燃え尽きた惑星の上で   作:ただの誰か

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6話 豆とミルと

 

 

 

イグアスは拠点の車両の中から気だるそうに空を眺める。

真っ赤に燃えていた空もところどころ、青さも見せるようになってきていた。やっと何もかも燃え尽きた。そんな感じだ。

 

手持無沙汰でどうでもいいことを考えてしまう。イグアスはそんなふうに思った。身の回りに起きている重大な出来事なのだから、まったくどうでもいいことではないのだが、イグアスという人間からしてみれば、自分の息が続いている時点で大した問題ではなかった。

「……暇でしょうがねぇ……」イグアスはつぶやく。

 

今度は、地面のほうに目を向ける。

ここはオールマインドのキャンプ地。そこではイグアスたちが持ち帰った物資に列が出来ている。周りには護衛のMTが数機。威圧的ではあるが、混乱を避ける効果は十分にあるようだ。かれこれ数日この光景を見ているが、いまだ大きなトラブルは起きていなかった。自称オールマインドの手際は随分良いように見える。周りに指示を出し、人々に食料を配り、治安維持の形も出来つつある。企業ともなにやら折衝しているらしく、忙しそうにしながら、雑な義足で動き回っているらしい。元はそれなりの立場の人間だったのかもしれない。

 

それに対して、イグアスは暇を持て余していた。今日も配給の列を眺めながらボーっと過ごしている。

こうなってしまった理由は、イグアスたちが物資の回収作業から戻ってきたところまで遡る……。

 

 

 

 

 

「ベリウスに移動できないってのはどういうことだ」

イグアスはオールマインドに食ってかかる。

「まだ準備が出来てないってだけだ」

オールマインドは落ち着けといったジェスチャーで返す。

 

イグアスたちが集めてきた物資を引き渡した後の話だ。任務は完了ということで、報酬を受け取るという段階で、オールマインドが「まだ無理だ」と言い始めた。それにイグアスは激怒していた。元々報酬の内容は曖昧だった。完全に騙されてたただ働きさせられたと思っている。

 

「なんだよ準備って!本当に大陸渡れる手段はあんのか!?」

そもそもそこが疑問だった。本当にまともな手段があるなら最初から提示しておけばいいだけの話だ。ひた隠しにしている目の前の男が信用できないのも当然である。

「それは間違いなくある」

「ならちゃんと説明しやがれ!」

そのような問答がしばらく続き。オールマインドのほうが先に折れた。

「……わかった……他言無用だぞ」

「言わねぇよ。言う相手もいねぇ」

「現在ここから少し離れた地点に、とある施設がある。今回の事件でかなり損傷はしたが、動くめどは立ってる。今は復旧作業にあたってる」

「だから勿体ぶんなよ!イライラさせる!」

 

イグアスの怒鳴り声を聞いて、オールマインドは静かに返した。

「大陸間輸送用カーゴランチャー……こいつを使う」

その言葉にイグアスは開いた口が塞がらなかった。

 

大陸間輸送用カーゴランチャー。文字通り、大陸間で物資を詰め込んだカーゴを打ち出す砲台である。打ち出されたカーゴは高速で海を越え、そのあとは重力に従い、地面に叩きつけられる。雑な輸送機器で、着陸地点すら細かく設定できず、カーゴの中身が滅茶苦茶になることも多々あることで知られていた。かくいうイグアスもぐしゃぐしゃになった物資をかつて回収したことがあった。

 

「ふざけてんのかてめぇ!」イグアスは怒鳴りつけるように叫ぶ。「砲弾になって飛んでくのが報酬とか通用するわけねぇだろ!」

イグアスの怒りももっともだった。どう考えても無茶な方法である。

「ACに乗っていれば計算上問題ない」オールマインドは涼しい顔で返す。

「どんな計算だよそりゃ!机上の空論なんて相手にしてられねぇ!」

「……実例もある」

オールマインドはイグアスの隣にいてずっと黙っていた少女を指さした。

「……は?……」イグアスは少女のほうを信じられないといった表情で見る。

「逆方向だったらしいがね。ベリウス大陸のほうにあるカーゴランチャーを使って、彼女はこちらに渡ったらしい」

 

