燃え尽きた惑星の上で   作:ただの誰か

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8話 重ねられない身体

 

 

接近するスティールヘイズに対して、イグアスのヘッドブリンガーが迎撃する。放たれた弾丸は華麗に回避され、あっという間に接近を許してしまう。やけくそ気味に機体ごとぶつかろうとするが、それすら横にスライドすることにより躱され、通りすぎざまにレーザースライサーにより機体は真っ二つにされた。

 

その瞬間、機体に映しだされたモニターが真っ黒になり、何度目かのイグアスの敗北を知らせた。

 

「くそが!」

イグアスは怒鳴りながらコクピットから這い出る。周りには機体を整備する施設があり、イグアスのヘッドブリンガーの周りにも、機体の整備を行っている人間たちがちらほら見える。隣にあるスティールヘイズのコクピットから少女も出てくる。すました顔のままで、息一つ切らせていなかった。

 

イグアスは近くの壁際で疲れたように座りこみ、少女はその隣にたつ。二人で整備されている機体を眺めながら、イグアスは少女に尋ねた。

「俺は何回負けた?」

「7回です」少女は楽しくもなさそうに返す。

「畜生……惜しいのもあったよなぁ?……ひとつ前のあそこで……いや……最初が一番マシだったか?……」

イグアスと少女はいま、旧ルビコン解放戦線が使用している基地にいる。そこで機体の整備を受けつつ、今は戦闘のシミュレーションをしていた。

 

「あー……くっそ勝てねぇなぁ……」イラついた口調ながらも、イグアスはそこまで不機嫌ではなかった。むしろ上機嫌であったと言っていい。散々に負けを繰り返し、シミュレーションの中には、かつて自分が憧れた存在がまだいることがわかった。そのことに満足しているような様子だ。時間がたてば、また実戦であの姿を見れる。そんなことを思い描いているのかもしれない。

 

対して、少女はあまり楽しくもなさそうだ。実際少女にとってこの時間はあまり楽しいものではなかった。イグアスは満足しているようだが、少女からしてみればシミュレーション上でも劣化が始まっているのが実感できた。実戦に比べれば各段にマシではあるが、反応速度も、精密性も、駆け引きも、どれもすべて以前より劣っている。以前の少女の力量を考えれば、そもそもイグアスが惜しいと思える展開があること自体がおかしいのだ。

 

そのことに、少女は危機感を覚えている。

(このままじゃ……役に立つ存在でいられない……)

そうなったときが怖い。捨てられるのではないかという恐怖にかられる。

 

さらに言えば、自身の劣化など考えなくても、このシミュレーション自体が今の少女にはストレスなところがあった。撃墜されるヘッドブリンガーの姿を見るのは、現実ではないとわかっていても見ているのが辛かった。

 

 

愚痴ばかりだがそれなりに上機嫌な男と、ろくに喋らないが不安でたまらない少女。その二人の前に一人の男がやってくる。この基地の責任者という男だ。

 

「シミュレーターはもういいのか?」そういう男に対して、「もういいぜ。コクピット周りも頼むわ」とイグアスは返す。それを聞いた男は整備の人間に指示を飛ばす。

依頼内容の報酬ではあるのだが、それにしてもこの基地の人間たちは、イグアスたちにかなり親切であった。素性を隠している少女はともかくとして、元レッドガンのイグアスのことを考えれば破格の扱いである。実際、旧ルビコン解放戦線の面々には、ベイラムのレッドガンなど何回殺しても足りないというものも多数いる。

 

もちろんイグアスたちが任務を完了させというのも優遇される理由の一つである。どれだけ怪しいものであろうと、現状ではコンテンナ何個分ものミールワームの肉塊は大変貴重なものだ。現在、この基地の周辺にはかつていた港のようにそれなりの数の人が集まっているのだが、イグアスたちはそれら大半の恩人ということにもなる。この状況では、過去の遺恨などより飯のタネのほうが大事なことではあった。

