迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

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第04話 「一人目」

今日もいつものように迷宮へ潜る。

だが今日やることは、いつもやっている地下一階の探索ではない。呪文を温存するために、回復屋も休業だ。

入り口から階段まで直行して、地下二階を目指す。その予定だったのだが、階段を目前とした岐路で、争うような声が聞こえてきた。

声の方向へ向かってみると、そこではあるパーティが言い争いをしていた。

 

いや、言い争いではないな。五人の男たちが、少年を一方的に怒鳴りつけている。挙句の果てには暴行まで始めた。

仲間ではないのか? でも六人だしな。基本的にパーティは六人というのが不文律になっている。通路の幅や玄室の広さなど、理由は様々だが、それ以上にある噂が冒険者たちを震え上がらせているのだ。

 

曰く、迷宮に六人より大勢で入ると死ぬ。

 

十人で入ったパーティは、誰一人として帰ってこなかった。

六人パーティが二組入り、内部で合流して行動を共にする。誰も帰ってこなかった。

そういった事例が、実際にあったらしい。

 

言われてみれば納得だ。大勢で入ることができるのなら、軍隊なりを投入して一気に制圧してしまえばいいのだ。迷宮から生まれる財宝も、国で管理してしまえばいい。

制圧はともかく、管理自体はできそうだが、素人考えなのかな。貴族とか商会とか、政治的な理由があるのかもしれない。

 

「あん? 誰だ、そこにいるのは!?」

 

こちらに気づいたかりあげの男が、威嚇するように声を上げた。

 

「その少年、ずいぶんと負傷しているようですね。回復呪文はいかかですか? お安くしておきますよ」

「ああ? 回復呪文だぁ?」

「リーダー、こいつ……」

 

隣の男が、かりあげくんに耳打ちを始めた。どうやら俺のことを知っているようだ。今日は回復屋をやるつもりはなかったのだが、やはり見過ごせないものだな。

 

「ほぅ、おまえが噂の偽善者か。くはははっ!!」

 

何が面白かったのか、かりあげくんは盛大に笑い始めた。と思えば――

 

「お呼びじゃねぇんだよ! 殺されたくなきゃさっさと消えな!」

 

いきなり怒り始めた。情緒が不安定だな。まあ迷宮の中では神経が苛立つのもわからないではないが。

少年の方に目を向けると、彼は一瞬驚き、そして目を逸らした。

ふむ。助けを求められれば否やはないが、押し売りをするつもりはない。ありがた迷惑ってこともあるしな。事情もわからず我を通すべきではない。

 

「そうですか。では失礼します」

 

ペコリとお辞儀して、俺はその場を去った。

やれやれ。いやだねぇパワハラは。

まあいい、忘れよう。

 

階段を下りて地下二階へ。ここからが本番だ。

少しだけ気温が下がったような気がする。

空気が淀んでいると言うべきか。

 

感覚をさらに鋭くする。奇襲されれば、一瞬で殺される可能性もある。

慎重に歩を進める。不意に、ヒュッという風切り音が耳朶を打った。反射的に短剣で首元をガードする。キンッという甲高い音が響いた。

白い影が過ぎ去る。すでに短剣の射程からは外れていた。

 

炎よ来たれ(ヘーアー・ラーイ・ターザンメ)!」

「ギャッ!?」

 

火球がウサギを捉えた。あぶねぇー、これ本職の盗賊じゃないと察知は厳しいだろ。

"小炎(ハリト)"は火球を生み出す呪文だが、使い方しだいで火力を凝縮した弾丸にすることも、刃状にすることもできる。

一体だけで助かったな。玄室から現れる怪物は、大抵が集団で出現するが、徘徊する怪物は少数なことも多い。群れからはぐれたのか、あるいは冒険者との戦闘から逃げ出したのか。まあ、そんな理由だろう。

 

「"光あれ(ミームイ・ウォウアリフ)"」

 

