栄光は塵積もって   作:hotice

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7.夢の輝き

 

日本ダービーの試合直前、メジロアルダンは目を閉じて集中力を高めていた。

魂を深く深く沈めていく。

調子は絶好調だった。間違いなく人生の最高潮。

時は止められなかったが、音の止んだ静寂の中で、一人の姿が思い浮かぶ。

オグリキャップ。今回の試合で最も注意しなければいけないウマ娘の姿。

 

彼女には一体どれだけの複雑な思いがあるだろうか。

それは強敵に向ける、単純な闘争心だけでは説明出来なかった。

 

彼女の事を初めて知ったのは、大体丁度一年ちょっと前の事だった。

中央トレセン学園に起こった、青天霹靂、天地鳴動の騒動。

あの栄光と名誉を(ほしいまま)としたトレーナーが、なんと中央を離れて地方の笠松に編入したという理解しがたい出来事が起こったのだ。

それはネットで、真面目に中央の陰謀だとか言われて炎上の気配すら漂わせたのだから、どれほどに衝撃的であったか。

 

そしてすぐに事実は明らかになった。

彼は地方のウマ娘をスカウトしに行ったのだ。

オグリキャップ、誰も知らなかった全くの無名のウマ娘を彼は欲した。

 

それはあまりにも深く中央のウマ娘の心に罅を入れた。

我々がどれほどに彼の担当になれる事を夢見ていた事だろう。

彼の凄さに誰もが目を奪われていた。

生徒会に入った彼の3人の担当を見かける度に、その栄光を思い出して。

その劇的なまでの勝利。土つかずの無敗。

彼のそれは本当に魔法の様だった。

 

次のシンデレラになれるのかと、私たちの世代はそれはもう胸を高鳴らせていた。

誰もがあのシンボリ姉妹の、その栄光の続きとなれることを夢見た。

アルダンも、自分の様な虚弱体質では望み薄だろうと思いながら、しかし彼ならばこの身もどうにかしてくれるのではないかという希望を捨てきれなかった。

気持ちは揺れ動いて、落ち着かず。それは傍から見れば、まるで恋の様であったかもしれない。

ああ、どれ程にあなたの事を思ったでしょうか。

 

ただし彼が半分担当している様なものだった、シリウスシンボリがまだ今年まで現役だった事もあって、彼が来年まで待つ事も視野に入れているという話もどこからか流れていた。

だからこそ、模擬試験の期待と緊張感は例年の比ではなかった。

 

模擬試験で凡走してしまったウマ娘が、その絶望にすすり泣く姿だって、今年はよく目立った。

普段ならばそれほどトレーナーに困らない名家のウマ娘だって、今年は異様なまでに切羽詰まっていた。

いやむしろそういう名家のウマ娘の方が切実だったし、メジロアルダンだってその例には洩れなかった。

 

何せシンボリ姉妹の築き上げた栄光は、他の家の栄光を容易く消し飛ばす程で。

自身の家が開催したパーティーで、様々な来賓の方からその場にいないシンボリの話をただ聞かされ続ける日々。

今この日本において、レース界隈に身を置いていない人間が、最初に口にするウマ娘の話題はどれもシンボリ姉妹の事ばかりであった。

特に、あの姉妹が激突した2度の凱旋門賞の話なんて、アルダンはどれだけ聞いたか覚えていない。

 

自身も御婆様に連れられて、どちらのレースも見に行っている。

環境も、因縁も、状況も、全て揃ったあの激闘は確かにアルダンの目に未だに焼き付いている。

ラモーヌ姉さまなんかは、感動のあまり涙を流していた。

観客席からでも、あそこは至高の領域だったと魂で理解させられた。

あそこは歴史でもたった一握りのウマ娘しか踏み込めない、はるか高きエベレストの頂きであった。

 

だから、自身もあそこに立ちたいという個人的な願いと、シンボリを止めなければいけないというメジロ家としての使命を持って、アルダンも模擬レースに臨んだ。

自身はシンデレラになれるのか。ガラスの脚に、ガラスの靴はどうだろうかと。ロマンチックな考えを添えて。

そうして、その結果は御覧の通り。

選ばれたシンデレラは、誰からも見向きもされず、不遇な環境で育った娘であった。

他の子であれば、今年の有力候補と言われる子であればまだ納得が出来たかもしれないのに。

ああ、シンデレラを虐めていた継母達の気持ちをそのうち知る事になるだなんて、幼い頃の私は知らなかっただろう。

 

