迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

3 / 17
第03話 「副業は回復屋」

この世界に来て一週間ほどが経った。

意外にも俺は、この世界に順応していた。

この身体は、俺のものではない。脳だってそうだ。魂だけが、俺のものだと断言できる。

心は、どこに宿るのか。そんな益体もない、哲学的なことを考えてしまう。

 

セズマールさんの忠告通り、俺はひたすら地下一階で稼いでいた。一階は対処しやすい怪物が多く、比較的安全らしい。

それでも死亡する冒険者は多く、ほぼ毎日どこかの一党(パーティ)が、仲間の死体を担いで寺院に駆け込んでいた。

 

六人パーティでも、誰かしら殺られるのが迷宮の日常だった。そんな魔窟に、単独(ソロ)で潜れている俺はやはり異常なのかもしれない。いや、俺ではなく、この身体の持ち主が、熟練の冒険者だったのだろう。その記憶の残滓、身体に刻まれた経験のおかげで、今のところ何とかやれている。

怪物への対処法がなんとなくわかるのだ。そしてこの短剣だ。かなりの業物のようで、尋常の切れ味ではなかった。

 

セズマールさんは、一階に出てくる怪物は特殊攻撃をしてこないから楽だと言った。それはつまり、地下二階からは、特殊攻撃をしてくる怪物が出てくるということだろう。

毒、麻痺、眠り、混乱あたりか。

 

混乱は大丈夫だろう。仲間に攻撃することはないし、さすがに自傷はしないと思う。

眠りはちょっと怖いな。自分が使うから、その効果はよく知っている。一階の敵には、ほとんど《睡眠(カティノ)》が通るからな。

毒は即座に治療すれば問題ない。麻痺は厄介だな。《柔軟(ディアルコ)》は使えるが、麻痺状態で真言(トゥルーワード)を唱えられるかはわからん。上手く舌が回るかな。

 

一階には毒や麻痺攻撃をしてくる怪物はいないようだが、毒針や麻痺毒の罠が仕掛けられている宝箱は存在する。

そんなときのために、毒消しや気付け薬は持っているが、幸いにして使う機会はなかった。

地下二階へは行こうと思えばすぐにでも行ける。玄室を通らなくてもいいからだ。徘徊する怪物(ワンダリングモンスター)に遭遇しなければ、ものの数分で行ける。

 

そろそろ進んでもいいかもしれない。延々と一階にいるわけにもいかないしな。稼ぎだって違うだろう。借金は早めに返しておきたい。

何しろ一階の宝箱から出てくるのは、とても財宝とは呼べないような代物ばかり。このままでは借金の完済までに何ヵ月かかるかわからない。利子はつかないから、いつかは完済できるとはいえ、このままだと本来の目的を忘れそうになってしまう。

 

「そんなわけで、そろそろ二階へと進みたいと思います」

「ふむ」

 

セズマールさんは顎に手を当ててうなった。酒場に行くと彼が食事をとっていたので、借金の返済がてら相談してみることにしたのだ。相談というよりも報告に近いが。

 

「まあ、おまえさんなら大丈夫だろう。だがひとつ、忠告しておこう。ウサギには気をつけろ」

 

ウサギ? ウィザードリィでウサギといえば……。

 

「ボーパルバニー……ですか?」

「おっ、知っていたか。二階からは、そいつが出てくる。初めて二階に進んだパーティは、大抵そいつに一人二人殺される。そんで、死体を担いで()()うの(てい)で逃げ帰ってくるわけだ」

「警戒していてもですか?」

「警戒していてもだ」

 

セズマールさんが、至極まじめな顔で告げる。

ボーパルバニー、あるいは殺人ウサギとも呼ばれている怪物。その可愛らしい外見に反して、驚異の跳躍力と素早さ、そして異常発達した門歯で人間の首を掻っ斬る残酷な怪物……だったかな。

 

「進むなら最大限警戒することだ。それよりもおまえさん、最近話題になってるらしいじゃないか」

 

からかうように、セズマールさんは微笑を浮かべた。

 

「ちゃんとお代は頂いてますよ」

 

