迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

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第13話 「隠し部屋」

――囁き、祈り、詠唱、念じよ!

 

静謐に満たされた寺院に、荘重な声が響いた。

歌うような美しい声が通り抜けていく。

 

「おお、ウルマよ。死んでしまうとは情けない」

「ぐっ、わ、悪かったよ。ちょっと油断した」

 

バツが悪そうに、ウルマは視線を逸らした。なんか、シスター・アイニッキに睨まれた気がする。ちょっとした冗談なのに……。

 

「で、あたしはなにに(・・・)殺られたんだ?」

「忍者でござるよ」

 

答えたのはシノブだった。目を細め、その声は重々しい。

 

「敵の忍者でござる。さすが忍者、汚いでござるよ」

 

同族嫌悪かな?

 

「……上忍(マスターニンジャ)か」

 

迷宮には、まれに人型の怪物が出現する。彼らは人間ではない。人型の怪物(モンスター)なのだ。

マスターニンジャのほかにも、盗賊王(マスターシーフ)大魔術師(ハイウィザード)大僧正(ハイプリースト)なども確認されている。

 

「仲間が必要だな」

 

四人では限界かもしれない。そもそも、六人一組が基本なのだ。それよりも少数で活動している冒険者もいないではないが、それは一階、二階で財宝漁りをしている連中の話だ。取り分が減るから、頭数を減らしている。

下層へ挑むのなら、余程の理由がない限りは六人で組む。とはいえ、数を揃えれば良いというわけでもない。

 

「集まるかね」

 

戦士募集の話に乗ってきたのはウルマだけだった。張り紙は今も張り続けているが、反応はまったくない。俺たちの名はそれなりに売れてきた。本気で迷宮を攻略しているパーティとして認識されているようだ。

"オールスターズ"に次ぐ、というのは言い過ぎだが、この街では上位のパーティだと思う。だからこそ安易に入ろうとは思わないのだろう。誰だって命は大事だ。生き返れるとしても、蘇生は確実ではないからな。

 

「枠を広げよう。戦士だけにこだわらない」

 

正直、今いらないのは盗賊くらいだ。戦える盗賊ならまだいいが、基本的に盗賊というのは宝箱の開封が主な仕事で、戦闘には参加しないというのが一般的な冒険者の認識だ。戦える盗賊というのは、意外に数が少ない。

 

盗賊がいれば呪文の節約にはなるのだが、やはり優先度は低い。

張り紙を更新して、応募を待つ。その間、俺たちは鍛錬だ。

怪物を倒して財宝を得る(ハックアンドスラッシュ)。それをひたすら繰り返す。そして力量(レベル)を上げて、次の階層へ行く。冒険の基本だな。

 

目的は白金鉱とした。下級の悪魔(レッサーデーモン)怪物像(ガーゴイル)悪霊(スピリット)など、落としそうな怪物を狩っていたが、白金鉱は出なかった。

単にドロップ運が悪いのか、もっと下層の怪物が落とすのか。

 

仲間の方は、進展がなかった。五日待ち、十日待ち、二十日過ぎても反応がなく、ようやく諦めた。

一番数の多い戦士で来なかったのだ。考えてみれば当たり前かもしれない。

霊廟も覗いてみた。引き取り手のない遺体や、灰となった冒険者。蘇生費用から逆算すれば、ある程度のレベルはわかる。だがどんな性格かはわからないし、仲間になってくれる保証もない。そういう意味では、やはり博打だ。

 

「仕方ない。あの人を頼ってみるか」

 

三人と相談して、まずは条件をまとめた。

ドゥルガーの酒場へと足を運ぶ。

 

「ちょっと付き合ってもらえませんか?」

「どこまでだ?」

「俺が死んでいた場所まで案内してもらいたいんです」

 

セズマールさんは手に持っていた骨付き肉をぴたりと止めた。

 

「もうそこまで行ったか。俺の取り分は?」

「白金鉱とムラマサ、それ以外の戦利品はすべて差し上げます」

 

そう言うと、セズマールさんは小さく口笛を吹いた。

 

「気前がいいね。だがムラマサというのはなんだ? 白金鉱は知っているが……」

「伝説の妖刀、らしいです」

「ふむ。カタナ(・・・)か」

 

神妙な顔で、セズマールさんは頷いた。

 

「いつ出発する?」

「明日にでも」

「いいだろう。明日、迷宮の入り口でな」

 

そう言って、セズマールさんはニッと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、迷宮の入り口には、白銀の全身鎧の大男と、黒装束の男が並んで立っていた。

 

「試しに声をかけたらな、乗ってきたんだ」

「よろしくお願いします。ホークウィンドさん」

 

俺はホークウィンドさんに向けて右手を差し出した。彼は無言で握手に応じた。これは正直、意外でもあった。

 

