迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

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第01話 「名もなき冒険者」

声が聞こえる。若い、女の声……。

 

――囁き、祈り、詠唱、念じろ!!

 

暗闇に光が溢れ出す。目覚め、身体が重い。まぶたを押し上げると、飛び込んできたのは銀髪の尼僧(シスター)。見惚れるほどに美しく、何より目を惹いたのは、笹穂のような長い耳……。

 

「エ、エルフ?」

「〇×▽◇……」

 

これは何語……どこかで聞いたことがあるような……いや、よくわからないが、なんとなくわかる。だが、言葉の意味がわからん。

生は許されている……とは、どういう意味だ?

反射的に差し伸べられた手を掴む。上体を起こすと、やはり重い。気だるさのようなものを感じる。

 

「ふむ。成功したか」

「うぉっ!?」

 

シスターの反対側に目を向けると、白銀の鎧に身を包んだ大男がこちらを見下ろしていた。

 

「俺はセズマール。いきなりだが、おまえさんの名を教えてくれないか?」

「名前? 俺の、名前は……」

 

答えようとするが、名前が出てこない。おいおいマジか? ボケが始まるのは早すぎるだろ。いや、まて。俺はいくつなんだ?

……背筋がゾッとした。名前も、歳も、思い出せない。俺は、誰なんだ?

 

「……あんな場所で死んでいた理由も、思い出せないか?」

「し、死んでいた?」

 

そういえば、シスターが言っていたな。生は許されているって、そういう意味か? つまり俺は、死んで蘇ったということか? おいおい、ファンタジーがすぎるぞ。

いや、あの文言。囁き、祈り、詠唱、念じろ……。

 

「ウィザー……ドリィ?」

「ウィザード? おまえさん、魔術師か?」

「……魔術師? 俺が?」

「おいおい、自分で言ったんだぜ。まあ杖は持ってなかったから、魔術師とも限らないが。しかし、また(・・)記憶喪失か」

 

また? 前例があるのか。

 

「あなたはより善き生の価値を、神に証明しなければならないということです!」

 

いきなりシスターが力説を始めたが、善き生の価値ってなんだろうな。

 

「つまり、喜捨だな。おまえさんの蘇生費用だ。俺が立て替えておいたから、俺に返してくれ」

 

そんな俺の心を読んだのか、セズマールさんがため息を零して説明してくれた。

 

「地獄の沙汰も金次第か。おいくらですか?」

「金貨で二万六千八百枚だ」

 

金貨!? 大金……なのかな。いまいちよくわからんが。

死因もわからないまま生き返って、記憶もなく借金持ちか。どうすりゃいいんだ?

 

「若いのに、ずいぶんと熟練者(高レベル)のようだ。世が世なら、伝説級の冒険者と呼ばれても不思議じゃない」

「そうですね。それに蘇生までにかかった時間を考えると、なかなかのお年寄り(・・・・)のようです。もしかしたらイアルマス様の……」

「それを期待したんだが、まさか記憶喪失まで同じとはな」

 

二人してため息をこぼすのはやめてほしいな。なんだか悪いことをしたみたいじゃないか。ところでイアルマスというのは誰だろう。察するに、俺と同類の、最初の記憶喪失者だと思うが。

 

「とりあえず、返済計画を考えよう。迷宮(ダンジョン)で死んでいたのなら、間違いなく冒険者だ。冒険者としての技をどれほど覚えているのかはわからんが、なに、身体に染み付いた技というのは、なかなか忘れないものさ。迷宮に潜っていれば思い出すかもしれん」

 

そう言って、セズマールさんはニカッと笑った。

騎士に、シスターに、蘇生に、迷宮か。

ここはずいぶんとファンタジーな世界のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、麦酒(エール)と肉をくれ! 猪の(もも)のあぶり肉だ! 二人分頼む!」

 

連れていかれた先は酒場だった。席に着くなりセズマールさんは大声で注文を叫ぶ。

 

「ああ、気にするな。ここは俺の奢りだ。それとも、起き抜けに酒と肉は辛いか?」

「いえ、大丈夫です。たぶん」

 

おなかをさすってみるが、特に違和感はない。身体のだるさも抜けてきたし、店内に漂う良い匂いを嗅いでいたら、メチャクチャ腹が減ってきた。腹が減るのは、生きてる証拠だ。

 

「そいつは結構」

 

