栄光は塵積もって   作:hotice

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3.シンボリ対決

 

テレビ局のアナウンサーは自身の身だしなみをしきりにチェックしていた。

彼女は日本を遠く離れ、パリのロンシャンレース場を訪れていた。世界最高峰のウマ娘レースである凱旋門賞が行われる、格式高いレース場である。

10月にもなり少し肌寒い季節ではあるが、しかし現場は熱気に包まれていた。人々の興奮がざわめきとなって、空気を揺らしていた。

観客席を見渡せば明らかに日本人と思わしき集団がそれなりに見受けられる。

彼らも目的は自分たちと同じであろう。

 

今日本中の話題を搔っ攫っている『シンボリ姉妹』*1

 

二人のシンボリがついにこの世界最高の舞台で激突するのだ。

姉の方のシンボリルドルフは前回の凱旋門賞の覇者。

妹の方のシリウスシンボリは今年のKGVI & QESの覇者であった。

 

なんて経歴だろうかと彼女は改めてごくりとつばを飲み込んだ。

ウマ娘レースのアナウンサーとして活躍してそれなりに経つが、きっとここが彼女の人生一番の大舞台だった。文字通り日本中がこの一戦に注目しているのだ。

未だに日本人は世界のスポーツで脇役であるという意識が抜けない。いつか世界の頂点をと願いながらも、その道はまだまだ遠かった。

そんな中で、日本のウマ娘が凱旋門の1番人気と2番人気を掻っ攫って行ったのだ。

このレースの主役を日本人だけで二人占めしてしまうなど、一体どれ程の日本人が酔いしれるだろうか。ジャパンカップを海外勢に蹂躙された様に、逆に日本のウマ娘が海外のレースを蹂躙しかえしてしまうなど、一体どれ程に胸がすくだろうか。*2

視聴率は恐らく天井を知らず、いくらまで伸びるのか予想もつかなかった。

 

そしてこんなレースはこの先何十年と経っても二度と訪れないだろう。

日本のウマ娘がこれから先海外のG1を取るのさえいつになる事であろうか。日本ではあまりにも二人が簡単に取ってしまったから、どこか楽観的な空気が流れ始めているが、多くのレースを見てきた彼女には分かっていた。

まだまだ日本のウマ娘レースは海外に比べて遅れている。これから先多くの日本の有力ウマ娘が二人の後を追って海外に挑んでは、夢破れて帰って来る事になるであろう。

ああいや、あのトレーナーであればそれなりに海外でも勝てるだろうが。

とにかく改めて日本人が現実を突きつけられた時にこのレースは改めて振り返られる。あの二人のシンボリとトレーナーがどれほどに強く、規格外であったのかを知るために。

 

世紀の大レースの開始時間は刻一刻と迫って来ている。

彼女の緊張の糸は今にも張り切れそうなほどではあったが、同時に観客席を満たす熱はそれを忘れられる程に彼女を熱くさせていた。彼女だってそりゃあこのレースを楽しみにしている観客の一人であった。

何せシンボリの二人の海外遠征を実況したのも彼女であったし、それでファンにならない訳がないという物だ。

 

ディレクターが合図を出した。生放送がそろそろ開始される。

冷たい空気を大きく肺に吸い込んで気合を入れる。そして心の中で、放送のどこで使おうかと考えている決め言葉を叫びあげた。

 

さあ世界よ刮目しろ、日本のシンボリを!

