも、彼女はすぐに親友のテンション爆上げギャルと、世界最高の天然ウマ娘に取り囲まれて。それなりに常識的な彼女は、どうするべきか迷ったが、しかしこの二人を抑えられるはずがなく。
「「「うぇえええええええいいい!!!!!」」・・・・・」
そして、あっけなくパーマーは取り込まれた。
絶対この試合、世界中で報道されるんだけどなーとネイチャは距離を取る事にした。
彼女は本当に世界中のレースを走っていて、それぞれの国で惜しみない賞賛と人気を得ている。
特に前走のレースが凱旋門賞で、そこであのキンチェムの無敗記録に並んだのだから、どれ程に話題を掻っ攫ったものか。
世界中の人々が歴史を超えるのかと注目していた。間違いなくこの場面だって世界各国のニュースに乗る。
その光景に自分の様な脇役は似合わないだろうと苦笑いしていると。
「えええ!!何それ、楽しそう!」
トウカイテイオーが目を輝かせて突っ込んだ。
まああんたは好きそうよね、そういうの。と、ある種納得の目で見ていると、なんとあのイクノディクタスが後に続いて。
確かに彼女がああ見えて驚くほどにノリの良い人物なのは知っていたが、まさかあんたまで行くのかと目を見開く。
結局遠目に見ていた皆もオグリキャップに誘われてどんどん加わって、自分だけが波に乗り遅れた。
オグリキャップの目が、最後に一人残ったネイチャへと向く。
彼女の目が君は来ないのかと尋ねてきて、自分は迷ってしまった。
そこはあなたが積み上げた栄光の場ではないのか?
そこに自分の様な脇役が踏み入っていいのだろうか?
彼女の手に入れたキラキラを横取りしている様で。けれども、ネイチャを貫く視線はどこまでも真摯で。
遠慮と戸惑いの心は、その目にどんどんと溶かされて行った。
結局その場にいた18人皆で、翌日世界中のニュースにデビューする事となったのだった。
ダイイチルビーは、今とんでもないバカを目撃していた。
今後何十年と語り継がれる場で、とんでもない爆走をかました知人に、さすがのルビーにも失礼な感想が頭に浮かぶ。
確かに彼女には恩がある。最後まで責任に押しつぶされずに走れたのは、彼女のおかげでもある。
でももしオグリキャップさんが機嫌を損ねたらどうするつもりだったのだろうか。*1
いやあの方がそういう方ではないというのは知っているが、それでもあまりにも非常識だった。
そこで、ルビーは思い出した。
(彼女は確かオグリさんと同じで来月の有馬記念に出るはずでしたが・・・)
それなりに付き合いの長くなったルビーに、確信が走った。
間違いなく、彼女は次もやると。
オグリさんの引退試合でも、いや引退試合だからこそ彼女は盛大にやる。そういう人だった。
「おっしゃあああ!!とりま皆次の有馬パーリーでは、オグッチにリベンジすっぞー!!」
写真撮影会を終えたダイタクヘリオスが、腕を突き上げた。
全員が彼女のノリに引っ張られて、声を上げながら闘志を込めて腕を掲げ、オグリキャップはそれを楽しそうに見ていたのだった。
ルビーにはあまりにもはしゃぎすぎていると言えたが、まあでもそれが彼女の良さかと、数年前の自分なら考えられない事だったがその光景を受け入れた。
彼女達が笑ってターフを去るのを眺めて。
栄光なんてきっと彼女にはどうでも良いのだろうなと、レース場に響く笑い声に少しだけ口元を緩めた。
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「やっほ、マックイーン」
ターフを軽く走っていたメジロマックイーンは、声を掛けられてそちらの方向を向いた。
そこには、先日の天皇賞秋で2着になったトウカイテイオーが、こちらに手を振っていた。まだ体を温めている段階だったので、クールダウンはせずにそちらに向かう。
「おや、どうされたのですか、テイオーさん」
「うん、リハビリはどんな感じかな、と思って。
一応有馬には出れる予定なんでしょ?」
「ええ、あの方から頂いた書類もあって、非常に順調にリハビリは進んでおりますわ。
恐らく何の問題もなく1か月後には出れるかと」
今メジロでもっとも注目されている書類を思い出す。
あのトレーナーの技術を少しでも吸い出そうとして。余りにも抽象的すぎるらしく、合同研究会に行っては頭を引っ付き合わせて悩む大人たちの姿をよく見かけた。
しかし、それでも技術は進んでいる。少なくとも、私のリハビリは怪我の度合いを考えても、非常に順調で、引退まで考えていたとは思えないほどに回復している。
そう、天皇賞春でオグリキャップさんとの対決。それに全てを費やして、私の脚は本当の限界寸前だったのだ。
それがこうして半年ほどで回復したのだから、やはり素晴らしい技術であるとしか言えない。
アルダンさんも最後の一年はかなり安定した体調で戦っていらしたし。
「そっか。それは良かったよ。
