「今日はおつかれさん。じゃあまたあの酒場でな」
さわやかな笑顔を浮かべながら、セズマールさんは去って行った。
俺たちはあの後も探索を続けた。動きのキレは、熟練の戦士と比べても遜色がない、とセズマールさんは褒めてくれた。魔術師の呪文も僧侶の呪文も使える。
ますますわからんな。自分が何者なのか。
とりあえず、迷宮で得た財宝を、セズマールさんに紹介された店に売りに行った。
といっても、宝箱から出てきたのはほとんどが金貨で、
"
酒場に行くと、すでにセズマールさんは飲み始めていた。
「おう。こっちだこっち」
手招きに応えて席に着く。
「スープとあぶり肉をお願いします」
近くにいたウェイトレスに料理を注文する。
「なんだ。酒は飲まんのか」
「借金がありますので。とりあえず二百枚お返しします」
テーブルの上に布袋を置く。セズマールさんは呆気に取られたように口を開けていた。
「かーっ! まじめだねぇ。ま、嫌いじゃないが」
「落ち着かないんですよ。借金があるというのは」
それもあるが、あのエールというやつは、どうも口に合わなかった。もう少し余裕ができたら、別の酒を試してみてもいいかもしれない。
「それにしても、おまえさんも大したモンだ。新人レベルなら、どこかの
「あいつ、とは?」
「寺院で、少し名前が出ただろ? イアルマスって男でな。おまえさんと同じ、迷宮で見つかった死体さ。そんで、記憶喪失だ」
ぐびり、とセズマールさんは酒を飲み干した。続けておかわりを注文する。
「彼は今、なにを?」
「ん? 迷宮で死体回収を主な仕事にしている。」
「死体を? なぜそんなことを?」
「仲間かもしれないからさ。あいつは今も、自分を知っているかもしれない、いるかもわからない仲間を探し続けている」
「それは……」
言葉に詰まる。記憶がないという不安は、俺にもわかる。その男も、俺と同じような気持ちなのか。
「ふっ、辛気臭くなっちまったな。記憶喪失同士が会ってどうにかなるとも思えんが、同じ街に住んでるんだ。その内会うこともあるだろうさ」
エールを水のようにカパカパと飲み、セズマールさんは柔らかい笑みを浮かべた。
それから世間話などをしながら、冒険者の心得のようなものを教わった。
迷宮の地図は自分で描く。怪物の情報は当てにしすぎるな。罠には細心の注意を払え。そんなところだ。
要するに、情報というのは自分たちで集めるもの、と言いたいのだろう。情報は金になるし、怪物の情報は時に生死を分けることもある。
ひとしきり話し合って、俺たちは酒場をあとにした。
酒場を出たあとは、セズマールさんに紹介された宿屋に向かった。
馬小屋ならば
盗まれるほどの金を持っているわけではないが、今日くらいはゆっくりと眠りたい。
俺は普通に部屋を借りた。
ドアを開け、そのまま
◇
睡眠は記憶の整理を行っている、と聞いたことがある。
バラバラだったパズルのピースがはまっていくような感じだ。
自分の身体なのに、自分の身体じゃないような……などと思ったものだが、この身体は俺のものじゃあなかった。
というか、俺はこの世界の人間ですらなかった。この世界はなんだ? やはりウィザードリィ?
……ゲーム。ここはゲームの中なのか? ゲームの世界に捕らわれた? そんなバカな話があるかよ。
仮にゲームの中だとしても、上手く立ち回れる自信はないな。ウィザードリィなんて大昔にちょろっとプレイしたくらいだし、ストーリーもほとんど覚えていない。
ネタ的なものは多少覚えてるんだがな。石の中にいる、とか。
だがゲームの中にしては、妙に
ゲームの中ではない、と思う。ならば異世界か? それも、ゲームの世界に捕らわれるくらい、荒唐無稽な話ではあるが……。
とりあえず、この身体が俺のものじゃないことはわかった。ならば腑に落ちないことがある。記憶というのは脳にある。この身体は俺の身体じゃない。だというのに、思い出したのは『俺』の記憶だ。
この身体に憑依(と仮定しよう)したというのなら、脳はこの身体のものだし、思い出すのならこの身体の記憶のはずなんだが……。
まあ俺は記憶の専門家でも意識の専門家でもないし、ましてやスピリチュアルの専門家でもない。
尤も、死人がよみがえるようなファンタジーの前では些細なことかもしれないが。
どうやら、死んだ場所にもう一度行ってみるしかなさそうだ。そうすれば、何かがわかるかもしれない。帰る手段も、わかるかもしれない。
あまり期待はできそうにないが、やってみるしかあるまい。
それにこの身体の意識はどこに消えたのか。それも気になるところだ。
当面の目標は、借金の返済だな。金を稼がなければならない。戸籍もなく、保証人もいない俺は、やはり迷宮で稼ぐしかなさそうだ。
宿で朝食をとってから、俺は寺院へと向かった。昨日は混乱していて、ろくに挨拶もできなかったからな。
これから世話になるかどうかはわからないが、良い印象は持ってもらった方がいい。
道中の露店で菓子と
石畳の道を歩き、寺院へと向かう。扉を開けると、そこは荘厳な空間が広がっていた。
昨日はあまり気にする余裕がなかったが、結構広いな。
「あら、あなたは……」
「おはようございます、シスター。昨日はろくにお礼も言えずに、申し訳ありませんでした。蘇生していただき、ありがとうございます。こちら、よろしければ召し上がってください」
かごに入った菓子と蜂蜜酒を渡す。シスターは朗らかな微笑を浮かべながら、丁寧にかごを受け取った。
「これは、ご丁寧に。そういえば自己紹介もしておりませんでしたね。アイニッキと申します」
「ジョン・ドゥと申します」
この身体の名前はわからない。だから、ジョン・ドゥだ。
「はい。ジョン様ですね」
やはり、意味は通じていないようだな。まあ、別に構わないが。
「では、ご一緒にいかがですか?」
「ありがたいお誘いですが、迷宮に潜らねばなりません。借金のある身ですので」
「それは、残念です。善き生と、善き死を迎えられますように」
シスター・アイニッキに見送られながら、俺は寺院をあとにした。
しかし善き死とは、なんだろうな。
とはいえ、一度は死んだ身だがな。その時の記憶はないが。
とりあえず、死なないように生きるとしよう。