――囁き、祈り、詠唱、念じよ!
静謐に満たされた寺院に、荘重な声が響いた。
歌うような美しい声が通り抜けていく。
「おお、ウルマよ。死んでしまうとは情けない」
「ぐっ、わ、悪かったよ。ちょっと油断した」
バツが悪そうに、ウルマは視線を逸らした。なんか、シスター・アイニッキに睨まれた気がする。ちょっとした冗談なのに……。
「で、あたしは
「忍者でござるよ」
答えたのはシノブだった。目を細め、その声は重々しい。
「敵の忍者でござる。さすが忍者、汚いでござるよ」
同族嫌悪かな?
「……
迷宮には、まれに人型の怪物が出現する。彼らは人間ではない。
マスターニンジャのほかにも、
「仲間が必要だな」
四人では限界かもしれない。そもそも、六人一組が基本なのだ。それよりも少数で活動している冒険者もいないではないが、それは一階、二階で財宝漁りをしている連中の話だ。取り分が減るから、頭数を減らしている。
下層へ挑むのなら、余程の理由がない限りは六人で組む。とはいえ、数を揃えれば良いというわけでもない。
「集まるかね」
戦士募集の話に乗ってきたのはウルマだけだった。張り紙は今も張り続けているが、反応はまったくない。俺たちの名はそれなりに売れてきた。本気で迷宮を攻略しているパーティとして認識されているようだ。
"オールスターズ"に次ぐ、というのは言い過ぎだが、この街では上位のパーティだと思う。だからこそ安易に入ろうとは思わないのだろう。誰だって命は大事だ。生き返れるとしても、蘇生は確実ではないからな。
「枠を広げよう。戦士だけにこだわらない」
正直、今いらないのは盗賊くらいだ。戦える盗賊ならまだいいが、基本的に盗賊というのは宝箱の開封が主な仕事で、戦闘には参加しないというのが一般的な冒険者の認識だ。戦える盗賊というのは、意外に数が少ない。
盗賊がいれば呪文の節約にはなるのだが、やはり優先度は低い。
張り紙を更新して、応募を待つ。その間、俺たちは鍛錬だ。
目的は白金鉱とした。
単にドロップ運が悪いのか、もっと下層の怪物が落とすのか。
仲間の方は、進展がなかった。五日待ち、十日待ち、二十日過ぎても反応がなく、ようやく諦めた。
一番数の多い戦士で来なかったのだ。考えてみれば当たり前かもしれない。
霊廟も覗いてみた。引き取り手のない遺体や、灰となった冒険者。蘇生費用から逆算すれば、ある程度のレベルはわかる。だがどんな性格かはわからないし、仲間になってくれる保証もない。そういう意味では、やはり博打だ。
「仕方ない。あの人を頼ってみるか」
三人と相談して、まずは条件をまとめた。
ドゥルガーの酒場へと足を運ぶ。
「ちょっと付き合ってもらえませんか?」
「どこまでだ?」
「俺が死んでいた場所まで案内してもらいたいんです」
セズマールさんは手に持っていた骨付き肉をぴたりと止めた。
「もうそこまで行ったか。俺の取り分は?」
「白金鉱とムラマサ、それ以外の戦利品はすべて差し上げます」
そう言うと、セズマールさんは小さく口笛を吹いた。
「気前がいいね。だがムラマサというのはなんだ? 白金鉱は知っているが……」
「伝説の妖刀、らしいです」
「ふむ。
神妙な顔で、セズマールさんは頷いた。
「いつ出発する?」
「明日にでも」
「いいだろう。明日、迷宮の入り口でな」
そう言って、セズマールさんはニッと笑った。
◇
翌日、迷宮の入り口には、白銀の全身鎧の大男と、黒装束の男が並んで立っていた。
「試しに声をかけたらな、乗ってきたんだ」
「よろしくお願いします。ホークウィンドさん」
俺はホークウィンドさんに向けて右手を差し出した。彼は無言で握手に応じた。これは正直、意外でもあった。
