燃え尽きた惑星の上で   作:ただの誰か

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2話 ふたりの一幕

「おはようございます」

目を覚ましたイグアスに少女が話しかける。イグアスはそれに対して返答はしない。窓から外を見る。空は相変わらず燃えている。

「今何時だ」

「現地時間19時です」

通常であれば暗くなる時間だが、常に空が燃えている現在では感覚はあまり当てにならなかった。

「昼寝しすぎたか……まぁやることもねぇしな……」

イグアスは気だるそうに窓の外を眺める。相変わらず人の気配はないが、風景は流れている。

彼らは大型の輸送車の中にいた。

 

イグアスが少女を拾ってから数日がたった。その間に見つけたのがこの大型車両だ。いまは自動操縦で走り続けている。ACやMTの移送用に使われていたものであり、居住空間としての性能も有していた。仮眠用のベッド、最低限の家電類、移動拠点としては十分と言える。目当てだったヘリならば、もっと高速で移動出来ただろうか、今でも稼働するそれらは見当たらなかった。災害から逃げ出すとして、真っ先に使われるものではあると考えるとそれも致し方ない。

 

現在車両にはイグアスのヘッドブリンガー以外にもMTを数機、食料類や水のコンテナなどが載せられている。道中には放置されているものが山ほどあった。食料類は燃えたコーラルによる汚染などを考えると口に入れるのも躊躇われるが、彼らはあまり気にしていない。割り切っているというよりは、単に二人ともそれほど注意深くないからである。体調に変化が見られなければ問題はなかった。

 

イグアスはナビを確認する。

彼らは今中央氷原南部の方角にある港を目指していた。港といっても宇宙港ではない、海上を移送する船のための港である。誰もが大陸の反対に逃げようとしているなら、人が集まっている可能性はかなり高いと考えた。地形の変動の影響が大きくなければ目的地まであと2、3日で到着できるであろう。

 

「なんか通信だか無線だか拾えたか?」

「いえ、なにもありませんでした」

「まぁ期待しちゃいねぇ……なるようになるだろ」

 

燃えるコーラルの影響であろうか、現在通信機器でのやりとりが出来ないでいる。何か無線の一つでも拾えればと思って適当な周波数帯に合わせて繋げてはいるが、一向になにか聞こえてくることはなかった。もしかしたらこの惑星で生きているのは自分たちだけではないのか。そんな疑念に駆られる。

イグアスは少女のほうを見る。仮にこの惑星でふたりになったらどうする。今度こそどちらかが死ぬまで殺し合うか、そんなこと考える。

 

(それは悪くなねぇな……)

殺すか、殺されるか。どちらにせよ自分は納得できると思えた。

(あいつのほうはどうかな……)

少女はイグアスの指示を守りずっと無線の前に座っている。

 

この少女はずっとこのような感じだった。イグアスから与えられた指示をただ忠実にこなす。それ以外に余計なことは一切しない。よく訓練され犬。そんな印象だった。

イグアスが止まれと言えば止まるし。動けと言えば動く。自分を殺せと言えばどうであろうか。試してみたい欲求が溢れる。

 

そんな妄想を抱き、そこで思考をやめた。

「……アホくせぇ……」

 

そもそも自分たちのようなものがまだ生きてるのだから、少しくらいは生き残りだっているに決まっている。ひとまずほかの生き残りが見つかってから先のことは考えればいい。そう切り替えた。

「もう無線はいい。てめぇも好きにしろ」

無線の前に座ったままの少女にイグアスが言う。

 

「好きにしろとは休めということでしょうか?」少女が聞き返す。

「……はぁ……別に寝ても食っても遊んでてもいいって意味だ。そのくらいわかれ」

「……わかりました…………それでは食事をとったあと就寝します」

そう言って少女は席から離れる。

 

(……面倒くせぇ)

 

少女はイグアスに忠実ではあったが、自分で考えて何かを行うということをあまりしなかった。具体的な指示がなければろくに動こうとしない。自身で考えて行動するという能力に欠如しているように見える。なにかと反抗的な態度を続けて生きていたイグアスからしてみると、扱いにくい部分がある。自身の経験則が使えない。反抗的な相手を怒鳴る方法は知っていても、従順な相手に指示を出して扱う方法を知らない。相手が従順であるのだから困りはしないのだが、イグアスにとってはなんとなく居心地がよくなかった。

 

食料をとってきた少女が戻ってくる。手には固形のレーションが握られている。それとボトル入りの水が一本。粗末な食事だ。

 

「またそれかよ」

 

少女は食事のたびにそれを食べていた。砂と砂糖で出来たような非常食。現在この車両の食料事情はそこまで悪くない。元をたどればなにかはわからないが、パック入りの料理など、乾燥しきったそれよりもまともなものも十分にあった。

 

「問題でしょうか?」

「別に問題はねぇがよぉ……それクソまずいし……つーか飽きんだろいい加減」

 

イグアスの言葉を聞き少女は急に黙る。何かを考えているようだった。

「なんだよ?いまなに考えた?」

珍しいと思い、イグアスは少女に問いただす。

 