 

さらにもう一つ理由としてあったのが、オールマインドと名乗った男による口添えである。

『イグアス一人でいたなら煮るなり焼くなりに好きにしてくれ、どうせやつは帰ってこない。二人でいたなら丁重に扱ってくれ、彼らはきっと俺のとこに帰ってくる』

この基地の責任者はこのように頼まれていた。旧ルビコン解放戦線の彼らからしてみても、オールマインドと名乗った男は特別なところがあり、イグアスたちを無下にあつかうようなことはできなかった。

そのことをイグアスたちは知らない。『言ったら機嫌を損ねるだけだ』というのも内容には含まれていたからである。

 

ともかく、イグアスたちはACの整備や補給を受け、少し余裕のできた状態ではあった。基地の中の個室も与えられ、野宿のときに比べれば随分居心地はいい。快適なベッドに、洗われた衣類、シャワーも多少ならば使える。いまのこの惑星では、かなり恵まれている側といって差し支えないであろう。

 

 

「せっかくだ。キャンプのほうでも行ってみるか。人がいるならなんかあるだろ」そう言ってイグアスは立ち上がる。

人が集まっているなら、以前と同じように物々交換でなにか買えるはずだ。機嫌がそう悪くない彼は、少し散財をしてでも嗜好品にありつきたい気分であった。

 

「ほら、いくぞ」イグアスは少女に言う。

そのことに少女は少し戸惑う。一緒にいったところで、自分がなにか役に立つ場面はない。それよりも錆びつく腕を少しでも磨いたり、雑務をこなしたほうがよっぽど役に立つのではないだろうか。そんな考えがよぎる。

「なんだ?行きたくねぇのか……じゃあ……」イグアスがそう言いかけたとき、少女から小さく「行きます」という声がもれた。

「なんだよグダグダしやがって……いくぞ」そう言いながら歩き出すイグアス。少女はその後ろをついていく。後ろを歩くその姿はどことなく楽しそうに見えた。

 

 

イグアスたちは基地から少し離れたキャンプのバザーへと足を踏み入れる。

空は相変わらず赤く燃えているが、以前に比べれば青さも見受けれられる。冷たい風が吹き抜ける中、難民たちが雑多に並べた露店が広がっていた。かつての港周辺と同じように、ここでも生き残った者たちが物々交換で日々を繋いでいる。地面にはひび割れたコンクリートが剥き出しで、ところどころに焚火の跡が黒く残っている。今にも崩れそうなバラックやテントが並び、その中を人々が行きかう。

 

人混みのなかを、イグアスは好き勝手に歩き、少女がそれに追従する。チンピラ風の男に、従順そうな少女。おかしな組み合わせに、訝しげに見る者もいた。少女の見てくれがよかったこともあり、その絵面はかなり怪しくは見える。人買いなどと思うものも中にはいたが、当の本人たちは周りの視線など気にもせず、好き勝手にふるまっている。

 

イグアスは早々にアルコール類を食料の一部と交換していた。以前は飲む気にもなれなかった、なにから出来たかわからないようなアルコールを、今日のイグアスは気分が良さそうに飲む。シミュレーターで少女に連敗したことは、イラつきよりも、喜びに繋がっていた。自分が憧れた強さがまだこの世にあったと思えたことがよっぽど嬉しかったらしい。

 

「よぉ野良犬。お前もなんかほしいもんあるか?」

「……ほしいもの?」

「そうだよ、なんかねぇのかよ」

そう言われて少女は困った。自発的になにかを欲しいと思えるほど、彼女の見識は広くなかった。なにか欲しいと物があったわけではないが。ただ、かつてにイグアスにローストした豆やミルを渡されたときの気持ちを思い出した。それを思い出すと、「なにも必要ありません」との声が出せない。必要なものなんてないくせに、周囲を見渡す。そうしていると、あるものが目に入った。

 

