この瑞樹町の駅周辺を見るだけで、まるで都会ではないか、発展した土地だ、なんて騒ぐ人がいるが大きな間違いだ。
彼らの言う発展した土地とやらは、ローカルスーパーであったり、パチンコ店、駐車場がやけに大きいコンビニや、全国的に展開しているチェーンスーパーにドラッグストアが併設されているような場所のことである。しかしこれらも立派な娯楽となるのだ。昼間に行けば、地元民と店員がそこかしこで井戸端会議をしている光景を見れるのだ。都会ではあり得まい。
地方ゆえの緩やかさ、と言う風に括ってしまえばポジティブな見方も出来る。
この場所に自身は不満などは抱いてはいないが、学生達はそうも行かないだろう。なんせ学生の内から遊べるような場所はパチンコ店を除けば、スーパーの一角に併設されたゲームセンターのみとなる。それも、大半は幼児向けの遊具なんかで占められているので結果としてはないと言ってもいい。電車を使って隣の森田市まで出れば、カラオケや大きめのゲームセンター、ショッピングモールなどがあるので町内で放課後や週末を過ごそうという学生は居ない。
道の駅効果なのか昨今の地方移住ブームのおかげなのかは知らないが、移住者がじわじわと増えて駅周辺には分譲住宅が建ち並ぶようになったので、町としては複合施設の誘致をしているのだが果たして上手くいくのか。
今の流れで行けばひょっとして……なんていう期待も出てくる。
窓から駅前の光景を眺めつつ、ぼーっとしていると係長が話しかけてきた。
「ここも少しづつ変わってきたよなぁ。ほんの前までは考えられなかったよ。」
「自分が入る前はどうだったんですか?」
「いやぁ、そりゃ酷いもんだったよ。あの道の駅が出来てからじわじわ発展してるからね。」
「まあ、それでも娯楽という娯楽は……。」
「そりゃあ森田市と比べればさ、人口比率も違うわけだしあっちは企業の工場誘致が成功してるからね。集まる場所には色々と集まるもんでしょ。………それでも町は本当に変わったよ。ただ、まだまだだね。もっと町全体を盛り上げなくちゃ。」
「そうですね………。ちなみに酷いもんだったとはどのぐらい………」
「今は駅も綺麗になったし、駅前には飲食店とか増えてきたでしょ?前なんか駅は薄暗いし、駅前もシャッター通りで活気なんてものがまるでなかったんだよ。」
「成る程…………。」
「たださ、複合施設を誘致しようって話あったじゃん?あれが実現したとして今度はこの辺りの個人経営のお店なんかがどうなるのかって話にもなるんだよね……。人の流れがそっちに向かってしまうなんてことにもさ。」
「いっその事、その中に移ってもらうとか………。」
「う〜ん………。なんともねぇ……。」
「もし実現したら、学生達なんかは遊べる場所が出来て有り難いでしょうね。」
「まあ、森田市まで行かなくてもって感じだろうね。」
と、係長と話をしている間に車は役場へと戻ってきていた。茶色の古ぼけた3階建ての建物で、ぱっと見図書館や地区センターなんかと勘違いされそうにもなる。町章が壁面に取り付けられているのだが、数年前の台風の影響でやや斜めに傾いているのも見慣れてしまうものだ。
来庁者用の駐車場には数台の車が停まっており、職員用の駐車場には自分達が乗っているようなおんぼろの公用車が数台停まっている。公用車に関しては買い替えなどをしてくれと職員一同が上層部に言っているのだが、とにかく予算が、予算がと一切の進展が見られないので、全員諦めたも同然である。丁度帰ってきた頃には時刻は14時50分頃と、暑さもピークの時間となっていた。
駐車場に車を停め、エアコンを切った途端にサウナのような暑さが戻って来る。2人して直ぐ様庁舎の中へと駆け込む。
正面玄関の自動ドアが開いた瞬間に底冷えしてしまいそうな程の冷気が頬を撫でる。少し冷房を効かせすぎなのではとも思ってしまう。1階を見ると、税務課や町民課などの部署は慌ただしそうにしているのが見えた。窓口に並べられたパイプ椅子などは来庁者でいっぱいになり、あちらこちらで電話が鳴り響いている。
激務とされるあの部署にはなんとか配属されずに済みたいものだ。通常2.3年のサイクルで配置転換があるとの事だが………。
観光推進課のオフィスは2階の端にある。夕方になると西日がかかり窓際の席はブラインドを下げたとて、じわじわと熱気が背中に迫ってくるまでになる。古い庁舎はどこかしらに不調が見られ、ぴったりと閉まらない窓もその不調の一つと言えよう。
