一般常識人に新エリー都は生きづらい   作:こなひー

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諸行無常に是非も無し:中巻

 崩落の被害にあった人間は各市からの援助が支給される。最初に崩落があった時から、支援の制度が取り決められていた。俺も例外でないようで、何らかの職員さんが丁寧に話を聞かせてくれた。

 

 

 

 

 その優しさが、自分は被災者であるという事実を突き立てられているようで、あの時間だけで胃に穴がいくつも空けられた気分になってしまう。

 

 

 

 新エリー都には、俺のように孤児となった者達を泊めてくれる寮がある。まだ学生だった俺は、転校という扱いで都内の学校へ編入する事になった。学費も免除されるため心配はいらなかったが、俺には支援に感謝する余裕なんてなかった。

 

 

 

 学校には、最初の一日だけ行ってみた。教師に自分のクラスと席を紹介された。自己紹介で何を話したかなんて全く覚えていない。指示された後ろの方の席につく。俺が崩落の被災者であることは事前に知らされていたため、クラス全員が微妙な顔をしているのを感じる。

 

 俺に気遣ってか、それとも被災者に関わりたくないだけか。どちらにせよ話しかけてくる人はいない。今の俺には、それがありがたかった。初めて来たばかりの教室を見渡してしまう。

 

 

 

 居るはずのないかつての友人を目で探してしまった自分の姿は、さぞかし滑稽だっただろうな。

 

 

 

 最初の授業を経て、何も思うところはなかった。何も頭に入らない。周囲を見る余裕もない。初日で教科書が無い俺に鮫のシリオンが渋々貸してくれたりしたが、礼を返す事もできなかった。

 

 

 

 今を壊された俺に、未来なんて考えられるはずがない。かつて父さんが『将来のためにしっかり通っておけよ』と言っていたけれど、どうせ学歴を積み立てたって災害一つで全てを壊されてしまうと思い知らされたんだ。嫌になるのも当然ではないだろうか。

 

 

 

 

 

 入学したその日以来、俺は部屋からしばらく一歩も出られなかった。部屋にあるのは古めかしいテレビや小さな冷蔵庫とシンク、そして寝袋という最低限のものだけ。支給されたスマホにはほとんど手を付けていない。

 

 テレビを付けてニュースが映る画面をただ眺める。崩落の原因調査や復興支援、被害にあった人数などの情報が流れては切り替わる。俺の頭は一向に追いつけないまま、ニュースが終わって知らない特撮が始まる。

 

 

 正義とか、希望だとかの言葉があまりに鬱陶しくて見続けられなかった。テレビを消して寝袋に潜る。もう枯れたと思っていたのに、涙はまだまだ出るものだ。

 

 

 

 正義と聞くと、俺をホロウから連れ出してくれた2人の姿を思い出す。確かにあの2人のお陰で死ぬことは無かった。けれど、その後は? ただ生かされるだけの人生は、果たして享受する意味があると言えるのだろうか? 俺に、それだけの価値が――。

 

「あぁ、くそ……」

 

 何か考えるとすぐ、自分が生きている事に疑問を抱く流れになってしまう。いけないと思い寝袋を引っ張り出して潜る。そのまま眠りにつくと、決まって悪い夢が始まるとわかっているのに。

 

 

 

 

 

 

 例え俺が家族と友達から責められ続ける嫌な夢だとしても、つい見てしまうんだ。どんな内容であっても、会える手段がこれしか無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 まるで機能していない日めくりのカレンダーは、入居した日付から全く変わっていない。薄暗い部屋でただ座り続けるのも、当たり前になってしまっていた。

 

 

「……腹、減ったな」

 

 

 何もしたくない。けれど、腹は空く。鬱陶しいと思いつつも、生物的な欲求は抑えることができないものだ。心底外に出るのが憂鬱だ。けれど餓死は嫌だ。

 

 

 

 重く錆びついたような腰を上げて、部屋から出た。日差しってこんなに眩しかったっけ。寮から少し歩くと、ルミナスクエアに着く。街中の明るさに更にうんざりしながら歩く。

 

 街中にあふれる娯楽を楽しむ人々。まるで、何事もなかったかのような日々。俺の全く知らない、平和な日常の空気がそこら中に溢れていた。呆然としながら、しばらく着替えていない服と不健康そうな自分の手を見たら、憤りで震えが止まらなくなってしまった。

 

 

 

 

 こんなの、俺が過ごしたかった日常じゃない。何もかもが違うじゃないか。

 

 

 

 

 胃液が逆流するような気持ち悪さを覚えて、誰も居ない路地裏のゴミ箱に駆け込んだ。幸い路地裏には誰もいなかったので、体内から込み上げてきたものを全て吐き出す。

 

 苦しい。でも俺の事を知っている人は、もうこの世界には居ない。こんなこと、誰にも相談できない。

 

 

 

「だ……大丈夫ですか?」

 

 俺が吐き終わった頃に、後ろから少女に話しかけられた。振り向くとそこには、緑っぽいツインテールの小さなメイドが俺を心配そうに見ていた。

 

「……いや、ただ吐いただけだから」

「だけって、顔色がとても悪いですよ……?」

 

 まだ何か声をかけようとしてくれたが、俺は先に彼女に背を向けて歩き出した。心配してくれるのはありがたいけれど、誰かとまともに話ができる気分じゃない。

 

 どうか一人にしてほしいという願いが通じたのか、「あ、あの……」という声を最後に彼女は追いかけては来なかった。彼女の好意を無下に扱ってしまったことで、更に気分が悪くなってしまった。

 

 

 

 

 一度壊れたモノは二度と元には戻らない。自分で壊したのならまだ納得がいく。けれど、それが外から理不尽に壊されたとしたら? 納得なんてできるはずがない。

 

 

 

 

 落ち着いてきたところで適当な食料だけ買って、部屋に戻ってきた。ただ空腹を黙らせるためだけの食事を済ませる。とにかく何も考えたくなくて、支給されたスマホでインターノットを開いてみた。時間つぶしぐらいにはなるかもしれない。

 

 

「プロキシ界の救世主、パエトーン……か」

 

 

 どうもこのパエトーンとやらが流行っているのだろうか、誰も彼もその話題ばかりだった。朝の特撮にもあった、正義などの綺麗な言葉が並べられている記事を見て、思わず鼻で笑ってしまった。

 

 

 

 

 この世に救世主なんかいない。だって、もし救世主が居るのだとしたら……俺は救うに値しないと言われているようなものじゃないか。

 

 

 

 

 

「……はぁ、駄目だ」

 

 気分を変えようと思って見始めたのに、気分は悪くなる一方だ。スマホを放り投げて再び眠りにつく。何度寝ても覚めない悪夢は、この先一生続くのだろうか。……パエトーンとやらに頼れば、なんとかなるのだろうか。




『諸行無常に是非も無し:中巻』を読了しました。
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