栄光は塵積もって   作:hotice

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if「サクラルート」

 

「やりました!やりましたよ!マルゼンさん!」

 

「チヨちゃん!」

 

サクラチヨノオーは控室に入って、すぐにマルゼンスキーに抱き着いた。同時にぎゅっと抱き返されて、また目から涙が溢れて来る。

自分は今日、彼女に託された日本ダービーを、遂に勝ち取ったのだ。制度によって阻まれた、マルゼンスキーさんの日本ダービーを。

 

そう、当時のURAはこれ以上ない程に海外のウマ娘を恐れていて。そして、腹立たしい事にマルゼンさんも日本のウマ娘だとは見なされていなかった。*1

だからトレーナーさん達が訴えても、ダービーの出場権は与えられなかった。

その後も海外であれだけG1を勝っても、日本人の活躍だとは騒がれなかったし、日本で栄光を得る事もなかった。

むしろ逆に国内の〇外禁止派が大いに騒いだ結果、規制の強化まで行われそうになって。彼らは日本ダービーにマルゼンさんを出さなかった事を、腹立たしい事に成果だとすら思っていた。*2

 

聞けば聞く程に、チヨノオーは憤然とせざるを得ない話だった。

ただし、既に自身のトレーナーさんが決着を付けたので、それ以上にどうこう言うつもりは無かったが。

国内の〇外禁止派は、それはもうルドルフ先輩とシリウス先輩の二人に心酔しきっていた。つまり彼らは最も海外のウマ娘を高く評価して恐れていた人々だったが故に、日本のウマ娘が逆に世界の強豪を軽く蹴散らしたという事実に、脳を破壊されてしまったのだ。

その衝撃によって制度はすぐに廃止されたし、URAからマルゼンさんへの公式的な謝罪すらも引き出したのだから、さすがと言うべきだろうか。

 

そして自分が最後の締めに、マルゼンさんにダービーを届けて、全ての決着が付いた。

マルゼンさんは今はもうあまり気にしていないと言っていたけれど、その目に浮かぶ涙を見れば、きっと今でもどこかに心残りはあったのだと思えて。

 

「うん・・・。うん・・・・!

ありがとうね、チヨちゃん」

 

「マルゼンさん・・・!」

 

私たちはただ抱き合って、その場で涙を流し続けた。

胸の内の感慨は、ダービーの栄光と合わさって中々収まらず。それなりの間泣き続けて、先にマルゼンさんが抱擁を解いて、私の顔を拭いてくれた。

この後のウイニングライブに、泣き腫らした目で出る訳にはいかないでしょ?と。ただそれでも、涙は中々止まらなくて大変だったが。

 

ようやく涙が落ち着いた頃に、トレーナーさんにも祝福の言葉を貰って。

つい自然と耳を倒して、頭を差し出してしまった。そして、いつもの様に彼の手が置かれてゆっくりと撫でられる。

ああ、この人にスカウトされて良かったと思う程に、尻尾は制御を失って暴れまわった。

どれ程あなたにスカウトされた未来を願っただろうか。私の思い描いてきた夢は、トレーナーさんのおかげで全て現実のものとなって。

 

いつか見たマルゼンスキーさんの、その鮮烈な姿にひたすら憧れた。

スーパーカーの異名に違わぬ根本的な力の、速度の違い。ウマ娘としての理想がそこにあった。

そしてそのパートナーであるトレーナーさんにだって、強い尊敬の念を向けていた。

けれど、彼はそんな想像以上にすごい人だった。マルゼンさんに続いて、あのルドルフ先輩達まで担当して。

勿論先輩達の走りもとんでもなく衝撃的な物だったから、気付けば彼への憧れはマルゼンさんへの物と変わらない程になっていた。

 

だけど、正直私がスカウトされる可能性は低いと思っていたのだ。私は欠点は少なかったが、その分長所も無いウマ娘であったから。全てにおいて平凡な能力。*3

マルゼンさんやルドルフ先輩の様な突出した強みを、何も持ち合わせていなかった。トレーナーさんにこれは!と思わせられるだろう武器を。

 

だから彼にスカウトされた時の衝撃はすごい物だった。

あのマルゼンさんの後継者として認められた様で。しばらくは興奮で夜も中々寝付けない程だった。

そして、行われた3人との併走。

憧れのマルゼンさんと一緒に走れるのが心の底から嬉しくて、楽しくて。ルドルフ先輩達も実は最初少し怖いと思っていたけれど、すごく優しく指導してくれた。

何よりトレーナーさんのアドバイスを受けて走るたびに、どんどんと体のギアが噛み合っていくあの感覚。自分はまだまだ高みに登れるのだと実感しては、ウマ娘の本能がその限界を求めた。

