「今日のものはどうでしょうか?」
「まぁまぁじゃねぇか……」
少女が入れたフィーカを飲みながらイグアスが返す。数日飲まされて慣れたせいか、それとも少女の入れ方が上手くなっているのかはわからないが、この液体を飲むことにもかなり慣れてきているようだった。
イグアスの返答を受けて、少女も自分のものに口をつける。一人で相槌を打ちつつ味を確かめている。本人としては毎日でなにか差があるつもりなのかもしれないが、イグアスからしてみればなんの差があるかはわからなかった。
(インスタントの粉末に差もくそもねぇだろ……まぁそれでも最初のに比べたらマシか……)
少女が最初に入れたフィーカは水に粉末をいれて適当にかき混ぜたものだった。粉は溶け切らず、ボソボソとした苦味のあるなにか。あれに比べれば、沸かしたお湯を使い、粉末状のものが残っていない今のものは十分成長したと言える。
少女は手の空いた時間はネットワークにアクセスし、なにかを調べることが多くなった。フィーカの入れ方についてもそこで調べているのかもしれない。イグアスはそんな風なことを考えながら、また一口すする。そう思うと、以前より美味い気もしてくる。
ちらりと少女のほうを見る。柔らかい表情でフィーカをすすっている。どこにでもいるその年代の少女のように見えた。
「……はぁ……」その姿を見てイグアスはため息をついた。『レイヴン』そのような存在は今のここにはいない、『エア』という名前をつけた少女が目の前にいる。そのことにいまだ納得できていなかった。
イグアスが請け負った依頼は順調に進んでいた。といっても無人の施設から物資を回収するだけの作業である。難しいことなどなにもない。二機のACがあれば回収作業もすぐに終わる。終わればまた物資のありそうな地点に移動する。この繰り返しだ。依頼の説明にあった通り、コーラル汚染の濃度が高い地域には他に回収を行っているものも見当たらなかった。濃度もなにもこの空の下にいればどこも同じ。そんな風にイグアスには思えたが、たまにコーラル汚染にやられたと思われる死体を見かけるあたり、実際にキャンプがあった地点よりも人体への影響が大きいことはわかった。だからこそ、ある程度耐性のある旧世代型の強化人間であるイグアスたちにも仕事がある。
「くそみたいな手術だが受けといてよかったってか……」
賭けに負けたカタで受けさせられたものだが、今となってはそれも懐かしい記憶に感じられた。(バカだったなぁ……いや、今でも変わんねぇか……)
少女のほうを見ながらそんなことを考える。あれだけ殺したかった相手と仲良くゴミ集めをしている。その事実を見てイグアスは苦笑する。相変わらず自分はバカのように思えた。
少女は、端末でまた調べものをしていた。随分と熱心だ。なにかを調べるということが楽しいように見える。少女は最近になって少し表情を見せるようになってきた。その姿はあまりにもAC乗りというものから遠かった。
少女はなぜ強化人間になんてなったのだろうか。自分と違ってバカな理由ではないはずだ。どういう経緯があったにせよ。まだ少女と言える背格好で戦争をさせられていたのだ。ろくでもないことだけは確かだ。
「てめぇは嫌になったことはねぇのか?」イグアスは唐突に少女に聞いた。
「……嫌に?……なにがです?」少女はぽかんとした表情で返す。
「色々だよ……俺とこうしてること。戦わされたこと……あんだろ色々」
そう言われて少女はしばらく考え込む。そうして、考えがまとまってから口を開いた。
「嫌になったことも、辛かったこともあります……」友達と戦わなければいけなかったこと。アーキバスに囚われていたときのこと。今まで辛いこともあった。
「でも……ウォルターに飼われていたこと自体は……嫌じゃなかったです。イグアスとこうしていることも嫌じゃないです」
少女はイグアスの目をまっすぐ見てそう言う。その姿にイグアスは目を反らす。まっすぐ見つめてくる赤い瞳が妙に気恥ずかしかった。
「そら、いい飼い主に恵まれたことで」
「はい、私は飼い主に恵まれています。昔も今も」
少女は恥ずかし気もなくそんなセリフを口にする。その言葉についぞ耐えきれなくなったのか、イグアスは「そうかよ」とだけで言って、今度は身体ごと向きを背け、座っているシートを倒し昼寝の体勢をとる。もう会話は終わりという態度だ。少女はまた調べものに戻った。
(俺は別にてめぇの飼い主になりたいわけじゃねぇ……)そう頭で考えながら目をつむる。イラついているはずの思考とは裏腹に、イグアスはすんなりと穏やかな眠りに落ちた。
アラートの音がイグアス達が乗る車両の中に響き渡る。
イグアスは心地よい眠りから飛び起きる。その時には少女がすでにレーダーの確認をしていた。
「熱源1です。7時の方向から。」簡潔な説明を言い、少女はACのほうに移動する。イグアスも後に続く。「なんだってんだよ」イグアスは機体に乗り込み、起動させながら愚痴る。戦闘にはならないという予定ではあった。そのせいか随分気の抜けていた自分に腹がたった。
2機のACが起動する。それと同時に、少女の乗る スティールヘイズが熱源が確認出来た方向に飛び出していく。機体に乗り込んだ少女の行動は素早かった。
「……っち……はええ」それを見たイグアスのヘッドブリンガーが追随するように追いかける。
(しかし……それでこそあいつか)
スティールヘイズの背中を眺めながらイグアスは笑みを浮かべた。即断即決の行動に、素早い機動、敵を倒すための動きだ。誰をも屈服させてきたこの惑星の勝利者。自分が憧れた存在が今は確かに目の前にいた。
熱源を辿ると妙な機体がいた。車輪のような形をしてる。
