迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

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第09話 「新たな力」

青みがかった緑の鱗。鼻を突くような異臭。硫黄のような、腐敗臭のような。

慌てるな。ガスドラゴンとの戦闘は想定していた。作戦だって事前に立ててある。

 

「あ……う……」

 

だが背後から聞こえてきたのは、言葉にならない声だった。ガスドラゴンの迫力に呑まれているな。だが、連れ(・・)がいないのは運が良い。単体ならなんとかなる。

 

「アルテ! パターンAだ!」

「あっ、う、うん! 守護の幕よ(ミームアリフ・ターウーク)!」

魔封の幕よ(チューザンメ・レー・ターウーク)!」

 

アルテと俺の防護呪文で、物理攻撃とブレスに耐性を付与する。

ウルマが右側に跳び、俺は左側に、アルテは後方に下がった。

ガスドラゴンは一瞬視線を泳がせたが、ターゲットをアルテに定めたようだ。

 

「ひっ!」

 

アルテがたじろぐ。

弱い方から狙うタイプか。ガスドラゴンが前傾の姿勢を取る。

狙うのは……。

 

「首だ! 合わせろウルマ!」

「応さ!」

 

ガスドラゴンの首目掛けて、左右から白刃が打ち下ろされる。

だがウルマの斬撃は鱗に弾かれ、俺の短剣は肉に食い込んだものの、急所にまでは届かなかった。

 

「GAAAOOWW!!」

 

竜の咆哮が玄室を震わせる。炎のような赤い瞳がこちらを向いた。

喉を震わせて、ガスドラゴンの口が開く。

ブレスが来る。魔法障壁によってブレスは無効化されるはずだが、念のため身をかわすか……いや、これはチャンスだ!

 

指先をガスドラゴンの顔へと向ける。

魔力を凝縮しろ。引き絞れ。炎の弾丸の、引鉄を引け!

 

炎よ来たれ(ヘーアー・ラーイ・ターザンメ)!」

 

指先から放たれた炎の弾丸がガスドラゴンの口腔に飛び込み、後頭部へと突き抜けた。

暴発したブレスがガスドラゴンの頭部を包み込み、その巨体がぐらりと揺れる。

ガスドラゴンは苦悶の声を漏らしながら、その巨体を床に預けた。

 

難敵は撃破した。

この後は楽しい宝箱の開封だが、ウルマの視線は玄室の隅へと注がれていた。

黒焦げの死体。おそらくは最初からあったのだろうが、ガスドラゴンの存在感で気づかなかった。

 

「ルークだ。あの剣には、見覚えがある」

 

死してなお剣を手放さないとは、なかなか気合の入ったやつのようだ。

とりあえず、依頼は達成できたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルークの蘇生は無事に成功した。灰にならずに、まずは一安心といったところだ。

あとはユナさんの説得が上手くいくかどうかだが、こればっかりは当人に任せるしかないだろう。

いつものように酒場で夕食をとっているが、どうもウルマの元気がないようだ。

 

「ウルマ、今日は酒が進んでいないようだが?」

「ん、ああ、そうか?」

 

グイッと木杯を傾けるが、心ここにあらずといった感じだな。

 

「なあ、そのナイフ、魔法の品なのか?」

「ん? ああ、魔力を切れ味に変換するものだ」

 

だからこそ、ガスドラゴンの鱗をも斬り裂けたのだろう。だが刃渡りの短さだけはどうにもならなかった。デカブツを相手にするには、少々頼りないな。

 

「あたしの剣は、通用しなかった」

 

ああ、気にしていたのはそこか。

 

「武器を新調したい。しばらく、休みをもらえないか?」

「ああ、俺も少しやりたいことがある。武器が見つかるまでは休みということにしよう」

 

俺もウルマのように武器を新調するという選択肢もあるが、いきなり短剣から長剣や大剣に変えても、今までと同じように動けるとは思えん。それにデカブツばかりを想定していると、素早い相手に対応できなくなる。

やはり俺は魔法で攻めるべきだろう。となると、やはりもう一人くらいは前衛が欲しいところだな。

 

「すまないな」

「謝るほどのことじゃないさ」

 

