栄光は塵積もって   作:hotice

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IFで書きたい事多すぎて纏まらないので、一旦本編に集中する事にしました。皆書きたくて困る。


12.スカウト

 

気温も上がり始めて、過ごしやすくなった4月の中頃。

皐月賞を目前に控えたビワハヤヒデは、少しばかりの余暇を作り出して模擬レースを眺めに来ていた。今日に彼女の妹であるナリタブライアンのレースが行われる為である。

段々とブライアンの出場するレースは近づいてきていたが、それよりも今目の前で行われているレースに背中に冷や汗が流れるのを彼女はしっかりと感じた。

 

あまりにも出場者の雰囲気が、去年の物とは異なっていた。まるでデビュー後のレースかのような緊張感が場を支配していて。

当然レースにまだ慣れていない未デビューウマ娘達がそんな状況で冷静でいられる訳がない。この試合も明らかにスタート直後から先頭集団がかかり始めてしまったせいで全体がペースを見誤ってしまっている。

まだスパートする距離まで辿り着いていないのにも関わらず、息を切らして青い顔で走る彼女達の心境を察して、ハヤヒデは思わず同情した。

彼女達は「当たり年」だったから、張り切り過ぎてしまったのだろう。その後悔だけを抱えて彼女達はきっと走っている。

 

この異常事態を引き起こしている原因は、分かり切っている。

ハヤヒデはゆっくりと後方へと目線を向けた。

模擬レースを眺めるのに丁度よい、小高い土手の上にいる一団。

自分のいる位置からはほぼ左後ろになるにも関わらず、つい視線が吸い寄せられる別格の存在感を放っていて。

特に一番前に立つ、自身と同じ髪色のウマ娘を見やる。世界中から満場一致で、歴代最高の才能と認められた「芦毛の怪物」。

クラシック期の初期に呼ばれたその二つ名を同じ芦毛としてそれなりに気に入っていたのだが、途中から段々と他の呼び名が使われる様になって。今ではめっきりとその表現も聞かなくなってしまった。

芦毛が走らないなんてジンクスは、彼女が打ち破ったそれ以上の常識の数々の前に忘れ去られてしまったのだ。

それに加えて、彼女は歴史に残るスポーツ選手として各国のメディアで様々な二つ名と共に報道されて、様々な美辞麗句が怪物の呼び名に取って代わった。

世界中の人々が彼女の偉大さを称えようと、どれ程の努力をしていた事か。

 

勿論この中央トレセン学園でも彼女の名は轟いていた。

いやむしろ身近だからこそ、より尊敬の念を集めていると言うべきか。

熱狂的なオグリさんのファンだなんて今の学園にはそこら辺にいくらでも転がっているし、身近な所ではハヤヒデの親友であるウイニングチケットもその内の一人だった。

去年の有馬記念のレースを観戦した後一日中泣き腫らして、次の日喉を傷めていた程である。

まあそこまで号泣したのはチケットの性格故だが、感動の余り涙を流す生徒だって少なくなかったし、ハヤヒデ自身も素直に心動かされたのは確かだった。

 

ともかくそんな学園の憧れの的である彼女が、トレーナーに連れられて、自分の後輩になるかもしれないウマ娘を見に来ているのである。*1

そう去年にそのオグリさんが引退して、今年が彼がスカウトを始める「当たり年」だった。

あの憧れの彼女の後輩となれるかもしれないなんて、想像するだけでも心が浮ついて仕方ないはずだ。

前回の当たり年だって、学園はシンボリ姉妹の次が誰になるかとそれはもう盛り上がったのだから。

 

そして、今回は前回よりもさらに勢いを増して。そして、より酷い物となってしまった。

オグリさんの人気がすごいという事もあるが、それ以上に前回はまだ彼の実力を信じ切れていなかったのだ。

勿論日本でも別格のトレーナーだと思われてはいたが、まさか世界でも群を抜いた別格の化け物だったなんて誰も想像していなかった。

常識が、邪魔をした。

そんな現実離れした才能がそうそう生れ出る事なんてないだろう、と。

マルゼンスキーやシンボリルドルフという日本最高の才能達と手を取り合ったから世界最強に手が届いたのだ、と。

そういう評価に落ち着いてしまう程二人はデビュー前から、規格外の新人だとして噂されていたから。

 

けれど、理解させられてしまった。常識を否定するだけの、確固たる証拠を見せつけられてしまった。

世界最高のウマ娘、オグリキャップ。あの最も偉大な才能を笠松から発掘して、それを育て上げる為には、彼に常識外の実力がなければどうあがいても実現しえない事だった。

どうやってあのゲート試験だけで、距離適性やバ場適性を判断出来るというのだ?それは可能な事なのか?

