迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

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閑話 セズマールとタック和尚

「で、どうなのだ、セズマール。おぬしの拾い物は」

 

鉱人(ドワーフ)の老司祭が、木杯を傾けながら正面の美丈夫に問いかける。

 

「まあ、よくやっている」

 

端的に、セズマールは答えた。

セズマールが地下七階で拾って来た死体。たまたまホークウィンドを欠いた冒険だったから拾うことができた。六人で潜っていたのなら、死体は放置していただろう。

 

迷宮で六人より大勢で行動すると死ぬ。

それが迷宮のルールで、その六人には死体の数も含まれるのだ。

 

「ふむ。ならば良いが」

 

セズマールは自分が初めて迷宮に踏み入った時のことを思い出した。

目の前のタック和尚を含め、四人の仲間がいた。それでも、進むのはおっかなびっくりだった。

迷宮という異界。石畳を踏みしめる度に、剣を持つ手が震えたものだ。

 

(あいつは違ったな。迷宮の空気に慣れているという感じがした。やはり記憶は失っていても、まっさらになっているというわけではないのだろうな)

 

なにせ地下七階というのは、下層なのだ。迷宮がどこまで続いているか、知る者はいない。だがまことしやかに囁かれているのだ。迷宮の地下十階にナニカ(・・・)があると。

秘宝が眠っているのか、迷宮の主が居座っているのか、それは定かではないが。

 

「もしかしたら、彼はわしよりも年寄り(・・・・)なのかもしれんの」

「それは、シスターも言っていたな」

「ふむ。やはりか」

 

二人の知る限り、地下七階に到達したパーティは"オールスターズ(自分たち)"しかいない。だとすれば考えられるのは、自分たちがこの街(スケイル)に来る前の冒険者だろう。

 

(蘇生にかかった費用、時間を考えれば、高位の冒険者であることは間違いない)

 

自分たちがこの街に訪れるより前、多くの冒険者たちが迷宮へと挑み、命を落としていった。だれそれが死んだ。どこそこのパーティが全滅した。そんな話題が毎日のように酒場で飛び交っていた。しかし、それが当たり前になると、誰も話題に上げなくなった。

 

そんな激動の時代、腕っこきの冒険者がいたとしても不思議はない。

地下七階よりもさらに下層、未踏領域で見つかった死体(・・・・・・・・・・・・)もセズマールは気にかけていたが、ジョンという謎の男も、セズマールの興味を引いた。

 

「本来なら、迷宮に単独(ソロ)で潜るなど自殺行為なのだがな」

「イアルマスはやっているじゃないか」

「あやつは、死体探しが目的であろう。怪物退治でも、財宝漁りでも、ましてや攻略でもない」

「そりゃあ、そうだ」

 

小さく笑みを浮かべて、セズマールは木杯を傾けた。

ジョンの目的は借金返済。そして、記憶を取り戻すために自分が倒れていた地下七階へと到達することだ。

前者はともかく、後者はソロでは難しいだろう。

"オールスターズ"のメンバーでさえ、ソロで迷宮に潜るようなマネはしない。セズマールは訓練の一環として、単身で迷宮に潜ることはあるが、それだって地下一階だ。深くに潜るようなことはしない。

 

「近々、二階へ進むそうだ」

 

セズマールがそう言うと、タック和尚はしかめっ面で髭を撫でた。

 

「大丈夫なのか?」

「ずいぶんと心配するじゃないか」

「無茶をするのは若者の特権とはいえ、無謀は止めねばならんよ」

 

世話好きの老司祭は、髭を撫でながら言う。

 

「戦闘もできて、呪文も遣える、か。ふむ」

 

セズマールと共に探索した時、《透視(カルフォ)》と《小炎(ハリト)》を行使したことは聞いている。

この司祭も、なんでもできる冒険者ではある。前衛で戦うこともでき、魔術師として呪文を唱えることもでき、僧侶として援護することもできる。さらには『鑑定』もできる《司教》なのだ。

 