 

 

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ゲートに入って、時が過ぎるのを待つ。

シリウスはその時が永劫にも続くように、あるいは逆に光のごとき速さで過ぎ去っていくのを感じていた。相反する感覚が両立している。

人一人が入るのがやっとのゲートは今自身を縛る拘束具でありながら、その外にある全てが感じ取れそうな程に薄かった。

魂は闘争心と解放感に浸り、脳は空白と全能の間にいた。

つまり、自身は今絶好調を超えた絶好調というべき状況であった。

 

これならばあいつにも届くだろうか。いいや、きっとあいつも同じような状況にいる。

しかしあのトレーナーの本気とはこれ程なのか。

恐らく毎回踏み込める()()ではないのだろう。それ程にここは深く、狭い。

高揚した精神に合わせて、あの目を持つ彼が細心の注意を払って肉体を調整する事でここ一番に自身の全てを持って来る神業。

分かる、ここは偶然まで含めて全ての鍵が揃わないと来れない場所だ。

 

そして、ああ、あいつが来た。

3つ左隣。やはりどうやらあいつも今世界から切り離されて、全能のまどろみの中にいるらしい。

お互いが身の内に収めきれなかった領域がぶつかって、干渉する。

今ここに私たち以外はいなかった。あるべき世界はたった二つだけ。

 

 

 

そのあと数人のゲート入りを待って、全員の準備が整った。あと数瞬もすれば、レースが始まる。

この1年、どれほどにこの瞬間を待ちわびただろうか。獣は今本能の雄たけびを上げた。

音の消えた静かな世界で、ゆっくりとゲートが開いた。

 

日本の物より重い芝を蹴り上げて前へと進む。

時が止まって見えるからだろうか、体が加速度によって後方へと引っ張られるのを認識できた。

ゲートから出てすぐ視界の両端に映るウマ娘を振り切って、前目の位置へと付ける。

直接は見なくても分かった。あいつは中段に付ける事にしたらしい。かなりいい展開だ。

 

このレース、間違いなくあいつは激烈なマークを受ける。

それに巻き込まれて自身もマークを受けるのが嫌なのではない。その程度のマーク今ならどうにでも出来る。

だがあいつの領域内にいるウマ娘など、ほとんどあいつの支配下にいるといっても差し支えない。

タイマンでならそこまで読み負けるとは思っていないが、手札が増えた時のあいつはさすがにどうしようもない。

特に今は自分ですら全てを支配出来そうに思えるのに。あれには世界が今どういう風に映っているのか想像すらつかなかった。

 

右回りの下り坂のコーナーを重力に身を任せて駆け下る。技術を要求される場面ではあるが、足のつまさき一つまで神経の通り切った今、ピースが揃ったかのように体は120点の正解を導き出して前へと進む。

まるで自分の中に知らない誰かがいて、そいつが無意識の中に答えを書いてくれた様ですらあった。

正しく順風と言っても良い調子でレースは進んだ。

多少のマークは受けたが今の自分にはそんなもの細事であった。

しかしもっとマークを受けるかと思っていたが、どうやら想像以上に皆皇帝様にご執心らしい。後ろで大暴れしているあいつを自由には出来ないと一致団結したのだろう。

あいつの領域が途中何度もその質と圧力を変えたのを感じた。檻の中の獅子が暴れまわっているのだ。

あれがどうせ檻に綺麗な穴を開けて出てくるのは間違いないが、しかし檻に入れない事には勝負にならない。厄介な獣であった。

 

 

コーナーを下り終えて、フォルスストレート(偽りの直線)に入った。ここからはほぼ直線だけになる。

そろそろあれも前に出てくるだろうと考えていた頃に、後ろから何かが爆発した。

 

よく体はそのまま動いたと自身を誉めてあげたいほどの、現実感の乖離と魂の暗転。

瞬時に爆発したのはあいつの領域だと気づく。

今領域は色を付けて形を成した。

シンボリルドルフというウマ娘の、魂の真髄が開かれる。

 

 

ーーー『汝、皇帝の神威を見よ』

 

皇帝の魂が、叫びをあげた。

それは雷光。

それは神鳴り。

それは天より降って空を裂く、皇帝の怒りであった。

古来より人に神の権威の象徴とさえ称えられた自然界の暴虐は、今ここに皇帝の支配下へと落ちた。

 

「さあ、全てひれ伏せっ!!!!!!」

 

 

そのレースを現地で見た観客は後に口を揃えてこう語った。

彼女は雷光を纏っていた、と。

 

