燃え尽きた惑星の上で   作:ただの誰か

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12話 猟犬の牙

 

『壁』が壊されている。かつて壁だったものは半壊して瓦礫の山となり、それを円形状のフレームに囲われた特徴的な機体が見下ろしている。『アーキバス・バルテウス』。戦う前からその機体の火力はイグアスにも十分わかった。

 

イグアスの接近に気づいたバルテウスは、機体をヘッドブリンガーのほうに向ける。不思議なことに攻撃してくる気配がない。イグアスが不審がっていると、相対する相手のほうから通信が聞こえてくる。

 

「レイヴンを知りませんか?……レイヴンを探しているんです……」

若い男の声だ。生体ユニットなんてものが使われているとは聞いていたが、中身が言葉を発してくるとは予想していなかった。

「どいつもこいつも知らないだの、もういないだの……いなければ私は困るんですよ!」

通信の相手がイグアスの反応など待たず、一人で言葉を続ける。

「スネイルが約束してくれたんです……レイヴンを倒したら私を隊長にしてくれるって……V.Ⅰ(ヴェスパーワン)……ペイター……うぅぅ……素晴らしい響きだ……」

通信相手は正気であるようには見られなかった。かつてのアーキバスのV.Ⅷ(ヴェスパーエイト)ペイター。彼はアーキバスに囚われていたレイヴンが脱出したときの責任を取らされる形で、このような扱いを受ける羽目になっていた。ほとんど言いがかりのような仕打ちではあるのだが、今の彼はそのことに文句を言うことすらできない。もはやありもしない組織のありもしないポストを求めている。

生体ユニットになった時点でとっくに正気なんて失ったのであろう。

 

そんな相手にたいして、イグアスは八つ当たりのように言葉を返した。

「レイヴンなら死んだよ……俺が………殺した……」

イグアスはそれだけ言い、ヘッドブリンガーの銃口から弾丸が発射される。

バカな自分に嫌気がさして、もう死んでもいいとさえ思っている狂犬。

ありもしないポストを求め、もういない敵を探しさ迷う狂人。

こうして、無意味で無価値に等しい戦いが始まった。

 

 

 

 

それは戦闘というにはあまりにも一方的だった。イグアスのヘッドブリンガーは瓦礫の山に機体を隠し逃げまわり、ペイターのバルテウスはそれを見つけるたびに攻撃を繰り返す。パルスガン、レーザーキャノン、プラズマライフル。数々の火器がヘッドブリンガーを襲う。

 

なんとかまた、機体を廃墟のビルに隠す。しかし、それでも機体は大きくアラートを鳴らす。イグアスはとっさに上昇し回避行動をとる。その直後、バカみたいな火力のレーザーがビルごとあたりを吹き飛ばした。2連プラズマレーザーキャノン。アーキバス・バルテウスの代名詞とも呼べる兵装は、現在でも十全な性能を発揮していた。

 

「レイヴンを殺した?……あなたなんかにレイヴンを殺せるわけないでしょ!」

ペイターは無様に逃げ回るだけのヘッドブリンガーを追いかけましながら叫ぶ。

逃げまわりながら、イグアスはペイターの言葉に苦笑いを浮かべた。

(その通りさ……俺の腕であいつを殺せるわけがねぇ……)

自分の憧れであればこんな無様な戦いもしないだろう。敵を翻弄し、あの圧倒的火力をすり抜け、決定的な一撃を決めて見せたはずだ。

ペイターの言う通り、イグアスの腕でレイヴンを倒せるはずがないのだ。

(……そのはずなのに失わせ(殺し)ちまった……)

 

イグアスが倒せないはずの相手は、イグアスと共に歩んだことで失われた。あの少女は、かつてのように飛べはしない。もう少女にできることはフィーカを淹れることくらいだ。その姿しか、イグアスにも思い出せない。かつての憧れの姿も、もうおぼろげになってしまっている。やはり、レイヴンは死んでしまったのであろう。

