青みがかった緑の鱗。鼻を突くような異臭。硫黄のような、腐敗臭のような。
慌てるな。ガスドラゴンとの戦闘は想定していた。作戦だって事前に立ててある。
「あ……う……」
だが背後から聞こえてきたのは、言葉にならない声だった。ガスドラゴンの迫力に呑まれているな。だが、
「アルテ! パターンAだ!」
「あっ、う、うん!
「
アルテと俺の防護呪文で、物理攻撃とブレスに耐性を付与する。
ウルマが右側に跳び、俺は左側に、アルテは後方に下がった。
ガスドラゴンは一瞬視線を泳がせたが、ターゲットをアルテに定めたようだ。
「ひっ!」
アルテがたじろぐ。
弱い方から狙うタイプか。ガスドラゴンが前傾の姿勢を取る。
狙うのは……。
「首だ! 合わせろウルマ!」
「応さ!」
ガスドラゴンの首目掛けて、左右から白刃が打ち下ろされる。
だがウルマの斬撃は鱗に弾かれ、俺の短剣は肉に食い込んだものの、急所にまでは届かなかった。
「GAAAOOWW!!」
竜の咆哮が玄室を震わせる。炎のような赤い瞳がこちらを向いた。
喉を震わせて、ガスドラゴンの口が開く。
ブレスが来る。魔法障壁によってブレスは無効化されるはずだが、念のため身をかわすか……いや、これはチャンスだ!
指先をガスドラゴンの顔へと向ける。
魔力を凝縮しろ。引き絞れ。炎の弾丸の、引鉄を引け!
「
指先から放たれた炎の弾丸がガスドラゴンの口腔に飛び込み、後頭部へと突き抜けた。
暴発したブレスがガスドラゴンの頭部を包み込み、その巨体がぐらりと揺れる。
ガスドラゴンは苦悶の声を漏らしながら、その巨体を床に預けた。
難敵は撃破した。
この後は楽しい宝箱の開封だが、ウルマの視線は玄室の隅へと注がれていた。
黒焦げの死体。おそらくは最初からあったのだろうが、ガスドラゴンの存在感で気づかなかった。
「ルークだ。あの剣には、見覚えがある」
死してなお剣を手放さないとは、なかなか気合の入ったやつのようだ。
とりあえず、依頼は達成できたな。
◇
ルークの蘇生は無事に成功した。灰にならずに、まずは一安心といったところだ。
あとはユナさんの説得が上手くいくかどうかだが、こればっかりは当人に任せるしかないだろう。
いつものように酒場で夕食をとっているが、どうもウルマの元気がないようだ。
「ウルマ、今日は酒が進んでいないようだが?」
「ん、ああ、そうか?」
グイッと木杯を傾けるが、心ここにあらずといった感じだな。
「なあ、そのナイフ、魔法の品なのか?」
「ん? ああ、魔力を切れ味に変換するものだ」
だからこそ、ガスドラゴンの鱗をも斬り裂けたのだろう。だが刃渡りの短さだけはどうにもならなかった。デカブツを相手にするには、少々頼りないな。
「あたしの剣は、通用しなかった」
ああ、気にしていたのはそこか。
「武器を新調したい。しばらく、休みをもらえないか?」
「ああ、俺も少しやりたいことがある。武器が見つかるまでは休みということにしよう」
俺もウルマのように武器を新調するという選択肢もあるが、いきなり短剣から長剣や大剣に変えても、今までと同じように動けるとは思えん。それにデカブツばかりを想定していると、素早い相手に対応できなくなる。
やはり俺は魔法で攻めるべきだろう。となると、やはりもう一人くらいは前衛が欲しいところだな。
「すまないな」
「謝るほどのことじゃないさ」
命がかかってるんだからな。俺も妙なプライドは捨てて、セズマールさんから情報を買うべきだろう。借金も返し終えたし、コネは有効に使わないとな。
◇
「そんなわけで、四階から七階までの情報を売っていただけませんか」
「ほう。ついにおまえさんも、そのレベルに至ったか」
感慨深げに、セズマールさんはうんうんと首を縦に振った。怪物を見ると、直感的にその情報はある程度わかる。だが、実際に見るまでわからないのだ。
事前にわかるのならば、準備ができる。この差は大きい。
「だが迷宮の情報ってのは、俺ひとりの判断で教えていいものじゃない」
そう言って、セズマールさんは左右に目配せした。
「いいんじゃない。タック和尚は反対しないでしょうし、モラディンもなんだかんだ後輩の面倒見は良いから、反対はしないでしょ。
「私たちが断れば、彼はほかで情報を集めようとするでしょう。今この街で、私たち以上に迷宮の情報を持っている者はいません。中途半端に知ることは、無知よりも最悪の結果を招きかねません。私は構いませんよ」
どうやら、セラさんもプロスペローさんも反対ではないようだ。
「ありがとうございます。情報料はお支払いしますので」
「いいのよ気にしなくって。こぉんなかわいい子を死体にするわけにはいかないもの!」
「あわっ、あ、ありがとうございます」