「あれです。あれが……欲しいです……」

気をつかっているのか、恥ずかしがっているのか、少女は小さな声で呟きながら指をさす。指し示したところには、イグアスが着ているものと似たようなミリタリージャケットが飾ってあった。あまり、綺麗なものではなく、小柄な少女が着るには随分とサイズがあっていない。

 

「はぁ?てめぇあんなもんいるのか?」

少女は生活のほとんどをパイロットスーツを着まわして過ごしていたし、今のイグアスたちの立場であれば、清潔な衣類も頼めば手に入る。

「つーか他にもあんだろ。全然サイズあってねぇしよぉ……それこそ女物のやつを……」

「いえ、これがいいです」

イグアスが異を唱えようとして、少女は先ほどより少し大きめの声で主張した。そうまで言われると、イグアスからしてみても他にしろとは言いづらい。

イグアスは服を飾っていたものと交渉をし、少量の食料とそのジャケットを交換する。手渡されたジャケットは今自分が着ているものと、同じくらいはくたびれていた。大した出費ではないが、なんとなく損をした気持ちになる。

 

「ほらよ」

イグアスはジャケットを少女のほうに投げる。少女はそれを丁寧に受け取る。

「せっかくだ。着てみろよ」そう言われ、少女はいつも着ているパイロットスーツの上にジャケットを羽織る。明らかなオーバーサイズで腕が袖の中に隠れてしまっている。少女は無理やり袖をまくり、手を出そうとしている。

「やっぱりブカブカじゃねぇか!だから言ったのによぉ……たっくアホらしい……」

少女の姿を見ながら、イグアスは笑いながら言う。無理やり大人ぶっているように見えて、イグアスからすれば笑い話であった。

 

そのまま、イグアスはまた好き勝手に露店を物色する。少女は黙ってその後ろ姿を追う。道中、止まっている車両のガラスに二人の姿が写った。少女はその姿を見る。似たようなジャケットを羽織った二人が、一緒に歩いているように見える。その姿を見た少女は、少しだけ頬を緩めて笑った。

 

 

 

 

イグアスはバザーの奥へと進み、アルコールの入ったボトルを片手に露店を物色し続けていた。少女はオーバーサイズのミリタリージャケットを羽織ったまま、黙ってその後ろをついてくる。冷たい風がさらに強さを増す中、キャンプの喧騒は少しずつ夜の雰囲気に変わりつつあった。焚火の明かりがちらつき、人の声が低く響き合う。

 

「そこのお兄さん。随分いい気分そうだねぇ」

ふいに、甘ったるい声がイグアスの耳に届く。声の主のほうを向く。歳は二十代半ばほどか、ボロボロのコートの下に身体の線が透ける薄い服を着ている。顔には厚化粧が施され、妙に慣れた笑顔で近づいてくる。女の視線はイグアスの手にしたボトルと、ポケットにまだ残る食料の膨らみに向いていた。

 

「ひとりで飲むことはないんじゃない?こっちで一緒に楽しまない?」

女はそう言いながらわざとらしく身体をイグアスに寄せる。一瞬追い払おうと腕をあげようとしたイグアスだが、動きを止めしばらく考える。思い返してみれば、ずっと女ひでりの生活で、性欲の発散もろくに出来ていなかった。女性という意味では少女もいるのだが、イグアスにとって少女はそのような対象でない。もっと言えば、そのような対象にしたくもなかった。

 

「……ちっ……まぁいいか……」

「サービスするからさ!お兄さん結構余裕ありそうだし!」

そう言いながら、女がイグアスの腕に身体を絡める。

そのやり取りを、少女は少し離れた場所から無表情で見ていた。ジャケットの袖はまたずり落ち、イグアスの背中と女の姿をただじっと眺めている。イグアスは少女の視線に気づき、軽く振り返りながら気まずそう手を振る。

「野良犬、てめぇは帰ってろ。遅くなるかもしれねぇし先に寝とけ」

そう言って、女と共にバザーの奥へと姿を消す。その姿を少女は捨てられた子犬のように、その場で固まったまま見送った。

 

