迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

16 / 17
第14話 「狂愛の魔術師」

夢を見ていた。

ある男の生涯という夢だ。

男はこの街を訪れた冒険者志望の一人だった。すでに第三階梯の魔術師呪文を身につけていた男は、故郷では英雄扱いだった。

しかしこの街では、見込みのある新人程度でしかない。

迷宮という異界の前では、外地での評価など何の意味も持たないのだ。英雄であろうと勇者であろうと、迷宮の中では他の冒険者と等しく底辺の存在だ。

 

そんなことも知らない男は、酒場で自分は英雄になる男だと演説し、喝采を浴びた。その意味するところは冷やかしであったが、年若い彼は純粋な称賛だと受け取った。

そこで彼は、ある一党(パーティ)から誘いを受ける。それが運命の出会いだった。

 

アンナマリーは、そのパーティの僧侶だった。一目ぼれ、というわけではない。むしろ、最初はトロくさい女だな、と思ったくらいだ。

だが防護呪文を受け、傷を癒され、パーティとして死線をくぐり抜けるうちに、彼女を意識するようになった。

そしていつしか、お互いに将来を語るようになった。

 

そんな時だ。彼女が病に倒れた。原因不明の病だ。医者は、迷宮で良くないものをもらったのだろうと言ったが、ならばなぜ同じような症状の人間がいないのかと、男は憤った。

医者など頼りにならぬ。男は寺院を訪れた。しかしそこでも、アンナマリーの病が癒えることはなかった。

毒、麻痺、石化、死者の蘇生すら可能とする(カドルト)の使徒が、病ひとつ癒せないのか。

男は神官を殴りつけたい衝動に駆られたが、必死に自制心を働かせてそれを抑えた。

 

他人など当てにならぬ。そう思った男は、自ら医学を学び、同時に僧侶呪文も習得することに決めた。僧侶呪文はアンナマリーから手慰みに習っていた。すでに第一階梯呪文は修めている。

あらゆる伝手を使い書物を集めた。金貨が足りなくなれば、迷宮に潜って財宝を集めた。

禁術にも手を出し、己の老化(時の流れ)すら緩やかにした。

力量(レベル)はどんどん上がっていった。だがアンナマリーの病状は一向に良くならなかった。

最悪の事態が、男の脳裏をよぎる。

 

――『死』

 

冗談ではない。そんなことが許されるものか。

だが現実は非情で、アンナマリーは眠るように息を引き取った。ひとしきり遺体にすがったあと、男は蘇生を試みることにした。

それは寺院の神官(他人)に任せられることではない。蘇生の儀式は自らの手で行わなければならない。

 

"蘇生(カドルト)"はすでに習得している。迷宮で倒れた冒険者相手に行使したこともある。

七度試し、七度成功した。今回も成功するはずだ。男はそう信じて疑わなかった。

しかし彼女は、アンナマリーは、灰になった。

その瞬間、男は信仰を捨てた。

 

パーティの仲間は言う。アンナマリーは死んだ、彼女のことは諦めろ、と。

ふざけるな。アンナマリーは、死んではいない。ただ灰になっただけだ。灰から蘇生することもある。

仲間の制止を振り切り、男は迷宮の奥に住まいを移した。煩わしさを遠ざけるためだ。二人の時間を邪魔されたくなかった。

 

だが灰からの蘇生は容易ではない。死体からの蘇生よりも、格段に難易度が上がる。しかも失敗すれば、魂が消滅(ロスト)してしまう。

そんな大事な儀式を、(悪魔)の使徒に任せる?

ありえない。かといって、信仰を捨てた自分が"蘇生(カドルト)"を唱えても、確実に失敗するだろう。

"神異(マハマン)"も同じだ。神による奇跡は、神を信じる者にしか訪れない。

 

だから男は、その可能性を異界に求めた。異界の神、異界の知識、異界の道具(アイテム)。アンナマリーを蘇らせることができるのならなんでもよかった。

男は狂ったように魔導書を読み漁り、異界について学び始めた。

 

この世界(ウィザードリィ)には、異界と接続(アクセス)する呪文はいくつかある。

例えば、魔術師の第五階梯呪文の"召喚(ソコルディ)"。

これは怪物(モンスター)を異界から召喚する呪文だ。だが召喚する怪物は、自分で選択できるわけではない。ランダムなのだ。

 

