燃え尽きた惑星の上で   作:ただの誰か

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14話 猟犬にさよなら

 

 

G5(ガンズファイブ)からG6(ガンズシックス)へ。達者でな』

イグアスはそれだけ吹き込み、レッドへメッセージを送信する。最初は諸々語ってやろうかとも考えたが、すぐに気恥ずかしくなってやめた。少女に付き合って、この惑星に残るというのは、どう言いつくろってもバカな行いでしかない。というわけで色々と悩んだ結果このようなメッセージを送っていた。イグアス本人は中々に恰好がついた台詞だと思っているのだが、受け取ったレッドのほうはというと、『意味わかんない恰好の付けかたせずに説明してくださいよ』と愚痴ることになる。ちなみにこの謎の恰好つけメッセージは旧レッドガンの生き残りの中でちょっとしたブームになって、散々にバカにされる羽目になるのだが、送った当の本人が知ることはなかった。

 

 

イグアス本人もバカの自覚はあった。今でもかなり後悔している部分もある。迷っている少女の背中を押したのはやせ我慢でしかない。

 

そんなイグアスの前に少女がやってくる。両手にはフィーカの入ったカップが握られ、片方をイグアスの方に渡す。イグアスはいつも通りそれを受け取り、一口すする。数日程度飲まなかっただけだが、随分と懐かしく、うまく感じる。落ち着く香りに、心地よい苦味と酸味。贔屓目に見なくても随分とうまくなったと思った。しかしそれを言葉に出すことはない。根がひねくれものなのだ。

 

「今日のものはどうですか」少女が聞く。

「……まぁまぁじゃねぇか」イグアスはいつも通りに答える。

 

そのいつもの返答を聞き、少女は微笑む。最初のころとは違い、イグアスという人間に対して理解が進んでいる。ひねくれた態度も少女にとっては悪いものではなかった。

「さきほどカーラたちにも振舞ってきましたが、皆さん『美味しい』と言ってくれました」

少女がからかうように言うと、イグアスはふてくされたように「そうかよ」とだけ返す。そうしてまた、フィーカを口に運ぶ。ひねくれものの自分の発言とは裏腹に、やはりそれは美味しかった。

 

しばらく、二人は無言でフィーカをすする。心地よい空気である。そして、イグアスはこの心地よさから、もう逃げる気もなかった。少女が変わったように、きっと自分も変わってしまった。死んだ惑星で、狂犬のように戦いを挑んだ自分を懐かしく思う。燃えたつきた惑星の上で、憧れに向かって走ったあのとき。あれはあれで、悪い瞬間ではなかったと思っている。激しく燃えて、あのまま灰になっていても、たぶん満足して死ねたはずだ。ただ今は、この時間のほうがあの瞬間よりも大事だとイグアスには思えた。それこそ、死んだ惑星から逃げ出すことよりも、少女の笑顔のほうをとってしまう程度には。

 

 

「それでは、私は行きます」

ふたりのカップが空になったのを確認し少女は言う。

「……そうか」

「はい」

「……ちゃんと戻ってこいよ」

「それは命令ですか?」

「バカ言え。もう俺は別にてめぇの飼い主じゃねぇ……そうだな……俺からのお願いってとこか」

「……それは……素敵な言葉ですね」

 

これから少女はACに乗り、カーラのヘリから出撃する。現場に向かうのは少女一人だ。怪我人のイグアスがついていけないのもあるが、そもそも今まともに動かせるACは一機しかなかった。ヘッドブリンガーは半壊し、スティールヘイズも今は戦闘に耐えられる状態ではない。

 

「わかりました。その願いは必ず叶えます……その代わりとは言ってはなんですが、一つ私のお願いも聞いてください」

「あぁ?なんだよ?」

「……手を握ってください」

そう言って少女は震える手を差し出す。イグアスはそれをゆっくりと握り返す。かつて、触れることも躊躇われた手が、今はこうして握り合っていられた。手のひらの体温を感じ合い、二人は揃ってはにかんだ笑みを浮かべる。そうすると、少女の震えはピタりと止まった。それを確認し、お互いに手を離す。

 

「じゃあ……行ってきます」

「あぁ、行ってこい」

少女は目の前の機体に乗り込む。久々のそのシートに懐かしさを覚えた。

 

ヘリのハッチが開く、そのまま機体を空へと投げ出し、目標の地点に向けてブーストを吹かせる。

 

「行こう『LOADER4』。ウォルターが待ってる」

 

かつてのレイヴンの愛機が空を駆けた。

 

 

 

 

LOADER4が目的地に到着する。私は深く息を吸い、あたりを見渡す。ここはベリウス南部の汚染市街。かつては多くの戦いがあり、私がはじめてこの惑星で作戦を行った場所でもある。私はここでレイヴンという名を拾った。今思えば、レイヴンという名を手に入れたのも偶然ではなかったような気がする。当時の私は知らなかったが、レイヴンという名は意味のあるものだ。ウォルターはそこにそれがあることを知っていたのではないのか……そんなことを思う。

 

