神隠し   作:月給40円

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1話

「よくまあ、すぐにグーグーと寝れるな………。」

 

 

昼食を済ませ、心地よい環境に身を置いていた上司は座席を倒し、いびきをかいて熟睡している。

すぐ真横が森の為、木々が自分達を覆いつくし日陰となっているので窓を開けると涼しい、ひんやりとした空気が車内に入り込み体感温度は一気に下がる。はっきりいうとクーラーなんぞをつけなくてもいいぐらいである。ふぅ、と軽く息を吐き自分も少し寝ようとおもったのだが……あまりにもいびきがうるさいので車内から出て、軽くストレッチをする。外回りに使う公用車をふと見ると、所々が拉げて、錆が目立つおんぼろなスクラップに見えて仕方がない。

………それにしても長閑な場所だ。見渡す限りの田畑に、鬱蒼とした森があちらこちらに広がり遠くには雄大な山々が連なって見える。近くの用水路からは水の流れる音が辺りに響いている。そこかしこで蝉の鳴き声がしているのを耳にすると、日本の夏といったものが如何に素晴らしいかと思ってしまう。……最近は異常気象で暑すぎるという事もあるが、こうして自然に囲まれた夏らしい夏、原風景というものが感じられるような気がする。

 

 

 

今居るこの場所は、宮城県の瑞樹町(みずきまち)という。年中を通して温暖な気候に恵まれた土地であり、果樹栽培が盛んに行われている。農業や林業などが主要産業と言えよう。

昨今は農家の減少などが話題となっているが、この瑞樹町も避けられない話ではあった。そんな町を盛り上げようと特産品である苺を使って町おこしをしようと行政や事業者共々連携を始めたのが数年前。初めは苺農家単体で、苺狩りであったり食べ放題なんてものをするだけだったのだが、町内にあった潰れたパチンコ店の土地を町が買い取り、道の駅を建てたのだ。そして苺を使ったスイーツとやらを出した所これが見事に当たった訳である。SNSが主流の情勢下ではあっという間に話題が増え広がり、平日休日問わず観光客で埋め尽くされるようになった。駐車場を増設するもなお足らない程までになる。観光ツアーのコースにも組み込まれたらしく外国からの人も見るようになった。

それに応じるかのように移住者などもちらほらと増えてきた。町内唯一の駅周辺には新しい分譲住宅なども見られるようになった。

少し前までは静まり返っていた土地が一気に活気づく。だが嬉しい悲鳴もあればただの悲鳴もある。地元民にとって当然弊害となる事も出てくるのだ。なんとも難しい所ではあるが………。

 

 

そんな町の職員として勤務をし始めたのが去年からで、高校卒業後直ぐの入庁となる。町役場も少子化と人手不足には抗えないようで同期はなんと自分を含め3名しかいない。それも大卒区分と専門職で入ってきた2人らしく、入庁式の際雑談する程度で後は会うこともなくなった。どうやら1人は政策課なんていう花形へ、もう1人は町立病院へと配属されたと聞いた。そんな自分は観光推進課という部署への配属となった訳だ。この中では一番の若手である自分を周囲は可愛がってくれている。こだわりが強い人やクセの強い人はいるがそんな事は気にならないくらい良い職場である。

業務量に関しても現状忙しく感じる事もないし、定時には必ず帰ることができる。給料に関しては……安くは感じるが。しかし物価は都市部と比べると安いし今借りているアパートだって、破格の家賃なので全く困ることもないのだ。

安定志向な自分にはまさにぴったりだし、波風立たずに生活してゆきたいと思っていた。

 

 

───────────────────

 

さて、話は冒頭に戻る。現在観光推進課では、あの道の駅に一極集中した観光客を分散させてより瑞樹町の活性化を促そうとしている訳だが、他に何か名所や名物となるようなものが存在するかというとあまりないに等しい。神社であったり、旧家の屋敷や蔵など県の指定文化財として知られている場所はあれど、呼び込むためにはパンチが足りない気もする。少し外れた場所に温泉があり、所謂擬人化したキャラクターなどを使って客を呼び込むなども行ってはいるものの、まだまだ未知数と言うべきか思ったような集客は見られていない。当然始めたばかりの事なんてどのように転がるかは分からない。焦りは禁物だと推進課は落ち着きを払っているのだが、町長があーじゃないこーじゃないと口を出す為仕方なく現地調査という名目で町内を周り、何か起爆剤となるような所を探し回っているのだ。………ベテランの職員達ですら他にはないだろうと言っているのだから無いに決まっている。無駄足もいいとこなんだろうが、役場に詰めているよりも外回りをしていた方が気楽ではある。