そんな外れとも言うべき席で、袖を捲り団扇をひたすら扇いでいた同僚へと話しかける。
「暑そうですね。」
「暑い。冷房付けててもなんでこうも暑いのか不思議だ。」
「窓際はキツイでしょうね、なんかもうじわじわ窓から熱気を感じますもん。」
「あ〜……。このおんぼろ庁舎も早く建て直ししてくんないかな……。それが出来なきゃせめてエアコンだけでも最新型へ…。1階はさ、直接町民とのやり取りがある訳だからその辺りすぐに手を打った癖にこっちはほぼ放置だからな。働いてる職員の事も考えてくれってんだ。」
「ははは………。」
「そういや、係長と外回り行ってきたんだろ?どうだった?」
「多田羅神社ってあるじゃないですか。ほら、あの……」
「苺大福の所だろ?よく家族が買ってくるから知ってるぞ。」
「あ、そうなんですか?」
「最近出来た茶屋ってのがあるんだろ?」
「あぁ、そうです。そこですよ、さっき行った所は。」
「で、どうだった実際。」
「良いと思いますよ。ただ宣伝が足りないっていう所と駅から離れているので、実際に観光客なんかが行くにはアクセスが不便かなとは思います。」
「成る程ねぇ……。」
自分のデスクへと戻り、調査書を纏めて提出しようかと思った矢先、端末の端に付箋が貼られていることに気がつく。
『瑞樹さんという 女性の方より14時47分頃着信ありました。折り返し希望との事です。022-☓☓☓-☓☓☓』
大雑把にそう書いてある。何処の誰なのか全く分からない。そもそも何の用事かすら分からない、この付箋だけでどうしろというのか。折り返し希望と言われたら、電話する他ないだろう。文字からして斜め向かいにいる星野さんなんだろうが……。
「あ、星野さん電話ありがとうございます。」
「ん?大丈夫、大丈夫。なんか女性ってか若い人っぽかったよ。ご要件は?なんて言っても佐藤さんに用がなんていう風に言うもんだから取り敢えず席外してるんで折り返しします、って言ったらさ電話番号だけ早口で伝えてそれじゃ、で切れちゃうもんでさ〜。」
「はぁ……。」
「イタ電にも思っちゃうよあんなの。そもそも最初に名前をだね……」
………相変わらずクセの強い人だ。言っていることはもっともな事なのだが、言動かとにかく
「じゃあ電話しちゃいますね。ありがとうございました!」
「あ、うん。」
危ない所だった。あの調子じゃあ、30分は拘束される。また何か言われる前にと受話器に手を伸ばし、付箋に書かれた番号を見ながらボタンを押していく。果たして誰なんだろうか。保険の営業やらじゃなければいいが。
「…………もしもし。」
「もしもしー?あ、失礼致します。瑞樹町観光推進課の佐藤と申しますけれども、こちらは瑞樹様のお電話で間違いはないでしょうか?」
「はい、そうです。えっと、先ほど会った瑞樹と申します。」
「み、瑞樹様ですか?えっ〜ど、どちらかでお会いした……」
「
「攫門神社………?神社ってなると……もしかして、あの〜最戸地区にあった山の中の……。」
「そうです、そうです。あそこでお会いしましたよね。」
「あぁ〜……。確かに、はい。お世話になります。本日はどういったご要件で……。」
「いえ、その詳しくお聞きしたい事があってですね。」
「えぇ、なんでしょうか?」
「佐藤さんは、こちらの神社にこられた事は初めてなんですよね?」
「まあ……そうですね。」
「ちなみになんですけれど、迷わずにこれましたか?」
「はい?」
「迷わずに拝殿まで来られましたか?」
「迷わずに……まあ、下の畦道は一本道でしたので。」
「いえ、山の中に入られて石段を登られた際にです。」
「…………勿論ですよ。石段、普通に上がってお伺いした形です。」
「へぇ………。」
「何か……ありましたでしょうか?」
「いえ、全然何も。それより佐藤さんはまたこちらに来られますか?」
「うーん、そうですね。自分としましても非常に興味が湧くといいますか、ああいった厳かな場所が好きなものでして、また伺わせて頂くかもしれませんね。」
「そうしたら、今度は私がご案内しましょうか?」
「案内……ですか?」
「えぇ、是非来て下さい。」
「……いや実はですね、観光推進課に所属してるものなんで、町おこしとして目新しい名所とか、隠れ名所ってものを探していたんですよ。丁度最良のタイミングでこちらとしても有り難いです。こちらこそ宜しくお願いしますね。」
