燃え尽きた惑星の上で   作:ただの誰か

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9話 危険な依頼

 

 

旧ルビコン解放戦線の施設の一室、イグアスと少女は黙ってフィーカを飲んでいる。毎日の日課のようなものではあるのだが、二人の空気はどこか重い。昨日のやり取りの記憶がしっかりと尾を引いていた。

 

イグアスはちらりと少女のほうを見る。いつもと変わらない不愛想な表情しか読み取ることは出来ない。

(酔った勢いで、随分と情けない怒鳴り方をしちまった……)

少女のほうも発言に対する後悔だらけであったが、こちらもそれ相応に後悔があるようであった。少女の内心がわからないイグアスにとっては、冷静な少女の発言にコンプレックスを爆発させた自分が一人でわめていたようにも思える。そういう思考に至ると、自分に対する情けなさに、ため息も出る。

 

ここは素直に「悪かった」とでも言っておいたほうが、恰好がつくのではないか。そんなことも考えてみるが、恥の上塗りのようにも感じその言葉も出ない。思考だけが堂々巡りし、ただ黙ってフィーカを口にする時間だけが流れていく。

最後の一口をすすりきり、一言も発せないままこの時間も終わる。結局なにも口に出せなかったイグアスはいまだ思案にくれていたが、少女のほうは沈黙を破り口を開いた。

「今日のものはどうでしたか?」

これもお決まりのような台詞だ。フィーカを飲み終えたときは、少女はだいたいこの質問をする。そのたびにイグアスは「まぁまぁ」だの「それなり」だの言って適当に応える。本音を言えば、最近の少女の淹れるものは、かなり美味しく感じるような気もしていたのだが、それを口に出せるほどイグアスという人間は素直ではなかった。

 

少女の質問を聞き、空になったコップをイグアスは見つめる。少し悩んだ後、「今日のは……まぁ……悪くなかったんじゃねぇか」と言う。正直今日飲んだものについては気まずさもあってろくに味もわかっていなかったが、散々少女に謝罪をするかどうか悩んでいたイグアスは、謝罪代わりに、いつもより褒めるような言葉がつい口から出てきた。

その言葉を聞き、少女は驚いたような表情で「ほんとうですか?」と聞き返す。嬉しさを隠しきれない。そんな風な様子だった。

 

その姿を見てイグアスはほんの少しの安堵を覚えつつ。「うっせぇな……何度も聞くな」と返す。

それを聞き、少女は珍しく大げさなくらい嬉しそうな表情を浮かべる。イグアスにとっては気まずさを紛らわす言葉にすぎなかったが、少女にとっては今の人生の全てと言っていい程の価値があった。人間として学んだ自分の行為が肯定されている。そのように感じていた。

 

少女があんまりにも普段には見せない表情を見せるので、イグアスはポカンと面を食らう。なにがどうしてそこまで喜んでいるのかわからなかった。しかし、それでも少女の笑顔が見れたことには妙な満足感があった。

(まぁこんなことがあっても悪くねぇか……)

そんなことを思いながら、また新しい1日が始まる……

 

 

というようなことがあって、もう1週間近くたった。今日もイグアスたちはフィーカを口にしながら、ぼんやりとした空気の中を過ごしている。ここ数日はとくになにか大きな出来事もなかった。大半をノンビリと過ごし、頼まれたときは、ACを動かし物資の回収や、周囲の土木作業などに従事する。他人からは感謝され、今のところ食べることにも困っていない。満たされる生活であった。

好き勝手暴れ、厄介がられ、兵隊をするしか能がなかったイグアスのこれまでの人生と比較すればよっぽどマシな生活と言えるかもしれない。

 

いつものように一緒にフィーカを飲んでいる少女に視線を移す。視線に気づいた少女は、いつもの仏教面から少しはにかんだものに変わる。随分とかわいらしい、その年頃の少女のような表情だ。

「どうしましたか?」優しい声色でイグアスに尋ねる。

「なんでもねぇよ」そう答えイグアスは少女の表情から目をそらす。

なんでもないことはなかった。

 

先々のことを考えるとどうしようもない惑星の上ではあるが、いまのところなにか危険に晒されているわけではないし、とくに大きなトラブルが迫っているわけではない。温かく居心地のいい空気がいまのここにはある。そして、その空気に慣らされていく自分にイグアスは危機感を感じていた。