「見覚えがあります。技研都市を防衛していたC兵器の一種です」少女がいう。
「なんでこんなとこに、そんなもんがあるんだ」現在地は技研都市からははるか遠くの地表だ。
「わかりません」
「だろうな」
改めて車輪のような機体を見る。随分とボロボロだ。どこにあったものかは分からないが、ギリギリで稼働しているように見える。周囲には他に熱源もない。
「これまでに他が壊れたのか……たまたまこいつが一機はぐれてここまで来たか……まぁどうでもいいか」
イグアスは照準を車輪のような機体に合わせる。
「先に聞いとくが。あれは強いか」
「強力です。しかし、イグアスと私がいて苦戦するほどではありません」
少女のその言葉を聞いて、イグアスは笑みを浮かべる。まるで自分の力量を認めてくれているかのようなセリフに少々舞い上がっていたのかもしれない。
「ならさっさとぶっ潰そうぜ!」
イグアスは嬉しそうに引き金を引いた。
少女の言ったとおり、戦闘は楽に終わった。元より一機で運用するようなものではないのかもしれないとイグアスは思った。
「一応用心のためだ。あたりをスキャンしながら戻るぞ」
イグアスの指示に従い、ふたりは元居た車両に戻る。
道中、先ほどの戦闘についてイグアスは頭を働かせる。
(確かに余裕だった……)敵の攻撃を回避して、一方的に撃つ。それだけだった。相手のまともな遠距離装備はミサイルだけ。それも主兵装という感じではない。安全に対処するだけでいい。そんな敵だった。事実イグアスたちは少しの弾薬を消費しただけで無傷である。
(だが……あいつはあんな動きだったか?)気になったのは少女のほうだった。危なげない戦いだった。十分に距離をとり、大きく攻撃を回避し、こちらの射撃で少しずつ相手にダメージを蓄積させて勝つ。なにも悪い点などない。しかし、その戦いぶりはイグアスの知っている『レイヴン』の動きとは違った気がした。
イグアスの記憶の中の相手は、いつも死地に足を踏み込み、紙一重で銃弾をすり抜け、決定的な一撃を決める。そういう戦いをしていた。味方のときも、敵のときもそうだった。その姿がいまでも頭に焼き付いている。それこそがイグアスの憧れた相手だった。
(まぁ乗り慣れてねぇ機体に、無理することもない相手だ。手抜きくらいして当然か)イグアスはそう自分を納得させた。事実敵機は倒しているのである、なにも問題はなかった。
車両に戻ってイグアスは機体を降りる。しかし、少女のほうは車両に機体は乗せたがコクピットからは降りてこなかった。
「一機いたということは、まだ付近に他の機体がいるかもしれません。私は残っておきます」
一通り周囲のスキャンをしたとはいえ、少女の意見にも一理あった。どちらにせよ車両に搭載されている索敵用のレーダー頼りではあるが、急に動けるようにしておくことにこしたことはなかった。
「そうか。じゃあ2時間ごとで交代だ。俺は先に寝る。車のほうはキャンプに向かわせんぞ。もう十分だろ」
これまでの回収作業で十分な食料類は確保できた。これ以上この地域にいる必要ももうなかった。
「わかりました」少女が言う。
「じゃあ2時間たったら起こせ」イグアスは車両にあるベッドのほうに向かった。
それを見送ってから、少女は大きく息を吐いた。少女は自分の手を見る。その手は怯えるように震えていた。
私はエアという名前を貰った。イグアスは相変わらず野良犬としか言ってくれないけど、今はそれが私の名前だ。私の大切な友達と同じ名前。だから彼女のようにたくさん調べて、色んなことを学んでいる。学ぶことは楽しい。世界には私の知らないことがたくさんある。フィーカの入れ方もその一つだ。段々と上手に入れれるようになってきた気がする。本当は豆の状態から処理するといいらしいのだけど、いまの私にはこの粉しかないのが残念だ。
イグアスも少しずつだけど、飲むときに嫌な顔をしなくなってきた。私の淹れたフィーカもそのうち美味いと言ってくれるだろうか。……言ってほしい。そうしたらたぶん私はすごく喜べるんだと思う。そのことを想像するだけで、私はほほが少しゆるむ気がする。
今の私は猟犬のC4-621でも、独立傭兵のレイヴンでもない。やっと感情というものを理解しはじめた、人間のエアだ。それでいい。……それでいいと……思っていた。
私は震える手を抑える。いつまでも震えが止まらない。簡単な戦闘だった。あの相手だってもっと厳しい状況で、何機も倒した。それなのに……
(怖い……)
その感情が消せない。怖いのだ。恐ろしいのだ。相手の攻撃で自分の命が無くなってしまうのが。フィーカも淹れられなくなってしまうのが。イグアスと食事をすることもできなくなってしまうのが。一歩間違えばそうなってしまうのがたまらなく恐ろしい。震えが止まらない。
以前はそんなことはなかった。C4-621もレイヴンも、戦い、勝つことが存在の全てだった。だから何も怖くなかった。自分の命よりも任務の失敗のほうが怖かった。
でも今は違う、私はもう他のことを知ってしまった。フィーカの味も、誰かと食事をする楽しさも知っている。世界にはまだ私の知らないがたくさんあることを知っている。だから戦うことがとても怖い。死ぬかもしれない場所にはいたくない。
でも、そんな姿をイグアスに見せるわけにはいかない。戦えない私なんて、きっと優しくしてもらえない。戦えない私なんて、きっと捨てられてしまう。戦えない私なんて、きっと必要じゃない。
イグアスが必要としているのは戦える私だ。
私は無理やり震える身体を押さえつける。この恐怖に蓋をすることが、今の私には必要だった。
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