「今回は地下五階を探索する。余裕があれば六階まで行く」
セズマールさんが売ってくれたのは、七階までに出現する敵の情報だけだった。地図は自分で描くものらしい。まあ、最初に言われたことだな。
だが
俺の目指すところは七階なのだ。
「そういやアルテから聞いたが、新しい呪文を開発してるんだって?」
「ん? ああ、だがちょっと無理そうだ」
迷宮に潜る度に試していたのだが、正直できる気がしない。センスのないやつは一生できねぇって言ってたし、俺には無理そうだ。
「そうか。まあ気を落とすな。新しい呪文なんて、歴史に名が残るほどの偉業だからな」
慰めてくれているのだろうか。まあダメで元々って感じだったし、できなくてもやっぱりなぁとしか思わなかったけどな。あんなモン、一部の天才以外無理だわ。プロスペローさんに相談した時も、頭おかしいんじゃないですか、と言われたし。
地下五階に着いた。ここから本格的な探索の始まりだ。
まずはパーティ全体に呪文をかける。
「不思議なモンだな。浮いてるとは思えねぇ」
ウルマはつま先を地面にぶつけるが、触れる直前で鉄靴は無音のまま跳ね返されている。
第四階梯呪文、《
足音がしないので奇襲に遭い難く、
地下五階、俺たちパーティにとって、未踏の領域だ。
「油断せずに行こう」
アルテがウルマがコクンとうなずく。
これまで油断していたというわけではないのだが、気を引き締めるために敢えて言葉にしたのだ。
"
「……開けるぞ」
先頭を行くウルマが後方を振り返って確認を取る。
最初の扉。出てきたのは……。
「
「一回り大きいな。
素早い動きで翻弄し、爪と牙で攻め立ててくる戦い方だ。毒や麻痺などの特殊攻撃は持っていないので、この階層では比較的対処しやすい相手だ。
「三体か。落ち着いて対処すれば、それほど難敵ではない。俺はアルテを護りながら迎撃する。おまえは、好きに暴れろ」
「了解!」
ウルマが中央の一体に切り込む。だがキラーウルフは散開して、ウルマを囲むような陣形をとった。
「ちぃ、やっぱ速ぇな」
剣の柄を握り直しながら、ウルマは唇を舐める。
敵をウルマに絞ったようだが、こちらを無視とは気に入らんな。
「
飛来する炎の飛礫を、キラーウルフはその俊敏な動きで回避するが――
「空中じゃあ動けねぇよな」
跳躍中にウルマの斬撃により真っ二つにされた。凄まじい切れ味だな。たしかにあれなら、竜の鱗も斬り裂けるかもしれん。
「残り二体!」
仲間を殺られて激昂したのか、二体のキラーウルフは喉を鳴らしながらウルマに襲い掛かった。だがウルマは盾を巧みに使い、冷静に対処して瞬く間に二体のキラーウルフを斬り伏せた。
◇
地下五階で厄介な敵は、
前者は石化という面倒な状態異常攻撃を得意とし、後者は霊体ゆえに物理攻撃の通りが悪い。幸い、俺とウルマはどちらも魔法武器を使用しているため、然程の減衰はないが、やはりどちらも呪文で一掃してしまうのが手っ取り早い。
やはり対策がわかっているとやりやすいな。
五階は特に問題なく抜けられそうだ。
「しかし、思いのほか呪文を使わされたな」
「石化するよりはマシ、と考えるしかないのかねぇ」
六階へ下りる階段の前で、ウルマは忌々しそうにつぶやいた。
「だが呪文ってのは、貴重なんだろう。乱発しすぎなんじゃあないのか」
「まだ大丈夫だ。しかし、
まだ行けるはもう危ない。迷宮探索の鉄則だな。
「地図は埋まっていないが、六階までの
「うん。大丈夫」
「まかせろ」
迷宮では体力だけではなく、集中力や精神力もじりじりと削られていく。ただでさえ初めての区画、未踏領域を探索しているのだ。
見えないところで疲弊しているのかもしれない。
「六階の、玄室をひとつ開けたら帰還しよう」
階段を下りていく。
地下六階。雰囲気はそれほど変わった様子はない。
まずは、真っ直ぐ進む。まだ扉はない。突き当りを右に。
「なにかあるぞ」
先頭を行くウルマがぴたりと止まり、回廊の先を剣先で示した。
ゆっくりと近づいていく。それは潰れた死体だった。
アルテが息を呑んだ。やはり何度見ても、死体というのは慣れないものらしい。しかもこの死体は、尋常な死に方ではなかった。
「これは……踏みつぶされたのか?」
「足首がひしゃげているな。足首を掴まれて、叩きつけられたのかもしれん」
「だとすれば、人型の怪物だな。しかもかなりのデカブツだ」
となると巨人系かね。
「この死体、かなり古いわね」
アルテの言う通り、かなり年季の入った死体に見える。尤も、迷宮というのは時の流れすら曖昧になるようで、地上と同じ時間の流れなのかすら不明だが。
「とりあえず、回収しよう」
袋に死体を詰める。その袋を担いで、俺たちは帰還した。
◇
死体袋を寺院に持ち込み、シスター・アイニッキに渡す。六階での死体回収願いは出されていなかった。そこまで行く冒険者は、最近ではほとんどいないらしい。
「どういたしますか?」
シスター・アイニッキが、天使のような微笑みで問いかけてきた。
蘇生するには喜捨が必要だ。おそらくこの冒険者は古すぎて、宿屋に預けていた荷物さえ処分されているだろう。だが六階まで行ける実力者と考えると、返済は難しくあるまい。
なんなら、仲間に誘ってもいい。
アルテとウルマの了承を得て、俺は蘇生をお願いした。
シスター・アイニッキが扉の奥に消えていく。
そこで蘇生の儀式が行われるのだ。
「うまくいくかしら?」
アルテは足をぶらぶらさせながらつぶやいた。蘇生の成否(シスター・アイニッキが言うには失敗ではないらしいが)は、術者の技量もあるが、やはり運任せだ。
「運があれば助かるだろうよ。あたしは、どんなやつか気になるな」
「成功すればいいけど、もし失敗して灰になったら、もう一度お願いするの?」
「さて、どうするかな」
灰からの蘇生は、死体からの蘇生以上に難易度が高い。しかも、喜捨の額も増える。上手くいっても返してくれる保証もなければ、失敗して
喜捨の額から考えても、高位の冒険者であるのは間違いない。だが仲間になってくれるという保証はない。そもそも、どんな人間かすらもわからないのだ。
「こんにゃろめー!!」
そんなことを考えていると、扉の奥から叫び声が聞こえてきた。
「こんにゃろ?」
「くくっ、蘇生は成功したみたいだな」
アルテがきょとんとしながら復唱の言葉を漏らし、ウルマはくつくつと笑っていた。
上半身はほとんど原型を留めていなかったのだが、あそこからでも復活できるんだな。まあ灰からでも蘇生できるし、今さらか。
しばらくして、奥の扉がバンッと開かれた。
「くのいちシノブ、華麗に復活でござる!」
扉から出てきたのは、苦笑いするシスター・アイニッキと、小柄な黒髪の少女だった。
思ったより濃いぃのが出てきたな。どうすんだ、コレ。