迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

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第02話 「借金返済計画」

「今日はおつかれさん。じゃあまたあの酒場でな」

 

さわやかな笑顔を浮かべながら、セズマールさんは去って行った。

俺たちはあの後も探索を続けた。動きのキレは、熟練の戦士と比べても遜色がない、とセズマールさんは褒めてくれた。魔術師の呪文も僧侶の呪文も使える。

ますますわからんな。自分が何者なのか。

 

とりあえず、迷宮で得た財宝を、セズマールさんに紹介された店に売りに行った。

といっても、宝箱から出てきたのはほとんどが金貨で、道具(アイテム)はごく少数だった。戦利品の売却ついでに、盗賊の七つ道具を買う。宝箱の開錠道具だ。

 

"透視(カルフォ)"は罠の構造を見抜くことはできるが、開錠できるわけではない。失敗した時のことを考えると、"転移"や"爆弾"などの凶悪な罠には手を出さない方が無難だろう。幸い、今日はそういった罠には出会わなかったが。そういえば、放置した宝箱はどうなるんだろうな。

酒場に行くと、すでにセズマールさんは飲み始めていた。

 

「おう。こっちだこっち」

 

手招きに応えて席に着く。

 

「スープとあぶり肉をお願いします」

 

近くにいたウェイトレスに料理を注文する。

 

「なんだ。酒は飲まんのか」

「借金がありますので。とりあえず二百枚お返しします」

 

テーブルの上に布袋を置く。セズマールさんは呆気に取られたように口を開けていた。

 

「かーっ! まじめだねぇ。ま、嫌いじゃないが」

「落ち着かないんですよ。借金があるというのは」

 

それもあるが、あのエールというやつは、どうも口に合わなかった。もう少し余裕ができたら、別の酒を試してみてもいいかもしれない。

 

「それにしても、おまえさんも大したモンだ。新人レベルなら、どこかの一党(パーティ)氏族(クラン)でも紹介してやろうかと思ったんだが、生半可なところじゃ持て余しちまうだろうな。そのあたりも、あいつと同じか」

「あいつ、とは?」

「寺院で、少し名前が出ただろ? イアルマスって男でな。おまえさんと同じ、迷宮で見つかった死体さ。そんで、記憶喪失だ」

 

ぐびり、とセズマールさんは酒を飲み干した。続けておかわりを注文する。

 

「彼は今、なにを?」

「ん? 迷宮で死体回収を主な仕事にしている。」

「死体を? なぜそんなことを?」

「仲間かもしれないからさ。あいつは今も、自分を知っているかもしれない、いるかもわからない仲間を探し続けている」

「それは……」

 

言葉に詰まる。記憶がないという不安は、俺にもわかる。その男も、俺と同じような気持ちなのか。

 

「ふっ、辛気臭くなっちまったな。記憶喪失同士が会ってどうにかなるとも思えんが、同じ街に住んでるんだ。その内会うこともあるだろうさ」

 

エールを水のようにカパカパと飲み、セズマールさんは柔らかい笑みを浮かべた。

それから世間話などをしながら、冒険者の心得のようなものを教わった。

迷宮の地図は自分で描く。怪物の情報は当てにしすぎるな。罠には細心の注意を払え。そんなところだ。

 

要するに、情報というのは自分たちで集めるもの、と言いたいのだろう。情報は金になるし、怪物の情報は時に生死を分けることもある。

ひとしきり話し合って、俺たちは酒場をあとにした。

 

酒場を出たあとは、セズマールさんに紹介された宿屋に向かった。

馬小屋ならば無料(ただ)で泊まれるようだが、安全は保障されない。起きたら金がなくなっていたというのは、よくあることらしい。

盗まれるほどの金を持っているわけではないが、今日くらいはゆっくりと眠りたい。

俺は普通に部屋を借りた。

ドアを開け、そのまま簡易寝台(ベッド)に倒れ込む。意識はすぐに遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

睡眠は記憶の整理を行っている、と聞いたことがある。

バラバラだったパズルのピースがはまっていくような感じだ。

自分の身体なのに、自分の身体じゃないような……などと思ったものだが、この身体は俺のものじゃあなかった。

というか、俺はこの世界の人間ですらなかった。この世界はなんだ? やはりウィザードリィ?

