燃え尽きた惑星の上で   作:ただの誰か

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7話 無様な戦い

ヘッドブリンガーが巨大なミールワームの死骸をコンテナに押し込む。グロテスクな映像に、モニターをとおしてそれを見ているイグアスは顔をしかめた。隣では少女の乗るスティールヘイズも同様の作業をしている。周囲には既にミールワームを押し詰めたコンテナが複数並べられていた。

「ちっ……面倒な仕事だ……」

敵を撃つわけでもなく、ただグロテスクな画面が続く単調な作業にイグアスは嫌気がさしたように呟いた。

 

ベリウス側に渡ったイグアスたちは、情報を集めるためにもと、傭兵として仕事を募集した。このご時世とはいえ、多少の仕事くらいあるだろうと思っていたイグアスだったが、結果は芳しくなく、ろくに連絡を繋げるものすらいなかった。そうしてしばらく待ったあと、やっとやってきた仕事がこれだった。依頼主は旧ルビコン解放戦線。報酬は一時的居住区の提供、AC関連の整備と補給。依頼内容はとにかくミールワームを詰めて持ってきてくれとのことだった。

 

「土着どもの飯を集めてこいってか?」そうイグアスはバカにしたが、今のイグアスたちの状況も八方ふさがりに近く、渋々この依頼を受けることとなった。

 

「つーかよぉ……これ食えんのか?」

ミルワームを詰めながらイグアスが疑問を口にする。目の前にあるのは異常成長した、明らかに食用ではないものだ。コーラル汚染がどれほど影響しているのかもわからない。中には少し光っているものまであった。

「この状況です。たとえ汚染による健康被害が出る可能性があっても、食用として代用せざるを得ないものと考えられます」

イグアスの言葉に対して、通信を繋いでいる僚機の少女から返答がある。随分と堅苦しい言いまわしに、イグアスは笑う。

「もうちょっとわかりやすく言えよ」

そう言われたあと、少女は少し黙ったあと。

「毒でも食わなきゃしょうがねぇ……というのはどうでしょうか」と返した。

自分の口調を真似て返してきた少女に対して。イグアスはさらに笑い声が増す。その笑い声を聞いた少女も、つられて一緒に笑った。

惑星が燃え尽き、毒を覚悟で人々が食料をもとめる環境の中、ふたりの空気は随分とやわらかいものであった。

 

 

 

その夜、二人は焚火を前に食事をしている。移動車両があったときに比べたら快適性は随分と失われていた。ACの狭いコクピットにずっといるわけにもいかず、こうやって野宿するような機会も増えた。

 

「いつもこのような仕事であればいいですね」

食事をしながら少女がそんなことをいう。日中集めたミールワームで用意したコンテナのなかはいっぱい。十分な成果である。少女はこの仕事の成果に満足していた。

 

「冗談だろ?わざわざAC乗ってこんな芋ほりみたいな仕事がいいのかよ」

イグアスは大袈裟な態度で返す。

「戦闘の危険もほとんどなく、内容も難しいものではありません。仕事としてはそのほうが良くないですか?」

「お前……今まで自分がこなしてきた仕事覚えてて言ってんのか?」

「もちろん覚えていますが……なにか?」

「物足りねぇだろ!なら!」

「物足りない?……どんな内容であれ、仕事は仕事です。であれば、余計なリスクは少ないほうがいい」

 

少女の返答を聞き、イグアスはこれ以上聞いても仕方がないと、ため息をついた。

少女からしてみれば、与えられた仕事をこなしていただけである。かつての華々しい戦いも高揚する話ではなく、単なるひとつの任務としてかとらえていなかった。むしろ、今となってみれば、怖い思い出ですらある。あれほどまでに危険なことをしていた自分を少女は別人のように遠く感じていた。

 

 

そうして、少しの時間が流れたあと、イグアスは少し緊張した空気で口を開いた。

「それで……散々戦ってきて……お前にとっては誰が一番強敵だった?」

自分でもくだらない質問をしているとイグアスは思った。客観的に考えても、自分が少女の一番の強敵であったとは思えない。それでも、イグアスはこのことを確認せずにはいられなかった。