命がかかってるんだからな。俺も妙なプライドは捨てて、セズマールさんから情報を買うべきだろう。借金も返し終えたし、コネは有効に使わないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなわけで、四階から七階までの情報を売っていただけませんか」

「ほう。ついにおまえさんも、そのレベルに至ったか」

 

感慨深げに、セズマールさんはうんうんと首を縦に振った。怪物を見ると、直感的にその情報はある程度わかる。だが、実際に見るまでわからないのだ。

事前にわかるのならば、準備ができる。この差は大きい。

 

「だが迷宮の情報ってのは、俺ひとりの判断で教えていいものじゃない」

 

そう言って、セズマールさんは左右に目配せした。

 

「いいんじゃない。タック和尚は反対しないでしょうし、モラディンもなんだかんだ後輩の面倒見は良いから、反対はしないでしょ。ホークウィンド(あのバカ)は、良いとも悪いとも言わないでしょうね」

「私たちが断れば、彼はほかで情報を集めようとするでしょう。今この街で、私たち以上に迷宮の情報を持っている者はいません。中途半端に知ることは、無知よりも最悪の結果を招きかねません。私は構いませんよ」

 

どうやら、セラさんもプロスペローさんも反対ではないようだ。

 

「ありがとうございます。情報料はお支払いしますので」

「いいのよ気にしなくって。こぉんなかわいい子を死体にするわけにはいかないもの!」

「あわっ、あ、ありがとうございます」

 

セラさんはアルテのことをかなり気に入っているみたいだ。それも教えてくれる理由のひとつなんだろう。

ほかの三人は別行動のようだ。タック和尚は他パーティの鑑定で出向中。モラディンさんは顔が広いので、どこぞで飲んでいるらしい。ホークウィンドさんは、ふらっとどこかに消えたようだ。

まあ、謎の多い人だからな。その風体から、忍者なのは間違いないようだが。

そんなわけで、俺は七階までの情報を買った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神なる拳よ(ゼーアリフ・ラーイカフ)!」

 

第四階梯呪文、神拳(ツザリク)

雷を纏わせた拳を直接叩き込むという、魔術師らしからぬ呪文だ。

間合いを詰める必要があり、オーク程度なら短剣で急所を狙った方が効率的だな。だが威力は絶大で、デカブツ相手には使うこともあるかもしれない。

 

炎よ、嵐となりて吹き荒れよ(ラーアリフ・ヘーアー・ラーイ・ターザンメ)!」

 

同じく第四階梯呪文、嵐炎(ラハリト)

効果範囲が広く、雑魚を一掃するには便利な呪文ではあるが、コボルド相手に使うような呪文ではない。

 

嵐に打たれた石(ミームアリフ・カフアレフ・)の如く砕けよ(ヌーンイ・ターザンメ)!」

 

第五階梯呪文、致死(マカニト)

バブリースライムの群れがバタバタと倒れる。

一定レベル以下の、不死系以外の耐性を持たない敵を即死させるという凶悪な魔法だ。

 

氷よ、嵐となりて吹き荒れよ(アーアリフ・ダールアリフラー・ターザンメ)!」

 

第六階梯呪文、嵐凍(ラダルト)

オーク三体が極寒の地獄に呑まれていく。四方八方から発生した氷柱(つらら)で串刺しにされ、血が流れる間もなく、一瞬で氷漬けになった。さすがは、氷系の最上級呪文だ。

俺の後ろでは、アルテが呆気に取られたように立ち尽くしていた。

 

「アルテ、開封を頼む」

「あっ、うん。任せて」

 

出現した宝箱に向かって、アルテはテトテトと駆けだした。

やはり大技を連発すると、疲れが来るな。これは体力ではなく、魔力消費による疲れだろう。

俺の精神(こころ)と、この身体に刻まれた記憶(技術)。その乖離は、ほとんどなくなったと言えるかもしれない。

ふと、セズマールさんの言葉が脳裏をよぎった。

 

――ガスドラゴンは、迷宮では中堅程度の弱敵だ

 