そう考えると戦意まで萎えてくる。もはやイグアスはなんのために今こうして戦っているのかもわからなかった。

 

そんなイグアスの気もちも知らず。ペイターは独り言のように言葉を続ける。

「あぁレイヴン……どこにいるんだ……私が殺す。殺して楽にしてあげよう……また再教育なんてことは嫌でしょうから……今度は楽にしてやれる」

その言葉がイグアスの癪に障った。

 

相手はアーキバスだ。そして、アーキバスはあの少女に辛いことをした。再教育とかいうものであるらしい。どんなことをされたかなんて知らない。ただ、人のやることだ。想像くらいはつく。そう思考すると、イグアスは妙に戦意がわく自分がいることに気づく。

自分で捨てて、散々に泣かせたくに、少女を好き放題されたことにたいして憤りを覚え、相手を叩きのめしたくなっている。

 

「はっ……バカだバカだと言われてきたが……俺もここまでバカだったか……」

そう呟き、イグアスは瓦礫の山から飛び出しヘッドブリンガーの火器をバルテウスに向ける。まとめて撃ち込まれた弾は、バルテウスのパルスアーマーを突破できない。身をさらしたイグアスに反撃の砲火が降り注ぐ。

「なんです?死にきたんですか?」

ささやかな反撃を見ながら、ペイターが言う。

「死に土産に一発殴ってやろうと思ってなぁ!」

ヘッドブリンガーに回避行動を取らせながら、イグアスは叫ぶ。身をさらしたヘッドブリンガーは、大きな直撃こそはないが、徐々にダメージを蓄積させていく。イグアスはレイヴンではない。全部の弾を躱すことなんできない。

それでもいいと言うかのように、イグアスは応射し続ける。火力の差が著しいのは目にみえてわかる。それでも撃ち続けたのはイグアスに残ったささやかな意地だったのかもしれない。

 

 

 

(火力が足りねぇ……)

軽量のリニアライフルと取り回しのいいマシンガン、4連装の威力の心もとないミサイル、かつてのオールマインドが自慢気に渡してきたオービット。どれも今のこの状況では火力として物足りなかった。相手の攻撃を必死に回避し、どうにかそれらを当てても、バルテウスの強力なパルスアーマーを突破することすらできない。一発殴るどころかかすり傷すら与えられていないのが現状だった。

 

「くそが!」

バルテウスから放たれたレーザーキャノンを必死に回避する。直撃こそ免れたが、周りの瓦礫と一緒にヘッドブリンガーが吹き飛ばされる。その衝撃でイグアスの身体が軋む。打つ手もなく一方的になぶられる自分自身に腹がたった。

そのときだった、吹き飛ばされた瓦礫の中に見知ったものがあることに気づく。

(こいつは……)

ボロボロの大豊製グレネードランチャー。それが見えた。

片腕に装備していたリニアライフルを手放し、とっさにそれに手を伸ばす。もはやスクラップに等しいそれをイグアスのヘッドブリンガーが構える。弾が出るのかすらわからない。そもそも本来であれば拾った装備をその場で使うことなど出来はしない。管制システムが働き、武器と機体が連動してはじめて使用できるものだ。

 

しかし、イグアスはそんなこと一切気にしていなかった。今このタイミングで、自分の手元にこれがやってきたのだ。使えないはずがないと確信していた。

事実としてそのグレネードランチャーはイグアスのヘッドブリンガーで使用することができた。元より僚機の武器として、愛機(ヘッドブリンガー)でも使えるように設定されていたからだ。

「死んじまったあとまでよく付き合ってくれるぜ相棒(ヴォルタ)!」イグアスが叫ぶ。

グレネードが撃ちだされ、バルテウスに直撃する。これまでの火器とは違い大きな爆発が起こる。その衝撃でバルテウスのパルスアーマーが剥がされ、動きも止まった。

イグアスはヘッドブリンガーをバルテウスにブーストを吹かせ急接近する。その勢いのまま、パルスアーマーの消えたバルテウスを蹴り飛ばす。

「ざまぁみやがれ!」

そのまま残った火力をありったけ叩き込む。

「死にさらせくそったれ!!」

マシンガンにミサイル、オービット。それらによる攻撃を至近距離であびせる。

 

