『惑星ルビコン3は廃星となることが決定されました。これは惑星封鎖機構と星系企業群による合意に基づくものであり、合同での事態の収拾、生存者の救出の後、惑星ルビコン3は永久に放棄されます。繰り返します……』
やっと入ってきた通信を聞きイグアスは苦い顔をする。惑星は完全に放棄されることが決まった。生存者の救出などと言っているが、どこまで本気かわかりはしない。そもそも空があのような状況で救出作業が行われるのであろうか。もっと言えば今の自分と少女が救出される対象になっているとは思えない。
「元レッドガンの脱走兵に……『レイヴン』じゃぁなぁ……」
そこまで口に出して、さらにイグアスは苦い表情に変わる。
(なんで俺があいつの逃げる算段まで考えてんだ……)
自分と少女との関係はそうではなかったはずだ。戦う関係だったはずだ。いつの間にかそれが変わってしまっている。
少女はいつもの通り、無表情で隣に座っている。何を考えているのかがわからない。自分はこうも悩んでいるのに、相手がその態度なのもイグアスとしては面白くなかった。
「野良犬……お前もなにか考えろ」
「なにか?……なにを考えればいいのでしょうか?」
「それを自分で考えろって言ってんだ」
少女相手に八つ当たりのようなことを言う。少女はしばらく考える様子を見せて口を開いた。
「この惑星を脱出するには、現有戦力では難しいと考えます」
少女は考えた末、自分のこれまでの経験からわかる内容を進言した。
それに対してイグアスは、聞かなくてもわかると言わんばかりに、大きくため息をついて返した。
人の集まってる地域に近づいているためか、多少のインフラの回復が務められているのか、通信の類が使えるようになった。ネットワークにも接続できるようになり、情報も大量にあふれてくる。この惑星の現状について多くの意見が散見しているが、イグアスの頭では何を語っているのかもよくわからなかった。
頭に入ってきたのは一通の個人宛のメッセージくらいだった。
『主治医からクソ患者に伝達。
「あのやぶ医者……生きてたのか……」
昔馴染みからの連絡だった。レッドガンで医師をしていた男だ。
「イグアス、まもなく目的地に到着します」
隣の少女が言う。目的地まではあともう少しだ。
イグアスは少女のほうを覗く。相変わらず無表情でなにを考えているのかわからない。
目的地に着いたら、どうすべきか。いまだそのことは決まっていない。
(……なるようになるか……)
イグアスはまた考えることをやめた。自分は少女をどうしたいのか、それさえわかってない男が今の少女の飼い主であった。
港の周辺に集まっていた人の数はイグアスの想像以上だった。港の施設内どころか、その周囲一帯にもあちこちにキャンプが見受けられる。あちこちで罵声や叫び声が飛び交い、まれに銃声などもしていた。統率がとれていない状況ということは一目で伝わってきた。空が燃えて、星が捨てられるといった状況なのだ。それも仕方がない話ではある。
キャンプの端に車両を止める。キャンプにいたものたちは遠巻きにそれを眺める。どれも追い詰められた表情をしている。油断ならないとイグアスは感じた。
車両から降りて移動するには危険と判断し、用のあった相手に連絡を入れ呼びつける。通信だけでも良かったのだが、顔を拝ませろと言ったのだから見に来いというのがイグアスの言い分だった。幸いなことに相手のほうから出向く了承はすぐにとれた。
「……客を呼ぶ。てめぇはMT乗って見張りだ。俺が許可だした相手以外近づけるな」
そう簡単な指示を出す。少女は指示の通り素早く車両に積んであるMTに移動する。指示を貰った時の少女の動きには無駄がない。
しばらくするとイグアスが呼びつけた相手がやってきた。年老いた男だ。こんな状況の中で白衣など着こんで、如何にも医者ですということをアピールしているようであった。
イグアスは車両の中に医者の男を招き入れる。イグアスと男はいつも使用している操縦席のシートに腰を掛けた。イグアスは座った男に水のボトルを差し出す。呼びつけておいた客人に対する最低限のもてなしというつもりであった。
「人にやるほど水があるのか」
医者の男が聞く。
「飲む食うには困ってねぇよ。あちこちに置かれたまんまだったからな。口に入れて大丈夫なのかはわからねぇが……いまんとこ腹は壊してねぇな」
「コーラルの汚染を気にしても今更どうしようもない。この惑星どこに行ってもそうだろうよ」
医者の男はそう言って水を懐にしまう。ここで飲む気はないようであった。
