神隠し   作:月給40円

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7話

 

末社、確かにこの目で見たはずのモノがある。

その朽ちかけた御扉の奥にあるものは、この手で掴み、壊してしまったあの木で出来た異様な人形が。そして、遺跡から出土したものと同じ⋯⋯あの、人形が。呆然とその光景を暗澹としたこの空間に留まりただ見据えているしか出来ない。

 

その時、彼女の手がすっ、と自分の手首を強く握った。

反射的に避けようともしたが、引力に引き寄せられるように掴まれてしまう。

その指は冷たく、まるでドライアイスを皮膚に貼り付けたかのように離れない。夏の暑さが消えた、この森の空気が重く伸し掛り沈む。その愛くるしさと美しさを混ぜ合わせたような、一度見れば男だろうが女だろうが、虜にしてしまうような笑みを浮かべる彼女が⋯⋯恐ろしい。

 

 

末社の奥、薄暗い末社に安置されたその木の人形を、この闇を切り抜いて出た僅かな木漏れ日が照らし出す。

同じ――いや、あの時は暗くよく分からなかったが、人形の全体に薄く、そう薄く文字が刻まれていることがこの瞬間分かった。

なんと書かれているかはまるで判読できないが、呪文のように夥しくそして荒々しく書かれている。

 

 

「ねぇ、佐藤さん、そんなに怖がらないでください。」

 

 

彼女の声は甘く蕩けさせるような、蜜のようである。だがそれはあまりにも異質だ。異質過ぎるんだ。その微笑みとは裏腹に、鋭く冷たくまるで蛇のように自分を捉える。

華奢なこの身体のどこに、こんな力をと。彼女の指が次第に、手首に食い込みまるで骨まで届くような冷たさが伝わる。

 

 

⋯⋯あの末社での体験、人形、遺跡、増田さんの失踪――すべてが頭の中でぐるぐると渦を巻く。⋯⋯彼女は知っている。彼女はただの、高校生なんかではない。

 

「そ、そんなこと言われても⋯⋯。あの、人形って何なんですか?なんでここに⋯⋯。」

 

「人形?ふふ、あの人形はね、忌まわしい(・・・・・)穢れたものなんです。」

 

「忌まわしい⋯⋯?」

 

「はい。アレは、この神社を縛りつける、悪いモノです。」

 

彼女の言葉の意味がまるで分からない。忌まわしい?縛りつける?一瞬だけ、視線を上に向けた時見えてしまった。彼女の黒く深く濁ったその目を。気がつかない振りをして、また彼女に目を向けた。

 

末社の空気が、まるで生きているかのように、息を奪う。

⋯⋯待て、あの人形がほんの一瞬だけ動いた気がする。

 

「み、瑞樹さん。ちょっと……あれが動いた⋯⋯。」

 

「まだ、多少は残ってるのかな?ほぼ無力だから大丈夫ですよ。」

 

「は、はぁ!?」

 

「アレは邪悪なものです。佐藤さんが壊してくれたんですよね?」

 

「こ、壊した!?いや、壊したというか、あれはなんか迷って彼処に辿り着いた挙句、不可抗力でなってしまったというか⋯⋯!わざとじゃなくて⋯⋯。というかあれは⋯⋯⋯。」

 

「いいんです。いいんですよ!佐藤さんのおかげです!」

 

 

突然、声色が明るくなったと思いきやこちらの腕に抱きついてきた。

あぁ、なんということか。この状況でなければ頬は緩み小躍りしてしまう所だろう。こんな短絡的で浅はかな思考しか出てこない、いやこうでもしなければいけないという考えがある。そうでもしなければこの空気に呑み込まれてしまう、と。

その時、甲高い着信音が胸元から響きだした。その着信音が、静寂を切り裂いてくれる。そして電波が繋がっている、つまり人の手が近くまで存在しているという事実を感じることが出来たのだ。現代的なその音色がこの異質な空間に安堵を齎してくれる。慌てて手を伸ばし、直ぐ様彼女の手を振りほどく。

画面には『かかりちょー』と巫山戯て登録した名前が表示されていた。それを見た彼女は一歩下がり、微笑む。だが、その鋭い視線は一瞬たりとも自分から離れない。

 

「す、すみません、電話が⋯⋯。」

 

