栄光は塵積もって   作:hotice

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8.ジャパンカップ

 

スーパークリークは心配そうに自身のトレーナーを眺めていた。

恐らくここしばらくまともに寝ていない。それでも彼女は必死に机にかじりついて、オグリキャップの映像を調べている。

世界最強に挑むにはどれだけ準備してもしたりないというのは分かる。とくに菊花賞での敗北は、自身にもトレーナーにも深く刻みつけられている。

だけども、今のトレーナーは少し入れ込み過ぎている様に見える。

 

恐らく彼女にとって、あのトレーナーはありたい姿なのだろうなと年上に向けるべきではないだろう心配をした。

天才と呼ばれた父を、彼女は常に意識していた。父を超える事に固執していると言ってもいい。

そして新人トレーナーがそんな父をあっという間に凌駕していった姿に、対抗心を燃やして。

既にトレーナーの代表とは、彼だった。彼女の父親すら、もはや彼の前では霞んだ。

さらに、その上でその父親までが、このジャパンカップには出て来るのだ。超えるべき壁と、その壁の先に行ったもの。彼女がかかるのも仕方ないとすらいえた。

 

だから本当はトレーナーを諫めるべきなのだと分かっている。

だがかかりそうになっているのは、自身も同じだった。その自覚があった。

誰よりもリベンジしたいと願っていた相手が、世界最強の看板を引っ提げて帰ってきたのだ。闘争心は、心の底から汲めども汲めども湧いてきた。

強い敵と戦いたいという競技者の心を、彼女は誰よりも擽って来るのだ。

自身の底を確かめるのに、これ以上の相手がいるだろうか。

 

今このジャパンカップは、あの凱旋門賞よりBCクラシックよりも、誉高い王冠を掲げているのだ。

そのどちらも既に下した彼女の首を取れば、彼女がこれまで積み上げた栄光が、そしてあのトレーナーが積み上げた栄光が、手に入る。

ここまで積み上げた無敗とはつまりそういう事だった。どこまでも高まり続けるジャックポット。

それを誰が得るのかを世界中が注目していた。

もしそれを得られれば、彼女は父親と向き合う事だってきっと出来るだろう。

闘争心は、決意に固められて。彼女はトレーナーから目を逸らして、そっとターフに向かった。

 

「さあ・・・!一体どこまで足掻けるかは分かりませんが、でも一泡は吹かせないと、ですね!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

鈴を鳴らして、お賽銭を入れる。

オグリキャップに勝つための願懸けに、イナリワンは地元の神社に来ていた。

 

勿論、彼女はそういう行為を全く以て好まない。全部自分の実力で勝ち取ってこそだろと思っている。

だけども、それでも実力を示したいという思いが勝った。そして、何よりこれは彼女の意思表明でもあった。

彼女の目標。大井だって、地方だってすごいのだと示したかった。中央にも通用するのだと証明したかった。それを自身よりも先に、世界に通用するのだと叩きつけたのがオグリキャップであった。

そこには多大な畏敬の念と、少しの対抗心と、そして感謝があった。彼女のおかげで中央の目は地方へと向いている。誰も地方から、あのシンボリ姉妹の後継者が出て来るだなんて想像もしていなかったのだ。

というか、ぶっちゃけイナリワンも思っていなかった。いやほんと、地方出身でも中央でG1いくつか取れたらとは思ってたが、世界最強が地方から出て来るのは完全なる予想外と言うか。あれの後継者はさすがに中央から出て来るだろうという、無意識の思い込みが彼女にすらあった。

だから尊敬の念が勝る。彼女が打ち壊した常識はどれほどにあるだろうか。

あたいのやりたい事を規模で上回られちまったと、負けを素直に認められた。

 

そして地方を信じていた彼女ですらオグリキャップの成績は顎が外れそうな衝撃であるのだから、中央の衝撃はそれはもうすごいものに違いない。

少なくとも、クラシックの追加登録制度と中央のトレーナーが地方に行きやすくなる制度が整えられそうというのだから、推して知るべしであった。*1

それに乗じて、イナリワンがG1を二つも取ってから、誰もが地方に本格的に目を向け始めた。

 