そして、半年後にシンデレラは舞踏会へとやってきた。

彼女が教壇に立った時の、クラスの雰囲気という物は筆舌に尽くしがたい物があった。

どこまでも深い警戒と嫉妬の色。

本来は彼女が挑戦者側だった。だけど誰も地方のウマ娘だなんて、舐めた目で見てはいなかった。誰も彼女の実力を疑っていなかった。

だって、中央にも笠松で何がおこなわれていたのかは伝わっていた。

 

あのシンボリ姉妹から、ずっと併走をしてもらっているという事。

シリウスシンボリはついに去年凱旋門賞を勝った。

つまり彼女は凱旋門賞を制覇した二人に特訓を付けてもらっているのだ。あのトレーナーの元で。

それだけで最大限の警戒に値した。

 

さらに私は、あの二人と仲がいいラモーヌ姉さま伝いに、彼女への評価を聞き及んでいた。

二人は彼女の中に、怪物を見たのだという。

それの詳しい意味を知る事は出来なかったが、しかしどう考えても彼女たちにとって最上位に近い賛辞だろう。

 

そして彼女は、この針の筵の様に敵意がぶつかる中で、平然と挨拶をして席に着いた。

その大胆さと度胸に私たちは刮目するしかなかった。彼が選んだだけあって、大物だと。

まあ後々、彼女は恐らくあの時気づいていなかっただけなんだろうなぁと理解したが。

 

それから1か月ほどで、彼女はその実力を十分に見せつけた。

12月に行われる、今年デビューしたウマ娘の1番を決める戦い。

そこに彼女は乗り込んで勝利を奪っていった。

・・・・芝とダートの両方で。

 

そこでついに、彼が何故彼女を選んだかの理由が公に語られた。

まず最初に、芝とダートの両方に高い適性がある事。それはこの2戦で誰の目にも明らかになった。

そして2つ目に、距離適性を問わない事。彼が言うには本質的にはマイラーだが短距離から3000m位の長距離までの全てのレースに出られるらしい。

最後3つ目に、彼女は類まれな回復力を持っていて、きちんと自身が管理すれば連戦連闘を全く苦にしない事。少なくとも年に10戦はこなしても何の問題もないと。

これら全てを兼ね備えて、そして普通にG1レースを勝ち切るだけの競争能力を持っているのが、このオグリキャップだというのだ。

開いた口が塞がらないとはこの事だった。

 

「そんなウマ娘がいるのか?」

「さすがに彼が間違っただけなのではないか?」

 

世間ではそんな声も上がったし、中央でも無い訳でもない。

だが、中央にいる、ある程度の人間は薄々気づいていた。彼の目がどうやらかなり高性能な物らしいという事を。

 

だから、我々は恐怖している。

もしかして彼女は、12時を越えても舞踏会の真ん中で踊り続けるのではないか?と。

少なくともあれから半年近くたった今でも、彼女は未だに踊り続けている。

芝とダート、二つの路線を走り続けながら。

 

アルダンは目を開けた。

オグリキャップ、確かにあなたは強かった。皐月賞だってあなたは圧倒的だった。

だが一番の正念場である、日本ダービーを渡すわけにはいかない。

彼女のガラスの靴は、今日ここで脱がさせてもらおう。

立ち昇った黒い嫉妬心に静かに蓋をして、彼女はコースへと向かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「行ける・・・!!」

 

メジロアルダンは最後のコーナーを回りながら、笑みを浮かべた。

オグリキャップは今バ群に囲まれて、完全な包囲網の中にいた。

彼女は、前任者の様にここから包囲網を食い破る様な真似は出来ないはずだ。

 

最後の直線に入ろうとしていた。

各々が勝ちの目を見出して、包囲網は崩れかかっていたが、それでもオグリキャップはまだその網からまだ完全に抜け出せてはいなかった。

これでも能力の差を考えれば、まだまだ勝ちの目は多くないと言ってもいい。ここからでも余裕で差し切れるだけの脚を彼女は持っている。

でも可能性もまだ十分に残っている。

アルダンはそう判断して、そして、決心した。

本当に全てを燃やしつくす事を。使いつくす事を。

ここまで決意して、まだ心の底に残っていた最後の箍を、今彼女は取り外した。

破滅的なまでの加速を以て彼女は、包囲網を解いて駆けだした。

 