 

 

 

 

与えられ部屋の自分のベッドの上に座り、私は膝を抱えている。先ほどの光景が頭に残って消えてくれない。

 

イグアスたちはおそらく今頃性行為を行っているのだろう。そのくらいは私にもわかる。男女にはそのような関係もあるというのは、これまで学習として調べたものの中にも存在した。イグアスが初対面の女性と身体を重ねている。そう思うと、なにか心にひっかかるものがあった。モヤモヤとした感覚が、いつまでも残り続ける。

 

必要ない感覚だと、私は必死にそれを振り払おうとするが、それに付随して、今度はまた違う記憶も呼び覚まされる。かつて、アーキバスに囚われていた時の記憶だ。性行為というものを私は経験として知っていた。

「ひっ……」

その記憶から身を守るように、私はさきほどもらったジャケットにくるまり、身体を丸める。以前はなにかわからなかった刺激の記憶が、今では悪夢のように感じられる。きっと、私は酷いことをされていたのだと思う。それでも平気だったのは、かつての私がそれに気づくことすら出来なかっただけだ。でも、今は違う。あの時の記憶を恐怖として感じとれてしまう。

 

「……っ……ぅぅう……」

私の目から涙がこぼれる。過去の記憶に自分は耐えることも出来ない。

ふと、隣にあるベッドを見る。ベッドの主は今は不在で、だれかとあのような行為に及んでいる。それを考えると、ますます涙が溢れてくる。もはや、自分がどのような感情を抱いているのかわかりもしない。ただ、これが負の感情なことだけは間違いない。過去の記憶と現在の状況で私は今にも押しつぶされそうだ。

 

ジャケットの中で身を丸めて、身体を震わせる。早くイグアスに戻ってきてほしかった。あなたが隣にいれば、きっと私は少しは取り繕えるはずだ。

 

 

 

 

行為を終えたイグアスは服を着替えている。顔つきに満足感はない。ぼろきれのような建物の中、何人つかったかわからないようなマットのうえで行われた行為は、あまりイグアスの心を満たしてくれるものではなかったようだ。

女のほうは上機嫌だ。イグアスは見立て通り今のご時世の中では裕福であり、それなりに飢えを凌げる量の対価はあった。さらに酒まで同伴にあずかれていて、今も裸体のままグラスに入れた酒を口に運んでいる。

 

「しっかしお兄さん中々に乱暴だったねぇ」女は笑いながら言う。

「商売女が何言ってやがる。優しくしてやるギリなんてねぇよ」

それに対してイグアスは面白くもなさそうに返す。口に出した通りで、そのぶんの見返りはやっているだろうという感じだ。

 

そんなイグアスの言葉に女は愛想笑いを浮かべる。腹の立つ返答ではあったが、事実イグアスは払いのいい上客であったので、文句を言うのはやめておいた。

「へぇ……じゃあさっきの子には優しくしてあげるんだ」

代わりに女はそんなことを言う。女からすれば、とくになにかを意図して言ったわけではなく、見た情報から適当に吐いたものであったが、その言葉はただの文句よりもイグアスをイラつかせた。

 

「あいつはそんなんじゃねぇ……」

「え?……あぁ……妹とか?随分似てはなかったけど……」

「……ちっ……まぁそんなもんだよ」

イグアスはもう相手をするのも面倒になり、雑にはぐらかせて女のいる建物を後にする。後ろから「また、おいでよ」なんて言葉が聞こえたが、もう二度と近づいてやるもんかと心のなかで毒づいた。

(あいつはそんなんじゃねぇ……てめぇみたいなのと一緒にするな……)

 

イグアスにとって少女は特別なものであった。だからこそ、手を出そうと思ったことなんて一度もない。自分の腕の中で喘ぐ少女など見たくもなかった。イグアスが少女に求めたのは自分が憧れてしまった、圧倒的な存在である。