だから彼女にとって、オグリキャップとは勝手に恩を感じて尊敬している相手であった。

そしてそのオグリキャップに、一種の成果発表がしたかったのだ。自身が尊敬している相手に、ここまでの道のりを評価してもらいたかった。

それが彼女の参拝方法に似通っていて(つまり彼女は神様に祈るのではなく意思表明するタイプであった)、こうしてレース前に神社に足を運んだのだ。

手を打ち合わせて眼を閉じて、夢を描く。ここまで描いてきた夢よりも、さらに大きく。

世界相手にあれだけでけぇ事をやってのけた相手なのだ。こちらも誰より大きく意気込んでぶつからねば、失礼という物だった。

神様に、そして自身に意気込みを語って、彼女は目を開けた。

 

「よっしゃ!!やってやらぁ!!」

 

 

ーーーーーーーーー

 

師範代である彼は、自身の教え子であるヤエノムテキが空手の型を繰り返すのを遠目に眺めていた。精神の集中は乱れ、型は定まらず。控えめに言っても酷い物であった。

 

原因は分かっている。ジャパンカップに出場するオグリキャップを意識しているのだろう。

元よりヤエノが彼女に向ける感情は嫉妬心が強かった。

ヤエノムテキという少女には心の奥底に非常に強い自己顕示欲、承認欲求が隠れている。同期のアルダンは名誉を口にすれど家の為であり、本質的にはそれ程称賛を求めていない。

だがこの苛烈な弟子は、勝利よりも称賛を求めてターフの上に立っている所があった。

 

だからこそ、あのトレーナーが彼女の世代からスカウトするだろうという話になった時、どれ程に浮ついた事か。

未だ手に入れてもいない、両手で抱えきれぬ程の名誉を想像して。世界に自身の名を轟かせて、称賛の中立ち去る皇帝にどれだけ自身の姿を重ねていただろうか。

それを諫めはしたが、彼女はこの世代でもそれなりの期待株であり、十分スカウトされる可能性だってあったのだから、まだ未熟な10代の子にとって仕方のない事ではあった。

だが、その栄光は全く知らぬ田舎の少女の手に渡った。

その時の荒れようなど、鉄バットを持って喧嘩に明け暮れていた昔に戻ったかのようであった。

彼女が自身を納得させる材料が無かった。言い方は悪いが、地方の格下にという慎むべき考えが、普段纏っている鎧を突き抜ける程に。

 

それでも自身の手で雪辱を果たせればよかったのだろう。

しかしあの芦毛の怪物は明鏡止水の境地に立たなければ、心技体の全てを揃えねば届かない相手であった。勿論心の乱されたヤエノの及ぶところではなく・・・。

菊花で負けて以来、彼女が海外遠征に行った事もあり、おおよそ1年ぶりのリベンジの機会であった。

 

彼の目には未だ迷いに迷った弟子の姿が映っていた。

こんな状態では、彼女がいなくても勝てやしない。だが、逃げては悩みは晴れない。

彼女が積み上げた栄光はさらに眩しくなって、世界最高のウマ娘として連日連夜騒がれている。

あのシンボリ姉妹すら超えようかというのだから、ヤエノの目にはどう映っているのか。

折れるのではないかと、危機感が頭の中で何度も訴えた。恐らく出すべきではない。

だがそれは弟子の成長を信じないも同じであった。子供はこちらの予想を超えて成長していくものだ。

きっと一線を越えて踏み出せれば、何とかなる。ただ今の彼女にその一歩が踏み出せるのか?

その自信がどうしても持てなかった。

だからといってこのまま最後まで答えを出さずに、迷ったまま走り終える事のなんて苦しい事か。

師範代は、額にしわを寄せた。自身の迷いを未熟な証であると恥じながらも、答えを出す事は難しかった。

 

そうして、彼が出した答えは、・・・出さないという物であった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「うおおおおーーーーーーーーっス!!!」

 

異様なまでに熱を上げて練習に没頭するバンブーメモリーに、奈瀬英人はどこかで上手くセーブさせなければと思いながら、策を練っていた。

二人はジャパンカップに出場を決めていた。正直この子はかなり中距離の適性が怪しいし、特にあのオグリキャップが出て来る以上可能性はほとんど無いと言わざるを得ない。

けれど、彼女に多大な尊敬と憧れの念を向けているバンブーにとって、同じレースに出られるというのは何よりも大事な事であるらしく、出ると言って聞かなかった。あの時の彼女の目は、ビームでも出せるのではないかと言う程喜びと期待に溢れて輝いていた。