俺は迷宮で回復屋のようなことをやっている。傷を負った冒険者に"薬石(ディオス)"いかかですか? と声をかけているのだ。僧侶というのは、意外と数が少ない。一番多いのは戦士で、次いで盗賊といった感じだ。そんな彼らは傷薬を大量に持って迷宮へ潜る。

 

回復を買う冒険者の理由は様々だ。傷薬を使い果たした、あるいは節約したい。もしくは、僧侶はいるが"精神力(MP)"が尽きた、など。

買ってくれる冒険者は結構いた。そもそも傷薬というものが、気休め程度にしかならないのだ。薬石(ディオス)の水薬のような魔法の薬ではなく、複数の薬草を混ぜて煎じた物で、薬石(ディオス)の効果とは比べ物にならない。

 

そしてこの街では、どういうわけか薬の価格が妙に高い。魔法薬の一瓶二瓶で、全身鎧(プレートアーマー)に手が届くほどの値段だ。その反面、武器の類は妙に安い。魔法のかかっていない、ただの『剣』などは捨て値同然で売られている。

需要と供給、迷宮で手に入るかどうか、あるいはドロップ率か、まあそういうものが関係しているのだろう。

 

「"善"の僧侶に会えたやつは幸運だな」

 

善と悪。性格というよりは戒律。行動指針と言ってもいい。

不要な戦いを避けるとか、友好的な怪物を見逃すとか、その程度のことだ。

だが些細な意見の違い、少しのすれ違いから、危機に陥ることもある。それが迷宮という場所だ。だから、戒律の違う者とは、組まないことが多い。善でも悪でもない、中立というのもある。

 

「"偽善"のジョンと呼ぶ者もいますが」

 

借金のある身は辛いのだ。それに押し売りはしていない。だというのに、偽善とは酷い話だ。ただの商売なのにな。

 

「くくっ、いつの世も暇人はいるものさ」

 

暇人か。自分では何もしないくせに、他人の行動にケチをつける輩がいるのは、こちらの世界でも同じようだ。

 

「だがおまえさん、単独(ソロ)で二階へ進むつもりか? 六人とは言わんが、一人二人募集してもいいと思うがな」

「限界を感じたら、そうしますよ」

 

浅い階層ということもあるだろうが、今のところ苦戦らしい苦戦はしていない。パーティを組めば、たしかに危険(リスク)は減るのかもしれないが、収入も減るのだ。六人で組めば、収入は六分の一になる。

 

「即席パーティってのも危険だしな。それに、力量(レベル)差があれば連携にも支障が出る。ま、死なないように気をつけな。もう一度おまえさんの死体を回収するなんてのは勘弁だぜ」

 

そう言って、セズマールさんはエールを呷った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セズマールさんと酒場で別れて、いつもの宿へと急ぐ。その途中で、奇妙な視線を感じた。この街で、知り合いは少ないはずなんだがな。

俺のことを"偽善"と蔑んでいるヤツらかもしれない。毎夜毎夜つけられるのも面倒だし、要件くらいは訊いておくか。

大通りを外れて、路地へと入る。しばらく歩き、立ち止まった。

 

「俺に、なにか用かい?」

 

振り返ると、黒いローブの……男? が立っていた。大通りから灯りは漏れているが、逆光のせいで顔は良く見えない。

男は慌てた様子もなく、落ち着いた様子でフードを取った。

銀髪……いや、灰色か。鋭い目付きに、ローブの下には軽鎧を着込んでいる。いや、違うな。あれは……具足? 甲冑か?

 

「おまえが、セズマールの拾ってきた男か」

「……まあ、間違いではないが」

 

そんな犬コロみたいに言わなくてもいいじゃないか。

 

「俺の顔を知っているか?」

「うん?」

 

なんだその質問。意図がわからんが……いや、こいつ、セズマールさんの言っていた、最初の記憶喪失の男か?

だが当然、『俺』は知らない。

 

「……わからない」

「わからない、か」

 

男が含み笑いを漏らす。

 

「あんたが、イアルマスか?」

「ああ、そうだ。なにか思い出したら、教えてくれ」

 

そう言い残して、イアルマスは去って行った。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。