オールマインドが説明する。それを聞き、イグアスは「どうなんだ」と少女に声をかけた。

「はい、間違いありません。私は以前カーゴランチャーを用いて大陸を移動しました」

少女はいつもと変わらない涼しい口調で答えた。

イグアスは頭を抱えた。あり得ない手段だと言ったものに対して実例を示されて困惑するしかない様子だ。

「……だが……」イグアスが何か言おうとした瞬間オールマインドが口をはさんだ。

「彼女には出来たのに、お前には出来ないのか?」

イグアスを黙らせるには、この言葉だけで十分だった。負けず嫌いには煽っておけばいい。それも意識している相手が引き合いに出るなら猶更。オールマインドは短い時間でイグアスのことをよく理解していた。

 

 

 

結局イグアスはそれを受け入れ、カーゴランチャーが復旧するまで待機という立場に置かれている。

 

「……暇だ……」

 

惑星は廃棄されることが決まり、企業は大慌てで脱出中。難民は今日を生きるのに必死になって食料を恵んでもらうため列をなす。そんな中でイグアスは呑気なものであった。冷静になれば、自分だってこの惑星から脱出できる保証はないし、食うものだってそのうち無くなるかもしれない。もっとイライラしてもいいものではあるが、妙に落ち着いていた。

 

「イグアス、どうぞ」

いつの間にかやってきていた少女が、入れたてのフィーカを手渡す。これも随分といい香りに感じるようになった。そう思いながらイグアスは受け取ったものに口をつける。相変わらずの苦味だが、飲み続けてきたせいかもう苦手意識もない。苦味とその中の酸味それらの味がなんとなく分かり始めていた。

 

「どうでしょうか」少女に聞かれ「まぁまぁじゃねぇか……」毎回の通りイグアスは答えた。

 

美味いとは相変わらず思えない。ただこの香りと味に落ち着きを感じてはいた。そのことにイグアスは苦笑いを浮かべる。少女の入れる出来合いのフィーカに安らぎを覚えている自分が滑稽でならなかった。

 

(……倒す……潰す……仕留める……殺す……)その妄想をまだ諦めきれていない。だというのにその打倒すべき少女の差し出すものに安心感を得ているのである。滑稽としか言いようがなかった。

 

「アホくさ……」

暇だから余計なことばかりを考える。そう思いイグアスは立ちあがる。

「そのへん散歩してくる。てめぇも行くか?」

「いえ、本日は車両内の清掃をしたいと思います」

 

別にイグアスが掃除を頼んだわけでもない。最近の少女は自発的にそのようなことをすることが多くなった。指示をしなくても勝手に雑務をやりたがる。掃除、洗濯、食事の準備。本音を言えばどれもイグアスは大して必要としてないのだが、本人がやりたいということを止める理由もなかった。何やら盛んに調べものをしているので、その一環という程度の認識だ。

 

「そうかよ。じゃあ俺は出てくる」

少女に断られたイグアスは一人で車両から出ていく。

外は随分と冷え込む。コーラル汚染の影響とは聞くが、赤さの残る空に冷たい空気は相変わらず不釣り合いだった。その中を生き残った人間たちがうごめいている。気味の悪い光景だとイグアスは思った。死にきれなかったものたち。人も惑星自体もそんな風に感じた。

 

(ひとつ残らず燃えちまったほうが良かったのかもな……)

 

それは自分自身にも向けられた気持ちだったのかもしれない。

 

 

 

 

私は車両の中を掃除する。ほこりや砂の汚れを掃除機で吸い取り、ベッドのシーツなども整える。イグアスに指示を出されたわけではない。ただ、私がこうしていないと不安で仕方がないからだ。なにか役に立って見せなくてはいけない。そういう気持ちに駆られる。あの戦闘以来、捨てられてしまうのではないかいという意識はいつまでもぬぐえない。

 

改めて考えると私は役立たずとしか言いようがない。掃除の方法も洗濯の方法も今までろくに知らなかった。ACに乗ること以外なんの取柄もない。その唯一の取柄もいつの間にか錆びついてしまっている。

 

知らないことを学ぶことは楽しい。イグアスがフィーカを飲む姿を見るのも好きだ。生きていたい。人並にそんな感情を覚えた私は、あまりにも脆い。命が惜しいと思った私はあれだけ得意だったACの操縦でさえ、ろくに出来なくなってしまった。

 

