自分はアプリ版トレーナーをシングレに突っ込んでる訳じゃなく、世界の外側から見たらアプリ版っぽく見える様にシングレ世界に変なのを生やしたってイメージで書いてます。
なのでウマ娘に怪我はさせませんけど、体力ゲージが見えてる訳じゃなく、すんごい観察力でどうにかしてるだけですし、無敗なのは目覚まし時計でリセットしてる訳じゃなく、シンプルに強かっただけです。パワー!
もう年の末となり一年も残すところ僅かといった頃に、人々は中山レース場へと詰めかけていた。
観客の目的は勿論有馬記念であったが、そこに例年ほどの熱気は無かった。
代わりにそこにあったのは、去り行く王者への追悼と時代への寂寥であった。
ここ数年日本のレース界に君臨した『絶対』の、その終わりを彼らは見届けに来ていたのだった。
『さあ、最終コーナーで皇帝シンボリルドルフが抜け出した!
いつもの如く1バ身のリード!誰もこの差を埋められない!
レースに絶対はないが、彼女には絶対がある!
この無限に等しい1バ身こそが絶対王政の証だ!』
民衆はひたすらに称賛の意を込めて手を打った。
あれがもう一人の餓えた王者以外に負ける姿なんて、もう誰も想像すらできない。全戦無敗で辿り着いたG1レース14勝の頂きはあまりにも遠すぎて。
応援などもはや彼女の『絶対』に対していかほどの価値があっただろうか。
今更あれが負ける可能性があるとでも?それがこの場の総意だった。
そうして皇帝は最後に観客席に向けて、魂を打ち鳴らし返した。
魂の音色はすぐに空間を彼女の領域に染め上げて。
皇帝の領域はそこにある全てを支配した。
空気はそれが彼女の圧によるものなのか、その身が放つ雷によって帯電しているのかピリピリと張りつめて観客の肌を刺している様だった。
青白い雷光を纏って皇帝がただ駆け抜ける。
二度の凱旋門を経てさらなる鋭さを得た雷光は見る者に神聖さすら覚えさせるほどで、この栄光の凱旋は人々の目を焼いた。
『シンボリルドルフ、前人未到のG1レース15連勝ぉぉぉぉぉぉ!!!
さらに有馬記念も3年連続の勝利です!これが皇帝!これが『絶対』!
レース場に今彼女を称えるための拍手が響き渡っています!』
今ここに皇帝の神威は永劫に刻み込まれた。
彼女の終わりは万雷の拍手をもって迎え入れられたのだった。
ゴール板を通過したシンボリルドルフは感慨深げに辺りを見渡した。
今もなお盛大な拍手でもってこちらを称賛してくれる観客席。
火照った体に心地よい風を運んでくる、どこか寂しい冬の空。
その目にどこまでも深い畏怖を宿したウマ娘達の瞳。
こちらにお疲れ様とでも言うように手を振っているトレーナー。
鼻腔を擽る、嗅ぎなれたターフの匂いと見慣れた緑色の芝。
そして、どうせどこかで見ているだろうシリウスを探そうとして、このレースが終わったら向こうから会いに来るかと探すのをやめた。
一拍を置いて、だんだんと実感が湧いてくる。
そうか、終わったのだ。私の競技人生は。
走り抜けて、ここがゴールだった。
振り返ってみれば、十分な程に満足の行く道のりであった。
ただ一つの負けもなく。誰よりも強かった幼馴染との決着も付けて。
後悔なんて何一つないのに、これ以上のゴールなんてあるはずもないのに、けれどなぜこんなにも終わりを受け入れられないのだろうか。
・・・・ああそうか。楽しかったのだなぁ。
心の内に駆け抜けた日々への郷愁が募る。
様々な場面やレースが頭の中に浮かんでは消える。
けどやはりシリウスとの勝負だけは泡となって弾けずに、脳裏に残り続けた。
そう、特にこの前の凱旋門賞は本当に心が踊ったのだ。
去年よりもさらに研ぎ澄ましたシリウスと、そして彼が私たちに匹敵すると太鼓判まで押したダンシングブレーヴとの激闘。
あれは本当に紙一重の戦いだった。
あの餓えた獣には本当に首元にまで噛みつかれた。僅か数cmの差が、勝敗を分けた。
踊る勇者は最後の直線まで私とあいつの二人がかりで抑え込んでやったのに、結局1バ身半しか引き離せなかった。クラシックの身でありながら、実に見事という他ない。
私の中の獅子はあの戦いに大いに満足していた。
そして私の魂は、シリウスとの領域と魂のぶつけ合いの中で、きっと大切な何かを得ていた。
その何かは混ざり合い過ぎていてはっきりとは分からないが、その内いつかそれに名前を付ける時が来るのであろうという予感があった。
その時に改めて現役の時を振り返って自伝でも書く事にしようかな。自伝を出しても文句を言われない成績は残しただろうし。
うん、それがいいな。そうしよう。
そう決めて、私は栄光の中でターフを去った。
まあ唯一心残りがあるとすれば、トレーナーを手中に収める事が叶わなかった事だろうか。
シンボリとしても、ルドルフとしても逃したくは無かった。
御婆様にもどうにか引き留められないか、何度も相談されたものだが。
結局あの時からいい手は思い浮かばなかった。
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それはシンボリルドルフが最初の凱旋門賞を取って少しした時の事だった。