セラさんはアルテのことをかなり気に入っているみたいだ。それも教えてくれる理由のひとつなんだろう。
ほかの三人は別行動のようだ。タック和尚は他パーティの鑑定で出向中。モラディンさんは顔が広いので、どこぞで飲んでいるらしい。ホークウィンドさんは、ふらっとどこかに消えたようだ。
まあ、謎の多い人だからな。その風体から、忍者なのは間違いないようだが。
そんなわけで、俺は七階までの情報を買った。
◇
「
第四階梯呪文、
雷を纏わせた拳を直接叩き込むという、魔術師らしからぬ呪文だ。
間合いを詰める必要があり、オーク程度なら短剣で急所を狙った方が効率的だな。だが威力は絶大で、デカブツ相手には使うこともあるかもしれない。
「
同じく第四階梯呪文、
効果範囲が広く、雑魚を一掃するには便利な呪文ではあるが、コボルド相手に使うような呪文ではない。
「
第五階梯呪文、
バブリースライムの群れがバタバタと倒れる。
一定レベル以下の、不死系以外の耐性を持たない敵を即死させるという凶悪な魔法だ。
「
第六階梯呪文、
オーク三体が極寒の地獄に呑まれていく。四方八方から発生した
俺の後ろでは、アルテが呆気に取られたように立ち尽くしていた。
「アルテ、開封を頼む」
「あっ、うん。任せて」
出現した宝箱に向かって、アルテはテトテトと駆けだした。
やはり大技を連発すると、疲れが来るな。これは体力ではなく、魔力消費による疲れだろう。
俺の
ふと、セズマールさんの言葉が脳裏をよぎった。
――ガスドラゴンは、迷宮では中堅程度の弱敵だ
たしかに四階は、まだ上層と言えるのかもしれない。そこのボス的存在というのならば、そこそこ程度の強さだろう。
結果論でいえば、ハリト一発で倒すことができたとはいえ、あの鱗の前では、普通に
ブレスを吐くタイミングに合わせて、口腔内を撃ち抜く。我ながら、良くやったものだと思う。
ガスドラゴンと対面した時、俺の直感はマカニトを使えと言った。だが俺は、ブレスの印象が強く残っていたので、防御を優先してしまった。事前に立てた作戦に囚われていたとも言える。
速攻でマカニトを唱えていたら、戦闘は一瞬で終わっていたかもしれない。
アルテも、新しい呪文を次々と覚えている。
シスター・アイニッキが言うには、直接戦闘をしなくても、迷宮の中にいれば
とはいえ、戦闘技術を上げるためには、やはり戦う必要はあるみたいだけど。
ウルマが武器探しをしている間、俺たちは鍛錬に明け暮れていた。
もちろん、財宝を得ることも忘れない。お互い借金はなくなったが、生きるためには金が要る。そして金が必要になった時に、不足しているというのは面倒だ。
「ねぇ、荷物も一杯になったし、今日はこれくらいで切り上げない?」
「ああ、そうだな。だがもうひとつ、試してみたいことがある。少し離れていてくれ」
アルテは少し不思議そうな顔をしたものの、素直に距離を取った。
さて、上手くいくか。
「
第四階梯呪文、
これを、炎として具現化する前の、魔法力の状態で手のひらに留める。
「
第四階梯呪文、
これも同じように、氷となる前の状態で手のひらに留める。
別系統の呪文の魔法力を、全く同じにするというのは、想像以上に難しい。
例えるならば、右手と左手で違う作業をするようなものだ。この時点で頭が沸騰しそうで、いつ魔力が暴走してもおかしくない。
これを合わせ――
「うぉっ!?」
「きゃっ!?」
魔法力が触れ合った瞬間、呪文が暴走して爆発した。
両手が痛む。右手は火傷、左手は凍傷を負っていた。
「
呆然と傷を眺めていると、駆け寄ってきたアルテが慌てて
「なにやってるのよ、もう!」
ついでに怒られてしまった。まあいきなりできるとは思っていない。練習あるのみだな。
◇
「ずいぶん待たせちまったな」
ようやくウルマが戻ってきた。
いや、ホントにな。あれから一ヵ月くらい経ったぞ。
「街でも見なかったけど、もしかして
「ああ。故郷の親父に拝み倒して、ようやく譲ってもらったよ。
無骨な剣だった。だが
「街中を探し回ったが、やる気のねぇドラゴンスレイヤーしかなくてな。目的も果たしてないのに故郷へ帰るのは足が重かったが、親父を説得できて良かったよ」
「それは良かったけど……やる気のないドラゴンスレイヤーってなに?」
アルテがキョトンとして首を傾げた。それは俺も知りたいな。
「ああ。ドラゴンスレイヤー自体は、迷宮で割と出るらしい。あたしたちは引いたことないけどな。でまあ、そういうのは総じてやる気がないんだ」
「……要するに偽物ってこと?」
「いや、やる気がないだけだ」
本物だけどやる気がないってことか? 意味がわからん。アルテもピンと来ていないようだ。
まあ、経緯はどうあれ、ウルマの武器は手に入った。
これで、全員の準備が整ったな。七階へ向けて、進むとしよう。