 

少女は聞かれた質問について素直に考える。

エア、ラスティ、ミシガン、封鎖機構の精鋭、自分でないレイヴン……数々の強敵が頭に浮かんだが、一番と言われると思いつく相手は一人だった。

 

「一番の強敵と言われたら、アーキバスのV.Ⅰ(ヴェスパーワン)。彼で間違いありません」

 

はっきりとそう言われ、イグアスはつまらなそうな顔つきに変わる。自分の名前が出てるくることを万に一つも期待していたのもあったが、出てきた名前がよりにもよってアーキバスの人間だったのが気に食わなかった。

 

「そんなに強かったのかよ」投げやりに話を続ける。

「強かったです……この惑星で最強だったのはおそらく彼でしょう」

「最強?……最強はお前だろ。お前が勝ったんだから」

「百に一つを最初に引いただけです。それも、相手が遊んでいたから引けたものかと」

 

少女はかつての戦いを思い出す。相手はこちらとの戦いを楽しんでいるところがあった。手加減というわけではないだろうが、その分隙があったというのは事実だ。そのうえで、都合よく戦闘の流れが噛み合って、勝利できたにすぎない。あの当時の自分でもまた戦えば二度目はないだろう。

仮に今戦った場合のことを考えたらもっと悲惨だ。百に一つどころか万に一つすら勝てる可能性はない。今の自分では遊び相手にすらならない。一瞥もなく撃墜されるのが落ちだ。少女はそんなこと思う。

 

「はっ……結果が全てだ。そいつは負けてお前が勝った。それがすべてじゃねぇか」

少女の気持ちとは裏腹に、イグアスはそんなことを言う。イグアスからすれば、憧れた相手には一番の存在であってほしかったのかもしれない。

そのイグアスの言葉を聞き、少し考えたあと、少女は笑った。

「なんだよ」

その姿をイグアスがとがめる。

少女は笑った口調のまま返した。随分と楽しそうなら声色だった。

「結果がすべてであるなら、この惑星で最も強い存在はあなたですよ……イグアス。私を倒したあなたが最強です」

それはイグアスからしてみれば、絶対に認められない意見だった。あんなものが勝利であるはずがなかった。そして、そのことを楽しそうに語る少女のことも見ていられなかった。

イグアスはばつが悪そうに「フィーカでも入れてこい」と怒鳴る。少女は微笑んで立ち上がり、ミルを用意し、豆を挽きはじめる。二人とも会話を止め、ミルを挽く音だけが響く。ローストした豆の香りに、一定のリズムで挽かれる豆の音、楽しそうな少女。この柔らかく居心地のいい空間に、イグアスは居心地の悪さを感じた。

 

 

 

 

イグアスのヘッドブリンガーを追うように、スティールヘイズを走らせる。仕事も終わり、あとは報告するだけだ。今回の報酬で、衣食住についてはある程度確保できるらしい。疲労のことなどを考慮すれば、やはり居住区は確保しておいた方がいいとは私も思う。しかし、外でフィーカを入れるこの生活もそこまで嫌いではない。イグアスとふたりで焚火を前にしてフィーカをすする。そんな生活を気に入ってる自分がいた。

 

ふと昨日の会話を思い出す。かつての自分の話。まだ強かった頃の私、戦うことが全てだった私、イグアスが求めている……私。随分と他人事のように感じてしまう。あの頃の感覚がどんどん思い出せなくなっている。

 

スティールヘイズの操縦桿を改めて握る。スティールヘイズはいい機体だ。レスポンスも遅れず、機体も軽快に動く。私はそれを操縦しながら確かめる。私の操縦に対して、素直に反応する感覚があった。……しかし、それだけだ。

 