「大丈夫ですよ。出てください。私、待ってますから。」

 

 

軽く頭を下げて、通話ボタンを押す。

 

 

「もしもし⋯⋯もしもし?佐藤ですけど。」

 

「⋯⋯お疲れ様。今どこ?結構時間掛かってるらしいけど大丈夫?」

 

 

係長の声にほっとしてしまう。 

 

 

「え?はい、今は攫門神社に⋯⋯。あの〜瑞樹さんに案内されてですね⋯⋯。」

 

「神社?例の最戸にあるってやつ?あの場所は⋯⋯。」

 

係長の声が一瞬途切れ、ノイズが強くなる。こうしている間にも背後で、彼女の視線が突き刺さるのを感じる。

 

「あれ?もしもし?もしもーし。」

 

「⋯定時⋯なった⋯ら⋯⋯電⋯⋯宜し⋯⋯」 

 

「⋯⋯⋯。その、係長?すみません電波が悪くて⋯⋯。」

 

 

ブチッ、と音をたてて通話が切れてしまう。要所要所を聞くに定時を超えそうだったら一報ほしいと言った所なのだろうか。

もちろん、今すぐにでもこの場から去りたい。ここは理由を貼り付けて一旦引き返す事に意識を切り替える事にした。

携帯をまた胸ポケットへと入れてから、彼女の方へ顔を向ける。

こちらが目を合わせたと同時に、彼女が微笑む。

⋯⋯その笑顔はどこか嘲るような、何かを知りつつもひた隠しにしようとでもするような表情である。

 

「佐藤さん、大丈夫ですか?」

 

「えぇ⋯⋯は、はい、ちょっと⋯⋯。あの、瑞樹さん。ちょっと用事ができたんで、今日はここまでで⋯⋯。」

 

「用事?ふふ。⋯⋯⋯逃げるんですか?」

 

彼女が一歩近づく。

 

「いや、そういうわけじゃなくて⋯⋯。また、改めて来ますから!」

 

「ふふふ、冗談ですよ。じゃあ約束ですよ。私待ってますからね。ずっと、ずっと。」

 

 

 

──────────────────────────

 

 

どれほどの時間が経ったのだろうか。

 

既に夕日が色濃く照らし出していた。畑の稲穂が黄金に輝き、風にそよぐたびに光の波が広がる。空気はまだ夏の熱を帯びながらも、どこか冷たさを孕み、夕暮れの静寂が辺りを包んでいる。遠くの山々がシルエットとなり、霞む地平線に溶け込むその光景はまるで時間が止まったかのような、幻想的で儚い美しさを漂わせる。

 

木々は陽光を受けて葉先がきらめき、まるで生き物のように揺らめく影を地面に落とす。その影の下で、1人佇んでいた。

あれは、一体何なのだろうか。彼女は、一体何なのだろうか。寄せては返す波のように次々と疑問と混乱がこちらに押し寄せる。

不思議とあれだけの事を体験しながらも、恐怖はあまりない。あまりにも不自然だからである。

ただ自ずと流されるままにいるだけの、木偶のようになっている。

 

 

 

─────────────────────────

 

 

役場に戻ると、時刻は既に17時15分を回っていた。年中残業しているような部署を除き、大半は定時で帰っているようである。

同僚と雑談をする職員や、既にバイクのヘルメットを被って小走りで正面玄関へと消えてゆく職員など、人の流れに逆らい2階へと上がる。

観光課のフロアへと近づくとキーボードの音と、時折響く電話のコール音が聞こえる。係長や同僚が数名残っているらしく、直ぐに係長の元へと駆け寄る。

席に近づくと係長は書類を広げたまま、目を何度も擦ったのか、かすかに赤くなっていた。花粉症か徹夜をしたようにも見えてしまう。

そしてデスクの隅には、埃をかぶったファイルが置いてある。そこには、"増田"とマジックペンで名前が書かれていた。

 

「あぁ佐藤君、戻ったか。大丈夫だった?」

 

「え、はい、なんとか⋯⋯。⋯⋯あの、係長。」

 

「ん?どうしたの?」

 

「その、ファイルって⋯⋯。」

 

 

係長が椅子を引いて座り直し、低い声で話し始める。

 

 