幼いころから走り続けている我々にすら、自分の適性なんて物分かりやしないというのに。

彼の目にはもはや全てが見通せるのではないかと囁かれる程に、あまりにも現実離れしていて。けれど出来ないのなら彼が中央を離れる理由が無かった。

 

つまり、彼は運ではなく実力であの実績をもぎ取ったのだと示したのだ。

その事実は、彼の担当になれれば世界で一番優れたトレーニングを受けられるのだと我々に容易に確信させて。

そしてそれだけではなく、4人の世界最強が併走してくれる世界で最も優れた環境まで付いてくるのだから。強くなりたいと願うウマ娘達の、理想がそこにはあった。

先輩たちの様に世界という舞台まで辿り着いて、自身の才能の真価を測れるかもしれないのだ。

だからこそ。誰もが彼の担当という座に、これでもかと栄光が積まれているのを幻視してしまった。軽く70を超える、G1勝利の栄光の山。

これまでの担当が稼いできた栄光がそこには堂々と、絢爛として鎮座していて・・・・。

 

ああ、余りにもその栄光は眩しすぎたのだ。

全てを焼き尽くす程、強烈で鮮烈な太陽の如き栄光。

どうしようもなく憧れてしまう程に。

自分では手に入れる事など出来ないと分かっていながら、それでも手を伸ばしてしまう程に。

 

 

『栄光は塵積もって』

 

 

 

 

 

ほとんどの出走者が泣きそうな顔をしながら走り終わったレースを眺めて。

私は心の中で育っていく恐怖心から、思わず無意識に髪の毛をいじり始めていた。

模擬レースでデビューしたてのウマ娘がかかる事なんて珍しくは無い。むしろ当たり前の光景だと言っても良いから、それなりの数のトレーナーが普通にスカウトへと向かったが、観衆の注目はそこには向いていなかった。

周りのウマ娘達も皆ちらりちらりと振り返っては土手の上を見上げる。

 

世界中が認める、最強のキングメイカーは動かなかった。

あの中に彼のお眼鏡に適ったウマ娘はいなかったのだろう。

毎年どこのトレセン学園でも当たり前の様に行われている光景のはずなのに。最初の模擬レースで担当からのスカウトが来ないウマ娘の方が多い位で、他に動いていないトレーナーだってこの場には沢山いたのに。

誰もが固唾を呑んで、ただ彼がいつ動くのかを眺めていた。

 

そうしてとうとう、次のブライアンが出走するレースがやってきた。

ゲートに収まる彼女の姿に不安は抑えきれなかった。彼女は大丈夫だろうか。

きっとあの子は自ら掛かる事はきっとないはずだ。元々誰が担当になるかにあまりこだわる様な質ではない。

けれど周囲の事など気にしない一匹狼の様に見えて、あの子は周囲をよく観察しているから、他のウマ娘から影響を受けるかもしれないという不安が拭えなかった。あの異様な雰囲気に吞まれないだろうか。

 

バクバクと鳴り始めた心臓に手を当てて目を瞑る。

嫌な予感は止まらなかったが、しかしその中に目を逸らし続けてきた一つの事実を見つけて。私は静かに自戒した。

分かっている。自分はもう一つ恐れている事がある。

ブライアンの姉として長年抱え続けてきた不安。隠してきたはずのそれが、今吹き上がって来ていた。

 

真っ暗な視界の中、私は自問する。

果たして私は、今もブライアンに勝てるのか?

怖かったのだ、幼い頃から妹の中に秘められた規格外の才能が。

彼女が大きくなるたびに、その感情は密かに育っていった。

いつか私は彼女の前を走れなくなるのではないか。いつか私はあの子に誇れる姉でいられなくなるのではないか、と。その可能性にいつも震えていた。

そしてきっと、あの子の才能は彼にも認められるだろうという予感があって。

もしも妹が彼にスカウトされてしまったら。あの才能が完全に磨き上げられてしまった時に、私はどこまで追い縋れるのだろうか。

それが、堪らなく恐ろしかった。

 