しかし、できることは多々あれど、行動できる回数は限られている。三人分のことができるとはいえ、一合(1ターン)に三回行動できるわけではない。呪文にも限りがある。

だからこの老司祭も、ソロで迷宮に潜ろうとは思わない。

 

「あの短剣(ナイフ)も、自ら戦うためであろうの」

 

死体の抱えていた短剣は、魔力を攻撃力に加算するという魔法の武器だった。戦士や盗賊が遣っても、《良い短剣(ブレイド・オブ・バイティング)》程度の切れ味でしかないが、魔術師が遣えば、鋼鉄すら斬り裂く必殺の武器となる。

 

とはいえ、魔術師が前線で戦うというのは、本来の戦い方ではない。智を誇り、杖を掲げ、呪文を駆使するのが、魔術師の本懐である。

短剣を手に斬りかかるというのは、魔術師の戦い方ではない。

要するに、魔術師が短剣を持つというのは、呪文を節約しつつ戦うため、つまりソロで迷宮に潜るため、ということにほかならない。

 

「何者なのかの、あの若者は」

「それを確かめるために、迷宮に潜ってんだろう」

 

セズマールは木杯を片手に、大きく息を吐いた。

ぶっきらぼうな言い草であるが、セズマールがあの男を気にかけていることに、タック和尚は気づいていた。

自らを自由騎士と名乗り、戒律は"中立"などと嘯いているが、この美丈夫の本質が"善"であることを、老司祭は見抜いている。

 

「それに……」

「ん?」

「自分が何者かを知っている人間なんざ、誰もいないだろうよ」

 

そう言って、セズマールはニッと笑った。

つられて、タック和尚も笑う。

 

「何者でもない、か。ここにいる冒険者は、(みな)そうであろう。そして、何者にでもなれる」

「和尚が言うと深みが出るね」

 

タック和尚は、ゆっくりと室内を見渡した。いつもの酒場である。冒険者たちが、騒がしく酒を飲み、飯を食っている。

自分たちのテーブルには、二人のほかにいない。セズマールとサシで飲むのも久しぶりのことだった。

 

「そういえば、少しなまり(・・・)があったな」

「ほう。他国人ということか?」

「さて。すぐに直ったからな。蘇生直後の弊害かもしれん」

「ふむ。たしかに蘇生直後にはいろいろと身体に不具合が出る。それにしても、彼は生前も独り(ソロ)だったのだろうか?」

「……それは、俺も気になっていた」

 

地下七階に、死体がポツンとあった。全滅したなら死体が並んでいなければおかしい。普通に考えれば、地下七階にソロで挑むというのは不可能に近い。少なくとも、セズマールの中にある常識ではそうだった。

考えられるのは、奇襲を受けて命を落とした。その後、救出されずに時が経った。というあたりだろうか。

 

「迷宮に呑まれたってんなら、辻褄は合う。死体も古かったしな」

 

時間が経ちすぎると、死体は迷宮に呑まれてしまう。そのまま出てこないこともあれば、どこか別の場所に現れることもある。その時間というのも、迷宮の中では曖昧となるが。

 

「七階を探し回れば、あいつの仲間もいるのかもしれないが……」

「寺院の安置所や霊廟にいる可能性もあるじゃろう。気にする様子はないのかの?」

「みたいだな。そこも教えてやったが、特に関心を示すようなことはなかった。あいつの口から、仲間がどうとかは聞いたことがない。記憶喪失は同じだが、そこがイアルマスと違うところだな」

 

イアルマスは、仲間の死体を探している。記憶はなくとも、仲間がいたということは、ぼんやりと覚えているらしい。

 

「まあ、まずは(レベル)を取り戻してからだな。戦えてはいるが、イアルマスと違って、あいつはどこか危なっかしい。さっさとパーティでも組んでほしいところだ」

「そうすると、借金の返済が遅れるのではないか?」

 

言われて、セズマールは面食らった。そして、たしかにそうだと返し、酒を呷った。

 

 

 

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