 

……ゲーム。ここはゲームの中なのか? ゲームの世界に捕らわれた? そんなバカな話があるかよ。

仮にゲームの中だとしても、上手く立ち回れる自信はないな。ウィザードリィなんて大昔にちょろっとプレイしたくらいだし、ストーリーもほとんど覚えていない。

ネタ的なものは多少覚えてるんだがな。石の中にいる、とか。

 

だがゲームの中にしては、妙に現実味(リアリティ)がある。ステータス画面とかも見れないし。

ゲームの中ではない、と思う。ならば異世界か? それも、ゲームの世界に捕らわれるくらい、荒唐無稽な話ではあるが……。

 

とりあえず、この身体が俺のものじゃないことはわかった。ならば腑に落ちないことがある。記憶というのは脳にある。この身体は俺の身体じゃない。だというのに、思い出したのは『俺』の記憶だ。

この身体に憑依(と仮定しよう)したというのなら、脳はこの身体のものだし、思い出すのならこの身体の記憶のはずなんだが……。

 

まあ俺は記憶の専門家でも意識の専門家でもないし、ましてやスピリチュアルの専門家でもない。

尤も、死人がよみがえるようなファンタジーの前では些細なことかもしれないが。

どうやら、死んだ場所にもう一度行ってみるしかなさそうだ。そうすれば、何かがわかるかもしれない。帰る手段も、わかるかもしれない。

あまり期待はできそうにないが、やってみるしかあるまい。

それにこの身体の意識はどこに消えたのか。それも気になるところだ。

 

当面の目標は、借金の返済だな。金を稼がなければならない。戸籍もなく、保証人もいない俺は、やはり迷宮で稼ぐしかなさそうだ。

宿で朝食をとってから、俺は寺院へと向かった。昨日は混乱していて、ろくに挨拶もできなかったからな。

これから世話になるかどうかはわからないが、良い印象は持ってもらった方がいい。

 

道中の露店で菓子と蜂蜜酒(ミード)を買う。これで素寒貧だ。迷宮で稼がなければ、宿に泊まることもできない。

石畳の道を歩き、寺院へと向かう。扉を開けると、そこは荘厳な空間が広がっていた。

昨日はあまり気にする余裕がなかったが、結構広いな。

 

「あら、あなたは……」

「おはようございます、シスター。昨日はろくにお礼も言えずに、申し訳ありませんでした。蘇生していただき、ありがとうございます。こちら、よろしければ召し上がってください」

 

かごに入った菓子と蜂蜜酒を渡す。シスターは朗らかな微笑を浮かべながら、丁寧にかごを受け取った。

 

「これは、ご丁寧に。そういえば自己紹介もしておりませんでしたね。アイニッキと申します」

「ジョン・ドゥと申します」

 

この身体の名前はわからない。だから、ジョン・ドゥだ。

 

「はい。ジョン様ですね」

 

やはり、意味は通じていないようだな。まあ、別に構わないが。

 

「では、ご一緒にいかがですか?」

「ありがたいお誘いですが、迷宮に潜らねばなりません。借金のある身ですので」

「それは、残念です。善き生と、善き死を迎えられますように」

 

シスター・アイニッキに見送られながら、俺は寺院をあとにした。

しかし善き死とは、なんだろうな。

死を想え(メメントモリ)、とは少し違うか。まあいい。死んだ時にでもわかるだろうさ。

とはいえ、一度は死んだ身だがな。その時の記憶はないが。

とりあえず、死なないように生きるとしよう。

 

 

 

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