私がレイヴンの名前を手に入れた場所まで機体を進める。そこには血のように真っ赤な色をした機体が鎮座していた。その機体は、私のLOADER4を視認し、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……621……お前か?……」ウォルターの声が聞こえる。

「はい」

「…………待っていた……俺はお前を消さなければならない」

「私はウォルターに話さなきゃいけないことがたくさんあります」

「……そうか」

短くそう言うと。ウォルターの機体から赤い光が見えた。

 

 

 

ウォルターの乗っている機体についてはカーラから聞いていた。『HAL826』。かつてのルビコン調査技研が開発した強力な機体であるらしい。赤色のレーザーが私を追う。ブーストを使いなんとかそれを振り切る。無様な逃げっぷりだ。手は震えていなくても、もう私はこんな動きしかできない。やっぱりイグアスを助けたあの一瞬に魔法がかかっていただけだ。

 

対する HAL826も完璧な状態とは言い難い。見たところ右腕はもうない。機体もかなり損傷しているように見える。そもそも、カーラ曰く生体ユニットとしての限界も迎えているらしい。私と同様に動きにキレはない。

 

ちょうどよかった。私はウォルターと戦いに来たわけじゃない。言葉を伝えに来たのだ。

 

「ウォルター……あなたの依頼は達成しました」

私は攻撃から逃げ回りながら言葉を語る。

「あなたは言ってくれましたよね?お前自身の可能性を広げろって……」

ウォルターからの攻撃は止まらない。HAL826から追尾性能の高いミサイルが飛んでくる。回避行動をとるが、大きな爆風に巻き込まれ機体が揺れる。

 

「っぅう……私……今は色んなことができるんです」

爆風で身体を揺らしながら、私は言葉を続ける。

「普通の人みたいに笑えます。ちょっとしたジョークだって言えるようになりました。……掃除や洗濯だってできるんです」

私の言葉にウォルターからの返答はない。それでも、私は喋り続ける。

 

「……フィーカを……フィーカを淹れられるようになりました。美味しいんですよ私のフィーカ」

HAL826が右腕に装備した武器の銃口を向ける。「消えろ621」その言葉と同時に巨大なレーザーが私を襲う。とっさに横に機体をずらすが、LOADER4の右腕が吹き飛ぶ。衝撃でバランスを崩しそうな機体を必死に立て直す。

 

「ぐぅぅ……はぁ……はぁ……ウォルター……私ね……今幸せなんです……」

HAL826のほうを見据える。

「…………幸せ?」私の言葉にウォルターが反応する。

「はい、私は……いま……幸せに生きています」

友達を切り捨てて、惑星を燃やして、沢山の人を殺して……許されないはずなのに、私は幸福に生きてしまっている。それはきっと罪深いことなのだとは思う。それでも……私はあの人と一緒に幸せに生きていきたい。

 

私の言葉に反応したのか、HAL826の動きが止まる。

今しかないと思い、全速で正面からLOADER4を突っ込ませる。

「うわあああああああ!!」

銃口を向けられる恐怖を打ち消すかのように、私は叫びながら突撃する。HAL826の銃口がまたこちらを狙おうとする。それよりも早く私のLOADER4はHAL826の右腕を押さえ、そのまま押し倒すように機体ごとたたきつけた。

 

元からボロボロだったHAL826にはこれが致命傷だった。機体の機能が停止し、完全に動きが止まる。

 

私はそれを確認し、LOADER4のコクピットから飛び出る。事前に調べていたHAL826のコクピットの方に急ぐ。事前にコクピットの位置や開閉方法はレクチャーされてきていた。コクピットの前についた私は事前の学習通りにコクピット周りの端末を操作する。どうやら特殊な改造はされていない。すんなりとコクピットは開いた。

「ウォルター!……っ……あぁぁ……」

私はそのコクピットの内部を見て絶句する。コクピットにはウォルターだったものがいた。それは胸から下がもうなく。身体中を機械に埋め込まれている。

「……そこにいるのか……621……」

ウォルターは見えてもいないのか、視線も変えず口だけを動かす。

「……はい!……ここにいます!ここにいますよウォルター!」

HAL826の動力はもう動いていない。このままだとすぐにウォルターの意識も消える。動揺しているだけじゃだめだ。その前に、私は大事なことを伝えなければならない。

 

「……あのね、ウォルター……私……好きな人が出来たんです」

 

私は涙を流しながらも、ちゃんとウォルターが聞き取れるようにしっかりと意識して言う。

「私にも好きな人ができたんです。その人は……ウォルターみたいに賢くはないです、言葉だって丁寧じゃありません。ぶっきらぼうで、素直じゃなくて……カーラにはチンピラって言われています」

こういうと、ウォルターは心配してしまうかもしれない。でも大丈夫です。彼にはとてもいいところがあります。

 

「それでも……私には優しい人です」

私は精一杯明るい口調でそう言う。

そうすると、ウォルターも笑ったような口調で返した。

「……それは……よかった……621…………これからは……幸せに……」

そうしてウォルターは完全に沈黙した。ウォルターを見送った私は、その場で大声の泣き声をあげる。ごめんなさいウォルター。今この瞬間の私は幸せではいられない。私の目の前であなたが消えて、私はとても……とても悲しいのだ。