皇帝が足を踏み込む度に地面との間に幾重もの雷の根を張り。

皇帝が息を吐きだす度に雷が空気を引き裂いた。

ただ後に青白い残光のみを残して皇帝は前へ駆けた。

 

もはや彼女を捕らえるための檻は既に崩壊していて。誰も止める事など出来ず。

最後の直線を前にして、彼女はシリウスシンボリと肩を並べた。

一瞬の交錯で、刹那以下の視線の応酬であったが、しかし今の二人にはそれで十分であった。

 

「見せてみろ」/「見せてやる」

 

その瞳を見て、シリウスの脳裏に幼き頃の憧憬がよぎる。心に焼き付いて忘れられない、憎たらしいまでに強いあいつの姿。

今ここに、あいつはいる。どこまでも、誰よりも、強く。強く。強く。

 

ああ、あいつに勝つためならば全てを捧げよう。

餓えた獣は知っている、極限まで研ぎ澄まされた本能が如何なるものかを。全て捨て去ったその先を。

ここにまた領域は色を付けて形を成す。

 

ーーー『駆るは光、狩るは星々』

 

必要なものは牙だ、あいつに食らいつくための。

それだけがあればいい。

シリウスの体が崩壊していく。

 

いつの間にかシリウスは青い毛並みの狼となって、真っ暗な夜の空を駆けていた。

いやきっと暗くはなかったのだろう。他の全ての光が見えなくなる程に、たった一つの星が今も瞳に輝いて離れないだけなのだ。

あの日見た一番星よ、私は今宙を駆ける脚を手に入れたぞ!

 

「さあ、喰らいつくしてやる!!!!!」

 

 

シリウスシンボリとシンボリルドルフの二人は、楽しくて仕方がないと笑った。

凱旋門賞最後の直線、残り数百メートル。

前を走っていた逃げウマはとっくに追い抜いて。

目の前には誰もいない。ただ横に、あいつがいるのみ。

もう後は何もない。

単純な力比べが勝負の行方を決めるだけだった。

 

それの!なんて心躍る事か!

 

速さだけが思考を埋めた。

脚は疲労を訴え、心臓は張り裂けそうなのに、けれども限界はいまだ見えず。

今自身の最奥を、極限を知るために、二人は加速を続けた。

 

応援席のボルテージも最高潮に達する。シンボリを称える叫び声も、二人のどちらかに向けた応援も会場が揺れたかと思うほどで。

けれど、その場にいた観客は二人の魂の競合がレース会場を揺らしているのだと感じていた。

そこはただ、地上の全てを支配する皇帝の雷鳴と、何にも縛られずただ天を駆ける狼の遠吠えだけが世界を満たしていた。

 

そうして永遠に続くかと思われた勝負は、ルドルフが抜け出した事で終わりを迎える。

先に最高速の限界を迎えたのはシリウスであった。どちらも完璧なレースを迎えたが故の、残酷な能力の差。

最終的に1バ身の差を付けてルドルフが先にゴール板を越えた。

 

 

 

ゴール板を越えたシリウスは、荒れた呼吸を整えながら掲示板を睨みつける。

自身とルドルフの差が1バ身。3着との差が5バ身。

正直結果としては大成果と言うほか無かった。ほぼほぼ完璧と言ってもいいだろう。

3着とこれだけ着差があれば、シンボリの強さという物を世界に十分すぎる程に証明できたはずだ。

 

さらに、ルドルフとのこの1バ身は、あいつがいつも付ける1バ身とは違う。あいつの余裕を全て剥がした上での1バ身差である。

来年には、この牙はあいつに届くという確信が持てた。

 

だがしかし、やはり胸中に飛来するのは狂おしい程の悔恨であった。

分かっていた事ではあった。まだ届かないことは。

分かり切っていたはずなのに、自身の中の獣はどうしようもなく荒れ狂っていた。

 

そこでこっちに近づいてくる影を察知して、視線を向ける。

 

「・・・・・・ルドルフか」

 

「ああ。・・・・・・・」

 