そして、その反撃がイグアスにできた最後の行動だった。

 

 

バルテウスが回転し、レーザーの光がヘッドブリンガーを薙ぎ払う。直撃を受けたヘッドブリンガーはそのまま吹き飛ばされ、地面にたたきつけられる。

 

「……あぁ?」

一瞬の出来事にイグアスは反応すらできていなかった。機体を動かそうとするが、もはや自分の身体すらうまく動かない。それに気づいて、やっと全身からの痛みを覚えた。

 

ヘッドブリンガーは半壊した状態で地面に転がり、イグアス自身も体中が悲鳴を上げている。それをバルテウスから上空から見下ろしている。どちらが勝者であるかは明らかであった。それでも強がりを言うようにイグアスは口を開いた。

「はっ……一発入れてやったぞ……アーキバス……」

バルテウスはまだ悠然と動いているが、ダメージがないわけではなかった。ヘッドブリンガーの攻撃の跡はしっかりと残っている。パルスアーマーも再展開できないようだ。

 

「あああああああ!くそ!くそ!!なんてことをするんだ!!私の機体が傷ついてしまっている!!私はV.Ⅰ(ヴェスパーワン)だぞ!もっと華麗に!圧倒的に勝たないといけないのに!……そうだ……私は……V.Ⅰ(ヴェスパーワン)だ!!」

ペイターのほうは発狂したまま叫ぶ。それはもはやイグアスに向けられた言葉ですらなかった。ただ機械の部品にされ壊れてしまった人間の残滓が言葉のようなものを発していただけなのかもしれない。

 

バルテウスはイグアスのほうにレーザーキャノンの銃口を向ける。

(ここが死に場所か……)

そう悪くはない気分だった。少女に酷いことをしたアーキバスに一撃を入れてやった。それだけで妙な満足感はあった。それに、相棒(ヴォルタ)もここで死んでいる。死に場所としては上等である。

ただ、心残りが一つある。

(最後に……あいつの淹れたフィーカが飲みたかったな……)

そんなことを考えながらイグアスは自分の死の瞬間を意識する。

しかし、その死は訪れなかった。

バルテウスが急に向きを変える。そしてそれに向かって青色の閃光が駆け抜けていく姿が見えた。

 

 

 

 

私はスティールヘイズのコクピットで戦闘がすでに始まっていると聞かされる。戦闘と聞き身体が震える。こんな私が行ってなんの役に立つのだろうか。カーラの言った通り、死体がふたつに増えるだけではないのか。それでも、行かないという選択肢はない。私は、イグアスのことが好きなのだから、助けに行かなくちゃいけない。今の私がどれだけ弱くなっていようが、そんなの関係ない。

 

全速でスティールヘイズをイグアスがいるほうへと走らせる。早く行かなければならない。取り返しがつかなくなる前に。

 

「ビジター大丈夫かい?」

カーラから通信が飛んでくる。

「大丈夫ではないです。今も震えてます」私は正直に答える。

「だから言ったろ。やめとけって」

「いいです。自分で決めたことです……震えてようがなんだろうが……私はイグアスのとこに向かいます」

「無駄死になるかもしれないよ?」

「……それでも行きます」

私の言葉を聞き、カーラは通信の向こう側でため息をつく。

「よしわかったビジター……じゃあ今からあんたに魔法をかけてやる」

カーラは不思議なことを言いだす。

「いいか。あんたが強かったのは、任務にすべてを捧げられる猟犬だったからだ。あのときのあんたは自分の命よりも任務の方が重かった」

カーラの言うとおりだ。あの時の私は自分の命なんかよりも、任務のほうが大事だった。だからこそ、強くあれた。どんなときも冷静に、冷徹に、震えることなく敵を倒せた。だけど今は違う。今も戦闘に向かおうとする身体は震えっぱなしだ。

