迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

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第12話 「不意打ち」

俺の記憶がたしかならば、忍者は"悪"しかなれないという縛りがあった。

ここでいう悪とは戒律のことで、悪人というわけではない。

戒律とは考え方の違いだ。例えば、荷物を持っている老人がいたとしよう。

 

進んで荷物を持つのが"善"。

頼まれれば引き受けるのが"中立"。

謝礼を要求するのが"悪"。

 

要するに、悪とは自分本位、自分優先という考え方だ。

ちなみに、老人から荷物を強奪するのが悪人である。

 

「クソッ、あいつ自由に動きすぎだろ!」

 

悪態をつきながらも、ウルマはフォローに回った。

シノブの場合、"(わがまま)"といったところだろうか。

 

「我が内に眠りしその力、輝き燃える赤き炎となれ! 火遁・篝火花(カガリビバナ)!」

 

シノブの忍術(・・)巨大蛙(ジャイアントトード)を焼き払う。呪文とはまた違うカテゴリーらしい。たしかに真言(トゥルーワード)を口にしていないので、分類としては違うものなのだろう。

 

「宝箱でござるよ」

「アルテ」

「はーい」

 

テトテトとアルテが宝箱に向かって歩いていく。俺は剣を杖にしてため息を吐いているウルマに声をかける。

 

「大丈夫か?」

「なんか、いつもより疲れた気がするよ。はしゃぎすぎなんだ、おまえは! 少しは連携ってモンを考えろ!」

「先手必勝でござるよ」

 

反省する様子もなく、シノブは胸を張って答えた。それ以上会話を続けるつもりはないようで、宝箱を開封しているアルテの方に歩いて行く。

どうも、シノブは宝箱の開封が得意ではないらしい。

 

「なぁ、今さらだが、こいつ外した方がよくないか?」

 

と、ウルマが小声で耳打ちしてきた。

 

「だが実力はたしかだぞ。これまでの敵も、ほとんどあいつが倒している」

「そりゃ、そうだがよ」

「おまえの方が合わせるしかないな。いや、あいつを上手く使ってみせろ」

「難しいことを言う……」

 

ボリボリと頭を掻きながら、ウルマは辟易したようにつぶやいた。

 

「開いたでござるよ」

「だ、そうだ」

「ったく、これじゃあ子守りじゃねぇか」

 

愚痴をこぼしながらも、それほど嫌な顔ではないように見えたのは、俺の欲目なのかな。

手元の地図を広げる。次の広間を抜ければ階段か。

 

「次の広間で小休止(キャンプ)をする」

「うん? ちょっと早くねぇか」

「六階へ下りる前の作戦会議がしたい」

「わかった」

「はーい」

「了解でござる」

 

シノブはこの階層で暴れまくっていた。ウルマも気疲れがあるだろう。疲労や空腹というのはバカにできないものだ。

寺院で祝福された聖水を使って魔法陣を描く。聖なる水で描かれた結界は、外敵から身を守る助けとなるのだ。冒険者の必需品である。

その結界の中で、身を休める。

 

「おまえの忍術だが、無制限に使えるというわけではないのだろう?」

 

干し肉を齧っているシノブに問いかける。口内に残っていた干し肉を嚥下して、シノブは口を開いた。

 

「そうでござるな。忍術にはチャクラを必要とするでござるよ」

「チャクラ? なんだそりゃ?」

 

初めて聞く言葉だったのか、ウルマが疑問を口にする。

 

「チャクラはチャクラでござるよ。気の力でござる」

「……説明になってねぇ」

「呪文とは、また違うってことだろう。どっちにしろ、乱発は避けた方がいい。山ってのは下山する時の方が危険なんだ。それは、わかるな」

 

シノブはコクンと頷いた。

 

「ならばいい。ごちゃごちゃ言うつもりはないさ。フォローはする」

 

そのまましばらく身体を休め、俺たちは六階へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここからは俺たちにとっても未踏領域だからな。慎重に頼むぞ」

「了解でござる!」

 

本当にわかってるのかね。チラリとウルマに視線を送る。彼女は無言で肩をすくめた。

 

「まずは階段までのルートを確保する。扉を見つけても開けないように」

 

扉の先が玄室とは限らない。次の階段までは、いくつかの小部屋や広間を抜けていく必要がある。それはまあカンだな。

道中で徘徊する怪物(ワンダリングモンスター)を何体か倒したが、オーガロードはいなかった。

とそこで、シノブが立ち止まった。

 

「まだ通路は埋まってないぞ。扉に入るのは……」

小鬼殺し(オルクボルグ)が反応しているでござる」

 

シノブがオルクボルグの鯉口を切って抜き放った。その刀身が、青白く輝いている。

 

「ふむ。この奥か」

「よいでござるか」

 

