俺の記憶がたしかならば、忍者は"悪"しかなれないという縛りがあった。
ここでいう悪とは戒律のことで、悪人というわけではない。
戒律とは考え方の違いだ。例えば、荷物を持っている老人がいたとしよう。
進んで荷物を持つのが"善"。
頼まれれば引き受けるのが"中立"。
謝礼を要求するのが"悪"。
要するに、悪とは自分本位、自分優先という考え方だ。
ちなみに、老人から荷物を強奪するのが悪人である。
「クソッ、あいつ自由に動きすぎだろ!」
悪態をつきながらも、ウルマはフォローに回った。
シノブの場合、"
「我が内に眠りしその力、輝き燃える赤き炎となれ! 火遁・
シノブの
「宝箱でござるよ」
「アルテ」
「はーい」
テトテトとアルテが宝箱に向かって歩いていく。俺は剣を杖にしてため息を吐いているウルマに声をかける。
「大丈夫か?」
「なんか、いつもより疲れた気がするよ。はしゃぎすぎなんだ、おまえは! 少しは連携ってモンを考えろ!」
「先手必勝でござるよ」
反省する様子もなく、シノブは胸を張って答えた。それ以上会話を続けるつもりはないようで、宝箱を開封しているアルテの方に歩いて行く。
どうも、シノブは宝箱の開封が得意ではないらしい。
「なぁ、今さらだが、こいつ外した方がよくないか?」
と、ウルマが小声で耳打ちしてきた。
「だが実力はたしかだぞ。これまでの敵も、ほとんどあいつが倒している」
「そりゃ、そうだがよ」
「おまえの方が合わせるしかないな。いや、あいつを上手く使ってみせろ」
「難しいことを言う……」
ボリボリと頭を掻きながら、ウルマは辟易したようにつぶやいた。
「開いたでござるよ」
「だ、そうだ」
「ったく、これじゃあ子守りじゃねぇか」
愚痴をこぼしながらも、それほど嫌な顔ではないように見えたのは、俺の欲目なのかな。
手元の地図を広げる。次の広間を抜ければ階段か。
「次の広間で
「うん? ちょっと早くねぇか」
「六階へ下りる前の作戦会議がしたい」
「わかった」
「はーい」
「了解でござる」
シノブはこの階層で暴れまくっていた。ウルマも気疲れがあるだろう。疲労や空腹というのはバカにできないものだ。
寺院で祝福された聖水を使って魔法陣を描く。聖なる水で描かれた結界は、外敵から身を守る助けとなるのだ。冒険者の必需品である。
その結界の中で、身を休める。
「おまえの忍術だが、無制限に使えるというわけではないのだろう?」
干し肉を齧っているシノブに問いかける。口内に残っていた干し肉を嚥下して、シノブは口を開いた。
「そうでござるな。忍術にはチャクラを必要とするでござるよ」
「チャクラ? なんだそりゃ?」
初めて聞く言葉だったのか、ウルマが疑問を口にする。
「チャクラはチャクラでござるよ。気の力でござる」
「……説明になってねぇ」
「呪文とは、また違うってことだろう。どっちにしろ、乱発は避けた方がいい。山ってのは下山する時の方が危険なんだ。それは、わかるな」
シノブはコクンと頷いた。
「ならばいい。ごちゃごちゃ言うつもりはないさ。フォローはする」
そのまましばらく身体を休め、俺たちは六階へと向かった。
◇
「ここからは俺たちにとっても未踏領域だからな。慎重に頼むぞ」
「了解でござる!」
本当にわかってるのかね。チラリとウルマに視線を送る。彼女は無言で肩をすくめた。
「まずは階段までのルートを確保する。扉を見つけても開けないように」
扉の先が玄室とは限らない。次の階段までは、いくつかの小部屋や広間を抜けていく必要がある。それはまあカンだな。
道中で
とそこで、シノブが立ち止まった。
「まだ通路は埋まってないぞ。扉に入るのは……」
「
シノブがオルクボルグの鯉口を切って抜き放った。その刀身が、青白く輝いている。
「ふむ。この奥か」
「よいでござるか」
扉の奥に、
だからオルクボルグが反応している理由がわからん。もしかしたら、召喚の前兆……匂いのようなものを嗅ぎ取っているのかもしれないが。
「……まあ開けてみればわかるか。いいぞ」
「では、行くでござる」
シノブが扉を押し開く。
扉の奥から、二体のオーガロードが姿を現した。
「二体か。ならばパターン……」
「あの時の雪辱を果たすでござる!」
そう言って、シノブは素早く印を結んだ。
「我が魂に眠りしその力、七つの扉開き、天へと至らん!