 

やることもなくダラダラとしていると、連絡用の端末にメッセージが届いていることに気づいた。気だるげにそのメッセージをチェックする。

G6(ガンズシックス)からG5(ガンズファイブ)へ。応答願う』

そのメッセージを見て、イグアスは笑みをうかべる。このぬるま湯から離れるきっかけがきたかもしれない。そう感じていた。

 

 

 

 

「少し出てくる。てめぇは留守番してろ」

そう言って、イグアスが部屋から出ていく。その姿を私は黙って見送る。端末でなにやらメッセージを見ていたので、なにか新しい仕事でも入ったのかもしれない。そう考えると少し怖い。物騒な内容であれば、また私は役立たずな振舞いをするだけであろう。そして、その姿を見てイグアスは失望する。

 

最近は楽しかった。

私が余計なことを言ってしまったあの日のあと、イグアスは私の淹れたフィーカをはじめて褒めてくれた。それだけで、私は舞い上がってしまった。前日の出来事を忘れることができたわけではないけれど、それでもモヤモヤよりも喜びが勝った。

 

それから数日は心が安らぐ日々であった。毎日、こうやってふたりフィーカをすすり、たまに危険ではない仕事をして、周りからも感謝された。「エアちゃん」なんて呼んでくれる人たちも中にはいる。穏やかで、温かくて……きっと素晴らしい日々なんだと思う。ずっとここでこうしていたい。それをイグアスに伝えられたらどれだけいいか……。

 

目の前にはイグアスが立ち去ったあとに残された、飲みかけのフィーカがある。最後まで口をつけられることなく、冷めてゆくそれを見つめる。

 

まるでそれは、イグアスの心が、ここではなく、どこか別の場所を求めていることを示しているようだった。

 

 

 

 

 

イグアスはヘッドブリンガーのコクピットの中で目当ての相手との通信を繋げる。狭いコクピットの中で応答を待つ。しばらくして、通信が繋がる。

「生きてたんですねイグアス先輩」

声の主は穴倉を二人でさまよった仲の男。レッドガンのG6レッドであった。

 

「なんで俺が死んでなきゃいけねぇんだよ」

イグアスはコクピットの中で笑いながら話す。

「そりゃだって一人であんな火の海飛び込んでいったら死んでると思うでしょ」

音声しか聞こえないが、通信先のレッドは苦笑いでも浮かべているような声色だった。

「結局ケリは付けられなかったがな……まぁなんとか生きちゃいる……てめぇは原隊復帰したらしいな。ヤブ医者から聞いたぜ」

「あっ……先生に会ったんですね。元気にしてましたか?」

「まだピンピンしてたぜ。この惑星に残るだのなんだの言って……おかしいんじゃねぇか?……まぁ、またベイラムに飼われてるてめぇの気も知れねぇけどよ」

イグアスはそう言って茶化す。気が知れないという意味では、この惑星に火をつけた少女を拾って、一緒にフィーカまで嗜んでるイグアスこそ一番酷くはあるのだが、そのことについては棚上げしている。

「うちは貧乏なもんでね……仕送りだってまだまだしなきゃいけない。まぁまた給料くれて、この惑星から出してくれるなら尻尾だってなんだって振りますよ」

金まで貰えて、この惑星を脱出するチケットも手に入る。レッドからしてみれば尻尾を振るには十分な見返りだった。

 

「先輩はどうするつもりなんですか?もうG13(ガンズサーティーン)相手にケリもなにもないでしょうし、この惑星に用なんてないでしょ?」

レッドの言ってきた台詞にイグアスは少し引っかかる。

「決着もなにもないとはなんだよ……まだ俺とあいつはなんのケリもついてねぇ」

今となってはなにをもってケリとするのかはわからなくなっている。少女はもやはイグアスの敵になることなどないだろう。それでも、ケリがついたなんてことは一つも思えなかった。

 

そんなイグアスの言葉を理解できないのか、レッドは少し黙る。

イグアスの言葉の意味合いを何もこちらの状況を知らないレッドが理解できるはずもなかったのもあるが、そもそもレッドが発した言葉自体、イグアスが受け取ったのとは別の意味をもっていた。

 