「レッドの奴から話は聞いてたが……お前が生きてたってことはレイヴンにはやはり会えなかったか」
「……は?なんでそうなる?」
「レイヴンと出会ってたらお前のほうが死んでたろ」
「だからなんでそうなるってんだ!俺が勝ったかもしれねぇだろ!」
「ミシガンが言ってたそうだ。レイヴンはお前の20倍は強いってな」
医者の男はバカにしたような笑みを浮かべる。それを見てイグアスは面白くないと言いたいように目を背けた。言われたことは的確であるように感じた。今のこの状況がおかしいだけで、自分とあの少女との差は本来そのくらいあったはずだ。
「レッドはどうした?」
イグアスのほうが尋ねる。
「あいつなら原隊復帰したよ」
「は?……レッドガンはもう潰れたろ?」
「ミシガンが死んだからって部隊全員死んだわけじゃねぇ。あの戦いは早めに離脱するような指示も出されてたみたいだしな……そんで生き残った連中は撤収するベイラムの護衛だの荷物運びだのしてたのさ。まぁ下働きだな。そうやって働いてたらいつの間にかこの有様よ」
医師の男はそう言って燃える空を指さす。
「今はベリウスのほうで撤収作業かなんかしてる。まぁ本当に撤収できるのは知らんがね。レッドはベイラムに拾われてそっちに行ったよ。人手は足りてないからな」
「……はっ……よく許されたな」
「あいつはどこぞのバカと違って大声で喚き散らして脱走したわけじゃなくて、作戦行動中にはぐれただけだからな」
どこぞのバカとはもちろんイグアスのことだ。イグアスはレッドガンから脱走するとき、仲間の制止する言葉も聞かず、散々にベイラムの悪口を並べてたててから逃げ出していた。いま、彼が同じようにベイラムに取り入ろうとしても同じ結果は得られないことは確かだった。それに、元よりまたベイラムに飼われる気もない。
「しかし……廃星っていってもよぉ……いまどうなってんだ」
話を変える。イグアスからしてみれば知りたいのはその情報であった。
「……企業の連中はベリウスから逃げ出す算段を立ててるらしい。さっきも言った通り、うまくいくかは知らんがな」
「キャンプの連中は?」
「建前では救助に全力を尽くすってことになってるが……まぁあの様だ」
車両の窓からは多くの難民の姿が見える。
「……結構な数生き残ったもんだな」
「バカを言え、これだけしか残らなかったんだよ」
港の周辺には多くの人が集まっている。しかし、中央氷原にいた元の人口から考えれば、極々少数と言って差し支えなかった。多くの人間が死んだ。その自覚が少女にあるのだろうか。イグアスは少し気になった。別に人殺しの善悪をどうこう言うつもりなんて欠片もない。それでも、これほど多くの被害を出すというのは、誰にだって躊躇われる話のはずであるように思えた。
「そんでやぶ医者はなんでこんなとこにいる」
少女のことから頭を切り替え、話を戻す。
レッドガンの医療班にいた人間だ。ベイラムの撤収作業の中に含まれているはずであった。
「潮時ってやつさ。ミシガンもナイルもいねぇんだ……もういいだろって思ってな。ここいらで人様の役に立って死んでもそう悪くない」
医者の男はキャンプのほうを指さす。医者としてこの捨てられる惑星に付き合う。それでいいと彼は言った。
「お前はどうする」
今度は医者の男が尋ねる。
「どうもこうもねぇよ。俺は出ていく」
「当てはあるのか?」
「それがねぇからわざわざやぶ医者の話なんて聞いてんじゃねぇか」
「……だと思った……」
医者の男がため息をつく。相変わらずガラが悪くてうんざりする。そう思いながらも話を続ける。医者の男とすればもともとこれからする話のために来たようなものだ。
「……そこでお前さんにいい話が……」
医者の男が本題の内容に入ろうとしたとき、車両の近くで大きな銃声が響いた。生身の人間が使う拳銃の音ではない。もっと大きな音がした。
イグアスの指示を受け、私はMTに乗り込み周囲を見張る。客と呼ばれた人は先ほど車両に入っていったので、あとは誰も近づかないようにすればいい。
あたりには生身の人間くらいしか見当たらず、脅威となり得そうな機体反応もない。
定期的に周囲を目視で確認する。
先ほどよりこちらに接近している人間が2名いた。ゆっくりとこちらに近づいてきている。体は小さい。幼い子供だ。
何が目的だろうか、護衛対象の車両に近づき続ける。これ以上の接近を許すわけにはいかない。『近づけるな』そういう指示をイグアスから受けている。MTの銃口をそちらに向ける。車両に注意を向けているからだろうか、子供たちはこちらが銃口を向けたことにも気づいていない。目線などを見るに、どうやら車両に積んであるコンテナが目的にようだ。
