神隠し   作:月給40円

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3話

 

 例の件を話し終えた後は、いつも通りの事務処理が待っている。

バインダーに綴じられた起案書の数々、報告文や写真の添付された通知文など……。まだまだ未知の世界でも覗いているかのようである。数字にはめっぽう弱いもので、所定の枠組みにうちこんでいくまでならまだしも、EXCELなどの関数などを一から作らなければいけないとなると非常に難しい。

なんとか上手いことやれないかとファイル内を探していた所で前任者……どうやら増田という人が作成したであろう一つのファイルを見つけた。中身はと言うと、事業者へ向けた通知文であったり、旧式の補助金交付申請書の原本であったりと、削除されることなくひっそりと保存されていた。どれを見ても保存日が数年前で止まっているので、途中でファイルが開かれたり、変更を加えられる事なく放置されていたのであろうか。

その中で1点、目に止まったものが町内ガイドマップというものだ。

今使用しているものに関しては、デザインから印刷までを一括でコンサルに依頼しているのだが、以前まではそういった知識を持つ職員がデザインをしていたらしい。当然印刷は別になるが、発注費用を浮かせることが出来るとの事で、上層部にとっては有り難い事ではあったらしい。この増田、という人については前任者で自分の席に座っていた人としか分からない。後は元々デザイン関係の仕事をしていた為、このガイドマップとやらのデザイン担当として抜擢された……と。しかしそれ以上はあまり話されない事である。そこまで気にもならないし、ただ単に異動したのだろうと思っていた。

 

 

 

と、そのマップを見ている内に気がついた事がある。ある箇所、そうこれを見ると最戸地区のある辺りのみ黒く塗りつぶされている。

……あまりにも不自然なそのマップ。デスクから現在のものを取り出して、見比べる。………ここは畦道で、この辺りとなれば……。あの山なのか……?

ここで通常の地図を取り出して更に詳しく調べる。地図記号では田があり……針葉樹林の記号……そういえば前に車を停めた場所の隣に森があった。そうだ、そしてこの道を……。山の地図記号のみ……。やはりそうだ。攫門神社、そう彼女が言っていた場所になる。間違いないだろう。……だが、何故だ。神社があるのならば記号も載っている筈だろう。まるで何もないかのような記載のされ方ではあるまいか。そして何故黒く塗りつぶされてもいるのか。

編集機能自体にロックがかかり、パスワードなんてものも知るわけがないので、現状このように見比べるしかない。

 

 

暫く悶々としていたが、時刻も早16時を回っていた所なので仕事を進めていく。………先ほど見たあのマップ、そして今のマップをもう一度見比べてみたのだが、やはりあの箇所だけぼやかされているとでも言うのだろうか、畦道なども省略……いや消されており何も存在しないかのようになっていた。当然、流通している地図には通常通りの記載があるので何故かこの(・・)が発行しているものに関してのみ、となる。

キーボードを叩く音、1階から微かに聞こえるコール音や会話などが耳の中を通り抜けていく。静まり返った室内に何故か気まずさすら覚えてしまう。

 

───────────────────

 

17時15分、定時である。我先にと管理職が帰るので非常に有り難い。5分もしない内に、あっという間に人気がなくなっていく。今日は色々とあって疲れた。普段は自炊をするのだが、今日に関してはスーパーにでも寄って弁当でも買おうか。ふつふつと考えながら、荷物をリュックへと入れていると、横から能天気な声が聞こえだす。

 

「よう、お疲れ。もう帰る?」

 

「はい、帰ります。」

 

「てかまたバイク通勤?車で来ないの?」

 

「停める場所空いてましたっけ?職員駐車場の一番端っこがほら、古いデスクなんか置かれてしまってて……。」

 

「あ〜……。そういやそうだったな。いよいよ新しく交換かと思いきや、総務課やら政策課の連中のだけとか酷いよな。」

 

「というかあれよく盗まれたりしないですよね。」

 

「まあ、防犯カメラもあるし車通りも多いから大丈夫だろ。逆にあんなボロボロのヤツを盗んでくれたほうが産廃費もかからないから有り難いだろうに。」

 

「ははは………。」

 

「まあ、後ちょいで空くだろうし辛抱だな、辛抱。」

 

「いやそもそも車を持ってないんですよ。」

 

「………そっか。………まあ、もし買う予定あったら良いところ紹介するよ。」

 

それじゃあ、と去っていく同僚を見送り自身も帰路に着くことにした。

 

 

 

………17時半を過ぎたが、まだ明るい。そして暑い。バイクに跨ると、スピードを出して県道を走っていく。丁度帰宅時間帯という事もあって森田市方面は混んでいるが、途中の抜け道を使えば10分近く早く帰宅出来ることに最近気がついた。地元民ですら使わなそうな鬱蒼とした林を抜け、ひたすら田園風景が続く中を進めばアパート近くにある自動車整備工場の裏側へと着くのだ。

 

信号を左折して駅前を通り、次第に広がっていく田畑を眺めつつ畦道を真っ直ぐ行くと、蔦の絡まったカーブミラーが出迎える林道が姿を現す。サイドミラーでちらりと後ろを見れば、誰一人自分以外にこの道へと入っていく車などは居ない。徐々に沈んでゆく夕日に照らされた疎らな車列が照らし出されている光景から、正面に目を向ける。奥に進めば進むほど、光は遮断され空気は冷たくなってゆく。この頬に伝わる冷たい空気、自然の生み出した柔らかさを感じる自然な空気だ。