まあこの熱量を見れば、彼女の成長に繋がるのは間違いなかったし、そう悪い選択ではないだろう。世界の頂点を知れるというのも良い。

 

そして、出ると決めた以上は最善を尽くす。

彼はオグリキャップについて纏めたデータにもう一度目を落とす。

去年の3冠達成者で、今年の凱旋門とBCクラシックの覇者。他にもG1を10個程既に制している。今年のBCクラシックは特に名高いサンデーサイレンスとイージーゴアの激突であり、そこに凱旋門賞の勝者がやってきて連勝されたのは、アメリカのレース界にとんでもない衝撃を残していた。

まさしく世界最強の名を先代から継承するに値する実績と言えよう。今回は芝とダートのどちらでも勝っているのだから、真の世界最強とも呼ばれていた。

 

しかし、よく彼はこんな逸材を田舎から拾い上げてきたものだ。彼がスカウトするきっかけになったとされるゲート試験は、確かに光る物はあったが、あれだけなら中央でも探せばそこそこはいる。

それだけであの素質を見抜いて、笠松に突撃出来るのだから、やはり彼の目は我々とは違う何かが見えているらしい。

世間も彼がいかに規格外の化け物であるかをようやく理解し始めた様だった。いや、そんな訳がないと常識で否定した物が、全て説明がつかなくなって、受け入れざるを得なくなったという方が正しいか。

 

そしてそんな彼が育てただけあって、オグリキャップはどこにも隙が無い。加速力、最高速度、スタミナ、コーナリングなどと一つ一つとにかく虱潰しに調べて、どれも最高クラスであると結論付けた何の意味もない資料に目を通す。

多少囲まれた位では力押しでどうにか出来てしまう。

もしそれなりに起こりえるだろうと想定している高速展開になるのであれば、そもそもの勝算はない。だからその可能性は、捨てる。

あれを檻に囲められた場合だけを考えて、策を練る必要があった。

運に恵まれたうえで、こちらが読み勝たなければいけない厳しい戦いであったが、世界最強の頂とはまあそういうものであろう。

ターフの魔術師と呼ばれた男は、その高い壁に腕が鳴ると気合を入れた。

 

それにしても良い笑顔をするなとバンブーの走る姿を見て、彼はそうつぶやいた。

 

「もう試合が待ちきれないっスー!!!!!!!」

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

そうして迎えた待望のジャパンカップ。

レースはシーフクローとイブビンティの苛烈なトップ争いという形で始まった。

常識では考えられない速さで展開するレースに、後続は目を見開いた。

そしてそれに悠然と続くオグリキャップを見て、全員が理解させられる。これは地獄の消耗戦が始まったのだと。世界最高峰の意地のぶつけ合いがこれから行われるのだ。

 

マイルのレースすら超える様なスピードで試合は進んだ。隊列は縦に伸びに伸びて。

最前列の二人も、その後ろにぴったりと控えた怪物の圧力にどこまでも笑みを深くした。既に歴代最高として議論され始めた化け物に、自身の蹄の跡を残してやろうと魂からガソリンを絞り出す。

この破滅的なパレードは終わらない。

 

そうして、残り直線数百m。

そこであっさりと先頭の二人はオグリキャップに抜かされた。こいつもそこまで変わらないペースで走っていたはずなのに笑うしかないなと思いながら、それでも闘志は衰えず。

だがさらに予想外な事に、後ろからまだ二人がやってきて追い抜かれる。

オベイユアマスターとフォークインであった。特にフォークインの速度は、あれに追いつくのではとすら思えるほどで。

一瞬二人の脳裏に行けるのか!?という考えがよぎった。

 

 

ーー届くかもしれない!

