イグアスはベッドの上で目を覚ます。医療用の施設だろうか。それなりの設備が見える。顔を動かしていると涙目でこちらを見ている少女と目が合った。安堵と喜びと驚き、それに涙を加えたような表情でイグアスを見ている。少女はその表情で固まってしまっている。それが可笑しく感じたイグアスは先に口を開いた。
「…………なにか言えよ」
優しい口調でイグアスが言う。その言葉を聞き少女は少し悩んだような表情をする。数秒後、いい考えがうかんだというような表情で返した。
「おはようございます」
気の抜けた言葉だった。どこかでこんなやり取りをしたことを思いだした。
「……あぁ……長々悩んだ末に出てきた言葉がそれかよ……」イグアスは嬉しそうに笑う。
「間違ってはいません」少女はからかうように言う。
「…………そうだな……間違っちゃいねぇな」
それはおそらく、温かく、幸福な目覚めであった。
イグアスは痛む身体を起こす。片腕は折れていたのか包帯と添え木で固定されている。ほかにもあちこち包帯が巻かれていた。どうやら相当な大けがであったらしい。「無理しないでください」と少女が言っているが、それでもこうやって身体を起こせるあたり、それなりに回復しているようにも見える。
「……俺はどのくらい寝てた?」
「1週間ほどです。あのあと、カーラのヘリの中で治療してもらいました。医療班の方は、『こいつは頑丈だから大丈夫。ほっときゃ起きる』なんて笑っていたんですけど……なかなか目が覚めなくて私は随分と心配しました」
RaDの人間は少々ネジが外れているとこがある。治療する人間もそのような節があり、少女としては気が気でなかった。毎日のほとんどの時間を寝ているイグアスの隣で不安と共に過ごしていたのだが、目を覚ましたイグアスを見て、やっと人心地ついたといった感じだ。
「……やっぱり強かったじゃねぇかてめぇは」
一瞬でバルテウスを破壊してみせた少女をイグアスは思い返す。自分の憧れがあの瞬間には確かにいた。
「夢かと思ったが……俺が生きてるってことはそうでもなかったか」
そういうイグアスにたいして少女は首を振る。
「夢ですよイグアス……あれは魔法で出来た幻です」
申し訳なさそうな声で少女が言う。あれは詭弁で塗りかためた幻なのは少女が一番理解していた。魔法が解ける前に片が付いただけで、一瞬で決まらなければ魔法が解けて、二人揃って死ぬことになっていただろうと思っている。
「……レイヴンも、C4-621も、もういません」
少女にそう言われても、イグアスはなんとも思わなかった。かつての憧れにたいして遠く感じている。
「……そうか」
その一言でイグアスはこの話について終わらせた。少女からすれば不思議だったが、イグアスとしても、もうあれは夢でいいと思っているところがあった。今更あの憧れに固執する気にも不思議となれなかった。
「ここは?」イグアスがさらに聞く。
「グリッド086のRaDの拠点です」
「あぁ……RaDのねぐらか…………なるほど、薬中どもに助けられたわけか……笑える話だ……」
「笑い話ではありません。あのような無茶をして……」
少女は叱るようにイグアスに言う。その態度に、またなにか少し少女の態度が変わったようにイグアスは感じた。しかし、今のイグアスはそれにたいして不快感を覚えることもなかった。変わっていく少女をいつの間にか受け入れることができるようになっている。憑き物が落ちたような感覚だ。変わっていく少女から逃げ出して、八つ当たりのように戦って、ギリギリのところで助けられて。やっと気持ちの整理がついた感覚があった。
「悪かったな……」
「そうです。一人であんな相手に……」
「それじゃねぇ」
「……え?」
「……お前から逃げだして…………悪かった」
その言葉に少女は何と返答していいかわからず、思わず黙る。言葉が足りな過ぎて、あまり理解が追い付いていない。イグアスのほうも、もうこれ以上語ることなどないというような態度で、言葉を続けなかった。元より賢い言葉を並べられるほうでも、素直に心情を語れる性質でもない。精一杯、今の感覚を言葉にして出てきたのがそれであった。
その、感情任せで、言葉足らずで、ぶっきらぼうな言葉が少女には妙に愛おしかった。
「相変わらずイグアスの言うことは難しいですね」
そう言って少女は笑う。それは人間らしく感情のこもった表情であった。
「俺の連絡用端末あるか?」
「こちらに」
イグアスは少女から端末を受け取り、メッセージを確認する。案の定レッドから何通かメッセージが届いていた。最新のものだけ開き内容を確認する。
