エーテル適応体質ではない。青衣さんに身体の検査を薦められて、得た結果がこれだった。エーテリアスに復讐することも出来なければ、自分の家に帰る事すらも拒まれてしまったのだ。自分が本当に無力な存在なのだと、止めを刺された気分だった。
もう、こんな世界で生きている価値なんて…………。
暗い夜道を重い足取りで歩き、ようやく寮までたどり着いた。嫌な一日を終わらせるため、今日もただ眠りにつくだけだと思っていた。
「ん、誰かいる……?」
誰かが俺の部屋の前に立っている。大きな狐の耳と腰に下げた刀、確かこの人は……虚狩りの星見雅さんだ。そんな有名人が、どうしてこんなところにいるのだろうか。
彼女がちょうど部屋の入り口を塞いでしまっているためどうしたものかと戸惑っていると、星見さんと目が合って俺に話しかけてきた。
「ふむ、お前がサクだな」
「……なんでしょうか」
「これを、渡しに来た」
「! これって……」
手渡されたのは、少し汚れた写真とアルバムだ。手に取ってすぐにわかった。今の俺にとって、てっきり失われたかと思っていた、命よりも大事なものだった。
「朱鳶に頼まれたんだ。……焼けた家から何か見つかったら、お前に渡してあげてほしい、とな」
彼女の表情はあまり変わっていないように見えるが、声色は優しい。恐る恐る手に取って、軽く煤を払う。写真には両親が、アルバムには友達がちゃんと写っている。
「あ、あぁ…………」
嗚呼、そうだ。こんな風に皆笑っていたんだ。あの日からずっと、俺の夢の中では一度も笑ってくれなかったから忘れかけていた。今はなんだか、俺も久しぶりに笑えている気がする。
アルバムの最後のページには、友人たちの言葉が書き連ねられていた。一生モノだって先生に注意されていたのに、バカな事ばっかり書いてある。くだらない言葉ばかりなのに、俺の心に際限なく染み入ってくる。
こぼれた涙がアルバムにつかないよう手で拭う。震えで写真に小さな皺を作りながら、俺は声を絞り出した。
「……ありがとう、ございますっ」
俺は本当に失ってしまったのだという胸が締め付けられる実感と、形あるものが残っていた事へのわずかな喜びが、やつれた細い体に同時にのしかかる。
俺は人前であることを忘れて暫く泣きじゃくってしまった。今までの喪失感は無く、むしろ泣くことで何かが満たされていくような感覚だった。
しばらく泣いた後に俺が落ち着いたところで、星見さんが何かの紙を渡してきた。
「……これ、地図ですか?」
「ああ。誰かに相談したければ、ここに行くと良い。あの2人なら、きっと聞き入れてくれるだろう」
それだけ言って、俺の返事を聞く前に星見さんはあっという間に去ってしまった。地図は随分と簡略化されているが、目的地の名前ははっきりと書かれている。
「『Random Play』か。……明日、行ってみるか」
明日の事を考えるなんて、あの日以来だ。ようやく前が向けそうだと、心が温まるのを感じながら部屋に戻った。
その日の夢はうろ覚えだったけど、写真と同じように皆が笑って俺を迎え入れてくれた気がする。目覚めがとてもスッキリしてたから、きっとそうに違いない。
「着いた……そんなに遠くなかったな」
星見さんの勧めがあったので、翌日にそのビデオ屋へ行ってみることにした。自らの運動不足を感じながらも辿り着く事が出来た。前までは忌み嫌っていた娯楽施設だけど、今なら少しぐらい遊びを取り入れる余裕がありそうだ。
店の入り口近くに行くと、何やら扉にでかでかとポスターが貼ってあるのに気づいた。一番大きな文字をなんとなく読み上げる。
「バイト募集中……か」
俺はいつの間にか、募集要項の欄に目を通し始めていた。条件はあまり厳しくなさそうだから、体力や戦闘能力の無い俺でも勤まるかもしれない。被災者支援にも期限があるし、自分で働く手段が必要かと思い始めていたところだ。これってもしかしてちょうどいいのでは……?