酒はすぐに運ばれてきた。肉はもう少しかかるようだ。

 

「あの、何から何まですいません。セズマールさんは、善い人なんですね」

「ははっ、よせよせ。善人なら無償で人助けするさ。俺ァそういうのじゃねぇよ。中立、中庸を心がけてる。だから蘇生費用の請求もする。それに……」

「それに?」

「もし蘇生に失敗したとしても、おまえさんの装備を売り払えば、費用の大半は回収できる」

「なるほど。でも装備を剝いで、死体を打ち捨てないあたり、やっぱりセズマールさんは善人だと思いますよ」

 

俺がそう言うと、セズマールさんは一瞬呆気に取られたあと、声を弾ませて笑った。

 

「わはははっ、それは悪党のやり口だ」

「たしかに。まあ借金は、なるべく早く返せるようにがんばります」

「そいつは殊勝な心がけだ。まあ飲め飲め」

 

促されて、運ばれてきた麦酒を飲む。

なんというか、独特の味だな。ビールとは違う……ビール? 俺はビールの味を知っている?

ウィザードリィという言葉も、あの詠唱でふっと浮かんできた。

そして俺は、ここをファンタジーな世界だと思った。それはつまり、ファンタジーではない世界を知っているということだ。

なにか切っ掛けがあれば、色々と思い出すかもしれない。

 

「何か思い出せそうか?」

「……いえ。出てきそうで、出てこないといいますか」

「まあ焦らず行こうぜ。おっ、肉が来たな。さあ食おう」

 

骨付きのあぶり肉が運ばれてきた。芳ばしい香りが鼻をくすぐる。腹が盛大な音を立てて鳴った。それを聞いたセズマールさんは呵々と笑った。

味付けは濃いめで、肉体労働者向けのようだ。気づけばすべて食い尽くしていた。

 

「よし、腹も膨れたところで、迷宮にいくか。おまえさんの技を見せてもらうぞ」

 

ようやく本題か。しかし、俺に戦えるのかね。身体が覚えているとはいうが、どうも自信がない。とはいえ、他に稼ぐ方法もわからないし、とりあえずやってみるしかない。

辿り着いたのは、街から少し離れた場所にある迷宮。それは、大穴だった。そこに降りるための縄梯子がある。

ちょっと、想像していたのと違うな。

 

縄梯子に足をかけて、底に降りる。その先には、大仰な扉があった。慣れた手つきでセズマールさんが扉を押し開く。

中は薄暗い。壁には松明が灯されており、完全な闇というわけではないが、慣れるのには時間がかかりそうだ。

入り口付近には、大勢の人間がいた。

 

「彼らは?」

「冒険者さ。今は構わなくていい」

 

そう言って、セズマールさんはスタスタと歩いていく。俺は慌ててその背中を追った。

入り口の広間を抜けると、途端に闇が濃くなったような気がする。入り口の喧噪も聞こえなくなった。距離的にはそれほど離れていないはずなのに、どんな理屈だ?

迷宮は、ただ石の景色だけが続いていた。彩りになるようなものはなにもない。いや、ところどころに、赤い染みのようなものがある。あれを、彩りと呼んでいいのかどうかはわからないが。

 

「ここから先は、おまえさん一人でやってみてくれ。死にそうになるまで、俺は手を出さん」

「……わかりました」

 

立ち止まり、セズマールさんが言った。

この薄闇にも、少しは目が慣れてきた。警戒しながら先へと進む。今のところ、俺たち以外の足音は聞こえない。

いざという時の助けがあるとはいえ、できるならセズマールさんには失望されたくない。俺って結構見栄っ張りなのかな。

 

まずは、真っ直ぐに進んでいく。意外と落ち着いてるな。むしろ、懐かしさ(・・・・)すら感じている。

不思議な感覚だ。研ぎ澄まされているというか。環境に適応しているとでもいうのかな。

そんなことを考えながら進んでいくと、横手に木の扉が見えた。

 

「玄室というのを知っているか」

「玄室……敵のいる部屋、ですか?」

「まあ、その通りだ」

 

玄室を守る怪物と眠っている財宝。誰かが殺して奪えばしばらくは出てこない。

なぜ怪物や財宝が出現(ポップ)するのかは、誰にもわからない。迷宮とは異界であり、人知の及ばぬ場所なのだと、セズマールさんは語った。

扉に耳をそばだててみるが、物音は聞こえない。

 