 

しかし、それが少しずつ崩れていくような感覚もある。

ただの少女として接しているときの顔がふと頭をよぎった。無表情でフィーカを注いでいる姿だ。そして、それを渡すときに少しだけ笑みを浮かべる。それはおそらく安らげるひと時の記憶だ。

(バカか俺は)

そう思い、やけくそ気味にボトルに残っていた酒を一気に口に流し込む。急激にまわるアルコールで一瞬頭によぎった姿をかき消す。そうして、今度は苛烈に戦う少女を想像する。アルコールの入った妄想の中で戦う少女は、ほとんどおぼろげになりかけていた。

 

 

 

随分とアルコールの入ったイグアスが部屋に戻る。

「お帰りなさい。イグアス」

部屋は明るく、部屋にいた少女がとくに表情も変えず出迎える。少女の内心はともかくとして、イグアスから見た少女はそのように見えた。

「なんだ、寝てなかったのか?」

イグアスはそのことに少し驚く。『寝とけ』と先ほど言っていたはずであった。そのようなことを言われたら、大人しく寝ておくのがいつもの少女だ。珍しいこともあると、イグアスは思った。いつもと何が違うような感じがして、少し落ち着かない感覚があった。酒の入れすぎもあり、眠気もかなり強い、さっさと休んでしまおうとそのままベッドで横になる。

 

「イグアス……先ほどはどのような報酬を払ったのですか」

横になったままのイグアスに、少女が妙な質問を投げかけてくる。眠気交じりのイグアスはそれに対して顔もむけず適当に応える。

「酒と食料だよ。それがどうした」

「……そうですか……どの程度?」

「知るか。もう覚えてねぇよ」

「……そう……ですか……」

イグアスの返す言葉に対して、少女は恐る恐る返しているように見える。しかし、アルコールと眠気に蝕まれたイグアスはそのことにも気づかない。なにを面倒なことを言ってるのだと、イライラしているだけだ。

「現在は、食料の備蓄も安定しているとは言えません」

少女のその言葉に、イグアスのイラつきが増す。まさか自分が少女から食料の無駄使いを咎められているとは思っていなかった。

「なんだてめぇ説教でもしたいのかよ?……ちっ……無駄使いすんなってか?……どっちにしろもうあんな女のとこいきゃしねぇよ!くそくらえだっての!」

イグアスは大げさに声を張り上げる。反省する気などさらさらないが、どちらにせよ今夜の女のところにもう一度行く気はなかった。

 

そんなイグアスに対して少女はしばらく黙る。なにか空気がおかしいと、イグアスは身体を起こす。少女は立ったままイグアスのほうをじっと見て、やがて口を開いた。

「…………男性の性事情は理解しています……」

本当にそうであったのか、勘違いかはわからないが、少女から出る声が震えているようにイグアスは感じた。表情だけは変えないくせに、その声色が妙にイグアスの心を乱す。イグアスは思わず、ベッドから立ち上がる。

 

そんなイグアスを見ても、もう止められないのか、少女はさらに言葉を繋げる。

「私であれば、物資を報酬として差し出す必要はありません。私も女性で……「黙れ!!」

 

少女の言葉を遮るようにイグアスが声を荒げ、少女の胸倉を掴む。少女が羽織ったジャケットが引っ張られ、首が締まる。少女はイグアスの顔を見る。かつてない怒りの表情で、イグアスは少女のほうを睨んでいる。

「てめぇは違うだろ!!」

そうイグアスは感情のままに叫ぶ。

「てめぇは!あんなのとは違うはずだろ!!」

もちろん先ほどの女性と少女では事情が違う。それでも、自ら身を差し出すような真似をする少女をイグアスは見ていられなかった。認められなかった。

「てめぇはなんだ!言ってみろ!!」

そのイグアスの問いに少女は答えらえない。まだ考えていたのか、答えたくなかったのかわからないが、イグアスは少女の返事を待たず、さらに怒鳴る。

 