その瞬間、シノブの身体が
ぐらりと倒れるオーガロードを足場にして、さらにシノブは跳ぶ。
「イィーヤァッ!!」
裂帛の叫び。
攻撃してきたオーガロードの腕をひた走り、シノブはオルクボルグをオーガロードの首筋に突き刺した。
戦闘は一瞬で終わった。まあ、奇襲で殺された相手に、先制できたらあっさり勝てたというのは、あるあるだが、ここまで一方的とはな。
「シノブ」
「ジョン殿! 落ち着いて対処すればこんなものでござるよ」
と、シノブは胸を張った。本来ならスタンドプレーを咎めるところだが、変にチームプレーを意識して委縮されても困るしな。
持ち味を殺してしまうような気がする。まあそれはともかく、確認しておきたいことはある。
「さっきの術、かなり危ない術なんじゃないのか?」
呪文とは術理が違うとしても、影すら追えない速度というのは、何かしらの代償があってもおかしくない。多量のチャクラを消費するとか、その程度ならまだいいのだが。
「なんのなんの、しばらく
「……結構致命的じゃねぇか」
戦闘中にいきなり麻痺とか、かなり使いどころが限られるな。
「アルテ」
「はーい」
アルテがシノブに"
「呪文にも限りがある。あまり乱用はするなよ」
「了解でござる!」
返事はいいんだがな。呪文には回数制限がある。だから呪文は温存するというのが当然の考えだ。一応、気付け薬もあるが、それなりに高いからな。精神力ならば、消耗しても一晩寝れば回復する。
「感謝するでござる。これですぐに戦えるでござるよ」
「無理しちゃだめよ。治療するには近くにいなきゃならないんだから」
治療や回復を飛ばすことはできない。対象が近くにいないといけないのだ。
麻痺が治ったシノブはすっくと立ち上がると、倒れ伏すオーガロードに視線を向けた。
「さらば、鬼の王よ。安らかに眠るでござる」
そう言って、シノブは合掌した。いや、別にオーガロードはボスというわけでもないし、一体しかいないというわけでもない。この階層を探索していれば、また出会うかもしれんぞ。
それにあの個体が、
そう考えると、結構な八つ当たりではないのか、これは……。
まあいいか。首尾よくオーガロードを撃破した俺たちは、六階の探索を再開した。
この辺りから、出現する怪物は多種多彩になるらしい。"オールスターズ"も出会ったことのない怪物が出てくる可能性もある。
七階への階段は、意外にも早く見つかった。
「これが七階への階段か」
それはまるで深淵に続いているようにさえ思えた。俺にとっては、到達点だからそう感じたのかもしれないが。
「どうする?」
「……ひとつ、玄室を開けて帰還しよう」
「了解。また死体でも拾わなきゃいいがね」
と、おどけるようにウルマは言った。
石の階段をゆっくりと下りていく。階段を抜けた先には、小広間があった。正面には通路、右側には扉がある。
ついに七階に到着か。
「開けるでござるよ」
感慨にふける間もなく、シノブが右側の扉にそっと手をかけていた。全員の了解を得て、シノブが扉を押し開く。まずは、身を滑らせるようにシノブとウルマが足を踏み入れた。
室内は、異様なほどの静寂に包まれていた。
「敵は、いねぇな。ただの小部屋……」
「上でござる!」
シノブが叫ぶ。
全ては一瞬の出来事だった。
煌めく剣閃。宙を舞う首。
ウルマは死んだ。