またお互いに視線を交わす。

あいつの中にいる獅子はひと暴れして大人しくなっていたが、しかしやはりあいつも満足はしていない様だった。

私達の戦いは早すぎたのだ。ただ私もあいつも我慢が出来なかった。

 

お互いにそれぞれ相手の内なる獣を覗き込んで、どちらともなく拳を持ち上げる。

 

「決着は」

 

「来年もう一度ここで」

 

同時に頷いて拳をぶつけ合った。

 

 

----------------------------------

 

 

メジロの当主は、複雑な心境のままその美しい光景を眺めていた。

二人のシンボリは、一言二言話して拳をぶつけ合った後にお互いに背を向けた。

 

他家のウマ娘であったが、掛け値なしに素晴らしいと拍手したくなるレースであった。

そしてそれ以上にメジロとシンボリの間に出来た差に、目を覆いたくなるレースでもあった。

 

なんだあれは?欧州の強豪がまるで相手になってない。

正真正銘、あれは二人だけのレースだった。特に最後のデッドヒートなど観客席まで容易く領域に飲み込んでいた。

今も背中には冷や汗が流れているし、連れてきていたメジロの子達も何人か完全に臆してしまっている。もしかすればこの子達を連れてきたのは失敗だったかもしれない。

世界最強という、その高みを知ってほしかったのだが完全に見誤った。

あれはそんな物に収まる器ではなかった。あれは歴代最強と呼ばれる可能性のある化け物だった。

 

となると、是が非でもやらねばならない事がある。

シンボリルドルフのトレーナー、あれを手に入れる。少なくともシンボリからは切り離さなければならない。

ルドルフだけでなく、シリウスの方の調整にもそれなりに彼は関わっているとシンボリ家は公言している。つまりシンボリ家のトレーナーが彼を上だと認めているという事だ。

 

今までの調整もまだ20代半ばの新人トレーナーだとは思えない完成度だった。少なくとも日本であのレベルに安定して仕上げられるのは精々十人ちょっとだろう。将来は日本でも随一のトレーナーになるのは間違いないと思っていた。

 

そんな彼女の脳内に今日の二人の姿が思い浮かぶ。触れれば切れるのではないかと思うほどに鋭利で、何よりも肉体と精神の調和が完全に取れた姿。

あのレベルで調整が出来るのなんて世界で数人いるかどうかすら怪しい。まさか今までは全力を出していなかっただなんて思ってもいなかった。

勿論精神面まで含めての物になるとそうそううまく行くレベルの調整ではないのだろうが、しかし二人を同時にこなしている以上ある程度は狙って行えると考えておいた方が良いだろう。

 

・・・・そして過去の対戦相手としては腹立たしい話ではあるが、あの3人は今まで限界までチューンする必要もなかったし、もし故障してあの才能を潰すなんて恐ろしい可能性を考えれば、これまでしてこなかったのも納得のできる話ではあった。

 

とにかくあのトレーナーも想像以上の化け物だった訳だ。

我々にとっては不幸にもその化け物どもが手を組んだ結果が今のこの差に繋がってしまった。

メジロ家としてはこれ以上差を広げる訳には絶対にいかない。国に帰ったならば何としてでも彼への伝手を入手しなければならなかった。

 

 

観客席に向かって軽い挨拶をするシンボリルドルフの姿を見やる。あれ程に遠くにいるのに、息を呑んでしまいそうになる程の存在感。

その姿はまるで一身に太陽の光を浴びているかの様で、思わず彼女は目を細めた。

 

それほどにシンボリの栄光は眩しくて。

メジロの栄光は、今やシンボリの積み上げた栄光の前ではくすんでしまっていた。

 

*1
実際は親戚だけどここまで人気になって年も近ければ姉妹扱いでメディアに推されるはず。

*2
去年のジャパンカップは普通にルドルフが勝ちました。




かっこいいシリウスを書きたいと思ってたら、ルドルフに継ぐやべー奴になっちゃった。ま、いっかぁ!
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