「開けてみます」

「おう。気をつけろよ」

 

短剣を抜く。これは俺が身に着けていたものだ。どうやら魔法の品らしく、切れ味はほとんど失われていないようだ。なるほど、売り払えば良い金になるだろう。それで借金を返すという手段もあるが、それではその先がない。

右手に短剣を握り、左手で扉を押し開く。

 

「オークが三匹か。まあ、当たりの方かな」

 

これで当たりなのか。こちらに気づいた人型の化け物(オーク)が、棍棒を振り上げて向かってくる。これから怪物と戦うというのに、不思議と恐怖心はなかった。

斜め方向に走り出す。一体がこちらに軌道を変えた。残りの二体はセズマールさんに向かって行った。

 

「テメェの相手は俺じゃねぇだろ」

「フゴッ!?」

 

セズマールさんはひと睨みでオークを(ひる)ませたようだ。

オークの動きは遅い。いや、俺が思ったよりも動けているのか。ならば……。

少し速度を緩めて、攻撃を誘う。オークが振り下ろした棍棒をかわし、カウンターぎみに喉へと短剣を滑らせる。

血飛沫が舞った。その勢いのまま、怯んでいたもう一匹の延髄に短剣を突き刺し、そのまま横に裂く。再び鮮血が舞った。

セズマールさんの口笛の音が聞こえた。

 

残りの一体は、セズマールさんのわきをすり抜けて逃げて行った。怪物でも、逃げるんだな。

反射的に身体が動いた。自分の身体なのに、自分の身体じゃないような感覚。これが、身体が覚えているということなのかな。

それに、命を奪ったというのに、動揺や罪悪感みたいなものがない。相手が人間とか見慣れた動物とかじゃなくて、怪物だからなのかもしれないが。

 

「やるねぇ。さて、財宝だが……」

 

視線を玄室の奥に向ける。そこには宝箱が鎮座していた。

 

「まあ、今回はやめておいた方がいいだろう。開錠道具も持ってきていないしな。熟練の盗賊なら、針金一本で開けちまうが」

 

セズマールさんが言うには、宝箱には大抵罠が仕掛けられているらしい。たしかに俺には、罠の解除技術はない。しかし宝箱を見た瞬間から、俺の脳内にはある呪文が浮かんでいた。

 

「おいおい、やるきか? 地下一階の宝箱だから"転移"や"爆弾"はないとは思うが、絶対ではないんだぞ」

「とりあえず、やってみます。一応、離れておいてください」

「過ぎたる欲は身を滅ぼすぞ、と一応忠告しておこう」

 

ため息をつきながら、セズマールさんは距離を取った。さて……。

 

見えざるものを映せ(チューアリフラー・フォーザンメ)

 

呪文を唱えると、宝箱に仕掛けられた罠の構造が透けて見えた。構造さえ見えてしまえば、俺でも短剣ひとつで開錠できる。だがまあ、やりにくくはあるな。次からはちゃんとしたものを用意しておこう。

カチャリ、と音を立てて宝箱のふたが開いた。

 

「"透視(カルフォ)"か。おまえさん、僧侶呪文を使えるのか」

「……みたいですね」

「他人事みたいに言うなぁ。まあ記憶がないのならそんなモンかね」

 

そう言って、セズマールさんは肩をすくめた。

 

「ま、おまえさんが戦えることはわかった。訓練所に行く必要もなさそうだな。これなら完済までいけるだろう。利子は取らねぇから、無理せず返してくれりゃあいい」

「はい。ありがとうございます」

「んじゃ、これからどうする? もう少し、進んでみるか?」

「ええ。もう少し、試してみたいです」

「いいぜ。乗りかかった船だ。もうしばらくは付き合ってやるさ」

 

セズマールさんが二ッと笑った。

ここまで戦えるとは、自分でも想像していなかった。セズマールさんの言ったように、身体に刻まれた記憶が影響しているのだろうか。たとえ思い出せないとしても、身体は忘れないものなのか。

俺は何者なのか。その答えは迷宮の奥にあるのかもしれない。

 

 

 




時期はイアルマスが蘇生して少し経った頃、ガーベイジと出会う前です。
そんなわけで、原作のメインキャラはあんまり出てきません。オリキャラ多めになる予定です。ご了承ください。
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