フォークインが希望をもったその時、彼女の視界に金色の波が広がった。

オグリキャップの領域がその波によって導かれて形を成す。

彼女は自身の視界に映る、領域を満たそうとする「それ」について見知っていた。自分にも纏わりついているそれを。

どれだけ引き剝がそうとしても、振り払おうとしても取れないそれ。

 

身勝手な期待。押し付けられた夢。

オグリキャップはそんな物を身に纏って、さらに加速した。

それがフォークインには信じられなくて。

 

なぜあんたはそんな物を、自身の進む力へと変えられるんだ・・・?

あんたは最強を押し付けられたのではないのか?アタシと同じで背負わされたのではないのか?

アタシはニュージーランドだけで限界なのに、世界なんてものを背負わされて!

 

そして、何よりも・・・・!

なんでアタシの、こんな黒くて醜くて、ヘドロみたいなそれとちがって、あんたのそれは光り輝いているんだ!!

 

鏡の中の「完璧な私」が、今目の前を走っていた。希望を叶えてくれる、誰もが思い描いた理想のウマ娘が。

アタシは鏡の中に逃げ込まなければ、耐えられなかったのに。

なんであんたは、そんな物を背負って軽々と走れるのだ。

 

オグリキャップは進む。人々の思いを背にして。

アタシは希望を振りちぎる。自分が自分であるために。

けど彼女から漏れた小さな黄金が、アタシの胸へと飛び込んできた。

あいつの声が聞こえた気がした。

 

「フォークイン。君は君で、それできっと良いんだ」

 

いつの間にか、オグリキャップの目がアタシをまっすぐに見て笑っていた。

何者でもない、アタシを。ああ、だからそんなにも夢は綺麗なのか。

アタシと違って、あんたはきちんと一人一人を見ているんだな。アタシは誰も見ていなかったから、誰も本当のアタシを見なかった。

アタシは振り返った。ニュージーランドで今も応援している人々の姿。

そこにいる人達を見て、一瞬口から空気が漏れる。目の前が暗くなる。駄目だ、無理だ。下を向きそうになって。

肩に、手を置かれた。温かい心がその手から流れ込んでくる。大丈夫とそう言ってくれている様で。

彼女に支えられて、勇気を出して話しかけてみた。

 

・・・・ええ、去年エラズリー姉さまがジャパンカップで負けて悔しかったわよね。良く分かるわ。アタシも生放送を見ていたもの。

でもね、アタシ、怖かったの。あの時の目線が、必死さが。

あのエラズリー姉さま以上を求められたことが。勝手に祭り上げられた事が。失敗したらどうしようかって。それを言い出すことが。失望されることが。

怖かった・・・・。

 

・・・・そっか。ありがとう。

うん、まだ全部は受け取れそうにないけれど。でも、頑張ってみるから。

だから、アタシを見ていて!

 

ふっとフォークインは息を吐いた。

彼女に纏わりついた黒いモヤは、だんだんと黄金に輝き始めて。

まだまだ目の前のそれに比べれば暗かったけれど、でも今彼女は背中を押されて前へと進んだ。

 

二つの黄金がレース場を彩る。他の全てが色褪せる程に。

ただやはり、質も量も片方の黄金が勝っていて。その差は1バ身という数値となって表れた。

 

フォークインはどこかすがすがしい気持ちで、空を見上げた。

負けてしまったわね・・・・。

1バ身先の、どこまでも大きな背中を思い出して、そして彼女は振り返った。

そこには、去年の失望と絶望の目など無くて。ただ彼女の走りに対する称賛と労いだけがあった。彼女は十分にニュージーランドの力を示した。

 

「アタシたちの望んだ栄光は残念ながら今回手に入れられなかったけど、でも来年皆の期待に応えて取ってみせるわ!」

 

彼女は後の会見でそう宣言して、来年それを有言実行したのだった。

*1
中央「あいつ地方に良いのを見つけたら間違いなくまた飛ぶから、先に制度を作っておかないと……」




Q:無敗が続くのヤバくない?
A:まあ大丈夫じゃないでしょうか。リアルと違ってお金の問題があまり絡みませんし。
それに、スポーツはやべーのが暴れても割となんとかなります。
女子レスリングという狭い競技で、世界大会16連覇して怒涛の200連勝かましても競技として問題なく続いたんですよ?それより競技人口も競技人気も桁違いなので問題ない、はず。
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