他には、魔術師の第七階梯呪文の"転移(マロール)"。これは異界ではないが、思い描いた場所に転移できる呪文だ。特定の座標にしか飛べない上に、装備や道具を喪失してしまう、僧侶呪文の"帰還(ロクトフェイト)"とは比べ物にならない秘術だ。

 

要するに同じ世界であれば、自分が転移する方法は確立されているのだ。しかし、自分が異界に行く方法は、今のところ存在しない。呼び寄せるのは可能だが、それもランダムが精一杯だ。

原因は"座標"が指定できないからだ。ただ異界に行きたいというだけでは、空の上だったり、海の底だったり、それこそ石の中だったりする。そうなれば、待っているのは死だ。

異界へ渡るには危険(リスク)が伴う。しかも異界の座標を入手することも困難を極める。

だから彼は、発想を逆転させた。固定座標に自分を指定すればよいのだ。言ってみれば逆探知のようなものだな。まず道を作って、それを逆に辿る。

 

召喚対象を異界の"人間"に限定し、あとはランダムに任せる。その人間と魂緒(ケーブル)を繋ぐ。そして、自分の魂と交換するのだ。肉体(物質)を転移させるよりも難易度は格段に下がる。

この世界と向こうの世界の総量が変化しないからだ。よくわからないが、魔術的には重要なことらしい。

おそらくこの男は、すでに狂っていたのだろう。

 

つまりは、次元を超越した魂の交換(チェンジ)。たまたま俺の世界が選ばれ、たまたま俺が対象に選ばれた、ということか。

いい迷惑だな。俺が死んだのは、魂が肉体に入ったときの衝撃か? 死因がよくわからないってのは、なんかモヤモヤするな。

俺の死体は迷宮に呑まれ、別の場所に出現(ポップ)したのだろう。それを、セズマールさんが発見したというわけだ。

 

向こうに行った彼はどうなったのだろうか。俺と同じように、着地の衝撃で死んだのか。死んだ直後に発見されたのであれば、蘇生された可能性もあるな。あの世界の医療技術は優秀だし。

まあ助かったとしても、途方に暮れているだろう。あの世界に、死者を灰から復活させる方法なんてない。そして、魔法も使えなくなっているはずだ。

魔法が魂によって発動しているのなら、俺が魔法を使えるのはおかしい。魔法は世界の(ことわり)によって発動していると考えた方がいい。だから向こうでは魔法は使えない。

……いや、俺が知らないだけで、奇跡も魔法もあるのかもしれないが……。まあないだろう、たぶん。

 

気になるのはアンナマリーさんの病気だが、うつっていないところをみると感染症ではなさそうだな。

大人になってから発症する持病、遺伝病のようなものだろうか。指定難病の可能性もあるが……。

蘇らせることが、本人の幸せとは限らないな。俺は別人だし、蘇生しても病気が完治している保証はないし。

治療魔法があるせいか、医療がさほど発達してないんだよな、この世界。

 

元の世界に戻るというのは、不可能のようだ。

あの男は、魔術師としては天才だった。そんな天才が次善策(ランダムジャンプ)にすがったのだ。狙った異界に行くという方法はない。もしくは、かなり難しいのだろう。

それに、この姿のまま帰ったところでなぁ。戸籍がないとまあまあ詰むぞ、あの世界。

とりあえずこの世界は、ゲームの中ではなく、ウィザードリィによく似た異世界だということはわかった。

 

小さくため息を吐き、寝台から身を起こす。

隣では、椅子に座ったアルテが舟を漕いでいた。

心配をかけたようだ。

俺が身を起こした音で目が覚めたのか、アルテの瞳がこちらを向いた。

 

「おはよう。迷惑を……」

 

かけてしまったな、と続けようとしたが、いきなりアルテが抱き着いてきた。

 

「よかった、ちゃんと目覚めて。寺院に運んだけど、異常はないって言われて、でも眠ったままで……」

 

まあ、毒でも麻痺でもなく、石化でも死んだわけでもない。特殊な事例だろうな。寺院の神官も、さぞ困ったことだろう。

とその時、シリアスな空気を壊すように、俺の腹が鳴った。

 

「こんな時でも、腹は減るらしい」

 

冗談めかして言うと、アルテはふふっと笑った。

 

「みんなでごはん食べよ。ウルマもシノブちゃんも心配してたよ」

「ああ。じゃあ呼んできてくれるか? 俺はドゥルガーの酒場で席を確保しておこう」

「うん。じゃあ後でね」

 

笑顔を浮かべて、アルテは部屋を出て行った。

さて、酒場へ行くか。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。