「こいつ、意外とおちゃめなんだぜ」

 

セズマールさんがそっと耳打ちしてくる。最初に出会った時は、氷のような冷たさを秘めた瞳で、まるでこちらを見定めるような視線を感じた。

覆面で表情は見えなかったが、それは今も変わらない。寡黙な人で、酒場で一緒に飯を食っている時も、ほとんどしゃべらなかった。またどういう理屈か、覆面の上からでも飲食が可能なようだ。

 

「隊伍はどうする? リーダーはおまえさんだ。指示には従うぜ」

「では、前衛をセズマールさん、ウルマ、シノブで行きます」

「ほう。ホークウィンドを後衛に置くか」

後方からの奇襲(バックアタック)が怖いですから」

「なるほど、たしかにウチも結構痛い目を見ている」

 

セズマールさんが自嘲するように笑った。オールスターズといえども、無敵のパーティというわけではない。

これまで何度か死人を出している。主にプロスペローさんだが。

正面から戦えば無敵のパーティも、奇襲に遭えば窮地に陥ることもある。迷宮とは、そういう恐ろしい場所なのだ。

 

「では行くか」

「あっ、待ってください。アルテ」

「うん。大いなる盾よ、(ミームアリフ・ペーザンメ)彼方より来たれ(・レー・フェーイチェー)!」

「"大楯(マポーフィック)"か。ありがたいね」

 

効果は微々たるものだが、長時間続くのが利点だ。下層の怪物相手では、ないよりはマシ、程度かもしれないが。

迷宮に踏み入った直後の大広間。そこは冒険者でごった返していた。ここはまだ迷宮の認識阻害の効果が薄い。

ここから一区画でも進めば、この喧噪はたちまちのうちに消え失せる(・・・・・)

 

そんな人々を横目に、俺たちは迷宮の奥に進む。昇降機を使い、地下四階へ。

四階の敵は、落ち着いて対処すれば問題にもならなかった。ウルマの《シュナイダートの剣》、シノブの《小鬼殺し(オルクボルグ)》、そしてセズマールさんの《獣殺し(ワースレイヤー)》。

三人の剣がうなりを上げる度に、怪物が倒れていく。

玄室は極力スルーして、地下七階へ。

 

「さあ、本番だぜ」

 

気を引き締めるように、セズマールさんが呟く。

階段を抜けた先には、小広間があり、正面には通路、右側には扉がある。前回は、右側の扉を開けた。

今回は正面だ。まるで地獄に繋がっているかのような通路。

 

長い回廊を進む。いつもの迷宮と同じ、これまでの階層と大きな違いはない。だから、既視感を覚えるのは気のせいだ。同じような風景だから、そう思うだけだ。

……いや、気のせいじゃない。俺はここを、知っている(・・・・・)

この感覚はなんだ? この……。

 

「ジョン殿。前に出過ぎると危ないでござるよ」

「そうだぜ。"浮遊(リトフェイト)"をかけてるからっつっても……」

「待て。様子がおかしい」

「この先に、小部屋がある」

「たしかに小部屋はあるが……おい、不用意に開けるな!」

 

この小部屋を抜けると、また長い回廊がある。小部屋を出て、七歩。右側の壁に隠し通路がある。魔力障壁で隠蔽された偽装の壁は、周囲の石壁と質感は同じで、私以外が認識することはほぼ不可能だ。

 

「こんなところに隠し通路だと……うおっ、暗黒の領域(ダークゾーン)じゃないかっ!? 全員手を繋げ。おい、待てって!」

 

腕を掴まれた。だがこの程度で、私の歩みは止まらない。

真っ直ぐに八歩。右を向いて四歩。さらに右へ二歩。左に六歩。ダークゾーンを抜ける。

小広間を壁沿いに迂回して正面の扉へ向かう。

 

「おい、なんでそんな遠回り……」

落とし穴(シュート)だ」

「なにっ?」

「……目を凝らすと見えるでござるよ。ホークウィンド殿はさすがでござるな」

 

そう、中央部分には落とし穴がある。万が一、あの魔力障壁とダークゾーンの迷路を突破してきたとしても、最後の罠で奈落へと落ちるだろう。

私だけが知っている真言(トゥルーワード)で、扉の鍵を開ける。ただいま、アンナマリー。

 

「これは……魔導書か。凄まじい量だな。かなりくたびれているが」

 

なんの役にも立たなかった魔導書だ。だから私は、異界の知識を求めた。異界にならば、私の求める知識があるはずだ。アンナマリーを蘇らせる知識が、方法が、必ず。

アンナマリー。私の愛しき、アンナ……マリー……。

 

「ぐっ……」

「ジョン、大丈夫? ねぇ!」

「アルテ……違う。俺は……私は……」

 

頭が痛い……割れるように……。

 

 

 

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