あの憧れた鮮烈な姿に、少しずつ近づけているという実感がどんどんと湧いて来て。

まだ彼に担当してもらって1年程度だが、既にデビュー前には想像もつかない程の景色が見える様になったのだから。

競技者としての本懐。自分はどこまで行けるのかをただ問い続けられる事の、なんて幸せな事だろうか。

私はただ現状の目も眩む様な幸福をひたすらに噛み締めていた。

 

そして、横からもう一つ頭に手が添えられた。

この指の感触は、恐らくマルゼンさんだろうか。ちらりと視線を動かせば、あの特徴的な赤みがかった髪が目に入る。

先輩達からもよく頭を撫でられたから、なんとなくで誰か判断できる様になってしまった。ルドルフ先輩は手を置く様な撫で方を良くするし、シリウス先輩はぽんぽんと頭を軽く叩く様に撫でてくれる。

 

二つの手が私を労わる様に、褒める様にいつもゆったりと動く。完全に制御失った尻尾が椅子を叩く音が耳に入ってくる。

そのままマルゼンさんは私の頭を撫でながら、彼の隣へと移動して空いた手で彼の腕を抱いた。

その光景を見て、嬉しさの余り少し白く塗り潰されかけた頭に、やっぱりお似合いだなぁという感想が浮かぶ。

私もいつかはトレーナーさんの様な素敵な人を見つけられるだろうか。マルゼンさんがたまに語ってくれる様に、情熱的でドラマチックな恋愛の末に、こんな幸せな結末に至れるのだろうか。

 

いつか読んだ少女漫画よりもずっと綺麗なお姫様と、そんな彼女の前に現れた王子様の。全てを投げ去って、ひたすら二人だけで自由に走り抜けた熱い熱い恋物語。

この話をしてくれる時のマルゼンさんの嬉しそうな顔は本当に誰よりも綺麗で可愛くて。何回聞いても胸が熱くなって、私もいつか横に立ってくれる誰かを何度も想像した。

ただ彼の真剣な目線に、時折その誰かの顔がトレーナーさんの顔と重なってしまう事もあるのは、マルゼンさんにも言えない秘密だった。

 

また一つ彼女に憧れる理由が出来てしまったけれど。

少なくとも今は、彼女に栄光を届けられて。この幸せな光景の一因になれて。私は満足だった。

 

 

ーーーーーーーーー

 

チヨノオーは新たにチームに加入したサクラバクシンオーの練習を手伝っていた。

自身が引退するのに合わせて、旧知のウマ娘が丁度デビューするのでトレーナーさんに紹介したのだ。恐らくお互いが求めている最高の人材ではないかと思って。

その結果、以前から他のトレーナー達からのスカウトを何回か断っていた彼女は、このチームへと参加したのだった。

 

そして今日はトレーナーさん達が用事でいないので、バクシンオーさんと二人で簡単なメニューをこなして上がろうとしていた。

そこでチヨノオーは彼女から衝撃な事実を聞いてしまった。

 

「え!?バクシンオーさん、長距離はもう目指さないんですか?」

 

バクシンオーの練習メニューを見て、一つの疑問を持っていた。彼女が昔から口にしていた長距離に向けた練習がほとんど見当たらなかったのだ。

あの人の手腕なら、本当に長距離まで伸ばせるかはともかく、距離延長だって出来るに違いなかった。自身も数年担当してもらったから、よく知っている。純粋な育成技術では、恐らく彼は中央でも軽く頭一つ二つは抜けていた。

だから長距離に拘っていたバクシンオーさんも、スカウトを受けたと思っていて。

けれどスタミナを鍛える練習メニューはほとんど行われず、今やっているメニューは短距離向けの物ばかりであった。

 

不思議に思って、練習後に直接本人に聞いてみれば、返ってきたのは長距離を目指すのを止めたという衝撃的な内容だった。

それを聞いて、チヨノオーは驚きのあまりその手に持っていた練習用の道具を落っことしてしまった。タイムを記録したボードやペンなどが、辺りに散らばる。

カラカラと少し地面を転がったタイマーを、バクシンオーは拾い上げて。

どこか空中に目線をやりながら彼女は答えた。

 

「ええ、色々とトレーナーさん達と話し合いまして。

これからは短距離専門で行こうかと」

 