『G6からG5へ。この便が最後です。生きていたら来てください』簡単なメッセージと一緒に場所と日付が載っている。今日の日付を少女に確認し、その内容について考える。間に合わなくはなかった。今からACに乗り、向かえばギリギリ間に合う。
少女についてはどうするか……。今更深く考えてもしょうがない、現地で気に入ったから拾ったでも言えばいい。どうせ似たようなことをしてるやつはほかにもいる。そう雑に判断する。迷っているような時間も多く残されているわけではいない。
脚はどうやら動く。痛む身体を無理やりたたき起こし、イグアスはベッドから降りる。
「イグアス!まだ安静に……」
「いいから手を貸せ。時間がねぇ」
そういうイグアスに少女は肩を貸す。少女に体重を少し傾け、イグアスは歩き始める。少女もそれに合わせてゆっくりと足を進める。
「
「修理中ですが、まだ半壊状態です」
「ちっ……そりゃそうか……
「そちらも少し無理をさせすぎたのでメンテナンスを……しかし、戦闘は行えないにしても。飛ぶことくらいは出来ます」
「ならいい。行くぞ」
「……どちらへ?」
少女の質問にイグアスは小さく笑う。
「この惑星の外に決まってんだろ。なんのために死にかけたと思ってんだ」
そのイグアスの言葉を聞き、少女は沈黙する。言葉を出すのをためらっているようであった。
「どうしたよ」それに対してイグアスが聞く。
イグアスに急かされ、少女は意を決して、口を開いた。
「……それは……2人でですか?」
それを聞き、イグアスは大きく笑った。
「当たり前だろ。もう置いていきゃしねぇよ」
イグアスの中にもう少女を残していくという選択肢はなかった。最後の戦闘でまで助けられ、愛機も動かず、それでもAC乗りとしてやり残したことはない気持ちになっている。もう、イグアスに残っているのはこの身体を支えてくれている少女だけだ。
「……わかりました……2人で行きましょう」
そのイグアスの返答を聞き、少女は微笑んで静かに返した。
私はイグアスに肩を貸し、スティールヘイズの待つ格納庫へと向かう。
イグアスはもう置いて行かないと言ってくれた。それがたまらなくうれしい。横目でイグアスのほうを見る。好きな相手と、こうして歩いている。そう考えると妙な気恥ずかしさが沸いた。私はすぐに目をそらす。どうしたのだろうか。またこれも新しい感覚だ。前は、もっと素直に見れていた気がする。好意というものを意識すると、どうにも変な挙動になる。もっと見ていたいのに目をそらし、伝えたい言葉は喉の奥に引っ込む。
これが人を好きになるということなのだろうか。そう思うと、この妙な自分も少しは許せる。それが人間なのだ。きっと、猟犬には真似ができないだろう。
私とイグアスは機体の待つ格納庫へと入る。
ちょうど、そこではカーラが部下たちに指示を飛ばしていた。どうやらまたヘリを飛ばしてどこかに行くようだ、随分とあわただしい。
私達に気づいたカーラはこちらに駆け寄ってくる。
「そっちのチンピラも起きたのかい。ちょうどよかった。今そっちを呼びにいくとこだったんだ」
カーラは慌ただしく言葉を並べる。
「なんだ?……俺たち送ってくれる準備でもしてたのかよ」イグアスが言う。
「送る?なんの話だい?」
「この惑星から出てく算段がついたんでな。そんで送ってくれるもんかと思ったが……別件か……まぁいいさ。こっちも時間がねぇから急いでんだ……さんざん世話になって挨拶もろくにできねぇで悪いが行かせてもらうぞ」
イグアスはそう言って足を進める。肩を貸す私もそれに合わせて歩き出す。それを見たカーラは一瞬私達を引き留めようとしたが、少し悲しそうな笑みを浮かべて、私達に背を向けた。
「そうかい。それじゃあそっちはよろしくやっといてくれ」カーラはこちらに顔を見せず言う。
私はなんとなくその姿が気になった。いまこの時、それを無視してはいけない、そんな予感がした。
「カーラ!」
思わず私は足を止めカーラを呼び止める。カーラがもう一度こちらを振り向く。カーラには珍しく、なにか迷っているような表情に見えた。
「私達のほうは気にしなくていいから、そのチンピラと行きなビジター。時間がないんだろ?こんな惑星のことは忘れてそいつと楽しく生きていきなよ」
まくしたてるような態度はやはりいつものカーラと違っている。なにか変だ。
「いいえ、気になります。なにかあったんですか、教えてください」
私はカーラの目を見据え、はっきりとした口調で言う。カーラはやっぱり少し迷うそぶりを見せたけど、すぐに判断を決めて、教えてくれた。
「ウォルターが見つかった」