排除する必要があった。しかし、引き金を引く指が重い。なぜだかわからない。
銃口の向きを変える。誰もいない方向へMTで発砲した。引き金はちゃんと引けた。私の身体機能は正常だ。銃声に驚き、子供たちはいつの間にか遠くに走り去っている。
発砲からすぐイグアスから通信が入る。
「おい!何があった野良犬!」
「車両に近づくものがいたので、排除を試みました」
「はぁ!?……おいあれか!あの逃げてくガキどもか!?……マジかよ……馬鹿かてめぇは!」
相手を確認したイグアスが怒鳴っている。また私は間違ってしまったのだろうか。
「はい、相手は撤退しました……問題……だったでしょうか?」
「問題に決まってんだろ!まさか当ててねぇよな!?」
「いえ……排除しようとしたのですが……うまくトリガーを引けず……それで……あの……」
私は説明に困る。さきほどの行動をうまく言葉にできない。
「その様子じゃとにかく当ててねぇんだな……まぁ……ならいい」
「いいのですか?」
「いいわけねぇ!何やってんだバカが!生身のガキMTで撃ち殺しでもしたらてめぇは良くても俺の寝覚めが悪い!」
その言葉を聞き、私は少し安堵する。生身の子供に向けて撃たなかった。それについては間違えではなかったようだ……私が引き金を引けなかったことも間違いじゃない。そのこと自体に少し安心感を覚えた。
私は何も知らない。指示の通り動くことしかわからない。でも少しずつ、その以外のこともわかってきた気がする。そう思った。
発砲のこともあり、少女はMTから降りる指示が出され、車両に移ってくる。周囲にまともな戦闘力を有してそうなものはいない。見張りなら車両に搭載されているカメラとレーダーだけで元から十分ではあった。
「こっちでカメラとレーダー見張ってろ野良犬。なんかあったら言え。今度こそ!ちゃんとな!」
「わかりました」
少女はイグアスの指示をうけ、それらが確認できるシートに座る。
しばらくその姿を見ていた医師の男が口を開く。
「……どうしたあの女の子」
この場に不釣り合いな少女。当然の質問だった。
「…………あ~……拾った」
イグアスは適当に返す。嘘は言っていなかったが、本当のことを答える気にもなれなかった。
「拾っただぁ……どこで?」
「覚えてねぇよもう。その辺だその辺」
医者の男は考えるような仕草を少しして。あきれたような表情で尋ねた。
「お前レイヴンを拾ってきたのか?」
その言葉にイグアスは「ちげぇよ」と反射的に返す。しかし、医者の男はそれを受け入れる気はなかった。この少女がレイヴンである理由は多く思い付いた。
色々と理由はあるが一番の理由は
「お前さっき野良犬って言ったろ」
これであった。
野良犬。イグアスがレイヴンのことをそう言っていたのはレッドガンの関係者ならだれでも知っている。『あの野良犬いつかぶっ殺してやる』それがレッドガンを抜ける直前の彼の口癖であった。
「……別に野良犬なんて何匹だっているだろ」
図々しくイグアスはそう返す。それを聞いて医者の男は頭を抱える。イグアスの反論など、もうどうでもよかった。この惑星を焼いた張本人が目の前にいる。しかも、頭の悪いチンピラの言いなりになって働いているのだ。意味が分からない状況であった。
それから数十分、問い詰められたイグアスはこれまでのあらましをほとんど話してしまっていた。元々頭の悪い男だ。次々とボロが出て、最後はやけくそ気味になって語った。
「バカだバカだとは思っていたがここまでとはな……」
医者の男がつぶやく。
イグアスの説明は端的に言うとすべてその場の感情任せということだ。しかも、その感情がどういうものなのか自分でもよく理解していない。『殺してやる』などと言っていたんだからちゃんと殺せ。そう言ってやりたかった。
しかし、そうも言っていられない。医者の男は今の時点でイグアスの機嫌を損なうわけにはいかなかった。
「まぁ黙っといてやる……強化人間が増えたと考えればそう悪くもないだろ」
「は?……どういうことだよ?」
「イグアス、お前に依頼をもってきた」
医者の男はそう切りだし、内容について説明はじめた。
依頼内容はコーラルの汚染濃度が高い地域の物資の回収。火の中心部に近づくほど汚染濃度は高くなるが、そのような地域で活動するには、それなりの防護対策が必要である。しかし、現状それらの用意は望めるはずもなかった。