「いやぁ、ちょっと資料室から引っ張ってきてね。埃が凄いのなんの⋯⋯。それでさ、増田君が残してたやつがあったんだよ。」

 

「ちょっと見てもいいですか⋯⋯⋯?」

 

 

そのファイルの裏側は、テプラで簡潔に観光課と貼られており何年も放置されていたことを窺い知れる。

ファイルを開くと、最戸地区調査用と記載された紙、その下には以前見たマップがボロボロの状態で挟まっていた。

係長から受け取り、自分のデスクへと持って地図を広げてみる。

 

 

 

 

最戸地区の攫門神社、以前見た時⋯⋯あのPC内に保存されていたものそして、印刷されていた地図は黒く塗りつぶされていた。

神社だけではない。あそこからやや西にいった方角、遺構が発見された場所も途中まで黒く塗りつぶされている痕跡がある。

一体何故⋯⋯?他の箇所⋯⋯⋯は特に何かが隠されている訳でもない。と、地図の四隅に至るまで目を凝らしていると、係長が怪訝そうな表情で近づいてくる。

 

 

「どうした?何かあったのかい?そんな血眼になって。」

 

「あぁ⋯⋯いやちょっとですね。その、増田さんについて知りたいんですけど、今時間いいですか?」

 

「増田君?⋯⋯いやぁ、実を言うと前に話したようにさ数年の在籍だった訳でね。あんまり喋るって仲でもなかったからそこまで詳しくは⋯⋯って所でさ。」

 

「出版社に勤めてた、とは以前聞きました。それでマップのデザインとかも担当してた、と。⋯⋯それでこのマップなんですけど見てください。」

 

 

係長の眼前ににあのマップを広げる。

 

 

「あぁ、町内マップね。これが⋯⋯?」

 

「いや、よく見てください。ほらこの部分⋯⋯。」

 

「うん?黒⋯⋯で塗られてる?これは⋯⋯。」

 

「ちなみに、増田さんの作成した地図を町内に配布した時期とはいつ頃ですか?」

 

「うーん⋯⋯。一応課長までの決裁得てからだから⋯⋯。あぁ、そうそう。丁度青柳課長が不在だったから、横溝課長補佐に一旦確認してもらって⋯⋯。それから移し替えた訳だから増田君が突然来なくなった数日前⋯⋯うん、ほんの数日前だったよ。」

 

「数日前⋯⋯。増田さんの様子とかってどんな風に⋯⋯。」

 

「様子⋯⋯?いや様子とは言ってもなぁ⋯⋯。いつも通り、でもなかったかも。その前には頻繁に土地改良区に行くとか言ってたなぁ。後は水田の改良図とか、あの辺りの図面⋯⋯農業委員会なんかにも電話してる、っていうのは課内の人から聞いたけど。」

 

「⋯⋯⋯。やはり何かを⋯⋯⋯。」

 

「⋯⋯やっぱり何かあったのかい?危なかっしい事に関わってるとか⋯⋯。」

 

「いや、危ない事なんかには⋯⋯。」

 

「あの⋯⋯瑞樹⋯⋯とかいう高校生の子さ、本当に高校生?なんか、変にも思ってさ。」

 

 

「変⋯⋯。いや、確かに今日⋯⋯。」

 

 

「すごい失礼な話、襲われたとかそういう話はある⋯⋯?それは大丈夫⋯⋯?」

 

「そ、そりゃ勿論です。襲われたなんか、本当にただ神社を案内されただけです。」

 

「神社ねぇ⋯⋯。長く働いてきてそんな神社を⋯⋯。」

 

「そ、そうだ。もし良かったら係長も一緒に行きませんか?」

 

「そうだねぇ、一回は自分も見てみるかなぁ。」

 

「えぇ、是非。」

 

 

──────────────────────────

 

 

アパートに戻ると、夕日は完全に沈み町は闇に包まれる。

自然に囲まれた故に、周囲は異様に暗い。深い森の影が揺れている。

 

今日一日の出来事を振り返った時、その現実離れした出来事

を知るにつれて、ある意味後戻りが出来ない様な、そんな思惑が頭の中を支配してゆく。増田さんの残した手がかり、これが何を意味するのか。そして、彼女は一体⋯⋯何者なのか。

これらの真相は案外近くに潜んでいるのかもしれない。窓の外を除いた時に見える、あの闇の中に。

 

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