操縦し、反応し、動く。そういう感覚。かつての自分とはやっぱり違う。かつての私は機体の一部であれた。機械と身体が直結して、文字通り手足のように感じられた。その感覚は、きっといつか思い出すことすらできなくなる。今の私は、コクピットに座っている自分という感覚でしかいられない。いつの間にか、機械から人になってしまっている。そのことがいいことがどうなのはわからない……ただ、イグアスが求めているのは、人間の私でなく、機械の私であることくらいはわかる。そのことが……少し辛い。

 

 

私がそんなことを考えているとき、機体のスピーカーからアラートが響いた。とっさに背負っているコンテナをパージし、機体に回避行動を取らせながら、周囲を確認する。飛来するミサイルに、左右からこちらに向かってくる機体が見える。ミサイルにたいして大げさな回避行動をとりつつ、攻撃してきた機体をカメラに捉える。攻撃してきた機体は2機。どちらもACだ。ところどころにMTのパーツで無理やり補修した様子も見られる。

 

「ACが2機です。イグアス」

私はなるべく平静をたもった声で喋る。しかし、手は震え、心臓の鼓動も早くなっていた。飛来するミサイルに恐怖している自分がいるのがわかる。ぎこちない操縦に、機動するスティールヘイズのバランスもいまにも崩れてしまいそうだ。

 

「はっ!満身創痍の雑魚どもだろ!火事場泥棒するには相手が悪かったっての教えてやれ」

イグアスのほうは随分と余裕そうだ。客観的に見ても、接近する相手はイグアスの敵になるほどには見えない。彼からすれば楽勝と言ったところだろう。

「俺が右で、てめぇが左だ。さっさと片付けるぞ」

イグアスにそう言われ、私は一瞬言葉に詰まる。しかしなんとか「わかりました」とだけ言葉を搾り出した。

イグアスのヘッドブリンガーが勢いよく、敵機のほうに突撃していく。私もそれを見て、自分の相手のほうに機体を向ける。

 

(大丈夫……大丈夫……冷静にやれば負けない……)そう自分に言い聞かせた。スティールヘイズは継ぎはぎだらけの相手に遅れを取るような機体ではない。ラスティのように、かつての自分のように動けば、一瞬で終わる戦いのはずだ。

 

 

 

戦闘は長引いた。私は敵の火器にたいしていちいち大げさに反応し、私からの攻撃はロングレンジからの射撃だけ。しかも、精確性のかけらもない射撃は当てている弾よりも外している弾のほうが多かった。この機体の代名詞とも言えるレーザースライサーは、今ではただの重りにしかなっていない。スティールヘイズという機体を何一つ活かせていないことは間違いなかった。

 

それでも、私は必死に戦っていた。すくんだ足でペダルを踏み、震える手でレバーを傾ける。機体はバランスを失いかけ、それを必死に立て直す。その間にも敵のミサイルからこちらに向かってくる。私は必死に逃げるような動きでその攻撃を回避する。

 

「はぁ……はぁ……っう」

息が上がり、慣性によるGに呻く。

このように無様な状況ではあるが、なんとか戦闘は終わろうとしていた。相手の機体も、乗っている人間の腕前も大したものではなかった。おかげでなんとか、今の私でも勝ち切ることが出来そうな流れになっている。

 

スティールヘイズから撃ちだされた弾丸が運よく関節にあたり、敵機がバランスを崩しその場で横たわる。止めをさすべく、私は動かない相手に必死に狙いを合わせる。

 

そのとき、敵機から私に向かって通信が入った。

「助けてくれ!」

その声を聴き、私の動きが止まる。人を殺した罪悪感が急に頭に呼び起される。一気に吐き気ももよおしてきた。

その私に向かって、倒れたままの敵機が銃口を向け直しているのが見えた。

「いや……」私は、ろくに動けず固まったまま、死の予感に恐怖する。

 

しかし、その敵機から銃弾が放たれることはなかった。

高速で接近し、そのまま敵機を踏みつぶすヘッドブリンガーの姿が見える。その一撃で敵機は完全に沈黙した。死の恐怖から解放され、私は一気に安堵感を覚える。力が抜け、シートにおもいきり身体をあずける。

よかった、なんとか切り抜けられた。

 

そんなことを思う私にたいして、低い声色でイグアスから通信が入る。

「てめぇ……この様はなんだ……」

その声に私は震える。なにも切り抜けられてなどいない。弱く、無様な私をイグアスはきっと許してはくれない。

 

 

 

イグアスはヘッドブリンガーのコクピットでイラついていた。踏みつぶした敵機をチラリと見る。自分が早々に撃墜した物と同様、大した相手のようには見えなかった。だというのに、少女は散々に手こずり、さらには命乞いなどを聞いて固まってしまっていた。まるで素人のようなつたなさだ。

 

(……どういうことだ?)