今になって思う。人並の感情も、生きたいという気持ちも、私はもってはいけなかったのではないかと。

 

車両の中から、ふと外を眺めた。配給の列にたくさんの人が集まっている。中には子供もいる。泣いていたり、笑っていたり、たくさんの感情が行きかっている。こんな状況だというのに、皆明日に向かって懸命に生きようとしているように見えた。私にはそれが凄く尊い光景に見えた。

 

そんなことを思った瞬間、急に吐き気が催してくる。耐えることもできずに、私は掃除したばかりの車両の中で嘔吐した。胃液の酸っぱさが喉に絡みついて辛い。

 

しばらくして、やっと落ち着いた。私は自分の吐しゃ物を拭きとりながら一人つぶやいた。

「……ごめんなさい……」

 

今になって、自分がしてしまったことの重さがわかる。誰もが私と同じように囁かな喜びを得ていた。そうして生きていた。これからも生きたかった。……そして、多くのそれを奪ったのが私だ。

 

名前を貰った。感情を理解しはじめた。人の気持ちも分るようになってきた。そうすると、自分がどれだけ恐ろしいことをしたのかもわかってしまう。

 

あれが必要なことだったのはわかる。ウォルターもカーラも全てを捧げた。私も最後までやり遂げた。そのために初めての友達すら犠牲にしたのだ。だから、あれが間違っていたなんて思いたくない。

だというのに、私の意思とは裏腹に、私の心が自分の行為を否定している。たくさんの命を奪った。私と同じ生きたいと思っていたはずの命を奪った。その行為が間違いであったと心が言ってくる。頭でいくら正しかったと考えても、心が許してくれない。

 

「……あぁぁぁ……」私はついに一人で泣き出してしまう。

敵を殺した……ラスティも殺した……エアも殺した……見知らぬ誰かをたくさん殺した……。

その事実が、今の私を責め立てる。

 

やっぱり、私が人並の感情なんてものを持ってしまったのが間違いだったのかもしれない。空っぽのままの私。あれできっとよかった。そうすれば、どれだけ自分が愚かな存在であるかもわからないままですんだ。ACだって今でも上手に操縦できたろう。そのほうが、きっとイグアスにも必要とされた。

 

「……私は……」

この世界で生きていていいのだろうか。きっとダメなんだと思う。

「……ぁぁぁぁ……うあぁぁぁぁ!……」

私の泣き声が車内に木霊する。

この感情をどうすればいいのか私にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

イグアスはぶらぶらと難民のキャンプの中を歩く。難民たちのキャンプの中には市が開かれているとこもあり、いまはそこで時間を潰していた。

 

金などたいして意味を持たない状態のここでは物々交換で商売が行われいる。価値が高いのはもっぱら食料だ。中でも日持ちし栄養価だけは保証されている固形のレーションなどは価値が高い。食べるのにしばらく困ることのない程度の食料を確保しているイグアスは、この状況ではかなり裕福なほうと言えた。

 

といっても商品として出されているものに大したものはない。防寒具や温かいスープなどが精々といったところか。目を引く物と言えば酒だが。この環境でどのように製造されたかもわからない酒を飲みたいとはイグアスには思えなかった。

 

酒の周りにはなけなしの食料を酒に変えて酔っている人たちがいた。イグアスがその様子を眺めていると、ちょうど妙な会話始まった。

「結局レイヴンってのはなんだったんだよ」

それを皮きりにあーだこーだと酔っ払いたちが喚きだす。

「戦争好きのろくでもない男」「そもそもレイヴンは個人じゃない」「企業を追い出すための解放者」「コーラルで脳がいかれた化け物」「全部でっち上げで存在すらしてない」

皆好きにその存在を口にした。『レイヴン』傍から見ると随分と謎の多い存在だった。独立傭兵として戦い、惑星を焼いたもの。なぜそのようなことをしたのか、その理由もわからない。ただ、『レイヴン』という存在が火をつけた。そのことだけが伝わっている。正確なことを知ろうにも、誰が正確な情報をもっているのさえもうわからない。かつて捕らえていたというアーキバスですら、ろくに情報を開示しようとしないというのだから、随分と歪な話だ。

 

本当に、レイヴンなんて存在はいなかったんじゃないか。自分が憧れた存在も夢だったのではないか。そんな風なことを考え、イグアスは笑った。

「……なわけねぇか……」

事実として、少女は存在するのだ。

 