「いやだって、G13(ガンズサーティーン)はもうこの惑星に居ませんよ。星系外に脱出する機影が確認されたらしいです」

「……は?」

レッドから出てきた言葉にイグアスは間の抜けた声をあげた。

 

 

惑星から脱出するレイヴンが確認され、世界中から指名手配されている。そうレッドから聞かされ、自身でもネットワークに接続し、情報を調べる。レッドの言った通りの内容が正式な発表として行われているのが確認できた。

 

惑星を燃やした主犯であると思われるレイヴンは封鎖機構の包囲網を突破し、星系外に逃亡した。封鎖機構は企業と合同でそれらの捜索にあたっている。要約するとこのような発表がなされていた。逃亡したのは事件の直後ということらしい。いままで、そのことについて公表しなかった惑星封鎖機構には罵詈雑言が飛び交っている。いつ他の惑星にもその凶悪犯がやってくるのかわからないのだ。世界中でその行方は注目されている。

 

犯人と思われるもの、もしくはその関係者とされるものの顔写真も提供された。強面の男、気の強そうな女、人当たりの良さそうな優男……数々の写真が並ぶ。どれもレイヴンの候補だそうだ。当局の調べではレイヴンとは個人名ではなく、複数人による襲名、または共同名義である可能性が高いらしい。何の特定もされていない、場当たり的に捜査資料を広めただけの行為にも批判はあった。そもそも外見などいくらでも変えられる時代に顔写真などどれだけ意味があるのかという話でもある。

 

写真の中には銀髪の少女のものもあった。白みがかった銀髪に赤い目、特徴的な部分は合っていたが、イグアスの知っている少女とは全くの別人であった。写真に示されている少女はそれこそ絶世の美女といった感じだ。出来が良すぎて、まるで作り物のように見える。イグアスの手元にいる少女も見ためはいいほうではあるが、ここまでのものではなかった。

 

なにもかもが、イグアスの知っている状況と違った。レイヴンもう遥か彼方に逃げ出し、世界中でやっきになってそれを探しているのだというのだ。意味の分からない話ではあった。

 

これはいくつかの理由がある。一人勝ち状態でコーラルを集積していたアーキバス陣営が、現地の責任者であったV.Ⅱ(ヴェスパーツー)スネイルを含め壊滅し、さらに当時のバスキュラープラントを巡る攻防についてもろくな情報が残っていなかったこと。RaDの頭目であるシンダー・カーラが、ネットワークを通じ、欺瞞情報などで少女についての情報を上書きするハッキングを行っていたこと。かつて少女と戦った、少女ではないレイヴンが生存しており、実際に封鎖機構を蹴散らし、星系外に逃亡していたこと。その他、当時のアーキバスのV.Ⅲ(ヴェスパースリー)による工作、封鎖機構や企業の様々な思惑などが組み合わさって、この事態を引き起こしていた。

 

もちろんイグアスがそんなことを知る由もない。ただ、今の世界の目が惑星の外に向いていることだけは理解できた。燃え尽きた惑星よりも、燃やしつくした犯人の行方のほうがずっと重要ではある。

 

余談にはなるが、今後の歴史において「レイヴン」という名が登場することはなかった。ただ、「レイヴンの火」という厄災だけが記録として残り続けることになる。

 

ともかくとして、レイヴンは惑星の外に姿をくらまし消えたというのが歴史の流れである。それについてイグアスは別になにも文句はなかった。動きやすい状況になってありがたいとまで言える。彼にとってのレイヴンはあの少女であり、他の誰がどう思うと関係などなかった。

 

「……まぁ、G13(ガンズサーティーン)についてはいいでしょう。それでイグアス先輩はどうするつもりなんです?」

レッドが話を仕切り直す。

「どうするもこうするもねぇよ。俺だってこの惑星からでていく」

「それで、当てはあるんですか?」

「……あったらとっくに出てってるに決まってんだろ」

イグアスは投げやり気味に返す。実際、イグアスに打てる手などほとんどなかった、大した伝手があるわけでもない。だからこそ、通信相手からの連絡はこの状況を変えるための千載一遇の機械なのである。