 

 

 

………日陰を少し出ただけで焼き尽くすような日射が全身を覆う。オーブンレンジにでもいるような程に暑い。一つ、近くを流れる川にでも飛び込んで全身を冷やしてしまいたいぐらいだ。

そんな風に考えつつ畦道を少し進んでゆくと、左右そして真っ直ぐに進む道が見えた。右は用水路の奥側に水門、そして倉庫が見える。土地改良区が使用しているものだろうか。左はまた一直線に畦道が広がるだけ。こちらの方面には来たことがないので、下手に行くと迷ってしまいそうになるな。

と、来た道を戻ろうとした時にチラッと視線に紅い何かが映った。二度見するかのように前を見据えると、この田畑に囲まれた一直線の畦道の奥、正面にある山に鳥居が見えたのだ。こんな所に神社が?とも思ったのだが、何やら面白そうではあるので見てみようと足を進める。

 

 

 

 

近づくにつれて見えてきたのは、上の方へと続く石段にどっしりと構える朱色の鳥居だった。こういう田舎にある神社というものは雰囲気といったものを感じる。内心ワクワクしながら、一段一段登っていく。手すりがないので少しバランスを崩したら下まで転げ落ちそうにもなってしまう。周囲が木々に囲まれているので薄暗く、湧き水なのだろうか石段の途中が水浸しになっている箇所もあるので注意深く踏みしめて登る。30段ほどあっただろうか、少し息を整えてから鳥居を抜けると目の前には妻入造のよく見るような拝殿が薄暗がりの中に建っている。山の中……ひんやりとした空気が今が夏ということを忘れさせてしまう。なんなら肌寒いぐらいだ。

 

先ほどまでの蝉のけたたましい鳴き声などは一切聞こえない。静まり返った空間の中、時たま葉擦れの音だけが耳に入る。拝殿の付近を見ても特に何が、と言った具合でまあ、なんてことない神社だなと思う。由緒板なども見当たらないのでさっぱり情報が分からない。そう、戻ろうとした時だった。背後から砂利を踏みつけるような音が響く。……他に人が居ただろうか?いや、自分だけの筈だ。

 

 

 

直ぐ様振り返ると、女性が目をまん丸くしながらこちらを見ている。ぱっと見、10代後半ぐらいの歳……学生だろうか。

制服に身を包んだ、見目麗しい女性が立っている。目鼻立ちのくっきりとした、そのあまりにも整った顔立ちと場違いな服装、空気に畏怖すら覚えてしまう。

一体……何処から?いや、確かに社務所らしき建物はあるがいつの間にやら……。まるで人の気など感じなかった。

双方が一瞬固まってしまったが、昨今の情勢下を顧みると不審者に思われても仕方がない。直ぐ様、その女性へと話しかける。

 

 

「あ、これは失礼しました!えっと……丁度こちらの神社をお見かけしたものでして……。」

 

「…………そうですか。」

 

「え、えっとですね、いや怪しい者ではなくて……。そうだ、これです。」

 

首からかけ、胸ポケットに入れていた職員証をすかさず出して彼女のほうに向ける。

 

「瑞樹町観光推進課の佐藤と申します!実はこの辺りの調査で来ていまして、たまたまですね鳥居が見えたのでお邪魔させて頂いた次第ですが………。」

 

「成る程……そうでしたか。」

 

「いや〜それにしてもこんな所……ってな言い方は失礼かもですが、神社があるとは知らず……。いつ頃創建されたものなんでしょうかね?」

 

「えっと……平安時代です。」

 

「へ、平安時代!?え、1000年以上の歴史が………?」

 

「そうですよ。」

 

「いや凄いもんですね……。今まで知らなかったです。まさかそんな古い歴史を持つ神社があるなんて………。」

 

「少し人里離れた場所ですからね。あまり目立たないでしょうから……。」

 

「はぁ〜……。いや驚いた……。」

 

 

ジロジロとこちらを見る彼女になんとなく気まずさを覚えてしまう。こちらの身分は明かしたものの、まだなんとなく不審がられているのではないか、そう思いなるべく早めに立ち去ろうと『それでは、お話ありがとうございました。』そう告げてその場を去る。