扉の奥に、怪物はいない(・・・・・・)。俺は最初、玄室の中に怪物が居座っているものだと思っていたが、どうも違うらしい。扉を開くことがトリガーとなって、怪物が召喚される。そういう仕組みのようだ。

だからオルクボルグが反応している理由がわからん。もしかしたら、召喚の前兆……匂いのようなものを嗅ぎ取っているのかもしれないが。

 

「……まあ開けてみればわかるか。いいぞ」

「では、行くでござる」

 

シノブが扉を押し開く。

扉の奥から、二体のオーガロードが姿を現した。

 

「二体か。ならばパターン……」

「あの時の雪辱を果たすでござる!」

 

そう言って、シノブは素早く印を結んだ。

 

「我が魂に眠りしその力、七つの扉開き、天へと至らん! (つい)の秘剣・花緋(はなび)!!」

 

その瞬間、シノブの身体がブレた(・・・)。その一瞬後、右のオーガロードの首から鮮血が噴き出した。背後に回ったシノブがオルクボルグを一閃したのだ。

ぐらりと倒れるオーガロードを足場にして、さらにシノブは跳ぶ。

 

「イィーヤァッ!!」

 

裂帛の叫び。

攻撃してきたオーガロードの腕をひた走り、シノブはオルクボルグをオーガロードの首筋に突き刺した。

戦闘は一瞬で終わった。まあ、奇襲で殺された相手に、先制できたらあっさり勝てたというのは、あるあるだが、ここまで一方的とはな。

 

「シノブ」

「ジョン殿! 落ち着いて対処すればこんなものでござるよ」

 

と、シノブは胸を張った。本来ならスタンドプレーを咎めるところだが、変にチームプレーを意識して委縮されても困るしな。

持ち味を殺してしまうような気がする。まあそれはともかく、確認しておきたいことはある。

 

「さっきの術、かなり危ない術なんじゃないのか?」

 

呪文とは術理が違うとしても、影すら追えない速度というのは、何かしらの代償があってもおかしくない。多量のチャクラを消費するとか、その程度ならまだいいのだが。

 

「なんのなんの、しばらく動けなくなる(麻痺する)だけでござるよ」

「……結構致命的じゃねぇか」

 

戦闘中にいきなり麻痺とか、かなり使いどころが限られるな。

 

「アルテ」

「はーい」

 

アルテがシノブに"柔軟(ディアルコ)"をかける。忍術の反動による麻痺だから、効くかどうか不安だったが、ちゃんと治療できたようだ。

 

「呪文にも限りがある。あまり乱用はするなよ」

「了解でござる!」

 

返事はいいんだがな。呪文には回数制限がある。だから呪文は温存するというのが当然の考えだ。一応、気付け薬もあるが、それなりに高いからな。精神力ならば、消耗しても一晩寝れば回復する。

 

「感謝するでござる。これですぐに戦えるでござるよ」

「無理しちゃだめよ。治療するには近くにいなきゃならないんだから」

 

治療や回復を飛ばすことはできない。対象が近くにいないといけないのだ。

麻痺が治ったシノブはすっくと立ち上がると、倒れ伏すオーガロードに視線を向けた。

 

「さらば、鬼の王よ。安らかに眠るでござる」

 

そう言って、シノブは合掌した。いや、別にオーガロードはボスというわけでもないし、一体しかいないというわけでもない。この階層を探索していれば、また出会うかもしれんぞ。

それにあの個体が、自分(シノブ)を殺した個体という保証もないし。

そう考えると、結構な八つ当たりではないのか、これは……。

 

まあいいか。首尾よくオーガロードを撃破した俺たちは、六階の探索を再開した。

この辺りから、出現する怪物は多種多彩になるらしい。"オールスターズ"も出会ったことのない怪物が出てくる可能性もある。

七階への階段は、意外にも早く見つかった。

 

「これが七階への階段か」

 

それはまるで深淵に続いているようにさえ思えた。俺にとっては、到達点だからそう感じたのかもしれないが。

 

「どうする?」

「……ひとつ、玄室を開けて帰還しよう」

「了解。また死体でも拾わなきゃいいがね」

 

と、おどけるようにウルマは言った。

石の階段をゆっくりと下りていく。階段を抜けた先には、小広間があった。正面には通路、右側には扉がある。

ついに七階に到着か。

 

「開けるでござるよ」

 

感慨にふける間もなく、シノブが右側の扉にそっと手をかけていた。全員の了解を得て、シノブが扉を押し開く。まずは、身を滑らせるようにシノブとウルマが足を踏み入れた。

室内は、異様なほどの静寂に包まれていた。

 

「敵は、いねぇな。ただの小部屋……」

「上でござる!」

 

シノブが叫ぶ。

全ては一瞬の出来事だった。

煌めく剣閃。宙を舞う首。致命的な一撃(クリティカルヒット)

ウルマは死んだ。

 

 

 

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