「それで……わざわざ連絡して。『じゃあ、俺は逃げだすんでさようなら』ってなわけじゃないだろ。いい話聞かせろよ」

イグアスがそう言うと、レッドは少しもったいぶったあと「G5(ガンズファイブ)!貴様に仕事を用意してやった!」とこれまでとは違う口調を披露した。ミシガンのモノマネであるのだろう、それなりに似ていた。イグアスは内心で(30年は早え)などと思ったが、話の腰を降りたくなかったので、口には出さなかった。

 

「……それじゃあ説明を……」

イグアスからなにも反応がなかったレッドは、醒めてしまったのか、恥ずかしくなったのか、元の口調に戻り仕事の説明をはじめた。

 

事の発端は、アーキバスで対レイヴン用に調整されていた2機の機体であった。それらは、結局バスキュラープラントを巡る戦いでの投入はされず、使用されることはなかったのだが、なぜかいまになってアーキバス陣営も制御不能の状況で暴れまわっているらしい。元々そのようにプログラムされていたものなのか、あの火に巻き込まれた影響かはわからない。ただ、陣営関係なくあちこちで無差別な攻撃を行っているとのことであった。レッドはこのような説明をする。

 

「まぁ……片方は行方知れずで、問題なのは片方だけなんですけど……。それが随分とまぁ厄介なようで、アーキバス側の生き残りも手を焼いてるらしいです。スネイル閣下(陰湿メガネ)の置き土産なんて言われてます」

「あの木っ端役人死んでも面倒を残してくれたみてぇだな。それで、その暴れてる奴をなんとかしろってのが依頼か?」

「その通りです。報酬はこの惑星からの脱出。成功すればAC含め席を確保してくれるそうです。なんならベイラムへの再就職も許可してくれるとか……中々の好条件だとは思いますけど」

ベイラムへの再就職などする気もなかったが、確かに悪くない話ではあった。というより打つ手のないイグアスにとってはこれが最初で最後のチャンスと言ってもおかしくはない。恐らく、この惑星からの脱出の便はどれも片道切符だ。惑星に残ったもの全員を回収するまでシャトルしてくれることなんてないだろう。少ないチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 

「仕事が完了したらACは2機だ」

「……2機?連れがいるんですか?」

「ちょっとした拾いものをしてな。わざわざ俺みたいなのにまで頼むってことは、相当切羽詰まってんだろ?多少の融通は効かせろ」

イグアスの考えた通り、わざわざろくな立場もないAC乗りに依頼しなければいけないほど、企業陣営は困りはてていた。災害で疲弊してろくな戦力もないうえに、その暴れまわっていると言われる機体は強力であった。整備も補給もなければ、いずれ力尽きるとはいえ、その前に自分たちのほうが殲滅されかねない。そのようなわけで、猫の手でも借りたほうがマシということで、イグアスのような人間にも依頼がやってくる。もちろんイグアスへの依頼は本命ではなく、少しでも疲弊させてくれれば儲けものといったところだ。

 

「……掛け合ってはみますが……まぁあまり期待しないでください」

実際イグアスはそこまで期待していなかった。『あのクソどもが下っ端の交渉など聞くものかよ』という風な理解はしていたが、一応言うだけマシというくらいの感覚だ。最悪、ACのコクピットに自分と少女を詰めてしまうことも覚悟はしている。もっとも問題は素性不明な少女ではあるのだが、その点については今は考えることやめた。どうせこの場で話しても埒のあかない話だ。

 

「それではよろしくお願いします。標的の現在位置と機体情報は共有しておきます……あと、仕事を頼んどいて言うのもなんですけど、ヤバイと思ったら引いてください」

「途中で引いたらただ働きだろ。冗談じゃねぇよ」

「命あっての物種です。正直言いますけど、イグアス先輩でも勝ち目は薄いかと……」

「関係ねぇな。やるからには勝つ。それに……いや、なんでもねぇ」

それに、あの少女がいるならば、何者であろうと負けるはずはない。イグアスはそう思った。たまたま、この前がおかしかっただけだ。相手が強ければ、それこそ昔の勘を取り戻してくれるんじゃないかと期待までしている。

 

「じゃあ、データは送っておきます。……それではご武運をG5(ガンズファイブ)

レッドがそう言って通信は終了する。それと同時に、標的の機体と位置情報が送られてくる。機体の情報にイグアスは目を通す。封鎖機構の特務機体を接収して、アーキバスが手を加えたものらしい。

 

『アーキバス・バルテウス』それが標的の名称であった。

 

 

 

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