自身のトレーナーについて祖母に呼び出されて実家に戻っていた。
「つまりですね、御婆様。
彼を簡単に説明するならば、彼は非常に純真で一途なトレーナーなのです。」
そう彼は純真であった。金にも名誉にも、全く興味を持っていない。
彼のトレーナーとしての興味はたった一つの事だけに向いている。
『どれだけ担当ウマ娘を強く出来るか』だ。*1
我々が提示できる物に、彼はどれも興味を示さないだろう。
普通は強いウマ娘を育てたいなら名家と組んだほうが得が多い。
才能とはそう簡単に分からないし、もし運よく才能のある子を見つけても組めるとも限らない。
けれど、そう。彼には才能を見分ける目と、フリーであればどの家とでも二つ返事で契約を結べる程の馬鹿らしいまでの実績があった。
だから正直な所彼を引き留める条件を提示するのは非常に難しいと言わざるを得なかった。
シンボリ家のデビュー前のウマ娘を並べて、育てたくなる才能がある事を祈るのが恐らくは最も有効的だと思われる程に。
逆に言えば他家の利益に惹かれて取られることもないという事でもあるし、もし彼が他の名家のウマ娘と組んだ時は、つまり歴史に残る才能の持ち主を見出したという事でもあった。
そして彼は一途でもある。基本的に彼は一人だけを担当したいと思っている節がある。
自身の全霊を以て一人のウマ娘がどこまで辿り着けるのかを追求したいのだ。だからあれもこれもと手を出す事をあまり好まない。
彼がシリウスを半ば担当しているのは、つまりそれが私が望んでいることであったからだ。
シリウスと最高の舞台で決着を付けたいという私の仕舞いこんだはずの感傷を、彼は大事に拾い上げて、叶えようとしてくれている訳である。
全ては担当ウマ娘の為に。
その才能に惚れ込んだウマ娘の為ならば彼は自身の全てを投げ捨てられるだろう。
変な例え話ではあるが、彼は謎の薬を飲んで体が発光する羽目になったとしても、着ぐるみを着て日常生活を送る事になったとしても、公衆の面前で赤ちゃんになる羽目になったとしても、それが担当の為になるのであれば喜んで行うに違いなかった。*2
であるからこそ、彼は最初の担当と楽しく走る為だけに世界へと挑み、無敗で駆け抜けたのはその結果でしかなかった。
彼に海外レースへの思い入れなど別にそんなに無いのだ。ただ担当が日本のレースに出れなかったから外に行っただけだった。
恐らく彼はそのうちにシンボリから離れるだろう。
だから彼の対策を進めておく必要があった。
そう私はいくつかある彼の弱点を把握していた。その中で一番大きい物が駆け引きが得意という訳ではないという事だ。才能が無い訳ではない。
一般的なトレーナーの平均程度には出来たが、平均を大きく超えはしなかった。
育成能力とは違って、駆け引きの分野では若手らしい未熟さを垣間見せる事も何度かあった。
私やシリウスは事前に作戦なんて立てなくても試合中にその場で駆け引きが出来たから問題はなかったし、むしろ彼の正確なデータによってかなりのアドバンテージがあった程だ。
しかしもし駆け引きがあまり上手くないウマ娘と組んだのであれば、そこが穴になる。
だからこそシンボリのウマ娘には、レースの駆け引きを徹底的に叩き込む必要があった。
彼の育成能力を考えれば、こちらが完璧なレースをしつつ相手が多少のミスをしてようやく五分まで行けるかどうかだ。
私も場合によっては教鞭を振るう必要があるだろう。
これが私が出した結論であった。
それを説明すれば、御婆様も深く頷いた。
この方も人を見る目はするどい。私では見えない所も、年の功によって察している事だってあるだろう。
「非常に残念ですが、私もその様な人物であると思います。シンボリに彼を留めておく事は難しいでしょう。
はあ、我々が一番に彼に出会えていたら」
「それはあり得ないでしょう、御婆様。
彼が海外で活躍したからこそ私たちは彼と接触したのですから」
「分かっています。分かっていますが、言いたくもなるのです」
自身の体の中の空気を全て吐き出したのではと思うほど、御婆様は長い長い溜息をついた。
他のどの家よりも台風の目の近くにいたからこそ、当主である彼女にはよく分かっていた。台風の目から出た後にあの強風に吹かれて、我々がどれほどに振り回されるかを。
そして彼を縛るための最後で最良の手段。
「お前もシンボリ一族だ」作戦は、彼が最初の担当のマルゼンスキーと仲良くやっているが故に、非常に困難だった。
私が彼の実力を見定めようとした最初の数か月の内に、マルゼンスキーは果敢に攻め入って彼を落としてしまった。
まあ数年の間海外をほとんど二人っきりで過ごしたのだ。そもそもが最初の時点で勝負はついていた様なものであったが。
ちなみに、後に彼女は「だってあなたに手番を回すと厄介そうだったもの。だからあなたが本気にならない内に勝負を決めに行ったの」とウィンクを一つ添えて、ルドルフへと語った。
「ダービーも栄光ももういらないわ。
ただダーリンと走れればいいの、この先もずっとね」
そういって笑うマルゼンスキーの顔と、その右手の薬指に付けられた約束は、栄光すら恥じらうほどに輝いていた。