「こいつ、意外とおちゃめなんだぜ」
セズマールさんがそっと耳打ちしてくる。最初に出会った時は、氷のような冷たさを秘めた瞳で、まるでこちらを見定めるような視線を感じた。
覆面で表情は見えなかったが、それは今も変わらない。寡黙な人で、酒場で一緒に飯を食っている時も、ほとんどしゃべらなかった。またどういう理屈か、覆面の上からでも飲食が可能なようだ。
「隊伍はどうする? リーダーはおまえさんだ。指示には従うぜ」
「では、前衛をセズマールさん、ウルマ、シノブで行きます」
「ほう。ホークウィンドを後衛に置くか」
「
「なるほど、たしかにウチも結構痛い目を見ている」
セズマールさんが自嘲するように笑った。オールスターズといえども、無敵のパーティというわけではない。
これまで何度か死人を出している。主にプロスペローさんだが。
正面から戦えば無敵のパーティも、奇襲に遭えば窮地に陥ることもある。迷宮とは、そういう恐ろしい場所なのだ。
「では行くか」
「あっ、待ってください。アルテ」
「うん。
「"
効果は微々たるものだが、長時間続くのが利点だ。下層の怪物相手では、ないよりはマシ、程度かもしれないが。
迷宮に踏み入った直後の大広間。そこは冒険者でごった返していた。ここはまだ迷宮の認識阻害の効果が薄い。
ここから一区画でも進めば、この喧噪はたちまちのうちに
そんな人々を横目に、俺たちは迷宮の奥に進む。昇降機を使い、地下四階へ。
四階の敵は、落ち着いて対処すれば問題にもならなかった。ウルマの《シュナイダートの剣》、シノブの《
三人の剣がうなりを上げる度に、怪物が倒れていく。
玄室は極力スルーして、地下七階へ。
「さあ、本番だぜ」
気を引き締めるように、セズマールさんが呟く。
階段を抜けた先には、小広間があり、正面には通路、右側には扉がある。前回は、右側の扉を開けた。
今回は正面だ。まるで地獄に繋がっているかのような通路。
長い回廊を進む。いつもの迷宮と同じ、これまでの階層と大きな違いはない。だから、既視感を覚えるのは気のせいだ。同じような風景だから、そう思うだけだ。
……いや、気のせいじゃない。俺はここを、
この感覚はなんだ? この……。
「ジョン殿。前に出過ぎると危ないでござるよ」
「そうだぜ。"
「待て。様子がおかしい」
「この先に、小部屋がある」
「たしかに小部屋はあるが……おい、不用意に開けるな!」
この小部屋を抜けると、また長い回廊がある。小部屋を出て、七歩。右側の壁に隠し通路がある。魔力障壁で隠蔽された偽装の壁は、周囲の石壁と質感は同じで、私以外が認識することはほぼ不可能だ。
「こんなところに隠し通路だと……うおっ、
腕を掴まれた。だがこの程度で、私の歩みは止まらない。
真っ直ぐに八歩。右を向いて四歩。さらに右へ二歩。左に六歩。ダークゾーンを抜ける。
小広間を壁沿いに迂回して正面の扉へ向かう。
「おい、なんでそんな遠回り……」
「
「なにっ?」
「……目を凝らすと見えるでござるよ。ホークウィンド殿はさすがでござるな」
そう、中央部分には落とし穴がある。万が一、あの魔力障壁とダークゾーンの迷路を突破してきたとしても、最後の罠で奈落へと落ちるだろう。
私だけが知っている
「これは……魔導書か。凄まじい量だな。かなりくたびれているが」
なんの役にも立たなかった魔導書だ。だから私は、異界の知識を求めた。異界にならば、私の求める知識があるはずだ。アンナマリーを蘇らせる知識が、方法が、必ず。
アンナマリー。私の愛しき、アンナ……マリー……。
「ぐっ……」
「ジョン、大丈夫? ねぇ!」
「アルテ……違う。俺は……私は……」
頭が痛い……割れるように……。