一般常識人に新エリー都は生きづらい   作:こなひー

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 これは、サクがどうして常識的な日常を求める性格になったのか。本人曰く、記録を残すほどでもない話。


非エージェント秘話
諸行無常に是非も無し:上巻


 これは、サクがどうして常識的な日常を求める性格になったのか。本人曰く、記録を残すほどでもない話。

 

 

 

 

 

 その日は、本当に何気ない当たり前の朝だった。学校に行く支度をして、両親にいってきますと告げて、待ち合わせている友人と合流して登校する。

 

「いってきまーす」

 

 

 今日は何をして遊ぼうかと妄想に浸りながら玄関の扉を開き、朝の陽ざしを浴びる――はずだった。

 

 

 

 

「え……なんだよこれ……」

 

 茫然と空を見上げると、そこにはとても朝とは思えない真っ暗闇の空が町全体を包み込んでいた。肩から鞄がずり落ちたことにも気づかずに、ただ戸惑うばかりだった。玄関を飛び出して町を見渡すが、見渡す先までずっと暗闇に覆われている。

 

 

 

 そうか、思いだした。この光景は、昨日のニュースで見たホロウ災害と呼ばれた映像と全く同じだ。

 

 

 

 まさか、この場所がホロウ発生に巻き込まれている。あの悍ましい化け物たちが、ここにも出現してしまうとでもいうのだろうか。想像しただけで悪寒が全身を走った。

 

 

「そ、そんな……。早く逃げ――」

 

 

 

 

 俺が震えた声で言い切る前に、強く青白い光が一瞬視界の脇に入った。それと同時だったか、耳を劈く爆音が響き渡り、気づいた時には地面に突っ伏した状態となっていた。

 

 あまりに一瞬の出来事で、思考が全く追いつかない。一体何が起こったのか、全く理解できない。視界がぼやけて、耳鳴りもひどい。体も地面に倒れたせいで全身が痛い。

 

 

「う……、ぁ……?」

 

 

 痛い、動けない。その上空気が焼けるように熱い。時間の感覚が分からず、自分がどのくらい倒れているのかもわからない。こんな時間がいつまで続くんだろう。早く父さんと母さんが無事か確認しなきゃいけないのに。俺が来るのを待っている友達と合流したいのに。

 

 

 

 

 

 ようやく耳鳴りが収まってきたと思ったら、何かが強く燃えているような音がしだした。

 

 首だけをそちらに向けた俺はそこで初めて、()()()()()()()()()()()()()()と気づいた。

 

 

「ぇ……」

 

 

 暫くぶりにようやく発した声は、まるで言葉になっていなかった。ただ首だけを動かして見上げるの俺を嘲笑うように、更に勢いを上げて燃え上がる家だったもの。ここでようやく俺の頭は情報を拾い出す。

 

 

(燃えてる、何が。俺の家。なんで、爆発した。――わからない、どうして。どうして、どうして、どうして。……母さんと、父さんは? ――まだ中にいたはずだ。そんな、早く助けに。体が動かない、嫌だ、嫌だ、嫌だ……)

 

 

 紡げば紡ぐほど、冷静じゃいられなくなっていく。体を動かしたいのに、動かない。今見えている手が、まるで自分の腕じゃないみたいに全然動かせない。足も立ち上がろうとしてくれない。

 

 

 

 

 

 

 誰かが駆けてくる足音がした。あの服は確か、治安局だ。耳鳴りは消えたようで、話し声が部分的に聞き取れた。

 

「――ガスに引火――。住人は恐らく――」

「――致し方ない――とにかくこの少年だけでも――」

「――先輩、何かいます!」

 

 電気を纏った棒を持つツインテールの少女が俺の元にしゃがみ込んだところで、もう一人の銃を構えたポニーテールの女性が声をあげた。俺の家に何かあったのだろうか。俺もどうにか首を向けた。

 

 

 

 

「Grrrrrr…………」

 