頭上に光の球が生まれた。精神力(MP)がもったいないけど、安全にはかえられない。視界を確保し、壁際を歩く。これで襲ってくる方向はある程度限定される。

俺はゆっくりと歩を進めた。

しばらく進み、最初の扉を開ける。出てきたのは……。

 

「またキミたちか」

 

ウサギだった。まあ奇襲されないだけマシか。落ち着いて対処すれば恐ろしい相手ではない。

ウサギ四体を《大炎(マハリト)》でさくっと倒す。宝箱の中に入っていたのは、白い装身具(アクセサリー)だった。これは、ウサギの尻尾か?

売れるのだろうか。効果はわからないが、呪われたアイテムではなさそうなので、とりあえず腰から提げておく。

 

警戒を続けながら、迷宮を進んでいく。

今のところは順調だ。最初のウサギ以降、徘徊する怪物にも遭遇していない。あいつらは宝箱を落とさないからな。できれば遭いたくはない。

次の扉が見えてきた。ただの小部屋か玄室か。

 

扉を開く。この瞬間は、いつだって緊張する。未踏の領域となればなおさらだ。

薄闇の中から、不気味な生き物が、のそりと姿を現した。

閃きが走る。

 

――ゾンビ

 

不死系の怪物。爪や牙には、麻痺毒が宿っている。

また(・・)、だ。

初めて見る怪物なのに、情報がふっと浮かんでくる。一階でもそうだった。おそらくこの身体に、この脳に、刻まれているのだろう。

今は、ありがたく思っておこう。

敵は五体。悠長に斬り結んでいるヒマはない。少しでもかすれば、麻痺を喰らう。ならば、一撃で仕留める。

 

炎よ、嵐となりて吹き荒れよ(ラーアリフ・ヘーアー・ラーイ・ターザンメ)!!」

 

手の平から光が迸る。溢れ出た光は炎となって薄闇を塗りつぶし、五体のゾンビを包み込んだ。炎の嵐は腐敗した身体を焼き尽くし、ついにゾンビは滅びた。

炎嵐(ラハリト)》。第四階梯の呪文だ。二階で使うような呪文ではないのかもしれないが、ちょっと焦っていたのかもしれない。

マハリトでもよかったかな。まあいいさ。侮って抜けてこられるよりはマシだ。こっちはソロなんだから、臆病なくらいでちょうどいい。

 

探索を続ける。

次に出てきたのは、床を這いずる粘液の塊。クリーピンググラッドだ。毒を持っているが、三体なら呪文を使うまでもない。

掬い上げるように短剣を走らせる。粘液の塊は弾けるように飛沫を飛ばした。

 

結構やれるモンだな。

たしかに一階と比べれば、厄介な怪物が多い。中にはクリーピングコインのような、よくわからない怪物もいた。

宝箱から出てくる金貨の量も増えている。道具(アイテム)が出てくることは、やはり稀だった。

そろそろ呪文の残数も心もとなくなってきたな。次の玄室で最後にするか。

 

扉を開く。怪物は、出てこなかった。

ただの小部屋……ではないな。前回の冒険者が狩ってから、時間が経っていなかったのだろう。

 

「焼死体と、宝箱の跡。開封にしくじったか」

 

床が焼け焦げている。放射状に広がる焦げの中心には、長方形の跡が残っていた。そこに宝箱があったのだろう。

その手前には、黒焦げになった人間が横たわっていた。小柄で、子どものようだが、たぶん圃人(レーア)だ。

死体がひとつしかないということは単独(ソロ)の冒険者か、あるいは……。

 

まあ、そうだよな。ゲームじゃあるまいし、パーティ全員が宝箱付近にいる理由はない。万が一に備えて避難しておくのが普通だ。

妙なのは、死体を放置していることだ。

 

「見捨てられた……か?」

 