「って、なんでいきなり受ける前提なんだ……」
乾いた笑いが出たその時、後ろからいきなり両肩を掴まれて心臓が飛び出そうになった。
「うわっ何だ!?」
「もしかして、応募に来てくれたの!?」
いつの間にか俺の後ろに立っていた彼女は、やや跳ねた青いショートヘアーで俺よりも年下に見える。もしかしてビデオ屋の関係者なのだろうか。まだ心の準備ができてなかった俺をよそに、彼女はグイグイと俺を店に押し込んでいく。
「なら善は急げってことで! ほら入って入って!」
「え、ちょっ……」
有無を言わさず店に入ってしまった。中にはこれまた歳が近そうな銀髪の男と、店内でポヨンポヨンとしているボンプ達が数体いた。
「リン、その人は?」
「あ、お兄ちゃん! この人がね、バイトの募集を見てたから連れてきちゃった!」
「本当かい? ……ポスターを貼ってからまだ半日も経っていないというのに、青衣さんの予感は本当によく当たるな」
青衣さんってもしかして……。と考える間もなくボンプ達の手によって面接の環境が即座に整えられてしまった。
「さて、早速だけど面接を始めようか」
「よろしくー!」
「ンナ!」
「えぇー……」
こうして唐突にバイトの面接が始まってしまった。机に両肘を立てて、両手を口元にあてながらアキラさんは目を光らせてきた。なんかすごいノリノリですね。
どうしよう、なんの準備もしていなかったからアピールとか全然出来そうにない。とりあえず軽い自己紹介と、自分がホロウ被災者である事を話した。すると兄妹は苦い顔になる。
「君も、崩落の被災者か」
「も、ってことは……」
「うん、私たちもちょっとね」
「……詮索はしないで貰えると助かるよ」
「ええ、それはもちろんです」
被災について根ほり葉ほり聞くのはマナー違反という共通認識がある。俺も別に聞きたかったわけじゃなかったので、この話は打ち切りになった。にしても2人は俺よりも立ち直るのが早かったんだな、と感心した。
「じゃあ私から質問! どうしてここを選んでくれたの?」
「あー、選んだというか、あなたに背中を押された感じです」
「……リン。まさかとは思うけど、勘違いで彼を連れてきたってことは無いだろうね?」
「そ、そんなことないよ! あんなに熱心にポスター読んでくれてたんだもん!」
リンの回答は当たらずとも遠からず、である。誤解はあるものの、俺もそろそろバイトとかした方がいいのかなと思い始めていたから、いい機会なのかもしれない。
そしていくつか質問に答えた後、アキラさんはさて、と威圧的な面接官のポーズを解いた。
「……僕たちから聞きたいことは以上だ」
「それじゃあ、いよいよ結果発表だね!」
「ンナナー!」
「え、もうですか?」
こういうのって後日知らせるとかが普通だと思うのだけれど、もう結果が決まっているらしい。この店はアキラさんとリンさんの個人経営だから、早く決断できるのかもしれない。
まあ、全然やる気があるって所を見せられなかったし、きっと落ちたのだろう。この後は気を取り直して次の求人を探しに……。
「じゃあ明日からよろしく頼むよ、サク」
「…………はぇ?」
あっさりと採用されてしまった。全く想定外だったので変な声が出てしまった。
「採用おめでとー! 早速明日から来てもらうから、入れる日と入れない日を教えてね!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ウキウキなリンさんに水を差すようで悪いけど、さすがに止めざるを得ない。
「どうかしたのかい?」
「その、いいんですか? 自分で言うのもなんですけど、採用になる要素が無かったような……」
「いいの! さっきの面接だけじゃ全然サクの事わかんないし!」
「それダメじゃないですか……?」
「
なんというか、おおらかな兄妹だ。同い歳とは思えない発言に驚きを隠せなかった。けれど、彼の言葉が妙に俺の中に響いてきた。
失いたくないのなら、これからの俺自身が守り続ければいい。
かつての日常を、俺が忘れなければいいんだ。
まだ傷が完全に癒えたわけじゃないけれど、俺の生きる目的は決まった。とにかく、明日からバイトに勤しんでみよう。
たとえ周囲がどうであろうと、俺は俺の日常を生き続けるんだ。
「それじゃあ明日からよろしく、なのだけれど1点だけ。……あの防音扉から中は立ち入り禁止だから気をつけてくれ」
「それから私たち、ちょーっと店を空ける事が多いけど気にしないでね!」
「…………ん?」
『諸行無常に是非も無し:下巻』を読了しました。