 

 

カーラたちのヘリがやってきて、倒れたLOADER4とHAL826を回収していく。私は近くの瓦礫いに腰かけ、それを眺める。戻ったらちゃんとした弔いをしてくれるらしい。いまのこの惑星で弔いができるというのは、多分すごく贅沢なことなんだと思う。あぁやって最後に話せたことも、こうして見送れることもすごく幸運なことだ、喜ばしいと言ってもいい。……だけど……やっぱり私は悲しい。ウォルターがいなくなったのを改めて実感して、それがとても辛いのだ。

 

そんな私のところに、ボロボロの身体を引きずったイグアスがやってくる。ヘリの中で安静にしていればいいのに、無理をしてわざわざ私の所にやってきた。イグアスは何も言わず、私の隣に座る。横目で表情を見ると、なにやら困ったような顔をしている。たぶん、私になんて声をかけるべきかわからないんだと思う。気の利いた言葉を使えられる人でもない。

 

何も言ってくれないけど、私は彼が隣にいるだけで、少し気が楽になる。うまく言葉を選べず、その場の感情任せで行動だけして、態度だってわかりやすくない……それでも私を気遣って隣にいてくれる。ウォルター、私が好きになったのはこんな人です。

 

「……聞こえてました?」私は聞く。

「なにが」

「私が話してたこと」

「……てめぇがAC乗ってる間の内容はな」

「そうですか」

イグアスは口ごもりながら返す。回線は開いてたから、きっとそうだろうと思った。でも、一番大切な部分を、まだあなたには届けていない。今言ってしまおうかと一瞬考える。すぐにやめることにした。RaDの面々の回収作業はもう終わりそうだ、これは、また今度にしおこう。私たちの時間はまだたっぷりある。

 

「行きましょう」私はそう言って立ち上がり、イグアスも合わせて立つ。イグアスの肩を支え、ふたりで歩きだす。小柄な私の身体にイグアスの体重がかかる。前よりも力がないようだ。よく見ると、息もあがってるいる。やっぱりかなり無理をして私のところまで歩いてきたのかもしれない。そう思うと、申し訳なさと同時に、嬉しさもある。私はあなたにとって無茶をするのに値する存在であると感じられて、今の私にはそれが救いだった。

 

 

 

グリッド086に戻ったカーラはウォルターの遺体を機体から取り出し、埋葬するといった。私はカーラに指示された場所で、片腕だけになったLOADER4を使い穴を掘る。周囲にはカーラや他のRaDの面々もいる。イグアスだけは居心地悪そうに、一人だけ離れたところで見ている。流石に、昨日の今日でドーザー達に馴染めはしないようだ。

「この惑星で墓なしの死体を山ほど作っといて、身内だけは墓を作ってやってるんだから……バチあたりのもんだね私も。あの世ってのがあったら間違いなく地獄行きだ」

カーラが言う。

「そう言うなら、『私たち』です。一人で行くことはないですよ」

私がそう返すと、他のRaDの面々も口を揃えて同調した。「一緒についていきますよボス!」「そもそもここも地獄みたいなもんだから大差ないですって」好き勝手に言い、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。うんざりしながらも、笑みを浮かべてカーラはその相手をする。カーラはやっぱり人に慕われている。私もいつか、あんな風に色んな人に慕われるようになれたらいいなと少し思った。

 

掘った穴に、ウォルターの遺体が入った棺桶が入れられる。カーラはしばらく目をつむったあと、「埋めてやってくれ」と指示した。

私はLOADER4を操り、掘った穴を今度は埋める。丁寧に作業を行った。戦闘でなければ、私のACの操縦技術はまだ精密さを保てている。

作業をしながらウォルターについて思いを馳せる。よく考えると私はウォルターのことを何も知らない。どこから来たのか、なぜ私を選んだのか、なぜコーラルを燃やす役目をしていたのか、カーラとはどのような関係だったのか……わからないことだらけだ。

 

それでもわかっていることはある。ウォルター、あなたは私にとって、大切な存在でした。それだけは確かです。

 

ウォルターの埋葬を終え、私はLOADER4から降りる。LOADER4はウォルターの墓の隣にそのまま鎮座する。

「ほんとうに置いていくのかいビジター?」

「はい、LOADER4はウォルターの猟犬です。……猟犬の私はもう置いていきます」

もう猟犬の私はいない。ウォルターと一緒にここで眠らせる。大丈夫だ、もう私は誰よりも強い猟犬じゃなくても、人間として生きていける。

 

私は一人でぽつんと立っているイグアスの方に足を向ける。イグアスは気恥ずかしそうに顔をそらし、明後日の方向を向いている。こんなときに、慈しんで抱きしめてくれることも、真っすぐに声をかけてくれることもできず、ただぶっきらぼうな態度をとることしかできない。そんなあの人と一緒に私はこれから生きていく。人間の私はそれを望んでいる。

 

見てくれていますかウォルター?

カーラが言ったみたいに、もしほんとうにあの世というものがあるなら、私がそっちにいったときに、また会いましょう。私はそれまでに、彼と一緒にたくさんの土産話を用意しておきます。

 

 

 

 

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