あの泥濘んだ急な石段を降っていく最中、またあの鳥居を見上げる。………これ程の歴史を持つ神社ならば、名所として取り上げることが出来るのではないか?だが、既に知られている可能性もあるな。一度確認して見るか。

石段を降りきり、一歩出た瞬間にまた猛烈な暑さが全身を包む。先ほどまでの涼しさは何処へやら。しかしあの、異常とも言っても過言ではない静けさと猛暑を忘れられる涼しさ……何よりあの雰囲気。

有名どころの神社なんかよりも名も知れぬ、ああいった場所のほうが自分は好きだ。妙な胸騒ぎと、疑問を覚えつつも穴場を見つけた達成感と高揚感にそれらは流されてしまう。それに、彼女。あの麗しい顔を間近で見たことにドキドキとしている。あんなにも美しい人を見たのは初めてだ。跡継ぎか何かで今は手伝っているとか……巫女……という訳でもなさそうだし、社家か何かなのだろうか?

とにかく、彼女にまた会うという一つの楽しみが増えた。この課に配属されて良かったとしみじみ思う。

 

あの畦道を戻り車が見えてきた頃には、あいも変わらずうるさい、いびきが聞こえてくる。昼休みが終わる時間も近づいてきた。早めに起こして次の場所へと向かうとしよう。

 

「係長。あれ……係長。」

 

「ん……?なに……?」

 

「昼休み後ちょいで終わりですよ。」

 

「えっ……ヤバい、今何時?」

 

「今は12時55分です。」

 

「あ〜……。まだ5分いけるじゃん。」

 

「いや絶対無理ですって。前もそんな事言って起きられなかったじゃないですか。」

 

「あー……。分かったよ。」

 

 

のっそりと座席を戻し、大きな欠伸をしてから背を伸ばす宮前係長を眺めているとまたしてもウトウトとしだした。

 

「ちょっと、大丈夫ですか?次の場所に移動するまでに事故なんて起こされたら堪りませんよ?」

 

「あ〜……大丈夫だよ。」

 

「本当ですか……?」

 

「ま、取り敢えず寝て頭はスッキリしたよ。さ、じゃあ移動するかね。でさ、次は何処だっけ。」

 

「次はですね。多田羅神社(たたらじんじゃ)ですね。境内にある最近出来た茶屋で提供しているスイーツとやらが人気らしくて……。」

 

「苺の……何だっけか。」

 

「大福……とのことです。」

 

「もう既に知られてたりしないかねぇ……。」

 

「茶屋自体がSNSを使って発信はしているものの、今一らしくて……。」

 

「多田羅神社ねぇ。確かに地域住人が集まる場所ではあるけれど観光客はさっぱりだよね。」

 

「そこが一つのきっかけになればいいんですけどね。我々のほうでも、町の観光マップやSNSのほうでプロモーションしていければと。」

 

「まあ、まずは確認か……。」

 

「……………そういや、係長。」

 

「ん?どした。」

 

「いや、神社の繋がりなんですけど、あっちの道を真っ直ぐ行った所……さっき散歩がてら行ってみたんですが正面の山に神社があったんですよ。」

 

「………神社?」

 

「そうです。中にいた女性……ってか高校生らしき子に確認したら創設が平安時代からなんていう話でして………。」

 

「………そっか。まあ、とにかく出発しようか。」

 

「へ?あ、あぁ分かりました。」

 

 

興奮気味に、自慢気に話してみたのだが返ってきた反応はまるで創造していたそれとは違うものだった。何やら冷めたような口調で興味を示さない、いや示さないようにしている風にもとれた。係長はそのままシートベルトを締めて、全開にしていた窓を閉めると冷房を一気に入れて車内を冷やしていく。

あまり興味がないのだろうか、まあとにかく地図でナビゲートしなければと、手元にある町内マップに目を落とした。

 

─────────────────────

 

…………現地調査とは名ばかりに、ほぼ参拝を済ませただけに過ぎないのだが現地の様子を詳しく知ることが出来た。確かに名物の苺を使った大福とやらはもっと人気になっても良いぐらいだ。神社に関しても創設は室町時代にまで遡るということらしく、由緒ある場所との事である。……多くの人達が町を活気づけようと試行錯誤して様々な取り組みを行っている様子を見て、自身もより一層励まなければいけないと感じる。そう思うと、やはり先ほどの神社も一つのきっかけとなるのではないか。自らの手であの場所を観光名所の一つとして発信出来れば良い。そう思い、係長の待つ車へと急いだ。

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