イグアスは酔っ払いの中に割って入る。

「レイヴンはただガキだよ。なんも知らない子どもがうっかり爆弾に火をつけたのさ」

いきなり割って入ってきたイグアスが冗談のように言うと、酔っ払いたちは大きな声でわらった。

「兄ちゃんそりゃさすがに無理があるよ」誰かがそう言う。その言葉を聞き、イグアスも笑って「そりゃそうか」と返して立ち去った。

やはり、イグアスの知っている事実は荒唐無稽な話に感じられた。

 

(……レイヴンか……)

イグアスは歩きながら少女のことに頭を巡らせる。どういう目的で動いていたのかは知らない。何のために戦ってきたのかも、前の飼い主のことも聞いていない。聞きたいと思ったこともなかった。少女はただイグアスの前に立ちふさがる壁であればよかった。

 

それが変わってきている。イグアスが思い描いてきた壁から、少女はどんどん離れていく。自らの意思で動くことも増えた、笑顔も見せるようになった。まるでその年頃の普通の少女のような姿を見せる。

 

無敵の独立傭兵と普通の少女。その二つとどう接していいのかいまだにわからない。ただ、ずるずると取返しのつかない関係になってしまっている。その感覚だけがあった。

 

そんなことを考えながら、イグアスが市の中をぶらぶらとしていると。とある露店の商品に目が止まった。黒い粒が麻袋に詰められている。ローストした豆だ。このご時世には珍しい商品だが、誰も手に取ろうとはしない。酒のように酔えもせず、腹の足しにもならなさそうなものを物々交換で欲しいものなど、いないということであろう。

 

「……これ……貰えるか」イグアスが露店の男に言う。

「あ~……別に構やしねぇが。腹の足しにはなんねぇぞ」

「そんくらいわかる。これでいいか」

イグアスは手もちの固形レーションを二袋投げる。

「おいおい兄ちゃん。こんなにいいのか?」

男はそう言いながら、もう懐にレーションをしまい込んでいる。現金なものだと思いながらイグアスは目当ての商品をとる。

(なにやってんだかなぁ……俺……)

バカなことをしている。そう思いながら、頭にはこれを受けとるの少女の顔が浮かんだ。

 

 

その後、イグアスはオールマインドのところに立ち寄っていた。オールマインドはせわしなく働いている。イグアスを迎え入れたあとも、モニターを見ながら手を動かしていた。

 

「なんの用だ?いくら言われてもまだカーゴランチャーは使えないぞ」

「別にちげぇよ。ただの野暮用だ」

そう言ってイグアスは市場で手に入れたコーヒー豆を見せる。

「こいつを挽くもんもってねぇか?」

「これはまたこのご時世に珍しいものを……少し待て。ミルを貸してやろう」

 

オールマインドはしばらく自分の周りのテーブルを調べると、ハンドルの付いた木製のミルを取り出した。落ち着いた喋り方や人相のせいか、アンティークな趣味が様になっている。

 

「しかし、そこまでフィーカが好きだったとはな。嫌々飲んでるように見えたが……」

「別に、今でも大してうまいと思っちゃいねぇよ」

「じゃあどうして?」

「……あいつの趣味だ。ガキのおもちゃ代わりくらいにはなる」

イグアスがそう言うと、オールマインドはおかしそうに笑った。

「そうかそうか、お前はあの子の趣味に付き合って、大して好みでもないフィーカを飲んでいるのか」

 

バカにされているようで、イグアスは怒鳴り返そうとしたが、なんとか怒りをこらえて黙った。改めて考えるとオールマインドに指摘されたことは全てが事実だ。何を言おうと墓穴になる気しかしなかった。

 

そのまま、渡されたミルを持って帰ろうとしたら今度はオールマインドのほうが引き止めた。

「少し話があるんだ。聞いていけ」

 

オール―マインドはそう引き止めたあと、「フィーカを奢ってやる」と言って奥に引っ込む。イグアスからしてれば別に嬉しくもなかったが、話があるというのに出ていくわけにもいかなかった。

 

戻ってきたオールマインドがイグアスにフィーカを差し出す。イグアスは一口すする。相変わらずまずいと思った。オールマインドが入れるフィーカはひたすらに苦い。

(これならあいつが入れたやつのほうがマシだな……)そんな風なことを考えていることを見透かしたのか、オールマインドが聞く。

 