ふと、あの神社での事を思い出す。確かに山の中に位置するあの場所でもひんやりとした空気、深い木々に囲まれた所であるので涼しさを感じたが、何かが違う。張り詰めたあの空気……肩を怒らせてしまう程に、空間そのものに見張られているかのようなあの場所を………。

次第に落ちてゆく夕日と共に、闇が周囲を包み込む。バイクエンジンの音と、タイヤが落ちた枝を踏む乾いた音が周囲の林へとこだまするかのように響いた。

 

 

 

 

………何か違う。こうも時間がかかるだろうか?いつもならば、6.7分程走らせれば工場の燦々とした看板の光が見えてくる筈だ。だが今に至っては、ヘッドライトを頼る他ないまでの闇にいる。

街灯まではいかずとも何かしら明かりはあった方が良いのではないか。ただ、この林道は使う人は限られているだろうし夕方や夜にここを歩くなんて者はよっぽどの豪胆さを兼ね備えた人物か、昨今の心霊ブームに乗っかった動画配信者ぐらいだろう。

 

心の中では明るく、まるで一人芝居をしているかのように小声でまだか、まだかと言いながらバイクを走らせているのだが一向に見えてこない光、そして出口へとたどり着かない様子を見て不安が過る。道を間違えたのか?だが、間違える筈もない。一本道なのだから。……いや、間違えたのかもしれない。自身の失態を認めざるを得ない光景があるからだ。

目の前にあるのは、ヘッドライトの明かりでごく一部のみ照らされた鬱蒼とした林のみが広がる。道が消えているのだ。ここまでくれば、もはや不安などではなく底冷えする恐怖のみが全身を支配する。何故だ?後ろを振り向き、来た道を急いで戻ろうとした時に視界の端に何かが映り込む。

バイクを少しその方向へと向けて、またライトを照らすと小さな倉庫……いや倉庫などではない。あれは………。

 

 

エンジンをかけたまま、ヘルメットを脱ぎバイクから降りる。本当はこの状況ならば、来た道を引き返すことが自分の中では最善だろうと思う。誰だってそうする筈だ。だが、今は一歩一歩闇に向かって歩き出している。まるで誘われるかのように。ヘッドライトでは物足りないような気がした為、ポケットからスマートフォンを取り出して、ライトで辺りを照らす。あの建物らしき物は20数歩歩いた地点に、ぽつんと佇んでいた。そう、小さな社がある。

 

末社……なのだろうか。いや、周囲に神社などはない。何故こんな所に社が……。ただ、この朽ち果てた様子から見るに数十年といった歳月を重ねてきたのだろうという事は分かる。

この空気と雰囲気に気圧されることなく、足を進めて近づいていく自分を止めようとするが、まるでゼンマイを仕掛けられているかのように止まることなく、意思に反して奥へと進んでゆく。アドレナリンが出ている、怖いものなんかないと意地っ張りになっているといった具合ではない。とうとう、その社の目の前まで来てしまった。当時は見事だったであろう堀や虹梁は雨風によって浸食され、風化している。屋根に至っても見るも無残である。

そして、開ききった御扉からちらりと何かが見える。ライトを向けると、木の破片のようなものが置いてあった。

触るなんて、罰当たりだ。本来勝手に触れてはいけないものだろう、こんな事はごく当たり前の事であってまともな情操教育を受けていれば誰だって分かる筈なのに、それなのに………。

 

分からない。何故だ?何で、手が?先ほどと同じように意思をねじ曲げられるかのように動き出し、その木片を掴み取る。

すすっと、社から取り出したその木片を目の前まで持ってきた瞬間にふと、鎖から解き放たれたように手足が軽くなり後ろへと倒れ込んでしまった。

その衝撃で勢いよく尻もちをついてしまう。下が土ではあるものの、木の根などが張り巡らされているので痛いことに変わりはない。だが、手元へと目を向けるとその痛みすら忘れてしまう。

あの木片、いや人の形をした木の人形と言うべきか。その人形が胴の部分からパキッと割れてしまっている。真っ二つだ。

こうなってしまった以上、恐怖なんてものを感じている暇はない。勝手に社の物……神具かもしれないし、それこそ見た感じ何百年前という年数を重ねた物、貴重な資料を………。一気に顔が青ざめてしまう。とんでもない事をしでかしてしまった後悔と今後の展望を軽く見通しただけで、そのお先真っ暗な未来に絶望するしかない。

懲戒解雇……賠償……記者発表……個人特定………。

 

 

 ここで、最悪の選択をしたのだ。そう、その人形を元に戻してその場から立ち去る選択だ。何も見ていないし、何もしていない。

例えば……たまたま社を見かけた際に何かが落ちているのを見かけた……。そして拾って元に戻したと………。そういう風にしておけば最悪バレたとしても、既に壊れていたという事に出来る。

罰が当たったらそれは因果応報かもしれない。そんなものは信じない性格だがこの件に関しては呪われたって文句は言えまい。

そっと、その2つの破片になった人形を戻し、ヘッドライトの光る方向へと走り出した。

 

今思えば、これがすべての始まりになるとも思わなかった。ただ一つ後に思い出した言葉、それが『触らぬ神に祟りなし』という諺であった。

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