「そ、そんなどうして・・・・」

 

チヨノオーはぎゅっと手を握りしめた。

いつものバクシンオーさんの天真爛漫さは、今は鳴りを潜めていて。

昔からあれだけ頑張っていたのに・・・・。様々な可能性が脳内をよぎる。

もしかして、トレーナーさんに才能が無いから諦める様にと言われたのだろうかと、まず最初に思い至って。もっとも自然であろう光景を想像して、勝手に胸が締め付けられた様な気分になる。

それは大切なトレーナーさんを冷酷な人だと見なしている様で。あの熱意の人がそんな酷い事をするはずがないと、すぐにその可能性を切り捨てようとした。

けれども、他の理由はすぐに思い浮かばず、嫌な考えばかりが膨らんでいく。

 

「ああ、そんな悲しい顔をしないでください。

別に諦めたという訳ではないんです。

 

・・・・いえ、それも正確ではありませんね。

元々私は、長距離を目指していた訳ではないのです」

 

「え、でも昔からヴィクトリー倶楽部でもあれだけ・・・・」

 

「・・・はい。でも、それは走りたかったからという訳ではありません。

私は、つまり義務感で、長距離レースに出ようとしていたのです」

 

バクシンオーさんはどこかを見つめながら、視線をこちらに向けないままにそう言い切った。空中に映っているのだろう、何かを見つめたまま。

その視線に、その言動に。自分の知らないサクラバクシンオーが、ここにいるのだと理解して。

言葉を失った自分を見て、彼女はそのまま説明を続けた。

 

「・・・・私は速すぎるので。今の狭い短距離レース界ではきっと耐えられないのです。

ですから少しでも広い世界に出ようとしていました。

 

ただトレーナーさんが、まさに世界に連れ出してくれるというので。義務感なんかで走らせたくないと言ってくれたので、止める事にしたのです」

 

そこでようやく、私は彼女と目線があった。

その目の桜に吸い込まれそうになる。

彼女の瞳はずっと澄んでいると思っていたのに、綺麗な水面の、その奥底を今初めて覗いて。今までは何かが奥底で、蓋をしていたのだと初めて知った。

これまでそれをずっとしまい込んできたのかと、申し訳ない気持ちが湧き上がる。

 

「そう、だったんですね・・・。今まで気付いて上げられなくてごめんなさい・・・」

 

「いいえ!私は委員長なので皆さんを心配させたくなかったのです!

ですから謝る必要なんてありませんよ!」

 

そして、ようやく彼女はいつもの笑顔を浮かべたのだった。

これが彼女の栄光の始まりの一幕。

 

 

 

それからのバクシンオーさんの4年間は、ただ早すぎた。その名の如き驀進で、全てを置き去りにして走り去ってしまった。

世界中の短距離レースにひたすら挑んでは、残酷にバ身差を刻み付けて行くだけ。

ただ最高速度だけを求めた世界中の速さ自慢が、どこまでもあっけなく千切られていって、ただ速さの違いを叩き込まれた。

1400mまでのレースにしか出ていないのにその平均着差は5バ身を超えて。日本の短距離重賞だけで見れば、8バ身は付いただろうか。

 

ああ、彼女にとって日本の短距離レースは、きっと息が出来ないだろう程に狭すぎたのだ。

世界ですらも、彼女がのびのびとするにはまだまだ窮屈だった。

速さを極めたものに、もはや勝つべき戦いなんて残っていなくて・・・。

 

そうして、彼女はマルゼンさんの様に自由に走り切って、後ろを振り返る事すら無く引退を決めた。

世界中にただ自身の速さを示して。速さとは、このサクラバクシンオーであると示して。

絶対的なその速度に世界中の誰もが目を焼かれてしまった。

 

だから、それは心からの畏敬と共に語られたのだ。

「彼女はスピードの向こう側に辿り着いたのか」と。

彼女の走ったレースに、その無敗の戦績に世間の興味は向けられず。ただその速さだけが人々の間で語り継がれて。

 

『最速』には、栄光すらも届かなかった。

 

*1
この辺は擬人化するとね…。70年代当時の価値観って事で目を瞑ってくだされ。

*2
ただ実際出ていたら、軽く数十バ身の着差付けてレース場を完全なお通夜状態にはしてます。

*3
G1出れるレベルで平均的に高水準の能力。ポケモンでいう種族値全部100前後みたいな。ウマ娘は普通詐欺が多すぎる…

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