「不味いか?」

「……あぁ、不味いよ」

「不味いフィーカだって飲み慣れれば、それが恋しくなる」

「それ言うために引き止めたのかよ」

イグアスはうんざりとする。

「悪いな。前置きのつもりだった……それじゃあ本題に入ろう……イグアス。俺のところに残らないか?」

 

オールマインドはいたって真面目そうな顔をしてそんなことを言う。イグアスは正気を疑ったが、オールマインドはそのまま続ける。

「どうせ惑星に生き残った全員を脱出させるなんて無理だ。そもそも、そのやる気もない。この惑星に残らなきゃいけないやつもそれなりにいる。……俺はその手助けをしたい。インフラの整備に食料の生産。何もかも手が足りてないんだ。手を貸してほしい」

「ふざけんな……俺に土着になれってか?」

「そうだよ。ベリウスのほうに行ったとして、お前たちがこの惑星から脱出する算段なんてないんだろ?」

「捨てられた惑星で朽ちていくなんて、俺はごめんだね」

「フィーカと同じさ。気に入らない土地でも、住めばそのうち恋しくなる」

「バカらしい!」

 

イグアスは怒鳴って立ち上がる。相手にする気にもなれなかった。そのまま席を離れようとする。

「……嫌ならレイヴンだけでもここに置いていってくれないか」

オールマインドの一言で足が止まる。

「仲良くこのままこの惑星を出られるなんて考えちゃいないだろ?……お前の一番の目的がこの惑星からの脱出ならあの子は足手まといのはずだ」

 

オールマインドの言う通りではあった。惑星から逃げ出すにしても、少女は間違いなく足手まといではあった。イグアス一人ですら逃げ出するかどうかわからない状況だ。素性を語ることもできない少女を抱えている余裕などない。

 

冷静に考えれば悪い話ではなかった。少女を置き去りにするにしても、今なら代わりの飼い主もいる。自称オールマインドの目の前の男は、自分よりよっぽど少女をうまく使えるだろう。イグアスにもそう思えた。

 

しかし、イグアスはすぐにそのことに返答できない。答えに詰まってしまう。

「……まぁ……考えておいてくれ」

そう言って、オールマインドは自分の仕事に戻った。イグアスはそれを見て、外に出る。

 

(置いて行ってやったほうがいいんじゃねぇか……?)

 

それが、少女のためにも、自分のためにもいい気がした。少女はどうせどこにも行く当てはない。まだ落ち着ける可能性があるオールマインドの下にいるほうがマシに思えた。自分自身に対してもそうだ。かつての憧れを残したまま離れる。それがいいのではないだろうか。もう戦いもなにもありはしない。自分と一緒に居続けても少女はかつての壁にはなりえない。

 

(それに……もしかしたら……)

離れてしまえば、もしかしたらまた壁になる機会もあるのでは。そのことが頭によぎる。その光景を今でも求めている自分がいた。

 

そんなことを考えながら、ふと手に持ったものを見る。手には先ほど受けとったミルがあった。これを貰った少女の顔が頭に浮かぶ。先ほど思い浮かべた光景とはほど遠い、少女の顔が思い浮かんだ。そうすると、今度は一人残していくという話について気が重くなる。

 

理由は単純だ。イグアス自身が少女に情を持ち始めているからに他ならない。

しかし、イグアス本人はそれを認められない。少女のために豆を仕入れ、ミルを借りるようなことをしても、まだ自分は少女の敵でありたかった。

「置いてくか……」

そう呟く。少女が生きるために、自分が取返しの使なくなる前に離れる、それが一番マシであると判断した。イグアスは少女の待つ自分たちの車両に向かって歩く。言うべきことは決まったが、足取りは重かった。

 

 

 

 

 

イグアスが車両に戻ってくる。私はガラスに映る自分の顔を確認し、いつもの表情の自分を作る。泣き顔なんて見られるわけにはいかない。心を乱され、泣いている役立たずの姿なんて見せたら、きっとイグアスはがっかりする。捨てられてしまうかもしれない。それが恐ろしい。

 