比較的濃度の薄い地域から物資は集められているが、それらは企業勢力が確保しキャンプの難民たちに回される量はごく少量と言えるのが実情である。第4世代強化人間のイグアスであればコーラル汚染への耐性は高い。現に火の中心部付近からここまでやってきたという。少女についても同様のことが言えた。
今は少しでも多くの物資が欲しいというのは医者の男としても本音であった。治した患者に餓死していかれては、医者としてこの地に残った意味がなかった。
「報酬はベリウス大陸への移動手段の確保だ……悪くない話だろ」
「……依頼主は?」
「オールマインドだ」
「……は?」
相手の言葉にイグアスは怪訝な態度をとる。オールマインドとは独立傭兵支援システムのことである。かつてはイグアスも関係していたことがあった。しかし、この災害が起きる少し前から、連絡がつかなくなっていた。
イグアスは車両の端末を起動し、アクセスを試みる。やはり相変わらずアクセスはできない。
「……あぁ~……厳密にいえばオールマインドって名乗ってる人間だ。今はこの辺で仕事の仲介をしてる。まぁ仲介業の名前ってことで便利なんで使ってんだろ」
釈然とはしなかったが、ひとまずイグアスはそのことは置いておくことにした。
元の話を続ける。
「まぁいい……それ信用できるんだろうな」
「さぁなこのご時世だ。しかしお前さんからすれば大した手間でもないだろ。他に伝手だってないんだろ?」
実際イグアスにとれる手段などほぼない。大陸間の移動が出来るというのであれば乗らざるを得ないというのが現実であった。
その後の話の結果、明日そのオールマインドなる人物に会うという方向で話はついた。
「その子の名前ちゃんと考えてんのか」
帰り際に医者の男が言う。
「……あぁ……えぇ~っと……野良犬……」
イグアスは少女の名前など考えていない。これまでに必要もなかった。
「明日までに考えとけよ」
そう言って医者の男は立ち去る。
イグアスはまた一つ面倒が増えたと思いため息をついた。
今日の食事のパックを温めて、皿に盛りつける。何かを焼いたもののようだ。食事の時間がいつの間にか待ち遠しく感じるようになってきた。楽しい……たぶん私はこの時間を楽しいと感じている。
イグアスと共に食事をとる。今日のものは昨日のものより好ましく感じた。イグアスのほうを見る。イグアスのほうも口に運ぶペースが早い気がする。きっとこれは美味しいものだ。そのことに対して楽しいという気持ちを感じている。食事が美味しいことに、イグアスとそれを食していることに、たぶん私は喜んでいる。
昔の自分から離れていってる感覚がある。強化人間C4-621。その私から、どんどん離れていってる気がする。私はこれからいったい何になるのだろうか。
「てめぇの名前がいる」
食事が終わった後、イグアスがそう言った。
「私の登録名はレイヴンです」
「使えるわけねぇだろ!お前自分の立場わかってんのか!?」
「……それではC4-621でどうでしょうか」
「番号じゃねぇか!それも使えねぇ!」
「…………では、野良犬ですか?」
「……お前本気で言ってんのか?……」
どれもダメと言われて私は困る。イグアスに対して使える名称が思い浮かばなかった。
「なんでもいい。なんか思い浮かぶ名前ねぇか?」
イグアスのその言葉を聞き、私はすぐにある名前が思い浮かんだ。
「……エア」
そう呟く。なにかの名前と言われて思い浮かんだのは、私のはじめての友達の名前だった。はじめての、とても大事な、私の友達。『レイヴン』が『強化人間C4-621』が切り捨てた私の友達。
「エア?……なんかどっかで聞いたことあるような気がしなくもねぇが……まぁそれでいいか。よし、てめぇの名前は今日からエアだ。ちゃんと覚えとけ。間違ってもレイヴンなんて名前使うなよ」
こうして私の新しい名前が決まった。
自分が何になるのか、その形が見えた気がした。私はエアになる……そうでありたい。彼女のように表現が豊かで、感情が豊かで、賢くて、優しくて……そういう存在になれるのであれば、なりたい。何もない空っぽの私じゃなくて、彼女のようになりたい。
そうすれば、ウォルターの最後の言葉の通り生きていけるのではないか。そう思えた。
「わかりました。私の名前はエアです」
そう返事をする。彼女への憧れと、ウォルターの言葉を言い訳にして、何も知らない私はそれを良しとしてしまう。
未来でどれだけの後悔があるか、何も知らない今の私にはわからない。