聞きなれたガコンという音が響き渡って、私は目を開けた。

開かれたゲートからウマ娘達が一斉に飛び出していく。レースが幕を開けた。

全員がぐんぐんと加速していく中で、ブライアンも負けじと前に出ていく。今回のレースでは前目に付ける事にしたようだった。

けれど、やはり今回も全体的にペースが速い。皆競い合いになると諦めて下がるという選択肢が取れなくなってしまっている。

それはブライアンも同じだった。心配が的中してしまった。

あの子は何でも律儀に勝負に付き合おうとする癖があるから。相手の真剣な気持ちを察してしまって、それを無視できないのだ。このレースの出場者達の強い意気込みに、振り回され始めている。

周りのウマ娘とは違ってあまり辛そうな表情はしていないが、姉である自分には分かった。あの子もかなり余裕を無くしている。

なんとか先頭集団は速度を保っていたが、直線に差し掛かる辺りで、上手く体力を温存できた後方の数人がスパートを掛け始めた。ふらふらになってスパートしきれない先行集団がどんどんと追い抜かれて行く。

ブライアンはその根性で集団から抜け出して先頭を走れているが、加速にいつものキレがない。あれではその内追いつかれる可能性が高かった。

必死にブライアンの事を応援したが、徐々に後続と距離は縮まっていく。

ぐっと拳に力が入る。悔しかった。あの子の真骨頂はこんな物ではないのだ。

それを披露できない事に、彼女の本当の実力が評価されないかもしれない事に勝手に腹を立てていた。

結果は残念ながら最後にぎりぎりで交わされてしまって、ブライアンの初めての模擬レースは2着に終わってしまった。

純粋な実力では今回の出場者の中で間違いなく一番だった。この雰囲気の中でなければきっと勝っていたはずなのに。そんな文句だけが頭の中に浮かんで。

 

それでも先行集団の中では一番良い走りを見せたブライアンの元にトレーナー達がどんどんと集まっていって、その数に妹が認められた様で誇らしさを感じて少しばかり頭が冷える。

するとにわかに周囲がざわめき始めて、私はその理由を悟ってすぐに振り向いた。

予想通りと言うべきか、そこには土手を降りて来るあのトレーナーがいて。遂に彼がスカウトに動いた事に見物に来ていたほとんどのウマ娘が静かに騒ぎ立てて、ざわめきはより強く耳に響いた。

斜面を下り切った彼のその歩みの先にいるのがブライアンだと咄嗟に判断して、私は小さくガッツポーズを取った。彼はきちんとあの子の本当の実力を見抜いてくれたのだ。

 

そうして今もブライアンの元には数人のトレーナー達が歩みを進めていたが、途中で彼の姿を見つけては足を止めて踵を返していく。彼とのスカウト合戦は厳しいと考えたのだろう。

交渉のテーブルに乗せられるチップの桁があまりにも違った。

もはや妄想すら超えたオグリキャップのあの実績の前には、どんな馬鹿らしい未来を語ってもチップに成りえてしまうから。

彼がブライアンの元に辿り着く頃には、自然と人混みが割れていた。

その場にいたのは彼よりもベテランのトレーナーがほとんどであったが、モーセの海割の如き様子を見れば、まだまだ若手と言っても良い彼が一目を置かれているのは遠目から見てもよく分かる。

 

遂にブライアンの目前に彼が立って、周囲の注目も最高潮に達していた。ざわめきはいつの間にかほとんど収まって。

一体彼女はどんな輝かしい未来を彼に提示されているのだろうか。離れたここからではきちんと聞こえるはずもなく。

ただ彼が話し終えたであろう時に、ブライアンがこちらを向いて一瞬視線がかち合った。その目には今まで見た事ない色が宿っていて、私はその何かに困惑して反応を返せなかった。

それをどう判断したのかは分からないが、すぐに彼女の視線は私から逸らされて、目の前の彼の方へと向く。

あの子は彼に一つ二つ何かを訊ねてから、納得した様に頷いて今彼の手を取った。

 

 

こうしてブライアンは、全国のウマ娘が夢見ている次の栄光へと選ばれたのだ。

ああ、喜ばしい事のはずなのに。妹が世界最高のトレーナーからスカウトされた事を、本当は心の底から祝福してあげなければいけないのに。

けれど、心の内は複雑なままで。

私はあの子の姉として、恥じないだけの栄光を手に入れられるのだろうか。

 

 

*1
オグリ「自分にも後輩が出来るんだな!」フンスフンス

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