自分が今こうしていること自体おこがましいのだと思う。人並に誰かと一緒に生きる資格なんてきっと私にはない。それでも、私は捨てられたくなかった。

「お帰りなさいイグアス」

私は戻ってきたイグアスを出迎える。

「おう」

 

イグアスは軽く返すと、そのままいつも座っているシートに腰かける。どことなく、いつもより表情が固いように見える。そのまましばらく沈黙が続く。なんとなく嫌な感じがした。焦燥感に駆られ、私がなにか言おうとした瞬間、イグアスのほうが先に口を開いた。

 

「ちょっとな……話がある……」

いつもと違う口調だった。嫌な感覚がさらに広がる。なにか私にとって辛い言葉をかけようとしている。そんな気がした。

「……では、その前に……フィーカを……入れましょうか?」

 

私はその場から逃げ出す口実が欲しくて、そう提案する。その言葉を聞いたイグアスはなにかを思い出したように、私に渡すように何かを差し出す。私は恐る恐るそれを受け取る。実物としては初めて見るものだったが、知識としてはなにか知っていた。これについては、たくさん調べものをした。

 

豆とミルだ。私が今持っているインスタントものではない。ちゃんとしたフィーカを入れるための材料と道具。

 

「ちょうど市場にあったんで……」イグアスがなにか言ってるのが聞こえるが、私の頭の中にはあまり言葉が入ってこない。渡されたものに意識は釘付けになっている。

 

ずっと欲しかった。豆の挽き方も何度も学習した。自分で豆を挽いて、ドリップして淹れて。そうして出来たものをイグアスと飲む姿を想像してきた。

 

そのためのものをイグアスが私に渡してくれた。私はそのことで、ものすごく動揺している。今いったいどんな表情をしているのだろうか。取り繕う余裕もない。

 

イグアスにしてみればただの気まぐれなのかもしれない。そういう人だ。それでも、私は……嬉しかった。とても嬉しかったのだ。

 

どんな理由でもいい。どんな理由であろうと、私の欲しかったものを、イグアスが用意してくれた。この事実だけで、心が突き動かされる。イグアスが私のことを見てくれているようで、ここに自分いることを認められたようで……まるで、私が必要とされているようで……。

 

たまらなくなり、私はイグアスに尋ねた。

「……私は……生きていていいですか?……」

いい訳がない。沢山のものを壊して、沢山の命を殺して。私がいま感じているこの気持ちも、きっと沢山奪った。だから、生きていていいはずがないのだ。

 

だというのに、私はイグアスに尋ねることをやめられない。目には涙まで溢れている。嬉しいという思いと、それは許されないという思い。それらがごちゃ混ぜになり、自分でもどういう情緒なのかわからない。

「……私は……ここに居ていいですか?……」

必死に尋ねる、私をイグアスは困ったような表情で見ている。困らせてしまった。いけないと思った。困らせるのではなく、役に立つをことを示さなけばならない。頭ではわかっていても、尋ねることをやめられない。

 

そんな私をしばらく見た後、イグアスが苦笑いをしながら返した。

「いいに決まってんだろ。てめぇがいねぇと誰がフィーカ淹れるんだよ。バカなこと言ってないで淹れてこい」

 

その言葉が私には救いだった。

ACの操縦も出来ない役立たずでも、大量殺戮を行った罪人でも、これで生きていける。図々しい勘違いなのはわかっている。きっとイグアスもその場の勢いでそう言っただけだ。それでも……生きていくための許可を貰った……そんな風に感じた。

 

「はい、淹れてきます」

私は涙を流したまま応えた。沢山の涙を流していたが、きっと私は幸福の中にいた。

 

 

淹れてきたフィーカをイグアスに差し出す。イグアスは黙ったままそれを受け取り口に運ぶ。それを見て私も入れたものに口をつける。

 

「……え?……」

初めて自分で豆を挽いて入れたフィーカの味は酷いものだった。酷い渋みと苦み。いつもの粉末で入れたもののほうがよっぽどマシに感じた。失敗してしまった。そう思い、恐る恐るイグアスの顔色を伺う。

 