「観光……ですか。……。」
「あ、そういった感じではないですか………ね?」
「いえ、全然大丈夫なんですけれども……。」
「………………?そうしたら今後については詳しくその時お話させてもらえれば……。」
「分かりました。いつ頃来られますか?」
「いつ頃………。まあ外回りの際ですかね。」
「そうですか。そうしたらそれまで待ってますね。」
「えぇ?待つ……?あれ、確か……学生さんでしたよね?」
「……?そうですが。」
「え、学校に行かないとマズいのでは……。」
「いえ、折角来られるのですから。案内のほうが大事でしょう?」
「いやいや……。流石に………。」
「そうしましたら、学校終わりに待ち合わせとかは如何ですか?」
「あー……。そうですね、分かりました。取り敢えずその〜…日程に関してはまた……。」
「じゃあまた連絡してもいいですか?」
「と、取り敢えず日程決まりましたらこちらから連絡させて頂きますよ。」
「分かりました、じゃあ宜しくお願いしますね?佐藤さん、ありがとうございました。」
通話が切れる。怒涛の展開と言うべきか、流れ流されてあっという間に約束のようなものを取り付けられてしまった。業務外の行動になると言えばなってしまうようなもので、あまり接触は避けたい所ではあるのだがやはり観光名所が……といった大義名分を使えるのでその辺りは有り難い。何より彼女と2人で会えるという楽しみ………。いや、待つんだ。
自分の年齢は19歳であるので、彼女とは1.2歳の差ぐらいだろう。だが、相手は学生だ。それもまだ素性の分からない女性である。
対して自分は社会人……。これは危ないのではないか?ひょっとしたらSNSで拡散されるかもしれない。何処で誰が見ているか分からない中で、取り分け注意深く行動するべき職業に就いた人間が、些か軽率が過ぎるのではないか。
………どうするべきか……。……報連相か。まずは報告すべきだ。
困った時の係長頼み、要点をかいつまんだメモを片手にデスクへと近づく。
「今宜しいですか?」
「ん?」
「ちょっとばかし相談なんですけども……。」
「どうした?」
「あの〜さっき自分が話してた神社あるじゃないですか?」
「…………あぁ。」
「えっと、ですね。そこの宮司さん……なのかな、多分娘さんというかご家族の人かもしれないんですけど、先ほど電話を貰いましてね。是非案内したいと……。」
「そっか………。……ふぅ……。いつ頃行くの?」
「いや、それがまだ決まってないので決まり次第再度連絡しますと伝えました。」
「ちょっと確認だけいいかな?」
「………えぇ。」
「確かに、佐藤君が見たのは神社なんだね?」
「……そうです。」
「あの、山の中なのは間違いないよね?」
「……はい。」
「どういう人と喋ったのかい?」
「えっと、10代後半………高校生でしょうか。女性でした。」
「ちなみにだけど、何かした?」
「えぇ!?いや、してませんよ!ま、まさか疑ってるんじゃ……」
「いやいや、疑ってる訳ではないから。安心して。ただ、何をしたっていうのはさ例えば……何かほら、参拝したとかという意味で……」
「参拝……?いや、全くしてません。ただ、ウロウロとしていたらそこにいた……えっと〜瑞樹さんって方に話しかけられただけです。」
「………成る程。」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、必死に何かを探ろうとする係長がボリボリと頭を掻きむしる。やはり断ったほうが良かったのだろうか?業務からかけ離れた行動としてとられてしまったのであれば非常にマズい。
「その、すみませんでした。」
「えっ!?何が!?」
「いやそのー……今回の件、対応がやはり間違っていた……」
「いやいや、そんな事ないよ!大丈夫、大丈夫!」
「そうですか……?」
「うん、うん。観光名所って所で判断したんでしょ?なら大丈夫だよ!」
「はぁ………。あ、そうしたら係長も一緒に来ますか?」
「いや、僕はいい。佐藤君が呼ばれたんだから。」
「いやそうしたら、高校生なんかと2人っきりに……」
「事情はこっちでも把握してるし、全員に周知させとくから気にしないでくれよ。」
先ほどまだの態度も気になるが、皓い歯を見せながらにっこりとする係長の変わりように、気味の悪さ、そして蟠りが少し溜まったような気がした。