その言葉に私は固まる。
「手短に説明する」そう言ってカーラは説明を始める。
イグアスと私を回収したヘリにはそれら以外にも回収したものがあった。『アーキバス・バルテウス』の残骸だ。これは使えそうなパーツがあれば分捕るというRaDの面々の手癖のようなものであったのだが、拾った残骸を解析した結果、無視できない内容を発見したという。
対レイヴン用に用意されたもの2機あった。1機は『アーキバス・バルテウス』。その生体ユニットとして使用されたのが、かつての
ウォルターは、私がかつてアーキバスに捕らわれていたのを助けた時に、戦死したものと聞かされていた。それが、今になって現れた。
「言っとくがもう生きちゃいない。勿論元通りになんてできないし、そもそも生体パーツとしての賞味期限も、もうとっくに切れてる。行ったところで無駄足の可能性のほうが高いし、仮にまだ動いたとしても、狂っちまってまともにやり取りなんて、まず無理だ」
カーラの言うことは理解できる。人としてウォルターが生き返るなんてことはない。
「私はそれでも行く。どうせ予定も詰まってないからね。亡骸だけでも弔ってやれれば十分だ……ただ……あんたは違うだろ?」
そうだ、私には予定がある。イグアスと共に2人でこの惑星から出ていくのだ。イグアスも一緒に連れて行ってくれると言った。他のことをしている余裕などない。そんなことは理解している。
それでも……それでもという気持ちがある。狂っていようが、壊れていようが、死んでいようが、またウォルターに会えるかもしれない。そう思うと私はそのことに心が引っ張られてしまう。
今の私はイグアスが一番大切なはずだ。自分でその感情を自覚したじゃないか。だから、こんな迷いが生まれること自体がおかしい。イグアスを優先するなら、急いで出発しなければならない。でないと、この惑星から脱出することはできない。惑星の外に出るチャンスなんてもう二度とないはずだ。企業群の船が出発したあと、この惑星に戻ってくることなんてあり得ない。この惑星は廃星になるのだ。もう何者も近寄りはしない。残ったものたちは、見捨てられ、この惑星で朽ち果てていく。イグアスはずっとそれが嫌だと言っていた。だから、私は今すぐにでもカーラの言った話を忘れ、出発しなければならない。
私は固まったまま口を開けない。簡単な話だ。私のウォルターに会いたいという気持ちを切り捨てて、イグアスと共に行く選択をすればいい。それだけのことだ。私は選択できるのだ。選択して可能性を広げられる。それはウォルターも望んだことだ。だから今回もその選択をすればいい。それがきっと一番私の可能性を広げられる。頭ではわかりきっている。
だというのに、私はその選択ができない。決められない。時間は限られている。早く決めなけばいけない。なんで決められないんだ。頭は理解しているのに、心がそれを拒否してしまう。
思考と感情が混ざり合い、私は今にも泣き出しそうだ。
私は何も決められない。その代わりにイグアスが口を開いた。
「お前はどうしたい?」
その問いに私はとっさに返す。
「今は一刻も早く脱出の船に向かわなけばなりません。そうするべきです」
そうだ、それが冷静な判断だ。
「ちげぇ」
その言葉をイグアスは否定する。
「どうするべきか聞いてんじゃねぇ。どうしたいかって聞いてんだ」
その質問に私は困る。そんな聞かれたかたしたら、間違った言葉を語りくなってしまう。
「……私は……」
言葉に詰まる。それを見たイグアスは背中を押すように言葉続けてくれた。
「どっちに転ぼうと、もう置いてきゃしねぇ。さっきも言ったろ」
そう言われると、私は心が我慢できなくなる。間違えとわかっていても、その選択をしてしまう。
「私は……ウォルターに会いに行きたい……」涙を流しながらいう。
それを見てイグアスは笑う。無理やり強がって笑って見せてるようにも見えた。
「じゃあ決まりだ……おいババァ!俺たちもそっちに行く!」
イグアスはそのまま、カーラたちに同行するように伝える。カーラは少しだけ困った表情を浮かべたあと、笑顔で私たちを受け入れてくれた。急いでヘリのほうに乗り込む。その途中で思い出したかのようにカーラがイグアスの頭をハタいた。「レディにババァとは失礼だろ」「RaDの親玉は若作りの魔女だって」ふたりでなにか言い争っている。その姿が私には妙におかしく見えて、少し笑う。
ウォルターは知らないですよね?今の私はこんな風に笑えるんです。
話したいことがたくさんあります。だから待っていてください。私はあなたに会いに行きます。大切な人と一緒に。