たしかに四階は、まだ上層と言えるのかもしれない。そこのボス的存在というのならば、そこそこ程度の強さだろう。

結果論でいえば、ハリト一発で倒すことができたとはいえ、あの鱗の前では、普通に小炎(ハリト)を撃ったところで弾かれるのが関の山だろう。

ブレスを吐くタイミングに合わせて、口腔内を撃ち抜く。我ながら、良くやったものだと思う。

 

ガスドラゴンと対面した時、俺の直感はマカニトを使えと言った。だが俺は、ブレスの印象が強く残っていたので、防御を優先してしまった。事前に立てた作戦に囚われていたとも言える。

速攻でマカニトを唱えていたら、戦闘は一瞬で終わっていたかもしれない。

 

アルテも、新しい呪文を次々と覚えている。

シスター・アイニッキが言うには、直接戦闘をしなくても、迷宮の中にいれば身体は鍛えられる(レベルアップする)らしい。

とはいえ、戦闘技術を上げるためには、やはり戦う必要はあるみたいだけど。

 

ウルマが武器探しをしている間、俺たちは鍛錬に明け暮れていた。

もちろん、財宝を得ることも忘れない。お互い借金はなくなったが、生きるためには金が要る。そして金が必要になった時に、不足しているというのは面倒だ。

 

「ねぇ、荷物も一杯になったし、今日はこれくらいで切り上げない?」

「ああ、そうだな。だがもうひとつ、試してみたいことがある。少し離れていてくれ」

 

アルテは少し不思議そうな顔をしたものの、素直に距離を取った。

さて、上手くいくか。

 

炎よ、嵐となりて吹き荒れよ(ラーアリフ・ヘーアー・ラーイ・ターザンメ)

 

第四階梯呪文、嵐炎(ラハリト)

これを、炎として具現化する前の、魔法力の状態で手のひらに留める。

 

氷の嵐よ(ダールアリフラー・ターザンメ)

 

第四階梯呪文、吹雪(ダルト)。氷系の下級呪文だが、階梯はハリトよりもかなり上位だ。この世界では、炎よりも氷の方が、操るのが難しい。

これも同じように、氷となる前の状態で手のひらに留める。

 

別系統の呪文の魔法力を、全く同じにするというのは、想像以上に難しい。

例えるならば、右手と左手で違う作業をするようなものだ。この時点で頭が沸騰しそうで、いつ魔力が暴走してもおかしくない。

これを合わせ――

 

「うぉっ!?」

「きゃっ!?」

 

魔法力が触れ合った瞬間、呪文が暴走して爆発した。

両手が痛む。右手は火傷、左手は凍傷を負っていた。

 

生命の力よ(ダールイ・ザンメシーン)!」

 

呆然と傷を眺めていると、駆け寄ってきたアルテが慌てて薬石(ディオス)をかけてくれた。

 

「なにやってるのよ、もう!」

 

ついでに怒られてしまった。まあいきなりできるとは思っていない。練習あるのみだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずいぶん待たせちまったな」

 

ようやくウルマが戻ってきた。

いや、ホントにな。あれから一ヵ月くらい経ったぞ。

 

「街でも見なかったけど、もしかしてこの街(スケイル)を離れてたの?」

「ああ。故郷の親父に拝み倒して、ようやく譲ってもらったよ。(いにしえ)の名匠、シュナイダートの業物だ」

 

無骨な剣だった。だが剣身(ブレイド)からは強大な魔力の波動が感じられた。いわゆる魔法武器というやつだろう。

 

「街中を探し回ったが、やる気のねぇドラゴンスレイヤーしかなくてな。目的も果たしてないのに故郷へ帰るのは足が重かったが、親父を説得できて良かったよ」

「それは良かったけど……やる気のないドラゴンスレイヤーってなに?」

 

アルテがキョトンとして首を傾げた。それは俺も知りたいな。

 

「ああ。ドラゴンスレイヤー自体は、迷宮で割と出るらしい。あたしたちは引いたことないけどな。でまあ、そういうのは総じてやる気がないんだ」

「……要するに偽物ってこと?」

「いや、やる気がないだけだ」

 

本物だけどやる気がないってことか? 意味がわからん。アルテもピンと来ていないようだ。

まあ、経緯はどうあれ、ウルマの武器は手に入った。

これで、全員の準備が整ったな。七階へ向けて、進むとしよう。

 

 

 

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