若者を使い捨てにする。そういうクランがあることは聞いている。一階で出会ったあのパーティも、そういう手合いだろう。

ああいうやつらが蘇生費用を出してくれるかは疑問だが、まあいい。一応死体袋は持っているし、回収しておくか。

 

「ま、帰るタイミングとしては頃合いか」

 

黒焦げの死体を袋に詰め込むと、俺は迷宮の入り口に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探索を終えて、地上に戻る。どうやら日没までには間に合ったようだ。

迷宮内では時間の流れが把握しにくい。腹の減り具合や物資の消費量で時間を測るのが一般的のようだ。

腕時計でもあれば便利なんだけどな。

 

とりあえず、今日の成果を売りに行った。ウサギの尻尾は意外にも高く売れた。

店の親父が言うには、これを目に見える場所に付けておくと、ウサギに襲われにくくなるらしい。

そういえば、これを付けてからはウサギの奇襲には遭わなかったな。

売らない方が良かったかもしれない。とも思ったが、今は金の方が優先だ。借金があるというのは、やはり落ち着かない。

 

武器や防具よりも、装身具(アクセサリー)の方が高値で売れる。特に指輪だ。迷宮で出てくる指輪は大抵が魔法の指輪で、そういった指輪は高く売れる。中には金貨十万枚以上で売れる指輪もあるらしい。

もし宝箱から出てきたら、一発で借金返済だな。まあ滅多に出てこないから、高値で取引されているのだろうが。

精算を終えて、寺院へと向かう。いつもの柔和な笑顔が俺を出迎えてくれた。

 

「あら、今日はおひとりではないのですね」

 

肩に担いだ死体袋に目を向けながら、シスター・アイニッキは呟いた。

 

「地下二階のレーアです。回収願いは出されていますか?」

「少々お待ちください」

 

瀟洒な笑みを浮かべて、シスター・アイニッキは奥へと消えていった。

そしてしばらくの後、姿を現した。

 

「そうした届け出はありませんね」

「そうですか」

「どうされますか?」

 

覗き込むように、シスター・アイニッキはこちらに視線を向けた。

蘇生をするには、喜捨が必要になる。当然、前払いだ。

 

「蘇生をお願いします」

「はい。ではこちらの台に」

 

死体袋から中身を取り出し、台上に寝かせる。シスター・アイニッキは、黒焦げの身体にシーツをかぶせた。

ああ、そうか。服も焼失しているだろうからな。全裸ってのは、さすがに気まずい。

シスター・アイニッキが厳かに聖句を唱え始める。死体が淡い光に包まれ、蘇生の儀式は佳境を迎えた。

 

――囁き、祈り、詠唱、念じろ!

 

光が強くなる。焼け焦げていた皮膚が色を取り戻し、死者が生者へと変わった。

……女の子だったのか。

 

「神はあなたの更なる生の価値をお認めになりました。これまで以上の、善き生を」

 

あいかわらずの言い回しだ。こういうところは、まだ慣れないな。

 

「……ここは、寺院? そうだっ! あたし、宝箱の開封に失敗して……」

 

やはり、想像通りか。

 

「はじめまして。俺はジョン。キミの死体を回収した者だ」

「……あ、はい。あの、ありがとうございました。わたし、アルテといいます。クランの人、じゃないですよね?」

 

俺の顔に見覚えがなかったのだろう。アルテと名乗った少女は小首を傾げた。

 

「ああ。たまたまキミの死体を見つけただけだ。回収代はいいが、蘇生費用は払ってもらいたいな」

 

これは寺院の取り分だからな。俺の厚意というわけにはいかんのだ。そりゃま、蘇生させたのは俺の勝手、生き返らせてくれと頼んだわけじゃない、なんて言われたら、返す言葉もないが……。

 

「はい。いくらでしょう?」

 

アルテは素直に応じるようだ。

 

「金貨千二百枚」

「千二百枚……」

 

俺の蘇生費用の二十分の一以下だが、アルテにとっては大金のようだ。彼女のレベルが低いのか、俺のレベルが高いのか。あるいはその両方か。

 