「てめぇは!強くて!凄くて!誰にも負けなくて!!……それで……俺の!……俺の…………」

憧れであったのだ。

 

その憧れが、身をやつした女と同じような振舞いをしようとしている。イグアスにはそれが許せなかった。

かつてないイグアスの怒りに触れ、少女は静かに「ごめんなさい」と言った。それを聞き、イグアスは少女の胸倉から手を離し、崩れるようにベッドにまた倒れる。拒否感を示しているのか、少女に背中を向ける。

「二度と言うな」

「……わかりました……二度と言いません」

それきり部屋には沈黙だけが残る。少女は部屋を消灯し、しばらくしてイグアスの寝息が聞こえ始める。

 

上機嫌でバザーに繰り出した一日は、ただ傷つけあうだけのやりとりで終わった。

 

 

 

 

イグアスの寝息が聞こえ始めるが、私はまだ眠れていない。イグアスがあれほど怒る姿ははじめて見た。

 

間違えてしまった。浅はかな理屈を並べ、自ら身体を差し出すような提案をして……なに一つイグアスが求めていないものだ。シミュレーションで模擬戦をしたとき、負けっぱなしのイグアスは喜んでいた。私の強さを思い出せていたからだ。そして、それがイグアスの求めている私なのだ。この震える身体を差し出したところで、弱さをさらけ出すことにしかならない。なぜあんなことを言ってしまったのか、後悔だけが残る。結果として得たのは強く拒否されたという現実だけだ。

 

ベッドから身体を起こし、イグアスが寝ているベッドへと近寄る。いつの間にか私に背を向けず、仰向けで寝息をかいている。アルコールを入れているせいか、いつもよりも少し寝息が大きい。

シーツから伸びている手が見えた。私は一瞬その手を握ろうと腕を伸ばしたが、冷静になり止まった。先ほどのことがあったというのに、ぬくもりを感じようとする自分が本当に情けなかった。

 

私はどうして欲しかったのだろうか。イグアスと身体を重ね、過去の辛い記憶を上書きでもしたかったのだろうか。自分でもよくわからない。ただ、気づいたらあのような台詞を並べ、彼に身体を差し出そうとしていた。バカな私だ。本当にバカで、救いようがない。散々にわかっているはずだ、私がイグアスに求められているのは、機械のように強い私だ。

 

わかっていながら、私はそうはなれない。

 

私はイグアスに触れることも出来ず、その場に座り込む。そうして、先ほどから考えていたことを小さく言葉に出す。

「私がなにか考えていました」

彼を起こしてしまわないよう、小さく小さく言葉を刻む。

 

「私は……エアです。……イグアス……あなたは一度もこの名前を呼んでくれないですけど……それでも……私は……名前が決まったあのときから……人間のエアです」

そう自分で選んだ。選んで決めた。初めての友達の名前。今の私は彼女のように感情豊かで中身が詰まっている。だから……弱い。

 

レイヴンでもC4-621でもなく、弱くて、情けなくて、自分の感情も制御できない人間のエア。それが私だ。今日はジャケットを貰って嬉しかった。まるであなたとお揃いの衣装を着ているようで、それが楽しくて仕方なかった。そのあとは辛かった。あなたが他の女性と一緒にいることも、自分の過去の記憶も、バカな提案をしてあなたに怒鳴られたことも、嫌な気持ちを作った。そのような感情に振り回されるのが今の私だ。

 

そしてたぶん、もうそういう存在でしか居られない。

「……きっと……今の私なんてあなたは必要じゃない……私は強くないし……凄くないし……誰かに勝つことだってできない」

イグアスが求め続けるかつての私。それはもはや遠い存在だ。

 

「……それでも…………一緒にいさせてください」

イグアスを起こさないよう、そう小さく呟いた。聞かせない声を届けようとする私はやっぱり情けなく滑稽に感じた。

 

 

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