「くくく……」

イグアスは笑っていた。

「不味いフィーカだ」

なぜ笑っているのかはわからないが、何か思うとこがあるのか、フィーカを入れたカップを感慨深そうに眺めている。

そうして、そのままそれを一気に飲み干した。思い切ったような態度に見えた。

「……俺は……不味いフィーカはごめんだ。てめぇはどうだ?」

イグアスは愉快な表情でそう私に尋ねる。

「私も美味しいものを入れたいです」

イグアスに美味しいと言ってもらえれば、きっとそれだけで私は生きていける。エアという人間としてこの世界に居られる。そう思った。

 

「なら、やるだけやってみようぜ。俺たちでよ」

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、イグアスはよく意味の分からな言葉で返した。一緒にフィーカを入れる……という意味では流石ないないだろう。本人はなにやら納得しているようだが、私には意味が通じていない。ただ、随分機嫌は良さそうだ。

 

だから、私も肯定する態度で応えた。

「はい、頑張りましょう」

今、目の前の相手と笑顔でいられる。私にはそれで十分だった。

 

 

 

 

 

二機のACがカーゴに詰め込まれ、砲台へと送られる。今からこれから打ち出されて大陸を移動すると考えると、中身になっているイグアスとしては、やはり多少の不安はあった。

イグアスはコクピットの中から、随伴する僚機を見る。あの中にいるパイロットにこの不安について愚痴ろうとも一瞬考えたが、すぐにその考えを打ち消す。一度成功させた相手に甘えているような形になってしまいそうなのは抵抗があった。

 

そんなことを考えている間に僚機にいる少女ではなく、管制をしている男から通信が入る。

「お前たちが使っていた車両は残しておく。いつでも戻ってきてくれ」

最後の最後までオールマインドはイグアスたちが残ることを望んでいた。強引に引き止めようとはしなかったが、ことあるごとに「いつでも戻ってこい」と口に出していた。イグアスたちが活動拠点に使っていた車両も、手を付けず残しておくつもりのようだ。

 

「好きにしていいって何回も言ったろ。あいつが乗ってるACと交換だ」イグアスはうんざりした口ぶりで返す。

「あれは貸しだしたものさ。それでお前たちの車両は預かりもの。それじゃダメか?」

「はっ……好きにすりゃいい。俺たちはACを返しにもこねぇし、あの車両を取りにもこねぇ」

「それじゃあ好きにさせてもらう。気を付けて行ってきてくれ。俺は待ってる」

そう言い残して通信は切られる。

 

「だから戻らねぇって!!……くそが……」

一方的に言いたいことだけ言って通信を切った相手に、イグアスは悪態をつく。イグアスからしてみれば最後まで腹立たしい男だった。

(なんでもかんでも見透かしたような態度とりやがって……)

イグアスは戻る気なんてまったくない。少なくともオールマインドが語ったようにこの星に居つく気などなかった。行く当てがあるわけでもない。何か目標があるわけでもない。ただ、この燃えた世界で腐っていくことはごめんだった。

 

隣の機体にいる少女の顔がちらりと頭に浮かぶ。今でも一緒に連れて行くべきかどうか迷っている自分がいた。理屈で考えても連れて行く道理なんてない、オールマインドに言われた通りこの惑星から逃げ出すには足手まといなだけだ。それでも、結局あの少女を連れて行くと決めた。

 

少女は今傷ついている。惑星が燃えて、前の飼い主も消えて、たぶんきっとそれで傷ついている。だから、その傷が少し癒えるくらいまでは一緒に居てやろうとイグアスは思った。そうして傷が癒えれば、きっと少女はまた誰よりも強く戦うはずだ、この惑星の勝利者として、自分が憧れてしまった存在として。その姿を一目でも見たくて、きっとその姿が見れると信じて、一緒に連れていくと決めた。

 

それが大きな間違いと気づくのは少し先の話しである。あるいは、イグアス本人も心の奥底ではその間違いに気づいていたのかもしれない。しかし、今の彼の脳裏にあったのは、かつて憧れてしまった、無敵の独立傭兵の姿だけであった。

 

 

 

 

イグアスたちが、カーゴランチャーに詰め込まれていたころ、中央氷原を飛ぶヘリの中で、一人の女性がボロボロになったACを眺めていた。『LOADER4』かつてレイヴンと共に、この惑星を駆け抜け、何もかも倒したその機体。今では丸見えになったコクピットを晒し、そのシートに主人はいない。

「はてさて……どうしたんもかねこいつは……」

その主を失った機体に目を向けながら、シンダー・カーラは呟いた。

 

 

 

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