「一応訊くが、支払いの当てはあるか?」

 

信用できる人間に金を預けたり、あるいは隠しておくというのは常套手段ではある。

 

「……ない、わ。でも、支払いは必ずするから!」

 

アルテは毅然と言い放った。とそこで、袖をクイッと引っ張られた。

 

(どうやらあの子、見捨てられたみたいですよ)

(そのようですね)

 

回収願いも出されておらず、装備も道具も持ってないということは、そういうことなのだろう。ご丁寧に、盗賊には必須の開錠道具まで回収されている。

 

(彼女のクランが、ちょっかいをかけてくる可能性もありますよ)

(かもしれませんね)

 

アルテのクランが蘇生費用を出すかどうかは……まあ出さないだろうな。よしんば出したとしても、彼女にとってそれが良いことなのかどうかもわからん。

彼女がソロで稼げるかどうかは、まあ難しいだろうな。

 

パーティを組む? 新人を育てるような余裕を持つパーティは少ない。上手くタイミングが合えば、新人同士で組めることもあるだろうが。

助けておいて、あとは知らないというのも気が引ける。助けたからには、責任は持ちたい。

 

(ま、乗りかかった船ですから)

 

俺がそう言うと、シスター・アイニッキは柔らかく微笑んだ。

 

(あの子、どうやら魔法の才能がありそうですよ)

(……本当ですか?)

 

わかるんだ、そういうの。俺は全然わからなかったが。

 

「ねぇ、二人で何をコソコソ話し合ってるの?」

 

と、アルテがジト目で問いかけてきた。

 

「キミの返済計画を立てていたのさ」

 

そう返すと、アルテは神妙な表情を浮かべた。

 

「大丈夫ですよ。二人ならば金貨の千二百枚くらい、すぐに稼げます!」

「……二人?」

「はい! あなたはジョン様の最初のパーティメンバーです!」

 

なんか、すごく嬉しそうだな。俺がソロでやっていることを心配してくれていたのだろうか……なんて、そんなわけないか。

 

「……いいの? わたし、大したことはできないけど……」

「大丈夫! あなたには魔法の才能があります!」

「ふぇっ!?」

 

シスター・アイニッキはアルテの手をガシッと掴み、熱く語り始めた。

 

「まあ、そういうわけだ。正直、キミ一人で稼ぐより、二人で潜った方が稼げるだろう。だが無理強いはしない。どうしても嫌というなら……」

「やります!」

 

と、食い気味にアルテは答えた。

 

「あいつらよりはマシみたいだし……」

「ん?」

「ううん! なんでもない! これから、よろしくおねがいします!」

 

そう言って、アルテはペコリと頭を下げた。

 

「ああ、よろしく。装備も買い揃えないとな。今日はもう遅いし、装備を調えるのは明日にして、飯でも食いながら今後のことを話すか」

「……あんまり、おなかは減ってないけど……。それに、お金もないし」

 

そういえば、俺も蘇生直後はそこまで空腹感はなかったな。匂いで一気に空腹感を覚えたんだっけか。

だが飢餓状態のときに栄養を摂りすぎると、なんかヤバイって聞いたことがある気もする。うーん、蘇生直後ってどういう状態なんだ?

まあいいか。俺が大丈夫だったんだから、彼女も大丈夫だろう。

 

「じゃあ、麦粥でいいだろ。何も食わないよりはマシだ。金のことは心配するな。快気祝いで奢ってやるさ」

 

ポンとアルテの頭に手を置いた。

おっと、つい子どもを扱うみたいにしてしまった。レーアは小柄な種族というだけで、成人している可能性も十分にあるんだよな。これから気をつけないと。

 

「装備のことなら、私もお役に立てると思います。明朝、寺院までいらっしゃってください」

 

シスター・アイニッキは、聖女のような笑顔でそう言った。

 

 

 

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