ただ、無情にも。

それとほぼ時を同じくして、彼女の後方で、その怪物の魂は目覚めた。

二人の獣に研がれ続けた領域は、窮地において生存本能の灯を上げた。

 

 

ーーー『勝利の鼓動』

 

輝かしい夢。目の前を照らす希望。

彼女は人々の夢を纏って、黄金の様に輝いた。

人々は彼女に尋ねた。あなたは自分の夢を連れて行ってくれるのかと。

彼女は答えた。あなた達の夢が背中を押してくれるから、私は走れるのだと。

彼女はその背中に、人々の夢を乗せて、今無人の荒野に笑顔で踏み出した。

 

「さあ、皆見ていてくれ!!」

 

誰かがオグリの名を叫んだ。

その夢は、希望の欠片となって、彼女に集う黄金の一部となった。

人々は声援を上げた。

その祈りは、希望の波となって、彼女の黄金は一層の輝きを増した。

 

最後に駆けだした彼女達の間を、黄金が過ぎ去った。

誰も追いすがれない。憧れすらも追いつかない。

 

今栄光にすら劣らない程に、人々の夢は光り輝いて、誰よりも早くゴール板を過ぎ去った。

 

 

 

 

 

 

「これは・・・・、厄介ですね」

 

シンボリの当主は、おおよそ2か月ほど前に彼が笠松に行ってまでスカウトしたウマ娘についての報告を、ルドルフから受けていた。

2か月ほど併走した彼女が言うには、十分に世代最強を名乗れるだけの素質があるとの事だった。

それが彼の指導を受けたならば、世界最強クラスのウマ娘になる事は想像に容易かった。

そしてそんな化け物が、これからあらゆるG1に連続して出てくるというのだ。

 

「ええ、オグリキャップは出来るだけ多くの強敵と戦う事を望んでいます。

ですので海外遠征をかなりの数行いたいと考えている様ですが、それなりに日本のレースに出るのも間違いはないでしょう。

シンボリとしては、間違いなく厄介な状況でしょう」

 

「はあ・・・・・・・。彼には本当に返せないほどの恩がありますが、しかしやはり文句の一つも言いたくなりますね」

 

彼女は疲れた様に溜息を吐いた。

彼がこの数年でシンボリに一体どれだけの栄光を齎してくれたことか。本当に彼には足を向けて寝られないという物だ。

この後もシリウスの凱旋門賞を手伝ってもらうのだ。本当に文句なんて言ったら、罰が当たるとは分かっている。

だけども、もうちょっと手加減してくれないだろうかと弱音が漏れる。老骨には中々に堪えるのだ。

 

「こう、才能が無い子を強くしようとかそういう方向性に情熱を向けてくれればありがたいのですが」

 

「それも、難しいでしょう。彼は誰よりも才能を見抜く力があります。

つまり、これまで誰よりもその才能がきちんと育てられず、腐っていくのを見てきたという事でもあります」

 

「・・・・・なるほど。

確かにそれならば、輝く様な才能を見つけたのなら、自分で育てたいと思うでしょうね」

 

「はい。正直彼がそんな才能を集めてチームを作らないだけマシというべきでしょう」

 

ルドルフの発言に、この世の終わりの様な光景が脳裏に浮かんで、彼女は鳥肌を立てた。

それはなんというか、あまりにも絶望的であった。

ちょっとシンボリの子を何人か追加で受け持ってもらえないかとも考えていたが、それを聞いて彼の一途さに感謝した。

 

ああ、早くルドルフが卒業してくれたらと彼女は思う。

そうすれば当主の座を譲れるというのに。

シリウスも、ルドルフとの決闘の中で何か答えを出したのだろう。今の彼女なら補佐として動いてくれるだろうし、この二人なら何とでもなるだろうという信頼感はあった。

彼女らが一人前になるまでの間なら自分もまだ元気だろうし。

うん、早くルドルフを当主に叩き込もうと彼女は改めて決めた。

彼のおかげで手に入れた栄光は、びっくりする程に彼女の仕事を増やしていて、さらに彼は直接心労を与えてくる様になったのだ。

本当に健康に悪い。・・・・・・まあその彼のおかげで健康ではあるのだが。

 

 

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