まあでもすごいよねー、あれ。僕もリハビリの感覚が全く違うから驚いたもんね」
「ええ、やはりあの方は素晴らしい技術をお持ちの様です」
テイオーさんが椅子に腰かけて、脚をぷらぷらと遊ばせる。私もその横に座って、脚に手を触れる。
テイオーさんや私も、アルダンさん程とは行かなくても、決して体が強いとは言えず。これまでもそれなりの怪我は多少なりとも経験してきました。
けれど、脚を何度か手で押して、その違和感のなさに感嘆の念を抱く。
それから、この前の天皇賞の話を少しして。
自然と話題はオグリキャップさんの話に移る。私たちが1か月後に戦う相手でもあったのだし。
そして無敗はやはりすごいという話の途中で、テイオーさんがぐっと背を逸らして、背もたれに体重を預けながら空を見上げる。
けどその目が何を見ているのかは、髪に覆い隠されて見えなくて。
私は嫌な予感がして口をつぐんだ。
「もしあの人とならさ、僕も会長やオグリさんみたいになれたのかな」
「テイオーさん、それは・・・」
それが彼女が奥底に隠していた、偽らざる本心であると分かってしまった。
彼女のトレーナーは紛れもなく一流である。*2
今までにいくつもG1レースを取っているし、日本ダービー後の故障もなんとか菊花賞までにリハビリを間に合わせて、三冠まで取らせている。超一流と言い切ってもいい。
そんな超一流のトレーナーと、超一流のウマ娘が組んで挑んだ「KGVI & QES」は、残念ながら2着に終わった。
いや、十二分に好走だった。例年なら勝っていただろう。
だが今年の「KGVI & QES」には、アイリッシュダービーで12バ身差、レコード3秒更新の化け物が出ていた。最新の三冠ウマ娘が3バ身も千切られる姿はやっぱりあまりにも衝撃的で。
その相手も、あのオグリキャップと凱旋門でぶつかって、あっけなく4着に沈んだ。
トウカイテイオーは世界にも通用するウマ娘だった。初の海外遠征で調整に苦労しただろうと思えば、彼女はそのうちきっと海外G1だって取れるだろう。*3
だがしかし、世界最強との間には、彼女の憧れのシンボリルドルフとの間には、それでも大きな差があった。
彼ならば、その差を埋められたのか。私はそれを否定できなくて。
「ああ、いや、ごめん。忘れてくれないかな、マックイーン。
今のトレーナーと組んだことを全く後悔はしてないんだ。それはほんと」
テイオーさんはそっぽを向いて、か弱い声でそう告げた。
彼女の長いポニーテールが、揺れ動いた。それは彼女の心を表している様で。
手を伸ばして、彼女の髪を梳く。よく手入れされているその髪は、日の光を反射しながら手の中を滑り落ちる。
その言葉に嘘は無いのだろう。恐らくこれまで歩んできた道にそれほど不満なんて持っていない。
十分に彼女は栄光を積み上げていた。称賛を浴びていた。
少なくとも前任者の3人が跳ね上げた三冠ウマ娘のハードルを、余裕をもって越せる程度には。
ただきっと、青天井に伸びた自信の、その残骸が漏れ出てしまったのだ。かつて見た夢と共に。
「・・・何も聞いておりませんわ、私。
ところで、あのオグリさんが絶賛したスイーツを手に入れたのですが、良ければこの後いかがですか?
中々苦労して手に入れたんですのよ?」
「・・・・・それって、この前テレビでやってた○○の奴?」
「あら、テイオーさんも知っていらっしゃったのですね」
「確かあれ、開店前にすごい行列が出来て、数十分で売り切れるんじゃなかったっけ?」
「伝手で少しだけ譲って頂きましたの」
テイオーさんの顔がこちらを向いた。
涙の跡は無い様で、少しだけ安心する。
オグリさんの人気はさすがというべきで、彼女が言及した商品は瞬時に品薄になっている。特にあのオグリさんが食べ物に言及する時は、こう信頼性が違うというか。
元からそれなりに有名だったそのスイーツは、今ではゴールドラッシュかの様な様相を見せて、奪い合われていた。
それをなんとか最近、尽力の末ようやく確保できたのである。
本当ならば全部自分で味わいたい程に貴重な品なのだが、まあ来月オグリさん相手に共闘する戦友なので、特別に、特別に!譲ってあげる事にした。
「そっか。じゃあ貰おうかな。
・・・・・マックイーン、ありがとね」
「ええ・・・。
それと!本当に貴重な品なので!きちんと味わって食べてくださいね!!!」
「ふふっ。うん、分かってるよ、マックイーン」
テイオーさんの顔に笑顔が浮かぶのを見て、こちらも顔の表情を緩める。*4
約束を二つ。
この後いつ集まるのかを話し合って。
そして、来月の有馬記念、悔いの無い様に戦いましょうと。
皆を照らしつつ、アレをやる事になったヘリオスさん。まさに光のギャル。
この作品では、栄光を求めると輝きデバフが入り、走るの楽しぃぃってしてると輝きバフが入ります。
あとテイオーはリハビリが順調な分バフが入ってるって事で。