夢を見ていた。
ある男の生涯という夢だ。
男はこの街を訪れた冒険者志望の一人だった。すでに第三階梯の魔術師呪文を身につけていた男は、故郷では英雄扱いだった。
しかしこの街では、見込みのある新人程度でしかない。
迷宮という異界の前では、外地での評価など何の意味も持たないのだ。英雄であろうと勇者であろうと、迷宮の中では他の冒険者と等しく底辺の存在だ。
そんなことも知らない男は、酒場で自分は英雄になる男だと演説し、喝采を浴びた。その意味するところは冷やかしであったが、年若い彼は純粋な称賛だと受け取った。
そこで彼は、ある
アンナマリーは、そのパーティの僧侶だった。一目ぼれ、というわけではない。むしろ、最初はトロくさい女だな、と思ったくらいだ。
だが防護呪文を受け、傷を癒され、パーティとして死線をくぐり抜けるうちに、彼女を意識するようになった。
そしていつしか、お互いに将来を語るようになった。
そんな時だ。彼女が病に倒れた。原因不明の病だ。医者は、迷宮で良くないものをもらったのだろうと言ったが、ならばなぜ同じような症状の人間がいないのかと、男は憤った。
医者など頼りにならぬ。男は寺院を訪れた。しかしそこでも、アンナマリーの病が癒えることはなかった。
毒、麻痺、石化、死者の蘇生すら可能とする
男は神官を殴りつけたい衝動に駆られたが、必死に自制心を働かせてそれを抑えた。
他人など当てにならぬ。そう思った男は、自ら医学を学び、同時に僧侶呪文も習得することに決めた。僧侶呪文はアンナマリーから手慰みに習っていた。すでに第一階梯呪文は修めている。
あらゆる伝手を使い書物を集めた。金貨が足りなくなれば、迷宮に潜って財宝を集めた。
禁術にも手を出し、
最悪の事態が、男の脳裏をよぎる。
――『死』
冗談ではない。そんなことが許されるものか。
だが現実は非情で、アンナマリーは眠るように息を引き取った。ひとしきり遺体にすがったあと、男は蘇生を試みることにした。
それは
"
七度試し、七度成功した。今回も成功するはずだ。男はそう信じて疑わなかった。
しかし彼女は、アンナマリーは、灰になった。
その瞬間、男は信仰を捨てた。
パーティの仲間は言う。アンナマリーは死んだ、彼女のことは諦めろ、と。
ふざけるな。アンナマリーは、死んではいない。ただ灰になっただけだ。灰から蘇生することもある。
仲間の制止を振り切り、男は迷宮の奥に住まいを移した。煩わしさを遠ざけるためだ。二人の時間を邪魔されたくなかった。
だが灰からの蘇生は容易ではない。死体からの蘇生よりも、格段に難易度が上がる。しかも失敗すれば、魂が
そんな大事な儀式を、
ありえない。かといって、信仰を捨てた自分が"
"
だから男は、その可能性を異界に求めた。異界の神、異界の知識、異界の
男は狂ったように魔導書を読み漁り、異界について学び始めた。
例えば、魔術師の第五階梯呪文の"
これは
他には、魔術師の第七階梯呪文の"
要するに同じ世界であれば、自分が転移する方法は確立されているのだ。しかし、自分が異界に行く方法は、今のところ存在しない。呼び寄せるのは可能だが、それもランダムが精一杯だ。
原因は"座標"が指定できないからだ。ただ異界に行きたいというだけでは、空の上だったり、海の底だったり、それこそ石の中だったりする。そうなれば、待っているのは死だ。
異界へ渡るには
だから彼は、発想を逆転させた。固定座標に自分を指定すればよいのだ。言ってみれば逆探知のようなものだな。まず道を作って、それを逆に辿る。
召喚対象を異界の"人間"に限定し、あとはランダムに任せる。その人間と
この世界と向こうの世界の総量が変化しないからだ。よくわからないが、魔術的には重要なことらしい。
おそらくこの男は、すでに狂っていたのだろう。
つまりは、次元を超越した魂の
いい迷惑だな。俺が死んだのは、魂が肉体に入ったときの衝撃か? 死因がよくわからないってのは、なんかモヤモヤするな。
俺の死体は迷宮に呑まれ、別の場所に
向こうに行った彼はどうなったのだろうか。俺と同じように、着地の衝撃で死んだのか。死んだ直後に発見されたのであれば、蘇生された可能性もあるな。あの世界の医療技術は優秀だし。
まあ助かったとしても、途方に暮れているだろう。あの世界に、死者を灰から復活させる方法なんてない。そして、魔法も使えなくなっているはずだ。
魔法が魂によって発動しているのなら、俺が魔法を使えるのはおかしい。魔法は世界の
……いや、俺が知らないだけで、奇跡も魔法もあるのかもしれないが……。まあないだろう、たぶん。
気になるのはアンナマリーさんの病気だが、うつっていないところをみると感染症ではなさそうだな。
大人になってから発症する持病、遺伝病のようなものだろうか。指定難病の可能性もあるが……。
蘇らせることが、本人の幸せとは限らないな。俺は別人だし、蘇生しても病気が完治している保証はないし。
治療魔法があるせいか、医療がさほど発達してないんだよな、この世界。
元の世界に戻るというのは、不可能のようだ。
あの男は、魔術師としては天才だった。そんな天才が
それに、この姿のまま帰ったところでなぁ。戸籍がないとまあまあ詰むぞ、あの世界。
とりあえずこの世界は、ゲームの中ではなく、ウィザードリィによく似た異世界だということはわかった。
小さくため息を吐き、寝台から身を起こす。
隣では、椅子に座ったアルテが舟を漕いでいた。
心配をかけたようだ。
俺が身を起こした音で目が覚めたのか、アルテの瞳がこちらを向いた。
「おはよう。迷惑を……」
かけてしまったな、と続けようとしたが、いきなりアルテが抱き着いてきた。
「よかった、ちゃんと目覚めて。寺院に運んだけど、異常はないって言われて、でも眠ったままで……」
まあ、毒でも麻痺でもなく、石化でも死んだわけでもない。特殊な事例だろうな。寺院の神官も、さぞ困ったことだろう。
とその時、シリアスな空気を壊すように、俺の腹が鳴った。
「こんな時でも、腹は減るらしい」
冗談めかして言うと、アルテはふふっと笑った。
「みんなでごはん食べよ。ウルマもシノブちゃんも心配してたよ」
「ああ。じゃあ呼んできてくれるか? 俺はドゥルガーの酒場で席を確保しておこう」
「うん。じゃあ後でね」
笑顔を浮かべて、アルテは部屋を出て行った。
さて、酒場へ行くか。