 

 

 

 瓦礫と化した家から、何かが這いずって出てきた。おおよそ人間とは思えない異形の化け物。ニュースで映ったやつと似ている。画面越しでも恐ろしいと思ったけれど、直視してしまったために身動き一つ取れなくなってしまった。

 

「エーテリアスが2体……ここは私が。先輩は彼を!」

「ああ、頼むぞ。……さて、立てるか?」

「は、ぃ……」

 

 女性は銃を構えて化け物のもとへ駆けていく。それを見送りつつ、少女が肩を貸してくれた。おかげでどうにかして立ち上がれた。なら、早く行かなきゃ。

 

「お主、一体どこに――」

「学校、行かないと。友人を、待たせてるんです……」

 

 両親の元へは治安局が来た。なら次は友人達がどうなったかを確かめないと。全身はまだまだ痛いけど、さっきよりは動く。いつもの待ち合わせ場所に向かわないと。

 

 

 

 自分が今、支離滅裂な行動をしているのはなんとなくわかっている。けれど、頭が現実を受け入れてくれない。認めたくない。あの光景が現実のものだと理解したくない。そうだ、まだ可能性は――。

 

 

 

 

「……多少手荒だが致し方ない、許せ」

 

 体にほんの痺れが走ったと思えば、世界がグラリと傾き、そのまま暗転した。

 

 

 

 

 

 ああ、そうか。

 

 あれはきっと悪い夢だったんだ。

 

 早く目を覚まさなきゃ、遅刻しちゃうな。

 

 アラームの音が、そろそろ鳴る頃だ。 

 

 どうか、目が覚めたら……全部夢でありますように。

 

 

 

 

 

 

「……気が付いたみたいですね」

「そのようじゃな」

「……」

 

 俺の一縷の望みを潰すかのように、全身の痛みに起こされた。どうにか体を起こすと、さっきまで居た町を見渡せる丘にいると分かった。俺が住んでいたはずのかつての生まれ故郷は、ホロウの暗闇に包まれたままだ。

 

 

 きっと2人が俺を助け出してくれたのだろう。だけど、今の俺はとても命の恩人に感謝するという方向に気が回らない。

 

 

「…………そんな、嘘だ。どうして……。まだ覚めないのか、酷い夢だな……」 

「君、気をしっかり持って!」

 

 女性が俺の肩を揺する。痛みはあるけどそんな事どうでもいい。俺の家はどうなったんだ。家族は。学校があった場所には瓦礫の山が積み上がっている。友人達は、今どこにいるんだ。どうか無事であってくれ。

 

 おぼつかない足で歩き出そうとした俺の前に、少女が立ち塞がった。彼女は神妙な顔持ちで、俺に事実を端的にかつ残酷に告げるのだった。

 

 

 

 

「其方の両親は遺体で発見された。生存者は数えるほどしらおらぬ状況から、恐らくお主の言う友人達も、同様であろう」

「っ!!!」

 

 

 

 たった一瞬で、俺の全てが奪われた。足に力が入らなくなり、手をついて倒れ込んでしまう。 

 

「青衣先輩! 何も今言わなくても……っ!」

「遅かれ早かれ知ることであろう。変な期待を持たせる方が酷と言うものだ」

「そうかもしれませんが……」

 

 2人の会話がとても遠くに聞こえる。代わりに脳裏に浮かぶのは、昨日まで笑顔で共に過ごしていた両親と友人の顔。俺も笑おうとしたけれど、頬が引きつり、涙が出て上手く笑えない。

 

 もう二度と会えないなんて、信じたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 なんで俺だけ、生き残ってしまったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 そこから避難を終えるまで、俺の記憶は曖昧だった。最早何も考える事が出来なかった。これからも楽しく過ごせたはずの俺の日常が、全て喪われた。この事実を受け止めるなんて、俺の身一つでは到底できようもなかった。




『諸行無常に是非も無し:上巻』を読了しました。
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