そう聞かれて、少女いつも無表情が少し崩れる。

「以前……似たようなことを言われました……『レイヴン、人間はもっといろいろな種類の食事をするものらしいです』……と……そのことを思い出しました」

 

少女がまだエアと名乗った彼女と繋がっていた時の話だ。その時のことを思い出していた。

「変な言い回しだな。誰に言われた?」

「……友達です……友達でした……私のはじめての友達……」

イグアスへの問に答えたあと、少女の目から涙が少しこぼれた。

 

いつもの無表情が少し崩れ、悲しんでいるのが見て取れた。最初に見つけたときの少女は泣いていた。そんなことを今更イグアスは思い出した。従順で表情の変えない少女の態度で忘れていたが、最初から少女は悲しんでいた。

 

イグアスは少女のこれまでを詳しく聞いていない。聞かない間はまだ少女との関係をリセットできる。そんな風に思っているからかもしれない。しかし、詳しく聞かなくても、少女がなにもかも失ったことくらいはわかる。惑星自体が今まさに死んでいる世界だ。みんな簡単に死んでしまう。

 

少女は食事もせずにうつむいたまま涙を流している。その姿に腹がたったのか、哀れに思ったのか、イグアスが口を開いた。

 

「……あぁ…………あれだ、俺にもダチがいた」

 

うつむいていた少女がイグアスのほうに目を向ける。

 

「昔馴染みでな、ふたりでバカやった……バカだったのは俺だけか?いやあいつも結構バカだったと思う。賭けして喧嘩しての毎日でよぉ……ふたりしてバカやってたら、ある日ミシガンのクソ親父にぶちのめされて二人してレッドガンに入れられた」

 

昔の記憶を思い出してイグアスは笑う。

 

「そんでいつか二人であの野郎ぶん殴ってやるって……まぁ長いことレッドガンで働いた……くそくらえって毎日思いながらよぉ……7年だっけか?……あー畜生、結局あのくそ親父の顔面ぶん殴れなかったのか……いやそうじゃねぇ話がそれた」

 

イグアスは足りない頭でなんとか言葉を並べる。

「まぁそんで結局あいつは壁越えのときに死んじまって……あのてめぇが成功させた奴だ……いや今言いたいのは恨み事じゃなくて……つまりあれだ、死んじまってもダチだったころの記憶は残る、そういうことだな」

 

要領の得ない話を雑に締めくくる。

 

イグアスの言葉に少女はピンと来ていないのか、不思議そうな表情をしている。

イグアス自身、自分でなにを言いたかったのかよくわからなくなっていた。

元々頭がそれほどよくないうえ、真面目な言葉を並べるのが苦手なのだ。

 

「……あぁくそ!……とりあえずその砂みたいなレーション食うのはやめろ!マシなパック温めて来てやるから待ってろ!」

 

そう言って今度はイグアスが席を立つ。話す言葉も態度も雑な男である。

その姿を少女が見ている。なにか言葉に感銘を受けたわけではない。相手が何を言いたかったのか理解できたわけでもない。それでも、いつの間にか少女の流していた涙は止まっていた。

 

 

 

 

イグアスがなにを言いたかったのはよくわからなかった。ウォルターやエアの言葉はわかりやすかった。イグアスの言葉は難しい。私になにを伝えたかったのだろうか。記憶というものは頭に残るということを伝えたかったのだろうか。それも違う気がする。

 

……励ましてくれていたのだろうか。私が落ち込んでいたから、それで語ってくれたのだろうか。

わからない。そのような内容ではなかったような気がする。

 

イグアスの言葉は難しい。なんのための言葉かわからない。

ただ、私の涙は止まった。悲しいという感情も少しだけ収まった気がする。

 

「ほら食え、野良犬」

 

イグアスが戻ってきて皿に入った食べ物を差し出す。私はそれを受け取る。

 

中身はよくわからない。濃い茶色の液体に、固形のものが浸かっていた。湯気を出して、変わった匂いがしている。皿に一緒に乗っていたスプーンを使って口に運ぶ。いつも食べるレーションとは別物ではあった。温かく、少ししょっぱい。

 

「うまいか?」

「……わかりません」

私は素直な感想を返す。

「……はっ……そっちのほうがアレよりはうめぇ。覚えとけ」

 

イグアスがそういうのあればそうなのであろう。もう一口食べる。先ほどより、口の中が心地よく感じる。美味しいということが少しわかったかもしれない。そう思うと、自然とスプーンを口に入れる回数が増える。私ははじめて食事というものに楽しさを感じているのかもしれない。

 

「なんだ。うまそうに食えるじゃねぇか」

そんな私の姿を見て、イグアスは満足そうに笑う。

 

今の自分はそういうふうに見えるのだろうか。自分ではどのような姿をしているのか想像もつかない。

私のことを笑いながらイグアスも私と同じ料理を口に運ぶ。

 

「……あー……言うほどうまくねぇな……」

 

そんな言葉が聞こえた。

 

うまいと言ったり、うまくないと言ったり、イグアスの言葉はやはり難しい。

結局この料理が美味しいものかどうかはわからない。ただ、このひと時に私は居心地の良さを感じていた。

 

今度から私も色んな料理を食べてみよう。そんなことを思った。

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