以前の少女からは考えらない姿であった。以前の少女であれば、この程度の敵なんて歯牙にもかけず一蹴していたし、命乞いなんて聴きもしなかったろう。それが今は変わってしまっている。あの時の強さをどこかに忘れてしまっているかのようだ。

 

「いつからだ?」イグアスは聴く。

「……いつからとは?」少女が怯えるように聞き返す。

「いつからこんなざまになっちまったのかって聞いてんだ!……」

その質問に少女はしばらく黙ったあと答えた。

「……コーラルに火をつけてから……それからです」

少女の解答を聴き、イグアスはため息をつく。

(あの時からってことは……俺と戦った時にはこの様だったってことか……)

受け入れがたい現在ではあるが、納得する部分も少しはあった。自分が勝ててしまった理由付けにはなると思えた。

 

イグアスはしばらく考える。どうしてこうなったのか、症例はすぐに思いついた。

「新兵病だな……新米の兵隊がよくなるが……今更かよ……大量殺戮しちまってさすがに堪えたってか」

新兵によく見られる症状だとイグアスは決めつけて納得した。人をはじめて殺したものが、相手を撃てなくなってしまう症状。ありきたりな話である。それがコーラルに火をつけるという大量殺戮によって引き起こされた。そう考えればイグアスからすれば自然であった。

 

人を殺すことへの忌避感が原因。もちろんそれも影響していた。しかし、単にそれだけではない。そのことについて、イグアスは思いを巡らせることはなかった。考えることを放棄していたといってもいい。とにかく単純な答えに飛びついてそれでよしとしてしまっている。

 

なぜ、少女にそのような感情が生まれるようになったのか。それを考えるということをこの時のイグアスはしなかった。

 

「まぁ新兵病なんてのは場数踏めば治る。要するには気の迷いってやつだ」

そうイグアスは少女に言い聞かせる。あるいはそれは自分に言い聞かせていた言葉であったのかもしれない。

 

 

 

 

話も終わり、コンテナを回収してから移動を再開する。先ほどの話、私はイグアスに嘘をついた。私がこうなってしまったのは、コーラルに火をつけてからではない、イグアスと行動をはじめてからだ。

 

イグアスと最後に戦ったときの私も弱かった。あれはもう生きる気力がなかったからだ。

今の私はそのときよりもさらに弱い。生きたくて仕方がないからだ。

それが混ざってわからないように、私は嘘をついた。たぶんイグアスもそれで勘違いしてくれている。

 

新兵病……それもあるのかもしれない。今の私は敵を倒すのにも躊躇いがある。でもその病気にかかってしまったのも、身体が戦闘の恐怖に震えるのも、本当の原因は以前の機械のような私ではいられなくなったせいだ。人間らしくなっていく私、それが原因なのは自分でもわかっている。

 

もう私は空っぽじゃない。大切な物がたくさんある。会話をして、食事をして、フィーカを飲んで……それに楽しみを見出して……。幸福な時間を過ごしているのだと思う。そして、幸福な時間とは、失うことへの恐怖につながる。恐怖はさらに弱さへと変わっていく。

 

だから、イグアスにこのことを知られるわけにはいかない。『あなたと過ごした時間のおかげで、私は弱くなった』それを知られたら、きっとイグアスは私の前から姿を消す。彼の記憶に刻まれている、かつての私を守るために。

 

だから私は必死にそのことを隠す。彼が求めているのが以前の私であったとしても、私は彼に捨てられたくなかった。

 

 

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