「そんで……今のあんたの任務はなんだい?」

「イグアスの命を救うことです」

カーラの質問に、私はためらわず答える。それを聞いたカーラは笑うような声色で私に言い聞かせた。

「その任務はあんたの命より重いんじゃないのかい?」

 

あぁそうだ。カーラの言ったとおりだ。イグアスを助けるという任務は、私の命よりもずっと重い。そう思うと、不思議と身体の震えは止まった。頭も冷静になり、視界も広がった気がする。独立傭兵レイヴンとしての、猟犬のC4-621としての感覚が戻ってきている気がする。任務にその身のすべてを捧げられていた私。誰にも負けない私。イグアスが求めていた……私。今この時だけ、それが蘇っている。なるほど、これは確かに魔法だ。

「ありがとうございます、カーラ。あなたの魔法はよく効きました」

カーラに感謝を述べる。

そうして、私はスティールヘイズをさらに加速させる。無茶をさせすぎて、アラートが鳴り響いている。それでも関係ない。今の私は機体の一部だ。機体の限界は感覚でわかる。この機体ならこのくらい耐えられる。

 

「行け……(レイヴン)

(エア)(レイヴン)に命じる。私の大切な人を守るために今は力を貸しなさい。

 

 

 

 

 

青色の閃光が見えた。ペイターのバルテウスはとっさにその方向に向かって攻撃をしかける。ペイターの視界には青色の機体が映る。スティールヘイズ。かつてのV.Ⅳ(ヴェスパーフォー)の愛機が見たこともないスピードで接近してきていた。

「ラスティ!?生きていたのか!?」

パルスガンの弾幕をスティールヘイズは紙一重で避ける。接近するその機体は一切スピードが落ちない。

「……違う?……ラスティじゃない!?」

プラズマライフルの照準を振り切り、獲物を食いちぎるためにそれはどんどんと近づく。

「違うぞ……これは……」

放たれたレーザーキャノンの爆風の中を突っ切ってさらに機体が接近する。

「あぁ……ほらやっぱり生きてるじゃないですか……」

2連プラズマレザーキャノンが薙ぎ払うように周囲を切り裂く。あたりが焼きはらわれるその隙間をぬって、青色の影が目前に現れるのをペイターは見た。

「……レイヴ……」

ペイターが語り終わるよりも早く、スティールヘイズのレーザースライサーがバルテウスを切り刻んだ。

 

 

その姿をイグアスは朦朧とした意識で眺める。夢のような光景だった。目の前のそれは、誰よりも速く、強く、容赦がなかった。まさに自分が憧れた存在そのものである。

(なんだ……まだ居たじゃねぇか……)

自分の憧れはまだ居たようだ。そう思うとどっと力が抜ける。もう満足じゃないか。最後にあれが見れたなら、もういいじゃないか。元よりここで死んでいいと思っていたはずだ。

「イグアス!聞こえますかイグアス!」

そんな思いなど認めないかのように少女の声が響く。

「今から助けます!気をしっかりもってください!」

少女がなにか言っている、イグアスにはもうなにを言っているのか、意識が働かない。

「カーラのヘリもこちらに向かています!絶対に大丈夫ですから!」

なにをしていたのか、なにを求めていたのかもよくわからない。自分がなぜ戦っていたのかも、どうでもよくなってしまっている。

「……お願いです……返事をしてください……」

なにを言っているのか、もう理解できてもいない。ただそのとき少女が泣いている気がした。そう思うと少しだけ口を開こうかという気もわいてくる。

なにを言うべきか。レイヴン(憧れ)を見れたことについて何か言うか、死に際の遺言でも残すか。そんなことを考えるが、気づいたら自然と毎日のように使っていた言葉が口から出ていた。

「……野良犬……フィーカでも……淹れてこい……」

かすれた声でイグアスは言う。

それが聞こえた少女は泣きながら応える。

「……っ……はい!淹れてきます!」

その返事を聞き、イグアスの意識はそこで途切れた。

 

 

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